ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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警戒【波及】

 

―――【ラインセドナ】

 不意の”謎の女”ヘルバの来訪、その当日の午後。

 大きく違和感としこりが残りながらも、時は止まる事もなく進み続ける。

 

 カイトは彼女が借り受けている宿屋に直接に訪ねて、ローズと合流して後に。

 朝に遭遇した”ヘルバ”と名乗った、白装束の推定魔術師に付いて、共有・相談しに行っていた。

 普段であれば、大体”ヴェルニース亭”にて合流するのだが、割と緊急故に仕方なかった。

 

「はぁ、今日接触したアンタの”腕輪”を知ってて、それを使う様に促してきた、”ヘルバ”とか名乗った白装束の怪しい女魔術師……ねぇ?」

「うん、特徴は白い姿見にバイザーの様な被り物してた、推定高位術師の女の人。【黄昏の腕輪】の名前を知ってて、正体も意図知ってるみたいなそぶりだった」

「うーん」

 彼女の部屋は生活する区域はきちんと整理されているが、それ以外は乱雑になっている。

 カイトはとりあえず何が無くても、同じ目的を持つ”相棒”であるローズに相談を持ちかけたのである。

 彼女は彼の言葉に腕を組み悩んで、苦手ながらに考えて応える。

 

「じゃあさ”腕輪”の出所とか、理由(わけ)は、何かさ言ってなかったのその”ヘルバ”って奴は」

「それが分れば、かなり気持ちが楽になれるんだけどね……。腕輪の名前以外はさっぱり、何も」

 本当に”ヘルバ”と言う謎の女は、最低限の事を一方的に突き付けて消え去って行ったのだ。

 【黄昏の腕輪】に付いても、名前だけ、由来も機能も全く白紙である。

 それは例えて予言の様に、災害が来るとの一文だけ、その内容は全く空虚と言った感じだ。

 モンスターなのか、属性災害なのか、【預験帝】なのか、それとも人災なのか、わからぬ事には対処はできない。

 それは一言で無限の解釈を許し、余計に不安を煽るだろう。

 

「ふーん、あっやしいわね。そいつが黒幕なんじゃないのとは思うけど、なんか釈然としないわ」

「そうだよね。何か企んでるにしては短絡的すぎるし、アレは警告のような感じだった」

 ”謎の女”ことヘルバと名乗った言葉の成否に付いては、現在の彼等の判断材料は”腕輪”の機能を知っていた位しかないのであるが。

 何にしても介入の仕方が、中途半端に思えたのだ。

 

 彼女が幻影とは言え、中途半端に姿を見せて警戒感を煽り、言葉だけを残した意味は何なのか。

 

 仮に悪意だと仮定するなら、それは恐ろしいが話は簡単である。

 次は話の意図を取って、場合によっては殴れば良い。

 だが、仮に善意だとしたら、これは取りうる選択肢が難しい。

 

「ならとりあえず、理由の方から考えて行きましょ?こんな回りくどい手をする利点、何か思いつく事ある?」

「んー、まず気になるのが彼女から出た”あの男”とかいう存在だね。それと敵対している可能性、これを仮定すると”あの男”というのが黒幕って事になるのかな。これが一番簡単だよね」

「んー、確かに策謀家気取りが色々手を拡げるのはよく聞く話だわ。故郷じゃ腐れ外道の”青の札”とかさー、実際有効なのかは知らないけど」

 ”青の札”とは、”黄の札”と発生を同じくする、この世界の人類の魔導を専攻する集団である。

 一呼吸おいて。

「でも黒幕と敵対してるってのは早計じゃないかしら、協力してるふりして脚を引っ張り合うのも良く在るわよ」

「それはそうか」

 彼女の直感的な推定に、彼はそれは確かにと頷いた。

 敵の敵は味方理論は何時でも通じる訳ではない。むしろあの情報を全て知ってる様な、思わせ振りな態度を”真”とするなら、そちらが近しいかもしれない。

 認識を呑みこんで受け入れがちである彼には、一度吞み込んでしまえばそれに囚われてしまう悪癖もあるので、その指摘はありがたいものでった。

 

「次に、あの”謎の女”、次から”ヘルバ”で纏めるけど…、推定高位の魔術師の彼女が、拘束されたとかで自由に動ける状態にないって可能性。それにしては僕等なんかに話を持ってくるのは、余りに余裕が過ぎるけどね」

「確かにそうよねー。アタシらに何ができるかって言ったら、悔しいけど首振らざる得ないし」

 前提として、彼等は未だに木端なCランク冒険者のままである。

 何かを頼るにはあまりに無力であるし、対峙した言葉からは全く焦りや切迫感すらなかった。

 故に、この可能性は一番低いと考える。

 

「―――そして多分、これが一番が高い可能性なんだけど、あの”ヘルバ”って人が僕に誰かを殺させたい可能性、現状判明してる【黄昏の腕輪】の機能は”殺傷力に特化している”、肉体融合型で潜入が割れにくいし、暗殺にはもってこいだ。人類種の範囲なら、木端な冒険者として潜伏すれば、不意を突けば確実に殺せる……と思うから?」

「何で疑問詞なのよ。それにそもそもカイトはそんな事絶対しないっしょ」

「だって、まぁ英雄さんは仮に直撃させても、殺せる気がしないし?」

 彼が英雄で思い浮かべるのは、勿論、その雄姿を”絶界”をこの目に焼き付けた。

 ”永遠戦姫”である【テイルレッド】であるが、彼女なら普通に斬り殴っては弾きそうな気すらした。

 憧れは時に盲目である。

 

「まぁ正気なら絶対やらないって断言できるんだけどね。”腕輪”に変な機能が隠されていないとも限らない。そうなったら、止めてねお願いだよ。ばっさり殺してもいいよ」

「そりゃ止めるけどさ、殺すのはいやだって言ってるでしょうが」

 またあの夜の様に、不安故に信頼を置く”相棒”ことローズに、保険の生殺を委ねようとするが。

 再び断られて、彼は少ししょぼんと落ち込んだ。

 

「でさカイトは、この推測踏まえてどうしたいのさ?」

「僕は【黄昏の腕輪】を、”この力”使っていこうと思ってる。推測だけど多分、あの”ヘルバ”は僕の探し人、”親友”の事を知っていた。強い冒険者だったハズなんだ。僕等よりずっと、彼が振り払えなかった脅威の【八相】…それに対峙する事になる。その時に”腕輪”の力がきっと必要になる」

 相変わらず客観視の混ざった推測の言葉。

 ヘルバと名乗った女が最後に言った。

『―――あなたの知る全てが無惨に死に絶える―――』

 その言葉が、彼の欠落である”封印された記憶”から微かに漏れ出す残滓も相まって。

 まるで、不可避の予言の様にカイトに強く植え付いている。

 それを避けねばと焦燥感が、強力な力である”腕輪”に帰結するのである。

 

「ふーん、【八相】ってのはよくわかんないけどさ、まぁアタシも”腕輪”を使うって方針に意はないわ。使うなら使うで高位魔具は便利でしょうし、その”ヘルバ”って奴が暗殺目的だったら、目立ってしまってご破算にしてしまいましょ。他の推測でも致命的に不具合は発生しないっしょ」

 そう、彼女が気楽に言った。彼女にとって”腕輪”の危険性なんて大した判断材料にはならない。

 そもそも下位冒険者が、出自が明らかな上級魔具を使っていると言うのは相当恵まれた例である。

 幾ら危険な物でも”相棒”が担い手ならば十分に信頼に値する物だった。

 カイトがローズを信頼を置いているように、彼女も彼を強く頼りにしているのだから。

 

「でさ、そのヘルバって奴が、次接触してきたらどうするのさ」

「とにかく様子見で、なんにしても情報が足りない。相手は町中の調律器(ハーモナイザ)の環境化で、遠隔で幻影を行使できる高位術者だ。短絡的に刺激したら痛い目見るかもしれない」

【精霊術:使役精霊】

 あの後、ヘルバの幻影が出た個所はカイトの”精霊術”で流れだけは追跡は試みてみたのだが、そのマナの反応は途絶している。術者は何らかの手段で魔法陣もなく、オド繋げる事もなく投射してきた事になる。

 調律器(ハーモナイザ)の一時的な乗っ取り(ハッキング)なんて手段など、思いつきもしないのだ。

 

「あの警告をそのまま解釈して、何か危機を憂ているなら、国に言えばいい。民間からでも流石に大きな証拠があればきっと”三十二将”でも動く、だけど…」

 【聖錬32将】とは、聖都に任命された【聖錬】にて活動する、武を預かる将軍達の事ををさす。

 類稀なる指揮能力か、敵対存在を屠るそれぞれの技能の極地、”滅技”を認められる事が条件となる。

 【聖錬】と言う共同体全体に帰属する、自由戦力的な存在だが、その数は三十二とは限らない。

 それらは国とは別にある程度の権限を持って、【聖錬】全体への奉仕や防衛、発展の為の義務を果たす 。

 確かな証拠があってなお、動かないほど、この世界の武力は愚鈍ではないのだから。

 

「そうしないって事は、その”ヘルバ”ってのにも別の目的があるって事ね。警戒して損はないか」

「うん、そう。あとは……希望的な可能性だとだと、”親友”とかの伝手の可能性、かな」

「アンタが言ってる、目的って奴?ソイツも冒険者だったんでしょ、そんな影響力あるもんか疑問だけどね」

「わかんない。けど、有名なAランクだったはずだから、有り得なくないかなと世話になってる”情報屋”のワイズマンも、その伝手だよ」

 知らないハズなのに、心が自身の根に馴染んで結びついた【蒼海】の名、おそらく異名。

 おそらくこれは”親友”を示す言葉である。余りに大きな違和感だが、それを自然に馴染んで感じていた。

【凍結記憶】

 名前すら思い出せずとも、カイトの価値観の基準に強く居座っている、不自然な存在である。

 

「ふーん」

―――なお、彼の”相棒”であるローズは、彼女はその違和感に気が付いていながら、放置していた。

 それはカイトの標べになっているその目的に、軽く触れる事に危うさを感じている為である。

 そもそも、行方不明になった友人がまだ生きている。取り返しの付くと、信じているのがおかしいのだ。

 それこそ世間知らずだった、”蛮族”(アマゾネス)の彼女ですら、一時の怒りで冷静さを欠いていた飛び出してきたが、世界の厳しさに揉まれ、おそらく失踪した大事な身内ですら”生存”は擦れて、とっくに諦めてしまっているというのに。

 

 それでも彼女はカイトの【同士】として、諦めてきれない同類として振る舞っていた。

 いつかに自身を救ってくれた彼の為に。

 

「―――明らかにわかって煽ってるわよね、趣味が悪い事するわ。殴る対象が見えてきたかしら」

「……?次に”ヘルバ”が接触してきても様子見だよ。わかってる?」

「いや、こっちの話よ」

 しかも行方不明やら、意識不明やら、時折記憶も混線されて、”親友”その単語に付随する全てに関しては”状態を認識できていない”。

 ”相棒”は本来理知的な人間である。

 それなのに行動指針である。その”名前”すら忘却して、それを自然に受け入れていた。

 過去に軽く触れただけのガルデニアが違和感を感じる位に作為的な、おそらく”精神操作”の類。

 

(どんな事情があるか知らないけどさ、明らかに私の”相棒”を弄んでる。許せるわけがない)

 仮に謎の女”ヘルバ”が味方だとしても、それを知って半端なちょっかい出してるなら同罪だ。

 機会があれば全力でぶん殴って、全てを聞き出すと決めていた。

 

 

 

 そして今後の【黄昏の腕輪】への対応と、今後の白衣の魔術師”ヘルバ”への方針を決め。

「あ、そうだ」

 思いついた様な唐突さでローズが声を上げた。

「さて、じゃあさ前々から考えてたんだけどさ、丁度いいから提案させてもらうわ」

「丁度いいって、他になんかあるの」

 彼女は少し荒れた戸棚の奥から、一つの冊子を取り出して来て彼に見せた。

 なんだか楽しげな雰囲気に、何かなと覗いてみると。

 

『―――格安ッ!訳有り豪華物件!!』

 そんな文字が飛び込んできた。

 彼はなじみのない広告の類に困惑する。

 

「えーと、ローズ?なにこれ」

「何って、【ラインセドナ】にある売り出し中の空き家よ。アンタの借家も役割(ロール)の補助品とか、他の道具ばかりで、超手狭になってきてるじゃん?」

 つまりは【ラインセドナ】と言う田舎町で売り出されてる家屋の羅列である。

 そのまま彼女は、考えてきた事と説得内容を羅列していく。

 

「そろそろ限界だし、互いに宿屋が遠いのも不便だしさー、これを気にさ、住む場所を統一しちゃわない、宿代浮くわよ」

「えー、いいよ。そんな余裕ないし、投資に見合わない」

 貧乏性の彼が難色を示す。【ラインセドナ】は田舎町であり、土地の価値は大きくないが。

 それでも土地をセットに家屋を購入するとしたら、共同の蓄えが吹き飛ぶ程のゴルがかかるのである。

 

 人が生きる要素の衣食住の中で、基本となる冒険者の資本である肉体に関わる食は優先的に改善したが。

 彼は他の衣住は最低限から脱するには早いと彼は考えていたのだ。

 

「あのねー!効率とかそういう話じゃないでしょ。これはもう必要な事だわ、また”ヘルバ”とかいうのが出ても二人の方が安心、やるしかないじゃん」

「確かに、身を護るなら正しいけど…、いやでもこんなにかかるなら、やっぱりまだ早いと思うんだけど」

 彼女は勢いで押すように、言葉を投げかける。

 彼女の言葉はかなり正論であったが、この羅列される零の桁を見ると、相当に気後れするのである。

 その勢いもあって、少し広い賃貸でいいんじゃという発想も出てこない。

 

 この世界は魔法や、人類種の限界の拡張や、災害の多さからの建築技術の発達から、一軒家と言うのはそこまで高い物ではない。

 しかし、仕事キチと称されている彼等が、半年とちょっと蓄えてきた貯蓄の大半を吹き飛ばすものである。

 

「あ、これアタシのお奨めね。手頃だし辺境だけど十分な広さがあるわ。なんか最近ね、結構住宅の出物が出てるらしいのよねー、丁度良いわ」

「……何時の間にそれだけ調べてたのさ?」

 前々から狙ってたなと、彼が理解し少しジト眼となる。

 なお、その売りに出された住宅には、彼等がほんの少し関わっている事は知らない。

 

 いつかの【ラインセドナ】の地主であった傲慢な依頼主、その元別宅の一つ。

 依頼詐称の常習犯であった彼が、ムラハチにされて、この土地から逃げ出すように去って行った為だ。

 冒険者(ゴロツキ)如きと侮蔑し、思想と自尊心を満たすように危険な依頼を寄越した彼は、その冒険者如きにそっぽ向かれて、防衛・労働力伴に足らずに自身の財産を維持する事ができなかったのである。

 

「だって、これは上級魔具を買う貯蓄で…うぐぐ」

「そんなの”腕輪”を使うって決めたんだから、そっちに注力すべきでしょうが、重複して事故っても知らないわよ」

「確かに推定で”腕輪”も立派な上級魔具かもしれないけどさ、これ取り回しが悪すぎる」

 修羅に至らぬ【聖錬】の冒険者にとって魔具は力である。

 強力な魔具があればそのまま強くなれると、短絡的に考えてる訳ではないが、どうしても純人種由来の肉体限界の低さがいつも彼の頭を悩ませていた。単純に時間が足りないのである。

 

「んー、そう…、ちょっと待って」

 改めて整理して考えてみる。

 確かに彼の今の宿屋は買い足していった、”野狩人”の技能を補助する道具で一杯である。

 冒険者に貸し出される部屋など、六畳一間の手狭さであり、少し詰め込めばすぐに溢れ出す。

 防犯上の理由としても、居住が同じなら相当心強い。群れるは強いはいつもの事だ。

 それに何より、冒険者の宿屋を格安で借りるには一つ条件がある。”死亡後の財産の大半をギルドが接収すると言う物だ”。

 下位の冒険者の持ち物などたかが知れている故に問題にならないだろうが、共同貯蓄を管理しているのは彼である。

 

 仮にカイトが死亡して、そのまま没収となるのでは余りにやるせない。

 おそらく化けて出る。

(確かに必要に迫られてはいるし、維持費も少しは軽くなる)

 少なくとも得体の知れないものに、目を付けられているのは確定しているのだ。

 

「まぁ二人の方で居た方が安心だよね。それにゴルを形に変えておくのも悪くないのか。けど、購入するなら僕も見に行くからね」

「はいはい、そういう所はしっかりしてるよねアンタ」

 居住空間を共有するというのは、割と信頼に成り立つ重い物であるが。

 互いに”相棒”と呼び合う彼等にとっては今更な話である。基本的には彼には異性と言う認識自体が遠い。

 

「……よっし」

【ブ■■■の■族】

 小さくガッツポーズを取る彼女に気が付いただろうか。

 なお、蛮族(アマゾネス)出身であるローズには、ある種その成り立ちを由来にする特殊な価値観があり、家を構えると言うのは特殊な意味を持つのだが、彼に知る由はない、頭の中でこれからの予算をそろばんを引き続けている。

 

「さて、なら善は急げよ。早く見に行きましょ!」

「ちょ、引っ張らなくいで、ついてくから…、張り切ってるなー、そりゃ僕もちょっとは楽しみだけどさ」

 彼女に強引に引っ張られて、街の不動産を取り扱う商店に向かってく。

 正直彼は、今まで自身の所有の家を持つと言う事を、一度も考えた事のないので実感も湧かない。

 日々を回すのは得意だが、充実させるという考えに乏しいのは、生来の性格故だろうか。

 

 そして彼女に導かれるまま。

 不動産屋の案内に応じて、彼女と伴に件の居住地を見学しに行った。

 外見からは平均的な二階建て邸宅である。

 最近売りに出されたと言う事で、比較的に日は新しく、余り老朽の後は見えない。

 だが、前の持ち主が強引に家財を持ち出した影響なのか、細かい所に引き摺った様な傷跡が目立った。

 価値がありそうな物に限って持ちだされたのだろうか、疎らに家財が残った風情は生活風景は想像しがたく、強盗にあったかの如く不恰好であった。

 

 一瞬、事故物件とかを疑った。万が一に呪われていては溜まらない。

 この世界では死者の残留思念など、珍しい事ではないのだから、直接的な害となる。

 それを商店主に尋ねたが、そんな事はないと否定した。

 

 以前の用途としては、愛人を囲う為に使われていて別邸であるらしい。

 だが、元の持ち主が没落した際に、苛立っていたのか強引な後処理をして売り渡されたそうだ。

 これが原因で、評価と値段を下げていると不動産の商店主は嘆いて言っていたか。

 

 安く実用的であれば、見た目を等ほぼ気には止めない彼等にとっては優良物件であるのだが。

 不動産主も蓋を開ければこれかと、落胆しただろうにと少し同情した。

 

 結局、今日の一日は、全てそれに費やされて消えていくのだった。

 

 

 

 

 

―――日が変わって、同じく【ラインセドナ】

 町の中心近くの、中流街の一角にて。

 

 

 

 

 現在の彼は”情報屋”のワイズマンを訪ねていた。

 ”妖精扉”の符号は変わっていない様で相変わらず、すんなりと彼と対面する事が出来た。

 相変わらず紅茶を飲み本を読みながら優雅に応対する、彼に話を切り出した。

 

「―――と言う事になったんですが、調査の単語の追加をお願いできませんか」

「ふむ、スマンが一度整理されてもらうぞ。”黄金双胴”の様な見た目の人工精霊の目撃情報の調査に、【黄昏の腕輪】と言う名称の魔具の調査、不信な白装飾の魔術師”ヘルバ”の調査追加か」

【情報屋】【妖精術】

 懐から決まった額のゴルを手渡して渡しながら。

 また変わらず、調査依頼の更新に訪れたついでに、”情報屋”である彼に、最近気にかかった情報についての調査の追加をお願いしていた。

 

「問題はないが、必ず結果が出るとは限らんよ?特に後者は普通に考えれば偽名の可能性が高い」

「それでも、お願いします」

 それは彼も理解していたが、それでもと、肯定する。

 時間もない、ノウハウもない。尽くせる手が無いのだから、元々藁を掴むような気持ちである。

 彼等の知れる範囲は彼等の世界だけで、その外は彼こと”情報屋”に頼る他ないのである。

 

「わかった。承ろう。しかし”黄金色の双胴”の人工精霊に付いては既に、私の耳にも良く届いているね。曰く、モンスターを率いて放浪し、小さな村々ばかりを襲い骸を吸収していくと、最近活動が聞かれる”公共の敵”(パブリックエネミー)だね。新手の【預験帝】の工作ではないかと噂されているが……」

「はぁ…、やっぱりまた【預験帝】ですか」

「事実は定かではないがね。可能性の話だよ。例の如く斃されれば大規模な自爆を引き起こすそうでね。調査も難航している」

 あの黄金は彼の他にも目撃されているらしい。

 彼は”腕輪”との関連性について疑っていたが、それを聞きその可能性は少しだけ低くなった。

 しかし勿論、これだけの情報ではまだ何もわからないのだが。

 

「聞けば、君はそれと交戦したそうではないか。お茶を入れよう、詳しく話を聞かせてくれないか」

 ”妖精術”による物か、勝手に紅茶が注がれ、着席を促される。

「あ、はい。えっと突出した能力は”透明化”と”浮遊”、攻撃手段は流動金属による刺突は軽いですが物量がありました、あと”広範囲の雷魔法”を、場合によっては無詠唱で撃ってきます」

 彼はその高級そうな匂いに恐縮して、遠慮がちに口を付け唇を潤して求められた情報を、思い出しながら話しをする。

(しぶすっぱ)

 その味はカイトの貧乏舌には良くわからないというのが、感想だった。

 

「防御手段はおそらく”雷属性の月衣”と”再生能力”を持ってて…、中心に見える指輪みたいな構造体が弱点です。自爆は途中で止めた為にわかりません」

「なるほど他は、ほぼこちらが持ってるのと同じだが”透明化”は初耳だ、”月衣”を持っていると言う事は総合的に”大精霊級以上”か厄介だな。良く倒したものだ」

「あはは、護衛対象と協力してなんとか」

 カイトは格安でワイズマンという凄腕の”情報屋”に、仕事を格安で依頼している対価の一つとして。

 彼が求める情報をできるだけ開示するのを求められていた。

 だが、その手段である”腕輪”の事に付いては、彼に明かすのは短慮だと、伏せる事に決めていた。

 本来はプライベートや個人の秘密などは伏せる為に配慮だったのだろうが、利用させてもらう事にした。

 

「とにかく、”黄金双胴”の目撃情報の傾向を洗い。並行して他も情報収集を進めて見よう、それでよいかね」

「ありがとうございます。あと」

【凍結記憶:■■宿命】

 それに重ねて。

 気軽に言葉に出す、カイトにとっては知っていて当たり前の事として、違和感を”無意識に処理しながら”。

 

「―――【蒼海】という異名に、心当たりは有りませんか」

「!、何処でその名前を、いやいい。大体わかる」

 ”情報屋”ワイズマンは、その言葉に驚きながら、その後は淡々と言葉を重ねる。

 

「良く知ってるとも以前に懇意にしていた冒険者だよ。以前話したと思う【蒼天】の相方だ。功績として八罪十罰の討伐に協力しても居たかな、最近めっきり話を聞かないがね」

「そう、ですか。やっぱり凄い冒険者だったんだ」

 カイトの中では、謎の女(ヘルバ)から一言聞いただけであるはずの【蒼海】の名は、ほぼ自身の目的である”親友”に結びつけて認識していた。

 また”違和感を認識できずに”、Aランク冒険者と、”彼の最後の光景”が焼き付いた曖昧な認識のみだった、ただそれの足跡を見つけた事に喜んでいる。

 

「お茶、ご馳走様でした。調査の程、宜しくお願いします」

「ああ、何か分かったらまた連絡しよう」

 そして”情報屋”ワイズマンと別れの挨拶を交し、彼の拠点とする建物から外に出た。

 妖精扉を閉めれば、ガチャンと鍵が締まった音が響き、そこが外界から遮断される。

 

 その後ろ姿を見送りながら…。

「なるほどあやつめ、余計な干渉はしないと言っていた癖に、な。【蒼海】の”オルカ”の名前を出すとは、中々に焦っているように見える」

【精霊術】【妖精術:自動書精】【知識の蛇:スナッチャー】 

 彼ことワイズマンは、苦い顏をして愛用の杖を振り、”邸宅全体”を回路に見立てた魔術式を起動させる。

 高位魔術儀式【知識の蛇】、これが”情報屋”ことワイズマンの情報源の秘密であった

 【聖錬】南部に限れば、事前の座標や属性値の傾向などの測地観測情報さえあれば、遠隔地に蛇の如く調査精霊を投射でき、それと同期して情報を得る逸脱した精霊魔術である。

 

 彼はそれを術式を本格的に用いて、使役精霊を飛ばし探知を行う。

 ある種、物理的な情報収集術であるが、人の眼が無ければこれ程に有効な手段はないだろう。

 

「さて、我が取引相手の闇の女王(ヘルバ)は事態をできるだけ引き伸ばす事がオーダーだったかな、彼が描く筋道(ストーリー)が唯一の対峙できる機会で、力を蓄えさせ、【黒幕】を引出し、手札を削ぐ―――」

 そして、ワイズマンは既に彼に接触した謎の女、闇の女王(ヘルバ)の事は知りえていた。

 この現代では逸脱した【知識の蛇】は、ワイズマンが卓越した精霊術師と言うのもあるが、何より”魔導時代”の遺失技術である、【電子魔術】の技術提供を受けて、完成された”魔術儀式”である。

 

 その対価として、彼は幾つかの制約をその身に負っている。

 闇の女王(ヘルバ)の協力者と言うべきか。

 長く時を生きる長命種とっては精神を維持する為、余興・趣味とは自身を維持する重要なものである。

 同じく半精霊種(エルフ)である彼にとっても、自身の知的欲求が趣味として協力したのが主であった。

 

 その為にカイトから偽装の為に、最低限の依頼金を受け取りながら。

 彼女のオーダー通りに、今までは本腰を入れて調査に身を費やしておらず、密かにヘルバの言う”あの男”の介入を感知すれば誘導し、来る日がくるまで遠ざけ、万一の際には保険となる。

 更に目的を同じくする冒険者である【蒼天】の情報などを混ぜ、カイトがそれに及ぶまでの”腕輪の担い手”としての成長を促し、伴に協力して事変に当たる。

 それがワイズマンへのオーダー、闇の女王(ヘルバ)の描いた道筋なのだが……。

 

「この【知識の蛇】を完成させるために取引はしたが、悪魔に魂まで売り渡したつもりはない。私は私で好きにやらせてもらうとしよう」

 彼女は出来る限り事態を引き伸ばし、演目役者である彼に、出来得る限りの準備をしたかったようだが。

 その段取り等は無視する事にする。対峙するのは彼等が考えて、彼等の意思で動けばいい。

 あの闇の女王は人は利で動くと考えている節があるが、それを矯正してやるとしよう。

 

「―――彼がそうなったのは、冒険者であるからには、そういう事もある。有り触れた悲劇だ。とはいえ【蒼海】は、私にとっても友人だった。それを露骨に出汁にするやり方は容認できないな。闇の女王よ」

 理由はそれだけだった。

 そして彼も”災厄”など真っ平御免だ、砕くのは吝かではない。

 この世界に生きる者として、ある程度真っ当に知らぬ誰かがほくそ笑む企みなど、潰えてしまえばよいなどと思いはある。

 

「さて…、これが吉と出るか凶と出るか」

 それはこれからの彼等次第と言えるだろう。

 ともかく、論理的な最善手が結果を引き寄せるとは限らないのは、長く生きた彼にはなんとなく感じてた事であった。

 

 とにかく彼等には賭けてみる価値があると感じている。

 故に彼等が、自らの意思で進める道を作れる様に、その霧を晴らす事を。

 今回の介入により彼個人として、ワイズマンは決めていたのだった。

 

 




総叩きのヘルバさん、予定している正体的な意味で割と人間から遠く、最終目的が別にあり、策謀が空回る事があります。
ワイズマンが調査に本腰を入れるので、【八相】との遭遇が早まります。

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