ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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報告【運命の羅針盤】

■ 

 

 

 

 ところ変わって、海に吸い込まれる夕焼けの空。

 港に真昼の熱の余韻が風となり海から吹き込む、人の灯が暗がりに彩るまでの余韻の時間。

 

―――『セレクティブ:鎮守府』

 

 日は落ちて、覇濤首国が港町の一つ『セレクティブ』の黄昏。

 

 海上の戦場から戻って今は覇濤の港、鎮守府の一室の中である。

 神妙な空気に満たされた執務室の中、一人の初老の男と3人の少女が言葉を交わしていた。

 

「—――……以上、これが第十三水雷戦隊、今回の哨戒任務の報告よ」

【秘書艦】【黒把のポニー】【グータラ娘】

 黒濡のポニーテールの少女が淡々と冷静に事実を読み上げる。

 まるで務めて事務的に、感傷を排して事務的にである。

 

「ああ……それに襲撃者と正体不明艦(アンノン)を回収して去った"機巧"(ギア)は追えてない。外洋だから、機巧の航続距離的に母艦がいた。んだと思う」

「それじゃあ今回の件は、『セレクティブ』の内部に協力者がいるってことか、それも相応の立場で、頭が痛い話だね」

【旗艦】【海上騎士】【裡の海メトローム】

 勝気の少女は、続いて旗艦としての責務に補足報告する。

 おそらく【ギアス】だろう。襲撃犯である不明艦はキーワードであっさり無力化され虚ろに何処かへ連れ去った。

【違法改造個体】【ギアスロールスクロール】(パブロフの犬)

 それは実験体としての"加工の証"、それが刻まれた工程など考えたくもない。

 いつも彼女に応じてはためいていた白磁のクロークも、何処か重苦しく圧し掛かる。

 陽がかげる部屋全体に、どこか重苦しい空気が漂っているだろう。

 

「……それに、冒険者に行方不明(MIA)か、やりきれないものだ。まさかあの少年が、ね」

 初老の提督は、沈痛な表情につぶやいた。それもそのはず、結果は芳しくない。

 言ってしまえば哨戒任務に伴う犠牲が一人、ただそれだけの事、在野の冒険者にとってよくある話でしかないだろう。

 しかし、それが彼女らの中にも大きく重く心に響いている。

 

「あの少年が、ねぇ」

 改めて天を仰いで、初老の提督は呪うように苦々しくその事実を嚙み締める。

 おそらく船を動かせるほどの資金力と影響力のある連中、潜んでいたそれが活発に動き出した。

 

 きっとその時は近いのだろう。泥のように渦巻いた欲望と不満が爆発するその時は。

 そして、決定的に道が違えるその時は。

 

「とにかく、近年目撃された正体不明艦(アンノウン)とやらは、どこかのバカが作り出したメンタルモデル再現の実験体で―――」

 その報告を聞き、困ったようにその髭を撫で思うだろう

 覇濤が流通の要(シーレーン)、『メンタルモデル』の違法再現の試み、珍しくない事例である。

 海運、海に支えられた膨大な流通網、それだけ巨大な海の権益は魅力的なのだ。

 

「……廃材で船体を組み立てているなんて例はないわけじゃない。"捨てたものにこそ神が宿る"、『桜皇』ではたまに聞く話」

「あん畜生め。まるで生き物みてえな船だった。海流ごと巻き込んだ暴れ蛇っつうか、それでも邪魔さえはいなけりゃよ!」

 

 マナという侵略的な極彩色のペンキにあふれた世界である。

 機械とて時には意思が宿る。その破片のジャンクとてそれぞれ生物の真似事をする事だってあるだろう。

 それがどれだけ歪でも、観測はどこまでも現実だ。今は、それ自体は放っておいて。

 

「そして気にかかることがもう一つ、その素体は、間違いなくクリーブランド君の孤児院の子供だったという事だね」

「……うん。間違いないあの子はあたしの義妹だった」

【孤児院育ち】

 勝気の少女はうなずく、その表情は今や曇りがかかって陰っている。

 心残り、心ここにあらず。こんなはずじゃなかった。

 

「なるほど、国の支援で成り立っている孤児院からの身柄の流出、重大な背信行為だね。これは上にあげる。君の出身の孤児院には強硬調査が入るだろう」

「提督、そんなことよりさ!!」

ドン!

 声を荒らげる。

 勝気の少女にとって応報に興味はない。怠惰な園長に訪れる断罪はどうでもいい事だった。

 ただ、滑りぬけてしまったこと、奪われたモノ、こんな筈じゃなかった現実を取り戻したくて、焦れて詰め寄ってしまう。

 

「なぁ提督!正体不明艦(アンウノン)の捜索のついででいいんだ!カイトの捜索も上に出してもらう事はできないのか?」

「……勿論、上には掛け合うよ。しかし君もわかっているだろう。海を支配する『覇濤』の懐は深く、だからこそ冷徹だよ。今は殆ど望みのない一冒険者の捜索に裂けるリソースはないだろうね」

「そんなのわかってるけど!でも!!だってアイツはあたし達の為に、あたしがあたしが義妹だって余計なこと言ったせいで―――」

 現実的な回答に納得できないとばかりに、声を荒らげた。

 彼女等だって襲撃者の撤退の後、可能な範囲で目で耳でさんざん海を浚った探った探し回った。

 しかし、見つからなかった。

 広大すぎる大海原を巡る海流の流れか、潜む海獣か死肉漁りか、心当たりは幾らでもある。

 語気も尻すぼみに勢いが弱っていく、唯人が海に沈むその当然の帰結を想像して。

 

 一言でいえば絶望的、であろう。

 

「わかっているさ。だからこそ犠牲は無駄にはしない。僕からいえるのはそれまでだね」

【凡人提督】【年の功】

 初老の提督は期待をさせすぎないよう、立場からの発言に、深く帽子をかぶりなおす。

 海の支配者たる『覇濤』相手に、戦隊規模対象の襲撃、これが示すところは大きい。

 

 今や、急激に物事は動き出した。

 セレクティブ中、憲兵や眷属が至る所を虱潰しに動き回り、末端を虱潰し回っている。

 『融和コンサート』(特別なライブ)の事もある。今できることはただ備える。万全にだ。

 不穏な情勢に火がついていることがわかるだろう。それ含めて今は小事に覇濤は動けない。

 こうして鉄船を駆るメンタルモデル(船娘)が再度襲われたのだ。

 仮に行方不明者の捜索を出して、二次被害が起きないとも限らない。

 

「つらい思いをさせたねクリーブランド君、今日は疲れただろう。帰ってしっかり休みなさい。これは提督としての命令だよ」

「……そんなのっ!」

 聞きなれた優しい声に促される。

 しかし耳を逸らす、その気遣い、優しさがなおさら焦燥感に、無力感が沸き立って行った。

 

 それを振り払うように、踵を返して。

 

「そんなのっ納得できるか!!」

「あっ、クリーブ兄貴?!」

バァン!!

 勝気の少女は戸を八つ当たりの様に乱暴にしめてそれに、執務室を後にする。

 

 白把の少女も心配なのか、後に続いて退出していった。

 廊下をずかずかと進む。不意の幸運だろう遭遇、勝気の少女の義妹も取られた強奪された。

 何も、何も、ただふざけた連中に奪われたままである。

 

「……なぁ、そのクリーブの兄貴、きっとあの兄ちゃんはだいじょーぶだって、言ってただろ徒党の仲間も」

「そうっそれ!!だから、だからてーとくにもそう言ったのに!」

 そして白馬のポニーテールを揺らして、同僚が控えめに声をかけてきた。

 勝気の少女が呼応して声を上げる。

 彼女だって感情任せ何の根拠なしに海原で、砂粒を探してくれなんて言わないのである。

 

 別れ際を思い返す。

『―――あー生きてるわよ。勝手に諦めたうちのバカは、”リコ”にはそれがわかんからねー』

『……もしどこかに流れ着いたとしても、捕まっているとしても、取り戻しがきくんだ。君から上に協力を要請してほしい』

 徒党(パーティ)との別れ際、聞いた希望となる言葉。

 広大な海、マナを阻害する海属性に対して精霊使いとしての共振(パス)というか細い根拠。

 

 根拠としては正直薄いだろう。ただ、気休めとして十分だった。

 

「カッシンの奴がバカやらかす前に、あの『大蛇』を止めてくれたおにーさんはあたいにとっても恩人さ、気持ちはわかる」

 しかし、一呼吸おいて、白把の少女は付け足す。

「でもさ、今日はてーとくが言ってた通りに休んだ方がいいと思うんだ。日が暮れるし、ヘロヘロで、それはクリーブの兄貴も一緒だろ」

「……わかってる」

【海上騎士】【メンタルモデル】【お姉ちゃんの矜持】

 休息の重要性、そんなこと彼女だってわかってる。

 突然の襲撃、熟練の傭兵共とやりあった精神、体の消耗、無理をさせた艤装の整備。

 それに、夜場に活動する港の吸血鬼の話だってある。

 

「わかってるんだ。ごめんなダウンズ、あたしが一番年長なのに心配かけてさ」

「ううん、クリーブの兄貴の為ならあたいもなんでもすっから、きっとカッシンの奴もおんなじさ。落ち着いたら声をかけておくんな!」

【白把のポニー】【江戸っ子】【発破娘】

 そういって快活に励ましてくれる後輩と供に歩く。

 文明の灯が多く灯る港町『セレクティブ』とて、陽が落ちれば大概が眠るだろう。

 そう今、できることはなにもないのだ。

 本当に、力を尽くすなら休んで明日に備えるべきだろう。

 

(わかっている)

 いつも彼女に応じてはためいている白磁のクロークが、どこまでも重苦しく体にのしかかる。

 帰路の道を、後輩に弱い所を見せたくなくて明るく取り繕いながら。

 覇濤の街を歩く。

 しかしその内実、喪失感、無力感と、切迫感という馴染みのない感情身を焦がすのだった。

 

 

 

●●●

 

 

 

 あれから、さらに時間は進んで。

 

 いつも通りの日常の象徴、狭いとはいえきっと彼女が勝ち取った彼女の居場所。

 ただ、いまはただの箱物である。

 かちゃりと、戸を開け身を投げ出し、倒れ込むようにソファに沈む。

 

―――そのまま無気力に、しばらくの時間がたった。

 

『セレクティブ:船娘寮』

 

 ここは覇濤が港町『セレクティブ』に所属する船娘に与えられた寮、その一室である。

 

 勝気の少女はソファの上に、寝転がって無気力に天井を見上げている。

 

 一人きりの部屋はどうしようもなく、静かであった。いやに己の鼓動が耳に響くだろう。

 

「眠れない」

 疼く胸の内を抱えたまま眠るのが耐え難い、痒い、痒い、痒い。

 混ざりあった疼きが胸を掻きまわす、掻いても、無力感ともどかしさが収まらない。

 

ぎゅう……!

 虚空に向かって手を伸ばし、握り占める。

 爪が、手のひらに食い込んで痛い。自覚しない遠まわしな自傷行為。

 

「……レヴィアの奴、寒い思いしてないかな、ひもじい思いしてないか、痛い思いをしてないかな」

 手から零れ落ちていった義妹の事を思う。

 今は、寝て明日に備えなければならないと、そうわかっているのに。

 

「こんなはずじゃ、なかったんだ」

 そして思い返す、海の上で船体から感じた誰かの匂いを鼓動を、歌うように重なった戦場の熱。

 近しい事が、どうしようもなく新鮮で、甘くて痺れた一時の経験。

 

【血染めの衣】

 そしてそれが、そのまま喪失の悪夢と変わった瞬間を、である。

 

 苦しい。空虚なため息を漏らす。

 

「会いたい」

 きっと、こんなの普通じゃない。

 ここまでくれば初心な彼女も、その正体が流石に察せられている。

 苦しくて心細い。たまらなく人恋しい。

 ただ、今すぐ会いたかった。きっとそれだけが答えだと分かっている。

 

ちっくたっく……。

 そうして、眠れないままに、ただ無為に時間が過ぎていく中で――――

 

こんこん。

 唐突に随分と控えめなノックオンが耳を叩いた。

 

 無視をする。

 眠れない。ひどい顔だろう誰にも会いたくない。今はそんな気分じゃなった。

 

「……だれだよ。こんな時間に、こんな時に」

 

こんこんと。

 無視しても、しばらくすれば再び遠慮気味に戸を叩く音がする。

 どこか控えめなそれに、意識が引っ張られる。

 少女は、へにょり垂れ下がった金髪をたくし上げて身を起こした。

 体が重い。

 ただ身体は怠惰に浸りきらない習慣として、玄関に足が向いてしまう。

 

 文句言ってやろうと扉を開けた。

 

「おい、今何時だと思ってるんだ―――」

がちゃん。

 そこで目にしたのは―――

 

「えっと、その、本当にごめんなさい」

「ぶい、こんばんわ」

「えっあ、へ?」

 あどけなさが抜けない童顔に、少し焦げ付いたような葉が匂い。

 申し訳なさそうに佇む緑髪の少年だった。 

 その傍らに、どこか誇らしげな無表情に肩にちょこんと儚紅の少女、リコリスもいた。

 そう、何気なしにそこにいたのは確かに、あの時、海に飲み込まれたはずの軽鎧の彼である。

 

 そういえば、観光案内で別れた際に、覇濤で困った事があったらここに来なと、この場所を渡していたなと。

 そんな詮のない思考も流れる。

 

「—――……っぅぅうう?!」

【裡のメトローム】【乙女心】

 息を吞んで口を手に覆う。敏感な耳を打つ鼓動、鋼の皮膚に感じた間違いない心音だった。

 幽霊なんかじゃない。不意を突かれる。よかった。なんで、温かい。

 心臓が早鐘を打つ、胸の疼きがじんわりと温かい痺れに代わって全身に広がっていく。

 

 そんな少女の内心など、つゆ知らず。

 

「本当に、図々しくて迷惑なのはわかってるのだけど」

 対して少年は童顔に気まずそうに頬を掻いて、不安に揺れる心音、次の言葉を躊躇に歯噛んでいるのがわかる。

 

 勝気の少女は困惑に惚けた声を漏らす、何もかも自体が呑み込めなかった。

 対して若葉の少年は勝手に意を決したように、彼の都合を心の中にこねくり回す。

 目の前の彼は、勢いよく両手を合わせて拝むように―――

パァン

 

「―――しばらく匿ってクリーブランドさん!!」

「あえ??」

 脈絡なし、唐突にこんな事を頼み込んできたのである。

 何で、誰から、どうして?

 さらに深まる疑問に、また微妙な空白の時間が流れるだろう。

 勝気の少女が、望んだはずの都合のいい現実を飲み込めずぽかんと放心する中。

 

ちっく、たっく。

 

 本当に時が止まったような錯覚、ただ時計の音が刻々と進み、覚まされる。

 そして、今の自分の状態を見返り感じる。

 長髪はぼさぼさ、億劫で着替えてなかったセーラー服は寝返りで乱れて皺だらけである。

 もしかしたら汗臭いかもしれない。そして頬は熱くきっと間の抜けた顔をしているだろう。

 深呼吸、気恥ずかしい、思考放棄。

 深まる疑問をいったん心の棚に放り投げて声に出した。

 

「っとにかくこっちこいよ。一から、全部、全部話を聞かせろ」

【世話焼き】【乙女心】

ぷいっ!

 勝気の少女は頬の紅潮が身を焦がして、それを隠すように顔をそむけて部屋に手招きする。

 こっちの気も知らないで。

 恥ずかしさから、ふてくされたような、ぶっきらぼうな声になってしまう。

 

 ただ、改めて安堵を噛み締めるよかったと、心の底から思う。

 じんわりとした実感に彼女にとって、空虚で静かな夜は反転するのだった。

 

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