ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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素人の鍛錬

―――あれから1週間。

 日が昇ったその直後。

 街から少し外れた荒野にて。二人が向かい合っていた。モンスターの遭遇頻度が少ない【聖錬】は、自由に使えうる場所が単純に多い。

 

 呼吸をする。両手に剣を備え、オドを隆起させる。

 眼前には重装の大剣を構えた戦士であるローズが正眼の構えで待機していた。

 彼等の模擬選の際のルールは簡単だ。武器に分厚く布を巻いて殺傷力を落とす事、頭、首は狙うの禁止、突きは危ないから禁止。

 素人が組んだ簡単なきまり事だった。

 

「―――行くよっ!」

「いつでも!」

 踏み込んだのはカイトが先だ。先手を取らなくては話にならない。

【二刀流:舞武】

 身体を捻り、簡易バネのように重さを加速させる。

 まだ準備と足場がしっかりした所のみ限定の理想の剣跡。

 

「くっ、おっもくなったわね!?」

【打ち返し】

 ガキンッと普段より高く音が響く。ローズの大剣はそれをそのまま大剣ブチ当て衝撃を返す。

 これは例えば野球のバットの芯のように、大剣の芯を どう当てればどう衝ねるかを理解する程度の直感。まだ大半が逸れる未熟の技だ。

 

(これで前回は、弾き返されて流れを喪った)

ッダ!

 だから、今回はもう一歩踏み込んだ。右腕は痺れてるが、彼女の剣の爆発力は振りの長さに比例する故に距離を取ると不味い。

 カイトは今の手ごたえなら、近づけば左腕でも数発は凌げると見た。

 これを可能にしたのも魔具の力、以前と違い腰の辺りの安定感が段違いに上がっていた。

 

「ちょ、これで近づいてくるの!」

「近づかなきゃ勝負にならないからね!」

 小振りの大剣振りを左手剣で流しながらまた近づき、ローズはバックステップで下がる。

 カイトの双剣士としての動きのメインは"重心移動"だ。武術知識がない彼は少し才能(センス)を持ってこれを行っている。

 それが彼の【二刀流】という技能。武理はわからないが、二刀が素振りで身体馴染み、人より一歩傾けさせられるし、体をうまく曲げられる。

 そして蹴りを入れて、せめて次に繋げ…!

 

「でも、まだ甘い!」

【錬気法】【頑強】。

 だが踏み蹴り込んだ脚は、届いた所で彼女の左腕に掴み取られていた。

 彼女は呼吸する事で自然と身体を強化する蛮族の出身であり、生来から身体の出来が人より違っている。

 

(硬ァい!時々思うけどローズって本当に人間?とにかく足をっ!)

 思った以上に距離が詰められなかった。流石に片腕で足の力には対抗できないか、すんなり腕を振り落し。

 痺れて役立たずの右腕で剣を投擲しようとするが。

「だから甘いっての、ソラァ!!」

「ぐッ!?」

 大剣の重量だけの突撃に吹き飛ばされた。

 距離を取られた。これで九割敗北と言っていい。だけど、これは模擬戦だ。実戦の為の予行場だ。

 

(多分通じないだろうけど…いけぇっ!)

 吹っ飛ばされたバランスを一気に崩し、隆起させていたオドをこの時こそと両手の剣に伝播、倒れ込むように振り切った。

【魔法剣:虎輪刃】

 放出したオドを遠心力と腕力で無理矢理、射程を伸ばす。

 まともに使えば動きが大きすぎてまだ小型や人に使えたもんじゃない。カイト唯一の"飛ぶ"魔法剣。

 その剣跡は…。

 

「―――ぶへッ!?」

「あらら痛そう。でも残念ハーズレね」

 当然の帰結として斬撃はあらぬ方向に飛んで行った。急ごしらえで何とかなるほど甘くはない。

 残ったのは崩したバランスを立て直しきれず、無様に地面にキスしたカイトだけだ。

 

「いてて、失敗か交差するように斬ったから範囲は増えたけど、当たんなきゃ意味ないよな。と言うか反動も増えたかな」

「へへーん、これで五勝二敗ね!パワーこそ正義よ。大丈夫、立てる?」

「大丈夫、これ位なんでもないよ」

 嘘だった。実際は結構イタイ。だが痩せ我慢は男の子の特権だった。

 

「とりあえず、アンタ魔具使って感覚狂ったんじゃない?蹴りが前の方が全然痛かったわよ」

「あー…。確かに重心が安定しすぎた気もする。ローズの方は相変わらず接近されると力が半減するね。って言ってもどうすればいいのかわかんないけどさ」

「さぁねぇ、脚関連なんて走り込みしかないのじゃないの?そんな余裕あるかは別にしてさー」

 問題は見えても、解決策はわからない。

 魔法剣を含め、真剣で鍛練をやり合うのは何処かのラスボス国家【王国】や、強さを証明とする武術流派、それに選抜血統位だ。

 つまりそのノウハウは一般的ではなく、その道の専門家から見れば彼だの行為はママごとに見えるだろう。

 目標はあれど流派もなく、師も今はいない彼等は手探りながら足掻いていた。

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 その後もお互いに話しながら歩く、あっという間に街に付いた。

 街の門番の欠伸する姿が、今日もこの町は比較的平和である事を示しているようだ。

「さって、仕事仕事!今日はどうするの?」

「んと、行きに冒険亭に確認してきたけど、最近討伐系の仕事ってないらしい。何時も通り、別れて土木の手伝いの依頼かな」

「うっげぇ、またか!あれ割り悪いのよねぇ。ゴル全然たまらないじゃない」

 冒険者は基本何でも屋だ。戦闘に特化した冒険者でも、連続で割りの良い討伐依頼を受けられる事は多くない。

 有っても駆け出しに回ってくる順序は一番最後だ。

 だから前回、幾つか受けられる幸運に恵まれた時には、それぞれ別れて依頼を進行していたのだ。

 

 ……すぐにこれは危険だと言う事でPT会議で禁止になったが。焦りがあっても、安全が第一と言う事を実感した。

 

 ギルド宿舎に向かって歩き、到着した。

 張られた依頼を眺めながら、続けて話し続ける。

「平和なのはいい事だよ。ボク達は困るけどさ」

「そりゃ、そうだけどさー。あー、特殊技能があったらなー。【バッカー資格】前提の採集依頼とか凄く割りいいのに、勉強する時間が無ーい、分身したーい!」

「あはは…」

 苦笑いするカイト。ローズは素直に快活だ。自身の欲求をすぐ口に出すのを彼は好ましいと感じていた。

 彼自身も特殊技能を持っていないから気持ちがよくわかる。

 【バッカー】とは荷物持ちを専業職業化した資格の事だ。

 主に荷物縛りや、採集、フィールドワークの知識が求められ、これを取ると資格レベルに応じて、とある専門(紫の札)の技術が使われた専用の空間拡張鞄を購入できる。

 一定以上の知識を得た証明であり、初級ですら最低限3か月の時間を必要とする公然技能だ。

 中級以上のバッカーの資格を取ればそれだけで食っていけるらしい。

 

「ふむ、君等は新人か?」

 そんな彼らに声をかける女が一人。

 新緑の大鎧に身を包みんだ独特の片刃を背に背負った金細工の如く美貌の女だ。

―――【阿修羅姫】

 だが、身に纏う魔具の品質と、洗練された雰囲気から高位の冒険者だと言う事が一目瞭然でわかる。

 詳しい事はまだカイトにはわからないが、この世界の上位者と言うのは大体一体化した。ある種美しさと合一した雰囲気を放つものだ。

 そういった自身の輝きすら武器に舞い、戦場で味方を鼓舞し、敵を圧倒するのが彼女等の領域である。

 

「……あ、はい、その、何か?」

「むぅ」

 カイトはその雰囲気に気圧されて言葉が詰まった。それが恥かしくて少し顔が紅潮する。

 それに気を悪くしたか、背後でローズが後ろで膨れていた。

 

「私の名は【カルデニア】。役職(ロール)【ディフェンダー】のB級冒険者だ。君達に少し話があるのだが、少しいいだろうか」

「その先輩が何か用なの。こっちは駆け出しのC級よ、ちょっと怪しいんですけど」

 ローズが警戒心を露わにする。実際に上位冒険者は初対面の低級に声をかけ、"囲う"、"奪う"、"扱き使う"等の事例は時折あった。

 そういう輩は大体長生きできないが、被害者からはたまったものではない。

 故に突然話しかけた人物を、まず警戒するのは冒険者にとって当然の作法と言えた。

 

「いやなに、人数が必要な街道での護衛の依頼があるんだが、最近こちらの宿に登録を移した為知己が居なくて。よかったら、共にどうかと思ってな」

 そう言って一つの依頼書をこちらに向けて提示する、女ことカルデニア。

 その依頼には確かに3人以上を希望。報酬は普段の依頼とは一つ桁の違う報酬を記載してあった。

 確かに魅力的な依頼ではある。

 護衛と言っても運が悪くなければ、ほとんど仕事はないのが聖錬と言う国だった。

 

「その、とりあえずボクらに声をかけたか理由を聞いてもいいですか。それからじゃないと不安で」

「ふむ、まぁ道理だな。理由は二つ、まず一つは君等が宿一番の真面目な新鋭冒険者だと受付のヒバリ嬢から聞いた事。もう一つは以前の所属で色々あって、既に男女のペアが出来てる君等が丁度良かったんだ」

「報酬はこれ位で、不服なら他を当たるが」

(えっと、どうするローズ、かなりありがたい条件だと思うけど)

(任せるわ。あたしよりアンタのが知識あるし)

 上位の冒険者の取り分が多いのは当たり前だ。その中でこの比率はかなり良心的とも言えた。

 それ位に信用と実績の壁がそこにある。

 

「―――わかりました受けます。ボクはカイト、Cランクの役職(ロール)はレンジャー。彼女も同じCランクで役職(ロール)は…」

「いいって自分で言うから!アンタはあたしのおかーさんかっつうの!」

「ご、ごめん。任せるって言うから」

「ふん、あたしはローズよ。C級のヘビーブレイド、荒事の腕には自信があるわ。宜しくお願いするわ先輩」

「あぁ、よろしく頼む。出発は明後日だ。集合はこの場所で。わかってるとは思うがちゃんと身体を調整してなさい」

 割のいい依頼だ。あの報酬割合でも討伐依頼よりかなり利益が出る計算だ。

 それに彼は上の級の冒険者と組む機会があるのは貴重だと判断する。

 彼が知る上級冒険者は親友のみであり、そのイメージの断片と教えが今までの彼を助けているが、それだけではすでに成長が詰まっていた。

 冒険者に成ってから親友と一緒に行動した機会はほんのわずかだ。

 既に更新されず、どんどん失せている。

 

 

 

「さて遠出の準備をして、今日の所は身体を休めようか。ローズは【迷彩外套】は持っていたけ?」

「あるわよー。古い奴だけど匂い位は消せるわ」

「ならあとは消耗品を補充して置くだけでいいか。スカウトだから基本的な旅道具は揃えてるし、まぁ要らないと思うけど予備としてね」

 【迷彩外套】とはこの世界における旅で、匂い消しなどのモンスター避けの機能のある衣服の総称だ。

 とにかく初めての種別の依頼だが、護衛依頼は信頼と実績のあるB級の引率であるから受けられる依頼である。

 その反面、その失敗は彼女の信頼に直接響くだろう。

 好意での勧誘だ。それだけは何としても避けねばならないと考える。

 

「あたしは久しぶりちょっと大剣の調子でも見てもらおうかな。遠出するなら戸締りもちゃんとしないとね」

「じゃあ僕は情報屋に少し不在にする事を伝えて来るから、ここで別れようか」

「ん、わかったわ。また明日冒険亭で直接ね」

 そう言ってローズと別れて、街の中心へと向かうのだった。

 

 

 

●●●

 

 

 

 さて【ラインセドナ】という町における情報屋とは、大体は彼等が事変の情報収集を依頼している【ワイズマン】という、種族【エルフ】の男性の事を示す。

 【エルフ】とは人類種の中でも、精人…。精霊に近い性質を持った生命であり、魔法や属性の扱いに長ける事が多い。

 その中でも森に適応した森エルフ、水辺に適応した水エルフなど種別に分かれ。基本美形な顔立ちと2~300年に及ぶ長大な寿命を持つ。

 

 そしてそういった長命種には、趣味が精神を保たせる重要なものとなるらしい。

 彼は情報屋を自称してるが、兼業の冒険者であり「情報収集は余暇の趣味」との事だった。

 

 親友の伝手であり、何かわかったら伝えてくれるように頼んでいるので、遠出してる時に連絡があったら無駄足を踏ませてしまうとの懸念から、今回直接足を運ぶことになった。

 

 街の中心に位置する【ラインセドナ】中級街の端、そこにワイズマンは居を構えていた。

 辺りの華美な雰囲気により溶け込む様なその住宅は、情報屋と言うアナーキーな響きを持つ称号とはあまり見合わないだろう。

 カイトも最初はこういうのって、裏路地でひっそりと隠された場所にある物じゃないかと困惑したものだ。

 

 2・7・2.4・3と。暗号の様なノックを行い、すると扉が開く。

 特定の手順を踏まないと開かない妖精扉だったか、こうしなくては彼に会う事はできない。

「ふむ、君か。すまないが今の所情報は何もないぞ」

「わかってます。今日は護衛の依頼で遠出する事になったので、暫く留守にする事を伝えたくて」

 オールバックの銀髪に厳つい巌の様な顔をした壮年の男、尖った耳が彼がエルフである事を明確に示していた。

 調度品といい装備といい質のいいもので、彼が裕福であり、不埒な輩がでようと撃退できるだけの実力を有してはいるのだろうと推測できるだろう。

 彼が、ワイズマンだった。

 

「相変わらず変に真面目だな。それにしても、駆け出しが護衛依頼を受けられるのは珍しい。もうB級にでも上がったか?」

「いえ、先輩の方から誘いがあったんです。最近こちらに移籍した方らしいのですが、知り合いが此方の方にいないとの事で」

「―――ふむ、誘いか。最近、ヴァルニース亭に移籍したB級の冒険者、となると。少し待っていたまえ」

 そういうとワイズマンは積み上げられた本棚から、一冊本を取出してぱらぱらと読み始める。

 

「あの、その調べてもらっても、そのゴルが…」

「いや金はとらんさ。長期依頼のサービスだと思ってくれればいい。名はカルデニアか、以前は北西の都市【ブリューヌ】で活躍した冒険者だったようだな」

 そして探し当てたようで、一枚のページで止め目を通した。

「あと少しでA級に上がれるほどの実績を積み上げていたらしいが、それを棄ててこちらに来たというのは余程事情があったのだろう。今更つまらんトラブルを起こすとも思えんな。信用していいと断言できる」

「へ?そんな事までわかるんですか」

「まぁ、仮にもも情報屋を名乗っておるのだ。表面的な事位ははな」

 【ブリューヌ】とは聖錬国におけるモンスターに対する人類防衛の最先端であり、そこの騎士も冒険者も一回り屈強と言われるような都市だった。

 

 情報の速さに少し背が寒くなる。その情報自体はひっじょーにありがたいのだが。

 

「その、すみません。失礼ですけど違法な事はして、ませんよね?」

「なに法を犯すことはしてはいないよ」

 以前恐る恐る聞いた時には、精霊術のちょっとした応用だと話していたが、本当にそれだけなのだろうか。

 真相はこの情報屋のみが知るのみだろう。

 

「とにかく、ありがとうございました。また帰ってきたら改めて顔出します」

「なに、大したことはない成功を祈っているよ」

 そんな懸念を頭から追い出し、とりあえず情報屋の住居を離れると冒険者宿に戻る事にする。

 久しぶりに引っ張り出した旅道具はすっかり埃を被っていた。

 とにかくパンパンと埃をはたき落とし、まだ正常に動作し使えるかどうか確認する。

 

 自身の匂いを隠し、モンスターを避ける為の【迷彩外套】。

 その土地の土を入れ属性値を測定する安物の【属性値検値器】。

 更に土地の属性値を考慮した複数の指針を持ち、方向を割り出す【複合式羅針盤】。

 この三つがこの世界における旅の必需品だった。

 一応はレンジャーの役割(ロール)を持つ彼は、多少これについての知識を専攻しており、人よりはうまくこれを扱える。

 安定した【聖錬】ではそこまで重要視される者ではないし、依頼人の方でもっと精度の良いモノが用意されているだろうが、単独での帰りも考えるとなると必要なものだ。

 

「よし、しっかり動いたっと」

 動作確認は終了した。それにロープや包帯になる布を詰め込んで遠出の準備は完了だ

 全て詰め込めばカバンは重いし、嵩張る。

 ここでもバッカー資格とって、拡張鞄が欲しくなるところだった。

(ホント時間があればな。タイムイズマネー、重い言葉だよ)

 そう苦笑し。

 ローズの方を確認しに行くまでもないだろう。あとは明日の備えて飯食って寝る事にした。

 明日は早いのだから。

 

 

 

 


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