The Rain Bringer Girl 作:うにうにうさぎ
リビングに霊子の棺が3つ。
1人棺入りを免れた織姫は息をのんだ。
「美雨ちゃん?」
ヴン――!!
織姫の鼻先にクロスボウが突きつけられていた。
石田が作る霊子の光の弓ではなく、銀色に輝く金属質の弓。
「!?」
「立って。この家を血で汚したくない」
美雨の瞳は揺れていた。
苦しげな表情だ。
殺気にむらがある。事情があるのだ――織姫は察する。
正面から見据えると、眼鏡、髪型、顔、美雨は石田を女性にしたように似ていた。
「黒崎くん……たちは?」
「暫く動けない。雨竜は長く保たないかも。早くして」
気付くと美雨は織姫の背中に回り込んでいた。矢を突きつけられて、織姫はおずおずと立ち上がり、玄関から黒崎家を出た。
***
連れて行かれたのは、空須川の橋の下だった。
広い遊歩道が整備された小野瀬川程ではないが、空須川も普段なら散歩の人が数人いる。何故か人気がない。
「結界張ったの。暫く誰も来ないよ」
美雨が答えた。
「――どうして? 困っているなら相談して欲しいな。助けられるかもしれないよ」
織姫は意識してゆっくり呼吸をしながら、話しかけた。
美雨とは初対面だが、なぜか親近感を感じた。友人の石田に似ているからかもしれない。
たつきも知らないチャーハンにケチャップとマヨネーズを掛ける習慣を知っていた。何も言っていないのに用意してくれた。
「織姫……ちゃんと、雨竜。どっちが強いか、黒崎くんは教えてくれなかったから、自分で考えたの。雨竜はああ見えてしぶといでしょう。織姫ちゃんは盾があるけど、私には攻略法があるから、織姫ちゃんにしたんだ」
「したんだ――て!?」
「井上 織姫! 恩しかないけど……世界のために、死んで!!」
美雨は矢を放った。
「三天結盾!!!」
織姫は即座に盾を展開する。
初撃は防いだ。
「椿鬼くん!」
美雨の口から思いがけない言霊が飛び出した。
美雨のハートのヘアピンから見覚えのある黒い妖精が現れる。
「気が進まねぇなぁ~」
椿鬼は面倒くさそうに織姫を見下ろした。織姫は胸元のヘアピンを確認する。使用中の、ヒナギク・梅厳・リリィを除いて揃っている。
「椿鬼――!!」
織姫は言霊を紡ぐ。
光らない。
「椿鬼!? どうしたの!? 椿鬼くん!!」
反応しない。
「あー…ゴメンね。一つの世界に同じ存在は同時に存在出来ないの。私がここに椿鬼を連れてくるために、少し手入れして、織姫ちゃんの椿鬼とは一応違う存在なんだけど、世界の法則を犯すギリギリなんだ」
美雨は再びクロスボウを構えた。
盾に無数の銀の雨がぶつかり弾かれた。
「やっぱり私の矢じゃ三天結盾は破れないか。出番だよ」
「本当にいいんだな?」
「……いいよ」
「癪だがご主人様には逆らえないってな。今の主人はちみっこだ。悪いな、オンナ」
人型から飛行機形態になった椿鬼が織姫の盾に突撃した。
三天結盾VS孤天斬盾。
椿鬼は事象の拒絶の盾に易々入り込むと、内側から結合を『拒絶』した。
三匹の妖精が弾かれ、盾は消滅した。
「みんな!!」
防御を失った織姫に、無数の銀の矢が襲いかかる。
――黒崎くん!!
織姫は愛しい少年の名を念じながら目をつぶった。
***
「
後方から光が吹いた。
美雨の矢と同数の光の矢が、美雨の矢を打ち落としていく。
「石田くん!!」
石田は素早く織姫を背に庇った。
「はっや~い!! 何のために雨竜の
矢を撃ち続けながら美雨はぼやいた。
美雨の矢は全て雨竜に撃ち落とされていた。
「まぁ、こうなるわな」
「椿鬼~~!!」
「もう一回行くか?」
「いいわ。戻って。雨竜は容赦ないもの。あなたが破損したら私には修復する術がない」
「帰れなくなっちまう~~」
美雨は片手でヘアピンに戻った椿鬼を撫でて、自嘲の笑みを浮かべた。
「月牙ぁ……」
「天衝――――!!!」
突如地に白い衝撃波が走り、美雨は慌てて避けた。
避けても美雨を追撃する白い霊圧に、美雨は空に霊子で足場を作ってぴょんぴょんと飛び上がった。
背後から羽交い締めにされた。
「捕まえたぞ」
「きゃああああ!! エッチ! チカン! ヘンタイ~~!! おにいちゃあああん!!」
「うおおぅ! どこも触ってねーじゃねーか! 誤解を招く物言いすんじゃねぇ!!」
死霸装姿の一護が美雨を無理やり地へ引きずり下ろした。
一護に拘束されたままの美雨に石田が駆け寄り、弓を向けた。
少し離れて織姫が駆けつける。
「石田くん!」
事情を訊いてあげようよ、織姫の次の言葉を待たず、石田は叫んだ。
「何者だ? どこの一族だ? 誰が師だ?」
美雨は沈黙した。
「石井……じゃねぇのか?」
石田の剣幕に、一護がフォローする。
「石井なんて一族、訊いたことないね」
「オマエが知らないだけかもしんねーだろ!?」
「少なくてもこの国の滅却師は僕が最後の一人だ。みんな死に絶えたんだよ。全員……ね」
石田は苦々しげに言った。
「美雨、もう言っちまったらどうだ? 兄貴の1人として、兄妹が争うのを見たくねぇんだ」
「兄妹?」
美雨は拘束され、弓を突きつけられた危機的状況に関わらず、きょとんとした。
一護は言い澱んだが、他に事態を収集する手段を思い付かなかった。
「石田の……妹なんだろう? 親父さんに養育費を払ってもらいに、家出までして……」
石田の顔が青ざめた。
「なっ……!! 本当なのかい!?」
織姫はおお! と手を打った。
石田がどういうことだと美雨につかみかかる。
「え!? なんでそうなるの!? え? ええ~!!」
その時、空に亜空間が開いた。
虚が2体、姿を現す。
「ち……こっちは取り込み中なんだぞ」
一護は頭を掻いた。
「美雨!」
「なに?」
「井上に謝れ」
ずいっと織姫の前に突き出す。
ぽよんと胸元に鼻がぶつかり、眼鏡がずり落ちた。
「きゃん!」
「あ・や・ま・れ」
美雨はおずおずと織姫を見上げた。
織姫は戸惑った顔をしていた。
眼鏡がずれた美雨の目は、さらに一回り大きく、石田より少し目尻が下がった優しい形をしていた。
美雨の目が水に潤み、ゆらゆらと揺れた。
「……ごめんなさい」
織姫は、いいよ。笑って許した。
「よし、もう井上にケンカ仕掛けんなよ」
一護は美雨の拘束を解いて背を叩いた。
頷いた拍子に美雨の目から涙が零れた。織姫は、そっと肩を抱いた。
「行ってくる」
一護は空を蹴った。
石田も何度も振り返りながら一護に続いた。
***
虚を倒して戻ると、美雨と織姫は河原で楽しそうに話していた。
「黒崎くん、」
織姫はニコニコしながら話した。
「今夜から美雨ちゃん、あたしんちに泊めることにしたから」
「ええ!?」
一護と美雨と石田が同時に叫んだ。
「いっ、井上さん? 言ってる意味分かってる? 自分の命を狙った相手だよ??」
「そ、そのとおり!!」
「ウチで泊めるから気にすんな」
「だぁめ! 女の子には色々必要なモノがあるんだよ。黒崎くんちじゃ着替えもないでしょう? あたしなら、美雨ちゃんとサイズ近いから、服が貸せるし」
サイズ……一護と雨竜の視線が美雨の胸元に注がれた。どう見ても……。
「こう見えてもCカップはあるんだから!! おかーさんが、大人になったらもうちょっと大きくなるって!」
美雨は真っ赤になった。
「ムスメになんて話すんだ。どんなハハオヤだよ……」
一護はひとりごちた。
笑顔しか思い出せない太陽みたいな母を思い出した。おふくろは違う! 一護は首を振った。
「バイトも店長に頼んであげるよ。ね? いいでしょう!」
織姫は美雨の手を握った。
ぶんぶん振り回す。
「……あ……えっと……」
「『よろしくおねがいしま~す』」
織姫は笑顔のまま、有無を言わせないオーラを放った。
「よ……よろしくお願いします……」
「決まり!」
織姫は美雨の手を取った。
「今日は歓迎会だよ~」
一護と石田は2人の後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。
胸元にばかり目が行ってしまったが、確かに織姫と美雨の背丈は近かった。
To be Continued