secret luterlude 1.「溺愛」
secret luterlude 2.「心愛」
secret luterlude 1.「溺愛」
―――――――――――――――
ここあ「――うん、わかった」
リゼ「……!」
ここあ「ずっとずっと……りぜちゃんだけをみてるよ」
ここあ「りぜちゃんいがい、もうなにもいらない」
リゼ「ここあ……」
ここあ「ちのちゃんのこともちやちゃんのこともしゃろちゃんのことも……」
ここあ「――ぜんぶ、わすれるね」
リゼ「……!」
ここあ「りぜちゃん……えへへ、りぜちゃん……」スリスリ
ここあ「わたしだけのものだよ……えいえんに、ずっと」
ここあ「もう、そばからはなれちゃだめ……」ギュッ
リゼ「……ここあ」
リゼ「ああ……ずっと一緒だ。今度こそ、ずっと」
リゼ「もう、涙なんて流さない……後悔も無い」
リゼ「――結局、お前といられる以上の幸福なんて、この世にはなかったんだ」
――
――――
――――――
――――――――――――――――――――――――――
Prrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr――
………………。
Prrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr――
………………。
Prrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr――
ここあ「んっ……」
リゼ「……」ガシャッ!
……………………。
パープル迷彩のハードケースに包まれたスマートフォンは、銃弾の前に呆気なくその機能を停止した。
これでもう、外の世界とわたしたちの世界を繋ぐものは存在しない。
この切り分けられた世界の中では、もう何も。
ここあ「ふぉぇ……なんのおと?」ポワポワ
リゼ「なんでもないぞ……ほら、目を瞑れ」
リゼ「たくさん寝たら、ご飯にしような」
ここあ「うん……」
リゼ「ふふっ……」クスッ
ここあが――天使が、そばにいる。
――――――――――――――――――――――
――1週間後――
千夜「………………」
――ガラッ
千夜「いらっしゃいま――……おかえりなさい、シャロちゃん。アルバイトお疲れ様」
シャロ「ただいま」
千夜「……今日も、また?」
シャロ「……」コクリ
千夜「そう……」
シャロ「先輩、学校にもいなかったわ」
千夜「………………」
Prrrrrrrrrrrrrrrrr――
千夜「あら……?」
千夜「チノちゃんからの報告メールね」ピッ
シャロ「」チラッ
『リゼさん、今日も来ませんでした』
シャロ「………………」
千夜「かわいそうに……」
シャロ「学校にすら来てないんだもの、ラビットハウスになんて来るわけ……」
千夜「ええ……そうね」
千夜「でも、こうして報告メールだけでも頼んで少しでも希望を持たせてあげないと……」
千夜「――二人の帰りを待っているチノちゃんが、あまりにかわいそうでしょ」
シャロ「……千夜」
千夜「ありがとうシャロちゃん、家に帰ってゆっくり休んで」
千夜「わたしも7時だしそろそろいくわ」
シャロ「……わたしたちのやってることだって、チノちゃんと変わりないわよ」
千夜「くすっ……そうね」
シャロ「…………」グスッ
千夜「……行ってくるわ」ニコッ
―――――――――――――――――――――
――ラビットハウス――
チノ「………………」
ここあ『ちのちゃん!あっちのおきゃくさん、ほっとみるくとかふぇおれだよ』
チノ「………………」
リゼ『チノ、大丈夫か?体調が悪いなら無理するなよ』
チノ「……………」グスッ
ここあ『おわったね~!ちのちゃんりぜちゃん、おつかれさま!』
チノ「…………」ジワッ
リゼ『ちゃんとお手伝いできたな、偉いぞここあ』
ここあ『んっ……♪』
チノ「っく………ぇぅ………」ポロポロ
――ガチャッ
チノ「!」
リゼ『ただいま!』
ここあ『ちのちゃん!』
チノ「ここあさん!りぜさん……!」
お客「……?」
チノ「あ……」
チノ「………………」
チノ「…………」
チノ「……っ」グシグシ
チノ(待つって、約束でしたよね……)
チノ(たとえ一人でも、二人が帰ってくるまで、ずっと守りますから)
チノ(ここあさんとリゼさんとの、大切なこの場所を……)
チノ「……」グッ
チノ「……いらっしゃいませ、ラビットハウスにようこそ」ニコ
―――――――――――――――――――
千夜「…………」
使用人「あっ……」
千夜「こんにちは」ニコッ
使用人「どうも……」ペコリ
千夜「今日も寒いなかお疲れさまです」
使用人「いえ、それはこちらのセリフで……」
千夜「どうですか、様子は」
使用人「…………」フルフル
千夜「そうですか……」
使用人「……申し訳ありません」
千夜「これ、ここあちゃんとリゼちゃんに。使用人さんの分も入ってますので」スッ
使用人「……いつも、ほんとに」
千夜「気にしないでください、わたしが勝手にやっているだけですから」
千夜「気持ちは、みんな同じなんです」
使用人「…………」
使用人「すいません……できれば黙っておきたかったのですが……」
使用人「このお菓子は……お嬢たちは――」
千夜「分かっています」
使用人「……!」
千夜「でも……こうでもしていないと、耐えられないんです……」ジワッ
千夜「無駄だと分かっていても、諦められないんです……」ポロポロ
使用人「………………」
千夜「……ごめんなさい」グシグシ
使用人「いえ……お嬢は、あなたみたいにとても良い友人を持っていたんですね」
使用人「なのに……」
千夜「……ここあちゃん、りぜちゃん……」
使用人「待っててください、いつかは必ず」
使用人「その時までどうか……お嬢たちのこと、見捨てないで頂けると」
千夜「もちろんです、二人ともわたしの大切な親友ですから」
使用人「ありがとうございます……」
千夜「……明日も、持ってきていいですか?」
使用人「ええ、お待ちしています」
千夜「……」ニコッ
――
――――
――――――
――――――――――――――――――――
――深夜 天々座家――
使用人「………………」スタスタ
使用人「…………」
使用人「……お嬢?」トントン
使用人「………………」
使用人「……」ガチャッ
キイィ……
リゼ「ここあ……」スリスリ
ここあ「あははっ……りぜちゃん、ふふっ……」
リゼ「かわいい、かわいいな……」
ここあ「りぜちゃんすき……もっとぎゅってして」
リゼ「ああ、壊れるくらい抱きしめてやるぞ……」ギュッ
リゼ「しあわせだ……こんなにお前がそばにいる……こんなに、お前のぬくもりを感じられる」
リゼ「お前を、独り占めできる……」
リゼ「やっとわたしだけのものになった……もう、誰にも渡さない……」
リゼ「ここあ……わたしの、わたしだけのここあ、ははっ、あはは……!」
ここあ「りぜちゃん……わたし、しあわせだよ」
ここあ「どこにもいかないで……」
リゼ「ここあ……」
使用人「………………」
使用人「……」
――ガチャッ バタン
……………………。
…………。
……。
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secret luterlude 2.「心愛」
ここあ「……りぜちゃん」
ここあ「――おやすみなさい」ナデナデ
リゼ「……!」
ここあ「め、つむって?」
リゼ「……ここあ」
ここあ「ねっ…?」
リゼ「…………」スッ
ここあ「りぜちゃん……いまはなにもかもわすれて、ねむろう」
ここあ「そうすれば、またわらえるようになるから……」
リゼ「…………」グスッ
ここあ「よしよし……たくさんなやんで、つかれたね……」ナデナデ
ここあ「わたしのために……ありがとう、りぜちゃん」
リゼ「…………」ポロポロ
ここあ「わたしが、こもりうたをうたってあげる」ニコッ
ここあ「……こころぴょんぴょんまち、かんがえるふりして……――♪」
リゼ「………………」Zzz
ここあ「…………」クスッ
ここあ「わいるどぎーす?りぜちゃんのこと、おねがい」
ここあ「りぜちゃん、さみしがりやさんだから……ちゃんとそばにいてあげてね」
ここあ「……」スッ
ここあ「たしか、ここをおして……」ピッ
ここあ「……………………」prrrrrr
ここあ「……ちのちゃん?」
ここあ「うん、わたしだよ」
ここあ「……だいじょうぶ」
ここあ「あのね……ちのちゃんにおねがいがあるの」
ここあ「――――――」
ここあ「うん……ありがとう、まってるね」ピッ
ここあ「…………」
ここあ「……りぜちゃん」ギュッ
ここあ「ごめんね……ほんとは、ずっといっしょにいたかったよ」
ここあ「わたしもりぜちゃんのこと、ひとりじめしたかった……」
ここあ「……ん」チュッ
リゼ「……ここあ」Zzz
ここあ「……」ニコッ
ここあ「ちのちゃんのところに―――らびっとはうすに、もどるね」
ここあ「さようなら……」
ここあ「りぜちゃん……すき」
――――――――――――――――――――――――
――
――――
――――――
……………………。
愛しているはずが、壊して。
……………………。
そばにいたいはずが、離れて。
……………………。
抱きしめるはずが、傷つけて。
……………………。
不純な生き物である人間に、「純粋な人間」などという矛盾が存在しないように。
矛盾しない愛憎なんて、都合の良いものはこの世に無い。
……今のわたしには、それがやっと分かるよ。
なぁ――ここあ。
――――――
――――
――
――2週間後 AM7:00――
千夜「…………」スタスタ
千夜「………………」
――トントン
千夜「リゼちゃん」
リゼ「……千夜か」
千夜「おはよう、昨日は良く眠れた?
リゼ「………………」
千夜「そう……無理も無いわ」
千夜「今日はいい天気よ。昨日よりずっと温かい」
リゼ「……そうか」
千夜「……そこからだと、分からないわよね」
リゼ「ん……小さいけど窓くらいはあるぞ。いい天気なのは分かるよ」
千夜「…………」
リゼ「毎日、すまないな」
千夜「ううん、リゼちゃんのためだもの」
リゼ「……千夜」
千夜「言ったでしょ、どんなに風になってもリゼちゃんはリゼちゃん。わたしは、リゼちゃんのこと大切だって」
リゼ「…………」
千夜「早く帰ってきてね……ずっと待ってるから」
リゼ「……ああ」
千夜「リゼちゃん……――はい」スッ
リゼ「!」
千夜「ハンカチ……涙、ちゃんと拭いて」
千夜「リゼちゃんがその部屋から出られたら、返しに来てね」
リゼ「…………」
千夜「それじゃあ、また明日来るわ」
リゼ「……千夜」
千夜「?」
リゼ「ありがとう……ごめん……」
千夜「……」クスッ
千夜「リゼちゃん……頑張って」
――――――――――――――――――
――PM4:00――
シャロ「…………」
――トントン
シャロ「リゼ先輩……起きてますか?」
リゼ「ん……シャロか」
シャロ「こんにちは……いま、少しお時間いいですか?」
リゼ「ああ、やることも無くて暇してたところだ」
シャロ「……これ、学校のプリントです」スッ
リゼ「ありがとう、いつもすまないな」
シャロ「あとこれ、クッキーですけどよければ……」
リゼ「シャロが焼いたのか?」
シャロ「はい……えっと、いちおう、その」
リゼ「……ココア味、か」クスッ
シャロ「っ……すいません、嫌な思いをさせたんじゃあ……」
リゼ「そんなことない、嬉しいよ。……食べてみてもいいか?」
シャロ「は、はい、美味しくないかもしれませんけど……」
リゼ「…………」モグモグ
シャロ「…………」
リゼ「おいしい、ちゃんとココアの味がする」
シャロ「」ホッ
リゼ「ありがとうシャロ、おかげで元気が出たよ」
シャロ「いえ……」
リゼ「…………………」
シャロ「……っ」
シャロ「……リゼ先輩、その」
リゼ「?」
シャロ「……ここあのこと、悪く思わないであげてくださいね?」
シャロ「ここあは、リゼ先輩やわたしたちのことを思って……」
リゼ「分かってるよ」
リゼ「ここあのこと、これっぽっちも恨んでいないさ」
リゼ「……むしろ」
リゼ「ここを出られたら、一番に感謝の気持ちを伝えて……そして、ちゃんと謝りたい」
リゼ「――お前のお願いを……最後まで聞いてあげられなくてごめんって」
シャロ「お願い……?」
リゼ「いや、なんでもない……忘れてくれ」
リゼ「……今日は、いい天気らしいな」
リゼ「ラビットハウス……賑わってるといいけど」
シャロ「リゼ先輩…………」
リゼ「早く、元に戻りたいな……」
シャロ「大丈夫です、すぐに戻れますよ」
シャロ「ラビットハウスも……ここあも、わたしたちも、みんなリゼ先輩のこと待ってますから」
シャロ「早く直して……また、みんなでどこか行きましょうね」
リゼ「…………ああ」
リゼ「千夜……さっそく役に立ったよ、これ」フキフキ
シャロ「先輩……?」
――――――――――――――――――――
チノ「リゼさん、こんばんは」
リゼ「チノ……今日も来てくれたのか」
チノ「リゼさんにお話したいこと、たくさんありますから」
リゼ「くすっ、いつもの報告か?」
チノ「はい、それと……」
チノ「……いえ、なんでもないです」
リゼ「……?」
チノ「今日はお客さんが多くて大変でした、ここあさんと二人でどうにか乗り切れましたが」
リゼ「……そうか」
チノ「お店のためにも、ここあさんのためにも、お願いします、リゼさん」
リゼ「ああ……」
リゼ「――必ず、ラビットハウスに戻るよ」
チノ「……約束ですよ」
リゼ「……チノ?」
リゼ「遅くなったけど、言わせてくれ」
リゼ「……ごめん、それと、ありがとう」
チノ「!」
リゼ「あの時、チノのところに……ラビットハウスにたどり着いたのは、きっと偶然なんかじゃなかったんだ」
リゼ「わたしはお前に……助けを求めていたんだと思う」
リゼ「千夜とシャロを自分で突き放しておきながら、離れられるのが怖くて……残ったお前にすがったんだろうな」
リゼ「まだ引き返せる可能性がほしくて……心の中で、必死に手を伸ばしていたんだ」
リゼ「お前の手があんなに暖かったのも、きっと……」
チノ「………………」
リゼ「なぁチノ?」
リゼ「――もう一度、握らせてもらってもいいか?」
チノ「はい……もちろんです」
――スッ
リゼ「……」ギュッ
チノ「……どうですか?」
リゼ「あったかいな……あの時と同じだ」
リゼ「例え手だけでも、チノのぬくもりが伝わってくるよ」
リゼ「ふふっ……ありがとう、チノ」
チノ「……」ギュッ
チノ「リゼさん……指切りしましょう」
リゼ「えっ?」
チノ「指きりです、小指、絡めてください」
リゼ「……」スッ
チノ「指きりげんまん……優しいリゼさんが、これからもずっと一緒にいてくださいますように」
リゼ「!」
チノ「約束しましたよ、嘘ついたら針千本です」クスッ
リゼ「……チノ」
チノ「そろそろ帰りますね……――あ、最後にわたしも、遅くなりましたけど……」
チノ「リゼさん……おかえりなさい」
リゼ「……!」
チノ「今度は、ラビットハウスで待ってます」
チノ「また明日……おやすみなさい、リゼさん」
リゼ「…………」
――
――――
――――――
…………………………。
あの日。
深い忘却から目覚めると、そこは見慣れた部屋とは似ても似つかない白い空間だった。
まるで様式美を頑なまでに意識したような殺風景の中、まず最初に感じたのは病院特有の消毒液の匂いだ。
泥酔していたわけでもなく就寝を決めた場所が記憶と違えば、常人であれば戸惑い、現実、もしくは記憶を疑うのが妥当だろう。
だが、わたしの場合現実を現実として受け入れるのにそれほどの時間は要さなかった
――抱きしめていたはずの、ここあがいなくなっていた。
ただそれだけの事実が、目の前の現実を理解するための判断材料としては十分だったのだ。
医師や使用人たちは大方わたしが発狂するとでも踏んでいたのだろうか、訝しげにこちらを見つめる視線だけが印象に残っている。
その後、神経科の医師からやはりというべきか黒の診断書を出されたが、幸いにもなんとか入院だけは免れることができた。
できることなら自宅療養を望んでいたわたしの気持ちを察してくれたのか、聞くところによるとどうやらここあと仲良しの使用人が担当医師に口を利いてくれたらしい。
不幸中の幸い……といえば、聞こえは良いが。
だが、わたしに与えられたのは自宅療養とは名ばかりの、ある意味では入院よりずっと辛い責務だった。
精神的病とは軽重問わず、『時間が自然と心を癒す』以外に明確な治療法などこの世には無いのは周知の事実だ。
しかし、どうやらわたしの場合はそんな生易しいものではないらしい。
リゼ「……もう、そろそろ夜か」
リゼ「………………」
現実世界とは切り分けられた、最低限の生活用品以外は何も無い虚無空間。
これが、正常と呼ばれる線引きを越えてしまったわたしに課せられた、罰だ。
ここは間違いなくわたしの生まれた場所で、わたしの自宅で。
今も変わらず心休まる場所であり、そして、ここあと生活を共にしてきた現実の地続きだ。
……でも。
リゼ「…………」
わたしのために造られたこの部屋はまるで、この一貫の出来事が全て空想であったと言わんばかりに正当なる純白を押し付けてくる。
当然だ、正気に戻すというのがこの精神的病の解決法だとするなら、狂気にまみれていた記憶は全て取り除かなければならない。
一度狂気の境に踏み込んだ、あるいは踏み越えてしまった人間は、もう二度と表の現実で心の底から笑うことは許されないからだ。
しかし、そんな思惑を受け入れこの責務を全うするわけには断じていかない。
ここあ、チノ、千夜、シャロ……わたしの大切な人たちがくれた『優しさ』や『思いやり』を、そう易々と投げ捨てられるはずが無い。
例え不見識に思われようとも、この記憶を消し去るわけにはいかないのだ。
人間というのは、必ずしも良い記憶だけがその人を立派に成長させるとは限らないのだから……。
リゼ「……今日は、パスタか」
味覚、聴覚、視覚、感覚の確たる刺激。
生きていることを、何の疑いもなく生きていると思える。
現実を、現実と認識できる。
そんなごく当たり前な事実に、いまは心から感謝できる。
――
――――
――――――
――――――――――――――――――――
その夜。
突然訪れた来訪者の気配を、わたしはなぜか自然と察することが出来た。
虫の知らせなどという言葉で片付けられるものではなく、これは――――そう、適切な言葉で言い表すとするなら、たぶん『繋がり』だ。
リゼ「……ここあか?」
声をかける前に突然名前を呼ばれたせいか、ビクリと身体をすくませる気配が伝わる。
ここあ「……りぜちゃん」
白い壁に隔たれた向こう側の世界から、聞き慣れたのになにか懐かしい、ここあの声が届く。
たった2週間ぶり程度にも関わらず幾星霜の時を経て再会したような、そんな錯覚さえ思わせる。
リゼ「会いに来てくれたのか」
たわいもない会話の切り出しのあと、どれほどの沈黙が続いただろうか。
それは5分だったのかもしれないし、実際は5秒だったのかもしれない。
だがわたしの言葉が知らぬうちにここあを傷つけてしまったのかと、不安に駆られる暇さえあった。
ここあ「りぜちゃん……ごめんなさい」
静寂を壊して返ってきたのは――わたしに向けられた、謝罪の言葉。
それには、どんな意味合いが込められていたのだろう。
齢8歳にも満たないであろう彼女の中で、どんな思量を通じて吐き出された気持ちだったのだろう。
わたしは、所詮わたしの知ることしか知らない。
考えることはできても、ここあの気持ちになることは到底できない。
だからこそ――自分なりの精一杯の気持ちを、声に乗せて返す。
リゼ「ここあ、ありがとう。……わたしのほうこそ、ごめん」
わたしがここあに伝えたい、全てだった。
わたしは、誰よりお前を愛して、お前に愛されたかった。
でもそれと同じくらい、お前との関係が、みんなとの関係が変わってしまうことを心のどこかで恐れていたのだろう。
だからお前と肉体で愛しあうこともできず、そのくせ人一倍強い特別な繋がりが欲しくて……あろうことかお前に、暴力を振るってしまった。
狂っているという一言で片づけるのであれば、それまでかもしれない。
だが、少なくともわたしはお前を愛していたということに関しては、他の誰にも劣らない確かな自負があるのだ。
この気持ちだけは、誰にも負けてはいない。
――もし。
肉体関係以上に、恋愛倫理における概念で強固な繋がりがあったとしたら。
抱きしめる以上に、お前を汚す以上に、愛することができていたとしたら。
わたしは、お前を傷つけずに済んだのかもしれない。
しかし悲しいかな、人知に収まる範疇では。
人の英知で栄えた科学文明の力を持ってしても今なお、そんな繋がりはこの世の歴史にすら見つかっていない。
これが……『ごめん』だ。
リゼ「お前は……本気でわたしなんかのことを、愛してくれていたんだな」
ここあ「……!」
正常という枠を外れていた、あの時。
ここあは、わたしを受け入れてくれた。
逃げ出せたのに。
否定することだってできたのに。
ここあはそのどちらをも拒み、受け入れることを選んでくれたのだ。
悲しませないために、常識や現実を否定してもなお。
わたしが狂っていないと、庇い、信じてくれた。
お前は、わたしなんかよりずっと強かった。
わたしのために全てを投げうつ覚悟も、できていたに違いない。
もしあの時……わたしが涙なんて流さなかったら。
きっとお前はわたしと共に、最後まで堕ちることを躊躇なく選んだことだろう。
ここあは、わたしが全てを投げうつ覚悟がないことを、察してくれたのだ。
だから、側から離れた。わたしのために。
ここあの『ごめん』は、きっと。
あまりに優しい故に、わたしが狂気に染まることを止められなかった。
あまりに愛する故に、全てを受け入れて一緒にいてくれた。
あまりに慈しむ故に、最後はわたしの側を離れた。
その意味合いを全部込めた上での、謝罪だったのではないだろうか。
結局、踏み越えてしまったのも、その先に踏みとどまり続けることが出来なかったのも、全てはわたしの意気地なしがたたったせいだ。
わたしはあまりに身勝手で、それでいて臆病すぎた。
なにもかもが、中途半端だったのだ。
……………………。
――しかし。
リゼ「ここあ……手、かしてくれないか?」
ここあ「て……?」
リゼ「ああ」
先ほどの気持ちが嘘偽りで無いことくらい、こんなわたしでも伝える資格があってもいい。
わたしの生きる現実と――ここあの生きる現実を繋ぐ、小さな隙間。
そこから差し出された小さな手は、今まで何度もわたしがすがってきたものに間違いなかった。
暖かくて――尊い、ここあの手。
冷えきった両手を――迷うことなく、重ねた。
リゼ「ここあ……愛してるぞ」
むせび泣くような嗚咽が、すぐに響いた。
その涙の真意は、その後ここあの紡いだ言葉が答えだろう。
ここあ「りぜちゃん……また、むかえにきてくれる?」
リゼ「ああ」
ここあ「またりぜちゃんと、いっしょにいていい?」
リゼ「いっしょにいてくれ。お前は……わたしの大切な家族なんだから」
ここあ「――!……りぜちゃん」ポロポロ
リゼ「……」ニコッ
ここあ「はやく……グスッ、はやくかえってきてね」ポロポロ
ここあ「約束だよ」ポロポロ
リゼ「ああ……」
幸福は、いつだって。
動いている時間の中にしか存在しえない。
だから……いつかは、必ず。
その日は、訪れるから。
リゼ「いつもみたいに、おりこうにして待ってるんだぞ」
リゼ「なっ……ここあ」ニコッ
……………………。
…………。
……。
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end.