ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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双剣【前篇】

―――【ラインセドナ:境界地帯】

 

 以前に預けていた自身の『素人の双剣』が鍛え直しが終わったとの連絡を受けて。

 辺鄙も辺鄙な【ラインセドナ】の調律器(ハーモナイザ)の領域のギリギリに存在する【月長石の工房】に訪れていた。

 

「―――どうなってるかな。僕に、扱えるようになってるといいけど」

 あれから二月は経ったか、時折呼び出されて参考に『相鉄の双剣』を見せたりしていたのだが、【ルミナ・クロス】への遠征もあって、完成がここまで遅くずれ込んでしまったのだ。

 

 その戸を叩いて、返事を待つ。

 

 カイトは自身の寄り所となる得物との再会に、不安と期待で胸がはちきれそうだった。

 『素人の双剣』、魔法剣を扱うには外に放出がし難い欠点を持った、そんなかつての愛剣。

 彼はまだその形状と握り、重心の感覚が手に憶えている。

 

「……きたか」

「はい、えっと”剣”が打ち直しが完了したと聞きまして」

【鍛冶師:一鉄錯誤】【偏屈者】

 相変わらず言葉少なく、こちらに応対する鍛冶師”月長石”。

 他人の眼を気にせず、変らず暗殺者めいた紺尽くめの怪しい風貌と、気配の希少さを持ってそこにいた。

 彼を鍛冶師といって誰が初見で信じるであろうか。

 

 一目だけこちらを確認して、要件も問わずにその奥へと引き込み、ガサガサ遠くから引っ張り出した。

 

「―――これだ、とりあえず、受け取れ」

 布に包まれた双剣を持ち出して来た。

 鍛えあげられて立派になった、彼の『素人の双剣』である。

 その見た目は白刃、黒芯、”陽鉱石”の合金にて形取られた金の装飾を彫刻されたシンプルな双剣である。

 元の名残は、中心に芯を残して彼の属性値(オド)に染まり焦げた黒い芯が見える他は、完全に打ち直されていた様だった。

 飾り気は最低限に引き締まったような実用の美を示している様だった。

 

「凄い…、見た目は変ったけど、形は殆ど元のままだ」

「見た目などいい、振るってみろ」

【鍛冶師:一鉄錯誤】【偏屈者】

 手に触れて感慨に浸る彼を余所目に、鍛冶師”月長石”は相変わらず端局的に言葉を切り、欲求のままに使ってみろと急かす様に工房の外に促す。

 それは彼の暗殺者装束や、ストイックな性格も相まって威圧的にすら写るだろう。

 偏屈者である彼はそんな感じで、商売には向いているとは言い難く、いつも機会を逃していた。

 

 

「あ、はい。それじゃあ遠慮なく……っ」

 多少それに押されながら苦笑。しかし、それに期待してるのは彼も同じである。

 その双剣を構えて、設置された打ち木に向かいながら、感触を確かめる。

 使い込んだハズの握りは真っ新に、何だか奇妙な気分になりながら重心感覚を想い出して。

 

―――ブォンッ!

 それを虚空に振るう…っ!

 

(重心は少しずれてるか、内側に対して少し重い)

 かつての愛剣の生まれ変わりに、記憶との齟齬を振るいながら修正する。

 しかし、斬れ味の方は、かつての鈍器の様な状態からは比べ物にならない程改善しており、それこそ『相鉄の双剣』より優れている感覚である。

 

「切れ味はよし、じゃあ、魔法剣を…っ!」

【魔法剣】

 今度は肝心の魔法剣を起動させてみるが、外側に拡がって行く感覚があってそれでいて重たい。

 オドが纏わり付くの様な感覚は強く、外側の白刃から染み出し、中央装飾の調金が占めている形である。

 黒焦げの属性芯は相変わらずに属性値の浸透率はすこぶる良いが保持し易く、それを白刃に用いられた”陽鉱石”の合金は天属性を混ぜ属性値の放出率を補助しているのである。

 この大きく変わった剣特性は、使いこなすには慣れが必要だろが、間違えなく大きく改善されている。

 

「―――……」

【鉄面顏】

 その素振りの様子を、自身の仕事の成果を”月長石”は、それをじっと真剣に眺めて観察していた。

 その眉を寄せた無機質な表情からは、その感情を読み取ることは難しいだろう。

 

 それから一通りに素振りのパターンを試してみて。

「凄い、凄く良い感じですよこれ、ありがとうございます!!」

 喜色を上げるカイト、総合的に大満足な出来であった。

 そもそも彼の『素人の双剣』を使い続けたいと言うのは、完全な個人的な我儘である。

 ここまでの出来に仕上げられて、文句の付けようもあるはずはなかった。

 

「まだだ」

 だがそれを打ち手である本人が否定する。

 

「”魔剣”には届いていない。属性金属の純度が足りない」

「ってそんな、打ち直しで大層なものに仕上げろなんて贅沢な事、誰も言いませんよ」

 この世界における”魔剣”とは、文字の如く”魔法のような効果の付いた剣”の総称である。

 単純な物で自分のオドを流しこんで、金属を通してその属性の現象を起こすまでに 高純度な、”属性金属”で鍛えられた剣の事である。これだけでも簡易的な”魔法剣”を使える様になるという。

 上位の物になると、合金によりそれこそ属性値を増幅したり、金属でありながら”生命力”(プラーナ)を伝達したり、術式や彫金ギミックを掛け合わせ属性現象と物理現象を掛け合わせた上位魔法剣を放つ可能性もあると言う。

 そのほかの種別に何かしらを宿らせたり、宿ったりの”精霊魔剣”や”生贄魔剣”等の分類などもあるが、前者はほぼ偶然の産物で、後者は神秘を解体した技術的発展により廃れている。

 

 需要は手軽に人体の限界を引っ張り出す”魔具”に押されてはいるが、それでも一般冒険者では届かぬ憧れの品である。

 

「いや、可能性を見た。ならば追及するのみ」

【鍛冶師:一鉄錯誤】【努力の才能】【鉄心の如く】

 だが”鍛冶師”の月長石はその言葉を無視して、独り言のように持論をぶつぶつ呟く。

 あらゆる方法論(アプローチ)を棄却せず、努力を弛まず行わぬことによって、熟達を遠ざける代わりに、成長を積み上げる。そんな偏屈者が彼である。

 ある種、あらゆる技術と叡智に圧倒され、それに目移りするカイトとは別、オンリーワンに辿りつくかもしれない可能性である。

 

 

「―――ただそれは属性を上書きされない程度に、使い手に特化されたじゃじゃ馬―――金属生物とは言えモンスター素材を使った―――ある意味生体武器とも言えなくないか―――染色されたかのはそれとかかわりが―――少し削って溶かしたが、性質が難しい―――焦げている箇所がミキシングされている―――合金としては二重構造―――耐久性は―――」

 呆れながら、それを羨ましく思わなくもない。彼の価値観的に歩むべき確かな道は憧れる物だ。

 現状、依頼をしながら彼が手を出してる物だけでも【剣の理】、【魔法剣】、【精霊術】、【野狩人】(バッカ―)、なによりまず【基礎教育】である。

 そしてそれを足りない掌で精一杯掬おうとする故に、彼は【努力の才能】には至らない。

 

(んー、こういう人が、新しい物作ったり発見したりするんだろうな)

 ぼんやりとそう思う。だが、彼はそう言う人間を見ているのは割と好きであった。

 世の中すべての努力が報われるとは限らないが、成功するには必ず努力が必要だ。

 凄い人が溢れているのは、相当の努力によって世界が積み上げられた証明だろう。

 それはこの残酷な世界でとても頼もしく価値のある者なのだと、彼は知りうる小さな世界を、認識を受け入れて解釈している。

 

「あの、ちょっと理解出来ないのだけどもうちょっと簡単に…」

「―――む、そうか。その双剣は試作品だ」

 ”鍛冶師”の月長石はかなり考えて言葉を選ぶ。

 普段は相手に理解してもらおうという意識がない為に、こういう時は時間が掛かるのだ。

 

「出来る限り金属同士の総和性は試行を試したが、二重構造は未知数だ」

「なるほど、脆いかもしれない、と。『相鉄の双剣』は持ち込みですかね。予備にもなりますし」

「……そうだ、わかってるならいい。扱いには気を付けろ」

 使い手の補足に頷く”鍛冶師”の月長石。

 預ける前は”素人の双剣”もお守りとして持ち歩いていた為、そこまで問題ないだろうが。

 最近、重しなしで慣れていた重心を見直さなくてはならないかもしれない。

 彼の足腰は魔具『荷重の具足』(ハードポイント)で強化した物なのだから、別の筋と骨が一本ある様な物である。

 

 荷物は増えるばかり、速く”バッカ-”の収納バックが欲しい所である。

 

「……待て、銘は、どうする。君が決めろ」

「え、決まってないんですか?作品なんですから、てっきり職人が銘を決めて刻んだりする物だと」

「そうだ、だが名は呪い(まじない)を縁を結ぶ。お前が決めろ」

 端局に、作品を完成させるためであると、銘を託してくる。

 とっさに言われても、特別な洒落た名前など出てこない。これは彼の当り前の剣である。

 暫く腕を組んで考えながら。

 

「困ったな……。あえて名前をつけるなら、『絆の双刃』ですかね」

「ん、良い銘だ」

 ふと思いついて呟いた言葉に出して恥かしくなり、カイトは頬を搔いて曖昧に笑う。

 月長石はそれを聞き、再度『絆の双刃』を受け取り、柄にその名を刻んだ。

 

「……そうだ。不調があればまた持って来い、まだ探究は終わっていない」

「はい、ありがとうございました。料金はこれで宜しかったですか?」

「あぁ、これでいい」

 懐から得物と引き換えに先払いの手付金の他に、本依頼のゴルを払う。

 決して安い物ではなく、総計してしまえばもっと良い武器が買えるだろうと、そう言われるだろうが、オーダーメイド品を頼むなら、これでも相当に安い方である。

 

「本当に、ありがとうございました」

 カイトは再度深々と感謝をこめて頭を下げる。

 彼に自覚はないが、これは過去の唯一の拠り所であり、正しい道の”証明”である。手放す選択肢はない。

 

 そして、四つの腰のホルダーに双剣をしまい込み、工房を後にしようとするが…。

 

「いや、まだだ」

「へ?」

 それを何故か読み止められる。

 疑問に思いながら、振り返り帰ると何枚の紙を突きだされた。

 

試運転(テスト)が済んでいない。未知数は検証してこそ解明される」

 それは一つの依頼書である。”失踪した、依頼を失敗したと推測される冒険者”の、その持ち物を回収する幾つかのギルドからの依頼である。

 

 社会の底辺で冒険者が死ぬなど何時もの事だ。ギルドは彼等の身分の証明や、低級魔具の貸付に、格安な住居の提供の代替に、”冒険者”が死亡した際にその財産の一切合財を接収する契約と権利を有している。

 ギルドの庇護福祉から離れればその限りではないが、その時が冒険者として一流と言えるだろう。

 

「はぁ、予定が空いてたから良いですけど、今度から事前に話をくださいね?」

「……すまん」

 こう受注を事前に用意していたと言う事は、事前からこういうつもりだったのだろう。

 非常に強引であった。”鍛冶に、鉄と向き合う事に一切の妥協を許さない”

 故にこうして、流石に他人には自重するが、気心を程度知れた知り合いを撒き込む事もあるのだった。

 カイトの予定が空いてたから良かった物を、その偏屈者ぷりに飽きれながら。

 

「普段ならば、一人で行うが丁度いい。探究だ探究だ」

「つまり双剣テストの為に合同依頼ですか、ギルドが死亡者の魔具とか刀剣とか回収して再利用するとか話には聞いてたけど」

【鍛冶師】【バッカー中級】【気配遮断】

 この世界の冒険者ギルド役割は社会的なセーフネットである。

 労働力も資材(装備・魔具)もこうして回収し有効利用しようとする。そうまでしないと回らないのが、この厳しい世界だ。

 しかしそれ故に、あくまで”死亡冒険者”である為に、依頼を融通されるのは信頼を築き上げた冒険者に限られる。

 虚偽申告で持ち逃げされてもギルドの権利・権威に喧嘩売る行為なので、ギルドにとっても無視できずに相手にするだけ面倒であるし、そもそも冒険者とはいえ死者は死者である。

 最低限の配慮と言うのはあるだろう。実力があろうと足蹴にするような奴には回せない。

 冒険者ギルドと言う仕組みは厳しい世界に立ち向かう為に、冷淡ではあるが、必用以上に残酷ではないのだから。

 

(こういう依頼で回収した欠けた剣とか、鍛冶師が砥いだり、鍛え直したりするらしいと聞くけど…、でも鍛冶師自身が取りに行くのは予想外だな)

 彼はその提案に首を傾げながら、いつも通りそういう物かと認識して受け入れた。

 なお、この”鍛冶師”月長石は戦闘特化ではない(戦闘できないとは言っていない)が、冒険者Bランクでも長い在位と経験を持つベテランなのだ。

 コミュ症の偏屈者でありながら、その【気配遮断】と言う特殊技能と、鍛冶師と言う確かな実績でギルドに長い間貢献して、信頼を勝ち得ている。

 

「ギルドの印章もありますし、確かに信任されてるみたいですね。でも僕は駆け出しで技能というのは、”役割”(ロール)で名乗ってる”レンジャー”位しかないんだけど」

「問題ない、剣の握りを見れば既に一端の戦士とわかる」

【鍛冶師:一鉄錯誤】

 これは月長石の”鍛冶師”としての個人的な探究欲求による物だろう。

 ここまで押し付ける様に徹底してると苦笑するしかない。

 ただこれは彼にも利がある事である。

 職人が実際の使用(テスト)まで武具を見てくれる事は破格であるし、報酬も悪くない。

 ただ既定人数が厳しい。護衛二人に特殊技能枠一人である。

 

(ただ午後の予定を捻じ込む感じになるなぁ、またローズに謝らないと)

 彼等は手頃な討伐依頼の斡旋が無い時には、町の土方や雑用の仕事を大体やっているのだが、その時も大体の場合で二人で動く。それが大体一番効率がいいのが、彼等と言うペアだ。

 出る前に一言断っておかないとな、と。この後の予定を頭の中で軽く組んだ。

 

「わかりました。宜しくお願いします準備の為に、一旦戻りますが何処で合流しましょうか」

「冒険者ギルドでいい」

「【ラインセドナ】にはギルド、三つあるんだから言葉が足りませんよ」

「……あぁ、【ケストレル】だ」

 【ケストレル】、この町で一番大きな冒険者ギルドである。

 相変わらずに少し言葉の取らない”月長石”の言葉を補強しながら。

 

 

 

 カイトは今度こそ工房を後にして、彼等の自宅に装備と消耗品を取りにいったん帰宅する。

 そこでローズと自分の昼飯を自炊して。

 事情を話して、『えー、また勝手に決めて』と不安を言われながら謝り、準備してギルドに合流しに向かったのだった。

 

 

 

―――【冒険者宿:ケストレル亭】

 カイトは少し早目の時間に、指定した集合場所に足を運んだ。

 

 この”冒険者の不明者の調査と所持品の回収依頼”は特殊技能の【バッカー中級】持ちの月長石と、信頼できるギルドから推薦の臨時メンバーで行われる。

 冒険者の死亡は、場合によっては”人為的な事件”の可能性もある為に、それに関する技能持ちが一人追加されることが多い。

 

「あのっ…!」

 ……のだが。

 

「見習いのC級冒険者の”なつめ”っす!宜しくお願いするっす!」

【双剣士】【自■■革】【エッ■■■ター】

 おそらくギルド推薦枠として現れたのは、ネコ目が特徴的な緑の活発そうな単発、青色のシンプルなプレート装備を身に纏った如何にも純朴そうな双剣士の少女が合流したのだった。

 

「―――あ、うん。宜しくね。ボクはカイト、Cランクの役割(ロール)レンジャーです」

「はいよろしくっす!今日はよろしくお願いしますね、足を引っ張らない様に頑張るっす!」

【純心素直】

 彼は、専門的な技能を持った冒険者が合流すると考えてていて、身構えていた為に意外な顔をする。

 一般的な聖錬冒険者の計りというのは、大体装備で判別がつくだろうが、彼女は本当に基本的な双剣に魔具の類もあまり見当たらない。

 その雰囲気も相まって、カイトより駆け出しの冒険者、そんな印象を抱かせるだろう。

 同じCランクである彼が、何か言えた口ではないが。

 

(んーでも、なんか違和感ある…?)

【双剣士:共感】

 それは彼自身が同じ双剣士として、重心の操作を専攻する為に気が付いた違和感である。

 駆け出しにしては、装備に着せられてる感覚が無いと言うか配置が理想的であるし。所為は素人の様な動作なのだが、妙に軸がぶれていない。

 

 少し遅れて、同行者であり主導者の”月長石”がその姿を確認し、一目見て。

 

「!、お前は…」

 その月長石が、何か驚き含む様な微妙な声を上げる。基本的に日常が鍛冶に全ふりな彼が、人に対してそんな反応をするのは珍しい。

 先程、感じた違和感もあり、不思議に思って声を掛ける。

 

「ん、月長石さん、もしかして知り合いですか?」

「‥…、いや。知っているが」

 相変わらず端局に言葉を切って、そのまま黙りこむ月長石。

 その反応はあっこれはと、邪推するに十分な物であり、頭の中に何種類かの推測が頭を巡った

 

(冒険者ギルドの斡旋であるのだから、大丈夫だと思うんだけど……)

 ”月長石”と言う人間は、興味の対象以外の言葉数は極端に少ないが、必用な事を言わない性質ではない。

 まず頭に思い浮かぶのは、いつかの”ツインテールの少女”の遭遇が連想されるが。

 実際、Cランクをとその資格を見せた”なつめ”について、考えても答えには辿りつかない。

 

 なお、この世界では”理由なく”Cランクだけど実質Sランクだぜー!と言う様な舐めた生き方を行い。

 有事のみに暴れるなんて事をすると、オマエ何してるの?と袋叩きのムラハチを喰らったりする。

 皆、生きるのに必死であるのだ。

 

「あー、もしかして私は鍛冶師として、そこの月長石さんには世話になってるっすからねー。その時に顏と名前憶えられたんじゃないっすかね」

「なるほど、そうなんですか、実は僕もお世話になってて」

「ふふ、じゃあ武器も銘もきっと同じっすね!『相鉄の双剣』を使ってるんです?使いやすくて良い双剣っすよねー」

 武器の事になると少しだけ熱が入り、たははと、誤魔化すように笑う猫目のナツメ。

 カイトは少し話して悪い人ではないなと感じとって怪しむ心はあるが理由があるならと、彼女が振る舞う在り方を何時も通りの処世術で認識をそのまま受け入れる事にした。

 彼は結局は何時も通りである。

 

「とにかく、張り切って行きましょう!依頼内容は”近く死亡した冒険者の遺骸の埋葬と、ついでに装備品の回収すね”!この地図の通りに複数回る事になる。張り切っていくっすよー!」

「……あぁ」

「はい、よろしくね。死因が近くにいる可能性もある。気を抜かない様に交戦はできる限り避けるように行きましょう」

 なつめが号令をかけて、依頼の為にギルド亭を後にする。

 なお、実際は逆で、メインの目的が装備品の回収であり、建前が亡骸の弔いである。

 まるでメインの様に死者の埋葬を前に持って行った理由は外聞がいいからだ、そんな大人の判断である。

 

 

 

●●●

 

 

 また所変わって。

―――【ラインセドナ:南西郊外の谷】

 

 今回の依頼は北西部での近年の冒険者の行方不明者が、出向いたであろう地が記載された地図を片手に、隠密行動しながら、平原を歩く。

 幾つか回る場所があるのが、この世界で人が死ぬなんて何時もの事だ。

 とにかく依頼通りにまずは最優先に装備の回収、余裕があれば遺体の弔いと焼却である。

 

 

「よしと、この属性値か。”お願い”」

【レンジャー:野狩人】【精霊術:気配迷彩】【蛍火】

 彼は道具の補助と精霊術を用いて、周囲の環境と放つオドとマナを中和し、混ぜ合わせて迷彩を掛ける。

 術式はミストラルから学んだものだ。既に彼は精霊術の多彩さはともかく精度は群を抜いている。

 彼等に一律の乱れもなく、呼吸と伴に感応し、通常速度で移動し続ける。

 

「……植生に異常はない、属性災害はないか」

【バッカー:野外知識】【気配遮断】

 月長石が”バッカー”の知識を活用して、地形の植生を察して、異常を推定する。

 大きく生体系を崩す様なモンスターがいるならば、それが現れるし、賊の活動があっても痕跡が残るのだ。

 更に彼は元々暗殺者の如く風貌の如く、外部へのオドや所為の消し方に精通しており、カイトの迷彩の負担を軽減していた。

 

 そして。

「あ、南に仏さんっすね。情報通り複数です」

【自■■革】【多■的ハ■■ー■ンサー】

 カイトと同じであるCランクを自称する、双剣士のなつめがいち早く目標を発見する。

 ギルドから推薦されるだけあって、そういう技能があるのか、索敵技能に優れている様だった。

 

 周囲を警戒しながら、冒険者の仏の元へと辿りつき。

 

「冒険者カードを確認したっす。間違いなく件のC級冒険者パーティっすね、これはモンスターよるものですかね」

「だろう。装備の損傷から見てもな」

【鍛冶師:一鉄錯誤】【バッカー:収納バック】・【ギ■ド■■ト】【プ■■イン:検死知識】

 駆け出しのなつめが、仏の身辺整理を行い、使えそうな装備を剥ぎ取る。

 月長石が装備の損傷から得られる情報を口にしながら、バッカ-に所持が許される”紫の札”由来の、拡張バックに装備を回収していった。

 

 対してカイトは。

 

(……うっ臭いも、見た目も慣れない)

 複数の死体の処理をてきぱきこなす彼等とは違い。

 既に数件、この処理を行っていたが、彼はまだ人の死体と言う物に慣れずにいた。

 紫から黒ずんでいくそれは、”矛盾と不安定”を象徴する過程(プロセス)を彼に見せつけ、熱を感じない硬直は精神を圧迫する。

 彼も既に幾多のモンスターを殺し、解体し、知識として知ってはいたが、それでも実際に触れると噛み砕き、吞み込み難いものであった。

 

「……すみません、お任せします」

『太陽の腕輪』【レンジャー:野狩人】

 少女とも見える女の人がそうやってるのに、情けないと思いながら、目を逸らし、周囲の警戒に徹する。

 低級魔具である『太陽の腕輪』で、偏光率を操り視線を遠方に飛ばして、何とか気分を紛らわす。

 

「ただちょっと変すね。損傷個所が少ないっす。野生のモンスターにやられたらもうちょっと死体が、グちゃーってなる物なんですが」

「良くわかりますね」

「へへん、本を読みました!」

「あ、うん」

【自■■革】【読書好き】

 とりあえずそういう事にしておく、最初は冒険者の死体に対しキャーキャー、騒いでいたのだが。

 それは最初の数度で、双剣士のなつめは彼に何か感じ取られた事を気取って、既に開き直った言動をするようになっていた。

 

 それに月長石の反応もない、隠す必要があるのかないのか、いまいちわからない。

 

「終わったぞ」

「そっすねー、死亡確認にチェックとー、じゃあ”火葬”お願いします。複数何で盛大にバーッと!」

「ん、わかりました」

『浄化の塩』【蛍火】

 カイトはポーチから専用の”浄化塩”を取り出して、油を受け取り油と伴に振り撒いて着火した。、

 放っておくと、大気中のマナ等にオドや魂(情報)と結びついて。悪質な精霊…、”悪霊”の元になる可能性にすらある。一般人には詳しい原理はわからないが、これが嗜みである。

 

(さて、苦しまずに跡形もなく昇華されたらいいな、半端はなにもかも苦しい)

 魔力の回復も併せて、小休止、それを見送りながら祈る。

 この世界に唯一の神を信仰する宗教は一般的ではない。故に、祈るのは自己満足と…。

 いつか未来の自分の為だった。冒険者を続けていって、長く生きようなんて言うのは贅沢な事なのだから。

 

 しかし、しばらくして。

「―――警戒しておくっす、情報にあったはずの主な魔具と装備が剥ぎ取られてた」

「!」

 ぼそっと、双剣士”なつめ”が呟いたのをカイトは聞き逃さなかった。

 さりげなく、魔力を隆起、使用魔具を絞り腰にぶら下げた刃をすぐ抜けるように準備を整える。

 片割れの月長石もそれを聞いたか、目が険しく気配が張り詰めたのがわかる。

 

 魔具なんて奪っていくのは、同じ人間に限られる。

 そして、この火葬は非常に派手に目立った。下手人がいるとすれば、候補筆頭の【死肉漁り(グールズ)】の手口を考えて思考が高速に回る。

 

「ふむ、着いてくるすか、気が付かない振りして離脱しましょう」

「……そんな落ち着いてる場合ですか」

「大丈夫、合図を出したら一斉に駆け出して撒くっすよ」

【自■■革】【多■的ハ■■ー■ンサー】

 ぼそぼそとまるで何でも無い様に、落ち着いた様子で変わらず振る舞う。

 カイトはその様子に一応併せ、内心そわそわしながらも双剣士”なつめ”に追従して、出来る限り、落ち着いて振る舞う。だが、肺が委縮して、握る手が汗ばむ。

 

 しかし、周囲の気配はカイトが感じ取れる程に、雑な物が増えてゆく。

 

「……気が付いてるか」

「―――はい、囲まれたっすね。意外と手数は多い。急に顕れたモンスター、【使役師】(トレーナー)ですね。合図します」

 むやみな戦闘は何時でもリスクを伴う。相手が人となれば尚更だ。

 それでも逃げ切るのが分がいいかわからないが、バラバラになっては思う壺だ。とにかくやるしかない。

 

 そして緊迫の時間が過ぎて。

 

「―――強行突破っす、走り抜けて!!」

【■姫の■喝】

―――ダッ!! 

 確かな貫禄を持って、駆け出しであるはずの”双剣士”のなつめの一喝により。

 彼等は弾かれる様に走り抜ける。それは【鼓咆】と同じ様に空間を振るわし、味方を鼓舞する技能。

(やっぱ、彼女駆け出しじゃないよなぁ…っ!)

 もはや確信に似た感想を抱きながら、谷の光景を不整地を駆け抜けて。

 

『『―――ワン!!ワンワン!!』』

 前方を塞さいでいた。狼型の獣である確か『ヘルドーベル』と呼ばれる吼えたくるそれを……。

「―――シィ!!

「飼い犬か、邪魔だッ!」

【投擲術:棒針】【鉄芯の如く】・【魔法剣】【ファストアクション】

 月長石が正確な投擲にて貫き、カイトが流れる様にすんなりと二匹とも顎を蹴り、斬り殺した。

 これは飼いならし方が悪い。まず威嚇し指示待ちした獣など、大した脅威ではない。

 更に今の彼の双剣は”特別性”である。導かれる様に斬り殺した。

 

 しかし、ここで気が付く、駆け出した伴に”双剣士のなつめ”が居ない事を。

「あれ、なつめさんは!」

「最初に反転して、斬り込んでいった」

「―――んな!?」

 驚愕の声を上げるカイト。

 なつめは、最初の一喝に足音を紛らわせ気が付かれず踵を翻し、襲撃者に逆襲(アベンジ)しに行っていた。

 彼女にとっては”これが目的の一つ”だったのだから、自身の義務に従って当たり前の様にそうしたのだ。

 

「アレを心配する必要はない…っ、目の前に集中しろ」

「でも、流石に一人じゃ…っ」

「アレは死なない」

 確信を持った様子で、彼は言い放つ。

 実際、彼女の正体を知る者は全員そう判断するだろう。アレは【ギ■ド■■ト】の中でも特別性、刃の如く兵器の如く修羅である。

 

 しかし、それを知らぬカイトにとっては気が気じゃない。

 彼の過去の疵跡が、その焦燥感を加速させる。

 

「なつめさんが只者じゃないのは分かるし、あなたが彼女の正体をしてても僕は知らないんです!放っておいて逃げられますか!」

「………」

 カイトの言葉の圧力で少し圧される様に、月長石は黙りこむ。

 そうして少し立ち止まっている内に、後方から襲撃者の魔の手が追い付いた。

 

「チィ、一目散に逃げやがって」

「へへ、この臆病モンが今度は足を止めて、仲間割れか?」

【死肉漁り】(グールズ)

 現れたのはスキンヘッドに特有の入れ墨を入れた、如何にもな風貌をしたゴロツキ二人組。

 獲物はオーソドックスであろう剣に、『死肉漁り』(グールズ)を示す紋章。

 魔具は奪った物であろうか、かなり良い物を付けているように見えた。

 

「せめて、この二人は惹き付ける。気が付いて言わなかったんだ、これ位は付き合ってもらいます」

「お、おう」

 カイトはちょっと怒っていた。

 件の推定強者”双剣士なつめ”の行動もそうだが、月長石もかなり言葉が足らず勝手な事を言っている。

 高度な判断だか何だか知らないが、振り回される方は溜まった物ではない。

 弱者なのは自覚している。だが、仮にこれで彼女が”帰還せず”と聞けば、ずっとこれを引きづる事になるだろう、そんなのは御免だ。

 

「わかった、やるか」

【双剣士】【暗器】【気配遮断】

 その怒気に少し押されていた月長石であったが、その言葉に収納式の突剣の如く双剣を構える。

 良く考えれば、彼が求めていた自身の作品である『絆の双刃』の試運転(テスト)に都合がいいかと考えを改めて、いつものペースに戻った。

 人間相手と言うのは、不安要素に思わない。”むしろ探求の為に好都合だと考える”。

 

(心配しない訳ない。この世界、不測の事態だっていくらでもある!)

 カイトは初めて、彫刻煌めく双剣をまともに構えた。

 『素人の双剣』改め、『絆の双刃』、これは彼の専用の剣である。

 その本領は、初見では看破しがたいだろう。

 

「立派な剣を持ってんじゃねぇか、へへ良い値になりそうだ」

「ガキがいっちょ前に正義感って奴か、むかつくんだよそーいうのは!」

 死肉漁り(グールズ)のゴロツキ二人は、正直に舐めきっていた。

 片割れの少年が若い、もう片割れは怪しい風貌だが、威圧感も放っていない。

 

「へへ、コイツをたまげて後悔しながら地獄に行きなぁ!」

 だがそれ以上に…、与えられた力に酔っていた。

 『モンスターボール』『改造モンスター:『%ーガー@ィ#ン』

 巨大な脚に、鋭い鎌を持ち、硬質化した皮膚を恒湿に光らせるソレ。

 それは改造された個体、寿命を燃え尽くすように代替に戦闘力を増した生物。

 旅の途中で村を襲撃した、”マーロー・ディアス”や”カルデニア”が対峙し、斬り殺した存在と同類。

 高い装甲と回復力を持った、戦闘特化の中型モンスターである。

 

 ゴロツキに不釣り合いな、高度な技術の産物。

(明らかにゴロツキに場違いな…っ)

 だが、それ以上の化け物の相手も、そろそろ慣れて生きている。

 

「前衛はボクがやります。月長石さんはサポートを!」

「心得た」

【魔法剣】【舞武】【ダンシングヒーロー】

 C級ではあるが、戦闘特化であるカイトが率先して前に踊りだす。

 握りを確認し、呼吸三つに魔法剣を隆起させる。

 気持ちで負けぬ様にリズムを意識を移して、敵の前に踊り出るのだった。

 

 




カイト君強かったはずの親友の件でこういう事には敏感です。
伏字にする意味などほとんどないけど、ノリで。

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