The Rain Bringer Girl 作:うにうにうさぎ
『ソウルメイト?』
一護は地下練習場で石田の矢をかわしながら大声で聞き返した。
「――そう。井上さんが、あんな目に遭ったのに石井さんを信じるって言うから」
石田は弓を引いた。
「オマエ、根に持ってるなぁ」
一護は矢をなぎ払う。
「だって井上さんを殺そうとしたんだよ!? 僕が五架縛を破るのがもう少し遅かったら、本当に危なかったんだ」
「案外当たっても大したことなかったんじゃね?」
「なに……!」
一護は迫り来る矢を避けなかった。
ドドドッ!
一護の肩に幾本の霊矢が刺さった。
「黒崎!!」
一護は矢を纏めて掴み、引き抜いた。ビッと赤い雫が散った。
「何ともねぇ。オマエに手加減すんなって言っても出来ねぇだろ? 美雨もたぶん同じなんだ。井上が美雨を理由なく信じられるように、美雨も井上が大事なんだ」
一護は霊矢を放り投げて肩を回した。
「いいんじゃね? ソウルメイト」
一護は石田を見据えた。
「俺ら全員ソウルメイトみたいなモンだろう」
一護に矢が当たり、動揺を見せる石田の目から震えが止まった。
「……でも! 石井さんはもうすぐこの世界から消える。僕たちの記憶からも。二度と会えなくなるし、会った記憶ごと無くなるんだ。井上さんはきっと悲しむ。彼女の心に認識出来ない感情の空洞が生まれるかもしれない。それが嫌なんだ」
石田は美雨が30年後に必ず誕生する自分の娘だと知らない。気付いてもいけない。
一護は頭を掻いた。
「案外……また会えるかもしれないぜ」
「どうやって?」
「俺とルキアを見ろよ。世界や理規模で分断されても、この腐れ縁だ。井上と美雨も縁が深ければ、記憶がなくなっても、どこかで再会して、また友達になるんじゃないかな」
石田は眉を潜めた。
「美雨は向こうの井上から椿鬼を貸し与えられる程縁が深い。井上にとって、椿鬼は唯一の攻撃手段だ。単独で動けるから、井上のもう一つの身体として具象化させて側にいる時間が一番長い。向こうの井上にとって、美雨はそれほど大事な存在ってことだよ」
二人の関係を言葉にする一護の脳裏に、ルキアの一言が蘇った。
『井上と美雨の霊圧は似ている』
美雨の少し目尻が下がった優しい形の大きな目。
暖かく可愛い笑顔。
同じ背丈。指の特徴。
織姫の味覚を熟知した振る舞いの数々。
「……あ…!!」
一護は思わず口元を手で覆った。
石田は急に黙り込んだ一護に怪訝な顔をしている。
石田とそっくりな美雨。
だが男女の性差だけでなく、全てが完璧に重なり合う訳ではなかった。
美雨の石田と重なりきらない部分に、織姫の特徴がパチパチとパズルが埋まるように重なっていった。
織姫は鼻がいい。美雨から本能的に自分のにおいを感じて、親しみを感じたのだとしたら――。
一護の頭の中で霧が晴れていくようだった。
「黒崎……」
「あん?」
「斬月の色が……」
石田の指摘で斬月を見ると、切っ先が白く変わっていた。
「ナンダコレ? カビ?」
「馬鹿か! あるのか、そんなこと」
「しらねぇよ!! あとで浦原さんに聞いとくさ」
「それと、君と朽木さんはたぶんソウルメイトじゃないよ」
「ああ?」
「ツインソウルだ」
***
『月牙……ぁ…』
『天ッ衝――!!!』
一護の斬月から赤黒い霊圧の衝撃刃が次々とグランドフィッシャーを襲った。
ドッドッドッド!!!
斬撃は鈍い音を立てて全て命中し、地面から砂埃を巻き上げた。
一護は目を凝らす。
砂煙から針千本が放たれ、一護は片腕で素早く撃ち落としていった。
「石田の矢に比べたら鈍いモンだぜ」
煙の隙間から傷ひとつない鎧が覗いた。
鎧に守られない身体のあちこちの皮が裂けているが、超速再生で瞬く間に塞がっていった。
「やっぱ懐に飛び込むしかねぇか……」
一護は奥歯を噛んだ。
足元には黒崎家の墓がある。
真咲の遺骨が納められた墓石。
魂は喰われて、虚の血肉にされた。
――母ちゃん、俺、頑張るから……母ちゃんをアイツから解放するから。見守っていてくれよ。
「ルキア!」
一護は叫んだ。
「やるぞ」
林の陰で白い刃が光った。
一護は頷く。
「うおおおおおお!!!!!」
一護は全速力でグランドフィッシャーに飛びかかった。
グランドフィッシャーの針を超高速でかわし、怯まなかった。
針の一本が一護の頬を切り裂く。
グランドフィッシャーが右手を構えた。
「月牙――…
斬月の刀身に赤黒い霊圧を込めていく。
「てんッ――!!!!
『一護!!』
忘れられない声が耳元で囁いた。
一護は反射的に振り向いた。
二度と会えない、一護が世界から永遠に奪ってしまった太陽が、一番欲しい笑顔で微笑んでいた。
緩く波打つ明るい色の長い髪をシュシュで結い、薄暗い雨空に映える淡い色のカーディガンを羽織り、ふわふわしたスカートを履いた、あの日のままの姿をしていた。
傾いた太陽が一護の目を眩ませた。
一護は息を飲む。
「一護!!!!」
『破道の三十三――蒼火墜!!』
ルキアの援護射撃が間に合わない。
スローモーションのように、グランドフィッシャーは一護の心臓めがけて爪の刃を突き立てた。
「があああっ!!」
身体を捻り、ギリギリ心臓への直撃は避けた。だが肺を貫かれた。
肉体ならひとたまりもないが、桁外れの霊圧を持つ死神体の一護には、重傷だが致命傷にはならない。
ゴフッゴフッ。肺に溜まった血を吐きだして、鉄臭い口元を拭った。
一護は地上へ降りた。
ガクリと膝をつく。
ルキアが駆け寄り、一護の前を守る。
「ルキア、打ち合わせ通りだ」
ルキアは背中の一護を見た。
薄茶色の瞳はギラギラと光り、強固な決心を物語る。
二人の間に言葉は不要だった。
ルキアは小さな顎をコクリと動かし、一護に向き合った。
背後にグランドフィッシャーが迫っている。
ルキアはひと思いに一護の目を斬った。
一護は低く呻き、痛みに耐えた。
傷口は即座に凍りつき、出血を留める。
「サンキュー、」
一護は立ち上がった。
たとえ疑似餌と理解しても、母の姿は一護の本能に働き、切っ先を鈍らせる。
鎧を着たグランドフィッシャーは、霊圧、攻撃力、防御力だけでなく、疑似餌の再現率も上げていた。
以前は繋がっていた本体と疑似餌を結ぶコードが見当たらない。
本当に母本人が蘇ったようだった。
視界を閉ざす。
それが一護が考えたグランドフィッシャーの攻略法だった。
暗闇の世界で白く輝くルキアの霊圧と、ルキアの霊圧に照らされた赤黒い糸で縛られたグチャグチャした霊圧の塊があった。
赤黒い糸は紛れなく一護の霊圧だった。
一護は奥歯を噛み締める。
なぜこんなことになったんだろう。
一護は糸の塊に向かった。
絡まった糸を解くように、ピンと張られた糸の隙間に刃を入れた。
糸は一護の残月と触れると、切れ味の悪いハサミで糸を切るようにじょりじょり細く解けていった。
プツン。
糸の一本が解ける。
二本、三本……。
無数の針が突き刺さるが、一護を止めることは出来ない。
糸の要に辿り着き、一護は渾身の力を込めて切り裂いた。
弾け飛んだ糸屑が一護の裂けた傷口に触れた。
目の前に、昼なのに夜のように暗い雨の光景が広がった。
――な…?
父が、遊子が、夏梨が、チャドが、たつきが、ケイゴが、水色が、石田が、恋次が、織姫が、幼い一護が、ルキアが……転がされていた。白い石畳に広がった血の海に浸されていた。処刑場だと分かった。
大型虚と破面に囲まれて何度も刃を突き立てられていた。何度串刺しにされても彼らに意識を失うことは許されない。妹たちは貫かれる度にかすれた声で泣き叫び続けていた。
一護は指一本動かせぬまま、その光景を見続けていた。
なんだこれ?
なんだこれ??
なんなんだ???
何が起こっている!?
やめろ、やめてくれ、頼むから、俺の家族に、仲間たちに、愛する人に、ヒドいことしないでくれ。
俺のチカラが欲しければくれてやる。
俺の身体が欲しければくれてやる。
だから許して――こんな景色これ以上見せないでくれ……!!!
遊子が血塗れの顔を上げて虚ろな目で一護を見上げた。
「たすけ……て……おにぃ……――
一護は絶叫した。
霊圧が爆発し、グランドフィッシャーのコアを両断した。
濁った霊圧は四散し、グランドフィッシャーは霊子のタイルになる間もなく黒い塵になった。
だが、一護の霊圧の暴走は収まらない。
一護の顔に白い仮面が現出し始めた。
「不味い!」
結界の外で鎧の虚の霊圧を計測していた浦原は、場をテッサイに任せて結界内に入った。
ルキアが一護の身体を抱き締めて霊圧を押さえていた。
「一護! グランドフィッシャーは倒された!! 母上殿の仇を取ったのだ、もういいんだ、一護! 一護――!!!」
一護から溢れる赤黒い霊圧にルキアの死霸装が、白い肌が切り刻まれていく。
だが、ルキアは一護をけして離さなかった。
「朽木サン!!」
浦原が距離を取って呼び掛けた。
ルキアが辛うじて顔を向ける。
「何が起きたんスか!?」
「わからぬ……グランドフィッシャーの鎧を砕いたら、突然この姿に」
「鎧に含まれる黒崎サンの霊圧が、黒崎サン自身に吸収……逆流したって所でしょうか……」
「私が力尽きれば結界で保つものではない。ここは黒崎家の人たちにとって大事な場所。どうすればいい!?」
浦原は周囲を見渡した。
「そうっスねぇ……朽木サン、ちょっくら黒崎サンを連れ戻しに行ってあげてください」
「どうやって?」
「あるじゃないですか! 朽木サンと黒崎サンを繋ぐ――
――赤い糸が――
ルキアは闇に引きずり込まれた。
To be Continued