DATE・A・LIVE The Snatch Steal 作:堕天使ニワトラ
ASTの一団からちょうど反対側に回り込む形で、零と<オルトロス>は<ハーミット>の結界の前に来ていた。
「……さてと、これが反霊力波の初始動だ」
これから実験でも始めるかのような気分で、零は<オルトロス>のすぐ後ろに立つ。
すると<オルトロス>と零を囲むように、ぼんやりと薄い障壁のようなものが展開された。
「反霊力波の防御形態。異常はなさそうだな」
うんうんと零が頷くと、<オルトロス>はゆっくりと足を進める。
そして障壁の一部が結界に触れた瞬間、その周辺の
「……よし、成功みたいだな。それじゃあこのまま行こうか」
上々の結果に満足そうに頷きながら、零は前進を続ける<オルトロス>の後に続いた。
―――結界の中心部。そこは外で猛吹雪が起こっているとは思えないほど静まり返っている。
日の光が届かない真っ暗な闇の中、そこに一人の少女の姿があった。
「ぅ、ぇ……っ、ぇ……っ」
<ハーミット>は天使の背にうずくまり、一人で泣き続ける。
大切な親友である『よしのん』のいない寂しさで、心が押し潰されそうになっていた。
「よ、し、のん……っ……」
唯一の心の支えである『よしのん』がいなければ、満足に平常心を保つことができない。
その名を呼ぶも、この静寂に満ちた空間では誰も答えてはくれない。……はずだった。
『―――おやおや~?何を泣いてるのかな~?』
聞き覚えのある可愛らしい声が、何もないはずの闇の中から聞こえてくる。
「…………!?」
突然の乱入者に<ハーミット>はビクッ!とすくみ上がり、怯えながらそちらを見る。
暗い闇の中から重量感のある足音と共に、体長2mを超える『何か』が姿を現す。
そしてその異形の巨体の影から、見慣れた白い小さな塊がひょっこりと顔を出した。
『もしかしてよしのんに会えなくて寂しかったのかな~?大丈夫!よしのんならここにいるよ!』
さらに続くようにして、パペットを右手に装着した零がゆっくりと姿を現した。
「……!……よ、よしのん……っ!」
パペットに気づいた<ハーミット>は天使である人形から降り、慌てて零の元に駆け寄る。
「ほら、こいつが欲しかったんだろ?」
駆け寄ってきた<ハーミット>に、零は右手から外したパペットを差し出す。
<ハーミット>はそれを受け取り、自らの左手に装着した。
『―――やっほー!初めましてー……でいいのかな?本当に助かったよ~♪』
まるでそのパペットが生きているかのように、陽気な口調で話し始める。
「……ありが、とう……ござ、います……」
突然、<ハーミット>がか細い声で言葉を発する。
「別に大したことじゃないさ。ただ落とし物を届けに来ただけだ。……それよりちょっと頼みがあるんだけど」
「……?……」
『なになに~?よしのんを助けてくれたお礼に何でも聞いちゃうよ~♪』
急に切り出した零の言葉に、<ハーミット>はきょとんとしながら首を傾げる。
「難しいことじゃない。少しの間、俺の言うとおりにしてくれればいいんだ」
そう言って零は右手を<ハーミット>に向かってかざす。
すると掌から黒い粒子のような霊力が放出され、それが<ハーミット>に吸収されていく。
「…………!?」
『わわっ!?なにこれ~!?』
見慣れない現象に<ハーミット>とパペットが動揺の色を見せる。
「大丈夫だ。害はないから、大人しく受け入れてくれればいい」
「……?……は、はい……」
零に恩があるからか、それとも元から素直な性格だからか、<ハーミット>は言われるがままに『それ』を受け入れる。
「……んっ、ふぁ……」
『それ』を受け入れ始めて10秒ほど経過した頃、<ハーミット>に変化が見られる。
まるで酒でほろ酔いしたように顔が赤らみ、意識が
『あれ~?なんだか、よしのんも……』
「よ、よしのん……?」
パペットにも同様の変化が起き、酔いつぶれたように力なく
実は<ハーミット>の中には別の人格が存在しており、それがパペットという形で<ハーミット>と独立した思考を持っている。
士道が接していた時はパペットの人格と
しかし送り込まれる霊力の影響を受けていることから、やはり<ハーミット>とパペットは繋がりを持っていることが確認できた。
零はさらに送り込む霊力を増やし、一気にラストスパートをかける。
「ふぁ……あぁ―――」
―――ドクンッ!
<ハーミット>が沸き上がるような高揚感に身も心も委ねそうになった瞬間、身体の奥の『何か』が鼓動するように大きく跳ねた。
同時に<ハーミット>の身体から、彼女の霊力を象徴するような青いオーラが放出され始めた。
「……よし、頃合いだな」
零は霊力の放出を止めると、両手で<ハーミット>の肩を掴む。
「えっ……?」
<ハーミット>の意識がはっきりしていない中、零の顔がゆっくりと近づいていき―――
―――そっと、二人の唇は重なった。
それをきっかけにするように<ハーミット>の意識は途切れ、同時に二人は一緒に
その様子を
すると主人がいなくなったことで結界が薄れていき、まるで夜明けのような日の光が<オルトロス>のボディを暖かく照らしていた。
一方、士道は<プリンセス>、十香の協力もあって、なんとか結界の前までたどり着くことができた。
「……やっぱり、強行突破しかないよな……?」
目の前に広がる純白の殺意を眺めながら、士道は手にしている鞄を強く握る。
その中には<ラタトスク>の構成員が『よしのん』そっくりに作った偽の『よしのん』が入っていた。
だがこんなところで尻込みしている場合ではない。
この中には『よしのん』と離ればなれになって寂しい思いをしている四糸乃がいる。それに自分をここまで行かせるために、十香がASTの足止めをしている。
だから何としてでも四糸乃を救わなければならない。その使命感が士道の足を動かした。
『―――待ちなさい!生身で結界の中に入るなんて無謀だわ!』
インカムから聞こえてくる琴里の叫び声が士道の耳に突き刺さる。
「けど他に方法がないんだ!このままじゃ四糸乃が……!」
『ああもうっ!仕方ないわね!……こうなったら主砲で道を作るわ!そこから―――』
琴里がプランを説明している最中、結界に異変が起こる。
まるで嵐が去って行くように結界が薄れていき、やがて少量の雪を残して完全に消滅してしまう。
しかも曇り空だった天気も、日の光が暖かく照らす晴れ空へと変わっていた。
「えっ?どうなってるんだ?急に天気が……」
士道は困惑しながら、数秒前まで結界の中心部だった箇所を見やる。
そこには猛獣や悪魔をイメージしたような、凶悪そうなフォルムの『何か』がぽつんと立っていた。
「な、なんだあれは……それに四糸乃はどこに……」
四糸乃を探して周囲を見回しているうちに、異形の『何か』は周囲の風景に溶け込むようにして姿を消した。
『
「……そ、それってまさか、四糸乃は……」
殺されてしまったのか。最悪の可能性が頭を過ぎる。
『……いえ、まだそうと決まったわけじゃないわ。もしかしたら直前に
すると士道は上空からの光に包まれ、<ラタトスク>が保有する空中艦<フラクシナス>へと転送された。