しゃらり。ぱさり。すとっ。
「あら?」
「わお恵《めぐみ》さんもやるじゃない?」
「えー……いや、ないですよそんな事は……?」
何時ものごとく起床して、何時ものごとく朝ご飯を頂き、何時ものごとく寮から通い、何時ものごとく学び舎の門を潜り、何時ものごとくクラスメイト達とじゃれあい、何時ものごとく……がピタリと止まり、続かない、今日はそんな、イレギュラーな日のご様子だ。
「ったく、二学期最初の日にやってくれますね。」
「それ、ハートマークいっぱいじゃない? 本命なんじゃないのー?」
「ははっ、それはそれでここまでされると怖くもありますよ」
すとっ、と、胸のリボン付近ではからずも受け止めた格好のソレを見留め、傍らの学友、
「あらまぁ人が悪い旧友さんだことで」
「ま、そこは認めます」
さらりとすとっとしまい込み、一応これはわたし宛。気心知れた学友なれど、このお手紙はわたし宛。まずは一人で、じっくり一人で読ませて頂きましょうかね。
「えーしまっちゃうのー?」
「しまっちゃうのですよ。ささ、教室教室」
ここで読もうよーちぇーと、つまらなそうな彼女の態度も、またありがたい。去年から転校者のよそ者のわたしを快く受け入れてくれている、その事が、とても嬉しいことなのだ。
(そう言えば、こっちに来て丁度一年、ですか)
―――――――――――――――――
「今日のしほーさんは一段と不思議なオーラを放ってるよ?」
「そうですか?」
教室でしほーさんと呼ばれたわたしは首を傾げてその気持を表現、序に自問もしてみる。
「……ふむむ……そんなに何時もと違いますか?」
「うん。なんだか穏やかなの」
「なるほど、そうでしたか。そこは心当たりがあります」
夏休み明けでみんなどこかテンションが低かったり高かったり、ひょいと視線をあちこち移せばどよんと死に急ぐようなオーラ出してる娘もいれば、ほわわんとしている幸せ絶頂な娘もいる。百合キス最高! とか、お姉さま! とか、謎な単語も漏れ聞こえてくる。そこまでではないものの、わたしも少しテンションがおかしい様子。今朝方の一通の手紙がそれだろうなと独りごちる。
「何か良い事でもあった?」
「ん、うーん……うーん……」
「……?」
「ううん、うーーーーん……?」
学友の
良いことか否か。
穏やかに見える、感じるのだから、きっと彼女が推測していたわたしからの言葉は、ええ、そうですよ朝に少し……などという感じのさりげない返しで、その後でぽいぽいとお互いお話を続けていく、そんな一言だった筈。けれど、頂き物が残念ながらというか嬉しいけれど残念じゃないと言うか……そんな位置にあるわけなので、説明に苦労する。こういう類のは、変なの、で良いんだけれど。なんとなく気分的に良くないのだ。
「しほーさんどうしたの?」
「んーむ……良いことのようでそうでないような内容なのですが、嬉しいけど顔面殴りたいような、そんな感情でして」
「な、なかなか…アグレッシブですね……」
「まぁありたがい友ではあるのですけど、ねぇ」
苦笑いを見せて、少し首をフリフリと。それで彼女も少し納得がいった様子だ。
「ああ、もしかして前に通っていた学園の?」
「ええ、癖が強すぎる友が相変わらずみたいで何より、といったところですね」
風の便り、というやつでしょうか、と語ったあたりで、ホームルーム開始。
「あっと、始まっちゃうね」
「ええ、ええ……では、二学期も宜しくです江川さん」
「しほーさんも、色々宜しくね」
微笑んで軽くペコリと、手をふりふりする彼女。わたしが穏やかな雰囲気ならば、江川さんもまた少し春先と比べて良くなっている。生徒会長候補だった彼女が、わたしやクラスの娘がノートを貸していた時期なんかもあった。あの頃は結構大変そうだったし、その後も引きずっていた様子だった。おたがい今くらい、穏やかでありたいものだけれど、イレギュラーも楽しんでこそ。
(メグ○ルクを飲んでたら恵思い出して居てもたっても居られなくなったから直接下駄箱に届けたよ! さすが私! じゃねーですよ)
そのイレギュラー。一年経っても相変わらずな相変わらずな友、
本当にわたしに会いたいならば、告白したいならば、下駄箱に入れただけで帰るはずがない娘。それどころか今すぐ教室に入ってきそうな程の人間。そうなると、本当に手紙を出したいだけだったのだろう。要件はそれだけ。目的が達せられればそれでスパッと切り替える。なんともあいつらしい。
が、それゆえに気がかり。あいつらしいのに気になる箇所も、わたしの心を楽しませる要素。こういうのもしっかり残すのが件の友らしく、また苦笑いがこぼれてしまう。
「全く、メールでもいいのに、こういうところは変に古風なんですから」
ポツリと呟き、今に集中。ささ、かき乱してくれた友のお返事、もう二十回ほど読み直してみましょうかね。
―――――――――――――――――
「こーんな便箋使って下駄箱まで入れておきながら恋文じゃない、辺りが鍵谷さんらしい? と失礼ながら思って良いのかしら?」
「ええ、決して決して、誓っても恋仲じゃないです。それに恋仲でしたらわたしは隠したりしませんよ。あと失礼なことは一切ありません」
むしろ変人認定で大喜びしそうな遠くの友を思い浮かべ、少し申し訳無さそうな近くのマトモな友、
「成る程ねー、めぐにゃんがコッチに来てちょーど一年、一周年、だから記念に……とかなのかぁ」
「そこなのですよね。妥当な線としてはそんなトコかと思ってます」
ハートマークだらけの便箋をひらひらさせながら、煮豆をパクパクついばむ、もう一人の友人
「あ、ハートマークの中に一個変なのが混じってる」
「変なとこ照れ屋で真面目ですからね、こいつは」
「一年きっちり待つ辺り、本当に恋じゃないのー?」
「ねーです。ないです。ないないです」
どうしても恋話に持って行きたがる輝沙良に、お弁当をついばむみのりと、肯定と否定を交互にしながらなわたしの三人で、少し早いお昼を堪能する。二人共話題に飢えているほど枯れているとも思えないけれど、わたしの様に恋話に縁が薄く見える女学生がこんな便箋頂いたらやっぱり食いつく辺り、流石なんだなぁとも思う。おのれ鍵谷引っ越した先でもこういう事しやがって。
「んでんでー? 実際なんて書いてあったのー?」
「ほらほら、摘みながら話さないのですよ。 ……ん~~~そうですねぇ差し障りのない内容でしたね」
今日は30度くらいでねー、とか、昨日はコッチこんなことがあってねー、とか、今日の私の下着の色はなんでしょう! とか、当たり障りのない内容を聞かせてみる。最後だけアレだけど、やはり反応はわたし以外の多くが感じるそれで、彼女達も左に右に首を傾げながら内容を聞いている。下着の色とか当てたら何か送ってきそうなのでスルーです。下着送られたら要らぬ誤解受けるし。それ以前にさすがの鍵谷芽衣子もこんな謎クイズの景品に自分の下着は送らないだろう……たぶん……きっと……やっぱするーあんていですね。
「メールで良くない? って感じる内容ね?」
「でしょう?」
「でもそんな手紙を何度も読み返すあたりやっぱり恵に恋……」
「じゃねーです」
恋愛に結びつけたがる系な友は中々に厄介だ。普段こそ口数少なめおとなしいというのに、わたしよりもずっとずっと興奮している気がする。まぁ輝沙良自身色々あった身だし、便箋がコレだし、相手がわたしではそうもなってしまうのかもしれない。トリプルコンボで割りと興奮が上乗せ増幅されているといったところか。しかし、相手が相手なのだ。先輩と強烈に仲良しだった彼女が、今更遠く離れたわたしにお熱になる要素はない。
「相手が相手、曲者ですから、差し障りない内容なのが違和感が強すぎて……疑うとかじゃないんですが、逆に普通なのが気になるんですよ」
「あ、成る程」
「なので、さっきから後ろから読んだり縦読みでしたり斜め読みでしたりをしているのですよ」
「そっか、そういう見方もあるのかぁ」
「ええ、この送り主只者ではないので、その彼女が下駄箱に手ずから置いていった辺り、何か意図でもあるんじゃないかと、今朝から気がかりでしてね」
穏やか、と言われればそうなのかもしれない。けれど言われるまでは、眉間にしわ寄せないまでも、何か考え事をしていたような、そんな感じだとは思っていたのになぁ。
……恐らく、【旧友からの一年ぶりのお手紙】という方が、今話題にしている興味や好奇心や疑問や謎解きよりは勝っていたのだろう。わりと冷静らしくてもわたしも多感な女子高生。嬉しいものは嬉しい。変態からの手紙だろうと。せいじゅんなかたからのおてがみもほしいですねぇ。
「ふーん? なにかの暗号でも仕込んであるとか?」
「基本のモールス信号は一先ずやってはみたのですけどね」
「やったのかよ。って当たり前の如く暗号できる女子高生ってなにさ!?」
「やりました。成果はありませんでしたけど。……え、暗号の基本ですしこれくらいは……?」
「めぐにゃん何者!? その相手も何者!?」
「茶道をこよなく愛するただの女子高生です。あ、確かに相手の鍵谷はだいぶ何者!? って相手ですが」
「じゃあやっぱり恋「じゃねーです」
しつこいので輝沙良は卵焼き没収です。泣き真似しても返しませんよ。あ、コレ甘いですね。もぐもぐ。この甘さ配分はわたしのお料理にも参考にしましょう。もぐもぐ。
――――――――――――――――――
(結局真意は判りませんでしたね)
あっという間にお昼時間は過ぎて、夏休み明けの最初の日は終わりを告げる。新学期のイベントが終わりホームルームが終われば、二学期の確認程度で後はお弁当なり学食なりで解散だ。そのまま部活や寮や家に向かっても良いのだけれど、そこは久方ぶりの学園という事で、ちらほら残っている生徒もいる。わたしもその一人。このまま旧友からの励ましの懐かしいお手紙、で済ませていいとは半ば思っている。それも彼女の持つ、義理堅く優しい真面目な性格なのだから。と同時に、やはりわたしの中での彼女は異質で変態で先の先を読む天性の才覚持ち、という印象が強い。
「真面目と不真面目のギャップが強すぎて判断が難しい……」
思わず頭を抱える。ハートマークの便箋持ちながら頭抱えている女子高生。はたから見れば爆発しろ状態なのかもしれない。しかし悩んでいる内容といえば恋とか告白とかに欠片も関係ないのだから、世の中見た目ではわからないものなのだ。
「……ここで投げてはダメですね。図書室でもう少し調べてきましょうか」
モールスがダメならイエロー暗号やパープル暗号でも当たってみましょうか。エニグマやウルトラ、ウォーター・ゲートあたりの暗号も当たってみるべきか…と、
「あ、今日は
はたと思い直し、一度寮に戻っておくべきか考える。考える。考える……
(……戻りましょうか)
彼女は少し気がかり。結構気がかり。だいぶ気がかり――
ルームメイトの彼女こそ、この手の手紙は相応しいかもしれない。
「友からの何気ない文章。凄く力になりますからね」
何気ない日常。いつもの日常。そんな中に現れた旧友の便りは、そんな当たり前の大切さを気付かせてくれるような、そんな存在にもなっていた。
「やるじゃないですか。遠く離れても流石は鍵ーですね」
昔の日常が、今の日常を彩る。支える。気付かせる。何時ものように、恵玲奈の好きなモノを少しだけ多めに添えて、苦手なものも一つは添えて、何時ものようにおやつを食べよう。ご飯を食べよう。そしてお互いお話しよう。新聞のお話も。茶のお話も。半分こにして丁度良く。今をちゃんと見つめよう。
わたし、