ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】 作:きちきちきち
【覇濤首国クトゥルー】
―――『広大な海底』
遥か深く暗闇の世界。
人類未踏の深き闇、湛えられた生命の海の繰り返す、サイクルから零れた糟の沈殿する泥。
きっと、それは人にとって
しかし、今そこにただ厳かに何かが鎮座している。
身動ぎもせず仏像のように、しかし太陽の如く派手な色彩が自己顕示するかのように。
『碑文八相』『運命の預言者』
それが
この茶番の如く演劇を仕組んだ者しかわからないだろう。
『—――――――――』
それは待ち続ける。ただひたすらにその時を、来たるべく滅びの予言の時を。
これは
合掌、『天罰』を待ち焦がれる様、己が言葉に手を合わせて祈るように―――
ゴーン。
『—――喪われしものの、還ることあらざる。時の流れは不可逆なればなり――』
迫る鬨に呼応して鐘の音と共に虚空に声を響かせる。
それ以外が、蓮華の上の仏像の如く、深く深くただ静かにそこに在り続けるだろう。
予言の時、時代の残党に告げられ、望まれた厄災の時は近い。
●●●
【覇濤首国:セレクティブ】
―――『船娘寮』
そこまで広くないワンルームの間取り。
年頃らしく小物に小洒落た。しかし、どこか生活感に少し散らかっている。
その誰かの生活の詰まった居間と呼べるような場所で、少年少女はいた。
勝気の少女はとりあえずそうして、突然の訪問者である若葉の少年を迎え入れて。
色々整理がつかず、染み付いた血の匂いにシャワー室に叩き込んでこうしている。
心細くて会いたくて仕方なかったとはいえ、こうも不意に突然となれば整理がつかない。
「湯舟貸してくれてありがと。それにその、服まで貸してもらって……」
「いいんだよ。そんな小さい事、元々孤児院のチビ達にあげるためのとっといたお古だから気にすんな」
若葉の少年は軽く汗を流して、タオルでわしゃわしゃと髪を乾かしている。
男物の服などあるわけはなく、今は彼女のお古の寝間着を借り着ていた。
寝間着に関しては、かわいげな趣向はあれど男女に機能に違いなんてほとんどなかった。
彼がまとっていた装備の類は切り裂かれて破損しているし、血と海の臭いにまみれていた。
何より身を休めるのに向いていないのだから、仕方ない事である。
「何というか、カイトは、そうしてると普通なんだな」
「?」
その身支度を眺めてつぶやく。元々、小柄で童顔の少年である。
幼げで少女趣味の意匠であるはずの寝間着が変に似合っている。
どこか居心地の悪さにちょこんと縮こまってる事もあって、より幼げに見えるだろう。
それは肌で感じた戦場の姿とのギャップが凄まじいものがあった。
それは置いておいて。
彼女自身は、最低限顔を洗って、崩れた金髪を手櫛で整えて、改めて話を聞いている。
「つーまーりー?」
勝気な少女は、色々と気恥ずかしくてベットに座って、そっぽ向きながら話すだろう。
ソファーに座らせた彼に、今、正面から向き合うのは恥ずかしくてたまらなかった。
「あの後、通りかかりの"眷属"に運よく海から拾われて助かったけど、その相手に喧嘩売って逃げてきたって事か?だから匿ってと???」
「あはは……まぁ簡単に言えばそうなります」
「ぶい」
「ぶいじゃないってばリコ」
勝気な少女は、そんな呆れたような話に、どこか絞り出すような声を漏らしながら。
熱くなった目頭を押さえて天井を見上げる。
こんな顔を見られた恥ずかしさ、安堵と呆れがグルグルして己の中で整理がつかないのである。
とりあえず、だ。
むんず!と強く愛用のマイ枕を手に掴む。
とにかく、この衝動をぶつけなくては気が済まなかった。
「ぶっ」
ぼぉん!
だから、この行き場のないもどかしさを込めて、それこそ船娘のフルパワーで投げつけた。
顔に直撃、枕が弾性任せに勢いよく弾ける。
いくら柔らかいとはいえ顔面に、それも勢いが勢いである。
少年は反動で吹っ飛ばされてソファの後ろに倒れ込む。
勝気の少女はそのまま、馬乗りになってその顔を枕で押さえつけてしまう。
「なーにしてんだよっ昨日の今日で、このおバカ!!とことん無鉄砲!考えなし!!」
「むぐっ、んぐいたっ痛いやめ、まだ本調子じゃ…」
「やーかましい!!あたし達がどんだけ心配したと思ってるんだこのっ!!」
抗議の声を無視して、じたばたもがく少年を押さえつける。
少なくともこれなら顔を見られることはないし、思う存分、この行き場のないこの感情をぶつけられるからだ。
だから足掻いてもがいても、馬乗りに押し倒されたまま押しのけられない。
じたばたじたばた。
枕を押し付けたまま、そんな押し合いの攻防をしばらく続けて。
ついに力ではかなわないと諦めたように、大人しくされるがままとなる。
「わかってないわかってないわかってない!!深い深い海だぞどれだけ絶望的な事か!勝手にあっさり諦めて、そんな手が届かない場所に身投げしやがって!!」
「―――あの時は」
若葉の少年は、遠慮気味に言い返そうとした。
剣を交え誰よりも理解しているあの"オオカミ"は、剣でもって例え"鋼鉄"とて齧り斬ると。
このままでは砲撃の盾にされ、鉄船への接近を許すだろう、取り逃せば牙を突き立てるだろう。
だってきっと己だったらそうする。今でも、その"共感"が間違っていたとは思わない。
しかし。
「……?」
ぽつん
頬を伝う生温かい雫の感覚に、何が起こっているかわからず困惑する。
そして続く震える声に、やっとその正体を悟らされる。
「ほんとうに、ほんとうにぶじで、いきててでよかった…ぅぅっ!」
誰かを、友達を泣かせた。
若葉の少年は、今更にながらそれだけの事をしたという実感に息を呑み込む。
きっと痛みに慣れていくことは、鈍くなっていくことだ。
それは己の痛みに限らない。きっと他者の痛みにも想いにも、鈍くなってしまうらしい。
ああ、しかし。
「……その、心配かけて」
『事変の証明者』【腕輪の担い手】【狂羅輪廻】
若葉の少年がこの噛みつき癖は、もはや戦場においてもはや本能である。
ただ、やってしまった事について、彼が応える手段は一つだけだった。
「ごめんなさい」
きっと容易には治らない。
また繰り返す。それを含めた罪悪感に苛まれながら言葉を震わせる。
まるで昨日の如く想起される
この厳しい世界を生きる人々にとって、忘却はきっと祝福だった。
「……おう、それをカイトの
ぐしっ
勝気の少女は手首で目元を拭う。
しばらくの空白が流れて。静寂の中で時計の音が空間を支配する。
「うん。それはそれとして—――あの、どいてくれると」
「やだ」
少年は負い目に本当に困ったように、根を上げる様に、それでも負い目から弱弱しく、遠慮じみた要望の声を上げる。
そんな弱弱しい抗議の声を、あっさり跳ね除けた。
割と彼女の中にも色々な感情が入り混じっていて、それどころじゃない。
その指先から背中から駆け抜ける柄も言えない痺れの感覚にぞくぞくしている。
体温、鼓動、汗の臭いこんなに近い。組み敷けば彼を力ずくで支配しているような感覚もある。
指先からとめどなく髄に痺れる欲、きっとそれは齧ってしまえば後戻りできない新鮮な果実で。
(―――……っ、ダメだだめだ)
しかし、勝気の少女はぶんぶんと頭を振って信頼を裏切るその生理衝動を噛み潰した。
そして疑問を問いかける。
「で……、喧嘩売った理由を言え理由を、ほらカイトの事だからなんかあるんだろ?」
「んーつまんない事なんだけど」
その阿呆な経緯はともかくとして、こうやって頼まれた頼られたのだから。
なら
「偉い人に”大人しくしろ”って、言われたから。もし、ぼくが本当に災いの"根"だとしても、それだけは耐えられない」
「なんだそれ」
「まあ、ちょっと色々あるんだ。ぼくにもさ」
『腕輪の担い手』【事変の証明者】
若葉の少年は苦笑で流して、それ以上は口を閉ざしてしまう。
彼が、どういう道筋をたどってきたか、知らない。ただ踏み込めないような拒絶を感じる。
鼓動に痛み、それに一抹の寂しさを覚えながら。
そして、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに、未だに強引に枕に目隠しされたまま。
ただ軽く流して、合わせるための手が、誘うように差し伸ばされる。
彼は経験で察している。
『覇濤』が港町が一つ『セレクティブ』の嵐の前兆、この空気を緊張感を。
すぐに全てが変わるきっと、すでに物事は崖から転がり落ちる岩の如くであると。
嵐の中においては流されるままでは、何もつかめないという事を。
「
「うん」
少年はただ、己の中の事実を淡々と零して、少女に向けて掌を開いて向けるだろう。
まるで勝気の少女の意思を、問い示して握り返してほしいと言ってる様に。
「『冒険者』としてのぼくはまだ、君達の護衛だそのつもりでいる」
確認するように、体温で指し合わせようと伸ばす。
そこに迷いはない。まるで答えがわかりきっているようだった。
「だから貴方が帳尻合わせを望むなら戦うよ。生きてるなら、まだきっと幾らでも取り戻しは効くんだから」
帳尻合わせ。
それが在るべき当然だという励まし含んだ、この世界に溢れる悪意に対する強がりだった。
大事な人が、生きているのだから、いくらでも取り返しが聞くのだと彼は軽く含む。
互いに戦士の気質が染みついている。言葉が少なくとも通じ合うこともある。
「……ん、もちろんだ。諦めてなんかやるもんか」
勝気の少女は応じてただ握り返す。
その掌は小さくて、彼の印象の反して思ったよりずっと硬くてささくれだって―――
使い古された船を繋ぐロープような手触りだった。重なる鼓動が重なる道を示している。
●●●
―――それから少しして。
歩く先を意思を示し指で合わせるように、手を握り合った人肌の熱もあるのだろう。
組み敷かれたまま、少年の目が焦点を揺らして揺蕩い始める。
「あ、やっぱ手放して、すごくぐわんぐわんとする―――」
「ん?どうしたんだ」
若葉の少年は、重症から無理やり
少年の身体はもとより、慣れているだけで臨界点をとっくに超えている。
さらに枕に目隠しをくらってる、暗中である。
人肌の温かさに、意識が揺れる微睡む、周囲の輪郭がぶれてはがれていく。
「んーあー、ダメそう………」
少年の横になった身体は休息を切実に求めている。
突然、組み敷かれてもがき疲れたのもあってか、その意識を微睡の中に言葉を揺らしながら目を瞑って。
「………すぅ………」
「おーいカイト。……寝ちまったのか?」
そして、そのまま彼は電池が切れたように寝息をたてて、微睡の中に沈んでいった。
勝気の少女はそれにどこか謎の不満を覚えながら。
その結んだ掌を解く、彼の手はやはり緊張状態の名残かとても熱い。
「話の途中だぞ。しょうがない奴だな、こんまま寝たら風邪ひいちまうぞ」
足元で丸まっている毛布手に取り広げて、少年にかける。
彼の胸元に触れれば違和感がある。きっとこれがその時の疵、縫われた怪我の痕だろう。
「……あ、あたしも疲れてるし」
そして少女は何かに言い訳する様に。
「このまま寝ちゃうのも、おかしくないな。仕方ない仕方ない」
ころんと。
勝気の少女は、そのまま己も包まって、そのより近く熱にそのまま息を吸い微睡に任せる。
「—――ありがとな」
呟いて。
彼が言う"辻褄合わせ"という言葉選び。
きっと、彼はそれがきっと寄りを正しく戻すのだと、きっと容易い事だと言ってるようで。
不思議と、根拠がなくてもたまらなく心強かった。
そんな一期一会の少年と少女の、つかの狭間にある夜は静かに更けていくのだった。
久しぶりに来たら更新されてたので燃料くべて。
誰も求めてなくても、始めたならせめて覇濤は完結させないとなぁとプチ再開です。