The Rain Bringer Girl 作:うにうにうさぎ
美雨は石田の父の生き別れの双子の弟の娘で、消息不明の父親を探して家出をした設定に決まった。織姫たちはすっかり信じ込んだ。
高校生の美雨が2週間も暇を持て余すのは良くないと石田の父の計らいで、時が来るまで空座第一高校に転入生として通うことになった。
真新しい空座第一高校の女子制服を着た美雨は、石田の双子の妹のようだった。
人を寄せ付けない雰囲気を纏う石田と違い、美雨はお嬢様らしい品を持ちながら、アルバイトで培った、人懐こい柔らかい顔で笑える少女だった。
季節外れの美少女転入生に、男子は騒然となった。美雨がスマホも携帯も持っていないと話すと、大量のラブレターが届いた。美雨は目を丸くした。
共学校に通うのは幼稚園以来だと話す美雨は、周囲がドン引きする女子の際どい話を平然とした。
美雨は1日一回薬を飲んでいた。織姫が持病があるのかと訊ねると、生理が重いので親からピルを飲まされているのだと説明した。
実の父と間違えて石田の父を訪ねてしまったと話す美雨を、石田は特に憐れんだ。「親戚のよしみで実の兄のように頼ってくれ」と美雨の両肩に手を当てて目を輝かせた。
美雨は苦笑するしかない。
「雨竜てホント馬鹿」
美雨は様子を見に来た一護にコッソリ毒付いた。
一護は石田と石田の父との関係を照らし合わせた。
「美雨も親父さんと仲悪かったのか?」
「どうだろう? ニオイは気にならないけど」
「ニオイ?」
「クラスメートに居ない? お父さん臭いって女子」
「さあ?」
「お母さんは好きだって」
「親父さんの……体臭が?」
「そう。お兄ちゃんのパパとちょっと似てるんだって」
「へぇ……」
お嬢様に不似合いな生々しい話だ。
美雨は一護の胸元に顔を寄せ、すんすんと嗅いだ。
一護は照れてしまう。
「ふつうかな」
美雨は呟いた。
「それはドーモ」
***
5月の第4日曜日。
織姫の発案で、浦原商店で『美雨を励ますバーベキュー会』が開かれた。
石田とテッサイで材料のカットと串打ちを行い、一護たちはひたすら焼いて食べた。
美雨の指が焼き網に触れた。
「あつッ!」
「大変! 冷やさないと」
「いーよ、織姫ちゃん。これくらい……」
「だぁめ! あたし保健委員なんだよ」
織姫はクーラーボックスから凍らせた保冷剤を一つ取り出し、美雨の指に当てた。近くに居た一護は美雨の手に目をやった。
美雨の手指は、元はお嬢様らしい白いばかりだったのだろう。爪は短く切られ、古傷が多く荒れ気味なのを気の毒に感じた。もうひとつ気になったのが、
「美雨、結構しっかりした指なんだな」
一護は見たままの感想を述べた。
美雨の白い頬にさっと血の色が浮く。
「黒崎、女の子に失礼だぞ」
石田が眼鏡を光らせた。
「え? 今のダメか?」
「太いって言われて喜ぶ女子がいるか?」
「太い!? しっかりしたって言ったんだ!」
「まぁまぁ落ち着いてよ、二人とも!」
美雨が宥めた。
「痩せすぎとは言われてもデブって言われたのは初めてだから新鮮だよ~」
手のひらをひらひらさせて苦笑する。
「だからデブじゃねぇって! なんで伝わらないかなぁ」
「ちがうの?」
「滅却師は弓で戦うだろう? 男の石田はともかく、美雨は身体が細ぇから大丈夫なのかと思ってたんだ。ちゃんと戦える指になってんだなぁと感心したんだよ」
「なぁんだ!」
「充分失礼だぞ」
「ん~ん。今まで必死に修行した甲斐があったよ」
美雨はえへへと笑った。
美雨は石田が使ったことがない武器や術を使いこなしていた。
30年後の戦況は分からないが、時間を越えて助けを求める程度に厳しいのだろう。
趣味で虚狩りをしている石田と違い、美雨は最後の滅却師として戦えない石田に代わって前線で町を護っているのだ。
一護は美雨の頭を撫でた。
美雨は大人しく撫でられて猫のように目を細めた。
一方、織姫は少し離れた場所に移動して、なぜか落ち込んでいた。
「織姫ちゃん、どうしたの?」
気付いた美雨が追いかけた。
「えっ!? あー……黒崎くん、太い指嫌いなのかなぁ」
織姫は指を広げた。
織姫は頭の上からつま先まで、よく出来た人形のように美しい容姿をしている。言われて注意深く観察すると指の関節が少し太いかもしれない。長い指にはきれいなオーバル型のピンク色の爪が並んでいた。手の甲もふっくらして荒れがない。
「きれいな手だよ!」
美雨は笑いかけた。
***
『ごめんねぇ……美雨~』
母は夕食を終えて、ソファーでうとうとしている美雨の荒れた手にハンドクリームを塗りながら謝った。
『どうしたの?』
『指だけあたしに似て太くなっちゃった』
『なぁにそれ~』
『けど指輪はぴったりになるよ』
『サファイアの?』
『うん』
『石田家の妻の指輪でしょう、譲るならコウくんのお嫁さんになる人じゃない?』
『ん~でも、アレは美雨に譲ると思うんだよ』
『またおかーさん不思議ワールド』
『石田家って滅却師してるからかな、指が太い嫁を求めてるのかもね』
『弓を引くために?』
『想像だけどね~』
「織姫ちゃん、黒崎くん好き?」
「ふぁあ!? みっみっみみみーちゃん!!」
織姫は真っ赤になって両腕をばたつかせて慌てた。
こりゃあダメだわ。
美雨は眉を少し八の字にして苦笑した。
おかーさん、お願い叶えられそうにないよ。
五月晴れの空が急に暗くなり、雨が降り出した。一堂は慌てて食材とコンロを屋内に運び入れた。
石田と織姫が洗濯物を干したままだと言い出し、バーベキュー会はお開きになった。
***
「おかしぃなぁ。今日、天気予報100%晴れだったのに……」
半分濡れてしまった洗濯物を取り込みながら、織姫はむぅと頬を膨らませてぼやいた。
「……ごめんね」
室内に濡れた洗濯物を掛けながら、美雨が謝った。
「なんで?」
織姫はきょとんとする。
「私、雨女だから」
「美雨だから?」
「誕生日も殆ど雨ばかりの筋金入りなの」
「美雨ちゃん、誕生日いつ?」
「7月7日」
「うわぁ! 七夕なんだ!! へぇ~…すごいなぁ…えへへ…」
「織姫ちゃんは?」
「残念。あたしは9月3日なの」
(……知ってる)
「ウチのオヤ、9月生まれなのにどーして織姫にしたんだろうねぇ」
織姫は寂しそうに仏壇の兄の遺影に目を遣った。
遺影の織姫の兄は、変わらない穏やかな笑顔を浮かべていた。
「めげずに頑張れ……て、意味じゃないかな」
「?」
「織姫は彦星と結婚してから、恋愛脳になって、毎日イチャイチャ遊び暮らして、オヤに叱られて離婚させられちゃったでしょう。でも、それから反省して人生立て直して、年に一度だけ逢うのを許されるようになったじゃない」
「……う、うん?」
「失敗しても、やり直せる。一度の失敗でめげずに、前回の反省を生かして前向きに頑張り続ければ、より良い明日がやってくるよ、て……意味かなぁて、私は思ったよ」
織姫は美雨の話をぽかんと口を半開きにして聞いた。しばらくして、おお!! と手を叩いた。
「美雨ちゃん凄い!! 今度から由来聞かれたらそう答えるよ!」
織姫は美雨の手を握って激しくブンブンと上下に振った。
物心付く前の織姫に、育児を兄に押し付けて暴力ばかり振るった両親の記憶はない。
だが両親も、織姫が誕生した時だけは、彦星と織姫のように人生を仕切り直したいと思ったのかもしれない。もう一度、心を入れ替えて、温かい家庭を築こうと頑張ろうとしてくれたのかもしれない。
美雨の解釈に織姫は救われた気持ちになった。
「そ、そう!? 光栄だなぁ~えへへ……ヘヘ……」
美雨は石田によく似た面立ちをふにゃりと崩し、白い頬を赤くして照れた。
「美雨ちゃんの名前の由来、聞いていい?」
美雨は更に赤くなった。
織姫は丸く大きな目を輝かせている。
「私の名前は……お母さんが付けてくれたの」
美雨は窓の外を見た。雨は勢いが弱まっている。
「楽しみにしてる行事やお出掛けの日になると雨が降るのがイヤだった。そのうちクラスメートから、美雨って名前だから雨が降るんだ、て言われるようになって、益々イヤになって、お母さんに、何でこの名前にしたのって聞いたんだ」
織姫は頷いた。
「雨は『絆』、なんだって」
「キズナ?」
「雨は、けして交わらない空と大地を繋ぐ唯一のもの。滅却師と死神が、憎しみ合うんじゃなくて、お互いに尊重しあって、お互いの世界を大事にしあって、協力して現世を守れるようになりますように……責任重大なの」
美雨は苦笑した。
織姫は、美雨の母親の願いが誰にも話したことがない自分の考えと似ていて、内心驚いていた。
雨は止んでいた。
「それとね……」
美雨は卓袱台に手を突いて立ち上がった。玄関まで小走りして、靴をひっかけると、ドアを開けた。
織姫は美雨につられて外の廊下に出る。
美雨の頭の上に虹が掛かっていた。
「虹は雨が降らないと現れないの」
織姫は美雨と並んで虹を見上げた。
***
一護と美雨の前には、その後も連続して一護がかつて戦った虚が出現した。
フィッシュボーンD。
シュリーカー。
どちらも黒い鎧を身に纏い、防御・攻撃・再生能力が格段に向上していた。
織姫の椿鬼は相変わらずヘアピンのまま。霊圧を飛ばすチャドの腕はダメージを与えられない。
石田と美雨のゼーレシュナイダーが辛うじて鎧に傷を入れられた。
一護の中で暗い予感めいたものがひたひたと近付いていた。
To be Continued