ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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中途【吟遊詩人】

『クッ、クックエー!』

 元気なチョコボの鳴き声。

 

―――旅の道すがらの途中。

 彼等は整備された街道から、傍道に流れ周囲を警戒しながらチョコボを引いて歩いている。

 既に、点在する古代遺物(オベリスク)を経由しながら晩を越していた。

 【ラインセドナ】から出発した暫く後には周囲に居た、他の旅の集団はもう見えない。

 

「ふむ、順調だな。予定通り今日中に最初に滞在する村に辿りつけそうだ」

「お!そうかそうか、そりゃ助かるわ。俺もやっとアンタ等に俺等の仕事を見せらせそうだ」

「ん、アンタが言ってた”ロック”って奴?」

 依頼人のリューク兎丸が反応して声を上げた。

 中継地でのキャンプにおいて、彼は自身の嗜好に付いて多く話していた。

 曰く、彼が言う”ロック”という物を無教養な彼等は全く知らない。

 

「そういう、大したもんできなんやけどねぇ。あたしら他の吟遊詩人(バード)の真似しても受けないやし」

「そう悲しい事言うなよ。まぁ好きものと誰かを笑わせられる物は別って事だな」

【漫才師】 

 吟遊詩人の二人がお互い見合って、曖昧な表情で笑った。

 どういう意味だろうか。

 

 

―――そしてまたしばらくチョコボが歩き。

 

 

 

「お!何か見えてきたわね!あそこが最初の目的地かしら」

「おお、そうやそうや。アレが”カイガラ村”や。あともう少しやねー」

 目的地が見えてきたらしい。レイチェルが乗り出して答えた。

 村としての規模は二百人程度の中規模な村だろうか、背後に畑を抱えた一般的な農村に見える。

(うん、特におかしい様子はないか)

【太陽の腕輪:望遠レンズ】

 既に、調整に慣れた魔具で、遠く離れた所で一旦観察する。

 万が一にも怪しい宗教や、盗賊の住処になっていないとも限らない。

 こういう人類の集落を巡り、正常を確認し収集し伝達するのが吟遊詩人という仕事の一つだと聞く。

 

 そして村の入口にチョコボを繋ぎ留め、その中に足を踏み入れた。

 村の衆の反応も、外からの刺激に飢えているのか、割と衆目を集めるが大体は好意的な反応だ。

 見ている人たちに、軽く手振りで互いに挨拶を交わす。

「村ン中に入ったらもう大丈夫やろ」

「そうだな、俺等はやる事あるしな、自由にしてもらっていいぜ」

 依頼人である二人から、そう伝えられるが。

 

「ふむ、見た所は問題ない、か。確かに武装した私達が着いてたら動きが取りずらいでしょうね」

「じゃあ、とにかく村長か神父に話を通した後は別行動取りましょうか」

 カイトが田舎村育ちの常識から声を上げる。

 村長か、いれば神父は村の責任者となる立場である。

 余所者が、しかも冒険者が無遠慮に居つく事を快く思わないだろう。

 余計なトラブルを起さない為には、最低限話を通しておく事が必須だった。

 自分達は無法者ではないと、証明しなくてはならない。

 

「あの…、村長に用があるんで?ならオラが案内しやそうか」

「ん?ああ、ありがたい。お願いできないだろうか」

「へ、へい。こちらこそ!」

 こちらを伺っていた若い村人が、多少きょどきょど提案してくる。

 背後のこちらを男たちは、外来の美女に声を掛け接近した彼に羨ましげな視線を向けていた。

 彼も故郷で馴染みがあった光景だ。

 

(結構好意的な雰囲気だけどさ、こうなんか、ジロジロ見られるのは慣れないわねぇ)

(あはは、物珍しいからねぇ。田舎は外部刺激に飢えてるから、行商人とかが来てもこんな感じだよ)

 背後でぼろりぼろりと会話を交わしながら。

 若い村男に先導され、村の中心の水車が横に掘られた家に案内された。

 

「村長ーっ!旅のお方だってばさー、出てきてくんなー!」

「おうタジキか?ちょっと待てェ。今行く」

 返事が帰って来て暫くすると、中から壮年の男性が現れる。

 手と指ダコの付き方から推測するに、村でも特殊な薬学知識等を持つ者だろう。

 巌とした雰囲気からは小さくとも集落を率いる風格を感じさせられた。

 

 

「良く来てくださった、旅のお方。”カイガラ村”村長をさせてもらっとる『原間』ってもんですわ。今日はこの村に何の御用じゃろうか」

「こんにちわ。村長さんもご機嫌麗しゅう、うちらは旅の吟遊詩人(バード)をやってる者等なんやけど、彼等はその護衛や。今日の日はここで一宿の間、芸を披露する事を許してもらえんでっしゃろか?」

【マネージャー:交渉術】

「これはこれはどうも遥々、吟遊詩人の方じゃったか、構わんよ。村の者も娯楽に飢えておるでな、いい刺激になるじゃろうて」

「それはよかった。おおきに、あんがとなー」

 割とスムーズに許可が降りた。

 外貨に繋がらずとも 情報が欲しいのは吟遊詩人側だけじゃなく、村側でも旅で稼いだ外の情報は欲しい。

 吟遊クランの方針によって、刺激と娯楽を運ぶこともあって。

 吟遊詩人と辺境集落との関係は、両得になるこの世界のシステムの一つだった。

 

「馬宿は南の入口に、旅のお方の宿は、南に三間行った先にあっての。好きに使ってくれなされ」

「ほんまおおきに、夜の方に一芸やらさせて貰うんやけど、よかったら見に来てくれると嬉しいわー」

「うむ、それはそれは、愉しみにしてますわ。所で、ここらで世間の変った話はないじゃろうか?ここ最近は町に食糧を卸す以外に出入りはなくてのぅ」

「そこは俺が語らせてもらおうか、まぁ相方は兼業なんだが、弾き語りは俺の仕事なんだわ」

【吟遊詩人:語り手】

 ここで、交渉を相方任せていた、派手な見た目の男、デューク兎丸が背負っている楽器を取り出す。

 アレは弦楽器の類だろうか、なかなか見る事のない珍しい物に見えた。

 

「まぁ(ウタ)にできていない話もあるが、最近騒がしてる”人工精霊”の出没の話とかよ。他に聞きたい奴が居りゃ、呼んでくりゃ弾いて聞かせるぜ」

「それはそれは、ですが今の時間帯は村の衆も大半は仕事で出払っていますからのぅ…。玄さんや、手空きの者を呼んでくれないかの」

「お、おぅ。わかったで村長ァ」

 案内をしてくれた男に言付けを、玄さんと呼ばれた男が周囲にソレを伝えに行った。

 さわさわと村が騒ぎ立つ。

 

 その背後で。

 

「さて、入口につないだままのチョコボ達を馬宿に繋いだ後、言葉に甘えて大人しく休ませてもらうつもりだが君等はどう行動するつもりだ、一応リーダーとして把握しておきたい」

「……俺ァ、その客舎とやらに籠ってるぜ、下手に悪目立ちするよりマシだろう」

「僕も休みます。自業自得だけど多少魔力は消費したから、休める時に休んで魔力回復させたい」

 ガルデニアの質疑でそれぞれの都合で応える。

 カイトは道すがら、下級魔具である【太陽の腕輪】の微調整に魔力を費やしていた。

 勿論、戦闘に差支えのある様な消耗はしては居ないが、それでも万全にするには休むべきだろう。

 旅であるから食糧は保存食であるし、交代の夜番もあって睡眠不足もある。

 旅路に合っては身命の脈の回復は、普段通りとはいかないのだ。

 

「じゃあ、あたしは弾き語りとやらを聞いていくわ、体力余裕だしミストラルへの土産話にもからね」

「そうか、まぁ無理強いはできないが夜の見世物の方はよかったら見てくれよな!」

「うちらはそっちがメインやからねぇ相方、いつも通りうちは村の衆に挨拶と色々聞いてくるわ。また後でなー」

「おう、そっちも頑張れよ!」

【マネージャー:情報収集】

 慣れた動き、どうやら彼等は明確に役割分担をしている吟遊詩人らしかった。

 話には聞いたことは有るが、吟遊詩人の活動を管理・支援する【マネージャー】という職業もあるらしい。

 おそらくはそれだろうと、余り関係なく納得する。

 

 ここで二手に別れて、なだらかに整備された道を行く。

 質素であるが小奇麗に整備された小道は、住人たちの村への愛着を感じさせるものだった。

 

 少し歩けば、彼等の後ろに小さな影がゾロゾロ続いて見える。

 

「オイ、ガキ共なんか用か?」

 来訪者、それも冒険者という存在に興味を示した村の子供達だった。その証拠に男の子が多い。

 それを察知し、マーロー・ディストが不機嫌そうな声を上げた。

 多少ビクついたようだが、彼等の若い衝動(リピドー)はそれに屈せず、声をかけらた事で逆に一気にこちらに接近してきた。

 

「その、外から来たお兄ちゃん達、冒険者って奴なんだよな!」

「ん、そうだよ。駆け出しだけどね」

「すげー!アレだろ!冒険者ってモンスターをばさばっさやっつけたり、悪人を懲らしめたり!」

「そうそう手柄立てたりして、騎士様に取り立てられる人もいるって聞きました」

「そうそう、それで奇麗な姫様と結婚したりとか!いいよなー、憧れるぜ」

「……あはは、そんな恰好が付く物ならいいんだけどね」

「フン」

 カイトが苦笑し、口下手なマーローは押し黙る。そのやたらキラキラした眼をやめてほしい。

 凄く眩しい。

 彼等の口から出るのは在り来たりな立志伝だ。彼にも幼い頃聞き覚えがある。

 

「あー、いいなぁ!こんな何にもない村から出て立派な冒険者になって。何時か周りの大人を見返してやるんだ」

「僕らが、立派な冒険者になる為にやる事教えてくれよ!」

 どんな場所でも空でも一等星だけは目立つ為に、そればかりが見られる霞の様な幻の物語。

 その一握りの成功が存在する反面、千倍の最底辺が泥を啜るのが、生き足掻くのが冒険者という職業の現実であるのだが。

 

(さて、どうしよう)

 子供は無垢な生卵である。通りかかりがそこまで親身にやる事もないが。

 三男・四男などの家で抱える余裕もなく、将来的に”冒険者にならざる得ない”子供も居るかもしれない。

 村暮らしでは珍しくない話で、どの程度の加減で話せばいいのか非常に困っていた。

 

「まず礼儀正しくいる事、食べれる物はしっかり食べて、基礎練で全体的に資本(カラダ)を鍛える事それ位かな」

「ええーそんなの地味ィ」

「俺様ってば、そこの岩持ち上げられる力持ちなんだぜ、まどろっこしい事やってられるかよ」

 随分と余裕のある村なのだろうか、モンスターの恐ろしさを知らない子供もいるらしい。

 それとも子供故の夢見がちな蛮勇か。

 後ろの方で退いて聞いてる子供もいるが、初対面の相手に警戒してる方が丁度いいのだが。

 

「んー、僕は君達に憧れてる様な成功者じゃないけどさ、考えてるよりずっと危険で、苦しくて、頑張らなきゃいけないのが冒険者だよ。モンスター相手は一手下手打つと簡単に死ぬんだ」

 一応は頭を回して、その夢を完全に潰さない程度に加減した言い回しを適当に放つ。

 人を動かす程の価値のある言葉は、価値ある人から放たれる言葉だ。

 故に彼程度が、他人が深く考える必要はない。

 

(そもそも人は生まれが八割だよねぇ)

 更に彼はこう考えているが、そこはおくびには出さない。

 足りない足りないと現実に直面し、打破しようと近道はないかと無駄な頭を回し、結局潰える。

 そんな事は何度あっただろうか。

 諦める理由にはならないから歩き続けていられるが、考えれば残酷な世界原理である。

 

「っけ、にーちゃんの話はつまんないや。そっちのごっつい鎧のにーちゃん話を聞かせてくれよ!」

「―――は?何で俺が寄るなガキに何も話す事はねえぞ」

「その【黒騎士】様みたいな鎧すげーかっけー、俺も欲しい」

「オイ、下手にさわんな!産廃だぞコレは!」

 そんな事ばかり言ってたら、子供達のターゲットがマーローに絞られる。

 一行で見た目が強そうなのは、確かに重装備で悪役染みたゴツイ鎧を纏ったマーローだろう。

 英雄の代名詞、聖錬”三強”最強の騎士たる襲名【黒騎士】の類似性を見出されて大人気だった。

 

「お、い!お前の方が言葉巧いだろ何とかしろや!」

「いやー、子供達はマーロさん御所望みたいだし僕は行きます。また後で」

 それを傍目に見ながら、子供達から解放されたカイトは一人で客宿に足を進める。

 背後からテンパった。含みのある視線を感じるが、相手は純粋な子供達の群れだ平気だろう。

 先からのやり取りを、彼に完全に押し付けられた事を根にはもっていない、うん。

 

 

―――少し離れて。

 

 

「んー、まぁ嫌われちゃったな」

「いや、構わないだろう。冒険者なんて、好き好んで目指すものではない」

「あ、お帰りガルデニアさん。戻ってんですか?」

 その後に、チョコボの繋ぎ直して、ついでに餌をあげに行っていた、ガルデニアが合流した。

 先程の子供に集られてた様子も見ていた様で凛とした声で、意見を盛らす。

 

「しかし、カイト。あの子等にはもう少し強く言い含めた方がよかったのではないか?彼等の将来は、その少し心配になる」

「いや夢というか、初志って大事ですからねー。命は助けてくれないけど、踏ん張れるかはそれにかかってるので、無遠慮に言うには戸惑って」

「……そういう物なのか?」

「多分、経験則でしかないけど」

 真面目な彼女は知らぬ子供達の未来に、想いを巡らせてしまうらしい。

 彼は有りと然に諦めている為に、こういった温度差?みたいなものがあった。

 彼にとっては過去に故郷で何度も見送ってきた光景で、その成功者を一人知ってしまってるのだから。

 

 村長から勧められた、”客宿”該当の建物の前に辿りついた。

 周囲の建物から少しだけ距離が空いており、その大きさは少しだけ他より大きい。

 

「ついでに鎧の彼、マーロー・ディストだったかに任せて来てよかったのか」

「大丈夫だと思いますよ。マーローさん根が優しいですし」

「なるほど。君がそういうなら、そうなのだろうな」

 軽い拳骨の一つ落ちるかもしれないが、多分子供達にはそれ位が丁度いいのだろう。

 カイトは村の衆の印象までに頭を回して取りえなかった選択肢である。

 半端なものより、その方がきっと優しいと言う事なのじゃないかと思うのだ。

 

 軽いノックして中に入ると少し劣化しているが、家族が暮らせそうな二つの部屋があった。

 家具の類は殆ど何もない。

 普段は子供たちが時々侵入しているのか、悪戯の痕も見受けられた。

 

「ふむ、休めそうないい場所だ。悪戯の痕は愛嬌かしら」

「あはは、出てく時に少し掃除しましょうか」

 こういった旅人に提供される家は、村々の事情によってそれぞれであり。

 馬宿にそのまま泊まらせる事もある為に、この村のように客宿が容易されている例は恵まれていると言えた。

 ありがたく十分休ませてもらうのが吉だろう。

 

(ところで蒲団だけあるのは…、そういう事だろうか?)

 この世界では血脈に含まれた財産の価値が、高く信じられている。

 その血が閉塞しない様、強く優秀な旅人と見込むや村でも美人とされる女性を遣わし、種を貰う(逆レ)なんて風習がある村もある。

 それは村の風習や村長次第ではあるが、とりあえずカイトの故郷の村にはあった。

(まぁ、邪推はそこまでに。僕らは大丈夫だろうし言わないでいいか)

 その基準は冒険者のAランクとか、途方もなく大きな仕事を成し遂げたとか、そういう優れた人達の話である。

 だから関係ない。全てはタダの邪推でしかないのだから。

 

「んっしょと…」

 最低限、防具を外し荷物と一か所に纏めて卸して楽になる。

 慣れぬ長い旅で旅糧と防具と合わせ、自分の体重より想い重量を身に背負っていた。

 チョコボに跨っていたとはいえ、彼の身体はもうバギバキだった。

「疲れているなら早く横になるといい、夜にはまだ時間があるさ」

「いや、休む前に柔軟しないと、次起きた時に酷い目に合うので」

「む、そうか」

 そういうと軽い柔軟体操を行い、角ばった筋を伸ばす。

 んーと、グーンと体を伸ばし方向に曲げるとバキボキと嫌な音がした。

 一通り、柔軟を終えて、防寒着に使用していた上着を丸めてそれを枕に横になった。

 

「ぐっすり寝ても心配しないでちゃんと起すわ。休める時に休めばいい」

「ん、……ありがとう。ちょっと、仮眠取りま…すぅ……」

 床に横に成れば一気に、緊張が解けて仮眠のつもりが、重い眠気が襲ってくる。

 【ラインセドナ】から出発して、野宿を二晩を越えた辺りだ。

 動こうと思えばまだ全然動けるとは思うが、身体には負荷が溜まっていたのだろう。

 今回は魔力を使って魔具を調整してたので、精神と眼に疲れが来ているとはいえ、力を抜く加減がまだわからない。

 

 

 

 そして呼吸が平坦に、意識がおちる。

 

 

 

 ●●●

 

 

 

「―――ふむ、もう眠ったか」

 それを先達冒険者であるガルデニアが見守っていた。

 彼女の体力は旅慣れが大きいが、以前の交流により精神的に自然に芽を伸ばしていた。

 改善された固有魔法の感応が”森属性による自然マナからオド置換”(リジェネ)として表に出ている。

 

「ん、武具を外すと、小柄なのだな君は」

【固有術:生命活性】

 その為に無自覚だが、何だかいつもより余裕があるのだ。

 何だか愉しいし、気分がいい。少し浮かれた気分が普段取らない行動を彼女にさせた。

 つまり、慣れない”生命活性”酔いである。

 

 ガチャ、ズン、スソソソ。

 防具を外し、魔具を外して身軽な姿になって、彼の近くに腰を下ろした。

「よし、起きないか。下に敷き物は有ったほうが楽よね」

 眠っている彼の頭をゆっくり支えて横にし、枕にしている上着を下にずらして重心を楽にさせる。

 そして空いた彼女の膝に降ろして、彼の上半身を降ろしてその重量を支えると。

 

 そのままの態勢で、彼の肩に手を掛け見守り続ける。

 

「……これは、なんというか癖に成りそう」

 男の人にやるのは初めてだが、九十九姉妹から伝聞の都市伝説『膝枕』である。

 これはいい、凄く良い。何だかよくわからないけど暖かい幸せな気持ちに成れる。

 ほんのり伝わる微熱や呼吸に、たまらなく背や頬がムズムズした。

 

 ガルデニアは本来寡黙で、適度に湿気を持つ居心地の良い雰囲気を好む女性である。 

 九十九女子らしく理想は高く、知識以外は純粋培養であり、なんか出来てた親衛隊に揉まれて苦労した。

 故に、こう言う行動と距離感はまさに理想とする状況であった。

 

「な、何をやっているのだろうな私は」

 流石に浮かれていた気分が少し素面に戻った。だが、居心地の良さにやめる気にならない。

 ついでにカイトは明らかに彼女の一回り年下であり、こう黙ってやる事にその無防備な横顔に、背徳的な悦びが背中に這い寄っていた。

 

「―――ン、ぅ」

「!」

 身じろぎする彼にびくっと反応しながら、まだ起きない事を確認して、触れ肩を少し撫でた。

 今の彼女と彼の感情をを彼女なりに表現するなら、最初に誘われた”ピクニック”から”気になる男の子”という感覚で、好いた腫れたに発展するかは彼女自身にもわからない。

 ただ彼の横の、落ち着いて、何処か湿度を持って張り付いた雰囲気が好きなのだ。

 

「つ、疲れてるはずだからな。おかしい事ではないさ、うん」

 ただそれは現状通りの、頼れる先輩として振る舞う事の延長と矛盾はしないと言い訳する。

 奉納されるはずであった筈の九十九巫女、箱入りの対男経験値が足りていない。

 恋愛処女である。

 

「………うむ」

 そうして膝枕をしたまま、ゆったりと時間が流れていく。

 日がどんどん落ちていくまで、まだ少し”生命活性”にまだ酔っぱらった身体で。

 自身と、彼の呼吸の脈に時の流れを感じ、それを噛みしめるのだった。

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 意識がふらふら、くすぐったく、不思議な温かい感覚に揺られて浮上する。

 彼の睡眠は大凡、一時間、落ち着いた環境でも三時間で周期で浮上する。

 冒険者としての職業病であるか、それとも田舎村の不安な夜の頃からそうであったかは忘れたが。

 

(何時間寝ちゃったか、早く起きないと)

 頭の具合から、仮眠としても十分な時間だろうと判断して、迂回している思考を元に戻していく。

 この暖かく柔かい感覚に戸惑いながら、まだ重い瞼をゆっくり開いていき。

 

「―――??」

 何故か、先輩であるガルデニアの金絹の髪に、強い凛とした輪郭を持つ顏が映えて。

 それを見て思考がフリーズする。

「ん……!もう起きたか、すまない。髪が顏にでも掛かってしまったか」

「いや、あの」

 普通に反応が返って来て、それが、何もおかしい事はないかと勘違いしそうになった。

 そそぐ逆光で相手を表情は窺い知れない。

「えっと、すみません。休んだ辺り記憶が曖昧なんですけど、どうしてこういう状況になったんでしょう」

「その、疲れていたのだろう。硬い床よりはいいかと思ってな」

 まず自分が失礼をした訳ではなく、彼女の善意であると言う事を知れた。

 ほっと、まずは胸を一撫でする。

 そこからボケた頭を整理すると普通に床で休んだが、彼女が見かねて脚を貸したと補完した。

 

(なんでだろ、僕の寝言とか寝相とか悪かったかな…?)

 今までそんな事で注意された事はなかったのだが、少し意識しなきゃなぁと頬を搔いた。

 

「そのありがとうございました。でも、ガルデニアさんが疲れるから、放っておいて置いてもらった方が…」

「いや、私が好きでやった事だ。君が気にする事じゃないわ」

「えっと、そのそう、なんですか?」

 カイトの処世術は大体の感覚を受け入れて、認識の元にそういう物かと、吞み込んでから。

 解釈を付け加えるのが大体である。

 真面目である彼女が、冒険者の先輩として後輩に気を回したかなと推測した。

 

(だとしたらガルデニアさん、真面目すぎる様な)

 既存の彼女の人物像から派生した解釈に、彼は半分首をかしげるが。

 相手が気にしていないなら考えを回す程でもないかと、一旦思考を投げ捨てる。

 

「よいっしょっと」

 立ち上がって、窓の外より陽の位置を見て、おそらくの時間を計った。

 マナの影響の有るこの世界では絶対の信用が置ける物ではないが、大体一時間半程度の時間だと推測。

 まだ、時間は十分に余裕があった。

 

 とにかく置いてある自身の荷物を寄せて、装備を確認する。

 

「んー、装備はどうしましょう」

 今、再び装備を付けるかは悩みどころではあった。

 今の状態の方が身軽ではあるし警戒も与えず難いが、護衛としてどうなのかと思いが頭にあるのだ。

 

「装備は得物と魔具だけでいいだろう、私はそうしてる」

「そうなんですか」

「ああ、冒険者の護衛に過度の見栄えを求める依頼人など少ない」

 その言葉に従って。双剣と魔具とだけを身に纏って、準備を完了する。

 

「―――ッチィ、ひでぇ目にあったぜ、全く世間知らずのガキどもがよ」

「あ、お疲れ様ですマーローさん」

 その丁度のタイミングで、その特徴的な兜を少しずらして少し草臥れた様子だ。

 

「ふん、良く言うぜ。ガキどもの相手押し付けて行きやがった癖に」

「そっちだって最初気配消してたじゃないっすか、それに僕、子供に嫌われましたし」

 何が悪かったと言えば。

 ”聖錬”英雄代表黒騎士を想起させる鎧に、子供受けの良い強くそうに見える口調としか言えない。

 それでも悪態を付きながら一時間半は、付き合いが良いと言うか。

 

「ふん、半分狙ってやってただろ。まぁいい、疲れた休ませ……」

 マーロー・ディストが腰を下ろす。その瞬間に。

 

 

 

―――カァン!カァン!!カァン!!

 けたたましく、何かしらの鐘の音が鳴り響いた。

 

「おい、いきなりなんだこの鐘の音は」

「さてな、だいたいこういう時は緊急時と相場が決まってる。マーローとやら何かやったかしら」

「へん、そんな記憶はね―な」

「とにかく、外に見てきます!」

【レンジャー】【太陽の腕輪:レンズ複数展開】

 落ち着いてる先立ちを放し、とりあえず装備を軽鎧まで軽く付け直し。

 外へ飛び出し、魔具【太陽の腕輪】を展開して、複数の疑似レンズを展開し反射角で遠望を見通す。

 酷くおぼろげに歪んでいるが、村の柵と掘へと取り付くモンスター達が見えた。

 

「んな!昼間にモンスターの襲撃!?」

「数と規模は?」

「二〇程度?種別は乱雑、現在大人衆が弓で応戦してる。多分放っておいたら突破されます!」

「っけ多いな。グールズの手合いじゃねぇ、性質(タチ)の悪い使役者(トレーナー)でもいるのか」

 村人の中にも冒険者水準で闘える者もいるだろうが、それでも過度の期待できない。

 過去に村の自警を兼任していたカイトの様に、せいぜいがその延長だろう。

 突然変異の筋肉モリモリマッチョマンの変態やら、筋肉万能論の長など滅多に自生してないのだ。

 

「君はローズと合流して依頼人の保護に動け、私達は―――」

 どうあっても仕事は放棄する事はできない。

 パーティリーダーであるガルデニアが、暫定の最適だろう指示を飛ばそうとした所に。

 ポニーテールを揺らし、物凄い勢いで突っ込んでくる影が一人いた。

 

「あぁ、おったおった!聞いとる?モンスターの襲撃やて!!」

「把握してる。依頼人はどういう方針だ?」

「放っておけへんやん!うちも闘えるから出張ろうかと思うて」

「っちィ、待てよ!それは俺等の仕事だ」

 義勇に勇む依頼人を、マーローが止めた。

 その勇気と心意気は敬意を抱ける物で、彼等にとっても逃走で撤退戦するよりは、有利地点で殴れるのは助かる。

 だが冒険者としては、護衛対象に真っ先に突っ込んでいかれても困るのだ。

 

「そうだ、私達が出張る。方針が確認できた、依頼人は村長に話を通してくれ混乱されても困る」

「せ、せやけど…」

「それが最善だ。荒事は私達は任せておけ、マーロー・ディストこちらに付き合え、カイトは万一の時の護衛だ。飛行型やら潜伏型のマローダーが居てはかなわない。代わりにローズはこっちに引っ張ってくぞ」

「わかりました。どうかお気を付けて!」

【阿修羅姫】【槍技:洟風月】【魔力撃:加速】

 指示に否はない。経験を持つ彼女の動きが最適だろう。

 自身の変形槍を抜き、金の髪を揺らし頼らしい背中が村の整備された道を掛けていく。

 

「お、おぅ?何だあの女練度がちげーぞ……」

【孤独者の流儀】【ソードマスタリー】【重装】

 その後をマーロー・ディストがガチャンガチャンと追う。

 重鎧を装備した彼が足の速さが追い付かないのは当然として。

 流れる様にトップスピードに乗って、駆け出すガルデニアに困惑していた。

 彼から見てもBランク最精鋭の彼女の技量は、おかしい領域にあるらしい。

 

 

 それを見送ってから。

 

 

「じゃあ僕らは、言われた通りに。相方さんはまだ中央にいます?」

「その筈や、うちは村の衆から話を聞いたり話したりしてたからな、そこから動いてないハズや」

「わかりました。とにかく合流して事情を村長に通しましょう」

 村の柵に、村の衆の数、掘による地形効果を併せると。

 護衛の戦力に限っても正面の入口の防衛に限れば、無理を押さねば十分に防衛できるだろう。

 更に【魔具:太陽の腕輪】を使えるカイトなら、遠方からでも状況を観察できる。

 

(ガルデニアさんもいるし、さっき見た限りの状況なら大丈夫だと思うけど…っ!)

 依頼人、レイチェルの手を引いて、とにかく急いだ。

 それでも世の中には絶対はない。万一の際には彼も出張るつもりだった。

 

「おい、兄ちゃん達冒険者なんだろ!何でに行かねーんだよ?怖気ついたんかよ!!」

「仕事があるからだよ、どいて邪魔!」

 野次馬めいた子供達を押しのけて、先程後にした村の中央に辿り着いた。

 先程、集まってた村の衆もそれぞれに戦いに行ったり、避難してたりと殆どもういない。

 

「おう!相方と…、お前はカイトだったけな、モンスターが襲いに来てるそうだが」

「アンタなー!ようそんな落ち着いていられんなー!」

「護衛雇って、勝手に動くわけにはいかねーだろ。さて一応、俺等も戦闘できるぜ出張った方がいいのか」

 そう言って、自身の槍と楽器を背負って準備を示す依頼人のリューク兎丸。

 その構えは確かに、ある程度の心得がある、泰然とした構えだった。

 

「いや、リーダーからの指示で。飛行する魔物や潜入型のマローダーを警戒して、待機して欲しいとの事です」

「おいおい!本当に大丈夫なのか、戦力は多い方がいいだろうよ!?」

「先程の様子なら、地形の理もあるから撃退できると、今もう一度確認しま―――」

【太陽の腕輪:レンズ複数展開】

 もう一度遠方の様子を伺う為に魔具を起動、屈折率を手繰ったのだが。

(―――なんだ?)

 その過程で映りこんだ謎の影、その正体に思考が回り…。

 

「ッ!?どきや、危ないわ!」

 急に突き飛ばされたその横を金色の光帯が突き刺し、地面を砕く。

 その瞬間にやっと判断した、襲撃だ。

 

「っく、う。すみなせん、姿さえ見えなかったのに、透明化する敵か」

 態勢を立て直しながら。

 展開していた魔具を収束させ、腰のベルトにマウントしていた”相鉄の双剣”を構える

『―――ポーン、キュルルルルル』

【透明化:解除】 【■■精霊】

 推測する、光の屈折を操って姿を隠して、影だけ曲げて映りこんだか。

 隠蔽・浮遊能力を使い、空からの奇襲、どう考えても知恵による物で”本命”である。

 

「なんやあれマローダー……、じゃないやん!」

「黄金色の双胴、あれがここらで噂になってた”人工精霊”って奴なのか?」

【吟遊詩人:魔物知識】

 吟遊詩人の二人が、魔物知識判定で未知の魔物の正体を推測する。

 だが、彼にはその姿形じゃなく気配に覚えがあった。

 

「何でこれが村に襲撃を、すみません手を貸して、ピンだと十割死にます!」

「よし、来た!やったるでー」

「そんなにヤバイ敵なのか?俺は下手に前に出ない方がいいなこりゃ!」

 恥も外聞もなく、護衛対象に救援を求む。彼等が”本命”かもしれないが力を借りねば、皆死ぬ。

 遺跡にて彼等を襲撃した、”精霊種”のそれと同じようなそんな気配。

 

―――しかし、彼は知らない。

 確かにそれは技術系統を使われてるだけで、費やされた資源(リソース)も違う。

 遥かに強大なる者。正真正銘、『大精霊』と呼ばれる規模。

 

『―――ポーン』

【月衣:電制フィールド】【黄昏の守護者】【珪液の化身】

 それは鳴く、情報をただ収集する為に遣わされた悪意の遣い。

 

「なんだコイツ、頭がチリチリする…!…?」

【凍結記憶:デジャブ】

 その熱を肌で感じ、冷や汗をかく。

 しかもこの”黄金双胴”を以前から知っているような。そんな錯覚も感じる。

 

「ガルデニアさん達が外を片付ける時間を稼ぐだけでいい」

「動き回れば判断が遅いハズ、本体は中心の輪か…?」

 自身に必死にそう言い聞かせ、その強大なるものと対峙するのだった。

 

 


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