ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】 作:きちきちきち
―――【襲撃の翌日:クリーブランド居室】
襲撃の夜の後。
"ゼロと呼ばれるオリジナル"、認知さえない星の外からの遭難者、その劣化模造品。
そんな
故に、多少のケガ自体はたいして問題ない。
医者は言う、毒は既に代謝に抜けたらしい。彼女は血液検査の後に健康体と判断された。
その結果を聞いて勝気な少女は礼を告げ、平常を取り繕ったまま自分の部屋に戻っただろう。
出会う誰にも心配なんかかけない様に、最後まで強がって。
しかし、部屋の中、塞がった噛み疵を撫でる。
自分の部屋に戻ってそのセーラー服を纏ったまま、お風呂場にて。
キュっキュ……!
少女は無言のまま蛇口をひねる、流れる水に身を任せシャワー浴びる。
シャー………っ!
「……うぇ……ぇぇ」
嗚咽。
普段、サイドテールに纏められている小麦色の髪が、無造作に流れて張り付く。
俯いて濡れた服が重く重なり、そんな事も気に留めず水に流れる。
『吸血鬼』
思い返すのは、その悍ましい吸血、痛みと痺れを伴う髄を舐め回される感覚。
官能の神経を引きずり出され、恥部を。
無遠慮に撫でまわされるようなそんな屈辱的な感覚である。
【吸血鬼の如く】【鮮赤の牙】【魅了の金眼】
それは泥を啜るような環境の発生した、三大欲求たる捕食行為と生殖行為の合わさった。
そして、それをただ大人しく押し付ける為のエモノを捉える"媚毒"、そう言う生態の再現だ。
まさしく自己満足、例えて
張り付いたセーラー服から水滴が滴る。
冷たい冷たい。あえて冷たい水に身体を浸す、火照った身体ごと洗い流そうとするように。
「……うぇ…えぇぇぇ…なんで、気持ち……悪ぃ……」
しかし、冷水に流しても流しても―――
それでも身体の火照りが、あぁ浮かされるように発情させられた感覚が抜けない。
少女は人前では強がっていた。
しかし望まぬ反応に、潔癖症という訳ではないが、確かに穢されたような感触がある。
あのまま、あの"吸血"に貪られていれば、
きっと己の身体は逆らえなくなってた、それは例えようがない確信である。
思い返す、痺れる惚ける抵抗できない、悍ましい。
蹂躙される、悍ましい
凌辱される、心に宿る夢ごとただの肉袋として、悍ましい。
きっとあの媚毒は、例えて麻薬のようなものだろう。快楽にあらがえる人間は多くない。
非合法の奴隷船の拿捕、かつての勇猛なる戦士と呼ばれていた誰か―――。
一度の敗北、過ちに漬込まれて見る影もなくなった様を目にした事もある。
そして犬のように与えられる快楽に尻尾振る。そんな情けない己の"もしも"の想像に、心がかき乱される。
あり得た話だ。
事実。あの状況にて血の疼きと、魔眼に一瞬でも魅入られて"身体が屈して標準がぶれた"
【自信家】【乙女心】
積み上げた鍛錬は絶対だ、それがぶれる事なんてありえないと信じていた。
吸血鬼にとっての生殖行為、己を頂点とした血の血族に対する隷属能力。屈辱的で怖かった。
同時に身体が覚えたそれが矛盾して気持ちが悪すぎる。
きっと、それとは反して年頃の少女の身体はそれを慰める方法を知っている。
だから。
「……ん」
洗い流そうとする中。
無意識に身体を服の上からまさぐる。濡れたスカートを巻き込んで内股を擦り合わせる。
やはりまだ何処か身体の調子がおかしい。
「………あぅ………ん!」
背筋に奔るもどかしい。
冷たさに、衣服が張り付いてこすれてより身体を刺激するだろう。
刺激を刺激を拙い指先に、これは寒いからだと誤魔化して太ももに潜らせるように。
あの戦場には、"吸血"のそれとはまた違った快感があった。
脳裏に過るのは混ざった想起、勝気の少女は割と戦う事が好きな性分である。
上書きする様に、近く知り合った若葉の少年が思い浮かぶ。
思い返す様に。
熱、火花散って鮮血との競り合いに、己を庇った鋼の閃き、苛烈なまでに呼応する炎の花。
戦場の熱に浮かされたがごとく、荒くなっていた。
惚ける頭に身体を重ねる様に、呼吸を合わせたリズムをかっちり嵌った。
刹那にリズムを併せて、足踏みに拍を叩いて紡いだ
メンタルモデルの主戦場は海だ。思えば誰かと、あんなに息があったのは初めてだった。
【パッション・テンポ】
発情、吊り橋効果、極限状況にそれが合わさり"錯覚"しているのだろう。
誤魔化す、上書きする様に、それ自体に結びつく。
確かに彼女にとって、その生きるリズムの重なる"砲撃"は今の今まで生きてきた中で、一番キモチガよいものだった。
「ン………ン―――」
ススっ
思い返して夢中になる、未成熟な身体、こすれる、上気する吐息―――
昇り詰める様になにかが、近づいてくる。勝気な少女は譫言のように思うだろう。
(あたし……何してるんだろ、こんなのおかしい)
訳が分からない。こんなの自分じゃない、さっさと全て洗い流してしまいたい。
そう思いながらも一度触れてしまえば、彼女は止められない。
「…んあ……んんんんっ―――!」
そして張り詰めた糸がちぎれる。
ビクンッ……!
堪える様に身体を震わせて、弾ける様なそれに息を上げて、座り込んでしまう。
「はぁ……はぁ……」
余韻に浸る様に頭が痺れる程にシャワー室の天井を見上げて、
独り言ちるだろう。
「なにやってるんだろ……こんなのかっこわりぃ、こんなことしてる場合じゃないんだ」
溜息、脱力感。放心の中に呟いた。
きっといやな感覚を、上書きしたいとでも思っているのか、こんな事を重ね合わせて。
しかし多少、性欲が晴れたからか。
「アイツは大丈夫か、今なにしてるかな。病院に叩き込んだけど」
【世話焼き】
人恋しい。
性分からか、今はどうにも誰かの世話を焼きたくて仕方ない。
ぺちん!と
生理的嫌悪感を追い出す様に頬を叩く、落ち着いてきた。自身に活を入れるそれだけで十分だ。
「……あたしだけじゃない。きっと少し眠ればこんなの、すぐ忘れるさ」
勝気の少女は強がる、こんな女々しい手癖は一時の気の迷いだと。
そうやって明星の少女は、服を脱ぎ変えて。
寝巻に着替え、布団に潜り込む。
眠り忘れようとする。かっこいい自分であり続ける為に、見据える先があるがゆえに。
立ち歩み続けねばならないのだから。
少女に芽吹いた疼きの感情を、胸の奥に片づけて眠りに浮くのだった。
●●●
2日後。
―――【覇濤の港】鎮守府の中。
近くに海の音が聞こえる。汽笛の音で建物が震える。
穢れを知らない白く染まった部屋、清潔なシーツ、それはきっと典型的な病室の光景である。
「慣れない匂い」
田舎育ちの彼にとって何処までも清潔な消毒液の匂い。汚れを拒絶する白亜の光景。
そんな中、風と土の匂いに馴染んだ若葉の少年が居心地悪そうに呟いた。
きっと、こんなことしている場合ではない。
敵がいた。
不意の襲撃に噂に騒がれる"港の吸血鬼"と遭遇し、確かに交戦した。
しかし、足止めされている困ったように、どうしたものかと呆然と虚空を見上げるだろう。
「これ位の火傷で、大袈裟だと思うんだけどなぁ」
肩を捲って残る程度の傷跡を見て、不満の愚痴をこぼす。
戦闘特化の冒険者である彼にとって、有事においてこの程度疵日常茶飯事だ。
鮮血の杭は髄にすら届いてない。そんなもので足を止める理由になることはあり得ない。
そう思いながら、若葉の少年がなぜこんな所にいる経緯と言えば、
ちょうど、二日前の出来事を思い返す。
―――夜中の覇濤の路地。
あの後、襲撃に駆け付けた"眷属"たちと素直に合流して、事情の説明を任せて。
彼は終わるまで夜風に空を見上げていた。
『覇濤』出身ではない彼に、"眷属"の言葉はわからない。
【精霊術:使役精霊】
その間、髭犬を模ったの焔の妖精が、周囲をうろうろ不安そうに漂う。
距離が離れて吸血鬼の匂いを追いきれないらしい。単純な妖精だ命令を果たせずループする。
あくまで象形文字と、とある忠犬の艶毛を媒体とした情報の投影であり、肉の器がなければ本物に匹敵するような嗅覚はあるわけもない。
『―――ありがと。もういいよ』
ぼうぅ
これらは若葉の少年の身勝手で生み出した急造の"妖精"である。
揺れる炎の輪郭を捉えて撫でる。己に従ってくれた事に感謝を込めて。
呪印術、右腕に象形の塗布を
そうこうするうちに、"眷属"たちとの話が終わったらしく、その動きが慌ただしくなる。
どうやら、話がまとまったらしい。
『―――あ、話は終わりました?じゃあ僕は冒険者宿に戻るから、誰か同行してもらえると』
その後は。
仮にも襲撃後、単独行動は危険だ。
この騒ぎに駆け付けた"眷属"たちに、冒険者宿に同行してもらおうと。
早くに今回の襲撃者を
しかし。
ガシッ!
『―――ダメに決まってるだろ!まず病院だ病院、その傷でそのまま帰すと思うなよ!』
『え、え?』
【クリーブ姉貴】【世話焼き】【怪力】
勝気の少女にそう剣幕に迫らて、文字通り首根っこ掴まれて連行させていた。
そして夜に関わらず、急患として病院に放り込まれたのである。
そして連れてこられたのは、『覇濤』の鎮守府の中にある専門病院であった。
つまりは『覇濤』と言う国の直営だった。軍港がこんなに近い。
町の病院とは明らかに設備が違った、言うならば冒険者の感覚では、"大袈裟"に処置されている。
怪我としては、血の干渉を避けるために自ら焼いた自傷ばかり、自業自得である。
窓の外を、見渡す。
「真近で見るとほんど大きな、船。本当にあんな鉄の塊、どう浮いているんだろう」
若葉の少年は、現実逃避を含めて窓の外を眺め、悠然と動く鋼の城に呟いた。
今からかかるであろう"治療費"に頭を悩ませる。
「……覇濤の『鎮守府』の中に、こんな形で足を踏み入れる事になるとは思わなかったな」
本来、機密であろう在野の冒険者には無縁の『鎮守府』の中である。
窓の外には海、港の光景、眼下には巨大な巨大な洋上の城が重々しく動くのがみえる。
汽笛のたびに、建物全体が揺れている気がした。海上の城が汽笛の余波すごい迫力だった。
きっと過去に『覇濤』にて、
この距離でそれを見られるのは、ただの観光客には許されない。
きっと、在野の彼にあってすこぶる幸運なことなのだろう。
しかし、それを素直に喜べない。
「はぁ……『覇濤』での仕事、増やさないといけないかも」
そう呟いて、溜息をついた。
きっと、一流の仕事には一流の価値がそう"値段"がある。
それこそ彼の手持ちでは、まともに"治療費"が払えない可能性だってあるかもしれない。
人にとって街に中で、"カネ"がないのは首がないのと同じである。
その想像に身震いし、もう動けるだから一刻も早く退院させてほしい。
誰か来たらそう言い出そうと決意して。
実の所、それは取り越し苦労であるのだが、大真面目に悩みを想いながら白い天井を見上げて。
コンコンと戸を叩く音が聞こえた。
「誰だろう、どうぞ」
「―――どうも失礼するよ」
返事と供にガラリと、病室の戸が開かれる。
病室に入ってきたのは、今回の依頼人である初老の提督である。
その後に白馬のポニーテールを流した活発な少女と、防波堤で一度であった黒把のポニーを流した気だるげな少女が続いて入ってくる。
「あ、提督さん。えっと、後ろの彼女達も
「そうだね。クリーブランド君の"同僚"だよ。」
「よろしくなー冒険者の兄ちゃんあたいは『マハン級"ダウンズ"』って言うんだ!」
「……ん、同じく秘書艦『マハン級"カッシン"』」
【駆逐艤装:マハン級】【白馬の髪結び】【爆裂娘】
【駆逐艤装:マハン級】【黒把のポニー】【ぐーたら娘】
見た目幼さが残る姉妹の如く少女たちだが、その背中のアンカーを見れば、
勝気の少女と同じく、彼女等が
「……子供?クリーブさんから話には聞いてたけど、随分と若いですね」
「驚いたかい?まぁ"メンタルモデル"は都市伝説めいた噂ではあるが、嘘か真かオリジナルがいるそうでね。それに近い彼女等の相性がいいらしい。だから基本的に
この年齢で、と疑問に思う事はない。
『魔具』は人に適合し時に改造していく、必要に迫られればこの世界ではままある事だ。
「それはそれとして2日前、君とクリーブランド君が襲撃を受けた聞いてね。ケガの調子はどうだい?」
「僕は大丈夫、もう動けます。こんなの少し大げさなくらい」
若葉の少年は腕に巻かれた包帯を捲って、無事を主張する。
確かに彼が昨晩受けた疵は、既に表面的にはふさがっているだろう。
手早い応急処置と最新の治療のおかげである。
汗腺に伴うオドの経脈は痛むさておきであるが、そんなものは蹴飛ばすのがいつもの事だ。
「そうかなによりだ。まずは礼を言いたい。クリーブランド君をよく助けてくれた」
「あたし達からもありがとなー。冒険者の兄ちゃん!」
「いえ、一人じゃ無理でした。それに"依頼"に手を借りましたあと報告ですみません。もしかしてそれで巻き込んだかもしれない」
「いいさ、きっとあの子が言い出したんだろう。こうと決めたら言っても聞かないからねぇ……気持ちは嬉しいんだけど、ねぇ」
白髪の男は眼に浮かぶようだと苦笑する。
男勝りの彼女は誰もが認める世話焼きであり、きっと物事をよい方向に考える力が誰よりも強い。
その好意を止める理由はない。『提督』は責任者であって、保護者ではないのでだから。
「その、ぼくはともかくクリーブさんの怪我は」
「ああ、彼女はもう元気に職務に復帰しているよ。今は事件の聴取で"現場検証"かな、改造人間の
「よかった」
安堵する。溜息を吐く。
昨晩の彼女は首をやられてかなり出血をしていた。
それに吸血鬼の牙には毒があるという、無視できない怪我である。
それが、血霧とまで肉体を自在に変容させる化け物であるなら尚更に、
混じり合う深紅に削り合った感覚に思う。もはや人の類にあらず、何があってもおかしくはない。
「そうだ!で!」
そして、馴染みのある勝気の少女の話が出た途端に。
"ダウンズ"と呼ばれたその白馬のポニーテールを揺らして身を乗り出す。
「クリーブの姉貴兄貴を襲ったふてぇ野郎はどんな奴なんでぃ!?しっかりあたい吹き飛ばしてケジメつけてやる!」
「……”ダウンズ”病院の中では……静かに……」
【江戸っ子】【爆裂娘】【発破欲求】
"ダウンズ"、活発な少女が白馬のポニーテールを激しく揺らして義憤に話に割り込み。
"カッシン"、黒把のポニーテールを垂らして、眠たげな表情にそれを諫めるだろう。
若葉の少年は困ったように、彼女らの責任者であり依頼人である初老の男に目配せする。
「えーっと、その」
【聖錬冒険者】
すると、初老の彼は控えめに首を振った。
その意図を察する、きっと、義憤であろうと、危険に深入りしてほしくないのだろう。
『覇濤』の海を守護する彼女等と言えど、陸の上は専門とは限らない。
で、あるならば。
「薄薔薇色のウェーブのかかった長髪、闇夜に霧に化けて血を操る様な鉄臭い派手な女。ただそれらしいの見かけても手を出したりしないでね」
「えー、なんでだよ。あたいはやられっぱなしは悔しいぞ」
「………なんでも、よ。"ダウンズ"、情報を聞いた限り"上級魔人"。聞いた事あるでしょう、陸の上じゃ適わない。私たちの仕事じゃ、ない」
「ちぇー」
【秘書艦】【グータラ娘】
最低限、敵に気が付ける様に容姿の情報を伝えるにとどめた。
先に行動を共にしていた勝気の少女と違い、その振る舞いは隙が多いのも経験に感じる。
注意に声を潜めて不満に唇を尖らせる白馬の"ダウンズ"と、諫める黒把の"カッシン"と呼ばれた少女。
対照的な性格、どうやら姉妹の如く彼女等は、そう言うバランスがとれているらしい。
「気になるのが『港の吸血鬼』は、明確にクリーブさんが
「ふむ、それは彼女個人か、
「否定はできないです。普通に考えるならこの『覇濤』で手を出せばどうなるかなんてわかり切ってる。少なくとも、衝動で手を出す可能性は低い」
例えて『聖錬』風にいうならば、"正騎士"を選り好みして襲撃を掛けたようなものだ。
明確な大きな目的があるのか、それとも排除自体に意味があるのか、それは彼には分らない。
まず候補に挙がるのが、『預験帝』の糞共によるテロであるが―――
もうアイツらの事を考える事自体が時間の無駄である。頭の片隅に常に考慮に置いておくに止める。
「『人道派閥』の仕業……か、いやアレの主張も寄与を人類側に偏らせたいだけで、"セレクティブ"の軍事力自体を削ぐのは本意ではないはず、なんだけどねぇ」
「……?人道……派閥ですか?」
「いやこっちの話だ。君らに言っても仕方ない身内の恥という奴さ」
「はぁ」
【老練の経験】
そう言って、初老の提督はそれ以上の口をつむいだ。
単純に機密であるし、視点の違い、知るべき情報、それはそれぞれに区別しておくべきものだ。
目の前の直面する出来事、それに個人の視点対処する故に即応性が高いのが冒険者である。
対処できない余計な情報に付き纏われても、足が鈍るだけだろう。
知るべき情報と知るべきでない情報―――
そういうものがある。長生きしただけの経験に知っている。
そして初老の提督は考える。そして。
「となると問題だねぇ、こんな事は起こらない思っていたのだが、君らへの依頼を多少変更させてもらってもいいかい」
「勿論、内容によっては」
「なに、そう難しい事じゃない。これから君たちの
若葉の少年は、その急な依頼変更―――前の目的を全て破棄する、その話に面喰らったように。
その意図を聞き返すだろう。彼等はまだ何も達成できていないのだから。
「それでいいんですか?僕らはきっとまだ期待するような、成果をあげられてない」
「何を言う。『港の吸血鬼』の顔を割ったんだ十分だともさ、"『覇濤』に流れる不穏な空気の調査"を君たちに依頼したが、あくまで私事だ。私個人としても提督としても最優先されるのは
疑問に対して、初老の提督は力強く答える。
結果は示した信頼を置いている優先順位の話である。
そして困ったように頬を掻いて。
「残念なことに、杞憂だと思うが私の部下が狙われるかもしれない理由には心当たりが有るんだ。クリーブ君が強いのは知ってるけどねぇ、万一の可能性を許容できない」
「いえ、そういう事なら納得です、それに―――」
事情を呑み込んだ。
そも彼等にとって、調査は専門ではない。手探りより『護衛』なら手間は大きく下がる。
護衛と言っても戦闘特化である危険度はそう変りない。
そして何より。
心臓の早鐘をうち、未熟な異能者の滾りの様に、病室の中空気がチリと微かに燃える。
瞳の先、焦点の先が通り過ぎる、今会話している相手とは別の物を見る様に。
「―――"アレ"の匂いは覚えました。次こそは、遅れない。クリーブさんと一緒なら仕留められる」
「……、くれぐれも無理しないでおくれよ。似顔絵付きの手配書を配り終えた。もう憲兵達を主に眷属達も動いてる。出来れば君にも疵付いてほしくはないんだ」
「わかってます。でも機会が来ないとは限らないから、アレは化け物です」
【狂羅輪廻】【迎撃態勢:怨敵覚悟】
少年をよく知らない誰かには理解できないだろう。
本来の気性とは反する
若葉の少年は焦れている、こんな所に押し込められても、先の襲撃にその中のスイッチは確かに既に灯っているのだから。
病室のベットから降りて、軽く準備体操をしながら。
「ならすぐ動きます。依頼内容の変更を
「ごほん、剣ならあたしが預かってるぞー」
そんな会話の中、がらりと。
再び病室の扉を開かれ、そこに見えるのは明星の如く勝気な少女である。
特徴である小麦色のサイドテールと白磁のクロークを揺らして、手を振ってくるだろう。
少し違和感。
いつもよりもただ、どうにも勢いに流す様に強引な感じがあった。
「おーっすカイト、ケガの調子はどうだ。少しは落ち浮いたか!」
「見ての通り無事だって、少し大げさにされてるけどさ」
「そりゃよかった!まったく全然自分で気にしないんだからよー『覇濤』の病院に叩き込んだ甲斐もあった」
若葉の少年は手慣れた男友達の様な距離感に、手を挙げて気軽に無事を話す。
なおそれは自己申告である、直接に医者の確認は取っていない。
「決めてたんだ。自分顧みないで迷い事抜かすなら、この剣を預かったままにしようってさ」
「それは困ります!返して!」
「ジョーダンだって、ほら」
【世話焼き】
冗談、冗談と笑いながら、鞘に双剣を返した。
勝気の少女を見れば、その吸血鬼にやられた首の噛み傷は跡形もなく塞がっていた。
心臓の早鐘が少し落ち着く、安堵の感情である。
「それに"現場検証"の後に、カイトの仲間達にも事情を説明しに冒険者宿に寄ったから事情は通ってる。へへっ気がきくだろう?」
「!、助かります。戻らなくて無駄に心配かけただろうから」
【世話焼き】
勝気の少女はそのまま椅子に座り、背に手を組んで寛ぎながら気軽に言った。
どうやら
補足する様に初老の提督は付け加える。
「うん、今彼女等には『鎮守府』の外で待ってもらっている。流石に緊急性がなければ『鎮守府』の中には入れられない。機密という奴だね」
「なら、なおさら早くここを出ないと、ぼくの身体は何でもないんだから」
初老の提督が、君たちの事は信頼しているがねと申し訳なく告げられた。
ここでも考慮に出てくるのが五大国でありながら
人類の生存圏を支える輸送路である『港』は、しょっちゅうテロの対象となる。
故に細心の注意を、必要と不必要、セキュリティレベルが分けられて管理されているのである。
例えば洋上を行く鋼の城も"燃料"に細工されれば容易に動かなくなる。
そういう危機管理である。
若葉の少年が愛剣を手に取りベルトにマウントする。
細工籠手を腕に嵌めこんでいつもの軽装鎧に上から羽織って、重心を調整する。
準備する合間に。
「それはさておき、いい所に戻ってきたねクリーブランド君」
「何?てーとく」
初老の老人が仕切り直す様に改めて、勝気の少女に変更を伝える。
「久しぶりに、
「おーナァイス提督!久しぶりの戦隊任務か、よっしゃそれで時間と内容は?」
勝気の少女は告げられた内容に、手を叩き目を輝かせて喜びの歓声をあげる。
彼女にとって仕事の一つ一つが、己の夢へと向かう為の着実な一歩であるのだから。
小さなこと積み上げて、名という実を成す。きっとその道筋に貴賤はない。
「日時は3日後、内容は『違法船舶の捜索』……、任務に伴って申請が通って補給も降りた。彼等を護衛を一緒に出撃してほしい」
「ん?カイト達も一緒にか?そりゃどーしてさ、てーとくの"調査依頼"はいいのかよ?」
「まぁ、念のため護衛という奴だよ。君たちの身の安全の為の保険さ」
本来であれば海上での活動は、『覇濤』で根付いた傭兵集団である『赤頭巾』の領分だろう。
しかしとして、彼個人にいきなり『赤頭巾』属する"有力な傭兵"を引っ張れる様なコネはない。
何より、実際に話して成果を見てこの冒険者の
「もう心配性だなぁ提督は、
勝気の少女はカラッとその心配を笑い飛ばすだろう。
陸ならともかくとして、人類側の戦力で海上で活動するのにこれ以上の存在ものはない。
なお、なお外部スカウト組の『提督』という特記戦力例外は除くものとする。
それはそれとして。
「よーっしクリーブ姉貴と一緒の作戦行動は久しぶりだぜぃ、ボーっとして置いてかれるなよカッシン」
「……そっちこそ、無駄に火薬を使って……海の魔物を寄せないでねタウンズ」
【姉妹艦】
姉妹の如く二人もそれぞれ準備を進めるらしい。
部外者である彼には軽巡洋艦一隻、駆逐艦二隻、それが覇濤にとってどの程度の物かわからない。
海の上でもはや城が動くレベルの物は、彼の想像を超えているだろう。
専門外故に、それを眺める。
きっと『鎮守府』の外に出るには"監視"という案内がいるだろう。少年は待ち惚けにして。
それを察したのか、勝気な少女は外に出るなら。こっちこっちと手招く。
自然と意図を通じ併せて、連れ立って、扉を開けて病室を離れる。
「ふふ、まぁよく考えれば一石二鳥って奴だな」
勝気な少女は、良い事を思いついたと。
歩きながらくるりとターンを描く、クロークとセーラ服を揺らして。
「『覇濤』の戦舟には滅多に乗れるもんじゃないぜ。これから"クリーブランド”にようこそお客様、広い海の世界を案内してやるさ」
「……そういえば僕達、戦舟に乗る事になるのか、塞翁が馬、かな。楽しみにしてる」
さぁ、こっちにようこそ冗談めいて、腕を拡げ招き入れる様に。
若葉の少年は、空想に思い描いて宙に思考と漂わせて応える様に、手を振って返す。
――― 一方、彼等のいなくなった病室で。
「なぁ、カッシン?」
「……なに?タウンズ」
そんな二人の様子を、白黒姉妹がその様子を見て、呟いた。
「いや、クリーブの姉貴の世話焼き癖って、好感度に比例するよな?いつもよりなんかベタベタしてるような」
「……ん、おこちゃまなアンタが気付くなんて珍しい……。きっとそういう事、なんじゃない」
「えーうわーうわー!マジかー!?って、誰がおこちゃまだ!!」
「病院でうるさい」
ペシン!
白馬の少女は真っ赤になって、騒ぎ立てるそれをデコピンで沈める。
「青春だねぇ、クリーブランド君は気が付いているのか。何処か調子が悪そうだったけど、これで安心かな」
【凡人提督】
初老の提督はその全てをどこか眩しそうに、穏やかに髭を撫でるだろう。
近頃、不穏な情報ばかりが耳に入るが、こうやって奇妙な一期一会を目にするのは楽しいものだ。
いつ眺めても、人の出会いというのはどうにも、不思議な実り方をするものだ。
「こうやっていつまでもいたいものだ。出来る事ならね」
こんな時間が流れていくなら、どんなにいい物か。
しかしとして、淡々と過ぎていくそれに慈悲などない事を、溜息をつきながら。
初老の提督は何物でもない誰かに、祈るのだった。
恋愛がわからない(深刻な悩み)
吊り橋効果、一時の気の迷い。絶賛勘違い中。