DATE・A・LIVE The Snatch Steal   作:堕天使ニワトラ

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3ヶ月ちょいぶりです。ニワトリのようなトラと書いてニワトラでございます。
多々の事情でここまで遅くなってしまい、待っていただいた方々、本当に申し訳ありません。
まだ多忙の時期は続いていますが、今回のようなことにならないよう努力していきたいと思いますので、ご理解の程をよろしくお願いします。


苦悩と出逢いの運命

―――あれは零が3番目の世界での旅を終え、金色の『何か』がいる白い空間に戻ってきた時のこと……。

 

「……なぁ。俺って―――何者なんだ?」

 

ずっと胸の内に抱えていた疑問。それは―――自分の名前以外の記憶。

サバイバル知識はある。機械を修理したり、一から造ったりする技術力も持っている。

おまけに聞いたことのない言語でも、まるで母国語のようにペラペラと話せてしまう。

なのに自分が何者で、この旅を始める前のことはまったく記憶にない。

もしかしたら金色の『何か』なら知ってるんじゃないか。そう考えた零は思い切って疑問をぶつけてみた。

 

―――旅を続け、『役目』を果たせ。その果てに答えはある。

「……?……なんだよそれ?知ってるのか知らないのかぐらい……」

 

曖昧な答えに苛立ちを覚える零が、金色の『何か』に詰め寄ろうと足を踏み出す。

 

「……ッ!?」

 

だが目の前でより強い光を放ち、零は反射的に腕で顔を庇う。

 

―――それは今すぐ知るべきことではない。『役目』を果たす。それだけを考えろ。

 

それだけ言い残し、金色の『何か』の姿がゆっくりと薄れていく。

 

「……!?……おいっ!待てよ!ちゃんと答えを―――」

 

零が反射的に手を伸ばすが、その手が届く前に零の視界は光に染まった。

 

 

 

 

 

―――『神の剣』を破壊しろ。それだけを考えてえいればいい―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――光が晴れ、零が最初に目にしたのは、中世を思わせる古い町並み。

その中心にそびえ立つ剣のような形をした巨大な岩だった。

 

 

 

 

 

その目の前に落下した零は、すぐに町民の注目を浴びてしまう。

そして騒ぎを聞き付けた番兵にいち早く拘束され、零はこの町の最高権力者である大神官の元へと連行された。

すぐに執り行われた尋問で、零はあの岩を破壊しに来たと正直に説明する。

すると大神官は、あの巨大な岩は神が地上を護るために与えた加護であり、町民からは御神体として崇められていると言って激怒する。

そしてこの町を破滅させるために来た神の敵だと断定した大神官は明日、零を処刑すると宣言。兵に牢へ投獄するように命じた。

このままではまずいと予感した零は脱出を試みて、その場から脱兎の如く逃走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ。どうしたもんかな……?」

 

何とか追っ手を撒いた零は、町から離れたところにある森の中に身を潜めていた。

だがあれだけの騒ぎを起こせば、もう零のことは町中に知れ渡っているだろう。

そうなるともう一度あそこに戻り、『神の剣』を破壊するのはほぼ不可能に近い。

おまけに今の自分は天涯孤独も同然で、まともな武器どころか誰の助けも得られない。完全に詰んだと言っていい状況だった。

 

「……そういえば、何でこんなことやってるんだろうな?」

 

背後の木に背中を預け、自問しながらそのまま座り込む。

 

自分にあれこれと要求し、いくつもの世界を転々とさせる金色の『何か』。

まるでジャングルのような密林。何百年も戦争を続けている二分された銀河系。

前回はエジプトのような町並みが広がる大国を経て、この世界に送られてきた。

おまけに見知らぬ世界に放り込まれる前には、金色の『何か』は決まって意味のわからない『役目』を言いつける。

最初はただ『一年間生き延びろ』―――それだけなら簡単だった。

だが二番目からは『ワイズマンに会え』。その次の世界で『冥府の門を閉じろ』だの、訳のわからない言い回しをするようになり、零は何度も頭を悩ませることになる。

それでも今までは必死に生き延びようと足掻き、その過程で成り行きのような形で果たされてきた。

しかし今回はそういう訳にいかない。町そのものから目の敵にされてしまい、もはや近づくことすら出来ないのだから……。

 

「……こんなのどうしろってんだよ?まったく……」

 

自分は何のためにこんなことをさせるのか。本当にこんなことを続けて意味があるのか。

たとえ自分の正体を知ることができても、それで何が変わるというのだろうか。

自問をする度に今まで零の精神を支えていた気力が抜けていき、もう何かをしようという気が起きない。

 

「……もう、どうでもいいや……」

 

ぐったりと全身の力を抜きながら、重たいため息をひとつ吐く。

考えれば考えるほどどうでもよくなり、すべてを投げ出してしまいたい。そう思いたくなるほど途方にくれる零だった。

 

 

 

 

 

「―――こんなところでなにしてるの?」

「えっ……?」

 

背後から聞こえた声に、零は反射的に振り返る。

そこにいたのはウェーブの入った青く長い髪を風になびかせ、民族衣装のような服を着た少女。

手にはバスケットを抱え、木の影から覗き込ように零を見ていた。

 

 

 

 

 

それから零は少女に連れられて、森の奥にある小屋へと招かれる。

訳もわからずに混乱している零をテーブルのそばの椅子に座らせられると、少女は目にも止まらぬスピードで料理を並べた。

 

「ほら、お腹空いてるでしょ?遠慮せずに食べて」

「あ、あぁ。ありがと……」

 

 

零の目の前に並べられたのはパンにスープ。野菜のサラダに豚と思われる分厚い肉。疲労と空腹で弱っていた零にとっては大変ありがたい話だった。

しかしなぜ見ず知らずの自分にここまでするのか。そんな疑問を抱えながら両手を合わせる。

そしてスプーンを手に取り、スープを掬って恐る恐る口に運んだ。

 

「……どう、かな?」

 

彼女のサファイアのように青い瞳が、期待に満ちた視線で零を見つめる。

どうやら毒などの異物はないようで、味の方も特に異常はなく、ごく普通のスープのようだった。

 

「……あぁ。うまい」

「ほんと!?やった~♪」

 

少女はキヤーキャーと歓喜の叫びを上げながら、嬉しさのあまりぴょんぴょんと跳び跳ねる。

そんな嬉しそうにはしゃぐ少女を横目に、零は腹を満たすべく黙々と食事を続けた。

 

 

 

 

 

「……ごちそうさま」

「はいっ!お粗末さまでした~♪」

 

料理を完食し、一息つきながら両手を合わせる零を、少女は嬉しそうに眺める。

 

「……ところで、どうして一人であんなところにいたの?もうそろそろ暗くなる頃なのに」

「えっ?あ、あぁ……」

 

少女の口から飛び出した質問に、零は言葉を詰まらせる。

もしここであの岩を破壊しに来たと言えば、また追われる身に逆戻りするかもしれない。

そう考えた零は、嘘ではないが真実を濁す形で話すことにした。

 

「……ちょっと旅の途中で道に迷ってさ。それで疲れて休んでたんだ」

「そっか。……ってことはあなた、異国の人?」

「まぁ……そうなるな……」

 

などと視線をそらしながら、零は小屋の中を見回す。

ベッドやテーブル、イスなどの必要最低限の家具。

そして部屋の一角にある調理場と、その近くの火のついた釜戸。

てっきり遭難者が避難するための山小屋かと思っていたが、あまりにも目立つ生活感がその可能性を否定させた。

 

「……もしかして、ここに住んでるのか?」

「え?……うん。もうかれこれ3年くらいかな?」

「3年?まさか一人で暮らしてたりは……」

 

零が疑問を投げかけると、少女は寂しげに俯く。

 

「……うん。母さんはわたしが小さい頃に病気で死んじゃって、父さんも数年前に同じ病気で……それからはわたしが父さんの後を継いで、森番としてここに暮らしてるの」

「そうか……」

 

思っていた以上に重たい事情が飛び出し、零は言葉を詰まらせる。

こんな森の奥の小さな山小屋で、誰の助けも借りることなく独りで生きていくのは並大抵の苦労ではない。

現在進行形で天涯孤独の身である零には、その大変さが痛いほど理解できた。

 

「……そうだ!しばらくここに泊まっていってよ!ほら、外はもう暗いから怖ーい猛獣が出そうだし、天気が悪いからもうすぐ嵐が来るかもしれないよ」

「えっ……?」

 

予想外の提案に、零は頭を悩ませる。

もしかしたら彼女は町で何があったのか知らないのではないか。

少なくともさっき彼女が言ったことは嘘ではないように感じたが、何か別の意図がある。そんな気がしてならなかった。

 

「俺としてはありがたいけど……いいのか?どこの誰とも知れないような男を……」

「大丈夫。ここには盗まれて困るような物は無いから。……それにあなた、悪い人には見えないし」

「見えないって、それでいいのか……?」

 

どこか抜けたような物言いに、零はがくっと項垂れる。

しかしここを出ても行く宛がない以上、これが零にとってこの上なくありがたい話であることには変わりなかった。

 

「……まぁ、君が良いなら、お言葉に甘えさせて貰うよ」

「うんっ!ゆっくりしていってね!」

 

少女は嬉しそうに零の手を掴むと、強引にブンブンと荒い握手をする。

先程の食事に毒などの罠がないことから、少なくとも今すぐ命を狙うような様子は見受けられない。

本当にただの善意でここまでしてくれたのか。そんな疑問が零の頭の中で渦巻き続けた。

 

「そういえばまだ名前を知らなかったね。私はサフィラ。あなたは?」

「……俺は零。世創零だ。……まぁ、その……よろしく」

 

零は差し出された手を恐る恐る取り、軽く握手をする。

もしこの無垢な笑顔が芝居だとしたら、かなりの手練れかもしれない。

そう思わせるほど優しげな彼女を見ながら、ひとまず野宿せずに済んだ現状に、内心で安堵する零だった。

 

 

 

 

 

零がサフィラの家に泊まった次の日、彼女が言った通りに嵐が到来した。

 

「ん……」

 

扉がガタガタと揺れる音で目を覚ました零は、毛布を畳みながらゆっくりと立ち上がる。

昨日は自分の身に何かあればすぐに眼が覚めるよう、壁に背を預け、毛布にくるまって眠りについた。

だが拘束などの危害が加えられた様子がないことから、少なくとも寝ている間に何かをされていないことはわかった。

 

「……そういえばあの娘はどこ行ったんだ?」

 

軽く周囲を見回したが、ベッドどころか屋内の何処にもサフィラの姿はない。

まさかこんな荒れた天気の日に外に出ているのか。気になった零は、強風で押さえられた扉を押し開けた。

 

「うぉっ……!?」

 

同時に強風が吹き込み、零の長い銀色の髪を掻き乱すようになびかせる。

咄嗟に腕で顔を庇うようにしながら、零は小屋の近くの木々を見回した。

 

 

 

 

 

「―――あ、おはよう。もう起きたんだ?」

「えっ……!?」

 

突如として聞こえてきた彼女の声に、零は驚きながら振り返る。

声がした屋根の上を見上げると、そこには数枚の木板を抱えたサフィラの姿があった。

 

「……家の補強か?」

「うん。今日は5年ぶり(・・・・)に凄い嵐が来そうだからね。だから今のうちにと思って……」

「5年ぶり……?」

 

サフィラの言葉に違和感を覚えた零は、小さく首を傾げる。

彼女の両親が亡くなり、独りで暮らすようになったのは3年前。

それから現在までの間に、この小屋の修理は誰がやっていたのか。所々に木板を取り付けただけの(いびつ)な補修の跡を眺めながら口を開く。

 

「……つかぬことを訊くけど、この小屋の修理とかをやってるのは……?」

「わたしだよ。父さんみたいに器用じゃないから上手くできないけどね。……本当は嵐が来る前にやっちゃいたかったんだけど、色々と準備で手間取っちゃって―――」

 

―――瞬間、特に強い風が吹き、サフィラの身体を強く揺さぶる。

 

「きゃっ……!?」

 

それにあおられたサフィラは体勢を崩し、屋根の上で横たわる。

そのせいで抱えていた木板を離してしまい、それらは屋根を滑るようにして落下した。

 

「マジかよ……ッ!?」

 

このままでは自分の元に落ちてくると予感した零は、すぐにその場から飛び退く。

そのすぐ後に木板は零がいた場所に落下し、まるで墓標のように地面に突き刺さった。

 

「ご、こめん!大丈夫だった!?」

「何やってんだ!危ないだろ!」

 

両手を合わせて謝罪するサフィラに、零は怒鳴りながら木板を一枚ずつ引き抜く。

そして木板を左腕の脇で抱え、彼女が屋根に上がるのに使ったであろう梯子に足をかけた。

 

「俺がやる。このままじゃ嵐が来る前に倒壊しかねないからな」

「ええっ!?で、でも零はお客様だし……」

 

慌てるサフィラを他所に、零は梯子を上がって屋根によじ登る。

そして彼女が持っていた金槌をひったくり、無言で作業に取り掛かった。

 

 

 

 

 

「おぉ……」

 

それから小一時間後、綺麗に補強が成された小屋を見上げて、サフィラは感心の声を漏らす。

 

「とりあえずやれることはやった。よほどの事がなければ大丈夫だろ」

 

ふぅ、と零は一息つきながら金槌を持ち替え、そっとサフィラに差し出す。

 

「あ、ありがとう。せっかくのお客様なのに……」

 

金槌を受け取りながら、サフィラは申し訳なさそうに俯く。

 

「大したことじゃない。一宿一飯の恩を返しただけだ。それに嵐で小屋がお釈迦(しゃか)になったら俺も困る。

……そろそろ本格的に来そうだな。ほら、飛ばされる前に」

「う、うん。ありがとう……」

 

零に促され、サフィラは小屋の中へと避難する。

それから数時間が経過した頃には、森の木々が吹き飛ばされかねないほどの暴風雨が到来した。

 

 

 

 

 

 

それから数日後、嵐は特に大きな被害をもたらすことなく過ぎ去って行き、森には再び平穏な時が戻ってきた。

これを機にこの家を出ようと考えていた零だったが、どうにもそのタイミングを見出だせずにいた。

機を見て話を切り出そうとするたびに、彼女はあれやこれやと話題を逸らしたり、用事を言いつけたりしてはぐらかされる日々が続く。

自分をここに置くことに何の意味があるのか。日頃の彼女の行動を観察しても、一向にその答えが出ない。

いったい自分をどうしたいのか。何をさせたいのか。零は疑問を抱えたまま、た巡り続ける日々を過ごした。

 

 

 

 

 

「……よし。とりあえずこれだけあれば十分だな」

 

ここは小屋からさらに深い場所に進んだ森の奥。そこでサフィラに薪集めを頼まれた零は、薪として使う木の枝を集めていた。

当人のサフィラから森の見回りに出るからと頼まれ、特に断る理由がなかったため引き受けたのだった。

 

「……にしても、どういう仕組みになってるんだ?こいつ……」

 

零は獣道のような通りのすみに目を向け、不思議そうに小首を傾げる。

そこにはサッカーボール大の大きな石が、まるで地蔵のようにぽつんと置かれていた。

そこで嵐が来ている間にサフィラから聞かされた話を思い出す。

この森には昔から獰猛な猛獣の目撃数が後を絶たず、いつか町にもその被害が出るのではないかと恐れられていた。

そこで町の長である大神官は呪術師に依頼し、獣避けのまじないを作らせたのだという。

それ以来、猛獣による被害の報告はなくなったが、猛獣を恐れる町の住民は恐がって森に近づこうとしなくなったため、その効果を実感する者はほとんどいなかったそうな。

 

「……ま、その方が俺はありがたいけどな。……そういえば近くに川があったっけか」

 

耳をすませば、そんなに遠くない距離から水が流れる音が聞こえてくる。

前日に飲み水についてサフィラに聞いたら、この近くを流れている山からの湧き水を汲んできていると言っていた。

 

「……せっかくだから、ちょっと休んでから戻るか」

 

そう考え零は少しだけ休養を取るべく、音のする方へと足を進めた。

 

 

 

 

 

「おぉ……これまた自然豊かな……」

 

木々や茂みを越えること数分後。その先にあった光景を見て、零は思わず見とれてしまう。

零の身長ほどある滝から爽やかな水音を立てて、澄みきった水が流れ落ちてくる。

さらにその様子をより神々しく演出するように、程好(ほどよ)い木漏れ日が眩しいくらいに流れる水を照らしていた。

さらにその先の下流には25Mプール程の規模がある湖が広がっており、より零の感心を惹き付けた。

 

「ん……?」

 

ふと湖を見ると、やけに大きな波紋が広がっているのが見える。

 

「なんだ?でかい主でもいるのか?」

 

そう不思議そうに首を傾げ、零は少しずつ湖に近づいていく。

 

 

 

 

 

―――瞬間、水中から浮上するように、何かが盛大な水音を立てて飛び出した。

 

「なっ……!?」

 

それを見た瞬間、零は思わず息を呑んだ。

飛び出した拍子に波のようになびく蒼い髪。人とは思えないほど白く美しい肌。

そして見覚えのある明るく柔らかな笑顔。……そう、零が居候する家の主、サフィラだった。

しかも衣類どころか布地も身に付けておらず、零はその裸体を完全に直視してしまった。

 

「……!」

 

なんとか自力で正常な判断力を取り戻した零は、サフィラに気づかれないよう素早く木の影に身を隠す。

そして大きく深呼吸をして、逸る動悸を何とか落ち着かせた。

 

「はぁ。……何やってんだよ?こんなところで……」

 

零は隠れた木に背中を預け、気が抜けたように座り込む。

見回りを済ませ、一息ついでの水浴び。そう考えれば判らなくもない。

確かにこの森は人が足を踏み入れることがほとんどないし、この近辺は猛獣避けで守られている比較的安全な場所。だから安心できる気持ちもわかる。

しかしだからと言って、これは無防備過ぎるのではないか。この森に誰もいないならともかく、今は零がこうして近くまで来ているのだから。

 

「……って、そんなこと考えてる場合じゃないだろ」

 

このまま見つかるのはまずい。覗き魔なんて不名誉なレッテルを貼られるのはもちろん、気まずくてこれ以上の居候を続けることができなくなる。

零は軽く頭を振るい、気付かれないようゆっくりとその場を離れようとした。

 

 

 

 

 

―――ガシャンッ!

 

「いつっ……!」

 

瞬間、金属音と共に、零の足を鈍い痛みが走る。

 

「な、なんだ……!?」

 

視線を足元に落とすと、古典的な罠であるトラバサミが零の左足に噛みついていた。

幸いなことに拘束部分にはトゲなど鋭利な箇所はなく、ただ挟んで一時的に動きを止める機能しかないのが幸いだった。

 

「マジかよ……」

 

まさかこれがあちこちに仕掛けてあるから、安心して無防備な姿を晒せるのか。

今まで見たことのない森番としての彼女の姿。それをほんの少しだけ垣間見たような気がした。

 

「……って、んなことしてる場合じゃないか……!」

 

かなりの音だったから、もしかしたらサフィラの耳にも届いているかもしれない。焦る気持ちを抑え、トラバサミを外そうとしゃがみこんだ。

 

 

 

 

 

―――ダァンッ!

 

「いっ……!?」

 

トラバサミに触れる直前、発砲音と共に零の頭上を何かが通過する。

その音が銃声だと認識したとき、あとほんの少し―――1、2秒屈むのが遅れていたら。そう考え零は死の恐怖を覚えた。

 

「―――えっ!?れ、零……!?」

「…………!?」

 

すると零の背後からガサガサと草木を掻き分ける音と共に、サフィラの声が聞こえてくる。

 

「もしかして罠にかかっちゃったの!?てっきり猛獣が入ってきたのかと……」

「あ、あぁ。……けどこれくらい大したことじゃ―――」

 

大事ないことを伝えようと振り返った瞬間、零は目を丸くしながら硬直した。

そこには水浴びをしていたときと同じ一糸纏わぬ姿で、先ほど撃ったであろう猟銃を抱えたサフィラの姿があった。

しかもその裸体を隠すどころか恥じらう素振りも見せず、慌てた様子で猟銃を放った。

 

「大丈夫!?貸して!わたしがやるから!」

「いやいや!こっちの心配は要らないから!それよりもサフィラの方が……!」

 

サフィラが正面に回り込むと、零は咄嗟に顔を背ける。

無理もない。このまま前を向いていたら、至近距離で彼女の裸体を直視することになっていた。

女性に面識がほとんどない零にとっては、あまりにも刺激が強すぎるのだ。

 

「……?……顔がどうかしたの?……まさかさっき撃ったのが当たったんじゃ……!?」

 

慌てて零の頭を掴み、強引に見えない部分を見ようとするサフィラ。

だからと言って『サフィラの裸を見ないようにしている』などと動揺しまくっている零に言えるはずがなく、ただ必死に彼女の方を見まいと顔を背けることしかできなかった。

 

「い、いや……だからそうじゃないんだって……!」

「ほら!ちょっと見せて!……顔に傷は無いみたいだけど、もしかして頭とかに……」

 

などと珍妙なやりとりが続き、自身が無事であることを伝えてサフィラに服を着させるのに、およそ10分近くの時間を要したのだった。

 

 

 

 

 

―――この日、零は彼女が超がつくほどの天然であることを理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




……という訳で唐突に過去話を投入させていただきました。
それと今までに巡った世界についてですが、『元ネタなしでオリジナルで作った世界』と、『元ネタありきでその要素を取り入れた世界』の二種類を織り混ぜていきたいと思います。
例えば『何百年も戦争を続けている二分された銀河系』と『ワイズマン』ってキーワードでわかった方もいるかもしれませんが、2番目の世界は『装甲騎兵ボトムズ』が元ネタの世界です。
本当はタグに書き込むべきところなのでしょうが、そこまで話に影響しない点と、書き込むだけのスペースが足りなかったことから、タグの中の『その他多数の要素』の一部に組み込まれているものと思っておいてください。
他にもほんの少しだけ話に織り混ぜるだけの世界が多数ありますが、その辺は『そういう世界があったんだ~』程度の認識で捉えてもらえると幸いです。

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