The Rain Bringer Girl 作:うにうにうさぎ
黒崎家では、遊子と夏梨が、ルキアとの18ヶ月ぶりの再会を喜んでいた。
ルキアは中学生になった遊子と夏梨の成長に驚いていた。数日世話になりますと、ワカメ大使の人形焼きと、朽木家の塩を手土産に差し出した。
なぜ手土産に塩を? 不思議な顔をする遊子に、ルキアはこの塩をぜんざいに入れると美味いのだと目を輝かせて説明した。
遊子はルキアのために早速白玉ぜんざいを作ってくれた。
遊子、夏梨、一護、ルキアの4人でダイニングテーブルを囲み、白玉を丸めた。
遊子、夏梨、ルキア、皆楽しそうで、一護の頬も自然とゆるんだ。なんかいいな、こういうの。
ダイニングテーブルの背後には、亡き母・真咲の巨大な遺影が今日も変わらぬ笑顔で見守っていた。
一護はちらりと目を向けて、俯いて再び白玉作りに戻った。
「一護……?」
一護の視線に気付いたルキアが大きな紫色の瞳で見つめた。
***
朽木家の塩を加えたぜんざいは、店の味のように美味だった。診察を終えた一心が戻ると鍋は殆ど空になっていた。
「お兄ちゃんと一緒に白玉作れてスッゴく楽しかったぁ」
遊子は一護に抱きつきながら満面の笑顔を浮かべた。
「ずるぅ~い! 父さんも遊子と夏梨とルキアちゃんとハーレムクッキングするぅ~!」
一心は体をくねらせて悔しがった。
「キモイわ!」
一護のツッコミが飛ぶ。
「何!? まさか男子禁制……一護、お前女装して参加したのか! 女装なら父さんの方が上だぞ!」
一心は真咲の髪型に似せた、ウェーブがかかった茶髪のウイッグを素早く被り、真咲のポスターの前でポーズを決めた。
ダイニングに笑い声が溢れた。
ルキアも口元を抑えて笑いを堪えようとするが堪えきれないでいた。
「ルキア、後で俺の部屋来てくんね?」
一護はルキアに小声で言った。
真顔だった。
「ああ、勿論だ」
ルキアは真っ直ぐ一護を見て頷いた。
「ああ~イチ兄、ルキ姉にエロいことしようとしてないよね!?」
夏梨が目ざとく指摘した。
「夏梨ちゃん!!」
「バッカ! 勉強の相談だ」
「あたし後でお夜食持っていってあげる」
「ああ! いつでも遠慮なく持って来い!!」
ルキアが加わり、賑やかさを増した黒崎家に、一心は真咲のポスターに目を遣って笑った。
***
夕食後、早速ルキアが訪ねてくれた。
勝手にベッドに腰掛ける。
「なんだ、話とは」
17ヶ月ぶりに再会したばかりというのに、普段通りの調子だった。
再会したルキアの髪は短くなり、左腕には副官章が巻かれていた。
死神の副官がどの程度の難易度か全く分からないが、一護がチカラを失い、自暴自棄になっていた期間、ルキアは地道に鍛錬を続けていたということだ。
17カ月も腐ってしまったが、一護も強くなった。
成り行きで完現術を習得し、死神化しなくてもある程度虚と渡り合う戦闘力を得た。完現術のチカラは取り戻した死神のチカラと合わさり、一護に新たなチカラを与えた。
忘れ得ぬ雨の日の記憶。
今度こそ倒せるだろうか。
「ルキア、鎧の虚のことなんだけど……」
ルキアは頷いた。
「井上のアニキ、初めてオマエと会った日に倒したサカナ顔の虚、チャドとインコを襲って地獄に送られた虚を倒した」
「ああ……」
「どういう仕組みかはわからねー。順番も少し違う。井上のアニキは流魂街を出ていない。でも、前に俺が倒した虚がパワーアップして現れているのは事実だ。それなら、次はアイツが来るんじゃないかと思うんだ」
ルキアの大きな目に一護が写り込んでいた。
「一護……私も少し調べたんだ。貴様に伝えねばならぬ話がある」
「なんだ?」
「グランドフィッシャーは討伐されたんだ」
「……なに!?」
「討伐した死神は不明。石田ではない。2年前、貴様に受けた傷で弱っていたのかもしれない。倒されたのは、破面が初めて現世に襲来した頃だ」
「……なん…だと……」
「……済まぬ」
ルキアは膝の上で、小さな手を重ね合わせた。
一護は両手で自らの顔を覆った。
「……わりぃ……オマエのせいじゃねぇよ」
ルキアは静かにベッドから立ち上がった。机の一護に歩み寄った。
「一護……」
ルキアは机上に置かれた一護の手に、そっと小さな手を重ね合わせた。
「だから、グランドフィッシャーが再来する可能性は低いと思う。危惧すべきは、貴様がかつて倒した十刃……
「バロンのオッサンは見てねぇけど、グリムジョーは死んでねぇよ」
「じゃあ、第4十刃か……」
石像彫刻のように白い肌と動かない顔をした痩身の破面。
藍染の腹心であり、二段階の刀剣解放を持つ。
一護は虚化を習得しても手も足も出ず、織姫の目の前で一方的に倒された。
救援に来た石田も利き腕を切断されて殺されかけた。
心を失った完全な虚とならなければ勝つことは不可能だった。
だが理性を完全に失った一護の刃は、窮地の織姫と石田をウルキオラから護るために収まらなかった。
暴走した一護は、止めようとした石田までも手にかけた。
石田は何も言わないが、一護にとって完全虚化は、トラウマの一つに刻まれていた。
ウルキオラが黒い鎧で力を増して再び現れた時、一護は今度こそ倒せるのだろうか。
震える身体を誤魔化すように、一護は手を数度握って開いた。
「強くなるのだ、一護。敗北の不安も仲間を護れない恐怖も、己を鍛え続ける以外に克服する術はない。鍛えるのは戦闘力だけではない。心の強さもだ」
一護はルキアを見上げた。
ルキアの大きな瞳の中の一護は不安そうな顔をしている。
一護は口角を上げてニッと笑みを作った。
「らしくねーな。オマエに慰められるなんてよ。わりぃ」
「全くだ。貴様は私が見て居ないと本当に腑抜けてしまうようだからな。いつまでもそんなでは、安心して現世を任せられぬではないか」
母ちゃんみたいなこというんだな、と思って呑み込んだ。
同時に、一護がルキアが居なくても1人で現世を守れるほど強くなると、ルキアは現世に二度と来なくなるのかと疑問が湧いた。
ルキアは副隊長だ。身体が弱い浮竹を補佐して200人前後の隊員を統率し、彼らの命を守りながら現世を守る使命がある。平隊員のように空座町に止まって、一護たちと日常生活を送るなど、遠い話になったのかもしれない。
一護とルキアは『繋がっている』。
ルキアに貰い、一護の魂に融けたルキアの死神の霊圧だけではない。魂の絆と呼ぶような、心の深い場所でしっかり結ばれた縁だ。
現世と尸魂界。
生者と死者。
理の禁忌に触れるかもしれない境界を隔てても、けして切れない、解けない絆。
だから、住む世界が違っても、一緒に居ることが許されなくても、一護は耐えられた。
身体が近くになくてもルキアの心は常に傍らにある確信があったからだ。
だが、チカラを失った17ヶ月は堪えた。
幼い日から望み続けた『霊が見えない』生活。死闘の末にやっと手に入れたのに、得たのは再び己の無力に心が挽き潰されるような苦痛だった。
死神のチカラを得て知り合った石田、一護が死神のチカラを得た影響で霊が視覚できるようになり、更に強い友情を築いたチャド、ケイゴ、水色、たつき、そして織姫。
一護1人霊が視覚さえ出来なくなったことで、彼らからも、どこか置いて行かれるような心細さに襲われた。
彼らが一護に、虚や霊絡みの話題を避けて、触れないように気遣っているのが、ウソが苦手な石田と織姫は特に丸わかりで、申し訳なかった。
彼らの会話から、ルキアが二度ほど現世に来ていたのがわかった。一護は霊力を失い、ルキアを視覚は出来なくても、自分たちの絆があれば、存在を感じることはできるかもしれないという淡い期待を持っていた。期待は願望でしかなかった。一護は一護の人生から『朽木ルキア』が永遠に失われる恐怖を初めて自覚した。
心を鍛えれば、ルキアが居なくても耐えて生きられるのだろうか?
人として懸命に生き抜いた果てに、尸魂界でルキアと共に立てる、第二の人生が待つのだろうか。
一護は17歳。じきに18歳になる。死後の世界に期待して、人の生をやり過ごすと決めるにはあまりにも若い。
一方ルキアは一護の10倍は生きていると言うが、見た目は初めて会った夜、10代中盤の少女と変わらない。時間の流れが違うのだ。
150年生きて15歳程度までしか成長しないルキアと尸魂界にとって、一護に人としての残された50年は5年程度の感覚ではないか?
5年くらい俺にくれないかな、身勝手な妄想が止まらない。
「ルキア、」
「なんだ?」
「オマエ、押し入れで寝るのか?」
「ああ……一心殿が遊子と夏梨の部屋に寝台を用意してくれてな、そこで寝るよ」
「そうか、押し入れ開けてみろよ」
「ん?」
ルキアはとたとたと押し入れの前に立つと、静かに開いた。
ウサギ柄の寝間着と白いルームワンピースの包みがぽよんと飛び出した。
「おお~!」
ルキアの目が輝く。
「遊子もデカくなっちまって、着られる服ないだろう」
「貴様が用意したのか」
「俺、小金持ちだからよ」
一護は鼻を鳴らした。
「朽木家と比べたら貧乏人だけどな」
ルキアは、大きな瞳で一護を見た。きれいな色だ。
白い頬が微かに紅潮していた。
「そんなことはないよ。ありがとう、一護」
一護の胸を甘酸っぱい喜びが満たした。
To be Continued