The Rain Bringer Girl 作:うにうにうさぎ
ヒルサイドパレス403号室。
「さ、上がって上がって!」
織姫に促されて、美雨はマンションに踏み行った。
「座ってて、お茶淹れるね。」
織姫が台所へ直行するので呼び止めた。
「織姫ちゃん、手洗いとうがいは?」
「え? なんで?」
美雨は目を丸くした。
「外から帰ったらするでしょう?」
「そうなの?」
織姫は知らないようだった。
「そうなの~!! ハイ、まずは洗面台連れてって」
「美雨ちゃん、お母さんみたい~」
えへへ……嬉しそうに笑う織姫に、美雨はため息を吐いた。
織姫が台所で湯を沸かす間、美雨はクッションに座らされていた。織姫の兄の遺影が飾られた、古くも新しくもない小さな仏壇を見つけて手を合わせた。
部屋はアジア調の雑貨と低めの家具で作られていた。祖父の屋敷に移り住むため引き払った前の家のリビングに少し似ていた。
***
織姫が急須と湯飲みを持ってきた。
「あ! 制服しわになっちゃう、着替えないと!!」
「お茶飲んでからでいいよ」
「だぁめ! 一張羅なんでしょう」
織姫はタンスからピンク色のTシャツと赤いラインが入った黒のジャージパンツ、白っぽい水色のカーディガンを取り出して、美雨に渡した。
「はい!」
「ありがとう……」
「着替えはえっと……」
織姫は浴室に向かい、ドアの前でごそごそと動いた。
「はいっ!」
織姫が立ち上がると、浴室のドアに『美雨ちゃん専用試着室』『広い!!』『快適!!』『はずかしくない!!』と書かれたカラフルな色画用紙が貼られていた。
「どうぞ、美雨ちゃん!!」
美雨は目を丸くした。
「女の子同士だよ?」
織姫はぽかんとした。
「あ、そっか! つい石田くんといる感覚で。女の子は同じ部屋で着替えていいんだ!」
織姫は手を叩くと、苦笑しながら後頭部を掻いた。美雨もつられて笑ってしまった。石田によく似た面立ちの美雨の思いがけない笑顔に、織姫は心を震わせた。目尻と眉尻をぐっと下げた顔は暖かさと人懐こさがあって、石田には出来ない表情だった。
「やっぱり、せっかく作ったから今日は使って!」
織姫は戸惑う美雨の背を押して、強引に浴室へ入れた。
「……もう……天然で強引なんだから」
美雨はふぅと息を吐いて、眼鏡を外し、織姫に貸された服に着替えた。
Tシャツを広げると、白い文字で『I'll be back』と書かれていた。美雨は胸が締め付けられた。
「ジョーダンキツイ」
美雨は、ぺちぺちと頬を打って、よしっ! 拳を小さく握ると、眼鏡を掛け直した。鏡に映った石田によく似た面立ちの少女が映っていた。『滅却師の誇りに懸けて』とドヤ顔で虚に弓を向ける石田と違い、自信がなさそうな顔をしていた。
美雨が浴室から出ると、織姫も同じ服を着ていた。
「か~わいい~!」
織姫は目を輝かせた。
美雨は頬を緩めた。
美雨は夕食に冷蔵庫の食材からキャベツと豚バラ肉の鍋を作った。
少し甘めに仕上げて、またも織姫の味覚に合わせたトッピング――アンコを添えた。キャベツの甘みと豚バラ肉の旨み、アンコの甘みが織姫の口の中でとろけた。
口いっぱい頬張って幸せそうな顔を浮かべる織姫を、美雨は石田によく似た温かいまなざしで見つめた。
食後は、美雨が織姫のテスト勉強を手伝った。
年を訊くと、美雨は高校1年生だと答えた。付属短大があるが、殆どの生徒は高校卒業後に外部大学を受験するため、中等部後半から高校の内容を始めて、高校1年生のうちにセンター試験レベルまで終えてしまうのだ。織姫は未知の世界の話を興味津々に聞いた。
美雨は歴史の問題だけ少し覚え間違えていたが、英語や数学は、3年生の織姫より進んでいた。
夜になると、ソファーベットの隣に布団を敷いて、並んで眠った。
「美雨ちゃん」
「……はい」
「石田くんの妹って話、ホント?」
答えられなかった。
「不思議なの。あたし、美雨ちゃんと初めて会ったのに他人の気がしないの。弓を向けられても、全然怖くなかった」
「………」
「いつか本当のこと、聞かせてね」
織姫が寝入ってから、美雨は部屋を抜け出して、マンションの屋上でこっそり泣いた。
「ちみっこ……」
椿鬼は美雨の肩に座った。
***
一方、空座総合病院。
竜弦は、院長室で終わらない書類処理に追われていた。
良く知る霊圧が扉の前に立った。ノック音がする。
「……何だ?」
雨竜が入ってくる。
思い詰めた顔をしていた。
「見損なったよ」
「?」
「あんたはまだ若い。再婚しても不思議じゃないし、そういう話がずっと来ているのも知っている。あんたの人生だ。あんたが共に人生を歩むと決めた人なら、仕方ないと思ってた。だけど――」
「何の話だ!?」
雨竜は止まらない。
「母さんが、まだ生きていた頃に、僕と年が変わらない他の子供を作っていたなんて!!!」
「――な!?」
竜弦のポーカーフェイスが崩れた。
「何を言っている!?」
「とぼけるな!! 一目であんたの子供だと判ったぞ!! やっぱり純血統が良かったんだな!」
「雨竜!!」
「せめて養育費くらい支払ってやれ! 僕を巻き込むな!!」
雨竜は顔を赤くして、踵を返すと一瞬で消えた。飛廉脚で飛んだらしい。
竜弦は全く身に覚えがない話に動揺していた。
デスクに飾る亡き妻の写真を手に取り呼び掛けた。
「どういうことなんだ? 叶絵」
写真の妻は穏やかに微笑み続けていた。
To be Continued