ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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※過去アッシュたちの観光案内の話を想像で膨らませて話にしております。
 その為『覇濤』の実情がかなり違う可能性があります。
 ご承知おきお願いします。


灯台【運命の預言盤】

 

【覇濤首国クトゥルー:セレクティブ】

 

 あの後、彼らの徒党は特にトラブルに見舞われることもなく、護衛の依頼を完了した。

 捕らえた盗賊の下手人を引き渡し、一日体を休めてその翌日の事。

 達成した護衛のキャラバンの人に聞き、【覇濤・セレクティブ】信頼のおける冒険者宿に登録し、荷物を置いてまずは市場へと外に出た。

 

しかし。

 

「まいったなー……」

 そこまでは順調だったのだが。

 若葉の少年は市場のガヤに流されながら、澄み渡る空を見上げる。

 

 先までの光景を思い返す。

『―――本当に見た事のない形の野菜。見た事のない色の果物、見た事のない生き物……っ』

 新鮮な食材なんて基本的に長続きしない。

 マナによる"属性現象"という、何事も偏られる歪な人魚鉢の世界である、冷蔵自体は容易い。

 しかしそれを、ヒトの都合よくを維持しようとすれば、相応の知識とコストがかかる。

 そも、人類敵対種(モンスター)が溢れるこの世界に、遠くに運ぶこと自体がリスクである。

 だからこんなにも、気候に縛られず多様な食材が一斉に介する光景は、他で拝むことは出来ないだろう。

 それが、海の幸混じりとなんて言うならば尚更にであった。

 

「初めて見るからってはしゃぎ過ぎたなぁ」

 若葉の少年は自炊するし、誰かに料理を振舞うことも多い。

 まるで異形めいた見た目の八本足、刺激的な色と香りの香辛料、横たわるトンでもサイズの魚。

 食材に興味ない料理人などいない。顔見知りに振舞う程度の趣味でも皆そうだろう。

 その色とりどりに胸が躍る光景だった。

 きっと、この場にミストラルがいても同じような反応をするに違いなかった。

 だから目を惹かれて、手に取って名前を聞いて、その使い方を聞いて。

 

 そうこうするうちに、一緒に行動した仲間と逸れてしまったのである。

 

「思った以上に人が多い。風もつかめないしこれが海風って奴なのか」

【田舎育ち】

 若葉の少年はため息をつく、これでは、まるで子供であると一人呆れる。

 とにかく『覇濤』は想像以上に人が多く、そして狭かったのだ。

 

 土地が足らないのか建物感を縫うように、経路が入り込み複雑にめぐっている。

 

「町の中じゃ太陽の向きで測るのも限界があるかな。そもそも人込みのせいで真っ直ぐ進めない」

 彼等が徒党(パーティ)の活動拠点である『ラインセドナ』など、人口千人程度の田舎町もいい所である。

 かつて一度足を踏み入れた戦姫が常駐する大都市『ヴァーミリオン』ですら、

 ヒトの多さに肌に合わないと感じたくらいだ。

 人類最大の生存域『聖錬』に接続する、物流の玄関である港町覇濤はその非ではない。きっとそれこそ巡る金の量の桁が違うのだろう。

 

パシンッ!

「……っ!おっと、ぶつかったかい坊主。ごめんよ!」

「あ、いや大丈夫です」

【ス■の手】【器用な手先】

 地図と睨め返しながら、通りすがり人を躱してまた道が逸れる。

 とっさに叩いたが、先の男の手が、こちらの懐に手が伸びていたのはきっと気のせいだろう。

 

 先ほどからこういうことが何度もあった。

 

「んー地図も水路のせいでルート取り難しいし、とにかく高台に行きたいんだけどなぁ」

『腕輪の担い手』【レンジャー】【精霊術師】

 先程から歩けど歩けど、思った通りにすら進めない。

 海風に鼻がうまく効かない。どうやら機械(マシン)の類も含めて雑音が多すぎる。

 腕輪の担い手として拓かれた、電磁波に反応する第六感と雑踏が混ざる。

 手元の地図への目線の集中も併せて、彼は多少酔い気味であった。

 

 元々に徒党(パーティ)において先導役だった半端な自信が、逆に足を引っ張っているかもしれなかった。

 

 疲れに目を瞑って揉む、そんな中である。

ブィイイイン、シャァァア!!

 突然に近くの水路を通った水上バイクが、通ったなと呑気に流し見て。

 それが、突然に華麗なUターンを決め、派手な水しぶきを上げ近くにとどまる。

 騎乗には『観光案内!』と書かれた看板を片手に、特徴的なクロークを羽織り、小麦色のサイドテールを揺らした同世代の少女が乗っているだろう。

 

 そんな男勝りの少女はサングラスをずらして、ウィンクを決めながら―――

「よぉ!もしかして連れから逸れて迷子かいお客さん!」

「わっ」

『白磁のクローク』【深緋の瞳】【胸部装甲・貧乳的な】

 まさしく跳ねるような快活な声を掛けられた。

 その覇気に溢れた声に、驚いて思わず手から地図を落としてしまう。

 

 そんなこちら様子を気にする様子もなく、少女は続けるだろう。

「きっと水路の方が探しやすい。よかったら乗っていくか?お代はしっかりいただくけどな」

「……!え、あ。びっくりしたぼくのこと?迷子は迷子だけど」

 突然の事、背後を振り向いた、声を掛けられるような該当者はいなかった。

 どうやら、声かけられたのはまぎれもなく己の事らしい。

 もしかして噂に聞く美人局か何か、それは困ると思いながら。

 

 改めて困惑に視線を向ければ、背後に伸びる金属製のアンカーが特に目を引かれるだろう。

 

「なんだ、もしかして戦船(メンタルモデル)を見るのは初めてなのか?」

「メンタルモデル…?海で鋼の城を操るっていう……、ええ君がそうなんだ」

『軽巡艤装:クリーブランド』

 男勝りの少女はその視線に気が付いたのか、スカートを揺らしくるり回って短い背中を見せる。

 背中に接続されたそれは、彼女の体の一部であると示す様にがっちりと根付いていた。

 

 "メンタルモデル"、かつての親友の言葉から聞き覚えがあるだろう。

 数千トンに及ぶ鉄の塊である艦船を操る―――

 スケール違いの機巧繰りの一種、それを可能とする改造人間である。 

 若葉の少年はそれこそ聞き及ぶそのスケールから、勝手にきっとロボめいた存在を想像していたのである。

 

「そうさ、あたしは"クリーブランド級"一番艦(フラグシップ)、『クリーブランド』だ。よろしくなお客さん!」

【クリーブ兄貴】【自信家】

 男勝りの少女は己がそうであることを誇らしげに腕を組み、自己紹介するだろう。

 経験則。きっと、意志の力というのは眼に良く現れるものだ。

 自信に溢れた目だ。迷いなく自分の道を歩いていく親友に重なる眼である。

 その小麦色の髪は、水面に揺らめいて煌めく光に照らされて―――

 

「―――きれい」

「?」

「や、なんでもない。気にしないで」

 若葉の少年は呑まれるように自然にふと呟いてしまって、気恥ずかしさにはっと口を紡ぐ。

 デジャブ。

 誰かの先を歩く人、歩いた先に意味を魅せる明星の人、そういう人の匂いがする。

 何処か親友と似ている。自覚しているが、きっと彼はそういう人が好きだった。

 

「とにかくお客さん乗るのかい、乗らないのかい。あたしとしては乗ってくれると嬉しいなーって」

「うん、きっと渡りに船。お願いします。貴方は悪い人じゃなさそうだから」

「へへ、毎度ありだー」

 看板にあった金額は、観光地価格というべきか手痛いモノだったが、

 若葉の少年はもうこんな所で迷った方が悪いと割り切る。

 差し出された手を取って。

 引っ張り寄せられて、水上バイクの後部に足を掛ければ、重量が傾いたか船が揺れる揺れる。

 

「ところでお客さんの名前は?その恰好、冒険者なのか?」

「カイト、リウ村のカイト。まぁ一端には冒険者やってる」

 軽い調子の自己紹介を済まして。

 ただ複数人乗り用であるか、まだスペースには余裕があった。

 

「行先はどうするんだ?」

「この地図の印巡る予定だった順番に、見つかんなくても最終的に登録した冒険者宿につけばきっと合流できる」

 地図を手に『鴎の子守歌亭』と記しされた場所へと市場と店を指を引く。

 とにかく今日の彼らは、店を市場を転々とめぐって滞在の為の色々を準備する予定であったのだ。

 

 その最中で合流できればそれでよし、できなくても最終的に拠点の宿で合流できるだろう。

 

「ふむふむ、このルートなら色々と寄れるなついでに案内してやるぞ。スピードはどうするかい?」

「普通で」

「よしきた!」

 その声に応じて。

 勝気な少女はサングラスを掛けなおしアクセルとハンドルを握って、水路を走り出すだろう。

 楽し気なその目に、その笑顔に間違いなく悪い人には見えなかった。

 

 

―――シャアアアアアア!!

 

 

「おー気持ちがいい」

 風景が流れていく水しぶきが頬を濡らす、海風が流れていく。

 頬を叩く風に鬱屈した酔いが晴れてゆくだろう。

 先まで壁の様な人込みに歩いていた様とは、かけはなれて爽快な光景である。

 

 また風景が流れる、バイクが三叉に交わる水路を曲がる。

「ヲ!ヲー!!」

「おーっす、さっきぶりー今度は仲間と一緒か」

『水妖霊(ウィンディーネ):チ級』【海魔柱:眷属】【水上歩行】

 その最中に、同じ顔をしたモノクロトーンの肌に触手が漂う異形の女形とすれ違った。

 きっとあれが魔王の眷属という奴なのだろうと、同じ顔が進む光景にマネして軽く手を振って。

 

「いやー、にしてもあたしに声かけられたのはラッキーだってお客さん。見るからに田舎の人って感じじゃないか」

「あー。そ、そう見えてます?」

「いや悪い意味じゃないぜ。ただそういうのはお上りさんだと思われてスリに狙われやすいし、質の悪い引き込みに狙われやすいんだ。だから地図ばかり見ない様に、この機会にちゃんと覚えていこう」

【世話焼き】

 最中、彼らの間にそんな何気ない会話が流れていく。

 勝気な少女はその悪気ない指摘に、どうやら典型的な田舎者の仕草をしてしまったらしいと、若葉の少年は急に気恥ずかしさに頬を掻くだろう。

 

「それに最近は『港の吸血鬼』騒ぎあるしなー」

「ん?それはどういう話」

「いや、まるで吸血鬼めいた所業の通り魔だ。襲われるのは若い女ばかりだと聞くけど、用心だ特に夜は出歩かないほうがいいぜ」

 物騒な話を頭の中で、聞き覚える。

 どこもかしこも不穏な事はあるらしい、しかしきっと近いうちに警邏が解決するだろうと彼女は笑う。

 

 魔王の眷属、水妖霊(ウィンディーネ)が常駐しパトロールするこの街において、

 その水路のテリトリーからの監視網により、事件事故の解決率は9割を誇るのだから。

 

 だからそれは近いうちに解決する。おおよそ些事である。

 さておいて。

 

「それでどうだったお客さん。この『覇濤セレクティブ』は凄い所だろ?」

「うん、凄かった。それにまだ市場の一部しか見れてないけど色々なものがありすぎた。その中だと―――」 

 若葉の少年は問いかけに思い返した。特に色とりどりの模様の品揃えを想い言葉に表す。

 しかし元々に、彼の気質に突飛な挑戦心はない。

 だから、特に印象に残って覚えているものは、きっと普段使う様な類になる。

 

「ぼくが料理によく使う"チーズ"だって知ってるものと形が違った、丸い状態で積み重なって中身を切り分けたら色も匂いも違う、カビがコクになるなんて考えたことなかった」

「ほへー、地味な所に目をつけるじゃないか、お客さんは自炊でもするのか」

「まぁ手慰み程度には、徒党(なかま)の中だとぼくともう一人(ミストラル)の役回りだから」

 市場に積み重なる紙に包まれた丸いチーズの山、

 家畜の乳で作られたチーズがあった。モンスターの乳で作られたチーズがあった、様々な環境において熟成されたチーズがあった。

 

 元々に保存食である。きっと持ち帰っても色々と使えるだろう。

 きっと、思い出だけにはならない。

 食事に関するものは生きていれば、ずっと使える人生の彩である。

 

 

 

 

●●●

 

 

 

―――『喜望峰の灯台』

 

 そして。

 

 そうこうするうちに再び派手に水飛沫を切って、バイクは留まる。

 近くには百数mに及ぶか、巨大な巨大な白磁の塔が見えた。

 勝気の少女はハンドルを手放して、その頂点を指さして誇らしげに言う。

 

「ほら、ここが案内したかったとの一つ!私たち(メンタルモデル)の夜の女神様、セレクティブで一番高い『喜望峰の灯台』だ。ここから街が一望できるぞ!」

「おー、行きたかった高所だ。助かりますここから見渡せれば……」

「ちぇー、なんか反応がうっすいなぁ、やっぱ灯った時じゃなきゃダメか夜ならそりゃすっごいんだぞ!」

 灯台を上って、その視点から地図を広げて眼下の光景と照らし合わせる。

 きっとこうやって全体として大体のイメージが描ければ、きっともう迷うことはないだろう。

 

 若葉の少年は灯台自体より、そういう役割に染み付いた思考に見上げていれば。

 男勝りの少女は期待外れだったが、その反応に不満げにジト目に見るだろう。

 

 そして灯台を―――

 

「あの、すぐ戻るから待っててもらっても、この高さの灯台昇るのは無駄に疲れると思うから」

「何言ってるんだよ。あたしは観光案内を買って出たんだ、もちろん着いていくに決まってるだろ!」

 

「……そういうもの、かなぁ?」

【世話焼き】

 訝し気に首を傾げて、灯台を、ただひたすらに頂上を目指して昇る。

 そんな中、男勝りの少女は何処か楽し気に、とある方角を角度を身体に隠しながら。

 とっておきを隠す子供の様に、鼻歌交じりに後ろを着いていくだろう。

 

 そしてたどり着いた灯台の頂上にて、肩を叩いて。

「ほらほら、見て驚けお客さん!あっちの方角に見えるが『セレクティブ軍港』だ!」

【自信家】【クリーブ兄貴】

 演技めいた所為、小麦色サイドテールを揺らしながら、手を拡げて立ち退いて視線を誘導する。

 そして目に飛び込んできた光景に思わず息をのんだ。

 

 ここに足を運んだ目的も吹き飛んで、眼を引き込まれる。

 遠方からも一目瞭然、話には聞いていたが、余りにも圧倒的であった。

「―――っ!」

 埋め立てられてた桟橋、そこに立ち並ぶクレーンと、係留される弩級の戦舟の"群れ"。

 整然と規則性を持ったように並ぶ大砲、針鼠の様に配置された機銃の威圧感。

 水抜きされた鋼の囲い、船体を整備させるドックも目を引くだろう。

 まるで砦の様なサイズの鉄塊が、それを運用する為の施設共に、整然と並んでいるのである。

 

「―――凄い。ほんとうに、大きいなぁ……っ」

 そして一呼吸息を吐いて、やっと絞りだした言葉がそれである。

 やはり話に聞き及ぶのと体験ではこんなに違う、若葉の少年は浮力の理屈なんて知らない。

 だからその光景がまるで別世界の光景、非現実的な魔法的な何かにしか思えないのである。

 

「そうそうその反応!そういう顔が見たかったんだ。沢山艦艇が並んでるだろ?一番大きいのが『空母』と『戦艦』大規模軍事行動の要で―――』

 その反応を見て、勝気の少女は満足げに頷きながら。

 そこに並ぶ艦種を説明していくだろう。

 

「―――でー、端に留まっているのが『駆逐艦』、戦舟の中で一番小さいけど小回りも利く鎮守府の要なんだ」

「アレで一番小さいんだ。もう砦みたいな大きさなのに。メンタルモデルって事は貴方もあれを操れるの?」

「ん?そりゃあたしの"クリーブランド"もそこにあるからな。すっごいだろ。やっぱ男の子はこういうの好きだよなぁ、かわいい所もあるじゃないか」

 ふふんと、少女は得意げな笑みに勝ち誇りながら。

 

「まぁ流石に『軍港』に入れらんないからなー、多分ここが一番戦舟を全体を見れるところだと思うぜ」

 その仕草はやはり普通の女の子のようで―――

 どうしても、あのド級の鋼の城を操りうる機巧操りとしての姿と結びつかないだろう。

 それも見ていて何処かアンバランス、不思議で奇妙な感覚だった。

 

 一通り説明して満足したのか、少女は風を感じに灯台の端の方へと走っていった。

 

 若葉の少年は釣られて着いていき、再び眼下を見下ろす。

 鉄と海の青とのコントラスト、やはりそこに拡がる光景は何もかもがスケール違いである。

 今ちょうどゆっくりと水蒸気を噴きあげて一隻の船が港を出港した。

 それは決して早くはないが、重厚感あふれる動作はそれに用いられている力を表すだろう。

 

「いいところを教えてもらった。後でみんなで一緒にこよう」

 若葉の少年は風を感じながら、感傷に浸る。

 

「うん、やっぱこの世界は拡くて知らない事ことだらけだ。こんなに高い所なのに、海だってどこまでも青いし大きすぎて全然果てが見えない」

【田舎育ち】

 初めて目にした運航路(シーレーン)を護る人類の力、海原を行く鉄の船の群れ。

 それは一般に、例えて『英雄』と同じだろう。

 きっと安心に変わるもの、明日も知れないこの厳しい世界において信じられ得る切り拓く灯だ。

 これは未知を踏破して先駆けの汽笛を鳴らす文明の火の一つである。

 

「ねぇこれをどう感じたんだろう。親友(オルカ)は」

 ほんの少しだけ、見た景色の一端に追いついた。

 きっと過去に覇濤に訪れて、かつて同じものを見ただろう"親友"に思いを馳せる。

 

「あいつならきっと、この光景に目を輝かせて戦舟に乗せてくれって頼み込んだんだろうな」

 自身の呟きと想像の声も重なって、おかしくて少し笑う。

 きっと厳重な管理をされているに違いない。権力かコネがないと近くで見ることさえできないだろう。

 それでもアイツなら何とかして、希望を叶えたに違いなかった。

 だってそれがやりたい事なら、アイツがそれを譲る事なんてありえないのだから。

 

「さて、やることやらないと」

 それはそれとして。

 改めて、軍港から街の方向へと向き直り、灯台の床に地図を拡げ重しを置いて。

 この風景と地図を照らしなおしながら時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 ●●●

 

 

―――『セレクティブ:旅宿舎区画』

 

 

 そんなこんだで、地図と風景を照らしなおし終えて。

 若葉の少年は灯台の上から、街の経路のマッピングを済ませて灯台を降りてきていた。

 

 その後。

 再び水路を水上バイクで行きながら、印をつけた場所をめぐっている。

 しかし、残念ながら徒党の仲間とは、予定の場所を巡っても未だに合流できる様子はなかった。

 どうやら、一度逸れてしまった時点でルートを変えたのかもしれない。

 そうだとしたら申し訳のない事だった。

 

「この街はぎちぎちに詰まってるね。きっと水路と陸路が交差してる分、場所が限られてるのかな」

「んあ?言われてみたらそうだけど、やっぱり地味な所に気が付くんだなお客さん」

 若葉の少年が描いた風景と想像で照らし合わせ、地図をなぞりながら何となしに呟いた言葉に。

 勝気な少女は反応する。指を顎に当てて考えて見て。

 

「まぁこれ水妖霊(ウィンディーネ)の為の水路だからなー。人が動ける範囲が狭いのは仕方ないのかもな。その為に水上バイクとか、カヌーとかの手段があるし、認められた場所ならイカダの上で商売していい事になってるんだ」

「ん、そうなんだ。生き方が違うどうしが一緒に暮らすからか、不思議だけどよく考えられてる」

「いちいち感想が真面目だな、冒険者って奴はみんなそうなのか?」

「多分、役割(ロール)によると思う。僕の役割(ロール)『レンジャー』だから、歩いてる場所くらい知っておかないと」

 若葉の少年は、今回は初見の場所に人込みと空気に酔って迷ってこの様だと、一人ごちる。

 そもそもが、野外活動を専攻する意味合いの役回りだが、それでも情けない事である。

 勝気の少女はそんな自嘲を、あんま気にしすぎるなと、からっと笑い飛ばすだろう。

 

 そうやってまた、気楽な何気ない会話を繰り返しながら。

 水上バイクが水を切り裂いてブレーキをかける、最後の目的地へと辿り着くだろう。、

 このブレーキは底面にある特殊なラバーフィンを展開して、水との抵抗を増やしているらしい。

 だから、こうしていちいち大袈裟な飛沫が巻き上がるのである。

 

 目の前にあるのは中規模のペンションの如く、小洒落た木造の建物がある。

 ここが彼らの利用する冒険者宿『鴎の子守歌亭』である。

 稼いだ冒険者もよく利用する観光都市だからか、何処か冒険者宿さえ整っている。

 巻き上がった飛沫に、口に混じる塩味を微妙に呑み込みながら。

 

「よしっ、これで最後の目的地『鴎の子守歌亭』だ。本当にここで終わりでいいのか」

「うん、合流できそうにないから、やみくもに探し回るより帰ってくる場所で待ってる方がいい」

【レンジャー】【野狩人Lv3/5】

 街の構造も、主要な経路も覚えた。これで少なくとも迷うことはないだろう。

 得意にする場所は違うが、何事も共通するものはある。

 若葉の少年は既に、空白からの観測で地図を描く事が出来る位には分野に専攻しているのだから。

 

「おっと」

 そして水上バイクを降りる。

 久しぶりの揺れない地平に、ふら付いて少し違和感を覚えながらも向き直って。

 

「本当にありがとうございました。クリーブランドさん、おかげで楽しくて収穫もありました」

「毎度アリー!なにあたしも楽しかったさ、じゃあなーカイト!仲間と一緒にこのセレクティブを愉しんで行けよー」

 頭を下げて感謝を告げる。

 最後まで唐竹割ったような、人の間にある湿気を吹き飛ばす様な熱のある少女だった。

 旅先での袖すれ違う縁だ。おそらく、きっともう会うことはないだろう。

 だからこそ、この価値ある一期一会と巡りあわせに感謝しながら。

 

 走り去っていくバイクに、手を振って別れを告げるのである。

 

 

 

 

―――そしてしばらく後。

 

 

 

 若葉の少年は手持無沙汰に。

 冒険者宿に置かれている本を読みながら、待ちぼうけていると。

 

 ガサガサと扉を開けて入ってきた見知った影を捉えて、安堵の声が漏れる。

 

「あーいたぁ!まったくどーこ行ってたのさカイト!」

「ごめんローズ。本当に面目ない」

【怪力】【ムードメーカー】

 帰ってきたローズがこちらを指さして声を上げるだろう。

 流石の怪力か。当初の予定通り、その両腕には買いそろえた食材や滞在するときの消耗品などを抱えている。

 

「その、今までずっと探し回ってたりした?」

「いやアンタの事だし、リコが大丈夫だって言ってた心配はしてなかったからさー。こっちはこっちで好きに回ったわよ」

「よかった。ありがとリコ」

「―――……ぶい」

【憑依具】【人見知り】【倖せび花冠】

 人見知りに隠れていた少女が、形を結んで小さく主張する。

 儚紅の少女は、絆の双刃に宿主とする精霊であり、そこから奪った故の同属性の半身である。

 遠方にいようと、互いに状態位は感知できるだろう。

 

「そんなわけだ。別に気に病む必要はないわ。私もお酒の類を思う存分選んだ。やはり『覇濤』は物の入りがいい。『桜皇』の"米酒"なんて内陸じゃなかなかお目にかからない」

「そうやって買ってもあんま呑まないからたまるばかりじゃないセンパイ、もったいなくない?」

「なに、こういうのは気分によって開ける酒を選ぶのが楽しいんだ。今は君ら(飲み仲間)もいるからな、そうなれば数を集めるしかないだろう?」

「ふーん、そういうもの?大人の趣味ねぇ」

【お酒コレクター】

 どうやらお酒も千差万別という奴らしい。

 ガルデニアは上機嫌に、封である紙束に包まれた少し高級な雰囲気の酒瓶を見せる。

 

 お酒集めは彼女の少ない趣味である。いいものが手に入ったと満足げだった。

 

 話は切り変わって。

「それにしても珍しいな君が、初めての場所とはいえ迷うなんて」

「ん……少し酔いました。雑踏もそうだけど機械(マシン)の類がこんなに多いとは思わなかった」

「ああ、その"体質"か。まだ慣れ切らないのか難儀なものね」

 若葉の少年は苦笑いして頬を掻く。

 腕輪の担い手としての電磁波の可視化という第六感は、後天的に生えてきたものだ。

 今は『碑文八相』特有のノイズはないが、チラチラ奔りながら地図に集中すれば、どうしても違和感は拭えないのである。

 

「でもこっちも収穫もありました。『喜望峰の灯台』に案内してもらって、そこから地図と風景を照らし合わせたからもう迷わないと思う」

「……もしかして、その案内人って女の子?」

「ん、わかる?メンタルモデルのカッコいい女の人、良いヒトだった」

「匂いでわかるわ、ばーか」

【束縛願望】

 どうにも一度呑み込んでしまう為に、どうにも垣根の低い相棒のジト目に見つめる。

 彼女の相棒はなんでもない顔して、大体居心地のいい距離に座ってるのだ。

 

「はぁぁぁ」

「なにその溜息、一人で抜け駆けしたみたいになったのはごめんて」

「そういうんじゃないわよ」

 しかし、そういう所も好きだから深い溜息に溶かすだろう。

 

 そうこうして彼らの、覇濤での二日目は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 





相変わらず楽しそうなクリーブ兄貴姉貴。
なんか書いてて気質が噛み合わないから、ヒロインになる気がしねぇ……!
元がヒーローユニット想定だから、自立し過ぎである。

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