ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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時系列はアッシュが侵魔獄に飲み込まれた辺りを想定してます。


始まりの町【ラインセドナ】
冒険者と言う雑草


 この世界には魔物がいました。

 この世界には竜がいました。

 この世界には魔王や悪魔何かが沢山いたりします。

 

 この世界には冒険者が居ました。

 この世界には勇者が居ました。

 この世界には神と称される極まった雑草(人類)がいたりします。

 

 機械仕掛けの兵士がいたり、鋼鉄の船を操ったり、何処かの箱庭にはまるでSF世界が拡がって居たり。

 

 ファンタジーにSF混ざり混沌としていますが、

 人が生き人が死に、誰かが嘆き、誰かが救われ。何かで争い、何かで手を結びながらも

 この世界は続いています。

 

 そんな中で混ざり生きる片隅の雑草の物語。

 

 

 

 

―――とある森の中。

 ホルダーにしまわれた双剣に手を掛けた少年が一人荒野の森を行く。

 剣の柄を落ち着きなく擦り周囲をキョロキョロと警戒しながら、ゆっくり確実に歩を進めていた。

 その姿は不恰好な深い帽子を被り、一部の肌の露出も許さない分厚い衣服にレザーの皮鎧を上に羽織った姿。

 それは少年の童顔には見合わぬ重武装であり、その警戒の様子から、この世界に生きる者なら一目で正体を看破するだろう。

―――【冒険者】

 この世界における依頼を持って仕事を遂行する何でも屋。主に争い事を持って物事を解決する。

 最終職業(最底辺)。

 少年はその駆け出しであり、指定のモンスター「一角ウサギ」を討伐し、

 その鋭利な角を持ち帰る目的でこの森にやってきていた。

 

 がさがさと恐る恐る辺りを見回す、それでも歩を進めねば夜となる。だから確実に森の奥へと進む少年。

 人にとって森は恐ろしい場所である。視界が制限され、移動が制限され、雑音が入り混じる。

 探索が特殊技能とまで発展してない彼は、双剣の柄を強く握り、すぐ剣を引き抜ける準備をする事位しかできない。

 

「そろそろ出てくれないかな…」

 畏れで汗が噴き出る。皮とはいえ重装備で歩き続けているのも拍車をかけた。

 冒険者はとにかく辛い仕事だった。駆け出しなら尚更に。

 それでもこうして沢山の人が日々モンスターと闘い生きて死ぬ。

 そうし続けなければ人類は滅ぶ、そういう世界だった。

 

 

「よしいた」

 視界の先に動く影、目立つ立派な角が草木の合間から伸びていた。

 あれが今回の討伐対象である【一角ウサギ】。あれを三匹狩ってくる事が今回の仕事だった。

(一角ウサギは、モンスターとしてはそこまで強くない。角と脚力による突進に気を付ければ殺せる)

 落ち着いて剣を抜きながら知識を反芻して自身を鼓舞する。戦闘の途中で頭が真っ白になってはたまらない。

 馬鹿みたいに思うかもしれないが実際起こりうるのだ。

 昔、そうなった時は周りに大人が助けてくれなかったら彼は死んでいただろう。

 柄の冷たい感覚に心を任せ、揺れる角に焦点を合わせ草に隠れた姿を想像し、

 脚に力を入れ呼吸を練りそして…。

 

「―――今だっ!」

【ファストアクション】

 既に音を気にせずに爪先から全身を発条のように、全力で角の伸びる先へと駆け抜け、右剣を突きだす。

 初撃は大事だ。全力を持って決める。

 その為の体の動かし方と心構えが、この瞬間に現れる。

 

『ピシャアア!?』

 幼い頃からの自慢の足はあっという間に目標に辿り付いた、重心を傾け、おそらくは頭があるであろう場所に

 片剣を付き刺した。

「っく、やっぱ硬いなァ!」

【二刀流】

 片手に伝わる感覚は鈍い。大抵のモンスターは見た目より頑丈だ。

 だからさっさと突き刺さったままの右剣を離し左手の剣を両手持ちに変更、後ろに跳び下がる。

 そのすぐ後に暴れ狂うように猪ほどの体躯の兎が茂みから現れ、

 頭に刺さった剣から血を流ながらも、威嚇してきた。

 

 当たり前の話であるが、人間の身体は弱い。

 あの大きさでしかも脚力の強靭さでは随一のモンスターに全身を使って暴れられたら。

 今頃体勢を崩し、押し潰され蹴り殺されていただろう。

(親友なら一撃で首をはねていただろし、もっとうまいやり方もあるんだろうけど…っ)

『ピギャアアアアアア!!』

「っッ、チャンス!」

 奇声を森に轟かせながら、弓から放たれた矢の如くに突進する一角ウサギ。

 それはただの直線番長、更に片目に血が入ったのか少しばかり狙いが甘い。

 それを横に大きくステップし躱しながら。

『ピィ!?』

 今度は横から両手持ちで剣を突きたて、首をヘシ折った。

 絶命の際に一際大きく上に跳ねたが関係ない。今度こそコイツは死んだ。

 

「よし、次!」

 しかし、油断してはいけない。急いで頭の剣を抜き取り噴き出る血を振るい掃う。

 信じがたいがこんな攻撃的な姿をしていながら、これは草食系のモンスターなのだ。

 草食モンスターは基本的に群れを組む。

 先程の威嚇のもう一つの意味、それは…。

『『『―――ピシャッヤアアアアアア!!』』』

 つまりは群れへの援軍要請である。森の奥から跳ね三匹の一角ウサギが現れた。

 依頼内容より一匹多い。

 

「ひ、ふ、みの三体か、行けるか?」

 数瞬だけ思考を巡らす、手札は切ってないと言っていい。

 もし逃げるならこいつらの脚力と、足場の悪い中で徒競走しなくてはならない。

 つまり、答えは一つ、殺すか殺されるか。

 相手は視野に頼ったモンスターだ。

 幾らでもやりようはあると自身を鼓舞、体内の魔力を隆起させて、構える…っ!

「よし、お前らの弱点はわかってる。これでも食らえ!」

―――ぼわっ!煙玉を投擲、炸裂した。

 威嚇の体勢から、踏ん張り突進の体勢に移行した兎の視野を塞ぎ、煙玉がきちんと炸裂した事に安堵しながら駆け距離を詰めた。

 一角ウサギの習性として、その方向と距離感は立派な角と視野で測量し、調整しているというものがある。

 突進と角の鋭利さで猛威を振るうモンスターだが、その鋭利さが仇となる事もある。

 自身の首の筋力で対抗できない大地や木々等に角を突き刺し抜け出せなくない事故を防ぐため。

 自身の立派な角を用い確実に測量を行い、外敵のみに加減して突進すると推測されている。

『『『ピギュー!』』』

 それ故に視界を封じられれば、当てずっぽうに飛び出すなんてことはしない。

 とりあえず視界を確保しようと固まって前に出ようとする。

 そんな兎頭に。

 

「最初の一匹は確実に……」

『ギャギィ!?』

 前と同じように頭を狙って剣を振り下ろし突き刺す。数を減らせば一気に楽に成る、今度は一撃で屠る為の本気だ。

「殺すッ!!」

 バリバリバリ、刀身から迸る雷の轟音と肉の焼ける音。

―――この世界には魔法剣と呼ばれる技術がある。世界の剣技の五大流儀の通称"刃凱魔郷"(ソードアート)と呼ばれるその一つ。

 人類に襲い掛かるあまねく理不尽に可能な限りNOを突き付け、理不尽を殴り返す為の流儀。

 自身に内在する魔力を装備に伝導させ、その属性ごとに特性を付与し維持するのが魔法剣。その初歩の初歩を少年は会得していた。

 彼の属性は空と炎、隆起させたオドを刀身に纏わせ突き刺した内部から、雷と熱で焼き殺す。

 その程度で軟なモンスターなら殺せる。逆に死なないモンスターも多いのが人類に襲い掛かる理不尽の第一歩だが。

 

 ウサギの腑を焼く脳を焼く、これで一匹は死んだ。

 視野が確保できたが角を構え、脚を隆起させ、残りの一角ウサギが挟むように突進の準備していた。

 冷や汗が出る。まだ間違えれば死ねるのだ。

「フんダァ!」

 奇声を挙げながらの必死の抉る様な蹴りを繰り出す。

 例によって剣を引き抜いてる暇はない。手を離し、死体を蹴り飛ばして右のウサギにぶつけ、反動で重心を剣の重さの残る左に傾け

 スライドしながら跳んだ。左のウサギも跳ぶ角度をまた微調整する為に、数秒の余裕が生まれる。

 

「よし、その角もらった!」

そのわずかな間に残った左のウサギの角を掴んだ。角さえ無力化すれば殺せると算段して。

『!?、ギャピイイイイイイ!』

「なっ!?くぅ」

 だが、角から伝わるが手に隆起させたままのオドの電撃に驚いて、暴れ出した。

 それにより溜められた脚力を解放しそれに引っ張られた事で、ウサギ上にマウントの体勢となる。

(予定と違う…っけど!)

 だが踏ん張る。

 猪ほどの体躯のウサギの角に捕まったままの必死のロデオ。カッコが悪いが仕方ない。

 乗ったウサギは、死体をぶつけ足止めした右ウサギを飛び越して距離が開いた。

 人を乗せたままでもこれ位の靭力を発揮するのがモンスターだった。

 

 そしてウサギは鬱陶しい人間を振り落す為に、暴れ馬のように跳ね狂う。

 それに振り落とされない様に踏ん張り、残った左剣で上から突き刺す刺す刺す。足場もなく片手だから刺さりが甘い。

 何度も電撃と熱で肉を焦がし。

「い、いい加減死ねぇ!」

『ギャッピ!』

 そして数瞬の抵抗の後、心臓に抉り殺しきった。

 残りは最後の一匹、距離はあるが相手の状況は見えない。

 先程からの経験で、跳ばれればこの程度の距離は一瞬で詰められるのは理解している。

 

―――だから安全策。地に足を付けずにウサギを蹴り不恰好に横に転がった。

 何度も焼き刺して荒く傷口を拡げていた為か、すんなりと突き刺した左の剣が抜けたのが助かる。

 そして横目に先程、自身が居た場所に茶の影が奔る、ウサギの突進が過ぎる様を見た。

「くっ、あのままだと死んでたな!」

 冷や汗はそのままに体勢を立て直し地を蹴り駆ける。ウサギは直線番長だ。

 こちらが立て直す方が早い。

「けど終わりだ!」

 頭上に剣を掲げ全体重を掛け、刃を突き立てた。流石に三度もやれば慣れる、心臓を抉りずっぱりと殺した。

 

 

 

●●●

 

 

 

―――そして、殺し合いの後の森の静寂が訪れる。

 既に他の生物は逃げたのだろう。さきのウサギ達はは生態系を乱す屈強なモンスター。

 だからこそギルドより依頼も出ていたのだから。

「ふぅ、おわった。死ななくてよかったー」

 溜息、脱力。

 油断はしていない、これは意図的なものだ。

 隆起させた魔力(オド)を収める為に、全身から自然に力を抜くための所為だ。

 魔法剣に熟達していれば必要のない自己暗示。

 やらねば翌日に筋が硬ばるし、少しでも自身の指や腑も焼くかもしれない。

 

 まだ未熟なその剣は。

 一般的な魔法剣使いの様に硬度無視して切り裂いたり、飛ばせやり、薙ぎ払えたりする訳ではない。

 この程度が少年の天賦である。

 

 少年の名は【リウ・カイト】。とある事情で聖錬で、役割(ロール)レンジャーの駆け出し冒険者をしている少年だ。

 齢は十六ほど、聖錬に点在する村の一般的な家庭に育ち。

 田舎故、貴重な健康男児として襲い来る魔物に対する自警の予備戦力として軽く訓練された事。

 時折帰って来ていた同郷の冒険者。年上の親友の誘いに付き合う為に、最低限の身体は出来上がっていた。

 

 そう、この世界の冒険者と言う部類においては、彼は恵まれてると言ってよかった。

 最低限文字の習う余裕があった環境に、将来魔法剣を扱うに事に足りる濃度の二属性の魔力(オド)の才。

 既に名をあげていた冒険者であった親友の背を見てきた事で、こうして駆け出しでも最低限の技能を獲得できていた。

 この世界の選抜血統には鼻で笑われるような才能だが。

 だがそれらは少年を助け、今をこうして暮らしていけていた。

 

「全力で身体を動かしながら魔法剣も使えたら奇襲の時も一発で殺せたかもしれない。それとも魔法剣を安定して飛ばせるようにするのが優先か…?【親友】なら、どうしたかな」

 剥ぎ取りをしながら反省の言葉を呟くカイト。これも彼の恵まれた点だった。この地獄めいた世界における人類最大の生存域。

 聖錬に生まれなければ、駆け出しがこう悠長に剥ぎ取りなどできなかっただろう。

 

 他の世界に存在する国家。

 三歩行けばモンスターに当たり、それらを須らくブチ殺し武力を高め続けるラスボス【王国】。

 犯罪者の楽園、悪徳の温床、この世の無法を詰め込んだような黒い世界。不毛の地【奏護】

 人類の上位種と言われる魔人が跋扈し、属性汚染により常人は準備がなければ生存すら許されない【魔王領】。

 属性災害が多発し、閉鎖環境故に人同士の殺し合いが絶えなかった島国【桜皇】

 唯一宗教を信奉し、テロモンスターをバラ撒き、全世界から何時かぶっ殺してやると熱い視線を独り占めする正体不明の暗黒地帯【預験帝】。

 そんな地獄の噂は聞くが彼にはまだ遠い話。

―――実際は聖錬もそれなりに地獄めいているが、そう一般人には知られていない。

 

「内臓は捨ててと、腿肉と背肉が美味しいのだっけ」

 鼻歌交じりに。てきぱきとウサギの角を切り分け、食肉を切り分け血抜きを行い、木の葉で包んで適量を持ち込んだ袋に詰めて持ち帰る。

 討伐の証明自体はギルドから配布される証明記録板(スタンプチップ)。

 これに討伐対象の遺伝子データを入れる事で既に済まされ、持ち帰る必要はないが。

「今日は肉が食えるね。ローズも喜ぶだろうし」

 彼はまだ駆け出しの冒険者であるカイトは、明日の食にも困る程度には困窮していた。

 

「一匹多く狩ったけど割安でもいいから報酬に足してくれるといいな。煙玉分ぐらいは補填したい」

 モンスターは知性を持つ者を優先的になりふり構わず襲撃する。

 それ故に与えられたのが、魔物と言う大雑把すぎる大別された人類敵のレッテルだ。

 だからこうやって駆除する事は誰にとっても正義であり、依頼外でもそれだけで報酬が望めた。

(駆け出しだけど、それ位は要求していいのかな)

 町にへと帰路に付く。

 ギルド側への交渉に少し頭を巡らしながら、行きと同じ様に警戒しながら確実の歩を進めて。

 聖錬だとそこまでモンスターと遭遇する事はないが、

 それでも誰もが人類の生息圏外に、長らく居座るなんて事なんて遠慮したいものだ。

 

 

 

―――聖錬汎用町【ラインセドナ】

ここは変哲もない田舎町である。

特色と言えば奇麗な水に、様々な地形に囲まれた自然豊かな所ゆえ、モンスターの被害が多い程度。

 

「ただ今戻りました。証明記録板はこれでいいかな」

「あ、はい。C級のカイトさん、でしたっけ?ただ今照合しますね」

【ヴェルニース亭】に袋を持ったまま訪れ、受付嬢の「ヒバリ・カイルン」に依頼の達成を話しかける。

 ここは町の冒険者の窓口となるギルドの一つであり、同時に酒場を並行して経営してる建物だ。

 ギルド規模としては小規模だが、これでも30人を超える冒険者の登録を行っている辺り、この世界の厳しさが垣間見れるだろう。

 

「はい照合確認取れました。【一角ウサギ】は四匹も倒されたんですね。情報は役に立ちましたでしょうか」

「勿論、役に立ったよ。視野優先て事で煙幕が効いたのは助かった。一匹多く斃した分ボーナスは付かないかな?」

「はい。きちんと頭数の報酬はお出ししますよ。四匹目は半額以下になってしまいますが、あと、角も採取したなら買い取りましょうか」

「お願いします」

 【一角ウサギ】の情報は口頭程度であるが、事前に説明されていた。

 更に望めば証明記録板で収集した詳しい情報の閲覧もギルドの可能であり、それこそがギルドの役目だった。

 モンスターを駆除し続けなければ人類が滅ぶ。

 故に殲滅をを行い続けるための互助組織、情報を収集しマンパワーを活かす為の最後の網。

 それが世界にとっての半官営のギルドと言う、半ば共通の文化的存在である。

 

「ではこれが報酬です。この調子で依頼をこなしていれば一年もすればBに上がれるかもですね。頑張ってくださいね」

「一年かぁ、わかった。ありがとうございました」

 1年は長いなと、内心で溜息をつき。

 袋に包まれたゴル―――この世界における共通通貨―――袋を手に取り、しっかりポーチに隠しながら外に出る。

 酒場での視線は半々だ。同情する者、嫉妬する者、疑いの眼を向ける者、様々にいる。

 まぁ大概の者は少年に興味など払わない。

 幼い者が冒険者(最底辺)になるなど、この世界では有り触れた事なのだから。

 

 

「あ、いたいた。やっと戻って来たんだ。おっかえりー」

「ただいま、そっちはどうだった、うまくいった?」

 冒険者宿に戻る途中に、ばったりと知り合いに遭遇した。焼けたの肌に露出の多いアーマー。

 部族の紋様らしい刺青を入れたショートヘアーの少女、今回は同行していなかったが、時折PTを組む亜人の少女「ローズ」だ。

 カイトと同じく駆け出しのC級、大剣使い。役割(ロール)は"ヘビーブレイド"、出身はアマゾネス(蛮族)らしい。

 役割(ロール)とは聖錬冒険者特有の文化で、読んで字の如く自身の役割を端局に示したものだ。

 彼女は山育ちの頑強な体躯と、錬気法の防御力で敵を叩き潰すパワーファイターであり、

 そして何よりカイトとの関係は、境遇や目的を同じくする【同志】であった。

 

「まぁそれなりにね、でもやっぱりレンジャーが居ないのはきついわ!【黄木の躯】って植物系のモンスターでね。毒は燃やせたけどあちこち探し回って走りって死に掛けたわよ」

「こっちも似たような感じ。この間、魔具と【情報屋】の手付金でも買って元手は全て吹き飛んだし、無理してでもゴルは貯めなきゃいけないはわかっているけど……」

 カイトが購入したのは<荷重の具足>(ハードポイント)という、身に掛かる荷重への負担及び許容量を強化する一般的なC級魔具だ。

 高い買い物だったが、未熟ながら二刀流という両手に重量物を抱え、身体を振り回す戦い方をするカイトにとっては、

 これを使う事で疲労がガクンと減った事を実感している。

「とりあえず疲労が減って少し余裕もできたし色々考えるよ。あ、そうだ狩ってきた兎肉居る?」

「あー要るわ、いるいる!もうお肉なんて滅多に食べれなくてさー。でもあたし料理できないから!そっちの宿部屋に行くわ」

「えー…、僕もそこまで得意じゃないんだけどなぁ、むしろ戦闘以外何かできるのローズって」

「うさっさいわ!アレよ、暇になったらあたしだって色々やるんだからね」

 更に彼はレンジャーという役割(ロール)をしているが、駆け出し故に技能と呼べるまでに発達しておらず道具を持ち込み補強していた。

 その道具を持ち込める量も増えたのだ。一つの魔具でも人間の可能性をこうも拡げる。

 

(ゴルの力って凄いよねぇ…)

 そんな強い実感、何とも世知辛い話だった。

 

 

 冒険者宿に付き、階段を上がりローズを自身の部屋へと案内する。

 

 この施設もギルドと同じく半官営だ。

 死亡の際に資産を半分どころか全部持ってかれる契約があるが、格安で借りる事が出来ていた。

「お邪魔しまーす。おー、相変わらず散らかってんのね。あたしのこと言えないじゃん」

「仕方ないだろ、レンジャーは荷物が多いんだ。とりあえずそこで寛いでて、適当に肉煮るから」

 鍋に水と乳を入れ、野草と根菜を少々追加し塩をまぶして簡単なスープにして煮込む。

 他の材料はPTの共有から引いとけばいいだろう。

 ほぼ固定で組む相棒である為、自然と割り切れない端数は、こうやって貯蓄する暗黙の了解ができていた。

 

「にしてもあれよねぇ、【情報屋】からの連絡も全然だし、前に進んでる気がしないのよねー。結構ボラれたし、本当に信用してもいいのあの【ワイズマン】って奴?」

「んー、多分腕は確かなはずだ。ボクは数回しか会ったことないけど、A級の冒険者だった【親友】のお墨付きだよ」

 カイトとローズの共通の話題、彼等はとある連続失踪事件を追う為に、情報と実力と信用を求めて冒険者になった。

 彼は事件を追っていた【親友】をその目の前で意識不明に。

 ローズは部族の外へ出稼ぎに行った【弟】を攫われて、その主犯を追っている。

 冒険者の重傷、失踪など自己責任。特異な事変の解明など一般人の手に余る。

 それはお互い理解していた。

 だが、彼等はこうして動いている。

 この世界では"有り触れた悲劇"に、我慢が出来なかっただけの甘ちゃんの【同志】であった。

 

 浮き上がる灰汁を取りながら会話。

 良い匂いがしてきた、もう肉が煮えてきたか。

 火を止め鍋をかき回し湯気が晴れた内に鍋ごと中心に持っていく。

 

「はい、できたよ。味はあんまり期待しないでね」

「おー、待ってました!」

 ローズが目を輝かせ鍋に箸を突っ込んで。お肉を優先して嬉しそうに口に放り込んでいく。

 予想はしていたので、こちらもお肉を優先して確保していく。

 お肉は戦争だ。特に体を資本とする冒険者にとっては尚更だと言えた。

 

「じゃあ週間くらい感覚で一本やってく?前にやった時はすぐへばったけど、今度は長くいけるんじゃない」

「お、お手柔らかにね」

 ローズが言うのは町の外れの立ち合い鍛錬の事だ。正面戦闘ではローズはカイトを圧倒する。

 マナが濃い場所にて育まれた頑強な身体、錬気法によるスタミナと爆発力、獲物によるリーチ差と様々な要因があるが。

 聖錬のC、B級程度の冒険者だと技量より、魔具を含めた身体能力の差が如実に出るのだ。

 

「そんな情けない事言わないの、頼りにしてるわよ!目撃者はあんたしかいないんだから」

「そうだね。頑張らないと、国も調査隊を出してるらしいけど、グールズと一緒で足も掴めてもいないし」

 調査隊と言っても名ばかりだ。

 国は本腰入れて動かない。一人二人の世間的には冒険者が時々神隠しに合う。被害者も十も越えていない。

 ただそれだけの小ささな事件故に、優先度がとにかく低いのだ。

 

―――【王国】の様に、自覚的な国の民の為の武器(武貴)を持つような国は少ない。

 

 カイトは時折起るこの失踪事変の唯一生き残り、これが事故ではなく事件だと観測したただ一人の人間だった。

 だから、絶対に諦める事はできない。

【自業自縛】

 一種のサバイバーズギルト、自身を責めたてる心の声が消えるまで彼は歩き続ける。

 

 

 

●●●

 

 

 

 過去の話。

 この地方で冒険者として名を挙げていた【親友】に誘われて彼も冒険者となった。

 そしてあの日、レンジャー技能の訓練の為、既に踏破され尽くした安全な遺跡を案内すると誘われて、ピクニック気分で出かけた。

 そんな少し刺激的なだけの日常のはずだった。

 

―――あの日の事は今も夢に見る。

 突然の空間異常、湧いてきた巨体の化け物、親友は一人でそれに渡り合って。

 自分さえいなければ、そう思う、後悔してる。化物は足手纏だったカイトにその異形の口を向けて…。

 それを庇った親友の背を幾何学の光線が貫いたのを見た。

 

【凍結記憶】

―――そこで彼の記憶は途切れている。どうやって助かったのかもわからない。

―――記憶自体もどこかノイズに塗れて、【親友の名前】すら思い出せない。

 

 

 その違和感にも気が付かぬまま、何処か噛み合わない少年は、ただ歩き続ける。

 これはその先にある物の物語。


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