ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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はじめてのごえい(前)

 翌日、冒険者宿。

 始めての経験故に、依頼主に粗相をしない様にだけ気を付けねばと色々気を回し、どう話そうか悩んでいたカイトだったが。

 

「ふむ、予定通りの時間だな。既に依頼人には話は通した。パーティのリーダーは私だと言う事になっているから付いてくるだけでいい。よろしく頼むぞ」

 先輩冒険者であるガルデニアの言葉で、全て杞憂に終わった事を知った。駆け出し冒険者と言う事で気を使われたのだろう。実際にありがたい事だった。

 

 依頼人は田舎都市【ラインセドナ】における個人や小さな商店が共同出資した小規模商隊(キャラバン)で。

 都会に一括して仕入れに行くのが目的だそうだ。

 護衛対象は三つ程の荷車を連結された馬車であり、その最後部に彼等はいた。

 

 陽気な太陽が燦々と肌を照らす中、隣町へと向かう商隊荷車のその後部で、がたごとがた彼等は揺られている。

 属性値は安定、モンスターも滅多に出ず、ただ周囲を警戒するだけの仕草をずっと繰り返していた。

 

「ひまねぇ」

「まぁ暇だね」

「諦めなさい、最前線ならともかく安定地の護衛とはそういうものだ」

 ローズは胡坐をかき荷物に背を預けながら、先輩ことガルデニアは特徴的な槍を立て掛け瞑想する様に座っていた。

 カイトは時々に属性値をチェックし、周囲を遠眼鏡で見渡す程度で後はひたすらに座り待機である。

 ただそれだけで時間が過ぎていく。

 

「素振りでもできればいいんだけど、流石に失礼よね」

「じっと待つ事も仕事の内よ。一般人から見れば冒険者なんてゴロツキと変わらない。それが背後で武器を振るってて安心できる人は居ないわ」

「わかってるけどさー」

 実際、背後でぶんぶんと剣やら槍やらを振るわれたら、怖い所の話じゃないだろう。

 けれど、普段は時間に余裕のないの彼等にとっては待つという行為が、非常にじれったい時間になってしまっていた。

 

「ふむ」

―――【阿修羅姫】。

「……?どうかしたの先輩」

 歴戦の経験からか、ふとガルデニアが立ち上がり得物である大槍を構えた。

「少し、鳥が騒がしい。北東を警戒して見てくれ何か来るかもしれない」

「あ、はい。わかりました」

 遠眼鏡を取出し、連結馬車から身を乗り出して指示された先を浅く確認する。すると、割と大柄の熊が木々をかぎ分けながら近づいてくるのを発見した。

 それは人の体躯を大きく超え、頑強そうな毛皮と爪持つとても強力なモンスターだ。

 彼はローズと二人で何とか言うレベルのモンスターと推測できた。

 

「いました。大柄の熊が一匹。体長は二メートルとちょっと、爪と逆立つ体毛が特徴です」

「ふむ、ここらでその体躯の熊と言うと…、【オックスベア】だろうか、こちらに向かってきそうか?」

「待ってください…。あ、まず。これ来ますね」

 少し冷や汗が出た。

 森から追い出された個体なのか、少し痩せているようだが何の慰めにもならない位の脅威だ。

「げ、熊って足速いんでしょう。……はぁ、運が悪い、仕事ってわけね!」

「いや、いい。私一人で十分だ」

「!、ちょっと流石に危ないわよ先輩。袋叩きにした方が確実だわ」

「心配は不要だ。君達は体力を温存して置け、先はまだ長い。依頼人への説明と新手が出たら後詰を頼む」

 あのレベルのモンスターを相手にして余裕を残せるのは自分だけだろうと。

 そんな心使いは言葉に出さず、ガルデニアはそう短く言葉を切ると、槍を構えて馬車を降り、馬車を追い越して前方に躍り出た。

 

 魔具である<俊足爪先>(ダッシュブーツ)を完全に使いこなした彼女の脚は、あっという間に馬車との距離を離し、迫る巨漢熊との距離を詰めていく。

 

「行っちゃった…。ローズ、モンスター出たと依頼主に伝えて馬車止めてもらって、ボクは周囲監視してる」

「わかったわ。不味いようだったらすぐ言いなさいね。すぐ飛び出すから、先輩の判断だから大丈夫だと思うけどさ」

 先に見えるのは、大熊に接触する直前のガルデニアの姿。

 その大槍は魔具の一種だったらしく構えた大槍が変形する。三叉の鉤爪のような柄へと。魔力が渦巻く風鳴き音が聞こえた。

 

「―――ふむ」

 初撃を取ったのは大熊の方だ。相当に飢えていたらしく血走った眼で襲いかかる。

 鋭い爪を伴った大靭力の一撃だ。鎧を纏っていようと直撃すれば即死だろう。それに臆さず、彼女が屈み踏込み…!

「緩いな」

 大槍でそのまま剛腕をかちあげ、後は潜るように躱した。

【阿修羅姫】【魔力撃】。

 怪力を発揮した訳ではない。接触と伴に魔力を炸裂するように噴射し衝撃を格段に強化したのだ。

 驚嘆する大熊を横目に、懐に潜ったガルデニアは槍を巻き最速の突きの動作を取り、大熊の顎を目掛けて再度刺し抜いた。

 だがそれは貫くに至らず、衝撃で頭を大きく揺さぶるの留まる。

『―――グォッォオオ!!』

「む、頭蓋は堅いか。槍が刺さらないが、まぁ良い」

【削ぎ落とし】【ガゼルフッド】。

 その後はもう一方的だ。頭を揺らされぶれる大熊の攻勢を、彼女は一方的に弾き続け、その間にも大熊の五体肢を削り取っていく。

 

 【グランシースピア/改】

 これが彼女の振るう大槍の銘であり、B級クラスの魔具である。

 この槍は変形機構を持ち使用者のオドを展開、固着、対流、噴出を自在に手繰る事で、衝撃を強化する単純な魔槍であり。元々は人の身で海をかきすすむ為の機能だったが、改造され彼女に使われていた。

 

 大熊が距離を取れば、伸びる魔力撃が鎌鼬の様に切り刻み。

 大熊が腕を振るえば叩き伏せ、身を滑らせ。 

 大熊が噛みつけば、突き貫き眼を奪う。

 特に変形した魔槍を鎚の様に扱う技量に長けており、大熊の攻勢は全て叩き落される。

 

 これが彼女の槍技【洟風月】。

 叩き拓き、切り削り、突き貫く。この基本戦術で構成され、それに応じて才的に形を変える槍を前提にした武技がガルデニアの誇る槍である。

 その様はまるで荒波の如く鉄壁であり、これが彼女が役割(ロール)【ディフェンダー】を名乗らせる理由だった。盾は持たずとも魔力撃と槍の波濤が最前線での壁になる。

「終わりね」

 大熊はその動きに翻弄され、吼えたけ剛腕をぶんぶんと回すが。軸の移動と体重移動もかなり熟練しており、身体を捻りこませ危なければ叩き飛ばす、一連の舞に当たる事はない。

 後は大熊の足を削り、体勢を崩したところで魔力撃で頭蓋を何度も突き叩き殺した。

 

「うへー、マジか凄いわね…。倒すのはともかく圧倒するなんて。あれがB級の冒険者?うちの弟もBだったはずなんだけど」

 唖然とするローズ、彼女は悠々と血を掃いこちらに戻ってきた。

 かなり余裕もあるらしく、その様子は息を乱した様子もない。

 同じ人間なのだろうか。あぁ成れるのだろうか。そう考えると腑がちじみ上がる思いだ。

 なお、ガルデニアと言う冒険者は戦闘特化であり、B級でも最上に位置する実力を持っているのだが、彼等はそれを知るよしもなかった。

 下手をすれば冒険者と言う文化の本場であるモンスターパニック【王国】にでも通じる武技だ。

 

「終わったぞ、増援はあるか?」

「お疲れ様です。見た所増援はありませんね。目立ちますけど、大熊の死骸燃やして置きますか?」

「ふむ、トレインではなかったのか?いや街道近いのは不味いが、安定地帯でそこまでする必要はないわ。今度は人が脅威になる」

「はい、わかりました」

 この世界のモンスターに対する対処に、死骸を燃やす事での死肉漁りの誘引防止がある。

 主にモンスターパニックである王国で主流の対処法であるが、街道の傍で流石に死体放置は迷惑であるし、通う一般人にとっては死肉漁りでも脅威となる。故に、最低限の対処はマナーであった。

 

「おーいローズ、ここら辺にどかんてやっちゃって!」

「おーし!ここで働かないとね、任せなさい!最近土方で続きで鍛えたこのノウハウ!」

 燃やせば今度は目立ち人を引き付ける。比較的に安全な場所の多い聖錬においては、今度は盗賊等が脅威になるのだから。

 身体能力の有り余るローズと合同で簡易的な穴を掘って、そこに死体も蹴り込み土を掛ける程度にする。

(にしてもおかしいな。街道にモンスターがまっしぐらなんて)

 疑問には思うが確認する手段も、剥ぎ取りする時間もない。

 

「よし、後処理完了!」

「助かる。では依頼人に処理報告して馬車を動かしてもらうとするか」

 旅の歩を進める。

 気が付けば日も傾いてきた。属性値の安定した場所で足を止める事になるだろう。

 またガタゴトガタと、馬車に揺られるだけの暇な時間がやってきた。

 

(僕の魔法剣とは爆発力が違う。魔力の爆発?ってどうやってやるんだ。体捌きは前提として受けて流す動きだから違う。けど、体重移動は参考になる)

 周囲を警戒しながら先程のガルデニアの動きその姿をリフレインして、取り込むべき点を考え頭で整理する。

 相変わらず武理は知らないが、素直にただ考える。

 あとで整理してローズとも共有する事になるだろう。つまり模擬戦と同じだ。

 間違ってれば実際に試し動かせばわかると信じて。

 進む為に、愚直なまでにそれを行う事しか彼等は知らなかった。

 

 名声を付け、恥じぬ実力をつけ、事変の攫われた被害者の救出に乗り出す。

 彼等の目標はただ只管に遠い。

 

 

―――そんな馬車の一団を遠眼鏡で観察する影が三つ。

 

「兄貴兄貴!あっさりとトレイン撃退されちまった。こりゃ分が悪いんじゃないですかい」

「黙っとけ、前線から逃げ出したB級一人にC級二人なんておいしいエモノの情報だぜ。ここで稼げなきゃ俺等はずっと下っ端だ!」

 彼等は聖錬手広くで活動する巨大な盗賊団グールズの一員である。と言っても、下っ端の分子の組織とほぼ関わりのない程の木端でありだからこそこうして焦っているのだが。

 先ほどの大熊は彼らが追い立てぶつけた物だ。これは彼等が多用する【トレイン】と言う常套手段であり、モンスターを追い立ててターゲットにぶつけ、襲わせ壊滅した後に荷を回収すると低リスク高リターンの戦法、そのノウハウを所持していた。

 

「厄介なのはあの槍の女位だ。後は丁稚だろう。もう一度仕掛けるぞ。俺等には上から配られた切札もあるんだ」

「へ、へい!わかりやした兄貴!」

 悪巧みを終え続けて追跡する三人の無法者、彼等の手には妖しく輝く一枚のカードが握られていた…。

 

 

 

●●●

 

 

 

―――あれから数時間を越えて。

 巨大な水晶建造物の畔にて。

 陽も落ちて夜の帳が辺りを包む。

 馬車の一団は予定通り大陸全体に点在する【オベリスク】と言う構造体を中心とした安定地帯に到着し、そこで休憩をとった。

 これは古代より存在する謎の構造物であり、この周囲は属性値が安定し、同時にモンスターも近寄らない為。 

一種のセーフゾーンとして利用されている場所だった。

 不可思議だが、それが当たり前と受け入れられる程、人類の原初と伴に存在している物体である。

 周囲には他の旅人も見える。人類の数少ない安息地だ。

 

 だからか依頼人たちは安定地帯に入った途端、少し離れて別々に休むように指示を出していた。

 

「何か妙に警戒してくるわよねー。これが普通なのかしら失礼ね」

「こういう事もある。気にしない方が楽よ」

 薄々気が付いていたが、特に冒険者に好意的ではない依頼人のようだ。冒険者の重要度が比較的低い聖錬では珍しくもない事だった。

 

 そんな様子を尻目に薪を集め。

「闇属性は安定…。よしっと着火と」

 ぱっと点火し、暖を取る。

 生来のオド特性に火が強く含まれるカイトは、火属性値を上げて簡単に種火を起す事ができる。地味に便利な点だった。

「あの、見張りはどうします?」

「普通に時間割の三交代でいいだろう。周囲に人はいるが、だからこそコソ泥が出るかもしれないからな」

「わかったわ。依頼人が距離取れって言ったせいで面倒ねー。ったく暗いっつうのに」

 こういう見張りは即席でランク差のあるパーティでは揉める項目ではあったが、基本的に真面目な人間が揃った彼等は、こういう雑務についてもあっさりと決まる。

 火の番の順はローズ、カイト、ガルデニアと決まる。一番慣れのある先輩がしっかり締めるような構成だ。

 

「じゃあ仮眠を取るから、宜しくねローズ」

「はいよー。時間で起きなかったら張り手くらわすからねー」

「ローズの張り手はイタイから揺さぶる程度で頼んだ」

 冗談をめかしながら、盛り上がってる地面に背を預け仮眠の体勢を取る。

 後ろの背がごつごつと刺激し痛い。余り体重を掛けるのはよくない。呼吸を意識する事が、不慣れな場所で眠る為のコツだった。

 

「……仲が良いのだな君らは」

その様子を少し羨ましそうに呟くガルデニア。

 お互いがお互いの仕事をきっかりこなす。短い間だがそうしてきた事で、彼等には微かにだが信頼関係と呼ばうべき物が生まれていた。

 それ自体が意外と他人に、それも冒険者と言う職業に望むのは難かしい事だ。

 その点で言えば彼等は優等生であると言えるだろうと間違えなく言える。

 

 

 

 

 

―――夜は更け。

 見張りと焚き火の番がローズからカイトに交替した頃。やはり暇であり、警戒しながら自前の双剣の手入れをしていた。

(単純に、夜空を眺めてもつまらないしな)

 こういう所はロマンチストであった親友と正反対であり、度々意見の衝突する所であった。

 そもそも親友はロマンを求めて冒険者になり、そうして成功した稀有な例であった。

 色々な場所に行って、色々な場所を見て、色々な物を食べる。決して良い話ばかりではなかったが、そういった生き方が眩しく見えた事もある。

 

そう、あの日までは。

 

(―――少しくらい。音を立てなきゃ大丈夫だよな)

 退屈の時間はやはり焦れる。昼間の戦闘のイメージが褪せぬうちに反芻する。

 彼の扱う魔法剣とガルデニアが扱った極まった魔力撃は似た技術だと彼は推測していた。

 故にそれを模倣できないかと静かに剣の上でオドを波立てる。

 

 だが、実際の所は違う。

 【魔力撃】とは魔力を放射して瞬間的な”威力を高める”技能。

 【魔法剣】は術式をイメージし、さらに手足や武具などに定着させる”付与維持”技能だ。

 本来の”飛ぶ”魔法剣はこの複合技術であるのだが、彼の受けた教練は断片的であり、発展についても、悪戯めいて教えられた親友の”必殺技”を知ってはいるが、そこで止まってるが故に考えが固着している。

 

(剣に浸透伝導させながら、収束して、一気に流し込んで炸裂させればいいのか?)

 そして素人考え故に、こういう突飛な発想が出てくる。

 電は流石にうるさい、代って炎属性は焚き木の炎に隠せば目立たないだろうと、焔に限定し剣にオドを隆起し、巡らせる。ここまでが今までの彼の魔法剣であり、これを発展させようとさらに力を籠め――――――。

 

「やめておきなさい」

「!」

 そこで止められたのは幸運だと言えた。

 声の主は先程まで岩に身体を預け休めていたガルデニアだ。見張りの交代の時間までまだ少しの時間があったはずだが。

 

「え、あ。ガルデニアさん。すみません、起こしちゃいました?」

「いや、どちらにせよ半休状態だった。一日位は寝なくても変わらない、それよりな―――」

 流石に人が近づいて来る中での実験となると危ない。

 深呼吸して魔力の隆起を鎮静化、オドを霧散還元する。一時期の限界隆起状態から静まり、火の粉を散らす剣を見て彼女が言った。

 

「それは【魔法剣】か。駆け出しとしては立派なものだ。だが、やめておけ。そのやり方では剣が破裂するか、逆流して腑を焼く」

「―――っえ?」

 ガルデニアが説明する。【魔力撃】と【魔法剣】その概念の違いを、系統の違う技術であり、片面で無理を押しても結果は出ない。

 それ故に先程の行為はただ武器をダメにし、自身を危険に晒すだけの発想である、と。

 

「基本、術式を意識し付与維持する【魔法剣】の方が難易度が高い。だから、魔法剣を嗜む者は普通は自然に【魔力撃】の基礎位は身に付いてる物なんだが…。どういう鍛練をしたのだ君は」

「はぁ、おかしいな普通に術式イメージして付与してるだけで…、少し知り合いに見てもらってたんですけど。

飛ばないんで遠心力で無理矢理ぶん投げたり」

「ふむ、そこまで行くと。多分君には瞬間的な魔力放出の才能がないのではないか?」

「おっふ」

 歯に衣着せぬ言葉にガチ凹みするカイト。

 一部とはいえ先達に才能がないと言われたのはきつかった。、

 実際に、生まれつきオドを放出する皮膚の経絡系の問題などで、瞬間的な放出が苦手な人間等はいるのだ。

 

 

―――だが、彼が【魔力撃】を苦手とする理由には、別の要因があるのだが、それはまだ知れない。

 

 

「あの、ありがとうございました」

「別にかまわない、手間でもない。聞きたい事があるなら聞くといい、こういった事はその方が早い」

 そう言って毅然とした表情のまま、焚き木の正面に身を屈めた。もう一度仮眠を取るつもりはないようで、焚き木に新しい薪を継いでいる。

 

 煌々と焚き木の火が輝く中。

 

(といわれても、流石に鍛練法などは秘密だろうし…)

 カイトは悩む。いきなり言われても、そう気が利いた質問は出てこない。

 彼女が何かしらの流派を持つなら、それは財産であり、何かしらの規定もあるかもしれない。

 まだ一度きりで気安く聞ける者ではない。なのでとりあえず。

 

「じゃあ、すみません。ガルデニアさんはどうしてこっち(ヴェルニース亭)に席を移したんですか?」

「ふむ、む?」

 当たり障りのない世話話を切り出した。

 しかし、彼女は少し悩んでいるようで、不味い事聞いたかと少し気まずくなる。

 だが、彼女は暫くしてから口を開いた。

 

「―――逃げてきたのだ」

「へ?」

「逃げてきたのだ。前所属した冒険ギルドではその、すこし痴情の縺れ?があって薬を盛られかけてな」

「え、なら訴えればどうにかしてもらえたんじゃ、男の冒険者のそういうのはギルド自体の品格自体が問われますし」

 男女の痴情のトラブルというのは本能に根差すものだから、何処でも起きうるものだ。だが、それ故に組織の品性が問われる問題とも言える。

 信用を築いたB級冒険者、しかもガルデニア程の強さを誇るならその憂いを、優先とはいかないが対処するのが普通のはずだった。

 ギルドの本質は冒険者の互助組織なのだから。

 

「いや、相手は女だ」

「……??」

「どういう訳だが、昔から私は女性ばかりにモテてな」

「た、大変だったんですね。話しにくいなら話さなくてもいいんだけど…」

 【女難の相】。

 深く昏い目をするガルデニア。

 その様子に色々と察して深く聞くのはやめ、切り上げようとする。何か厄の気配をビンビンと彼は感じる。

 世界は広いのだ。あえて深淵に踏み込む必要はないだろう。

 

「いやここまで話したなら聞いてもらおう」

 だが彼女は、凄まじくストレスが溜まっていたのか、愚痴るようにぽつぽつ語りだす。

 まとめると。ただ真面目にパーティのディフェンダーとして渡り歩いてたら、いつの間にか『女性親衛隊』が出来ており、男性が気圧されてまったく近づいてこないし、度々起こる弊害で彼女自身に責任を問われることもあった。

 そして、一人の熱狂的な女が推定A級魔具を手に入れて、手段を選ばなくなった段階でもはや手に負えなくなり、薬を盛られたのをきりにギルドに通報し、遠くの地に逃走したらしい。

 

―――今までの経緯から分る様に、冒険者ガルデニアは基本お人好しである。

 丹精な美形の顔立ちに毅然とした振る舞い。パーティの壁役としてその背で魅せ続け、とある事情から基本的な治癒術を取得しており、無償で傷を治す彼女は、無意識に女性を引き寄せる性質を持っていた。

 勿論、親衛隊全員が本気であった訳ではなく、吟遊詩人(アイドル)の追っかけの様な感覚が大半だった。

 だが、一部に熱狂的と書いてガチと呼ぶ者がいたのも事実であり…。

 

「すまない、色々と聞いてもらって、向こうでは殆ど気を張っていて、こうして愚痴る機会もなくてな。実は君等を誘ったのも、古くからの男女のペアに見えたのも一つの理由だったんだ」

「あ、いえ。世話になりましたし、僕でいいなら」

(というか、無事で良かった……。強い人も色々悩みや事情があるんだなぁ)

 本当に無事で良かったと思う経歴だ。

 強くなっても、人は結局、悩みからは逃げられないと言う事だろうか。

 そういう意味では親友は本当にいい空気を吸っていたのだな。と、しみじみと実感させられる事になる。

 あいつの行動原理は全てロマン重点だった。痛いめを見ても自業自得だと豪快に笑う。そんな冒険者だった。

 

「さて、そろそろ交代の時間だろう。君は身を休むといい」

「あ、うん。じゃあ失礼して」

 早く起こしてしまった様で悪いが、先輩の言葉でもあるので素直に従っておく事にした。

 

―――明日に備える。それが冒険者問わずこの世界の戦闘者にとっての眠る事の意味だ。

 予定道理なら目的地には明後日まではかかる、まだ道のりは長い。

 相棒のローズのように無尽と思えるほどの体力は彼にはない。最終日でバテるなんて事になったら笑えない。

 

 横になる。眼を閉じる前に少しだけ星を眺めた。

 天蓋の先に親友の言うような川の世界を彼は見出す事は出来なかった。

 


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