ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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出会【運命の預言盤】

 

 

 

 

―――【覇濤首国:セレクティブ】

 

 

 あれからしばらく時間が経って。

 

 静寂の中、ぴちゃんと水滴が滴る様な、無意識に染みついた反響する滴りあがる音。

 そんな悪夢の中に、若葉の少年はいる。

 彼は無意識の夢海の静けさから、身に籠る熱に魘される様に浮き上がる。

 

ぴちゃんっ

 

(………んん)

 熱い、熱い。

 

 耳に反響するさざなみ静寂の光景、海の冷たさから拾い上げられた感覚はある。 

 

ぴちゃん!

 

 

「―――ここ」

 若葉の少年は、周りを見渡して呟いた。

 倦怠感に薄ぼやけた目をゆっくり見開く、ここはどこかの部屋だろうか。

 

「どこ」

 こみ上げる気持ち悪さに胸を抑える様に。

 思い返す。反芻する。

 

 その最中に、目に飛び込んできたのは―――

『ネイキッドソード』

 部屋の端、無造作に転がっている剣、己を致命的に食い破った狼女の歪柄和刀である。

 

「……!!そうだ?生きて、る」

【フラッシュバック:臨死体験】

 それが、若葉の少年の夢現の頭を殴りつける様に、現実を叩きつけるだろう。

 確かに負けたのに、その不合理な疑問に身を起こして、確かめる様に身体を確かめた。

 そこに確かに疵はあった、貫かれたあるはずだろう疵を強く握りしめる。

 

 痛い。

 しかし、その致命傷は、今や縫合されて塞がっているのである。

 訳が分からない。間違いなく死ぬ状況だった。あのまま魚の餌になるはずだった。

「なんで、なんだ?そうだアレから、どうなった、の!?」

 若葉の少年は、困惑と腕を動かす、拘束されてもいない。

 まるで現実とは思えない都合の良さに、惑う。

 そして彼の拠り所たる愛剣はその手にない。不安に心が揺さぶられる。

 

 とにかく、混乱と痛む身体を引きずりながら、周囲を探ろうとして。

 

「ヤッホー少年♪おはように可愛い可愛いさやかちゃんだよ!」

「へ?」

『あかずきん:人魚姫』(セイレーンブルー)【長命の功:ムードメーカー】

 そんな若葉の少年の慌て様を尻目に、まるで爛漫に跳ねる声がかかる。

 

 困惑のまま、声の方向に眼を向けてみれば。

 

「いやー、無事起きたようで何より何より。この広い海で偶然拾われるなんて運がいいよ君は、どうかね調子は?」

びしっ!

 まるでおどける様に決めポーズを決めながら、話しかけてきた。

 声の主は鮮やかに、ミニスカートとファンシーな礼装の如く衣装を身に纏った水髪短髪の女性である。

 質素な部屋に、似つかわしくない華やかさでそこにいるだろう。 

 きっと、一目には。なんて事のない少女趣味の意匠を身に纏った童女の如くであった。

 船上との温度差に、困惑をただ呟くしかない。

 

 

 しかし、

「……誰?」

ぴりっ!

【■■英傑】【八尾比丘尼】【夢幻羅道】

 若葉の少年から、火の粉が先走る生存本能、彼とて既に熟達だ気配でわかる。

 使いこなされた機巧刀の柄の握り、自然な体の捻り方による刀身の隠し方。

 一見、ふざけたキメポーズ裏に、体幹(バネ)の如く張り詰めた一本軸が見え隠れする。

 

 自然体の中にある常在戦中、つまりは先に交戦した"傭兵"と似た匂いを感じるのである。

 

【■炎】【狂羅輪廻】【生命活性】

 もちろん彼の知り合いではない憶えは、ない。

 修羅場慣れした本能が、指を鳴らしてチリっと火花を鳴らす剣はない。武具もない。

ぱちり。

 それでも生命の熱に浮かされて先走る。空気が弾けるように微かに燃えて――――

 

 しかし。

 

「おい、『あかずきん』の"人魚姫"。おフザケはその位でよしたらどうだ」

 バイザーを掛けた黒髪の青年が、腕組みしながらその緊張の様子を見守りながらも

 どこか呆れたように突っ込みを入れた。

「彼もどうみても困惑しているだろう」

「うるさいなぁ"アレックス"!死にかけて気落ちしてるだろうから、かわいいかわいい"さやかちゃん"が、励まして元気付けてあげようっていう、この健気な心意気がわからないかなぁー!」

「なんだそれは、ここは『覇濤』のキャバクラじゃないんだぞ」

【■ラの御曹司】【機巧操り】【無窮の武練】

 その乙女の振舞いと対照的な突っ込み。

 

 気配で察する、彼もきっと腕効きである。

 しかし、どこか余裕のないピリピリとした雰囲気を纏っていた。                            

 

 そんな漫才の様なやり取りに、未知なる強者にささくれ立った戦意が萎えていくだろう。

 

(……ひょっとして敵じゃない、のか?)

 深呼吸。

 そして息を吐けばどこか、現実離れした思考が定まってきた。

 だから。

 

「えっとその、助けてもらったのに不躾に礼もなしにごめんなさい」

 若葉の少年は困惑しながらの声をかける。

 どうやら、間抜けにも生き残り、敵に拾い上げられた訳ではないようだった。

 

「少し気が立ってて、ぼくを拾ってくれたんです、よね?」

「おーお、大丈夫!さやかちゃんは気にしてないよ。まぁあんな大怪我をする状況だったわけでさー、少年も意識戻って混乱してるだろうさ!」

「そもそも、別にそこの"人魚姫"が助けたわけじゃないしな」

 距離感を測りかねた若葉の少年は、微かに殺意を向けた事をとりあえず謝罪する。

 敵意は敵意で、引き金に手を掛け、火を起こせば応じて返されるのだから。

 

 彼女はというと笑い飛ばして思いついたように、虚空の方向に手招きして。

「そうそう、彼が海に沈んだ君を拾い上げたんだった。ほら出てきなってばミズキ君。そんな恥ずかしがってないでさ」

「―――!」

【潜伏者】【カモフラージュ:解除】

ぼぅ。

 そう言って彼女が指を刺した方向に、声に応じたか人型の色彩が浮き上がるだろう。

 

 彼の背後にずっと何かが潜伏していたらしい。今までまるで気がつかなかった。

 

「いいの?僕が姿出して」

「いいよいいよ。逆に隠れる理由ないじゃんか」

 そこに居たのは水傘を手に持った、現実離れした幻想的な少年である。

 透明すぎる水の色、透き通るクラゲの様な質感の色彩そのもの。

 陸上の中にある事自体が異質に思える程、鮮やかな少年がここにいた。

 

「あの。君が助けてくれたみたいで、冒険者の―――」

 アンブッシュに近しき不意に、跳ね上がった心臓を無理やり押さえつけて。

 きっと、恩人であるというか少年に、それを認識して向き直って。

 

「いい。知ってる。こんにちわ聖錬冒険者、ぼくはミズキ、ただの”眷属”、だよ」

【上級眷属】【覇濤の幽水母】

 "眷属"、『覇濤』における支配者『海魔柱ダゴン』に連なる魔族をさす言葉である。

 つまりは彼等は、『覇濤』の体制側に近しき人達かと、軽く連想する。

 初めて目にする”魔人”、その異質に応じてか、あまりに鮮やかすぎる色彩に息を呑む。

 

「気にしないでいいよ。ついで、おにーさんが海に堕ちてきたから拾っただけ」

 水玉の少年はなんて事のないかのように、あっけらかんと。

 興味深そうに、目を覚ましたという結果だけ見届け、観察する様に見つめている。

 

「『ダゴン様』から言われた"監視対象"だったけど、”悪い人”じゃないみたいだったから」

「"監視"……?」

「ごほんごほん!!いやあ、そんな事より疵の具合はどう?あたしがその疵を縫合してミズキ君が"生命力"を譲渡して治癒力を活性したけどさ、ひっどい怪我だったんだぞー」

【水母の化身:分け身】【生なる式彩食】・【不死者の縫合術】

 ふと零れた言葉を、青髪の少女は誤魔化すように、

 水玉の少年をこずいて咳払いしながら、露骨に話題を流そうとするだろう。

 ”監視”という物騒な言葉、それと唐突に出てきた『覇濤首国』の絶対者の名に困惑を浮かべながら、いったんそれを放り投げて。 

ぎゅ……。

 若葉の少年は新ためて掌を見つめて握りしめる。

 

「……身体は痛いし熱いけど、刃に噛みつかれた感覚はあるのに穴は塞がってる―――不思議だけど、動ける」

 彼の身体は痛みというアラートを鳴らしっぱなしだが、力は籠る火花(オド)は弾ける。

 確かな感触にまだ戦えることを実感して、改めて。

 

「色々ありがとうございます。でもとにかく、ここを出たい。戻らないと、あれから仲間がどうなったのか、敵は何処にいるのか」

【聖錬冒険者】【狂羅輪廻】

 若葉の少年はまだ状況が呑み込めていないが、目下に頭に占める”敵”の事を、思う。

 酷く気にかかる仲間の元に帰りたい、確実に敵はいた。

 ただ、彼らが何をもって己を掬い上げたかわからない。

 とにかく、この場を切り上げる為に、胸を揺らす不安の種を消し去る為に、ただ一方的な欲求を吐き出す。

 

 ただ『滅びの記憶』に畏れに感化された胸の鼓動は、まだ激しく燃えている。

 

「生きてるなら、やる事が一杯あるんです。―――それとも治療の対価が必要、かな。今は手持ちがないけど。必ず用意します」

「せっかちな事だな冒険者、そんな事じゃ拾った命また捨てる事になるぞ」

「ふーん」

【口下手】

 バイザーの青年は、その生き急いだ様子を厳しく、しかし心配するような調子で言い放つ。

 対して色彩の少年は、興味心身に観察する様に、瞳に宿る珍しい炎の色を眺めていた。

 

 なんにせよ、だ。彼らが仮に『覇濤』側の人間だとしても。

 若葉の少年たかだか在野の冒険者である、何か請われなければ交わる事はないのだろう。

 

「いやー対価なんていいよ別に、ついでだったし?」

 

「それよりまぁとにかく座って!お茶でも飲みながらお話ししようよ」

「でも」

「いいからいいから、人生急ぎ過ぎてもいい事はないぞー。それに君が言う”敵”の事、知りたくない?」

ぴくっ。

【■三英傑】【八尾比丘尼】【かつて恋に救われた者:元・狂羅輪廻】

 青色な乙女は変わらずにあっけらかんと、急いた若者をおどける様に誘うだろう。

 爛漫に聞こえるが、その芯の通った声色は、まるで年輪の重なった樹木の様である。

 それはかつての『リウ村』の長老、木の幹に腰かけて子供を見守る老爺の様な、そんな雰囲気があった。

 

 若葉の少年も”敵”の話と来たら、聞かない訳にはいかない。

 

「……、わかりました。少しだけお言葉に甘えます」

「よっしっ決まり。という事で”アレックス”!お茶の用意よろしく、ついでにお茶菓子もあると嬉しいなー♪」

「はぁ、茶会に誘っておいてその用意を人に頼むか、人魚姫?まぁいいさ」

 だから手招きに応じた。

 バイザーの男は、若干呆れ気味ながらも急いた少年を心配するは同じ、場を立ってお茶を用意しに、奥に引っ込んだ。

 きっと、彼は真面目な気質なのだろう。何処か振り回され気味に思う。

 

かちゃん。

 机の上に茶器が用意される。暖かな湯気と共に芳醇な匂いが立ち上がる。

 青髪の乙女はそこに座って。

「えっと何から話せばいいか」  

「まずは君の話を聞かせてもらおうじゃないか。聖錬の冒険者さん、君から見た今の覇濤セレクティブの風景を教えてくれないかな」

 

 

 

―――●●●

 

 

 

 しばらくして。

 

「ふんふん、なるほどねそりゃ大変だったね」

 若葉の少年が、一頻り話しを終えて。

「最近噂になってた『港の吸血鬼』に、郊外の廃棄された実験施設のログ、あれ君らが報告したんだ」

「うん、襲われたから」

 青髪の乙女はお茶を啜りながら、

 若葉の少年の『覇濤』で襲われ、結果的に関わった事件の経緯を聞いて、相槌を打つだろう。

 

 これ自体は既に依頼人の提督を通じて報告に上げている事だ、特に目新しいではない。

「ごめんねー。せっかく『セレクティブ』に遊びに来てくれたのにさ、せっかく『コンサート』の前に結構やんちゃするお馬鹿は潰したと思ったんだけどなぁ」

"機巧”(ギア)なんてあんなもの、何処に隠してたのかな」

「今まで潰したのは元から数任せの囮だろう。カネだけ渡されただの運び屋、今回こうやって鋼船を襲撃してきて明確になったな」

【工作員】【ザ■の御曹司】【正義の天秤】

 バイザーの男が、口を挟む。

 変わらず余裕のない雰囲気だ。きっと彼は彼でのっぴきならない事情があるのだろう。

 

「人海戦術、この街に大規模"機巧"(ギア)も動かすだけの動力(燃料)は何処か仕込まれされている。オヤジのやり口ではないが―――」

「はいはい。今は少年の話だよ”アレックス"、それはそれで後でガサイレするよ勿論さ」

 

 急ぐ者、宥める者、興味深々に眺める者。

 若葉の少年は彼等の事情を知らない、そんな事を思いながら、注がれたお茶を啜る。

(あ、おいしい)

 すっきりした渋みである。貧乏舌の彼には価値はわからないが、良い茶葉を使っているのかもしれない。

 

それはそれとして。

 

「にしても気になるのが君を斬ったっていう狼牙人の傭兵―――厄介なそりゃ未開の道とはいえ、『黒鋼』(クロガネ)以外にも自力到達者はいるよねー」

「……あの、知ってるんです?」

「うん、使い手が昔の仲間にいてさ理論だけは、こう見えてあたしも長生きしてるからねー」

 若葉の少年は気にかかりながらも、それ以上を問い正す事を躊躇った。

 正面から反応を許さず、まるで”魔法の如く”、意識の制空圏をすり抜けた不可思議を思う。

 この外敵に満ち溢れた世界、武技は血を重ねて積み上げた武器であり弱点であり”財産”である。

 秘中が暴かれれば対策がある。場合によっては探るだけで敵対行為にすらなりうるだろう。

 

 しかし、青髪の乙女は砂糖をかき混ぜるスプーンを口に咥えながらいとも簡単に。

 

「―――『虚空瞬撃』、まぁそう呼ばれるより”源流”(オリジン)は古くから実際はあるらしいけどさ。未開拓の体系技術、人の反射の裏にある幾多の層の虚空、呼吸を読み取ってそれを見出し動作を捻じ込む『理論』だよ」

「ちょっちょ、『奥義』(それ)そんな簡単に言っていいんですか!?」

「なになに少年?知りたかったんじゃないのー、さやかちゃんにはそう見えたよー?」

【長命の功】 

 あっさりと全て暴露しただろう。その後の反応を揶揄うように笑う。

 戦士の端くれとして聞くに『奥義』と呼ばれるだろう絶技、それこそ一般的に秘中に付されるモノ、未知こそがより強い毒(初見殺し)そのものであるはずだった。

 

 しかし、それはあまりに軽すぎて、困惑する。

 

「いいのいいの。『黒鋼』(クロガネ)もそんなケチ臭いこと言わないし、あれにとっては万ある手札の一つに過ぎないからね」

「ええ……?」

―――【王国六勇者:武具】【武神体技】【無限修羅】

 若葉の少年の知らない時代の価値観、無限の修羅、世界の違う話である。

 かつて遥か昔、それは勇者の世界の話だ。迫りくる戦禍の火事を殴り収めた『六勇者』。

 蛮勇の旗の元にあらゆるをかき集めた時代、半場既得権益に近しき各地の秘中を暴いて、解放し、ばら撒き、陳腐化させた。

 そんな陳腐になった木の葉を搔き集めて、置いていかれるぞと風吹かし煽って燃えあがらせ新しき『王国』(モノ)が出来上がった。そういう風の吹いた時代だ。

 

 今も覇を唱える解放という略奪の両面を持ち併せて、ただ只管に狂ったような鍛え上げ

 世界に蔓延る悪意に対する備えを肯定する世界盟主『王国』(ラスボス)の流儀、である。

 

 若葉の少年はそんなこと知る由もない。

 違う価値観、広い世界、知らない流儀、困惑しながらも頬を掻いて、いつも通り呑み込む。

 

「んー、そういう、ものなのかな」

「うんうん、そういうもん。それにふと死んじゃう世界だから、あたしの知り合いは割とみんな教えたがりなのさ」

 教えたがり、そもダイアモンドは、ダイアモンドでしか磨けないのは道理である。

 何の分野にせよ到達者は、隔絶してる故に己の武で語り掛ける相手もおらず孤独になるものだ。

 例えば『聖錬』の『永遠戦姫』(エターナル)の様に、己の場所にたどり着く事を望んでる節があるだろう。

 

 それはそれとして。

 

「………意識と反射の空白―――潜り込まれた、正面から切り伏せられる。もしかして」

「お?お?少年どうやら心当たりが有るみたいだね」

「多分、見た事があります」

 若葉の少年は思い返す。

 おそらくかつて目にしている。闘争都市(ルミナ・クロス)にて、繰り広げられた一大興行の記憶。

 『三宮皇』(イコン)『永遠戦姫』(エターナル)、そこで目にした絶海の記憶である。

 

 あの時、『竜賢皇』が業、残心に構えていたはずの『永遠戦姫』を無抵抗に刻んだ。

 かつて何も意味をなさなかった体験と彼の中のイメージが重なる。きっとおそらく、それだった。

 

「まぁ、ならわかると思うけど、頭で理解しようと呼吸を意識しすぎればかえって動きが乱れ隙になる。対策も糞もないし、見かけたら呼んでくれればさやかちゃんが片付けるよ。まだ他の『あかずきん』にも、ミズキ君にも荷が重いし、少年もよろしくね」

「伝説の『十三英傑』のお前が出張るようなモノなのか」

「うんまーじやばいんだって、幸いさやかちゃんは人より死に辛いから何とかするけどさ」

【機巧剣士:一刀鞘灯】【八尾比丘尼】【夢幻羅道】

 その青髪の乙女は、バイザーの男の言葉に、後ろに手を組んで軽くけらけらと笑う。

 しかし、彼にとっての”敵”の話だ。

 その忠告だろう言葉は置いておいて、もはや染みついた狂羅の本能にどう立ち斬るかばかりに思考が回る。

 

(きっと運がいい、こんな偶然で、あの時の不可思議の理屈がわかったなんて)

 しかし、思いと裏腹に過った手の震えにカップに注がれた水面が揺れる。

―――【剣牙たる凶狼】【血染めの衣】【不屈狂練】

 海面に流れる血と熱の感覚、広大な海に沈む中、

 群がる雑魚に散りじりに、食い千切られるだろうと思ったあの背筋の怖気立つ恐怖。

(……だから何?)

 しばらく考え込んで、どうしてもやはり、その”死”のイメージが抜けない。

 技量(カラテ)をさておいて、単純な『獣人』の身体能力に繰り出される長剣二刀の威圧(リーチ)

 若葉の少年は片手半剣(ハーフソード)の二刀流に留めている。

 そうでなくては純人種は容易に持て余す故に。

 双剣士として相じて、圧倒的実力差、彼にとっては、運命の如く死神の剣である。

 

 再び出会ってしまったとて、今度こそ死ぬしかないのだろうか。

 

ぎゅうぅぃう…っ!

「それは悔しい、な」

 若葉の少年は、現実に拳を強く握る。ぶり返した臓腑に煮え立つ感情を噛み潰す様に呟いた。

 ”同類”と気安く呼ばれた傭兵(アレ)は、空気読まずの身勝手だった。そんな訳はない。

 しかし、そんなふざけた奴に負けた。

 殺し合いではそれが全てで、こうして次があるのは運がよかっただけに過ぎないだろう。

 現実はどこまでも無慈悲で、だからこそ負けたことが情けない認めたくない。 

 

 そんな、若葉の少年の葛藤など露知らず、

 しばらくの空白の後。

 

「……そういえば」

 若葉の少年はとにかく再び深呼吸、意識を切り替える。

 己の都合は置いといて、話を応じてもらった。

 それならばと、出来る限りに彼等にも応じるべきだろう。

 

「貴方達は『セレクティブ』で、どういう目的で動いているんですか?」

 若葉の少年は今までの会話と”眷属”がいる事から、体制側だとおおよそ予想がついている。

 しかし、どういう意図で動いているかがわからない。

 命を救われている。どういう立場であるのか、配慮して動く必要があるだろう。

 

 その問いに関して。

「はいはーい!優しいさやかちゃんがざっくり解説して進ぜよう!」

 青色の乙女は待ってましたばかりにしゃきりと言う。

 

「私達『覇濤』で大活躍してる公認の傭兵ギルド『あかずきん』のメンバー!「「ちがうぞ(よ)」」はいそこ煩いそういう事にするの、ややこしいんだから!!」

 彼女は外野のつっこみを勢いで蹴飛ばして、強引に話を進めるだろう。

 それはどこか、漫才めいたやり取りだった。どこかおかしかった。

 

「本当に紆余曲折あってね!大昔の戦争で『覇濤』から追い出された人達との仲よくしようって話になったのだー!」

「―――"覇濤魁湾"、500年前の『対魔戦争』の時代にそこにかつてあった純人種の共同体、その難民の子孫たちの事、だね」

「まーひっどかったからねぇ、一代目『死霊王』(ティベリウス)の糞野郎も大陸中に好き勝手に悪趣味な凌辱と呪いばら撒いてたし、実際クソに混ぜてやったけどさ」

 『対魔戦争』、500年前に巻き起こった"魔王領"と"人類圏"での絶滅戦争の名称である。

 多くの土地を人を滅ぼし焼き尽くし冒涜して、更に悍ましい呪いを幾つも残したという。

 

 今もその疵跡は『魔王事象』、時限的な”マナ災害”(イベント)として各地に遺っている。

 

 しかし、そんな歴史の遥か彼方の事は日常に暮らす人間には関係ない。

 歴史の一頁、言われればそんな事をあったのかと思うくらいに昔の事である。

 それは少年にとっても同じ事、軽く流して話は続いていく。

 

「しかしっ、近々その"覇濤魁湾"の子孫で、今『聖錬』有力"吟遊詩人"(バード)の『平和の歌姫 ラクス=クライン』嬢を招いて!融和を記念した大事な大事なライブがあるのだ!」

「……『ラクス=クライン』ってあの?」

―――『平和の歌姫』【吟遊詩人】【愛される才能】

 『聖錬』が吟遊詩人(バード)『平和の歌姫』は、田舎育ちでも噂に聞いた事がある有名人である。 

 英雄の歌、偶像の歌、未知の歌――― 

 吟遊詩人(バード)とは、災多き故に孤立しがちな世界において物語という形で”模範”、

”人の導”(しるべ)の運び手であり、国も利用する情報媒介の手段でもある。

 平和の歌姫の異名の通り、その魅惑的な歌声は大きな影響力をもっているだろう。

 

「だが、その流れを気に入らない連中もいる―――、声高に裏切者と叫ぶのさ。先祖代々の恨みつらみを忘れたのかと、な。」

 バイザーの男は顔を伏せ険しい雰囲気のまま、どこか痛ましそうにそう零すだろう。

 

「それじゃあ、貴方達はその特別なライブの護衛という事になるんでしょうか」

「おー、呑み込みが早いぞ少年。という事で、万が一に備えてまぁピリピリしてるって訳なのだ。割と暗殺しに来たし」

「万が一じゃない。あの"親父"は必ず仕掛けてくる。『覇濤魁湾』難民代表の一人"ラクス=クライン"が覇濤と和解するその意味は、耐えがたい」

 青髪の乙女はそう変わらずの調子で軽く締める。

 所詮は異国の都合である。義憤などない部外者である。だから、そう動いている敵がいる。それだけが重要であり―――

 

「まぁ私達、そんなこんなでちょっとバチバチやってたわけさ」

「―――なら、"クリーブランド"さんを襲ってきた傭兵達も、その関係、あります?」

「あるな。確実にだ」

「なら」

 その答えで十分だった。

 であるなら、敵も目的も同じであり、おおよそ冒険者としても二重受注(ブッキング)には当たらないだろう。

 しかし協力させて欲しいと言葉を結ぶ前に。

 

「ここから先は僕が伝えるね。魔王が一人『海魔柱ダゴン』様の言葉を」

 

 水玉の少年が遮った。

 

「冒険者に助けを求めるような事はないんだ。預験帝のテロに比べれば、こんな事『覇濤:セレクティブ』の対処できる範囲だから」

 五大国の一角、四年事の大災いすら悉く跳ねのけた国である。

 眷属と海という特殊環境も相まって、この程度、在野の冒険者に頼るような事はない。

 

「―――ただ、不確定要素、おにーさんの存在を除いてね。最近の聖錬の『魔王事象』の全てに立ち会った同じ力をもった”S級魔具”の使い手さん。だからこそ僕が”監視”につくように言われたんだ」

「……、監視ってそういう事、なんだ」

『腕輪の担い手』

 彼の言葉が詰まる。自覚はある心臓が跳ねて痛む、それが何を刺しているか一言で理解した。

 『伝承砲』(データドレイン)、彼がいう『魔王事象:碑文八相』の心当たりは痛いほどある。

 

「うん、考えた事はない?おにーさんの存在自体が『魔王事象』を招いているって可能性」

 終わった事、被害の小ささ故に大きな噂にもならない事ではあるが、

 それこそ国の情報網、それも流通の中心たる覇濤の港の上層にはしっかり伝わってるらしい。

 

「みーずーき君―?なんで言っちゃうかなぁそれぇぇぇえ!少し話ししてみれば道化共の”勇者もどき”の類じゃないこと位わかんないかなー???」

「それを判断するのはダゴン様だから、ボクはそう言葉を伝えるだけ」

【上級眷属:ダゴン】【善悪二元論】【外なる者】

 水髪の乙女はどこか怒気を搦めて、それを諫めるだろう。

 しかし、あくまで水玉色の少年は群であり個である”眷属”の一人である。

 ただただ、その中の善きは海魔柱ダゴンにおいて他になく、その判断が絶対だった。

 

「だからこそ『覇濤首国』(ダゴン様)は君を信用しない」

 水玉の少年は、淡々と『覇濤』の支配者たる海魔柱の言葉を代弁する。

 それは支配者として当然の判断だった。傍から見れば出来過ぎて見える故に。

 

「引き続きぼくがおに―さんの監視につくし、どうにかするから、”何もしてくれなくていい”―――それが、君に伝える事、だよ」

「……そっか」

 そして結論を突き付ける様に。

 ただの不確定要素の冒険者に向けて、そう言い放つのだった。

 部外者たる少年は突き放された言葉に、胸が苦しい息を呑んで、鼓動が一杯一杯に鳴る。

 

「忘れてた」

 知っている、だからこそ誰よりもその答えが欲しくて、足掻いて探していたのだから。

 近しき『魔女』(ヘルバ)に接触した後も晴れない。悲しいまでに、それを否定できない。

 暖かな人達に眼を逸らしていた負債(それ)は、

 突き付けられれば痛くて痛くて、どうしていいかわからなくなる。

 

 そんな事は露知らず、

 『覇濤首国:セレクティブ』の片隅の邂逅、時は刻々と先に進んでいくのだった。

 

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