ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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迎撃せし残魂【惑乱の蜃気楼】
平穏【ドゥナ・ロリヤック】


―――高山都市『ドゥナ・ロリアック』

 

 カイトは夢を見ていた。走馬燈とでもいうべきか、知らない誰かの夢である。

 彼は灼熱と鉄に囲まれた家で育った。鎧専門の”鍛冶師”と呼ぶべきだろうか。

 環境に不満はなかった。両親は厳しかったしとても頑固だったが、それでもしっかり自身を愛して、その秘奥を叩き込んでくれた。

 

『鉄を磨き上げるのは人、鉄は人の声を聞き、使いこなせば馴染んで形を変えていく』

 その教えと伴に鎚を振るい鞴を踏みながら、成長した少年は。

―――修理の為に持ち込まれる、そんな様々に足跡を刻まれた武具たちに、それを扱う者達に興味が出た。

 でも、そんな事、厳しかった両親に言えるわけがない。

 情熱を燻らせて、ただ炉を更かして、たたらを踏む日々、確かに上達していく。

 厳しかった親方、いや親父に褒められるの確かに充足があり、あぁ思い返せば”鎧鍛冶”として生きていくのも、悪くなかっただろう。

 

 そして知る人類の試練たる”大襲撃”(スタンピード)

 空を翔ける鋼の巨人”機巧”が、重鋼如く軌跡が理不尽に抗う姿をみた。

【青年期の憧れ】

 力強く脈動し、機先を描いて、乗り手によってその駆動を万別に変化させている。

 一斉に連携した編隊軌道は美しく、理不尽に殺到するのは矢の極致の様。全てが、芸術の様に力強く見えたのだ。

 それを目に焼き付けて憧れて、我慢できるはずもなかった。

 

―――『大襲撃』の終了と共に、親父に話を打ち明けて人生最大の喧嘩をした。

 鍛冶の技術は財産である。それを叩き込まれて、しかも戦う者、【機巧操り】として、己の目指せる所まで目指す。

 時には戦わねば生き残れない世界だが、一流の技術を叩き込まれて、それを捨てるという。

 『この親不孝モンが!』と殴られ、それは否定できず、それでも譲れず取っ組み合いの喧嘩となった。

 結局その時は若く、そのまま喧嘩別れした。

 

 道を志すには遅すぎる旅立ちである。持ち出す物を持ち出し、専門の軍人として学び舎を目指した。

【苦学生】【努力の才能】

 自身の貯めた範囲の金子は準備のみにすぐに尽きた。鍛冶師としての技能を活かして『研磨師』として、

 糊口を過ごしながらひたすらに、"機巧"と向き合う日々を過ごした。

 自慢じゃないが、割と腕の良い【研磨師】として有名で、その縁も彼を大きく助けになった。

 

 機巧の操縦は情報量が多い。

 故に柔軟性がものをいう、職人気質で頭が固く、夢へのスタートが遅い彼は大いに苦戦した。

 

 それでも。学び舎を出て前線に出て、理不尽に抗い続けて。

 何度も、何十も、何百も、馬鹿にされようと愚直に試行して。

【機巧の呼吸】

 やっと掴んだ、鍛冶と同じ集中の要領だ。一度踏み込めば残滓に、機巧から反応が返ってくる。

 それを呼吸と伴に刻んで意識し、息吹として吹き込み肉体の延長とする技能である。呼吸のリズム、帰ってくる反応によって調整して、動きを劇的に変え操る。

 

 それを持って、大襲撃(スタンピード)の期間において、長く十罰の討伐に対峙し、確かな功績を残して。

 騎士甲冑の如き機巧装甲に習熟した戦士の総称。【機巧騎士】(ギアナイト)として、認められた。

 彼の努力は確かに花開いたのだ。

 

 すでに死に別れたが、親父ともたまに会い。とにかく酒を飲みかわして近況を報告し合う。

 "隊長"と呼ばれた彼に輪をかけて職人気質の親父は、しかし息子が確かに一人前認められた事を認めない程、器量が狭くない。

 どちらともなく、過去は捨てて今を語る。それが、彼ら親子の縁戻しの形だった。

 

【鋼の声を聞く者】

 確立したそれを、技術として人の足跡を反復して誰かに教え込む。精鋭たる戦士と共に、そうして日々を過ごしていた

 教え子たちは己よりよほど優秀で、何より若く可能性に満ちていた。

 

 そしてロートルは、技術を伝えてこのまま骨をうずめるそれも悪くないかと、思い過して。

 

 そして『死神』に、特大の理不尽に対峙し、"その鉄芯を燃やし尽くした"。

 自身の人生に後悔はない、精一杯重い荷物を蹴飛ばして、己に自分勝手に生ききった。

 

 しかし、一つだけ気がかりがあった。

 

 想い、重い、自分が残滓までをも消し飛ばした、そんな守護者であった男の記憶。

 

 

―――そんな夢から覚めて、意識は浮上する。

 

「――――――っ?」

 白い白い『聖錬』中央式の病室の中、代替血液である『透明な血』(アエルティナ)の点滴が揺れて。

 微睡ながら、そこで少年は目を覚ます。

 

「ここは……どこ、だろ?」

【狂羅輪廻:■■】

 擦れた声、惚けた頭、久々に眼を見開き写った世界は毒々しく、色付いている。

 

 飛び込む違和感、”目”の視覚の見え方が違う。

 『黄昏の腕輪』を中心として蒼電磁が渦巻いて、それが世界にも満ち満ち物を取り巻いて輪郭を、空気にもチラチラ伝わって―――、

 それはうっとおしく倒錯していた。

 その変容した世界は、在り様に言って気持ちが悪かった。

 

「―――そう、だ!『死神』は、皆、は!?」

 と、困惑はそこまでで、覚醒した頭に頭痛を帯びながら起き上がる。

 突如襲撃した、彼の故郷の親友の仇である『魔王級』『死神』、町の守護者の残滓を盾にしっかり止めを刺した手応えはあった。

 しかし事の顛末を、彼は知らない。寝てる場合ではないのかもしれないと。

 その手は勝手に武器を探して、辺りを手探りに彷徨い。

 

 その最中に、”相棒”であるローズと目が合い、気まずい空白の時間が流れる。

 その姿は彼の知ってる姿とは少し異なり、その髪を伸ばしてポニーテイルに纏めている。

 時間の経過を実感させられる。

 

「―――お、おはよう、髪伸びた、大丈夫?」

 いきなりの事で、思考が空白になり、間抜けに声をかけた。

 いつも活力に満ちていたはずの、その顔は少しやつれて見えて、単純に心配になって素の言葉がついて出たのだ。

 

 彼女はローズはそんな己の"相棒"に、一呼吸。そして溜息ついて。

 

「―――アンタは、もう。変わらない、あんなに心配したのに言いたい事。全部、全部吹き飛んじゃった」

【狂羅輪廻:肌熱中和】

 ぎゅうぅぅう。

 両腕を回され、いきなり痛いほどに強く抱きしめられ、困惑する。

 変容してしまった世界に触覚に熱が、嗅覚に柔らかい彩りが、聴覚にくすぐったい湿った吐息の漣が。

 変わらなく感じられるそれがじわりと、変容・倒錯してしまった視覚に、新鮮で染み渡った。

 

「—――んっ……!」

 それをもっと感じたくて、どちらともなく唇を重ねて、味覚に誰かを他者の温もりを感じ合う。

 彼等は"相棒"の両輪、寄り添い愛を唄う様な軟な交わりではない。

 普段の様子は姉弟の様でじゃれ合う、近すぎる異性。触れ合う事は、当たり前に恐れることもなく、強く強く深い。

 

 

―――しばらく時間が経って。

 

 気恥ずかしくて、彼らは離れてぽつりぽつりと言葉を交わした。

 普段ならば、こんな所構わずにこんな事はしないのだが、互いに感覚を求めて自制が効かなかった。

 その表情は、互いに羞恥に真っ赤である。

 

 それでも、カイトの目に映る倒錯した違和感は、人肌の熱に他者を感じて少しは和らいでいる。

 

「あんた、もう一週間も眠ってたのよ。怪我も無事な所がない位にひどいし、すごく心配したんだからね!」

 あの夜の内実として片目の損傷、片腕の損壊。さらに過ぎた干渉からリミッターを外して全身の骨格、筋繊維、オドの経脈全てにおいてボロボロに傷んだ。

 普通の冒険者ならば、治すのに専門の治療と遥かな時間がいるだろう。

 純人種は脆いのだ。

 

『黄昏の腕輪:リ・モデリング』

 しかし、その損壊というべき怪我が外面はともかくとして、内面は取り繕われていた。

 破滅にバラす『紋章砲』(データドレイン)にて吸収還元し、『死神』の全てを資源(リソース)に利用してなお、外面は取り繕えなかった。

 正体不明の破格の魔具の力をもっても、その程度には未だに症状であった。

 担い手の"全てを作り変えてしまえば"、すぐにでも全ての修復は可能だろうが、それでは意味がないのだから。

 

【狂羅輪廻】

 血が通う。それが脈打ち痛みも同時に通って、反応が返ってくる。

 あれだけ無謀に無茶をしたのに、もう正常に動ける。

 その自身由来ではない、違和感を感じない訳ではないが、今はそんなことはどうでもよくて…。

 

「あれから、どうなった?あの夜の『死神』は、皆は無事…?!」

「―――安心しなさい。『死神』は死んだ。アンタが討って吹き飛ばした。今連絡を入れたから、来る奴は来るんじゃない?だからしばらくゆっくり休んでなさい」

 興奮しながら擦れる声を絞り出して、己の"相棒"に自身が眠って過ぎ去った時を、現状を聞き出そうとする。

 ローズはまずそれを宥める様に、結果を真っ先にはっきりと伝えて。

 一つ一つ、ゆっくりと伝えていく。

 

「私たちはみんな無事よ。"先輩"は暫く熱出して寝込んでたけど今は元気にしてる。"ミストラル"はちょっと困ったことが起きたけど、いつも通りに笑ってるわ。"マーロー"の奴はちょっと引きこもってた様だけど、今は普通に活動してるしね」

 死者無し、但し怪我人は多数、重態者一人、重傷者も一人。

 重態者は殺意に先走って殴り掛かったカイトと、重傷者は技量はそこそこに怪力と頑強さ任せに前線を張ったローズである。

 意識不明との差はあるが、お互いに仲良く病院に叩き込まれていた。

 

「まったくもーっ!思い出したら腹立ってきた、仇敵だって察してるけどさ、なーんで一人で突っ込んで行くのよ!アンタそんな強くないっていつも自分で言ってるのに!!」

「痛ひ、痛い痛い」

 その頬を抓られ捻りを込めて引っ張られる。

 結果的に仲間たちの巻き込んで、助けられたのだが。

 負い目はあった。その時はそれが間違えなく最善で、自身の命の価値も天秤に乗せて、唯一の選択肢だったのは変わりない。

 

(あぁ、本当に、僕は、人の縁には恵まれてる)

 己の"相棒"はともかく、冒険者の仲間達が、カイトの考える以上にお人好しだった。

 改めて噛み締めた。それは普通なら期待すべきでないことである。

 

 そして結局、巻き込んでしまって、こうして助けられて。

 それで何か言う権利があるはずもなかった。

 "滅びの記憶"に酔わされたあの時と違い、単独で『死神』と対峙しては無残に砕けると自覚している。

 

「―――ごめん。本当に、本当にありがとう。おかげで僕は、なんとか生きてる」

「それ、皆にもちゃんと言いなさいよー、みんなそれぞれ無理したんだからね」

「もちろん、わかってる」

 『死神』は死んだ。それはきっと己の宿願を、復讐を成せたと言えるかもしれない。

 しかしそれに付随して甘美な感情はない。手を握るがその実感自体が薄い。

 結局はカイトが歩いてきた理由である、己が贖罪も、取り戻すべき"親友"も何も戻らなかった。

【凍結記憶:解除】

 いや、取り戻したものはある。不自然に欠落した大事な記憶だ。

 "二重の滅び"を発生させた、明らかな干渉。

 その心地悪さも相まって復讐の後の喪失感なんてものではなく、"まだ終わってない"という鈍い鈍い確信だけがある。

 

(沢山、沢山ひどいことが有った)

 故に、『機巧騎士』であった男を盾に、残滓まで消し飛ばした。その手応えの方がよほど大きく、重い。 

 夢を見た。その夢はきっと、己なんかよりも価値のあった、"隊長"と呼ばれた男の大事なもので―—―。

 そのまま己の中で腐らせてしまうには、許されないものだった。

 

「どう、少しは落ち着いた。今度はあんたが話す番よ。あの夜のあんなにさ、何もなかったじゃ誤魔化されないんだからね」

「勿論全部言うよ。推測含めてになっちゃうけど、僕が関わっちゃった全てに」

 何の意味があるかはわからない。

 それでもやらせたい事は朧気ながら、理解している。

 『腕輪』と同じ力を持つバケモノの存在、その機能の相性の良さ。

 この謎の上級魔具『黄昏の腕輪』を与えた何者かは、"あのバケモノを殺させたいのだろう"。

 

 そして、ただ一つ間違いないのが…。

 

「滅びを、思い出した。一緒に決めて欲しい。これからを―――ローズの大事な物もきっと、戻らないから」

 断定的な言葉。"相棒"としての共通目的だとしていた彼女の"弟"の救出、それを否定した。

 そもそも己の記憶がない状態の、あの断定的な"取り戻せる"という思い込みは、とんでもなく間抜けで話である。

 おそらく、ローズもそれに気が付いていて、それでいて付き合ってくれていたのだろうと。

 察しているが情けなく、言葉にも出せなくて頬を搔く。

 

「……ふーん、詳しく聞かせてもらおうじゃない。皆が来てからさ」

 自分がどうするかは、わからない。

 正しい事をしても、取り戻すことはできないと知った。

 それでも足を止めれば腐るしかない。

『黄昏の腕輪:侵食』 

 人肌の接触によって解され、多少現実感を取り戻しているが、彼が『黄昏の腕輪』にて、無理にこじ開いた第六感による倒錯の影響は強くある。

 渦巻く"電子・電波世界を知覚する目"(シックスセンス)、それにより識った。

 

―――きっとまだ『死神』と同類が、まだ近くにいるという事を。

 己の衝動に全てを任せ、彼らを巻き込んだ。その責任は伴に意識にあるが、己が溜め込む重いもの。

 他人なら、体制ならともかく、仲間なら信じてくれる。

 それは迷いだろう。

 抱え込むのには辛くて、ただ、吐き出したかった。

 

 

 

 ●●●

 

 

 

―――連絡を受けて、暫く。各々の都合の時間に病室に訪れた。

 冒険者として組んでいる仲間達が、それぞれ各々

 その脅威を目の当たりにしたとはいえ、誰かが為に【魔王級】との交戦を意思で選択した者達である。

 その絆による連帯感は割と深い。

 

「あぁ、無事に目覚めたか良かった。熱はないか、『透明な血』(アエルティナ)はあくまで代替え手段だ。、具合が悪ければすぐに言いなさい。感染症の可能性もある」

「大丈夫です、その、色々ありがとうございました」

【九十九巫女】

 その手でおずおずと触れようと、先輩であるガルデニアが指を伸ばして指で額を頬を撫でた。

 彼女のスキンシップ癖はいつもの事で、今日は随分遠慮がちであり、少しの疑問が頭に浮かぶ。

 多少は慣れたが、偏執した視覚の事あり気恥ずかしく、くすぐったくて逃れようとするが、ここは狭い。

 

「―――やっぱり」

「?、あの何か」

「いやなんでもないわ。ただの気の迷いだ」

【一■欠け■者】

 変な反応に、少し心配になって互いに瞳を合わせようとするが今度は相手から逸らされた。

 なんか矛盾して奇妙な感じである。

 

「ふん、なんにせよ最低限だな。バケモノ斃そうが、依頼人が死んじゃ徒労だからな」

「あはは…、マーローさんはいつも通りですね」

【孤独者の矜持】

 黒鎧の彼は、相変わらず集団から距離をとって腕を組みながら、こちらを見下ろし。

 マーローの変わらない皮肉げな口調に、その距離をとった様子に少し笑う。

 それだけで戦える軽い相手ではないのは、誰もが理解していた。相変わらずの見得と意地っ張りである。

 

 気性が少し似ているローズなんかは、横で首を竦めて、やれやれと体で表現していた。

 

「とにかく意識戻ってよかった、よかったよー!……ごめんね、ボクは安全な場所にいてさ」

「いや、本当なら関わるべきことじゃないですし、ありがとう。現に僕はこうして助かりました」

【理性蒸発】

 ミストラルはそのエルフ耳を喜びにピコピコ、同時に申し訳なさそうな表情と共に指をもじもじ遊ばせる。

 彼女は増しては魔術師である。全く負い目にする事ではないのに律儀である。

 そして、その手を見れば見慣れぬ宝珠の輝きが手にあって、その皮膚に癒着し食い込んでいた。

 

「あの、その指の宝石付いたグローブは、癒着してるように見えますけど」

「あーこれ、見て見て。ふふん、ボクの夫の試作品のボク専用魔具!まさにオンリーワンだよ!!ちょっと無理して使って、神経にくっ付いちゃったみたいだけどさ」

o(≧▽≦)o

『星の血晶』(エーテライト)【レアハンター】

 彼等夫婦の夢、世界で一番珍しいものへの布石。

 まさに唯一と呼べる宝物に目を輝かせて、収集家の常として満面の笑みで自慢する。

 

「その、ごめんなさい。僕のせいで」

「大丈夫だって、私たちにとっては契りみたいなものだし!むしろラッキーみたいな?」

 彼女は本気でそう思っていた。 

 魔具は肉体改造を伴う、そのリスクを承知で選択したのである。”選択”の結果はいつだって受け入れる。

 

「うん、お互いごめんなさいしたから、これはもう仲直りだよね!だからもうお終い、これからもよろしく!」

「あ、うん。よろしく」

【理性蒸発】

 年甲斐らしくない笑顔に、年甲斐らしい切り替えの良さも併せてミストラルは無邪気に笑う。

 元々、自信の在りのままに受け入れてくれる、友人を喪いたくない為の奮起である。

 だから、これからも仲良くしてね!とそれだけで、純粋に無垢な彼女は満足だった。

 

 しばらく冒険者仲間は、しばらく近況の把握に、そして雑談に花を咲かせた。

 

「僕が寝ていた間、ここらの状況は、何かあったりしました」

「ああ、ここらはまだ騒がしいぜ。『死神』が斃されても、『黄金精霊』の目撃は途絶えてねぇ、馬鹿どもに煽られて部落同士の抗争が起こってる」

 あの夜のもう一つの闘争である、高山都市近郊の部落同士の衝突。

 『死神』の目撃、討伐から一斉に敵対部落呼応するように蜂起して、山麓から山頂辺りを占拠している。

【センスオーラ】【精霊狂信者】(ナチュラリスト)【トランス:ロド麻薬】

 『黄金精霊』の発生も変わらずあり、中々に悪い方向に事態は転がって、拮抗していた。

 筆頭戦力たる【機巧騎士】(ギア・ナイト)の半壊、中央聖錬に対する友好部落のいくつかの壊滅。

 

「この町は今カオスだぜ、部落の一部も退避してきて共同戦線を張ってやがる」

 独特の文化を保持し、交流しながら中央からの波岸である高山都市。

 そこに痛々しい、破壊された傷跡を残しながらも、『建設魔法』にて仮の邸宅をこさえてキャンプ地を形成していた。

 勿論、周辺部落出身者も、全員が全員戦える訳ではないのだから、戦士で無い者への安全地帯(セーフティ)として利用して。

 共存者にとして、共に危機に立ち向かう事で、侵略者に抗っていた。

 

「それに君が怪我で寝ていた間にねー。ウナギみたいな”巨大投影獣”が襲ってきてさー。それも大変だったんだよ」

【投射眼写】・【リヴァイアサン】【天中泳魚】【巨尾巨体】

 彼等は知らない事であるが、その『投影獣』はかつて周囲の"隔離領域"に存在した特異進化個体である。

 既に討伐されたそれが、残留情報をもとに、とある能力により投影され飢餓のままに人口帯を襲ったのだ。

 天より怒涛の津波を引き起こし、波岸をも飲み干そうとした陸の災害の具現。

 隔離されそれぞれの極端な環境に染められた、その王者であった天泳ぐ巨大魚である。

 

「…っ!町は無事で」

「それがさ現地協力者、グラン君っていったかな?彼が中心になって撃退したってさ、まだまだ物騒だよね」

【御技の継承】【ヒーロー】・【フォレストレンジャー】・【呪魔戦士】(カースア)

 それを、在野の冒険者に部落戦士が協力し、討ち果たしたそうだった。

 天から降り注ぐ土砂雨を、マナを切り裂く竜属性をもって切り裂き、迷いなき矢を叩き込み、"呪印"を扱う戦士達の原始的な対魔防壁をもって対抗した。

 そして彼らは、その渇望の喉元に刃を突き刺して、霧散させた。奇妙な石塊へと分解したのだ。

 

 その後も、状況は緊迫している為に彼ら在野の冒険者を臨時に中心たるに、重要な戦力として認識されている。

 

 逆に精鋭たる機巧騎士隊は中心たる"隊長"であった男の戦死に、大半の隊員の重症離脱が相まって、その稼働を鈍らせていた。

 機巧は専門技能をバックに必要とする、ゴルと手間のかかる戦力である。

 一度半壊すれば再建するのは容易ではない。現在の稼働できる機巧は、後方射撃ポジションたる一機のみである。

 そして、その操り手は戦う意味を見失って、心を折っているのだから。

 

 未だに高山都市【ドゥナ・ロリヤック】は、外敵脅威に晒され続けて、余談のならない緊張状況であった。

 

「そう、ですか。なら動かないと僕の剣は、装備は、無事ですか、どこに在ります」

「君は傷を治せ、緊急時には動かざるを得ないだろうが、今はその時ではないだろう」

「そういう訳には、というか、ここの治療費はどうなって…?立て替えてもらってるなら、それも併せて早く働かないと」

 明らかに聖錬中央寄りの医療技術に、この高山都市の文化特有の【薬学】が合わさったそれは、明らかにただの冒険者には贅沢過ぎるものである。

 "透明な血"(アエルティナ)は、主に大規模な外科手術に用いられるもので、外科的施術を行える『医者』の希少性も相まってほぼ最良の医療を施されたと言っていいだろう。

 とある『王国』の首都の様に、生血を保持し保管している様な場所もあるが、例外のようなものだ。

 

 それにかかったゴルの予想に気が遠くなる。遠征先で金子がなくなるのは、首がないのと一緒で。

 そんな身近で現実的な悪夢に、背筋が冷汗が流れて寒くなる。

 生きるためには、抱える痛みとは別に、現実(貧乏)と戦わねばならないのはいつもの事である。

 

「呆れたそんな事か……。問題ないわ。『死神』は『ドゥナ・ロリヤック』を襲撃して、大被害を出した【魔王級】だわ。その討伐に貢献した者には報奨金が出てる」

「そこんところは『蒼天』って人に感謝だよねー。彼の証言もあって、僕らが認められたんだってさ」

 時期Sランク候補、聖錬における冒険者筆頭たる八人への名誉称号『鬼人八人衆』。

 冒険者であっても、彼等位になればしっかりと公的発言権を持ち、早期発見と精鋭と供にその『死神』と交戦して一時撃退に貢献した、彼の証言もあって報奨金が出ていた。

 正式に犠牲と共に反映されたものではない為、ただの上級手配モンスターと同額程度の懸賞金であるが。

 それでも破格に高額であり、医療費を差っ引いても尚、まだ余る。

 

「"バルムンク"さんが……」

「意外よねー。嫌な奴と思ってたけど、ちょっと見直しちゃったわ」

 緊急時でも脅威に対する功績には、こうしてきちんと報いる。

 そうしなければ、いざというときに誰も動かないだろうから、この世界はそういう所にもシビアだった。

 

「―――当然だろう、貴様らが討った。それは状況的に事実だ。それに、貴様には聞きださねばならない事が山ほどある。死なれては困る」

【天然】【超絶美形】

 どの話に諮ったように現れる、件の『蒼天』こと、バルムンク。

 なお、割と前から言い出すタイミングに困って、外で様子を伺っていたのだが、タイミングが分からず。

 己の話が出た際に、これ幸いにと戸を叩き訪れた。その図るような行動と高圧的な態度は、タイミングとしては割と悪い。

 そんな天然調子の残念イケメンである。

 

 その後に。

 

「さて、聞かせてもらおうか、『蒼海』、『死神』、そしてその『死神と同じ力』……、貴様が知ってることを全てな」

 そして訪れて早々に、『蒼天』が切り出した。

 その高圧的な態度に思うことがないわけではないが、この場にいる全員が互いにあの夜の異常性を認識しており、気にかけていた。

 彼等が言う雲を掴むような、"事変"というのを、初めて遭遇して何とか切り抜けた。

 【魔王級】と対峙という異常、それで終わりかと思えば、事態はまだ終わって、収まっていないのだから。

 

「うん、と言っても大半わかんないんですけど、確信してる言える事は幾つか」

 凍結された記憶を取り戻したといっても、ただそれだけである。

 あとは全て推測であり、断定などできない。

 

「あの『死神』が、僕らの知る"異変"の原因、それは間違えない。見てたんだほんとは、『死神』が『黄金精霊』を引き連れて、あぁ突然、本当に突然僕らの故郷を滅ぼした」

 声が震える。あの時の事、凍結現象に蹂躙された彼の原風景。

 それを思い出し、連想されるのは、仇を屠り悲しみも憎しみも、空虚に通り越して痛み以外何も残らない。

【凍結記憶:解除】【狂羅輪廻】

 あんなに求めたのに、もしかしてあの時、己は壊れてしまったのかもしれない。

 

「それに抗った親友、近くの遺跡に僕を逃してその『オルカ』が目の前で、分解されて死んだのを見てた」

「ふん、ならばなぜ、初心者であった貴様はこうして無事なのだ。そもそもなぜ隠していたのだ」

「隠してた訳じゃない。忘れてたんです。けど、……わかりません、ただこの突然発生した『黄昏の腕輪』の様に、誰かにとって意味がある事なのだと思う。全く理解はできないけど」

 己だけ、己だけがこうして生き残った意味を考えるほどに、自信の歩みに自信がなくなって、おぼつかなくなっていく。

―――僕は、どう歩けば進めばいいか。

―――僕が、いやこの『腕輪』の成す事が、全てクソッタレな黒幕の思惑通りだとしたら……。

 

「それに、これは推測になるけど、『死神』と同類・同格の存在が、まだこの近くにいると思います」

「なん、だと。【魔王級】が複数か……?それは、その上級魔具『黄昏の腕輪』の機能とでもいうのか」

「おそらく、そう"視得る"様になった、多分魔具の浸食の結果だと思う」

『黄昏の腕輪:侵食』

 向こうの雲海に覆われた山の頂に、『死神』と全く同じように伸びる"電磁線"が、伸びて渦巻いてチリチリ散らばってしまっている。

 【魔王級】まだ脅威が近くにあるかもしれない。それに仲間達も息を呑んだ。

 流石にもう一度、【魔王級】と対峙しろと言われれば、断じて御免であるのだから。

 そう、奇跡は何度も起きない。

 

 それをまざまざと、脈打つようにその目に刻み込まれるのが、"滅び"を想起して…。

 短時間に凝縮され重ねられた既にそれは、悲みとか、怒りとか、憎しみも通り過ぎて、ただただ鈍い痛みだけがある。

 

 もし、これを己の足を腐らせる事が、正しい事ならば、この痛みはどこへ向ければいいのか。

 『死神』は死んだ、未熟なカイトにとっては仇討ちは最上すぎた結果だろう。

 それゆえに迷った。理性の部分では納得しろと直接的な仇はいないのに、痛い、痛い、目が頭が脈打つ心臓に波凡が、人肌の熱に触れても一時的にしか紛れないのだ。

 

 少年は思い悩む。頼りにできる誰かの言葉を求めていた。

 

 それはそれとして。

「はぁ!?そ・れ・を、早く言いなさいよ!あんた別に具合悪いところないってさっき、ちゃんと、言ったよねぇ!?」

「痛い痛ひって力強ひよ、ろーず!!」

「見せなさい、……光を当てても確かに反応が鈍いな。医者を呼ぶか」

 己の"相棒"であるローズはまた自信を顧みず、溜め込んだことに怒り、頬を引っ張られるのだった。

 

「……ふん」

 その様子に多少毒気が抜かれたか、『蒼天』も多少僻意がほぐれた様で、腕を組んで溜息をついた。

 『蒼天』とて、余力を消耗しない様に。

 再び舞い戻るであろう『死神』に、文字通りの"殿"として一矢報いる為に、構えていたのである。

 それが向こうで袋叩きにされ、死ぬのは予想外であった。

 

「とにかく、参考意見として聞いておこう。上にも一応話を通す、とにかく貴様はもう戦うな、―――不確定要素が多すぎる」

「………そう、ですよね」

 変わらず高圧的な言葉、彼もまた復讐者であった。

【迎撃態勢:怨敵覚悟】

 己の目の届かぬところで仇を討ち、決着がついた事に蟠りがなかった訳ではない。

 だがそれはそれとして結果は結果である。生来、高潔な気性の彼は、

 近しい脅威の予測を聞かされたのもあって、自然悠然とそれに備えようとするのだった。

 

―—―高山都市での戦いは、まだ始まったばかりである。

 




間で死んだウナギ君ですが、地形適正(丘陵都市)に相性的に封殺されたんで仕方ないです。
コロッサスマグナ君は、ちょっと作ったシートの由来が特殊で【阿修羅姫】持ってるので普通に書くつもりです。

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