The Rain Bringer Girl   作:うにうにうさぎ

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特異点

 美雨は荒れた織姫の部屋を手早く片付け布団を敷いた。一護は織姫とたつきを織姫の部屋に運んで寝かせた。

 一護は黒崎家に帰らず、死神体のまま美雨と浦原商店にやってきた。店を見上げて、美雨は不思議な顔をした。

「? どうした」

「一応建て替えてたんだなぁ・て」

「?」

「私の世界では鉄筋なの。オンボロの」

「美雨、話してくれるんだな」

「場合によっては直ぐに忘れてもらうことになるけど」

「そりゃあおっかないな」

「終わったら皆に忘れてもらう。私の存在そのものが保護対象で、何もしなくても世界の修正がかかると思うけど」

 

 浦原が引き戸を開けて出迎えてくれた。

「さぁ上がってください、お二人サン」

 

 一護と美雨は敷居を跨いだ。

 

 

 

***

 

 

 

「どうぞ……」

 居間で待つと、(ウルル)が熱いお茶を出した。

 美雨は雨をしばし見つめた。

 浦原が入室し、一護・美雨と卓袱台を囲んだ。

 美雨はポシェットから、消しゴムのような小さな箱を出した。

「なんだ?」

「USBメモリ。本当は来たらすぐ、この店を訪ねて、渡さなきゃいけなかったの」

「カネ稼ごうとしたり、井上にケンカ仕掛けたりな」

 美雨は白い頬を赤くして、眼鏡のブリッジを抑えた。

 浦原はUSBメモリを摘んだ。

 テッサイが卓袱台に起動済みのノートPCを持ってきた。

 USBメモリを差し込む。

 

 画面から設定を超えた光が溢れた。部屋の中央に『浦原商店プレゼンツ』という、ダサい3Dホログラムが出現した。

 3D文字は回転しながらミラーボールのように七色の光を放射した。

 

『コンニチワース!』

 3D文字が唐突に浦原のホログラム映像に変形して、一護の目の前ににゅーんと迫った。一護はうおぉう! と声を上げてのけぞった。

 ホログラムの浦原は、目の前の浦原と寸分違わぬ姿で、寸分違わぬ胡散臭い笑顔を浮かべていた。

 

『美雨サンの事だから、散々寄り道してボロボロな捨てネコみたいになって拾われた所ですかねぇ~。オカネ使えましたかぁ?』

「使えなかったわよ!!」

 美雨は頬を赤くしながら忌々しげに答えた。

『美雨サンを送り込んだのは、そこにいる黒崎サンをちょっとお借りするためッス』

「俺!?」

『詳しくは美雨サンに訊いてください』

「丸投げなの!?」

『アタシたちの世界から生じた『歪み』は、徐々に他の時間、世界線に影響を与え、無数の不自然な分岐世界を発生せてしまうでしょう。あまり時間がありません。とは言っても、時空を移動するゲートはいつでもホイホイ開けるモノではありません。次のタイミングまでは、そっちでこき使ってやってくださいねぇ』

「ほぅ? イイ話ッスねぇ」

「もうバイト見つけましたから!」

『じゃあそういう事で! 宜しくッス~』

 

 プツン……。

 

「………これだけ?」

 美雨は愕然としていた。

「さっすが他の世界のアタシッスねぇ、アッハッハ」

 浦原は扇を開いて自らを仰いだ。

「……美雨、何があったんだ」

 美雨は胸元で手を小さくした。

 

 ポシェットから、白い長財布を取り出した。

 財布はパンパンで、被せ蓋の下からぎっしり詰まった紙幣が覗いた。一護は引いた。

 

 美雨は、紙幣を一枚引き出した。

 福沢諭吉が描かれた一万円札。

 だが一護の知る紙幣より一回り小さい。無数のホログラム紋が輝き、透かしより明確に半透明に透けている箇所が有る。

「触っていいよ」

 美雨に促されて手に取った。

 手触りは普通の紙幣だ。

 製造日を見る。

「30年後……」

 息を飲んだ。

 

「美雨、オマエ……」

「カオと名前で丸わかりでしょう。石田家の縁者だと隠すのは無理だって最初から分かってた。いっそ黒崎くんの誤解に便乗して、雨竜の生き別れの妹にしちゃうのもアリかなぁて思ったけど、こっちのパパに迷惑掛けたくなかった」

「パパは石田の親父さんだったのか。じゃあ、大黒柱が居ないって――!」

「うん。8歳の時、敵に倒されてから、ずっと意識不明なの。年が離れたお兄ちゃんが黒崎くんを、黒崎くんが居る別の世界に探しに行ったけど、帰ってこなくて……」

 美雨は俯いた。

「私が高校生になったから、お兄ちゃんの捜索と、生きている黒崎くんを連れてくるために、世界を渡る事になったの。私が渡れるのは過去だけだから、ここに」

「アニキは見つかったのか?」

 美雨は首を振った。

 

「雨竜を倒したヤツらは、私たちのチカラが通用しなかった。尸魂界が隊長格を派遣してくれることになったんだけど、お兄ちゃんが旅立ってから、穿界門が開かなくなって、死神の助力が得られなくなっちゃったの。空座町は、元隊長格が何人も移住しているし、偶然現世に来て帰れなくなった死神もいて、空座町を守っているけど、補給がなくて防戦で精一杯。やっと敵のサンプルを得て、浦原さんが分析したら、黒崎一護の霊圧が抽出されたの」

「どういう意味だ? そもそも、美雨の世界の俺は何してんだ?」

 美雨は気まずそうに目線を逸らした。

 一護の背に冷たいものが走った。

「……居ない。理由は訊かないで」

 小さな声で呟くように言った。

「石田を倒したヤツに負けたのか?」

 美雨は首を振った。

 

「黒崎サン、美雨サンが別の時間――未来から来たなら、無粋な詮索は『修正』対象になりますヨン」

「さっき美雨も言ったな『修正』て何だ?」

「パラレルワールドはご存知ですね。世界は1つではありません。ちょっとした選択の違いで、無限に分岐し、数は砂漠の砂粒より多いでしょう。ある世界で死ぬ運命の人物が、生きる世界もある。ヒト1人の存在は、その後の人口に関わり、世界に大きな影響を及ぼします。では分岐が早いほど、差違は大きくなるかと言うと、それほどでもなかったりします。何故か? 世界には、共通のおおまかな方向性が決まっていて、道を大幅に外れる影響力が現れると、世界による修正するチカラが働くんでス」

 死ぬ人間が生きる世界……一護の魂から永遠に喪われた欠落が奪われない世界。

 一護は強烈な魅力を感じた。

「美雨サンは、未来の『特異点』なのでしょう。全ての未来で特定期間に入れば誕生する。一つの世界に同じ存在は2つ同時に存在出来ない。だから、過去にしか渡れない。合ってますか?」

 美雨は頷いた。

「美雨サンの存在に関わる要素――美雨サンの両親の生死や、両親が結ばれるための支障になる影響が生じると世界の『修正』が掛かるんス」

「世界が石田、と……石田の嫁さんが結ばれるように、キューピットしてくれるってことか?」

「キューピット! 可愛い言い方しますねぇ」

「茶化すな」

「世界はエグいですよぉ。例えば美雨サンの両親が、別の相手と結婚して子供も設けたとしましょう」

「世界が定めた運命のカップルなんだろう!? 何で別のと結ばれるんだよ」

「世界が関わるのは『事実』のみ。『感情』は対象外なんです。世界が定めた相手以外と結ばれる可能性は充分有り得ますよぉ」

「はぁ?」

「特異点の両親が、それぞれ別の相手と結ばれるとします。そのままでは特異点が誕生せず、世界の方向性が変わってしまいます。世界が『修正』を掛けます。別の相手が死ぬんです。理由は病気や事故、事件や災害。世界は理。感情を操作する以外の不可能はないッス!」

「なんだよそれ!!」

「勿論、不都合な記憶を消すことも造作ないッス。今、美雨サンに関する記憶が消えたら、黒崎サン戦えなくなっちゃうでしょう」

「未来の詮索はするな・てことか」

「……ごめんね」

「美雨が謝るコトじゃねぇだろう?」

「……うん」

 美雨は俯いた。

「だから……ね、黒崎くんが、私たちの世界を助けてくれたら、終わったら私たちの世界の『修正力』が回復して、ちゃんとこの時間に帰れるの。全部忘れて、何事もなかったように」

「未来は『修正力』が弱っているんスか。だから世界を渡るなんて禁忌がまかり通って……」

 浦原は扇子を広げ、口元を隠しながら呟いた。

「さっきの戦いで確信した。敵の装甲は黒崎くんの霊圧でしか破れない。黒崎くんの霊圧なら、倒せる」

 美雨は一護に正座して向き合った。

「黒崎くん――!!」

 一護は美雨の肩を掴んだ。

「女の子が土下座なんてするもんじゃねぇ」

「………!!」

「石田は俺の仲間だ。美雨は石田の子供。お前を助ける理由にそれ以上ないだろう」

 一護は表情を緩めた。

「石田だって、俺が動けなくて俺の子供が困っていたら、迷わず助けると思うんだ。だから気にすんな」

一護は美雨の頭をポンと叩いた。

 目の前の一護は、写真でしか知らない黒崎一護と別人のような顔つきだし、ぶっきらぼうな話し方は穏やかな笑顔ばかりの兄と全く似ていないが、懐かしさがあった。

 美雨の視界が滲んだ。

「……ありがとう!!」

 美雨は一護に抱き付いた。

「うぉぉう! 女の子が気安く男に抱き付くんじゃねぇ!!」

 美雨から香る花のようないい匂いと、細いのに柔らかい身体に一護は慌てた。

「ヘーキ。お兄ちゃんにしかしないもん」

「アニキに見られたら、俺殺されるぞ」

「? たぶん大丈夫だよ」

 美雨は無邪気な笑みを浮かべた。

 石田が笑うとこんなに可愛い顔になるのか?

 一護は、常時しかめ面で嫌みが得意な眼鏡の少年を思い出した。

 

「あ~~オマエのお袋サンが気になるなぁ! あの石田と結婚するって、どんだけ人間出来てんだ」

「う~ん……黒崎くん、知ってるヒトだよ」

 美雨は唇に人差し指を当てて呟いた。

「まじか!?」

「それ以上は『修正対象』です」

 

 

 

***

 

 

 

 深夜まで浦原たちと相談した。美雨は、石田の父に、自分の存在を知られてしまったと報告した。石田の父は霊圧感知に優れるため、血縁を隠すことが困難だった。口が堅いから、事情を話しても終わるまで未来に影響を与える行動はしないと判断した。

 石田の父は驚いたが、紛れもない石田家の滅却師の霊圧と容姿、未来から持ってきた紙幣で信じてくれたと言う。

 美雨がこの世界に居る間は、石田の父の生き別れの双子の弟の娘という設定になったと話した。

「嘘くせぇ!!」

 一護は心の中で突っ込んだ。

 流石、石田の父と、未来から来た石田の娘。

 病的にウソのセンスがなかった。

 浦原は面白がって、世界の修正後に消える記憶だが、石田の祖母に簡単な記憶操作を掛けに行った。

 

 

 

 

 

 次に時間を渡れるのは、2週間後。新月の夜。

 新月の夜は理のチカラが少しだけ弱くなるのだと美雨は語った。

 それまで、引き続き織姫のマンションで過ごすことになった。

 

 一護は美雨を織姫のマンションまで送った。

 

「なぁ美雨」

「なぁに?」

「なぜ井上を狙った?」

「…………」

「井上が未来に関係してんのか?」

「…………修正対象デス」

 美雨は眉根を寄せ、瞼を落とした。しばらく逡巡して、口を開けた。

「あたしのお兄ちゃん、ね。お父さん違うの」

「……?」

「お母さん、再婚なの」

 

 一護は先刻浦原が語った『世界の修正』を思い出した。特異点の両親が別の相手と結ばれた場合、別の相手が死ぬ。

 

「送ってくれてありがとう」

 織姫のマンションに到着していた。

 

 

 

To be Continued

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