The Rain Bringer Girl 作:うにうにうさぎ
一護がかつて倒した黒い鎧の虚たち。
現状、一護たちの力のみで対応出来るため問題と見なされていないが、夜一は調査のため密かに尸魂界へ渡り、浮竹に相談して、ルキアを応援派遣してもらうことにした。
一護と共に虚討伐に立ち会った経験と、本当に一護が以前倒した虚なのか見極めるためだ。
一護は押し入れを掃除し、中の布団を干した。
貯めた金で密かにルキアのサイズの兎柄のパジャマと白くてふわふわしたワンピースタイプの家着を購入し、押し入れに置いた。
「これでよし。ユズもデカくなっちまったからな」
頭を掻きながらひとりごちた。
***
一方美雨は熱を出していた。
「頑張りすぎだよ~」
織姫は布団から動けない美雨の額から冷えピタを取り替えて、熱い頬を撫でた。
「……ごめんなさい」
「いいって!」
織姫が用意したおじやを美雨は美味しそうに食べた。黄色い米粒からはカレーのにおいが立ち、赤紫色の小豆が混ざっていた。見た目も臭いもグロテスクだが、美雨は熱が出た時に進む味なのだと言った。織姫は『熱がある時』という限定条件が少し引っかかったが、食欲があるのに安堵した。
おじやを食べながら、眼鏡をしていない美雨の目から、ポロリと涙が落ちた。お母さん……美雨は母親を呼びながらひくひくと泣いた。
織姫はどうしていいか分からず背中を撫でてやると、美雨は一層泣いた。
美雨は母親に愛されて、大事に育てられたのが伝わった。美雨が父親を探しに家出して、母親はどれほど心配しているだろう。
織姫にとって唯一の肉親で親は兄だけだ。実の両親は、織姫に愛情を注ぎ守るどころか、虐待して命を脅かす存在だった。
織姫には夢が沢山ある。
ケーキ屋さん、学校の先生、宇宙飛行士。
なりたい仕事とは別に、欲しくてたまらないものがある。
自分とは一番縁遠くて、心の奥底に大切にしまっている光景。
父親と母親。子供は2人以上、男の子と女の子。赤い屋根、白い壁、季節の花が美しく咲く可愛い庭付きの一軒家で、幸せに暮らす家族。
父親と母親は、いつまでも愛し合っていて、子供は可愛い。子供が野良犬を拾ってきたり、困っているお年寄りにお節介したりして、時々事件を解決する。
自分の隣に居るのが、一護だといい。
一護の明るい色の瞳に織姫だけが映り、織姫だけを世界で唯一想い、愛し、守ってくれる。
幸せな世界が永遠に続くのだ。
しかし、織姫の妄想の世界はすぐに水が入る。一護の隣にはルキアが立っていて、一護はたちまち黒い着物姿になり、織姫を振り返ることなく、後ろ姿のままルキアと2人で織姫の手が届かないどこかへ行ってしまう。
織姫の隣には、いつも優しい笑顔でひたすら愛情を注いでくれる兄がいる。そうだ、兄さえいてくれたら他に誰も何も要らない。兄の横顔は、いつの間にか眼鏡を掛けた少年になっていた。
織姫は、妄想の不完全を、自分がちゃんとした家庭を知らないからだと考えた。
母親を知らない自分は、そもそも親になれるのだろうか?
親になれても、ちゃんと育てられるのだろうか。
泣き止んだ美雨に、寝るまで側にいると伝えて布団に戻し、頭を撫でると、美雨は落ち着きを取り戻して再び眠った。
美雨のハートのヘアピンから椿鬼が出てきた。
「サンキューな、オンナ」
美雨の椿鬼は、織姫の椿鬼と違い、赤い紋が白銀になっていた。
「コイツ、ガキの頃からプレッシャーに弱くてよ。今までよく保った方だぜ」
「椿鬼くん……美雨ちゃんとどういう関係なの?」
「あん? ちみっことは――子分みたいなモンだな。俺様が親分、ちみっこが子分」
「美雨ちゃんは小さくないよ」
織姫は笑った。
「バーカ。ちみっこはちみっこだろう。オンナになってもババアになっても」
「椿鬼くん、近所のお爺ちゃんみたい」
「ああん!?」
見知った霊圧が近付いた。
チャイムが鳴る。
はーい! 織姫が出迎えると、石田だった。
美雨が欠席して、親戚なのに他人の織姫に看病を任せるのは忍びないと、訪ねてくれた。
石田は夕食に鯖の味噌煮と味噌汁、キュウリの酢の物、ポテトサラダを作った。
美雨は目を覚まさず、織姫と石田で食べた。
美雨は夢を見ていた。
父親が元気で、両親と兄、弟とダイニングテーブルを囲んで食事をしていた。
母はリスのように頬いっぱいに食べ物を詰めて、美味しそうにモグモグ食べていた。
父親は幸せそうに母を眺めながら、小さな弟が一度に多く口にしようとすると、素早く咎めた。
うっすら目を覚ますと、懐かしいにおいがした。
母は好きと言うが、そこまでいいにおいじゃないなと思った。
これは夢だ。
夢にうつつを抜かす間はない。
早く体力を回復させないと……。
美雨はそのまま寝入った。
***
翌日、美雨は昼前に目を覚ました。熱は下がっていた。
織姫のたんすから、フリルの襟が付いたメリヤス編みのトップスと水色の膝丈スカート、ソックスを借りた。
大きな胸を収めるために、織姫の服のトップスは胸のサイズに合わせて着丈や袖丈などが数倍大きい。余った布を隠すために、パーカーを一枚羽織った。
美雨の世界の織姫は、胸のサイズに合わせた素材が良い高級なものを購入してリフォームしたり、祖父が服をオーダーメイドを頼むときに一緒に注文していた。
この頃はリフォームやオーダーメイドが出来ず、既製品で苦労しているのが伝わった。
卓袱台に、学校へ登校した織姫の書き置きが残されていた。冷蔵庫を開けると、鯖の味噌煮と味噌汁、ポテトサラダが入っていた。
昨日の気配は夢ではなかった。
石田は織姫の部屋に見舞いに来ていた。
8年ぶりに食べた父の手料理は、美雨の知る味より少し濃く、しょっぱかった。当たり前に食べていたが、母や幼い自分たちの味覚に合わせて味を調整していたことを初めて知った。
父が倒されて8年。
現世の医療では肉体の命を保てず、浦原によって器子から霊子体に変換され、織姫と
織姫のふっくらした可愛い童顔は痩せて、自慢の長い栗色の髪には白いものが混ざるようになってしまった。
「四捨五入したら50代になっちゃったしね。護られるだけのお姫様はお仕舞い」と、短くしてしまった。織姫は長い髪に拘りを持っていて、美雨の髪をずっと長く保たせていた。織姫の心境の変化は、美雨に事態の深刻さを一層意識させた。その後、美雨が過去へ渡るための材料に髪を提供して帰ると、父の意識が戻った時に会わせる顔がないと泣いて悲しんだ。
織姫は過去へ渡る美雨のために、痩せた力を裂いて椿鬼を貸してくれた。
必ず自分たちの元へ帰れるようにと。
美雨はまた少し泣いた。
To be Continued