ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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鮮血【運命の預言盤】

 

 

 

 大波が揺れる。

 荒れ狂った余韻に、機能を停止したその機械の大蛇(リヴァイアサン)躯体が揺らめいて流れる。

 

―――そんな『覇濤沖合』

 

 儚紅の幼子が干渉して(ダイブ)とどめた機械仕掛けの巨蛇が躯上が戦場で。

 姿勢を低く四肢をバネに地に預ける。獣の構えに若葉の少年は愛剣を構えた。

 突然の乱入者を対峙して睨み観察する。

 

 対するのは、狼女は男物の様に飾り気のない黒コートに、引き締まった生足を曝して。

 自由に跳ねる銀灰髪を掻き揚げながら。

 値踏みする如く目線を流して歩く、特徴的なねっとり口調が場に響くだろう。

「凄いね大物じゃないか。どういう手妻かしらないけどこれは君が止めたのかい」

【傭兵】【ヒトリオオカミ】【典雅なる凶兆】

 若葉の少年は困っていた。とにかく目の前の空気を読まない襲撃者に。

 どこか馴れ馴れしい。親し気で気軽な口調、当然の招かねざる不躾な乱入者である。

 見開いた銀眼を見つめて距離を測る。観察する。

 

(抜き身、鞘なしで両手剣の二刀………?)

 大きすぎる獲物に振り回されるような阿呆ならいいが、立ち振舞に隙はない。

 二刀流は才ある物の技術である。求められるものが多い。

 それでいて、真っ当な腕では一刀に注力した方が余程強いのだから。

 

 純人種の贅力に余るものだ。ましてそれを制動仕切れるならリーチで負けている。

 

「そうだ!私の名前は"ラップランド"。冒険者っていうのもなんだからさ、君の名前をおしえてくれないかい?」

「答える義理がないと思うけど」

「なんだつれないね。例えば"獲物"を誇るのは戦士(私達)にとって一番わかりやすい自己紹介じゃないか」

 降り立ったその黒コートの狼女は二刀、分度器の柄が特徴の長剣を素足にマウントしている。

 黒コートショートパンツの皮膚を曝した軽装スタイル。

 獣人、それらしく魔具の装着は見えない。己と同じタイプの軽戦士に見える。

 

 しかし、何より背筋が凍るような死の匂いを感じる。

 

(なんだあれ……)

 息を呑む。刃を握る手に力がこもる、汗を握る。

 属性値の安定地帯である『聖錬』、そこではモンスターの害が比較的穏やかであり。

 矛先が必然的に人が敵となる事も多い、きっと人を殺す方が"儲かる"。

 よって対人技能の需要が大きいのである。

 それは彼等の生き方ではない。しかし彼とて冒険者としてその想定をあえて怠ったことはない。

 少年とて必要に迫られれば誰かを殺すだろう。しかしそういう類は初めて見た。

 

 戦場に火照った背筋に冷たい汗が伝う。

 

(鬼を、纏ってる……?)

【レンジャー】【精霊術師】

 おそらく弱小の霊を使役する精霊術師としての嗅覚と勘、もしくは虫の知らせ。

 幻視する、アレは狼かはたまた鬼か、本能で理解する捕食者への背筋が凍るような畏怖か。

 きっとああいうのを本物の"殺人鬼"というのだろう。

 重なって饐えたどす黒い匂いが余りにも染みついている。吐き気がするほどに血の匂いがする。

 

 張り裂けそうな心臓の鼓動を、返しの言葉で押さえつける。

 

「こんな場所で、こんなタイミングで仕掛けてきて何を考えてる」

「知らないさ依頼(オーダー)だからね。私達はしがないさ傭兵邪魔者を殺して金を得る。きっと君たちと同じだろう冒険者」

「何が同じだ殺人鬼、こんな忙しい状況に人の庭で、アンタみたいに見境なくない」

"にぃ"

 殺人鬼という蔑称に本人は気にも留めない。よく分かってるじゃないかと逆に笑みを深める。

 きっと少女には慣れ切って気にも止めていない怨嗟だ。

 本人にとって顧みる余地もない塵芥だ。勲章にすらなり得ないのだろう。

 

 そのまま互いに通わせる気がない言葉を投げつけ合う。

 

 睨み合ったままの空白に。

 

(リコはリコで潜った(ダイブ)した機械の大蛇(リヴァイアサン)を止めるので手を離せない。啖呵を切ったはいいけど、真っ当にやり合ったら、多分死ぬ)

 確信するあれは、少なくとも対人戦においては届くべくもない遥か彼方、

 プレッシャーと呼ぶべきか、その笑みの裏に潜む捕食者のサガに気押されるだろう。

 

 こつりこつりと、ブーツが鳴らす音。

 堂々と、隠そうともせずその引き締まった生足を曝して迫る。

 その剣は、鞘すら持たず傷つけてしまいそうなそれとは対照的に、鋭利な抜き身の刃が映える。

 まるでステップを踏む様にご機嫌なそれは―――

 まるで危うく原始的な美しさを感じる光景であるかもしれない。

 

 そんなこちらの内心など知ったことはないと言わんばかりに。

 黒コートの狼女は心の底から楽しそうな、三日月の様な笑みを浮かべて声をかける。

 

「あれあれ?意外だね"ご同類"。すぐに斬りかかってくると思ったのに」

【ヒトリオオカミ】【闘争の血脈:戦闘狂】

 

 黒コートの彼女は三日月の笑みを絶やさない。その見開いた瞳にまるで感情は見えない。

 ただ、しかし獣耳を揺れ方、尻尾にご機嫌な事はわかる。

 

 手入れを忘れた灰銀色の長髪を掻きあげて、それが重力に従い流れる狭間に。

 

「まぁいいさ来ないなら―――」

 その三日月の笑みを深めて鬼が動いた。重心が揺れるその姿がぶれる。

 自然体からの踏み込み。急加速、その影さえも捉えられなかった。

 

 微かな空気の動きを頼りに、タイミングだけを察して。

 

「こっちから行くよ?」

「―――!」

【獣人:狼亜人(ワンフゥ)】【処刑人】【シャドーステップ】

 背後、至近。

 一足の踏み込みにその距離が詰まる、背後に潜り混む様に剣の切っ先が迫る。

 対して、前に出て一呼吸と燃える。愛剣を振るう。

 火薬の残香で励起されたマナと空気を擦り合わせて、一所為の魔法剣を起動して振るうだろう。

 

【舞武】【魔法剣Lv2/5:炎舞の刃】【ダンシングヒーロー】

ガッ

 反射、意識の外。

 慣れ親しんだ空気の動きによる感知に距離を詰める。

ガキンっ!

 同時に踏み込む。一瞬の均衡、衝突に焔の魔法剣が剥がれて空を彩るだろう。

 

ギギギギ……!

 迫るのは長剣である。当然に剣先が一番速度が乗る。

 あえて距離を詰めて、リーチと遠心の到達点を避けてぶつけたのである。

 

 初撃はいなしたそれでも。

「おっ……もっ!?」

「魔法剣使い、この一瞬で前を詰めるか流石"同類"!素敵だね!」

『腕輪の担い手』【二刀流】【精霊術:アプドゥ(ヘイスト)

 きっと獣人由来の剛腕という奴か、真向を避けたのに腕が痺れる。

 競り合いに飛び散る火の粉も気に賭けず、当然すぐさま連撃がくるだろう。

 互いに慣れない足場に重心を回す、魔法剣の刃筋を意識した力んだ剣を滑らされる。

 

【剣牙たる凶狼】【影落とす時針:羅刹】【血染めの衣】

 肉薄に近い体技の応酬。余波の風切りに皮膚が裂ける。

 そのまま炸裂するような、ガラスが砕ける様な金属音が連続して響き渡るのである。

 

ギャン!!バリン!!

 

「ほらどうしたんだ。もっと楽しませてくれよご同類、こんなものじゃ"クルースニク"の腕は落とせないだろう!」

「ごちゃごちゃとさっきから何が同類だ!!」

 聖錬冒険者である。モンスターは斬りなれている、精霊の類も散々に斬り散らした。

 しかし、人斬りは慣れてはいない。教育を受けた騎士とは違う対人はどうしても不得手である。

 これは好き嫌いだ。死肉漁り(グールズ)と何度もやりあったが、進んで斬り捨ててないのだから。

 

 黒コートの狼女の鞭のような撓む身体の脈動に。

、極点の如く白熱する必殺の閃き、それが成される前に必死にぶつけてズラす。

 白熱する一手遅ければ、一瞬ブレれば……その刹那の繰り返しである。

 

(……無理無理無理っ!魔法剣()の熱も刀身の誤魔化し(はったり)も全然通じてない!)

バキンッ!!

 刃という鋭利さに本能が悲鳴を上げる。ケモノを相手する時とも質が違う。

 少年は確信する。あぁまともに剣撃円弧の到達点が合されるだけで剣は弾かれて。

 そして返す刀に簡単に己の首が飛ぶだろう。アレは鬼である。きっとそういう相手だ。

 

 魔法剣の圧に誤魔化していた剣威が剥がれて、刻々と腕が痺れる限界が近づくだろう。

 

 片刃が弾かれて宙を舞いとっさに姿勢を崩す、鋭い斬撃が頭上を通過する。

「!」

「あは♪ほら君の牙が飛んだあとがないよ冒険者!」

【孤狼の看破】【迂回導】【サディスト】

 どこまでも嗜虐的な瞳が見開く。

 迫撃、舞い流す、やり合いながら脱力も併せて潜り混むだろう。

 

「ヒト相手なんかぶっつけ本番だけど……!」

がりっ!

【舞武】【呪印術(ウェーブ):爪】【狂羅輪廻】

 空手になった右腕に細工籠手からの塗布(インク)を五指に垂らし、装甲を掻く。

 "象形"、爪の形は人の動作と似通いイメージしやすく、単純な呪印(ウェーブ)である。

 するとその爪の"呪印"に反発する様に推進を生む。

 獣の様な四肢を併せた、魔法剣と近しい付加術、獣は両腕とて爪に大地を蹴れるのだ。

 

 若葉の少年は、爪の紋様の装甲を掻いた反発の勢いのまま、姿勢を低く背後に回りこむ。

 

「―――へぇ」

ガキンッ!

 若葉の少年は不意の動き、挺進のまま下袈裟の突きを繰り出す。 

 しかし目で追われている勿論、不意の回り込みだけで通じるほど甘くはない。

 狼女の逆手持ちの長剣に防がれて、そのまま鍔競り合い顔が至近に迫る。

 

 

 初見殺しという対人概念、格上にすれば基礎(カラテ)が足らない。

 

(ここで足を止めれば!!)

 血の通わぬ曲芸でもいい。ヒト相手は刃が通れば殺せるのだ。

 彼とて、『聖錬』に冒険者として生きそういうやり方に一つや二つは考えているのである。

 

『精霊巫器:絆の相刃』【蒼■】【呪印術】 =【魔法剣:火炎独楽】

―――ヒュン!

 先程、宙に弾き飛ばされた片割れが―――

 自由落下に空を掻き鳴らし円弧に軌道を描き、少年の手元を目指して帰ってくる。

 固有魔法、彼の特殊な"磁性"を持つ炎属性に馴染みんで、鍛え直されたそれは魔剣に等しい。

 幾多の戦歴を超えて対と伴にある事が自然の双子剣である。

 

ギギギギギ……!

 本来力負けする中に、歯を食いしばりに魔法剣の出力に必死に鍔迫り合いに足を留めて。

 刃の挟撃、狼女の背後ブーメラン火炎の駒の如く飛来し、そのまま切り裂かんとして―――

 

キンッ!!

 その奇襲はあっさりと、再び容易く弾き飛ぶ刃に否定される。

 

「ッ防がれた?!」

「ダメじゃないか眼をやっちゃ、自分の業に自信がないのかい」

【二刀流】【不屈狂練】【デッドガード】

 嗜虐的な笑みを深めて。

 黒コートの狼女は飛来するそれを、背後すら見ず一閃で防いで弾き飛ばしたのである。

 

 間違いなく楽しんでいる。そして力を抜いて競り合いを崩し蹴り飛ばされる。

 

 そしてやれやれと肩を竦めていう。

 

「"呪印"なんて随分と古い業を使うね。まるでモンスターみたいだ。でも初見殺しにしても素直すぎるね"同類"。グレンダンの傭兵なら目線含めて虚実を入れるものさ」

「げほっ……!」

ざざっ!

 若葉の少年はまともに食らった蹴りに呻いて、再び開いた距離に睨みつける。

 

「こんなものかい?次の手があるなら早く出しなよ」

【闘争の血脈:戦闘狂】

 黒コートの女は時計針の長剣を肩に担ぎ直して、挑発的に眺めてくる。

 若葉の少年は痛みに呻いて荒れた呼吸を整え、睨みつける。

 

「ごほっ、来て」

ひゅん、ギュ!

 とにかく再び、彼方に飛んだ愛剣を呼んで手元に呼び寄せて手に握る。

 再び二刀に戻り構え直す、その大きな隙に邪魔はなかった。

 

「全部全部取り立ててあげるからさ」

 

 侮られている。挑発する様にちょいちょいと指を向けてきた。

 

 しかし思考が回るだけで、一歩が踏み出せない。

 相手に合わせるリズムが取れない。

 長剣二刀、間合い(リーチ)負け、踏み込む隙がみえない。

 

(風も火もない、ここにミストラルがいれば)

【精霊術Lv2→1:環境不適合】

 ここにいない仲間の"精霊使い"を想い浮かべて(無いものねだり)思わず弱音を吐く。

 その位には余裕がない。

 嵐の剣(ボルテクス)は放てない。今も火薬の焔の余韻を必死に拾って維持してる。

 海は燃えない。火も風が遠ざけば彼の"独りよがり"の精霊術は壊滅する。

 そもそも一般的に、『聖錬』の魔法剣の系統として"嵐の剣"は一流の領域の業である。

 何かを手助けがなければ、未熟で未完成な彼に為せる道理はない。

 先の"初見殺し"も少年の練度程度では、当然に初見でしか通用しない。

 

(どうするどうするどうすればいい。だんだん海風も戻ってきている……!)

 しかし、環境が悪いなど言い訳は聞かない。

 それは安易に、少年の様に異能者の道を選んだ者の戯言である。

 この世界、基礎(カラテ)を極めれば、状況に応じて容易く適応するものだ。

 

 そう、目の前で立ちふさがる黒コートの傭兵の様に。

 

 わかっている。狂気の淵に碓氷の上を踏み抜くまで、肉薄しきらねば万一も勝てないと。

 しかし仕掛けの糸口がわからない。

 経験が足りない。踏み込むには二刀に合って然るべきと幻視する"制空圏"(イメージ)が邪魔をする。

 実の所そんなもの、気の狂った傭兵にはありはしないというのに。

 実力が隔絶している、あの見開いた瞳孔からはまるで機敏がわからないのだから。

 

 だから。

 

「……来ないのかい。この程度で終わりなの?つまらないなあ。ならいいや」

【片手持ち】【影落とす時針】【孤狼の看破】

 その笑みが消えた。待ちくたびれた様に、まるで約束の時間に来ない相手に失望する様に。

 黒コートからコインを取り出して、長剣を振り下ろして一刀を握りゆったり歩いてくる。

 

 隙だらけ、構えすらない。

 まるでそんなもの必要ないといわんばかりに。

ぴんっ!

 指にコインが腕に弾かれて、指弾の類かと叩き落とした。

 コインが落ちる中、鬼が接近する身構える。罠か、対応する為に深くその動向を注視する。

 

「何もないなら」

【虚空―――

 

 なんて事のないコインにも気を取られた。その緊張の解きと呼吸が合わせた踏み込み。

 少し遅れて視線が動く、次の目の前にしっかり捉えていたのに"見失った"。

 それは反射の裏の隙間に、空白に割り込む技能、人間という脳構造の限界の裏を掻く剣技ではない理論。

 

 "人類未開拓技能の一つ"

 

「なん」 

「―――死んじゃいなよ」

―――瞬撃】

 簡単に言ってしまえば意識の間隙を縫う業、殺し間。

 その初歩の領域。この世界の前進し続ける"人類最前線"の光景である。

 

 その顔が目の前に、目前まで迫った振り上げられた剣の煌めきを、突然に捕らえる。

 

「―――え」

 運命の如く不意の事故の様な冗談、思わず呆けた声が漏れた。

 ヒトの意識の限界、反射裏の空白の一瞬。

 歩法も併せて、瞬間に意識まるですり抜ける様に至近まで迫られた。

 馬鹿でも悟る、既に得物の間合いの内である。そのまま無抵抗に、斬られる。

 

 そのまま正眼、袈裟斬り。真正面から、処刑人の刃が振り下ろされる。

 

 当然の結末として、例えればケーキを斬り分ける様にあっさりと両断されるだろう。

 

 

『―――ゴオオオオォォン!!』

 

「―――っ!?」

グラァ!!

 突然の錆び付いた咆哮が辺りに木霊し、運命が崩れる。

 足場としていたが機械の大蛇(リヴァイアサン)が、脈動して天地さえひっくり返るまま、ねじれ狂う。

 

 その振動に姿勢が揺らぐ、確かに緊張は解かれて距離が空くだろう。

 

「させない。離れて!」

【ダイビングゴースト:解除】

 それは庇護者の危機に、マシンに対する"憑霊"(ダイブ)を放棄した儚紅の少女の仕業である。

 そうすれば当然に機械の大蛇(リヴァイアサン)は暴れ出すだろう。

 今まで押さえつけられていた鬱憤を晴らす様に激しく、である。

 巻き上がる水飛沫、散々、己を足蹴にした虫共を振り落とそうとするようだ。

 

【憑依具:■炎】【円環魔術】【斥力バリア】=【電界銃】(コイルガン)

―――バシュン!!

 そんな中に間髪入れずに、炎を纏った鋼片の弾丸が空を引き裂いた。

 しかし、狼女の身動ぎ一つでなされる剣構えに、軽く吹き飛ばされながらも防ぐだろう。

 

 その混沌とした状況に、誰がそんなもの放ったかと思えば。

 彼女は方を見れば、三叉の炎痕の中心に円筒陣を描いて指を向けている。

 

 円環の幻想、電子そのものを操作するマクロ的な魔術。

 それは電界銃(コイルガン)、物体を頼らずの仮想再現(エミュレート)である。

 

「嫌い嫌い!私達に触らないで!」

「へぇ、"精人"か珍しい。命拾いしたね」

【デットカード】

 空ぶったことを悔しがることもなく、やれやれと狼女は構え直す。

 儚紅の少女は、引き裂かれた疵口に手を寄せ、電気を拾い上げて。

 未だ燻る疵を発射台に、砕けた装甲片と"ナノマシン"を繋げた円環の電界を生み出す。

 彼女に独創性(オリジナリティ)はない。事前に知っているものからの逆算だ。

 青髪の女が乗騎であるリオンタイプ、それに搭載されたレールガン、そこから逆算した術式である。

 

「リコ!?」

 勿論、それはかなりの無茶である。その円環は回れば自らを削る。

 受肉していない紛いなりに炎の精霊にとって、海属性の環境は猛毒なのだから。

 機械の大蛇(リヴァイアサン)の再起動に、海風が急激に戻ってきて薄紅の衣が蝕まれ火の粉を散らして解けて。

 早くも、少女の姿の輪郭はブレて揺れているだろう。

 

「手を!早く結んで海に溶けちゃう前に!」

「ん」

【憑依具:魂の絆】

 若葉の少年は、脈動する機械蛇の背を腕輪の足場と重心操作に転がる様に駆け寄る。

 小さな手をと攫うように結んで、解けて身の中に逃がす。そのままの勢いで海に飛ぶ。

 

ぱしゃっダッ! 

 

「くそ……!」

 心臓が早鐘を打っている。

 死を反芻する鼓動が、呼吸が粗ぶって耳を打つ。今ので間違いなく殺されていた。

 

 己の不甲斐なさに歯噛む。

 

 初めての経験だった。

 超速度で反応できないのはわかる。

 騙し技で裏を掻かれるのも分かる。

 魔法で距離を詰められたならわかる。

 

 しかし、この目で鼻で捉えた五感が、鉄火場で磨かれた勝負勘が否定する。

 間抜け極まって純粋技術の前に、己は目の前に対峙しながら何の反応もできなかったのである。

 若葉の少年は決して愚かではない……だからこそ、未知と理解不能に畏れが生まれる。

 

―――だから、この"逃げ"の選択は必然なのだろう。

 

「きて"クルル"!」

『キュー♪」

【精霊術Lv2/5:アプドゥ(ヘイスト)】【ダンシングヒーロー】

 揺れる水面を踏む。

 若葉の少年が使役する精霊、兎の様なフワフワの獣、水輝石の化身を召喚した。

 "水属性"の混ざりものである"海"の環境下だった。十全ではないが多少は手繰れる。

 

 真向にやりあっても勝てない。

 

 しかし少年は曲りなりにも中衛、弓を使える。環境のマナを利用するのが精霊術師である。

 先の海渡りの際も、腕輪の足場と供にその手を借りていたのである。

 きっとモンスターでも魔人でもなければ、ただの並弓でも皮膚を抜ける。

 

―――この地獄めいた世界に、城の如く構える基礎(カラテ)など持ち合わせない。

 だからこそ彼は状況に手段を選ぶほかない。

 

「いったん距離を取って海の上なら……!」

『腕輪の担い手:六華弓』【レンジャー】

 普段は籠手に巻き付けている弓の弦を噛み千切って解き、腕輪装甲の両端に愛剣を展開して

 弓を引き、息を吸う呼吸の専心に構えようとする。

 

 しかし、まず射軸が合わさる前に。

 黒コートの女は、既に暴れ回る機械の大蛇(リヴァイアサン)の上から姿を消していた。

「やぁ」

「―――!」

【精霊術Lv??】【狂羅輪廻】【水月歩法】

ガキン!バシャン!!

 さらに予想外。回転斬撃、あっさり飛び込んできたのである。

 海上に一足に跳んだのである、黒コートをたなびかせて回転する剣先が迫る。

 距離のおかげで矢をぶつけ何とか弾く、地の利に選んだ逃げを、あっさりと肉薄されてしまう。

 

パちゃん!

 狼女は容易く海に躍り出て、波を渡り歩いているきっとそれは悪夢のような光景だった。

 彼が波に歩みを受け入れられるは、『魔具』で薄く幾何学装甲の足場を作っているから、

 そして使役した精霊(クルル)の助けのおかげだ。

 

―――現実は畳みかける。疑問を置いて、無慈悲に嵐として。

 

「海に、あっさりどこまでも……!」

「なんだい?水上くらい気合入れれば走れるさ、この目で見た。君もそうだろう"ご同類"」

「そんなわけないでしょうが!」

【我は精霊に愛される】

 若葉の少年は、彼の常識に思う。例え、獣人だろうとただの脚力で海の上を走れるものか、

 それこそ意識して彼も、沈んでしまわないよう必死に回している。

 

 しかし、狼女は強いイメージが出来ている為に、自然に発生した海の妖を感化して。

 その渦に乗って歩いているように見える。

 それを意識してしないらしい。つまりは精霊術師としての機敏すら、劣っている事を悟る。

 

 大波に揺れる、そこは歩みにしっかり応える大地ではない。

 互いに不自由に荒れる波に足を取られながらも、思い切りの良いものが先を往くだろう。

 

バシャン!

「くそ…!」

【腕輪の担い手】【電制障壁(プロテクト)】【狂羅輪廻】

 もはや構えた電子弓を解いて、愛剣を構え直す暇もない。

 手が尽きた故に悪あがき、

 普段に頼らない障壁を展開して刃の遠心を殺しに、狼女に距離を詰める事しかできない。

 

「じゃあ、こんどこそさようならだ」

【剣牙たる凶狼】【精芯破壊】【血染めの衣】

 黒コートの狼女はその決定的な隙に、歪な剣柄を構えて、ただただ迫撃する。

 まるで猪の牙の如く、体当たりの様な突貫をもって質量を、刃として機能した。

 その前に、少年程度の出力にて為される障壁など、木板の様に突き破られただろう。

  

 狼女は理解した。少なくとも英傑の類ではない。そういう運命()のもとに生まれていない。

 期待外れ、あの日『牙壁湖城』(グレンダン)という退廃の檻を、拳で蹂躙した光景。

 彼女が脳に焼き付いた今際に求める、まるで"絶対的な正義と自由"とは違う。

 だからあっさり斬って捨る。この地獄のような世界で気の向くままに次の期待を探すだけだ。

 

ズッツザシュ!!

「―――!!」

 飛び散る血潮が目に映る、骨が軋む。鈍く切っ先が肉に食い込む。

 もはや先の様な業すら必要はないらしい

 焼け付くように熱い、喰いつかれるように刃が食い込み、致命的に食い破られた。 

 

 ああこれはきっと死んだだろう。実感と供に早く意識が白濁して熱帯び反転していく。

 世界に、オドが溶けていく感覚、流れて死ぬのはどうにも遅く鈍くなっていくらしい。

 

(悔しい)

 ふざけた事だ。この世界"あの滅びの夜"の様に、脈絡なく唐突に理不尽は襲ってくるだろう。

 こんな身勝手な奴に"同類"呼ばわりされる。それがこの上なくただ悔しかった。

 ただただ凶器のような傭兵に、ただ力しか見ていない奴に、生ごみの様に捨てられる。

「ふざけ、るな」

「おっと?」

【■炎】

 若葉の少年の零れる言葉憤りに感化する。飛び散る血潮が刃を伝って。

 "精霊の糧になりやすい"程度の才能が、今際に強まり霧散する合間に燃え上がる。

 逃がさない様に、己に食い込む剣を強く握った、血潮を伝い狼女に燃え拡がるだろう。

 

「ただで、帰すもんか傭兵…!」

【狂羅輪廻】【戦闘続行:怨敵覚悟】

 この世界に都合のいい覚醒などない。しかしきっと戦場は終わらない。例え己が終わってでも、

 ならきっと、この嫌がらせにも意味がある。だから刃を奪って海に沈む。

「しぶといね。まさかそのまま悪霊化でもするのかい」

 黒コートの狼女は、疵に食い込んだ片刃に伝い、血に取り巻こうとする炎を払って距離を取る。

 素早い判断に、手に少し火傷を負った程度、それだけの事である。

 

「それは苦しいだろうさ"同類"、介錯してあげる―――正義の道は暴虐の使徒により断たれた」

【魔法剣Lv1/5:冥刃】【酔翁の意】

 笑みを落して。憐れむ様に一刀を上段に構え直した。

 得手ではない魔法剣に刀身の陰明に揺らめく。

 物理では斬れない、霊の類を斬るにはこういう小細工が必要になるのだ。

 

「我が主よ、復讐と悪意の名の下に、弱き者を導き給え」

 死の間際に醜く足掻く命に向けられた、その祈りのような言霊に。

 どう想うか意味などあるのか、それは狼女にしかわからない。

 

 ただ一つ確かな結末に、終わるのだろう。

 この覇濤が一角『セレクティブの騒乱』その大渦に話は進むのであった。

 




ラップランド(アークナイツ)
 虚空瞬撃使えるやべー奴、テキサスはその視点が書けないのでいません(文章カラテ不足)。
 なのでイングヴァルトさんがその枠になります。
 グレンダンの傭兵流儀に染まりながら、傭兵の窮屈さを心の奥底で嫌っている猫。

 グレンダンを立ち上げた頃一員の末裔、古い流儀を継承し続ける傭兵一門、サルッツォの令嬢。
 滅ぼして略奪してきた血脈の宝の胚から生み出された、生まれながらの傭兵である。
 故に父親の種がなければ、貴種であり選抜血統に当たるだろう。

 しかし、彼女自身は幼少から周囲の退廃の牢獄中、窮屈に不自由に感じていた。
 その頃の彼女はまだ女の子だった。剣を握るより、肉の切り方を覚えるより、傭兵同士の腹を探るより、恐怖により忠実な手足を作るやり方を学ぶより、蛮行の恩を金に換える方法知るより
 彼女らしく生きていたかった。しかし父は絶対だった。
 だって、へらへら笑って満ちている蛮行と退廃なんてちっとも楽しくもないのだから。
 せめて、弱った野鼠を拾って飼って世話をしていたくらいには、である。
 それも悪戯に焼かれて、初めての報復の意味を彼女に教える事になる。
 
 それでも、窮屈さを覚えながらそれでも父親は尊敬していた。
 厳しく獣を調教するような所業でも、覚えれば褒めてくれた、そして誰よりも強い人だった。

 父は絶対だった。日々に一つずつ、傭兵一門の令嬢、後継としてのやりかたを覚えさせられる。
 だんだんと慣れていくそんな日々の中、事件は起こった。

 『牙壁湖城グレンダンの落日』
 そこで退廃の牢獄をぶち壊す正義という圧倒的自由と、それを成す圧倒的な強さを眼にした。
 そこで絶対だった父さえ、たった数打でミンチに変えられたのを見た。

 憧れと喪失を同時に脳を焼かれた彼女の感情は複雑怪奇に入り混じっている。
 党首を失い没落する一門、残された彼女は傭兵としての生き方しか知らない。だからこそ傭兵としてひたすらに生きて、今ここにいる。
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