The Rain Bringer Girl 作:うにうにうさぎ
浦原商店で、美雨は朽木ルキアと対面した。
朽木ルキアは義骸を着て、身体を締め付けないデザインの白地に赤いリボン柄のワンピースに淡い紫色のカーディガンを着ていた。
幼い頃から見下ろされっぱなしの赤毛の幼なじみと似た雰囲気の女性を見下ろすのは奇妙な感覚だ。よく見ると、紫色の大きな瞳以外、そこまで似ていない気もする。
兄は幼なじみについて、どちらかというと父親に似ていると言っていた。美雨は幼なじみの父親に会ったことがない。
兄は幼なじみの父について、長髪の赤毛で全身に入れ墨をしたヤクザのような男だと話していた。
目の前の女性は、小学生のように小柄だが、頭が小さくて等身が高く、女性らしい気品が漂っていた。一護の隣に当たり前のように立っていて、お互いに気心を知り尽くした雰囲気を纏っている。
数年後、何があってヤクザのような男と結婚に至ったか、全く理解できなかった。
「石……」
偽名の石井で名乗るか、石田で名乗るか迷って詰まる美雨に、
「どっちでもいいだろう! 美雨だ、美雨」
一護が助け舟を出した。
「美雨です、よろしくお願いします」
営業用スマイルで挨拶した。
ルキアは美雨の石田に似た面立ちに驚いていた。
浦原商店の居間で、浦原を中心に大きな卓袱台を囲んだ。
「まず、先日美雨さんに渡された、鎧を着た虚の霊圧のサンプルですが……」
浦原は切り出した。
「黒崎サンの霊圧が検出されました」
部屋の空気が緊張する。
「先の
ルキアが呟いた。
一護は眉間の皺を深くして俯いた。
石田は眼鏡のブリッジを抑える。
月島に操られ、戦いに関する記憶を全て失っている織姫とチャドは、戸惑っているようだった。
「黒崎サン、完現術者たちとの戦い以外に霊圧を奪われるようなことは?」
「……ねぇよ」
一護は唸った。
「実は、黒崎サンの霊圧は代行証を通じて常に尸魂界が監視しています」
一護の身体がピクリと震えた。
ルキアが俯いた。
「尸魂界から、最近の黒崎サンの霊圧記録を取り寄せたところ、黒崎サンの霊圧に『奪われる』ような変化は見つけられませんでした」
「前振りはいいよ。浦原さんは、この現象をどう見立てる?」
石田が急かした。
「鎧の虚と交戦した石田サンは?」
「……あの鎧は、通常の霊矢が通らない。茶渡くんの霊圧の衝撃波も。だが、僕と石井さんのゼーレシュナイダーで傷を付けることは出来た。ゼーレシュナイダーが有効なら、あの虚と鎧は通常の霊子で構成されていることになる」
浦原は頷いた。石田は続ける。
「黒崎には、周囲の人間の霊的資質を引き出すチカラがある。完現術者として資質があったとはいえ、元々霊を視覚さえ出来なかった、井上さんと茶渡くんに、虚と戦うチカラを目覚めさせ、浅野くん、小島くん、有沢さんにも霊を視覚できる能力を与えた。霊を視覚する能力自体は元々全ての人間が持っているものだ。黒崎ほどの馬鹿デカい霊圧の側に居続ければ、潜在能力が刺激を受けて引き出されても不思議はない。だが、それらは全て、能力を開花させた者たちが潜在的に持っていた能力に目覚めただけと思われてきた」
「どういうことだよ」
一護は若干苛立ちを滲ませた。
「完現術者たちとの戦いを通じて、君のチカラは他者に分け与えられる可能性が出てきたということさ」
「あれは銀城のチカラで奪われて分配されたんじゃねぇのか!?」
「あ~…因みに、死神代行として登録されていた時代の銀城空吾に、そのようなチカラはありませんでした。あれは、銀城が尸魂界から消息を断って以降に身につけた能力なのでしょう」
石田は眼鏡のブリッジを抑えた。
「元々持っていた才能を『開花』させることと、『チカラを分け与えられて』得ることは、結果は似ていても全然違う。黒崎の影響が、開花を促すものではなく、黒崎自身のチカラを分け与えることで起きたことなら、悪用も出来るということだ」
「……石田くん」
「俺のチカラは、アブウェロに貰った黒い肌への誇りと、魂の誇りにチカラが応えた
「……うん。あたしも、あたしのチカラは、黒崎くんに貰ったものじゃないと思う」
「謎はまだあります。鎧を着た虚たちが、かつて黒崎サンが倒した虚という点です」
「ここは儂が話そうかの」
「夜一さん!」
いつの間にか部屋に褐色の美女が立っていた。
***
「夜一サンには、尸魂界へ調査に行っていただきました」
浦原は胡散臭い笑顔でへらへらと扇子を仰いだ。
夜一は壁に背を預け、腕を組んだまま語りはじめた。
「現世で一護たちが再びアシッドワイヤーと交戦した時間、アシッドワイヤーこと井上昊の所在について調べていた」
織姫の手が膝の上で小さく握られた。美雨は織姫の手に自分の手を重ねて、柔らかく握った。
「井上昊は、アシッドワイヤーが現世に出現した時間も、その前後も流魂街の居住区から一歩も出ていないことが判明した」
織姫の目がじわりと潤んだ。
美雨たちも胸をなで下ろした。
「それだけではありません。現世に虚が現れると、虚の霊圧は直ちに尸魂界で捕捉され、地域担当死神と周辺の死神、黒崎サンの代行証へ討伐指令が出される仕組みです。だが黒崎サンたちと交戦した鎧の虚は、尸魂界で観測されていないようなんです」
「井上のマンションに来てくれたじゃないか」
「アレは虚の霊圧ではなく、黒崎サンが卍解を使った霊圧が感知されて向かったんス」
「何!?」
「指令もないのに黒崎サンが卍解を解放した。尸魂界で捕捉できない未知の霊圧の敵と交戦している可能性がありました」
「実際そうだけどよ」
一護は腕を組んだ。
「心当たりは有りますか? 美雨サン」
浦原は笑顔のまま笑わない目で美雨を見据えた。美雨の背筋に冷たいモノが走る。
皆の視線が美雨に注がれ、一護は美雨の身体が強ばるのがわかった。
「浦原さん、」
一護は口を挟む。
「『修正対象』に触れないように話せばいいんスよ」
「『修正対象』?」
石田は怪訝な顔をした。
「じゃあアタシが話しましょうか? 美雨サンは、こことは違う歴史の世界から、次元を渡って来た存在なんです」
流石に30年後から来たとは言わなかった。
「ちがう……世界」
織姫が息を飲む。
「じゃあ君、竜弦の生き別れの双子の弟の娘じゃなくて、別の世界で本当の――」
「娘じゃないです!」
美雨はつい言ってしまった。しまった、すぐに後悔する。
「……パパは……私たち家族の恩人で、大切な人。でも、娘じゃないです。よく親子に間違えられるけど」
「勿論血縁者ではありますよん」
浦原が茶化す口調でフォローした。
「美雨サンの滅却師としての才能は、皆さんも見てきたでしょう」
一同頷いた。石田は複雑そうだった。石田の知識では、美雨が使う滅却師の術や戦法は
美雨は不安そうに浦原を見た。
浦原は卓袱台の下からペッツに似せた記憶消去アイテムを振って見せ、いざという時はこれを使うと美雨に伝えた。
「その……物凄く言い辛い話なんだけど……」
決心がつかない。心臓がバクバクして、目の前が薄暗くなってくる。マズい、血が足りない。
顔色が悪い美雨の肩を織姫が抱いた。
「美雨ちゃん、大丈夫?」
織姫は美雨の背を優しくさすった。
織姫の手の温もりが、緊張で冷えた身体に少しづつ血を戻していく。
織姫に身体を支えられながら、数回深呼吸して、美雨は一護を見た。
一護は頼もしい顔で美雨に頷き返してくれた。
美雨は決心した。
「私の世界には……色んな事情があって……黒崎くんが……居ません」
絞り出すように声にした。
隣の織姫が息を飲むのが聞こえた。
恐ろしい罪悪感が美雨の身体を再びぎゅうぎゅうと締め付け、美雨は震えを止めようと自分の胴を抱いた。
「黒崎くんが居なくなって、数年は平和な方だったけど、8年前、黒い鎧の虚が現れてから戦況が変わって……」
「石井……さん、石井さんの世界に僕たちは……?」
美雨は首を横に振った。
「尸魂界は何をしている? 隊長格の派遣が必要な事案だろう」
ルキアが問うた。
「8年前、突然穿界門が開かなくなりました。偶然現世に滞在していた死神と、駐在している死神、現世に移住した元隊長格しか居ないんです。現世で死した魂がどうなっているかはわかりません。一応魂葬できるみたいだし、出生率も下がってるけど子供は生まれてるから、魂の行き来は出来てるみたい」
「……な!?」
「穿界門は死神が使いやすいように手を加えただけの理側の存在。本来、開かなくなるなんて起きない筈なんです。でも、私の世界は理のチカラがとても弱くなっていて、そんなことがまかり通っちゃうみたいなんです」
「だから、美雨サンが次元を渡るなんて最高の禁忌を侵すことが出来た」
「鎧の虚の霊圧を採集して調べたら、居なくなった黒崎くんの霊圧が検出されました。私たちの力では、鎧に傷を付けるのが精一杯。傷を負わせても超速再生で回復してしまう。尸魂界との行き来が断たれて、結界が張れないから、町を巻き込む大規模な卍解は使えなくて、詰み状態なんです。それで、私の世界の浦原さんが、黒崎くん自身の霊圧なら、鎧を破れるかもしれないと言い出して、理のチカラが弱まっているのを利用して、他の世界から黒崎くんを連れてくる作戦を立案しました。私がこの世界にきたせいで、この世界にも鎧の虚が現れるようになって……。でも、浦原さんが言うとおりだった。黒崎くん自身なら、虚の鎧を砕ける」
「だから俺、今度美雨の世界をちょっくら助けに行くことにしたんだ」
一護は胸を叩いた。
石田は眼鏡のブリッジを抑えて呟いた。
「そういうことか」
「待って、美雨ちゃんの世界に渡るって……黒崎くん、ちゃんと戻って来られるの!?」
織姫が顔を上げた。
美雨は織姫の手を握る。
「大丈夫。世界には『修正力』があるの。並行世界は無限に存在するけど、共通した一定の方向性が存在する。世界の方向性に干渉するチカラが加わると、強制的に修正がかかる。黒崎くんが鎧の虚の源を破壊してくれたら、理のチカラが回復して、黒崎くんは強制的に、あるべき世界……この世界に戻れるから」
美雨と過ごした時間を全て忘れて……とは言えなかった。
織姫は表情を緩めた。
「心配しないで、織姫ちゃん。黒崎くんは私が絶対守る。ちゃんとこの世界に送り届けるよ」
「美雨ちゃん……」
「浦原さん、俺達も一護と美雨に同行することは?」
チャドの申し出に、浦原は美雨を見た。
「ひとつの世界に同じ存在は2人居られないの。雨竜も一応まだ生きてるし、門を潜ってもここに戻るだけだと思う」
「一応……て」
石田は絶句した。美雨は申し訳なさげに俯いた。
「聞きたい?」
「いや……遠慮しておくよ」
美雨が一護を連れて元の世界に帰還する日まで、鎧の虚と遭遇したら、一護を呼び、時間を稼ぐことに決まった。
解散後、浦原と夜一は美雨を呼び止めた。美雨を待とうとする織姫を一護とルキアに任せて先に帰らせ、美雨は、浦原と夜一、テッサイと面談することになった。
***
美雨は胸をなで下ろした。
「さて、それだけ話すために美雨サンを呼び止めた訳ではないと、おわかりっスね」
美雨の肩が震えた。
「美雨サンの両親について、我々はもう掴んでいます」
「先日、美雨殿が口を付けられた湯呑みに残された霊圧を調べさせていただきました」
仕事なんで、スイマセン。浦原は帽子を軽く持ち上げた。
「霊圧もDNAと同じように、親子、親族間で構成が似るんです。美雨サンが椿鬼を呼び出せる時点で、気付かない方が無理な話っスが……以前、黒崎サンたちは、全く血縁がない2人の死神が、同一の斬魄刀、卍解を手にして、片方が葬られる事件に関わりました。黒崎サンたちは、美雨サンの椿鬼を、同種の現象と解釈したのでしょう。真相はもっとシンプルなのに、ね」
帽子の下の浦原の目がギラリと光った。
「美雨サンのお母さんは、織姫サン……ですね」
浦原たちの眼光は鋭く、逃げられる雰囲気ではなかった。
美雨は観念した。
「………はい」
膝の上で、白い手をきゅっと握りしめる。
「浦原さん、母を……織姫ちゃんを、最初から雨竜と結婚するように出来ないでしょうか」
「美雨サンの世界で黒崎サンが失われたのは、未来で石田サンと結ばれて特異点の美雨サンを産む予定の織姫サンが、黒崎サンと結ばれたことによる、世界の『修正』によるものと?」
美雨は首を横に振った。
「わかりません。黒崎くんの死因について、母には突発性の心臓発作と伝えられていますが、実は死神・虚・滅却師……本来交わらない相克関係にある三種の霊圧の負荷に、肉体が耐えられなくなったことによる多臓器不全らしくて……」
「先にお兄さんが世界を渡ったと言いましたね。そのお兄さんとは?」
「想像の通りです。兄は母の最初の結婚……黒崎くんとの間に生まれた子供です。兄は黒崎くんの霊圧を受け継いでいるので、鎧の虚に対抗するチカラがありました。でも母が戦うのに反対して、主力から外されていました。父が倒されて、なりふり構っていられなくなり、母に隠れて旅立ちました」
美雨は俯いた。
「石田サンはなぜ昏睡状態に? 織姫サンが居れば肉体の傷で治せないものはないでしょう」
「私たちもそう思っていました。父の傷口は黒崎くんの黒い霊圧に覆われていて、母のチカラと黒崎くんの黒い霊圧は相性が悪いみたいなんです。私の世界のハッチさんとテッサイさんが助けてくれましたが、黒い霊圧を取り除けなくて……。肉体を霊子変換して時間停止結界で状態を留め置くことしか出来ないんです」
「じゃあ、石田サンはずっと年を取っていないと?」
「……はい。母はおばさんになっちゃったのに、雨竜は倒された日の姿のままなんです」
美雨は鼻をすすった。
「美雨サンの世界の黒崎サンが亡くなったのはわかりました。でも黒崎サンはただの人間ではない。肉体が死を迎えても、霊体として……それこそ、死した瞬間から、真の死神として活動出来るようになると、我々は予測してます。その点はどうっスか?」
「当たり前ですが、私が生まれたのは、黒崎くんが人として死を迎えて、母が雨竜と再婚した数年後です。私と黒崎くんに面識はありません。ただ、家に黒崎くんの仏壇があって、黒崎くんは人として死んでから、正規の死神になって、尸魂界に行かずに世界を守るために戦い続けていると教えられていました。私たちが黒崎くんの無事を祈ることが黒崎くんのチカラになるからって、両親と兄、家族皆で祈ってました」
「なるほど……」
「可笑しいでしょう?」
「いえ。これはアタシの想像ですが、黒崎サンは、死神となってから、何者かに捕らわれているのではないでしょうか? 今の黒崎サンはまだ知りませんが、黒崎サンには、死神・虚・滅却師……本来交わらない3つ霊圧が全て宿っている。結果的に、それが黒崎サンの人としての寿命を著しく損ねてしまったのは残念ですが、黒崎サンの霊圧は、崩玉と融合した藍染惣右介を凌ぐポテンシャルを秘めています。底無し未知数の霊圧。神に等しいチカラっス! 石田サンが話すように、周囲の者に、潜在能力を引き出すだけでなく、ただ側に居るだけで新たな才能や能力を分け与えることも不可能ではないのかもしれません。一種の願望実現装置。黒崎サンを手に入れ、無限の霊圧を制御下に置ければ、新たな神を手にするのと同義なのかも――」
「喜助!」
夜一が咎めた。
「スイマセン~、つい科学者の血が騒いじゃいました」
浦原はへらへらと笑った。
To be Continued