一撃男、異世界転移。 作:N瓦
【1】表裏一体の存在
───君はヒーローになれる。
入試シーズンも無事に終了し、春がやってきた。所謂、進学シーズンの到来だ。
若き才能は即ち、日本の「未来」なのだ。そんな、数多の「未来」が自らの進路へと踏み出した中。桜に見送られながら、住宅街を元気に駆ける一人の「未来」。
彼の名は「
その高校名は───。
「今日から僕も雄英かぁ……」
急ぐように走っていた緑谷は、そのスピードを緩めて歩みを止めて呟いた。現実味が無い……と言わんばかりに。
そして、その名が彼の進学先となる「雄英高校」。因みに雄英と言えば───緑谷が受験した超名門、ヒーロー科の知名度が高いことは言うまでもないだろう。
そう、この世界「にも」ヒーローが存在するのだ。
まるでファンタジー。まるでコミック。まるで夢物語。しかし、この世界ではそれが可能なのである。
ことは中国にて"発光する
今ではその"超常現象"は通称"個性"と呼ばれ、世界の約八割が"個性"持ちときた。そうなれば"個性"の日常生活への応用……に留まらず。悪事へ活用する人種も現れる。
悲しきかな───正義よりも、悪が先に世に蔓延るのはこの世の真理なのか。
世に現れた"個性"を悪用するならず者を人は
それがヒーロー。人々の心の拠り所である。
彼───緑谷出久もまたヒーローに憧れ、その道を突き進むことを望んだ少年の一人だった。元々"無個性"だった緑谷も、
雄英こそトップヒーローへの登竜門であり、世で活躍する多くは雄英出身だ。
しかし。
「ああっ、やばい!急がなきゃ!」
忘れ物をしないようにと、何度も確認したことが仇となったか。登校初日、入学式挙行日から遅刻など言語道断。
遅刻ギリギリであることに気づいた緑谷は、希望に満ち溢れた学校生活へ向けて、暖かい春の日差しに溢れた桜並木を走り出した───。
・
懸命に走ったが初っ端から遅刻をキメる……
(僕のクラスは……1-A!)
とはならず、なんとか間に合った緑谷。
広大な高校の入口付近に掲示してある新入生向けのクラス分け一覧を見上げる。玄関のドアすらサイズが規格外。推定三メートルほど。
(
「あ!そのモサモサ頭は!!」
「へぁ───っ!?」
と。雄英に入学したという事実に、改めて惚けていたところ、後ろから声をかけられた。
「やっぱり!プレゼント・マイクの言ってた通り、え、えーと……君、名前なんて言うの?」
緑谷に話しかけた彼女。
「あぁっ……えぇーと、は、はじめまして、、み、緑谷…ぃずく、です」
「そっかー、緑谷君か!緑谷君も受かってたんだね!まぁ、そりゃそうだよね。あんなに凄いパンチだったんだもん!!」
シャドーボクシングの真似事のように、「シュッシュ」と拳を素振りしているその少女は、受験終了後に学校側へ「ポイントを緑谷に対して譲りたい」との旨を直談判しに行ってくれていた女の子だ。
「あ、あの、それは…っ。本ッッ当にあなたのおかげで……その…」
「ん?……あれ!?っていうか、やばいよ!遅刻しちゃう!歩きながら話そ?」
彼女との距離感は、コミュ障オタク気質の緑谷には相当難しいものがある。
この少女にはパーソナルスペースが存在しないのか!? 緑谷がそう錯覚してしまいそうなほど顔が近く、まともに目も合わせられない……第三者から見ると、そこまで顔が近い訳でも無いのだが。
しかし遅刻寸前なのも事実。彼女に手を引かれて廊下を急ぐ。……尚この間、緑谷は常に赤面。
「そう言えばクラスどこだった?私は1-Aだったけど、緑谷君は?」
「ぇと…僕も1-Aで…した……」
「そうなんだ!同じだね!!」
「 」
初対面かつ可愛い女の子が放つ花のような満面の笑みは、緑谷を殺すには十分すぎる兵器だった。
・
1-Aの教室の前まで着いたのだが、やはりデカい。入試会場として雄英へと訪れた時に次いでら見るのは二度目だがやはり扉ひとつとっても圧倒される。
「わぁ……凄い」
「大きい……これってバリアフリーかな?」
玄関から教室の前に到着するまで十分弱、少女の方も自己紹介も済ませ。コミュ障の緑谷に対してシャワーのように語りかけてくる彼女、
「緑谷君、入ろ?」
「わ、え、……うん」
麗日に引かれて扉を開けると───そこには整然と並べられている机に一人ずつ、合計二十人程度が座っていた。彼らは全員クラスメイトであり。
見たところで顔と名前は一致していないのだが、遅刻ギリギリだった緑谷は掲示板にてクラスメイトの名前を見ていない。ざーっと軽くクラスにどんな人がいるか確認すると。
(うっ……かっちゃんとメガネの人も同じクラスだ)
「…………デク」
(でく?)
緑谷の中で「怖い人」という位置づけだった二人がまさかの同じクラス。出身中学すら同じである幼馴染の爆豪勝己と、眼鏡をかけた委員長然とした男とも1-Aだったことに少し尻込みするも───
「おい。あと四十七秒で鐘が鳴る、早く座れ」
緑谷と麗日が入室した時に声をかけた男。教壇に立つイケメンに緑谷の全意識が向いた。
「お、お、お、お、
「緑谷、麗日。お前ら二人以外は既に着席しているぞ」
イケメンの彼こそが、現在人気急上昇中のヒーロー「鬼サイボーグ」だ。
彼はプロデビュー前から注目を集め、デビューしてわずか数ヶ月後の
積極的なメディア露出も少なかったにも関わらず、登録者数日本最大規模のファンクラブの後押しもあって、そこからさらに半年後には順位を上げて第五位を獲得。
甘いマスクと人を虜にするような声とは裏腹に。灼熱の炎と、類まれなるセンスが光る近接戦闘で
そんなプロヒーローがなぜ1-Aの教壇に立っているかと言うと───。
「これで全員か。俺はこのクラスの副担任を受け持つことになったジェノスだ。ヒーローネームよりも、
ここ、雄英高校に務める全ての教師がプロヒーロー。
特にこのヒーロー科を受け持つ教師の質は高く。名実ともにトップヒーローである鬼サイボーグが副担任なのだ。
鬼サイボーグは緑谷と麗日が着席したのを確認後、鐘が鳴ると同時に軽い自己紹介をした。初対面であるはずの緑谷と麗日の名前を既に覚えている辺り、噂通りのしっかりとした性格のようだ。自己紹介と言っても「鬼サイボーグ」については良く知っているが、他に気になる点がひとつ。
「ジェノス先生、では担任の先生はどこにいらっしゃるのですか?」
制服と眼鏡が良く似合う男───緑谷が怖いと言った飯田の疑問は核心を突いているだろう。副担任のみ教室に姿を現し、一方1-Aを受け持つ担任は何処にいるのか。
「飯田。それは体育着に着替えて、グラウンドに行けばわかる」
「????」
しかし彼に対して、鬼サイボーグからは全く訳のわからない返答が返ってきた。
「体育着…グラウンド……ですか?」
「先生、初日って入学式とかガイダンスとかなんじゃ……」
生徒達の疑問も納得できる───が。
ここは雄英。クラス分けの掲示を見た時に緑谷が思った通り、何もかも
「ここの校風は『自由』。それは生徒に限った話では無い。
「???????」
───ヒーローの卵たちよ、ようこそ雄英高校ヒーロー科へ。
疑問を持つ生徒達の感情を脇において、彼らを運動着に着替えさせてグラウンドに向かわせたジェノス。
当の担任は、グラウンドにて仮眠をとっていた。その理由を聞けば、
「
だそうだ。どことなくかっこいいが、客観的に見るとグラウンドで寝てるだけである。
ところで、ジェノスにとっては教師とは慣れない職だ。兼業に教師を選んだが、教える立場・生徒を守る立場というのは
とは言え新米教師ではあるものの、ジェノス自体のスペックは言わずもがなであり。そして名実ともに備わっているトップのヒーローとなれば、教師歴一年目とあっても雄英高校に務めるのは自明だ。事実オールマイトも教育者としては新人中の新人ではあるが、雄英高校に勤務する運びとなった。最も、これはオールマイト本人の意思も反映されたたのだろうが。
「ふぅ」
誰もいない1-Aの教室を見渡しながら、特に何かをした訳でも無いのに軽く息を吐き出す。
家に帰れば敬愛するサイタマと、馴れ馴れしい
ジェノスに惚れただの、なんだの言いながら家に乗り込んできた女のことである。彼女もプロヒーローとして活躍しているようだが、フブキのようなポジションの女は要らないのだ。……サイタマ本人は今では大して気にしていないようなので彼女にはジェノスも口煩く言っていないが。
(明日の授業の準備だけして、定時で帰るか……いや、帰り道のスーパーで夕食の食材を買わなければ)
生徒達が相澤に洗礼を食らっているだろう頃、今宵の献立を考えながら1-Aを後にする主夫ジェノスであった。
───光が多いところでは、影もまた強くなるのだ。
ドイツの詩人ゲーテはかつてそう言ったが、言い得て妙とはまさにこのことだろう。
「一人の人間」にスポットを当てた時もそれは当てはまる。栄光を手に入れた裏側には、そのための努力や闘いがあったことを想像することは容易だ。
しかしそれは
「社会全体」にその言葉を適用させた時、その解釈は大きく変わる。
『ふふ…オールマイトが教師、か。面白いね』
「先生よぉ、オールマイトが
『……弔、もう準備は出来たのかい?』
年季の入った古びたBARに座る二人の青年と、バーテンダーのような男。
しかし、内二人は極めて不気味な格好をしている。一人は身体中───己の顔すらに「手」を取り付けて。もう一人は服から伸びる顔や腕の輪郭が、影のようにボヤけている。
───
「ああ……決行は一週間後くらい……情報は……そうだな。マスコミにでも陽動させるべきだよな」
そんな彼らに問いかけるように、BARのカウンターに設置してある液晶から男が問いかけてくる。呼ばれたのは「手」を仮面のように被っている青年だ。「手」のマスクによって顔ははっきりと伺えないが、指と指の間から覗く目には───筆舌しがたい狂気を宿らせている。
『そこは弔の思うがままにやればいいさ。それとそちらに助っ人は行ったかい?彼も
「暴れさせるにはもってこいの狂犬……感謝するぜ、先生」
「手」を仮面のように被る───死柄木弔が顔を向けた先には義眼の男。「先生」と呼ばれる彼が見つけたその男は、死柄木のような病的な見た目ではないものの。立ち振る舞いは、ある種の狂気に満ちていた。
「まだなのか!?な、早く行こうぜ!?平和の象徴をぶっ殺してぇな!!オールマイトの血を見てぇ!!」
「逸るな……それに、オールマイト殺しの役目を担うのはお前じゃねぇよ……勘違いすんじゃねぇ。その代わり好きなだけ暴れさせてやる」
席を立ち。興奮する助っ人に呆れながらものをいう死柄木に、「先生」は笑みをこぼす。
『そうだ。考えろ、弔。遮二無二に事を為しても、何も成長することは無い』
『───弔、君は僕を継ぐんだ』
『僕が
今はそのための礎を築く、準備期間なのだから。
今の社会には、
彼がいるからこそ、誰もが笑っていられるんだ。
───ならば。
オールマイトという強い強い光が社会を照らしているならば───。
その影は。その闇は。
さらに色濃くなるだろう。
『僕もいずれ、
待ってろよ、オールマイト』
画面の向こうから話しかけているから顔は見えないはずなのに───死柄木が「先生」と呼んだその男は、笑った気がした。
───君は