ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】 作:きちきちきち
【ドゥナ・ロリアック】
そのとある島に忽然と在る、荷倉庫前。
無骨に油に塗れた工具が立てかけられ、部品に螺子が転がっている様なそんな武骨な場所。
そんな装荷の前に少年はいた。
カイトはとある誰かの大事な"鍵"を片手に、そこで街に吹く風を受けながら佇んだ。
ちなみに
「寝てる、終わったら起こして、ぱぱ」
【憑依具】
その"ぱぱ"呼ばわりに、未だ慣れない。
「うーん、居場所を聞いて来たはいいけど…。さてどうしよう」
遠目にそう眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
迷える時は、とにかく前に進むために"正しいと思えるようなこと"をしよう。
そう思い。少年事、カイトはとある目的をもってここに訪れていたのだが、唐突な行動故に。
その踏み出しを常識が邪魔していた。
「なーに言ってんの今更!やるって決めて来たんでしょ、ほらしゃっきりする!」
「っ、ちょっとローズ痛いってば」
【アマゾネス】【ムードメーカー】
それは背後から、"相棒"である少女、ローズが景気付けに叩いた。
その姿は依然より、更にその髪を伸ばしており、乱雑にぼさぼさと後ろに束ねて纏めている姿である。
新しく吹き入れた『練気法』、"あの夜"にその身体に焼き付けてから、彼女はその髪を伸ばして束ねていた。
いわく練気を吹き入れる肉体の延長、媒体にするらしい。
カイトは、今回の思い付きに際して、彼より正しい事を想う力が強い彼女に相談していた。
彼に情報として逆流し焼き付いた"鉄流星"、その不可思議な話を、彼女は容易に真面に受け止めて。
『―――いいじゃん。よくわかんないけど、恩人の心残りみたいなものなんでしょ?きっと意味ある事よ』
是非の相談を、そう言って普通に、背中を押して付いてきていた。
カイトは己の"相棒"の快活な付き合いの良さに、感謝と苦笑しながら。
「でも、僕のやろうとしてる事って、人の家に土足で踏み込もうとしてるようなものだから」
これは"約束"の話だった。人にはそれぞれ入り込まれたくない場所がある。
そんな空白の知らぬ人間がそこに突然踏み込む。
更に、それが一方的に想い出を知っているというのは、実に気味の悪い事であろう。
そんな懸念を。
「安心しなさいよ。あんたがやろうとしてるのは悪い事じゃないわよ、きっとさ、あたしが保証するって」
彼女は変わらずからからと笑いその尾の髪を揺らしながら、そう気楽に言った。
目的の人物の居場所と、立ち入りの許可は割と簡単に上から聞き出せた。
一応彼等は、未曾有の災厄であった『死神』を討った要因の一つだと認識されている。
『―――ふむ、『蒼天』の証言だけとはいえ、ある意味身元は確かか』
『―――まぁ、あやつも気分転換になるだろう。今の流れる風は見るに堪えない』
【ギルドマスター】【政治知識】【調律者:風詠み】
その斡旋書を出した。以前に一度だけ、状況の聴取に呼び出されて顔を合わせたギルドの代表者。
彼が、そんな事を言ってたのが気になる。
その代表者自身も、以前に会った時より目の隈を深くしていた。
この街は依然として緊張状態である。周囲の『隔離領域』、『罪罰』の監視を成り立ちに持ち、現地に住む者達と時には軋轢を、時には協力を結んで少しずつ融和に至ろうとしたこの街の安寧は崩れ去っている。
それに抗おうとして、なお人の流れは止まらないのだから。
思い返して。
彼らはその格納倉庫を、ゆっくり歩いて歩いて言葉を交わした。
「最近は誰も彼も大変ね。間違いなくギルドの連中も必死でやってんのは分かるんだけど、結果が出ないのはもどかしいわ」
「……間違えなく『死神』が、侵略者が悪い。それに同調する奴もみんな敵だ」
【狂羅輪廻】
これはただの恨み言である。彼とて敵を討って解決する問題ではないのは理解している。
一般人視点で、街の背景も混じった、全容に起こってる全容を把握するのは難しい。
元に『死神』を討った後も事態はそのままで推移しているのだから。
それでも、"侵略者"を脅威を放置できない、。あの山頂近くに居座るノイズの主を……。
「こら、初めて会いに行く相手に怖い顔しないの!」
スパーン!!
【ムードメーカー】【怪力】
思考が引き摺られていたところを、"相棒"に強く頭を叩かれた。
「いてて…、力が強いよ。馬鹿になったらどうするのさ」
「安心しなさい。あんた十分馬鹿よ。普通こんなん思いつかないじゃん、何の得にもならないんだしさ」
それにカイトの意識は引き戻されて頬を掻いた。
確かに彼女の言葉は、これからすることも含めて正論であるが。
相変わらずの強烈な音に、もう少し手加減してくれてもいいんじゃないかと、不満を表すのだった。
そんなこんなで、目的の人物がいると、教えられた一角へとたどり着いた。
そこには人型と少し離れた、銃身と飛行機具の羽を合わせた単純なパーツを組み合わせた。
空駆ける鋭利な機巧、桜皇から流れてきた『リオン』である。
他の整備の人間だろうか?それも伴って、騒々しく形取られていた。
その組み上げられた足場の上でガシャンガシャと、必死を計器に睨みつける女が一人いた。
まだ幼さが残る童顔、片方の長いはえさがりと三筋の髪飾りが特徴的な青髪の女である。
飾り気のないツナギ姿に身を包んで、その虚ろな顔に油を付けながら機械と格闘しているのだった。
「こっちの数値に異常はない。ここのチェーンのテンションを締めて……」
『死神』の襲来したあの夜に、唯一愛機を現存させた
現在、彼女は自身の愛機である『リオン』を自らの手で整備していた。
自分だけでも最低限機巧の面倒を見れて、やっと一人前というのが、当たり前の認識である。
しかし、今回はその気の入りようが違った。
「違う。ここの数字も正常です。なら、やはりこの間の不調は私のせい…?」
【精神衰弱】【スランプ】
彼女はこの間に続いて、高山都市を襲った
全くいつも通りの動きができずに、その機巧の羽を捥がれて地に落ちた。
結果的に在野冒険者が活躍し撃退をなさねば、また街に大きな損害が出るところだっただろう。
「違う、違う!私は"弱く"なってなんかない!落とし穴が、万全を尽くせばきっと」
自身に言い聞かせる様に、その荒れ果てた青髪の頭を抱えて女は唸る。
明らかな失態である。それに彼女の心は余裕を全く失って、見た通りに焦燥していた。
撃退された事もあって、実際に、そこまで彼女を責める声なんてない。
周りがそれを伝えようとも親しい者の言葉ほど、慰めの言葉だと、擬飾を受け取り更に自身を追い詰めた。
在り来たりな言葉だろうが、挫折を知らぬ才のある者ほど、折れた時に弱い。
「私がしっかりしないと、他の機士が怪我から復帰するのもまだ時間が掛かります。………それに、もう"隊長"もいない、のです」
【折れた心:スランプ】
その呟きに、自然に零れる涙を自覚しないままに。
幾度も挑み、その度に導き鍛え、運命と思った大切な物の喪失、それに折れた心に熱は入らない。
それを騎士の誇りと義務感という誤魔化しをもって、無理やり動かすが故のスランプである。
それに―――喪失以外にもまだ彼女を鈍らす要因はある。
がちゃがたと、正常な値を返す機械に無駄に試行を繰り返し、ただ無骨な整備音だけが木霊する。
余りに痛々しい。弱ったその遠目の姿である。
「あちゃー……、大丈夫かしら、アレだいぶ参ってるわよ」
初めて目にする彼等でも、一目瞭然にわかる神経衰弱だった。
ともに整備する人間も、心配なのか時折目をやる様に、作業に集中できていないようだった。
「あの、すみません!」
思わずカイトは勇気を出して、『機巧』を整備する男の一人に声をかけた。
無粋に盗み見た自身の知らない場所に、土足に踏み込んだのは、その行為に意味を見出しているからだ。
記憶とはまるで違う。あそこまで、弱り切った気迫には、手を伸ばさずにはいられない。
「なんだいあんたら、その恰好は冒険者か?こんなところに何の用でい?」
「えっと、あちらの、機巧乗りの方に渡したいものがあって、ここに許可は在ります」
そんな事を何となく伝えて、繋ぎを取ろうする。
ここは機巧を収めた街の重要施設の一つ。上位者の許可がない者は袋叩きである。
「確かに印章だな。おーい、"嬢ちゃん"あんたにお客だよ!!」
大きく野太い整備員の声が響く。
女は鬱々しそうに、その充血しきった眼をチラリとこちらに流して。
その知らぬ顔に、困惑と溜息をついた。
「―――"嬢ちゃん"はやめてください。殴りますよ工具で」
「ちょ、割とシャレにならない直接攻撃!?」
女のセメント反応に、整備の親父が、おちゃらけて場を和ませようとするが。
彼女の顔は微塵も揺るがず、まるで氷の様だ。
その氷の表情のままに身を翻して高い足場から、身軽に直接降りてきた。
「知らない顔ですが、私に何の用ですか?見ての通り忙しいのですが」
言葉の端々から、苛立ちを滲ませてこちらに応対する。
洗練された軽々しい所為、それは不調の中でも確かな存在感をもって、そこに立っている。
まだまだ年若いとはいえ、彼女とて正規に選ばれた騎士と呼ばれる者の一人である。
応じて。
「えっと、僕の名前は"カイト"。たぶん聞いてると思いますが、僕等はあの夜の『死神』と交戦した冒険者です。少し、貴方に用があって」
「あたしもそんな感じ、名前は"ローズ"っていうけど今回はおまけみたいなもんよ。気にしないで」
言葉に機士の女は、その眼を鋭く尖らせ、毒々しく沢立つ。
その理由は、若さゆえに、彼女の中でも消化しきれていない、八つ当たりの様な感情が渦巻いているのだ。
『死神』の襲来にて多くの者が死んだ。危機はまだ未だにあり、実際に襲い掛かっている。
最終的に両の災害を討ったのは冒険者であり、"英雄譚"の需要もあって、そちらだけが大きく語られる。
望まないのは知っていた。それでも我等が尊敬し、確かに『死神』を墜落させた"憧れの星"が。
こんなに短い時ノ流れに忘れ去られて、無残に消えてしまうような気がして。
その無常さに、本心で戦う意味に疑問を感じていた。
人の世界は生きるのに忙しい。
彼女が知る限りで、あの混乱の中で"鉄流星"を目に焼き付けたのは、その時に空にいて正面から見つめた己と、冒険者の『蒼天』だけなのだから。
「そう、余計に何の用ですか。機巧もまともに無様な機士を笑いに来ましたか?満足したでしょう」
故に、その来訪者は、彼女にとっては眼にも入れたくないものだった。
その反応は取り付く島もなく、皮肉に笑う。
彼女とて、己の感情の理不尽さは自覚しており、それが余計に無様さを焦燥を煽るのである。
カイトはその皮肉に頬を掻いて、返答に困った。
「笑いに来たってそんな。ただ僕は届け物があっただけで」
完全な他者の感情は理解や共感には遠くとも、痛々しいまでに機巧という"己の鎧"に向き合っていた。
その姿を見て、嫌な感情は全く湧きあがらない。
無遠慮に特に、彼が垣間見た刹那に踏み込もうとするのだから余計である。
「届け物…?」
その言葉に、少し気を惹かれたか、拒絶的な雰囲気が少し和らいだ。
「うん。多分、これは貴方が持っておくべきものです」
そしてカイトは懐から、その"鍵"を取り出す。
「……そ、れは」
『鉄流星の鍵』
それは機巧"ガーリオン"の魔導式エンジンの起動キーである。
おそらく死した後も、"機巧"に呼吸を吹き入れて極地の様な軌道を稼働させ、背中を押して。
『死神』を屠る
「どうやって手に入れたのです。"隊長"の『ガーリオン』は、
「えーと、僕にもよくわかってないのだけど、『腕輪』の、"上級魔具"の中に取り込まれてました、六錐の結晶体の中心として」
「……続けてください」
機士の女は言葉を促した。
彼女にとっても、"憧れの星"の最後、『死神』の最後の詳細は強く知りたいものだった
彼女も『死神』の討たれ様は聞き及んでいるが、上級魔具相当に討たれたこと以外の詳細は分からない。
同時に機士の女は、その手のモノに怪訝な目を向けて、警戒心を露わにするのである。
「この『腕輪』は僕にも由来のわからない魔具で、それを前提にして聞いてください」
『黄昏の腕輪』
前置きにして注意を。
現状、主要な機能は『紋章砲』であり。それは傍目から見て万物を分解する、一撃必殺の吐息である。
しかし、その担い手である彼は、その"侵食機能"によりその意味を少しだけ理解に置いていた。
「この鍵の
「……」
夜をひたすら駆けた、あの時の事を思い出して語る。
カイトは、こちらに向かって墜落してくる"鉄の流星"を見た。そしてそれが崩れ落ちるのも。
派手に目立つ落下地点に狂気の儘に駆けつけて、魔法剣を斬り裂いたのが再戦発端である。
―――ポーン。
『腕輪』を少し展開して。
「この『腕輪』は魔導機械的な何かで。意思に沿って沈黙した
その時の彼は死ぬ気だった。諸共死んで成すと、それ位でないと届くわけがないと。
未熟に『機巧』を質量弾と、盾にと叩きつけて。
腕と頭だけ残っていれば消し飛ばすと、『腕輪』を無理に展開したのである。
その時に、カイトにとってその奇跡と思える現象は起こった。
「操ったつもりで、足りなかった。彼が最後に踏み込めて『死神』を機動で重力に捉えて……」
【人機一体】
以前の通り、幽霊や精霊などは有り触れた法則でしかない。
死者の念を元にした、この世界のマナ由来のただの自然発生現象である。
しかし、それは混ざる混沌として、それだけではすぐには意味の持たないはずのものだ。
近くに精人である"儚紅の少女"の誕生にも立ち会って、今はうっすら理解する。
文字通り半生を預けた"機巧"に、血袋の如く潰れ、その肉体からオドとして染み付いた。
薄く幽霊の位階にもまだ満たないオドに染み付いた"情報"を、
この未知数の上級魔具、『黄昏の腕輪』が形として刻んだのだろうと推測している。
だから、寝込んでいる間に担い手としてその"情報"を、"隊長"と呼ばれた男の過去を、逆流するように垣間見たのだろう。
「―――それを、諸共。『死神』を殺すために、『腕輪』の機能、
「……っ、そうですか」
それがカイトには厳密に、どういう仕組みなのか、理解できないが……。
事実としてその残滓を消し飛ばした。その事実を聞いて、機士の女は少なからず反応する。
しかし彼女とて、騎士である。その行為は理解し、呑み込み得るものだった。
「だから、これは僕にとっても恩人の鍵です。ただ未熟な諸共死ぬ気じゃ重さが足りないと、まだ生きる様に背中を押してくれた人だから」
【駆動騎士】【メンター】
事実、惨死の後も後に行く者を想い、背を押したその手は強く気高いものだろう。
冒険者のカイトとて貧しく、日々生きるに忙しい。払い滅ぼさねばならない
しかし、これからの歩みに薄れても、決して忘れる事はない。
【正道の歩み】
カイトの生来の精神強度の由来、共に歩む他者の人数だけその心は強くなる。
そして、確かにその"鍵"を手渡す。機士の女はそれを握りしめて。
張り詰めた空気に、刺々しく放っていた拒絶的な雰囲気は、確かに薄れさせていた。
しばらくの沈黙の後。
「私たちの"隊長"の最後を、その死後まで、聞かせてくれた事は感謝します」
機士の女は混ざり合って混沌とした感情に、張り詰める喉から、最低限に礼を言い。
「―――ですが、わかりません、何故私にこれを届け物にと、こんな手間をかけてまで」
声を絞り出して疑問に問うた。
有力者の紹介状を携えてやってきたこの唐突な来訪者は、とてもじゃないが普通ではないものである。
(―――嗚呼、認めます。私は立ち直れなかった。今だってまた空を自在に駆けられるか、自信なんてない)
【折れた心:スランプ】
精神に余裕が戻ってきた為に、意地だけで稼働していた身体に、心に倦怠が襲い掛かる。
過去を覗いたという、それだけの相手に燻りはあるし、それ以上にこうなると予想されていたならば、己が情けなくて、死にたくなった。
彼女は騎士である。憧れの星を確かに持っていただけに、己に特に厳しく律するのである。
「僕が勝手に、無遠慮に暴いたものだけど、恩人の"心残り"って知ってから放っておけなくて、『約束』の話です」
しかし、カイトにとっては恩人の心の残りを、意味を見出して埋めに来ただけである。
機士の女の不調に事など、襲撃時に寝込んでいた彼に知る由はない。
実際それを目にしてから、その不調を意識に置いたのだから。
「うん、来てよかった。これは意味のある事だった」
彼女は騎士だ。冒険者の己が及ぶ所にはない強者のはずである。
そう、当たり前に認識して呑み込んで、それでも翳るならば。幸いにこの手に"鍵"は残っていた。
重要なのは、これが誰か取っての価値があるという事だけである。
カイトは機士の女が、時と共に立ち直れると信じ切っている。
生来の善性の肯定者の在り方、少しは歩み寄って、男がした様に背を押す事位はできるかもしれないと、適度な距離で記憶の在り方をその力を真摯に肯定する。
それがカイトという少年の在り方、認識して呑み込んで、その隣にある善性の肯定者である。
「えっとその、あの機巧『ガーリオン』、"いつか越えた時に譲り渡す"って約束、以前にしてましたよね」
「……ええ、まあ」
恥ずかしい記憶その言葉に、機士の女が頬を染める。
彼女には機巧を操る才能が有った。彼女は使命感に燃えていた。
故に挑んだ。軽薄そうに見えた己の上官となると言われた。煙草を吸う男に、己が優れていると。
【コンバットセンス】【クイックセット】【射撃姫:魔弾の射手】
手を変え、癖を変え、若さと才、熱く柔軟な心によって、教導にあった全てを取り込んで。
しかし。
『―――おぅ、軽いわひよっこ。技に捕らわれて基礎がまるで足らん。俺らは技巧の美しさを競ってんじゃねえんだぞ』
【機巧の呼吸】【重剣機:切り払い】【高機動適正(偽)】
それを男は、全て叩き伏せて封じて、堕とした。
最初に揺れる様に鋭く撫でる様な軌道に、次に弾丸を斬ってそのままの勢いの斬撃に一刀の元に、である。
次の日から走り込みの量が数倍に増え、その不満に膨れながら。
いつか泣かすと息巻いた。
思えばその時から、少し好きになっていたのかもしれない。
【クーデレ】【努力の才能】
その後も何度も挑んだ。自己主張が苦手で己を見て欲しいと、そんな目的を少し交えて勝負を挑み続けた。
少しずつ追いついて、途中で同機ではなく、愛機での本気が見たい。
己が越えればその愛機である『ガーリオン』を譲り受けると理由をつけて。
その重たい賭けの代替えに―――、
少しオチが付くのだが、そこまではカイトは知らない。知る前に情報逆流が途切れた。
「この鍵の"機巧"を手繰ってた人は、凄く貴方に期待してました。それが最後に心残りになる位には」
「………そう、ですか」
【鋼の声を聞く者】【メンター】
才なんて関係なく、単純に何度も挑み続けたその静かな闘志を、ひたむきな精神を買っていた。
それは完全に若人を見る目である。
並みはずれた質量、加速Gを乗り回す機巧乗りは過酷だ。
その年齢故に己の"成熟期"は既に過ぎて、故に後進に期待をかけていたのだ。
「割と本気にしてました。"機巧"を譲ることを、……僕が消し飛ばしてしまったから、"鍵"だけ、だけど。確かに渡しました」
"隊長"と呼ばれた男の人生は、鋼色で染められている。
自身の衰えを緩やかな下降線を意識しながら、ロートルは、このまま骨をうずめるそれも悪くない。
それはそれとして、彼は人生に満足しているのだった。人を率いる立場となっても変わらない。
地金を見る様に、その全員に鍛えれば光る物を見出していたのである。
その中でも騎士隊で一番
ひよっこ扱いだろうと、やはり特別な扱いをされていた。
「うん、凄い強い人でした。彼がいなければ『死神』は屠るどころか、この足は追い付かなかった」
『死神』を屠った事実は、己と仲間である事は心に譲らないが。
今、己が生きているのは間違えなくそのおかげで。
流星に、燕の軌道に機巧を手繰り、翻弄したその強さは身に染みていた。
「……ええ、そうです。私たちの星は強いのです。忘れ去られることもなく」
その言葉に渡された、その擦り減った鍵を握りしめて。
機士の女は初めて、少しだけ笑った。
例えていうなら、精神的な疾患に有効な治療は同情や励ましではない。"共感"であるという。
それは親しい間柄では痛々しい彼女に、目をやってしまうだろう。
共通して、その"鉄流星"を知るかつ外部の人間にしかできない。そんな対話である。
「少しだけ、楽になりました。ええ、私たち以外の誰かが覚えてくれるのも、それにあの人には言いたかった事はいっぱいあるのです」
自覚した未練がましい自分、私たちは戦士である。故にいつか別れはある。
覚悟はしていたと、現実に物分かりの良い振りをして。
結局のところ私は正面から耐えられるほど強くなかったと、自分の弱さ"受け入れる"。
「だから、ちゃんと吐き出さないと、私が受け入れられる形で、先に逝った彼に向き合える形で、です」
【その涙は■れずなお:折れた■はもう折れない】
受け入れてあふれ出す、涙を拭いながら。
己が弱くなった訳じゃなく、元から弱い部分があっただけの事である、と。
あぁ、逆に言えば騎士として彼女は己を律して、無理に動かせる芯を持った人間である。
「まずは寝ましょうよ。極限状況はやっぱり能率が落ちるよ?」
「……ええ、そうします」
とりあえずカイトは安心した。
その気迫にそれを買っていた、その感慨は傍から見て感じて理解できた。
『おーい、"お嬢"が休むってよ。風呂とハーブティ用意しろっ』
『おい―す、しばらく不眠不休で無理してたからなぁ、少し匂うし、折角の美貌は煤塗れで台無しだガッハハ」
「……っ?!だから"お嬢"って呼ぶな!」
【コンバットセンス】【柔らかな肢体】
そのガヤガヤ騒ぐ、整備のおっちゃん共に顔を赤らめて、手に持ったままの工具を群衆に投げ付けた。
羞恥心に心を配るだけの余裕ができたという事であり、その反応に揶揄っただけである。
「そんなに、匂う、です……?」
「あはは、さぁ?」
それに、カイトもつられて少し笑う。
機士の女とて、気のいい人達に囲まれていたのである。
「うーん、あの人たちにお茶入れさせたら、鉄とオイルの匂いになりそう」
【レンジャー:田舎育ち】
袖すり合うも他生の縁と、彼はその盛り上がるその外野に足を延ばして、手伝うことにした。
幸い彼には自炊の心得はあるのだから。
そんな喧騒が、男たち離れて。
「まったく、もう」
「……少しだけいいかしら。あたしは外野だけどさ、傍から見てわかる事はあるわ」
外野として、聞き役に徹していた重剣士のローズが声をかけた。
彼女は彼女として、機士の女の感情に共感を抱いている。
「好きだったんでしょ?その鍵を、"機巧"とやらを持ってたやつの事さ」
【アマゾネス】【束縛願望】
それは女として勘であり、興味であった。
彼女には自身の大切なモノが目の届かない所で消える事、それによって全てが噛み合わなくなったトラウマがある。
故に、"死ぬときは供に死ぬと"心に決めていた。だからか、その違う向き合い方に興味は引かれる。
「……私たちは死に向かいます。災いに抗いより多くの盾になって死ぬ事が役目なのです。だから、いずれは訪れた」
【駆動騎士】
それは共通する矜持である。
意地張り故に"スランプ"に陥ったのだが、騎士としての役割が彼女が芯であることも間違いではない。
「後悔がないって言ったらウソになります。襲った…げふんげふん、抱いてもらったのも一度きりです。もっと素直になってればもしやと、思うことだって」
「大人しそうな顔して何やってんの??」
なお、それがカイトが知らないオチである。
"機巧乗り"にとっての愛機という、重たい物の賭けの代替えに、彼女は己の身体を純潔を賭けて引き合いに出した。
それは堕ち、"生娘と遊ぶ気はねぇよと"冗談として笑って流された。
割と傷ついた。
その後の酒に酔った勢いで、賭けを履行しない彼を押し倒して、強制的に襲ったのだ。
その時には一人の"女として"見て欲しかった。それも彼女の確かな本心であったがゆえに。
「もともと、間違っても恋人面なんてできる様な関係ではないけど」
しかし、最後まで自分はひよっこ扱いだった。
「だから、いなくなった相手に向き合う事ができるというだけです。心臓に穴が開いたようです。指の先が髄から軋む様に悲しい、痛い、です。それを殉じて捧げます。例え、彼が見ていても恥ずかしくない様に」
「……ふーん」
【鋼鉄の信■】
機士の女にとって、"機巧"に向き合う事は、彼とのコミュニケーションの一つだった。
武技に先鋭化したこの世界にて、究極的には敵対者を屠る術でしかないそれは。
災害、理不尽に塗れて、故に真摯に、確かに熱を通わせるものである。
「男なんて勝手気ままなものです。しっかり手を掴まねば、後悔だけはない様に」
何がとは言わない。機士の女とてこんなことに足を付き合い足を運ぶ、その行為の意味女の勘で理解しているのだから。
そして。
確かに意味の確かにあった届け物は、次の歩みに繋がっていくのだった。