The Rain Bringer Girl 作:うにうにうさぎ
5月。午後。空座町。
平凡な日常の影で、見えない世界では胸に大穴が空いた髑髏仮面の怪物と、派手なオレンジ色の髪を持つ全身黒い着物を纏った侍――死神が戦っていた。
「ふンッ!」
オレンジ色の髪の青年は、怪物の背後に回り込むと、巨大な刀を易々と持ち上げ、軽く一太刀で両断した。
死神の刀・斬魄刀で、心を喪くして以降の罪を注がれた怪物は、正しく導かれ冥界へ旅立っていった。
「――ったく……中間テスト中なんだ。カンベンしろよ」
青年──黒崎一護は巨大な刀を、背中に背負う刀の鞘へ戻してぼやいた。
さらしの形状をしたそれは生き物のように動いて刀身を包んだ。
ポッ……
一護の鼻先に雫が落ちた。
「ナンだ?」
一護は鼻頭をこすった。空は青く澄んでいて、雨雲は見当たらない。雫はぱらぱらと一護に当たった。
「天気雨か──」
キラッと空が光った。
「んあ?」
何か落下している――。
先週末、妹たちと観たアニメ映画の再放送のセリフが蘇った。
――親方! 空から女の子が!
黒崎一護は惚けて落下物を見上げた。
***
「きゃぁああああああ!!!!!」
『ちみっこ! どーすんだ!? 早く何とかしないと落ちて死ぬぞ?』
落下する少女の隣に浮遊する黒い妖精はニヤニヤ悪い笑みを浮かべていた。
「ふええ~ん! 浦原さんのバカ! こんな高いところから突き落として、いきなり死オチなんて、マリオじゃないんだから」
少女は泣き言を口にしながら、ポシェットを引き寄せ、銀のカプセルを2つ取り出した。
呪文を詠唱し、放り投げた。
「
『
カプセルから圧縮霊子が溢れ、見えないトランポリンが現れた。
ドン!
「くそ……!」
一護は落下箇所に駆けつけた。
「あれ? っかしーな……ここのハズなのに」
住宅街の空き地は何事も無かったように静まっていた。
生えっぱなしの雑草の中からニャーと野良猫が横切った。
***
夕方、一護は遊子に頼まれ、夕食の不足材料を買いに商店街にやってきた。
いつもと変わらない日常の風景。――に、少しの違和感があった。
「何だコレ!? 偽札? 海外のカネか? 使えないよ、嬢ちゃん」
ドーナッツの一坪店の前で、セーラー服姿の女子高生が店主と揉めていた。
「ええ!? れっきとした日本国紙幣ですよ! う~ん…じゃあ、ジャポカで。ついでにチャージもお願いします」
「ジャポカぁ? しらねぇな。ウチは現金払い限定だよ。お嬢ちゃん、その制服、聖桐の学生だろう? 世間知らずも大概にしないと。帰ったらパパとママにお金の使い方から教えてもらってきな」
「ジャポカは日本共通電子マネーなのに……」
ガクリ……。少女はうなだれた。
真っ直ぐな黒髪をボブカットにした少女は、いかにも世間知らずのお嬢様といった雰囲気だった。
空座第一高校の制服よりもう1段暗い灰色地に白の大きなセーラーカラー。特徴的な後ろ襟の赤いリボン。聖桐学園女子部の制服。
幼稚園から短大までのエスカレーター式私立校で、男子部の制服はカッコイいと人気がある。大学は外部受験で国公立大学・有名私立大学へ多数の生徒を送る名門校だ。亡くなった母の母校だった。
少女はとりつく島がないと理解し、肩を落として店を離れた。
一護は少し気になったが、この髪色で声をかけても怖がらせてしまうだろうと思い、スーパーへ向かった。
***
買い物を終えて店を出ると、商店街で再び少女を見かけた。
いかにもガラの悪そうな男2人組に声を掛けられていた。
「写真を撮るだけですね」
「ああ、スタジオのカメラの前でちょっと笑ってくれたらいいんだ。簡単だろう?」
マズい……!
世間知らずにも程があるだろう!
一護は頭を抱えてから、少女の前に立ちはだかった。
「おい!」
「んあん?」
「コイツ、俺の連れなんで」
「ああん?」
威嚇する男に一護は微塵も怯まなかった。虚やこれまで命のやりとりを交わした強敵たちと比べたら、ヤクザもチンピラも可愛いものだ。
一護の髪色に、男の一人が気付いた。
「アニキ、コイツ、馬芝の黒崎です」
「ああん?」
「俺が中坊の頃、不良6人を一人で病院送りにした、真性クレイジーな奴です」
威嚇にびくともしない一護から、寒気がするほどの殺気を感じ、男は怯んだ。
「ち……覚えてろよ!」
男たちは去っていった。
一護は一息つく。
「悪かったな? ああでも言わないと、アイツら引き下がらないだろう」
少女は俯いて震えていた。
当然だ。
少女の人生で関わる筈ない人種に絡まれたのだ。
「馬鹿! せっかく現金入るところだったのに!」
少女は叫んだ。
一護は引いた。
「はぁ!?」
少女はキっと顔を上げて、一護を睨みつけた。
赤いメタルフレームの眼鏡をしても大きな瞳を持つ、色白でなかなかの美少女だ。
真っ直ぐな黒髪をボブカットにして、長めの前髪を7:3に分けて、少ない方の髪を水色のハートが付いたヘアピンで留めていた。
黒い瞳は日が射して淡く青色を滲ませた。
初めて出会った筈だが、一護は少女の顔に既視感を感じた。一護の良く知る人物──
「……石田?」
「……え?」
少女は片腕で顔を覆った。一護は思ったことが口に出たことに気付き、少女に詫びた。
「わりぃ、ダチに似てて、つい」
「ダチ?」
「ホントゴメン! アイツが女で美人にしたら、オマエみたいな感じかなって。他意はないんだ」
一護は照れ隠しに後頭部を掻いた。
「さっき『現金』て、カネねぇの?」
「あるわよ。今までの貯金全額引き落として持ってきたのに、使えない紙幣だったなんて……」
貯金を全額、使えない海外紙幣で持ってくるなんて、どれだけ世間知らずなんだ。一護の目の前で困っている人を放っておけない性分がムクムクと起き上がった。
「……家出か」
少女は気まずそうに沈黙した。
ぐぅ~。少女から空腹を訴える音が一護にも聞こえた。少女は頬を赤らめた。
「だからって、やり方があるだろう。オマエもう少しでAVデビューさせられるところだったんだぞ」
「えーぶい?」
少女は知識がないようだった。
「わりぃ。忘れろ。とにかくスゲーアブナいバイトってこと。オヤとケンカして家出しても、それだけは絶対駄目だからな」
「……わかった」
「家、どこなんだ? 送ってやる。一緒に謝ってやってもいい。ハラ減っただろ?」
少女は再び黙り込んだ。
胸元で小さな手をきゅっと握りしめた。
「……まだ帰れない」
絞り出すように言った。
「まだ?」
「やることやったらちゃんと帰る。ありがとう、助けてくれて」
再びぐぅ~と音が鳴った。
一護は少女に背を向けた。
「狭いし、煩いヒゲが居るけど、一応病院してるんだ。妹が二人いる。泊まっていくか?」
「……いいの?」
「カネねぇのにどこで寝るんだよ? オマエみたいなお嬢様が公園で寝てたら、すぐに――」
「すぐに?」
「ああっ! なんでもねぇ!! とにかく野宿もAVも駄目だ」
一護は歩き出した。
少女が後ろを付いて来るのを確認しながら、ゆっくり歩いた。
「……お兄ちゃんみたい」
「兄貴がいるのか?」
「うん……」
「仲いいの?」
「スゴく」
「家出の理由、兄貴に頼んでもダメなのか?」
「……お兄ちゃんのためだから」
「妹に家出させるなんて、ロクでもない兄貴だな」
「………ホントにね。……今ごろどこに居るのやら」
少女の声が少し震えた。
「帰ろう」
「名前は?」
一護は尋ねた。
「え?」
「オマエの名前。なんて紹介するんだよ」
「あ、そうか……」
少女は少し言い澱んだ。
「みう、です……。美しい雨と書いて、美雨」
石田と似た面立ちで、名前も一字一緒。一護は内心驚いた。石田の兄にしか見えない、よく似た若い父親を思い浮かべ、すぐに疑念を打ち消した。
「苗字は?」
「みょう……」
少女はまた黙った。
「ワリィ。調べてオヤに告げ口しようとかじゃないからさ」
「いし………い。石井です、石井美雨です」
一護は緩やかに立ち止まり、美雨に向き合った。
「黒崎一護だ」
美雨の目が見開かれた。
「くろさき……いちご……。あの黒崎一護?」
「お? お嬢校でも俺のウワサ広まってんの? 不良6人病院送りにした『マシバの黒崎』って?」
「違います! それは今日初めて聞きました。写真と全然違うから……」
「写真?」
「あ……えっと……クラスメートの予備校の友達の彼氏の兄弟の卒アルで!」
「??? 嘘くせぇな」
一護は美雨の目をじっと見据えた。
「ヒッ!」
「わりぃ! あの角曲がったらウチだ」
相手は箱入りのお嬢様。
自分のような見た目の男に凄まれたらひとたまりもないだろう。反省した。
***
一護は家族に、美雨について、両親が仕事で海外に行き、鍵をなくして家に入れず、所持金も全額落として、泊まる場所がないと説明した。
遊子は美雨の境遇に心底同情して涙ぐんだ。一心も、愛する亡き妻の後輩が困っているのに見捨てては母に叱られると、あっさり受け入れてくれた。
美雨は先ほどとは一転、リラックスした様子で「お世話になります」と頭を下げた。
慣れた様子で台所を手伝った。
てきぱきと調理器具を用意する美雨に遊子は驚いた。
「調理器具の収納場所なんて、どの家も共通ですよ!」
美雨は初めて笑顔を見せた。
目尻と眉尻をぐっと下げた暖かい笑顔は石田には絶対出来ない顔だった。
* * *
夜、一護が遅い風呂から上がり、冷たいものを飲もうと台所へ入ると、ぼんやり灯りが灯っていた。
美雨が明かりを消したリビングソファーで、スマートフォンをいじっていた。
一護は照明スイッチを入れた。
「きゃあ!」
「明かりくらい点けろよ。益々目ェ悪くなるぞ」
「……うう~」
「家族に連絡取れたのか?」
「それが……繋がらなくて」
「明日ケータイショップ行ってこい」
「ダメだと思う」
「何で?」
「……外国のだから」
「親御さん、今ごろ心配してるだろうな」
「……うん」
「ねぇ黒崎くん」
「なんだ?」
「石田雨竜と井上織姫、どっちが強い?」
「知り合いか?」
「う~ん……。向こうは知らない」
「強いって訊かれてもな。強さって色々あるだろう」
「じゃあ、戦闘力」
「戦闘力!?」
「黒崎くんはどう思う?」
「聞いてどうするんだ」
「ナイショ」
「じゃあ言わねぇ」
「……そう…」
「美雨、俺が言えるのは一つだ。石田と井上は俺の仲間だ。2人に何かしようってんなら、オマエでも容赦しねぇ」
一護は霊圧を上げて美雨を見据えたが、美雨は微塵も怯まなかった。レンズの奥の怜悧な目で見つめ返した。
石田によく似ているが、目の形が少し違う。性差だろうか。
「……早く寝ろ。明日学校だろ」
「休みだよ」
「あ?」
「試験休暇」
「へぇ。金持ちは優雅なモンだな」
「そうでもないよ。ウチ大黒柱が10年近く居なくてね。学費も生活費も全額パパに出してもらってんの」
「パパって……お袋さん愛人でもしてんのか?」
深刻な事情だ。母親が子供のために不本意な愛人をしているなら、兄の反抗や、美雨の家出という抗議法も頷けた。
「なんてカオしてるの? パパって、グランパ。お祖父様の意味よ」
美雨はおかしそうに笑った。
「爺ちゃんかよ!! ヘンな呼び方しやがって。勘違いしただろう!」
一護は美雨をソファから追い立て、予備ベッドを運び入れた妹たちの部屋に押し込んだ。
ちくしょうめ。
To be Continued