ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

46 / 136
コミュ【リコリス】

―――【ドゥナ・ロリヤック:辺境】

 依然と、その戦場跡地の山岳地帯にて。 

 

 "儚紅の少女"、カイトがいや『黄昏の腕輪』が、虚構の彼岸花の輪郭に触れて虚空から誕生した。

 『精人の誕生』

 その奇跡に立ち会って、彼らのパーティはそれに立ち会って、息を呑んで沈黙していたのである。

【偶像少女】

 儚紅の少女、その姿は設計された、幼く幻想的な躯体として確かに存在している。

 

「なんもねぇマナからいきなり現れた…、そんな精霊ってのは珍しくねぇけどよい。まさかの"精人"だっていうのか?」

「うわー!うわー!辺り旅して噂には聞いとるけど、初めて見たわぁ!」

【旅人】

 それに、弾き語りも行う吟遊詩人組が、手を叩いて興味津々に反応する。

 その位に"精人"という存在は珍しいである。

 単純な知性を持った"精霊"は、残留情報から組みあがりやすいが、人類種を模倣させるまでの複雑さは難しく、矛盾を解決する方程式として、ある種特別な強い想いや時間を積み重ねて、やっと組みあがるような存在で。

 例としては"精念人"(マナフレア)という上位種であるが、かつての『永遠戦姫』は悲劇と共に、龍と堕ちた戦姫を屠って朽ちた英雄たる青年を骨子に組みあがったのである。

 

「それより気になる事言ったんだけど、うちのカイトがパパってどういう事よ、あんたいつこんな大きな子供作ったのさ!」

「ちょ、ちょちょっと落ち着てって、心当たりないってば!」

【練気法:ジィプロフェシー(風詠み)

 カイトはがくがくと揺さぶられながらも、必死に反論する。

 ローズにそこまで詳しい知識はない。故にその鋭敏な感覚から物事の本質をまず考える。

 そしてマナ・オドの匂いを感じうるその嗅覚で、その匂いが己の相棒であるカイトと酷似するというのを理解したのだ。

 

 そう、そう彼女の器は、ほぼカイトの固有魔法(体質)である『蛍火』。

 その延長たる精霊巫器『絆の双刃』を基にして形どられており、ほぼ半身と呼べるのだが、彼は知らない。

【円環魔術:アサルトサージ】 

 故に彼女は、その肉体を消費してカイトの属性"炎・空"由来の魔術を扱えたりする。

 カイトが己の"相棒"を説得するその傍らで。

 

「なになにー!?精人なんて超レアー♪しかもそれの誕生に立ち会えるなんて、うー☆今日は超ラッキーだよッ♪」

『むぎゅ…っ?!』

【理性蒸発】【レアハンター】

 ミストラルがその欲求のまま、浮き上がった少女をペタペタ執拗に触って、その頭巾の両耳を揺らして。

 更に頬ずりしてその感触を確認する。

 彼女にとってレアもの中のレアものであり、人形の様な華憐からも欲求を抑えきれなかったのだ。

 

『………っ』

「あっ、ちょっと待って悪かったよー。お願い、戻ってきてー!」

 それが鬱陶しかったか、少女はふよふよとその手から逃れて、カイトの後ろに隠れた。

 そこを安全地帯とばかりにその背後から、チラチラと回りを伺っている。

 

(生きる為の、わたしのいばしょ)

 "黒幕"の計画と関わりなく討たれた彼女は、その後の『黄昏の腕輪』の存在を、その役割を知らない。

 ただ本能的に取りついて、その脆弱性を利用して再臨した。

 

 しかし、悪夢に囚われ在り方を共振させた"碑文八相"という圧倒的な器。それを砕いた戦士の存在を己の"庇護者"にすると決めていた。

 "精霊に好かれる程度の才"という適合性も、己の器を形取るのに効率的である。

 併せて、そんな生きる為の打算的な算段によって、彼女はカイトに纏わりつくのだった。

 

 そして、彼女は目を付けた。

『―――これ、貸して、ちょうだい ぱぱ』

ゆさゆさ。

 周囲が、騒がしく盛り上がる中。カイトの愛剣である『絆の双刃』を要求して。

 彼のその腰のホルダーから、引き抜かれかけた相刃を揺すって、上目遣いに反応を伺っている。

 

「ちょっとダメだってば、危ないしこれは大事な物だから!」

 その無垢な欲求に一瞬頷きかけるが、その伸びる華奢な手に抵抗して、制して止める。

 刃は刃である。とにかく幼子に持たせるには鋭利で危険なもので、それにこれは彼の大事な愛剣であり容易に委ねるものではない。

『……』

 リコリスと名乗った少女は、それに無言、その金の目で抗議する。

 その様子を観察したミストラルが。

 

「ふんふん、なるほどこの子、調べてみたらさ、その剣というかカイト君と同じ質だよ?もしかして、それを基にして、このリコリスって子は生まれたんじゃないかな」

「え、だって…在り得ない。精霊ならともかくこの子は精人だよ」

【レアハンター】【鑑定】【精霊術Lv3】

 観察と魔術で精査し、精霊術を先行するミストラルの指摘に、同じく精霊術を扱う彼が疑問の声を漏らす。

 カイトの『絆の双刃』は"素人の双剣"という、二級品を骨子とした打ち直しの剣である。

 精々が使用に数か月、残留情報の志向性に足りる歴史はない。

【電脳精霊】

 それに、この幼子の気配は相変わらず、『死神』と似てており、その同類を疑っていた位である。

 

【イレギュラー】

 それは複数の要因が絡まり誕生した、予定されなき者である。

 故に暗幕を手繰る者すら、それのもたらす影響は予想できないだろう。

 

「はーっ、なんか唐突な話ね。とにかく感じたとおりにその子はカイトの縁類で間違えないのね。全くあんたの身体どうなってるのさ」

「……知らないよ。とにかく、そういう事じゃなくても放っておけないけどさ」

 言葉を重ねて、やっと落ち着いた"相棒"に、少しいじけた態度を返しながら。

 相変わらず儚紅の少女は、強請る様にカイトを上目遣いに眺めている。

 

「えっと、ほんとにこれが、別のものじゃ、ダメ…?」

『―――ん』

 わからないから聞いた、それに儚紅の少女はこくこくと頷く。

 『絆の双剣』は彼にとっての愛剣であるが、リコリスと名乗った少女にとっての大事な物であるという。

 悩む、悩む。この剣は己の過去に繋がる道の唯一の証明である。いきなり、そんなこと言われても呑み込めないのだ。

 

「うー!とっても面白ことがおきそう、何よりリコちゃんがかわいそうだし!渡してあげて、一生のお願いだから!ねっ!ねー!」

【理性蒸発】【陽気の嗅覚】

 それを援護する様に、すでに愛称をつけて、儚紅の少女を呼ぶミストラルはお願いのポーズをとる。

 その嘘と真を見抜く程度の嗅覚にて、害を及ぼす気がないのは、なんとなく感じ取っていたのも大きい。

 カイトはあの夜に己の我儘にて、それでも巻き込んだ仲間に対する負い目もあって…。

 

「……じゃあちょっとだけ、だよ。返してね」

 割とあっさりとそれに折れて、腰のホルダーから『絆の双刃』を抜いて手渡す。

 

 リコリスと呼ばれた少女は、渡された剣を受け取って大事そうに撫でて。

『—――んあ、もぐ』

【憑依具:同化】

 その刃を口に運んで、そのまま文字通り口に運んで"食べた"。

 燃える様にするりと消えて、儚紅の少女を内部から仄かに照らして輝かして、その輪郭を浮かび上がらせるのである。

―――【憑依模倣:蛍火】【円環魔術:アーカイブ】

「ちょまっ、返して?!」

 綺麗とか言ってられない。己の愛剣が溶ける様に消える。流石にそれには焦った。

 取り戻そうと反射的伸ばしたその手に、リコリスと名乗った少女を中心として儚い火が燃えて、カイトを取り巻いた。

(!―――これ、僕の蛍火、か?)

 しかし、それは彼の身を過度に焼く事はない。当然だろう、それは"彼自身のオド"なのだから。

 それに驚きながら、それを認識して解釈して呑み込んで。

 リコリスと名乗った少女が、確かにある種自身の縁類であるという事を体感で納得した。

 

 まだ弱い己の情報を、器である『絆の双刃』に刻み付け経由して、その延長である"憑依先"(カイト)に自身に、再度手順をもって共有化(リンク)したのだ。

 

 彼は知らない事であるが、これにより儚紅の少女は。

 その"双刃と憑依先が砕けない限りにおいて、世界にしがみつく"事ができる。

 幾度の自己変革・重要な構成要素(セグメント)を欠かせて、それでも己を動かした経験から成せる技である。

 そして、その手が透過し確かに『絆の双刃』に触れた途端に、儚紅の少女は虚空に消えた。

 

 あとに残ったのは、カイトの手に収まる『絆の双刃』のみである。

『……契約完了、疲れた、寝てるぱぱ』

 マナにより形取られ、肉を持たぬ彼女は、容易にその精霊巫器であるそれに。

 いや、もはやカイトの身体に同化する。

 

 

 そんなふと消えた、騒動の渦中の中心に。

「消えちゃったわね」

「えっと…、どうしましょうか」

 困惑しながら、依頼主である"吟遊詩人"二人に方針を問う。

 

「とりあえず戻ろうぜ。今日の取材を記録に残さないとな、俺らにとって想像以上の成果だよい」

「せやなー、今日の所はその子も寝ちゃったみたいやし、また今度触らしてなっ、なっ!」

 吟遊詩人たちは、とにかく今日の怒涛の出来事に興奮しながら。

 区切りとして今日の所は、一旦切り上げて戻る事を提案するのだった。

 

 

 

 

―――【高山都市:ドゥナ・ロリヤック】

 

 

【クルナリアック亭・併設酒場】

 あれから無事にトラブルもなく戻ってきて、世話になっている冒険者宿にて夜を迎えていた。

 "リヴァイアサン"空泳ぐ巨大魚が襲来してから、事変の動き出しは鈍く、『ドゥナ・ロリアック』【精霊狂信者】(ナチュラリスト)との抗争を互いに膠着していた。

 

―――まるで嵐の前の静けさの如く。

 

 それぞれの仕事を終えて、その広間にて話をしたのである。

 

「ふむ、戻ったか。無事で何より……って、なんだその子供は?」

 そう声をかける、凛と響く馴染んだ頼もしい先輩冒険者の言葉に。

 

「―――戻りました。なんか、子供ができちゃったらしくて、どうしたらいいんでしょう」

「は???」

「何言ってんだてめぇ」

 以上、冒険者の先輩であるマーローとガルデニアに、相談の言葉である。

 その唐突のなさはカイト自身の困惑を表していた、まだ冒険者になって齢を一つ増やした程度の一五の少年である。

 カイト自身の心の整理も付いていない。

「……」

 その傍で、"リコリス"と名乗った儚紅の少女は、我関せずと周囲をふわふわと浮いているだけだった。

 なお、魔術師のミストラルは帰ってきて早速構い倒し、避けられ『嫌われた―!うえーん』とか言いながら引き籠りの態勢だ。

 明日にはケロッとした顔で、その太陽の如く熱量で構い倒すだろう。

 

「いや、まるで訳が分からねぇぞ。ふらっと依頼に出て行ってなんでそんな事になるんだよ」

「ふー……、何かと思えば精霊、いや『精人』じゃないか珍しい。どこで拾ってきた。ちゃんと元居た場所に返してきなさい」

「おい、おめぇも少しおかしいぞ、落ち着けや」

 ガルデニアはまるで使役士(トレーナー)でもないものが、モンスターをペットを拾ってきたかの様な答えを返した。

 黒鎧の彼、マーローが常識的を返して、突っ込みに回る。

 もちろん彼女も絶賛、混乱中である。

 恋心を自覚しかけた男の子の近況報告としては、いささか刺激が強い情報だった。

 

 なお、この世界における『精人』とは…、本質的には精霊と変わりはないものだ。

 死して残留情報や情報を器を元とし、中精霊以上が獣を形取る様に、代わりに人を形どったマナの塊である。

 ただその人間性の複雑さ故に、幾多の情報から奇跡の如く矛盾せず組みあがる。

 それは例えて宝くじの一等が当たる様な確率をもって、しかし世界に確実に誕生している。確かに人類と数えられる一種族だった。

 

「それがさー、カイトが宙に触ったら、突然この子が現れて"ぱぱ"呼びで付いてきちゃったのよ。こっちにもさっぱりで!」

「うん、ミストラルに見てもらったけど、確かに僕の系譜というか、内包オドが似通ってるみたいで、こういうのも血縁っていうんでしょうか」

「さてねぇ。とりあえず年上のミストラルに預かってもらおうとしたら、嫌がって離れないしさ」

【ムードメーカー】

 とりあえず、大雑把に経緯を説明して、何かしらのアドバイスを求めるのだった。

 どういう訳だか分からないが、とにかく目の前の問題は消えない。

 この世界に共通した人権の様な考え方はないが、確かに一人の少女の未来は、重たいのである。

 

「すまない、落ち着いた。とりあえず、彼女を放っておく気はないんだな」

「まぁ降って湧いた様な事態だけど。流石に、そこまで無責任にはなれないから」

「となると、接し方とか育て方とか…、そういう感じの相談か」

 この世界は厳しい。保護者もなく、生まれた精人を放置して、幸せな結末を期待するには分が悪い。

 リコリスと名乗った精人の規模は、どう見積もっても中精霊程度。良心的な人間に保護されれば救いはある。

 彼は知らないが、その特異性を存分に発揮している"ミスリルの精人"や"毒の精人"の例もある。

 しかし、そうとはならずその希少性や特異性から、胸糞悪い利用例だって確かにあるのだ。

 特異性を奴隷に、また『桜皇』等では異能を引き継ぐ為に、属性マナの塊と言える精人(妖怪)を、胚として利用し継いでいる例もあるのである。

 

「だって、まぁ改めて見てもただの子供ですし、ただその子供の接し方が分からなくて」

 その言葉の通りに、ふと、儚紅の少女の方に目を向けてみれば。

 

「―――………♪」

【人工精霊】【偶像少女】【フェイト:生の反転】

 リコリスは相変わらず、宙を漂って泳いでいた。

 彼女は仮初の生の実感を楽しむ様に、無表情ながら好奇心旺盛な小鳥の様に、宙を泳いで触れ回るのだ。

 

 正直、その姿に当初抱いていた、殺意に至る警戒心などの毒気は抜けてしまっていた。

 改めて捉えたその様子は、ただの幼子でしかないのである。

 無表情であるが、きょろきょろと瞳は辺りを彷徨って、その喜色を雄弁と語っていた。

 

「……うむ、かわいいな。その、触っても、撫でてもいいか」

「まぁ本人に断ったなら?」

 それにガルデニアは、そわそわと反応する。

 かわいいというのは確かに、魔性を持つものであり、それに釣られてしまうのは母性の現れかもしれない。

 しかしそれが恥ずかしい物だと認識しているのか遠慮がちに尋ねる様子に、カイトはクスリと笑う。

(かわいい人だなぁ)

 と、自然に思った。

 

「じゃあ、触るぞ。いやなら言ってくれ、な?」

「むゆう」

 彼女はそれに抵抗せずに、大人しく頭を撫でられていた。

 ミストラルの様な暴力的ともいえる猫可愛がりでもなければ、儚紅の少女は頭を撫でられるのは嫌いではない。

【星の■章】

 閉じられた世界に、取り戻して新鮮に、また色々に触れる毎にボロボロに崩す災害に成り果てた。

(……暖かい)

 その経験があるからこそ、彼女は触れる熱の喜びを享受するのである。

 うりうりうりと。

 そんな微笑ましい光景が繰り広げられる中。

 

「フン、まぁ好きにすりゃいいんじゃねえか」

【孤独者の流儀】

 マーローは鼻を鳴らして、興味なさげに反応する。

 保護者になると大方針を既に決めたなら、後は知ったことじゃない。

 何か助言できる様な経験は持ち合わせていないのだから、好きにしろといった具合である。

 

「あとなんか、僕のオド食べられてるみたいで、これ憑りつかれてるっていうんでしょうか」

「怨霊の類かよそれは」

 だが、割とどうでもいい事の様に、後にさらりと付け足した事には、反応せざるを得なかった。

 

「突飛すぎる存在だ。『浄化術』って手はあるぜ、ただそっちのガキがどうなるかわからんがな」

「……っ!」

【フェイト】

 その言葉にピクリと恐れに反応する、儚紅の少女。

 リコリスが憑依先に刻み込んだ淀みを正されたら、容易に己は崩れ再び死に、消滅しうる。

 まだ己の存在は脆い、幽霊の位階であった己を器によって補強したとはいえ、"己の断章"(セグメント)を集めないと一人では生きられないのだから。

 

 その不器用な、警告の様な言葉に対して。

「えっと大丈夫です。この子は悪霊の類ではありませんし」

 確かに、強力な残留思念により、存在を乗っ取られるというのは、ままある話である。

 それは汚染という形で、人を蝕む存在であるが、そんな悪性でも基本は成り立ちは精霊と変わらない。

 この世界はマナに情報に、生き死に溢れている。

 

「確かに気になる事はあるけど…、とにかく様子を見ます」

「っち、お人好しがわかったよ。責任はきっちり自分で取りやがれ。……まぁもしもの時は介錯くらいはしてやらァ」

「うん、ありがとう」

【狂羅輪廻】

 仮に彼女が悪性なら『死神』を想起し、カイトは純粋に感謝を述べて、マーローは苦い顔をする。

 そう、"精霊"がその性質によって人類の積み上げた体系知識が、性質により、勝手に分類したものだ。

 接して認識して解釈して、呑み込む。いつもの事。

 まだ無知な自分はそうでないと、在り方は掴めはしないと。

 初見でへし折り殺しかけたのも併せて、自覚した壊れた自分に、余計にそう律するのである。

 

 

―――そして、離れたところで。

 

 

「ちょっと、ねぇカイト!そろそろいい時間よね。ご飯にしましょう!この子は何食べるのさ」

「話を聞いた限り、精人は普通に人間の食べ物を食べられるそうだ。私が奢ろう、任せてくれ」

 そんな興味津々に眺めるローズに、何かを張り切るガルデニア。

 突然、空白に強引に現れた儚紅の少女は、幸運にも良き人たちに囲まれて、確かにその存在を迎えられたのである。

 

「………ぱぱ、いいの?」

「うん、折角だからね。言葉に甘えさせてもらおうか」

【フェイト:壊れた心】

 彼女は己が生きる為に、ある程度打算的に動いていた。

 最悪、寄生先のみ注力するつもりで、庇護者を装う"パパ"呼びである。

 割とすんなり受け入れられた事に、多少困惑しながら。

 

「―――なら、これ」

 リコリスは、遠慮がちに指で沿って、欲求を示す。

 選んだそれは、高山都市の特産である原種に酸味の強い赤き果物、『ナップルアップル』を用いた。

 リンゴの菓子パン、生地を折り重ねた"アップルパイ"である。

 ちなみに結構いいお値段する。

 

「むぁ」

「……次から切り分けてあげましょうか」

「そうねー、口の周りベッタベタだし」

 運ばれてきた真っ赤な宝石の様な、それに目を丸くしながら小さな頬に張り。

 その蜂蜜の甘さとリンゴのすっぱさが同居したその、美味しさに無表情に目を輝かせて、ボロボロと零しながら夢中で噛り付くのだった。

 

 

 

 

―――そして、数時間後に過ぎる。

 

 

 

【クルナリアック亭:宿泊大部屋】

 

 節約の為に、孤独癖の強いマーロー・ディアスを除いて、彼等のパーティは共有部屋を利用している。

 冒険者のみならず戦士と呼ばれる生き方をする者にとっては、寝るときにはしっかり寝るのは、しっかりとした仕事の内だろう。

 それぞれのベットにて。

 カイトは、仲間に心配をかけない様にそれを見計らってから、静かにのそりと起き上がる。

 

 そしてぽつりと呟いた。

「素振りしよ」

『黄昏の腕輪』【狂羅輪廻:不眠】

 それは不安症である。人の熱に触れて、意識を逸らせば紛れる。手遅れには程遠い深度であるが。

 "また奪われる、不意にまた己のすべてが奪われる"。

 カイトは『黄昏の腕輪』の浸食により、手繰られる電子の領域、その視野にて知覚している。

 その核心じみた遺恨を証明する、脈動する電磁の波の存在が、彼の遺恨を煽って眠れないのである。

 

(少しでも少しでも)

 畏れ、許せない。身体を疲れ切り苦痛をもって、前進の錯覚に慰めて。

 やっと彼は意識を休める事が出来る。

 彼は"狂気"による戦いの淵に降り立った者であるが、その深淵に触れてまだ日が浅いのだから、狂気との付き合い方は曖昧である。

 月明りが綺麗だ、高山都市の天は近い。

 手探りにその愛剣を手に取り、宿の外に出ようとするが。

 

「―――"ぱぱ"?」

 それに声をかける。小さな影、空白から現れた彼を保護者として呼ぶ幼子である。

 その本心の警戒を表すように、抱きしめられた胸の内から抜け出し、猫のように『精霊巫器』に同化して眠っていたら、それを揺さぶられて起こされた形である。

 

「何処に、行くの」

「んー素振りだよ。それとやっぱり、慣れないからパパはやめてくれない?」

 リコリスは庇護者と定めた者の行動に不安に襲われて、手を繋いで引き留める。

 流石に、己を保護者と呼ぶ儚紅の幼子といえど、その役割や父性の自覚などの、実感は勿論ない。

 

「ちょっと宿の裏庭で運動してくるだけだから、寝てていい。何処にも行かないから」

 ただその責任感のみで、遠慮がちにその頭を撫でながら、彼女に接していた。 

 まだ幼い頃の、故郷で己の"妹"にしたように、ゆっくりと視線を合わせて見て、話す。

【凍結記憶:解除】

(そういえば、小さい頃は妹も。てこてこと、後ろを付いてきてかわいかったなと)

 ふと、思い返した。

 互いに大きくなるにつれ、すれ違いも多くなって喧嘩もする事になったが。

 戦い取り返せた己の地続きの過去、壊れた原風景の一欠けらである。

 

「………そう、眠れないの」 

【憑依具:伝心】

 余り会話する気はなく、それのオド同士繋がり同期した感覚で、その心を理解する。

 憑依先の躯体の性能劣化は、ひいては彼女の性能劣化である。

 そのために……。

 

「待ってて、回収するついで」

ぴとっ。

【憑依具】【円環魔術:タッピング】=【調律】

 リコリスは電子の指先をもって、その『腕輪』の発生位置に触れた。

 物理的な干渉を得意とし、自己の情報を改変する指先である。

 その延長をもって、憑依先の肉体を改変し、荒立つオドを正常に戻そうとする。

 

(継続的な、干渉。嫌な感じ)

『黄昏の腕輪』

 彼に与えられた特殊な魔具、この世界に点在するとはデー■■ポッ■を、再現しようとした試み。

 それを自在に■べうる。電■世■の■神として誕生する『ア■ラ』、愛娘が生きる世界、それに適■した守■■を、英雄を作り出そうとしたアプローチである。

 【紋章砲】(データドレイン)などその吐息、副産物でしかない。故に、少しづつ改変する、侵食する、試練を与える。

 そして■子を■ぎ足していく。

 

「"セキュリティ"が、固い、腹が立つ」

【電脳使い】【ハッキング】

 それを理解せずに、解析する。彼女は特化した設計された機能を展開し、その指向性を制御する。

 それは荒波立つ様に、干渉し続ける様にオドを乱し続け信号とする。

 これを触れて伝う様に、担い手という"脆弱性"を辿って、己の都合の良い様に制御するのだ。

 

 その彼女が展開した施術を、”腕輪の担い手”であるカイトは知覚できていた。

 

 それは、時間にして数秒の事だっただろう。

 

「何を、したの?」

「”私の”断片を補強した。そのついでに調律した。私の器、そのの身体は私の躯体」

【狂羅輪廻:緩和】

 困惑の声、この身体は確かに楽になった。電磁の波を知覚しても、それに想起される刺激が緩い。

 しかし、儚紅の少女の『死神』と同じような気配が、補強されている。

 再び警戒心が顔を強く出す。ただ、殺意までには至らない。

 

「とにかくこれでわかった。生まれたてと思えない位に、君の自己認識はしっかりしてる。見た目相応じゃないよね―――僕自身に特別な何かはない、けど君が『腕輪』由来だと考えれば、辻褄が合う。知ってる事全部、教えて」

「”私の名はリコリス”、それ以外わからない。まだ欠けてる」

【憑依具:伝心】

 詰問する様な言葉に、無表情に、こちらを見据えて返してくる。

 しかし、その内面では何となく不味ったと、冷や汗ダラダラの様子が、彼は何となく知覚できた。

 三度生まれ直したとはいえ、幾ら打算的に振舞おうと、まだ人生経験が遥かに足りないのだから。

 

「……ごめん、ありがと」

「むぅ」

 それにカイトは悪い気持ちに、卑怯だと思いながら、それを誤魔化す様にその頭をくしゃりと撫でる。

 狂気の淵が緩和してなければ、こんな落ち着いていられない。

 それが何よりの彼女の施術の効果の証明である。

 

「なら、君の、リコリスの目的は、何かあるなら言って」

 質問の方向性を変えた。

 目的によって現実を競り合わせるのは、理解には遠くとも、共に歩むには大事な事である。

 

 それに対して彼女は少し考えてから。

「あっちに、私の断片(セグメント)の気配がする」

 それに対して彼女は指さして、マナ電磁の波が渦巻いた山頂を見る。

―――カイトがおそらく、図らずとも『死神』と同じく【魔王級】と想定する存在を示唆した様な場所だった。

 

「私は、私はあれが欲しい。ぱぱ」

 あくまで、リコリスと名乗った少女はカイトを庇護者として呼び、振る舞うのだった。

 




カイトに妹がいたのは新約設定です。

多分リコリスに混ざったキャラは、わかる人にはすぐわかると思う。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。