ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】 作:きちきちきち
―――翌日。聖錬街道の中原にて。
馬車の旅は今日もいく。ガタゴトと揺れを繰り返しながら何処までも。
「お尻いたァい…。全く凄い揺れね、護衛を舐めてたわ」
「あはは…敷物、要る?」
「お、気が利くじゃーん。って、それ敷物じゃなくて上着じゃん!いいわ、流石に気が咎めるわ」
腰を叩くローズに、自身の【迷彩外套】を差し出すが、普通に突き返された。
ちなみに彼の腰もかなり限界だが。
仮にも女子二人に、男であるカイトが腰が痛い素振りなど出せない。ひたすらにやせ我慢だ。
ちなみに機械技術も発展したこの世界には、衝撃を吸収するような快適な荷馬車もあるのだが、護衛の冒険者なぞにそんなもの提供される理屈はなかった。
故にこれから将来、護衛の依頼を受けるならこの痛みとは、冒険者を続ける限りずっと付き合う事になるだろう。
(精進あるのみ、か)
「ふふ、初めの頃は皆そういうものだ。効くストレッチを後で教えるから頑張りなさい」
「なら笑うなってば先輩ーっ」
それを見ながら、カルデニアが少し笑った。昨日の夜会話で長く愚痴を放ってから、少しカルデニアの姿勢が柔らかくなっていた。
彼女にとってはカイトがやせ我慢をしてる事もお見通しである。
基本(精神的に)疲れる環境にいた彼女には、駆け出しの彼等の様子は多少癒されるものであったらしい。
生来の面倒見の良さが、こういう所で現れる。
「着くのは明日だっけ?これでちょっといい魔具を買えるだけのゴルを出すって言うんだから太っ腹ね」
「それが命の担保の価値と言う奴だ。その分の仕事はせねばならない。この世界には脅威など履いて捨てる程ある」
「……はー、時々思うけど、やっぱこの世界って地獄よね」
ローズとカルデニアの相性も悪くはない。
快活で素直なローズと実直なカルデニアはお互いがお互いに、適度な距離感を作り出してしていた。
「あたしのスタイル?呼吸で身体を強化してズバーよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「ふむ、となると君のは錬気法か。親衛…げふんげふん。昔の仲間にもそれを中心とした者はいたが神鳴流だったかな。」
「そっか錬気法って言うのねこれ」
「うむそれを中心にに生命力を消費し身体を強化する桜皇の発展技法だ。聞く限り、聖剣技よりは可能性があるのではないかと思う」
「ん、なるほどねー。ありがとうサンキュー。後で調べてみるわ先輩」
【ムードメーカ―】
更にローズはカルデニアの、女性に対するちょっとした自然に壁意を慣らす程度の距離感を自接していた。
彼女が特に意図してやっている訳ではないが、快活さ故に人付き合いが割とうまい。
そして先達からのアドバイスで、発展が得られたようだ。
ローズも最近の成長が著しくなかったが、結局の所進むべき方向が、定まらないことが大きい。
只管に努力は積んでいる。ただそれだけでは、【努力の才能】には至らないのがこの世界だ。
確かな武理が得られた訳ではないが、彼女にとってはそれは一歩の前進だった。
その後もひたすら長閑な時間が続く。
ただ只管に待機する苦痛も、初日に比べればかなりマシになっていた。
原因は時間を無駄にする感覚が薄れたからだろう。
苦痛が自身が有用に時間を使えているという錯覚になる辺り、立派に何かしらのホリックに染まっている。
「ふむ、というより君達はなぜそこまで強さにのめり込むのだ。聞く事と言えば修行とばかり、刹那的に生きる冒険者が多い中の中じゃかなり珍しいぞ」
「えーと、まぁボクとローズには目標があるんです。人探しと言うか、そんな感じで」
「いや、あたしたちは追ってるの。聖錬南西で起きる失踪事変について。それについての情報を持ってたら教えてくれると助かるわ」
「あ、ちょっとローズ!?」
「えー、別に隠す必要ないんじゃない。犯罪ってわけじゃないんだからさ」
彼女の答えは快活である。少し天を仰ぐ、隠す必要はあるのだ。
彼等の行為は無謀で、賢くない選択である。少なくとも駆け出しの冒険者のする事じゃない。
冒険者の失踪なんて有り触れた者で、半端に関われば碌なことにならない。彼等が目的を明かす事は、つまり自分達は阿呆ですと喧伝しているようなもので。
「……それは本気、か?」
途端、カルデニアの表情が表情が硬くなった。
まぁこういう反応が返ってくる。仮にA以上がこの大仰を言い放ったら納得を得られるだろうが。
所詮の彼等はC級だ。
「……ええ、まぁ。だから名声と、ゴルと、実力。僕らには全部必要なんです」
「他に誰か先導者がいるか?でなければやめておけ。碌な事にならんぞ君等は若いんだ。幾らでもやり直しは効く」
「それで納得できたら、楽なんですけどね」
【自棄自損】、サバイバーズギルト、彼の精神強迫観念。
観念した様に話した。有り触れた悲劇に”諦められない”彼等が全面的に悪いのだ。
才能はある。けどそれは最低限のものだ。生き急いではいるが時間が味方になる事はない。
根本的に全てが足りていない。
「難しく考えてもしゃーないでしょ。無理ならずっぱり死ぬわ、それだけじゃない」
「まぁそうだよね」
「……まぁ君等の人生だ。無理には止めはしないが」
途中から、馬車の空気が重くなった。
カルデニアもそれ以上にこちらにどう触れればいいか、わからない為だろう。
(とりあえず現状は仕事の関係だしね)
沈黙が続く。
また、時々周囲を警戒する以外にする事がなくなった。
だが、異変は突然に起きる。
―――ガタッッン!!
突然に響く轟音が馬車を揺らした。先頭馬車が急停止したからだろうか、突然の事に騒ぎ立てる声が聞こえる。
その先にいたのはモンスターの群、しかも先導する様に中程度の竜型種が一体。
「外にモンスターが四体っ!一体は飛竜型!」
「二日続いての襲撃だと…?確実に来るな」
多少呆気に取られながらも外を覗いていて得られた情報を二人に伝えた。
そして【阿修羅姫】、そう呼ばれるまで積まれた先達の経験から、最適解を導き出した。
「とにかく私が出るぞ!依頼人の護衛と後詰を頼んだ、飛行型となると機動力が高い!追撃は必ず来るぞ警戒しろ!!」
「わかりました。ローズは依頼人の方へ、僕は周辺警戒してる」
「りょーかい、あたしの方がカバー範囲多いからね。お互いしっかり無事にね!」
一言二言でお互いの仕事を確認しそれぞれに立ち位置に散る。
カルデニアは前線の押さえに、カイトは天蓋に昇り魔法剣での流れブレスの迎撃と周辺警戒を、ローズは先頭馬車にいざとなる際の依頼人の護衛と誘導に。
(先輩が疑問に思ってた。確かにおかしい。再度確認してわかったけど、あの竜は力写札だ)
【転写師】(スキャナー)と言う技能がある、カード使いや術符などの自身以外の物体を触媒に共鳴、増幅させて一種の現象や能力を発揮させる魔術使いの一種。
【力写札】はそれに使われる魔術媒体だ。カードの中に刻まれた情報を術者のオドを用いて空間に投射使役する。
「―――カルデニアさん、気を付けて!その竜は力写札だ。術師が他にいます!」
「ふむ、力写札か。それにこのトレイン手法はグールズの仕業で間違いないな。術者は何処だかわかるか!」
「わかりません!ただ力写札の投影は脆いから、本命じゃない!」
カイトは自身のスカウト技能の未熟さに歯噛みしながら、ただの視角にて見回し敵の本体を探す。
応用の範囲は広いが、入念な準備がなければ相応の熟達とデッキの構成バランスが要求される技術故に、使い手の多くない魔術儀式だが。
彼は異変にて似た現象に遭遇し、だからこそ【転写師】の詳細は情報屋に調べてもらっていた。
その知識を力いっぱい叫ぶ。
―――その一方で。
「っち、バレたか。対応がはええな。B級の女だけは釣りでせた事はでかい。予定通りやっちまうぞ」
「ヘイ兄貴!」
実行犯のグールズ達が森に身を潜めてこちらを伺っていた。
【食引の香】
力写札による飛行型の投影と食欲を増進する香を用いて野生のモンスターをトレインし、襲わせる。
そこで混乱してくれれば良し、そうでなくとも戦力分散すればこちらの切り札で押し切る。
「へへ、どんくれぇ溜め込んでやがるかな」
「女も奇麗所が二人も居るからなぁ。しかも一人はB級の冒険者だ。売ればいい値になるんじゃね」
その算段であり、手順は違えど結果は同じ。そうほくそ笑む悪党達。だが彼等は知らない。リーダーの男に一部伏せられた切札の詳細を。
この世界に都合よく、お手軽に大きな力を得る方法など、ありはしないと言う現実を。
「確かに高慢ちきな女を哭かせると思うと、股間がいきり立つよなぁ。まぁその為によ。てめぇら、―――生贄になってくれや」
「「へ?」」
リーダーとなる男が背後から心臓を一突き。間抜けな声を上げ、部下の二人を影が侵食していく。
その後に禍々しい力写札を掲げた。
「な、なんで。兄貴」
初めから彼等は代償を払うだけの憐れな羊でしかない。
「―――ガギィヤアアアアアアア!!」
二つの肉を貪り、それのマナと生命力を材料に悪魔が組みあがっていく。
その力の源は悪魔、空想上のデーモンであると設計された力写札。
【デーモンの召喚】
それが力写札の銘、悪魔らしさを追い求め生贄に得る事で半受肉するように設計された魔術儀式。
多少の知識で誰でも扱える、生物の肉を焼く紫電の特性を持った汎用兵器と設計されたこの札は、生贄を捧げると言う事で契約に応じる。創作の悪魔をモデルとした強大なモンスターである。
その力は人類上位種、魔人に匹敵しうる。
「へへ、行きやがれ化けモンよォ!」
そして暫くして、生贄の残骸を絡ませ、安定すると身体から紫電を猛らせ巡る様に、3m程の悪魔が顕現した。
悪魔の進軍が始まる。
「―――ッ!、なん、だアレ」
それをカイトは馬車の天蓋の上から最初にソレを確認した。聖錬では滅多に目にする事の無いレベルの脅威だ。
圧され麻痺しそうになる思考に活を入れ、動かして。
「北西、新手!距離420、えーと、多分魔人か何か、紫電をまと―――!?」
【魔法剣】【ウェポンガード】。
言い切る前に【デーモンの召喚】の腕から飛んできた紫電撃を双剣で切り払う。威力は大気に減衰されているとはいえ、完全に逸らしきれず衝撃に身体が吹き飛ばされた。
慌てて受け身を取る。
「ちょっと大丈夫、カイト!」
「大丈夫、ちょっと僕以外が受けると不味そうだけど!」
吹っ飛んだのは同属性による反発現象だ。そうでなければここまで無事で済んでないだろう。
カルデニアの方を見ると野生のモンスターはあっさりと斬り捨てた様だが、中型の竜の投影体には距離を取られて、中々手が出せていないようだった。
「ふむ、アレは不味いな……」
焔ブレスを槍で完全に払いながら、ぼつりと呟くカルデニア。
いきなり現れた所から推測するにこれも力写札による投射獣なのだろう。だが、遠目に見ても半受肉している敵である。
「役割スイッチだ。暫く両方惹き付けてくれ!そうすれば依頼人を守れる手札はある!!」
「わかりました、ローズは竜の方をお願い!僕はアレに囮してくる」
スイッチの一言に対応。役割を切り替えそれぞれに動く。
短い間だが、それぞれに仕事はこなすと言う信頼感がここで活きる。
遠くに見えた推定【デーモン】。のっしのしと前進してくる脚は遅い。
森の木々を吹き飛ばしながら超速度で近づいてくる規格外ではない。そういう意味ではこの世界の化け物の中では、断然マシな部類に入るだろう。
「大丈夫、惹き付けるだけ……、いけぇ!」
『―――誰ゾ』
【ファストアクション】【魔法剣:虎輪刃】
流石にあの大きさの対象に当てる事は、未熟な腕でもそう難しくはない。
減衰で何とかカスが届く程度の威力だが、何とか【デーモン】の気を惹き付けようとする。
「ちょっと本当に大丈夫でしょうね!?死んだりしたら承知しないわよ!」
「距離があるうちはね!でも早く合流してくれると助かる」
距離がある内は、マナによる雷は特に大気に減衰される、それにマナ由来の雷は”遅い”。
ならば混ざっているとはいえ、同じく雷を起す空属性の自分ならと算段を付けて。
大地を駆ける。
【ダンシングヒーロー】
彼の立ち回りの初歩、足取りは軽く、高揚するテンションに任せて、戦場を駆け抜ける。ただ戦場ではとにかく走れ、走れ。確かな道を歩めば確かに死は遠ざけられる。
それだけの精神論、ためらいなく歩みの先を進める程度の立ち回り。
『―――ワガミニタチムカウか、コビトよ!!』
そして挑発に乗ったデーモンが身体から紫電を奔流させ、指差す方向に紫電を放ち続ける。
それを躱しながらとにかく逃げる。時に隆起させた雷属性の【魔法剣】で斬り払い反発に吹飛ばされながら、体重移動で姿勢をコントロールして距離を取る。
カイトの腕では全力で動きながら魔法剣を維持はできるが、付与する事はできない。故に時々脚を緩めたり、物陰があれば隠れ魔力(オド)を再隆起させ。
また走る。敵の予備動作が大きくなければ、こんなもの早々に破綻していただろう。
だが既に双剣の刀身は焼け付き、防具の上半身も表面が焼け焼け剥がれかけている。
腕や指は意識するのをやめた。考えたくもない。
彼が幸運だった事はこの化物…【デーモンの召喚】を召んだ術者も制御できていない事だ。
生贄と言う契約で縛っている、それだけだ。
これが力写札を真に扱う者…。【決闘者】であったならば召喚獣との連携で、その能力を何倍へと引き上げるし、戦略目標を間違える事はないのだから。
『―――ウットオシイぞ、ソウト死ね』
(逃げ回りゃ、死にはしないと思いたい!あと何分足止めできる!?)
それでもきつい状況に変わりはないが。
●●●
所変わって。
中型竜の相手をどったローズの視点に移る。
『―――ギャシャアアア!!』
「ああもうウザったい!」
こちらの方は術者に制御されており、遠距離手段を持たぬ彼女にとっては、かなり厄介なことになっていた。
投射札故出力は低いが、その機動力と攻撃力は舐めて良いものではなかった。
救いなのは先程のカルデニアを相手にしていた時の様に、一撃離脱に徹していない事だろう。有体に行って侮られていた。
「チィ!」
投石。爪を躱し、ブレスの焔を迎撃し、遠距離故にそこらに転がる石を投げつけるが、三次元で移動する相手には当たらない。
その特性は普通の火竜だが、竜と言うだけで駆け出しの脅威には十分すぎた。
(アイツいつも愚痴ってたけど、魔法剣使えるだけで十分よねぇ!)
あの化物が迫ってる。一刻も早くコイツを殴り倒して、カイトを助けに行かなくてはならない。
焦りばかり募る。
―――【剛剣技】【錬気法】【頑強】。
あの火竜モドキはブレスを撃つときには、動きを止める。そこが攻撃のチャンスだろう。
だがあのブレスは両手大剣で払わなくては防げない。防いでも肌や腕が少しずつ焼かれる。先輩こと、カルデニア程の技量が有れば別だろう。
と言うかある意味、身体能力だけで出力が低いとはいえ、ブレス煽ぎ防いでるのは異常だったりするのだが。
「やるしかないわね。カイトは簡単に無茶するんだから」
己の相棒の姿を思い浮かべ、奮起を促す。
速攻で勝負を決めるには、あのブレスをいなし、いや打ち返してそのまま斬り殺す。
すぐに彼の救援に行くにはそれしかない。あの化物相手に時間稼ぎなんて無茶はそう長く持つはずがないのだから。
剣を持ち帰え彼女は正眼の構えを取る。
もう避けない。ただ乾坤一擲を。
迫る爪を弾き。ただチャンスを待つ。単純に上空間からの攻撃は防ぎにくい。幾つか切傷が増えるが。
『キッシャアアアアア!!』
しだいに竜の方が焦れ、動かぬならと渾身のブレスを放つ―――。
だがそれを待っていたのが彼女だ。
「ウロチョロウロチョロ、飛びトカゲが」
―――【■■剣】【打ち返し】。
そのブレスを最適なタイミングと衝撃で薙ぎ、そのままの勢いで"打ち返"し、逆に直撃させた。
彼女の周囲に一瞬、接触の瞬間に一瞬だけ波の様なものがを覆い、剣に乗せらた事を彼女は気が付かないままに。
『―――ギャッピィ!?』
普通の火竜なら耐えただろう。自身の属性にやたら強いのが竜である。
だがこれはただの投影獣、その脆さゆえに眼を焼かれ。
【錬気法:ハイジャンプ】【重剣技:唐竹割り】
「さっさと、あたしの道を空けなさい!!」
悲鳴を上げる間もなく竜は真っ二つに断ち切られ霧散する。
ローズという女は感性で生きている。その感情が彼女の力を潜在能力を解放したのか、それとも積み上げた者が発現したのか。
「急がなきゃ―――!」
まだ、彼女は気が付かない。その下済みが十分ではないのだから。
●●●
―――カルデニア視点に移る。
役割分担のスイッチにより、現状はローズが中型竜を、囮をカイトが担当している事は把握していた。
ではカルデニアの役割は何かと言うと、ローズが担当していた依頼人の乗る馬車の誘導と護衛だった。
依頼人が目に見える脅威にパニックを起こされぬように、パーティのリーダー格であり一番の実力者が誘導するのが効果的であり、おかげで素直に馬車を誘導する事ができているのだが。
とにかく、どちらもC級には荷が重い仕事である事は重々承知していた。
しかし、それでも依頼人の身が優先されるのが護衛依頼だ。冒険者は外向きにからみればゴロツキである。
それが仮に襲撃者を退治したとして、依頼人を見捨てれば社会的に生き難くなる。
護衛依頼で冒険者にとって身の潔白を証明するのは依頼人しかいないのだ。
だから、こちらも急きながらできる限りの準備を進める。
「新人に無茶をさせすぎだな。四の五の言ってもいられんが!」
そう自身に悪態をつく、本来なら【デーモン】の相手はカルデニアがすべきであった。
勝算があるのは彼女だけなのだから。
だが、それでは依頼人を護れるとも限らない。物理で雷の流れ弾を処理できるほどには彼女は器用ではない。
だからこれは必須の事だったが、それでも焦れるし悔しいものだ。
遠くに見えるカイトはただひたすらに走り、駆け。躱しながら精一杯気を惹き付けていた
特別な事はしていない。誰にでもできる事だ。
だが、しかし普通は何かしらに竦む。ただ歩みを止めないと言うのも、思う以上に難しい事だった。
雷切してるように見えるが、あれは刀身の方に紫電が吸い寄せられているだけだろう。
余裕などない。
「森羅符、セット完了。嗣子の芽、森羅の支柱、ここに顕現せん…っ!」
【陰陽術】
そして術式の設定を、マナを利用する環境が整う。周囲の属性値を調整し、そして自身属性に染色された変形槍を大地に差し込んで準備は完了した。
この間三分、精一杯急いで準備したが、術の修練はそこまで力を入れてなかった。才能がなかったのだ。出自家の他の巫女のように数枚の符で、一気に環境を弄れたりしない。
とある事情から、カルデニアのオド特性は【森属性】と言う大陸では珍しいものである。
生命磁気の発露及びそれの共鳴属性、有機物などに対して一種の操作や共感などが行なえて、植物や他人などを自覚的に動かすことも時には可能なのが【森属性】。
―――彼女の札と言うのはその特性を、陰陽術の下準備でなんとか実用の範囲に引き上げたもの。
「―――奔れ、【木伴装】!!」
完成した術式を宣言し、伴に辺りの木々が活性化し伸びて、誘導した馬車を取り囲むように成長覆い護った。
彼女の固有術は、桜皇の【木遁】と呼ばれる異能ほどの範囲も自由度も早さもない。
ただ木々の"生物強度"を利用しただけの防壁である。特殊な状況下以外は使えた物ではない。彼女の本領はあくまでも戦士だ。
だが、今回は敵対象が雷であったからこそ既に五剋の理に添い。絶対の防壁になると踏んだからこその切り札。
「これで依頼人を気にせずに、あの魔人を処理できるか」
実際の所、あの魔人モドキと彼女が正面から戦えば五分だ。まだ勝利を確証できたわけではない。
だが、あれだけ新人が踏ん張って気を惹いているのだ。ここで先達たる自分が無様など晒せないだろう。
「間に合えよ」
そう奮起し、槍を大地から振り抜き駆け抜ける。
向かうは【デーモン】の足元、調子に乗るアレを縛り封殺する為に。
そして【デーモン】の囮を進行するカイト視点。
『キエロ、コビトガ』
「断らァ!」
【二刀流:重心操作】【魔法剣】【ウェポンガード】。
紫雷を斬って反発に腹飛ばされる。いや刀身に落ちてくるものを払うと言った方が正しいか。
マナ由来とはいえ、彼程度で雷など斬れるはずもないのだ。
とにかく走って走って相手からの距離を取ろうとするが、その巨大さ故の歩幅から相手の方が足は速い。少しずつ距離を詰められているが実感できる。
「ああもう、もっと足腰鍛えとけばよかったな……っ!」
彼は魔法剣等の派手な技に気を取られて、基礎をおざなりにしていたのを非常に後悔していた。
近づく距離が死の暗示とか冗談ではないのだから。
息が上がる、汗を伝って紫電で皮膚が焼ける。手の甲を覆う安物の絶マナグローブもそろそろ限界だろう。
(何分稼いだ!?帰ったら走り込みの割合増やさないとなぁ!)
【ダンシングヒーロー】
限界はとうに超えて、冗談めいた事を考えて気を紛らわす。
既に何度も見たから雷の来るタイミングは掴めていた。魔人の指刺し確認で雷が落ちる簡単な話。
誰にでもできる、失敗などしないと自身を鼓舞し、ただただ走る。
そして相手の知能も高くないのか、それをずっと繰り返すのみだ。
「そう、何度も、やられれば!」
―――【マジックカット】。
今度は吹き飛ばずに紫電を散らし防ぐ。何度も何度も黙って殴られる奴はいない。
それは防御体制の発展、刀身に隆起させた属性にて魔法攻撃を散らし軽減する。つまりは魔法剣によるバッシュ技能だ。最適なタイミングで隆起させる。
昔から練習してはいたが、こう分り易い魔法攻撃が何度も飛んできて、やっと形になったもの。
(それでも走り続けなきゃしぬげどねぇえええ!つらぁい……!)
これで何とかやりくりすれば、魔法剣を再付与せずに呼吸を整え出力を上げ直せば、まだ捌ける。
魔力量自体もまだ余裕がある。五分程度燃やし続けた程度では彼の魔力は尽きない。
だが何故か、少し攻撃の間がやんでいた。
【デーモン】の視線の先を追えば、何かを護るように不自然なグルグル巻きに成長した木々が見えて。
『ナンダアレは…?メザワリダ』
それはただ目立つモノに目を奪われただけらしい、どことなく”産まれ立て”のような未熟さを感じる。
そしてそちらに指刺し紫電を放ち見事に防がれる。自然発生の雷程の出力はないから当然だ。
と言うかそんな出力だったら、とっくにカイトは蒸発している。
『ワガイカズチが、キカヌダト』
(アレが言ってた護る札か、やっぱ上級冒険者は凄いな)
やはり、あの【デーモン】は頭はよろしくないらしい。生木がそんな減衰された出力で燃えるか。
準備が出来たって事は、もう耐え忍ぶ時間は終わりだ。やっと体を休める事が出来そうだ。
そして―――。
「―――チェストオオオオ!!」
『グォ!?』
―――【重剣技】【錬気法】
竜を片付けたらしいローズが斬りかかり、【デーモン】の足元を薙ぎ斬った。純粋に硬いのかそれ自体は浅い傷に留まるが彼女の馬鹿力に負け、膝を付き。
そして…。
「よくやった二人とも。さて奔れ、固めろ【木伴装】」
―――【阿修羅姫】【陰陽術】【固有術:森】
調律したマナの余りを用い、動きの止めた所に。成長した木々が巻き付き拘束する。
―――さてこの世界の強大なマナ生産出力を持つ生物には、大概にして月衣(カグヤ)と言う特殊能力がある。
周囲にマナを力場を纏いその特性を発揮する者で、この【デーモンの召喚】が放ち現在も纏っている紫電も月衣の一種であり。
それは生体組織を焼く事に特化した紫電、効率的に発散し、纏いバリアに攻撃にと転用するオーソドックスなものだった。
だが、生体電流を吸収するような木々に組みつかれ動きを封じられた状態では、力を発揮できる訳もなく。
ただ焦げ臭い匂いを立ち上げさせるだけ。
「―――良くも相棒に散々やってくれたわね。覚悟はいいかしらね、デカブツが!!」
「流石に傷は浅いか。だが、貴様の月衣もこの通り役立たずだ。死ぬがいい」
そして囲まれて凹られる。
化物は囲んで棒で叩け、経験者程そう語る。絡みついた木々を足場に彼女等は跳ね、移動しながら斬り削り続ける。
あの巨体での拘束が入っている為に姿勢を制限される、
ただ剛腕たる腕を振り回し抵抗するが、良い様に斬り込まれ削られていた。
キルフィールドの形成、手札を見せ慢心しすぎたのだ
『―――オノレハムシガァアアア!!』
【デーモン】もこのまま死んでなるモノかと、大気を吸い上げ雄叫びを、最大出力で木々の拘束ごと纏わりつく羽虫を、最大出力の雷を持って薙ぎ払おうとするが。
「ここで、もう一踏ん張りィ!」
『ゴハァ!?』
【魔法剣】【レンジャー:投擲術】。
身体を休めていたカイトに、大きく開いた口に片方の剣を投げ込まれて盛大に妨害される。そして半端な状態で放出された紫電は、カルデニアの大槍にあっさり弾かれ…。
―――【■■剣:オーラファング】、【洟風月:月一閃】。
「終わりだ」
「くそ死ねえええええ!!」
二人の同時の渾身の突きに、その首をヘシ折られてべしゃりと肉塊に戻り霧散絶命した。
散々雷鳴を轟かせ、周囲に暴威を振りまいた悪魔の…、それはあまりにあっけない終りであった。
●●●
深い森の中。
粗野な見た目の男が駆ける。賭けに負けた男の姿だ。
「―――クソがぁ!」
本来ならば、かの【デーモンの召喚】は汎用ではあるが兵器として設計され。
生贄さえ捧げれば、B級最精鋭のカルデニアさえ単独正面なら分が悪い程度の生物強度と出力を持っていた。
「クソ何で負けやがんだよ!駆け出し共と何処からの逃げ出したアマだろ!」
それがなぜこんなあっさりと打倒されたかと言うと、まず使役者がいなかった事。”生まれたばかり”の知能で慢心し、飛び回る羽虫に気を取られ。戦略目標を見失った。
そこを準備万端囲まれて殴られればこんなものだ。
囲んで棒で殴る、並み居る化物を斃し続けて今の人類があるのだから。
「いや良い。あんなクズ共なら幾らでも補充できる。いやむしろあのクズ共の情報が悪かったんだ」
グールズの下っ端の男にとって、生贄に使った部下達は拾いモノである。
博打を打つ・酒を飲む・女を買うの刹那の欲求の為に全て注ぎ込み、その為に手段を選ばない小悪党だったうだつの上がらないD級を、二束三文で街の情報源に利用していた。
それらが、自身より後に冒険者に成った癖に討伐依頼をこなし上級冒険者の誘いを受けた。
それを妬んで告げ口したのが、今回の襲撃の顛末だった。だが、その事実は闇に屠られるだろう。
底辺のD級がのたれ死んだとて、気にする者は誰もいない。
「へへ、けど次はうまく行くさ。俺にはこのカードがあるんだからな!クズ使い捨てればどうとでもなる」
男は過去この方法で襲撃を行っており、何度かうまく行っていた。
全てを奪い凌辱し、手に入れられる絶頂の味を忘れられる訳もない。筋金入りの屑である。
だが彼自身もこれから味わう事もなる。
この世界に都合よく、お手軽に大きな力を得る方法など、ありはしないと言う真実を。
―――ボ キ ィ !
「へ?」
鳴り響く鈍い音、手元を見れば手元のカード伸びる肉牙が腕を貪るのが見えた。
「ウギャアアアア!?ナ、何で!」
男は知らない事だったが、この【デーモンの召喚】を扱う代償は二つある。
一つは呼び出す為の生贄、もう一つは投影されてから捧げられる生贄。この二つの代償を持って契約を完了とする”魔術儀式”だった。
「は、はなせ!アギャアアアアアアアア!!」
今までは成功していたからいい。犠牲者で悪魔の胃袋は満たされた。
だが今回は違う半端な状態で現身が破壊され、札の悪魔の機嫌は最高に悪かった。故に手元にいた肉の塊をモシャモシャと貪り付く。それだけの話だ。
「……ガッ…ハ…」
男をくい散らかしカードを取り込む様に現れたのは”本体”。
コピーである先程死んだそれとは違い、知性を携えた悪魔。
悪魔は頭だけを残して男を肉塊に替え、小さな身体と翼を生やし”本来の契約者”の元へと翼を広げる。
『―――コンカイハミジカカッタナ』
顏を残すのは、実行犯は死んだと思わせる方が都合がいいから、ド級のカードを渡され幸運に恵まれたと勘違いした男も所詮は捨て駒でしかなかった。
そんな因果応報は誰にも見とられず、森の中で静かに木々が揺れた。
悪意の根は強かに生き延びる。