ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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疵跡【蜃気楼の侵略】

【高山都市:ドゥナ・ロリヤック】

 

 人魚の衣を脱ぎ捨てて、一瞬だけ石板の様な物体が見えた。

 それは美しく形取られたローレライ(人魚)の化粧には似合つかない。

 その姿見が出来損ないのステンドグラスの如く、不気味で無機質な石板である。

 

【偏光偏音板】【惑乱の波動】【浮遊】

 堕ちながら、重き衣を脱ぎ棄ててまた浮かび上がり、浮上する。

 そしてそれは人魚の亡骸の蜃気楼が紛れる。炎が塵じりに分かれて、広範囲に覆い尽くす。

 魔法の三色オーケストラ、それが嵐の様に揺らいで魔法の巻き立ち昇る光景を作り出していた。

【惑乱ノ蜃気楼】【無形ノ人形:化身解除】【超絶魔力】

 揺らぎ立ち上る鬼火と雷が迸る、それ自体に意味ある旋律が宿る。

 "数式を用いた侵略"を用いずとも、変わらず辺りを制圧する【超絶魔力】を発揮する。

 これを可能にするのは、"万能投影札"の性質である。この魔法自体をマナに投影しているのだ。

 一般的な決闘者が扱う"投影札"の分類、魔法現象を投影するカードの如く。

【領域作成:禍々シキ波】

 ただしそれは、領域作成の波をスクリーンに利用した永続現象である。

 

ブォン!!

 それは襲い掛かった敵対者、冒険者を取り囲んだのだ。

 "調律"による妨害が無ければ、町全体を覆い尽くして、十分な範囲を持ちうるものである。

 

【魔法剣Lv3:デリウランス】・『レールガン』【援護射撃】

 "蒼天"が風巻の槍の魔法剣を放ち、"騎士の女"の電磁螺旋の弾丸を撃ちこむ。

 モードチェンジ、機動性に優れた二人が離脱からの牽制が間に合った。

 

 しかし、それは一瞬、魔法の領域を揺るがすが、すぐに描き消えて元に戻ってしまう。

 

「ちぃ……!通りで動きが鈍い訳だ。"本体"が内部にいたとはな、"騎士の女"消えた位置は観測はできるか!?」

「少し待ってくださいっ、センサー周期切り替え同質のマナ反応…、ダメです本体を捉えられません!」

【ハイパーセンサー】【精神戦術:偵察】

 ここが空中の近接戦闘にて、翼を持たぬ小人にここまで抵抗を許した由来の一つである。

 元々、魔力で投影された衣…、"化身"を被ったキグルミ状態だったのだ。

 ローレライ(人魚)の姿見は、本体である石板の様なものを中心として、音に手繰っていた"投影獣"のようなものである。

 

 

【風水術:破壊(バースト)】【俺の歌を聞け】・【滅却師】(クインシー)・【精霊術Lv3】

 変わらずマナの人力の調律は、その旋律と押し広げる連鎖をもって侵食を押し留めて居る。

 それでも"禍々シキ波"の方が、マナに対する強制力は利がある。

【惑乱ノ蜃気楼】

 "蛇の様に"周囲に取り揺らぎ囲み空間に紋を描いて、醜いその石板の身体を隠しているのだった。

 それはその存在の異名を示すが如くである。

 この存在の能力(スペック)自体は上昇していない。この形態では物理攻撃は不可であり、圧倒的な機動性を誇った【惑乱の飛翔】は使用できない。

 

「―――いやな感じ、情報がガンガン錯綜して煩い。下がって、解析を待って、ぱぱ」

「そんな悠長な事、言ってられない。アレはゆっくり移動してる。ここで食い止めないとこの術師の出所に届く」

【円環精霊】【アナライズ】

 カイトは、大地に脚を踏みしめ、双剣を構えて対峙する。

 彼の目には干渉する数列・文字列は認識していた。"嵐"に飛び込むは無謀だ。それは分かっている

 しかし、飛び込まねば終わらない。

 魔法嵐の揺らぎは敵対者取り囲み、蠢いていて対象を逃がさない檻でもあるのだ。

 

「とにかく当たって考えるわ!邪魔だああああらぁあああ!!」

ブォン!!

【闘牙剣:スマッシュブロウ】【ウォークライ】【練気法:竜装帰】

 アマゾネス(蛮族)の女、大地に踏み込んだローズの闘気の大剣が轟き、打ち払おうとした。

 それは風を打ち払う剛剣である。仲間の魔術師から受けた精霊術による対流の残り香を纏い。

 最も仲間の中で、頑丈であると自負する彼女が先駆けを行い、形態変化の性質を見極めようとしたのである。

―――るるるぅ。

【蜃気楼ノ反撃】【超絶魔力】

 しかし、風巻きが伴った剛剣は呑み込まれて掻き消える。

 更にその攻撃に反応して、取り巻く蛇の鬼火と雷と一部が分かれて、彼女に襲い掛かった。

 その吐息は広範囲、一波であっても直撃すれば十分に物理的に焼き焦がれるだろう。

 

性質(マナ)に変わりはない、カバーに入るローズ!」

【二刀流】【魔法剣Lv2:爆竜双刃】【菩提樹の献身:生命燃焼】

斬ッ!

 その反撃の波を、旋律に活性する魔剣に、裏面に歩みを合わせて、刃振り払って駆け出し。

 その隙間に呼吸を合わせ"相棒"である、お互いに身を潜らせた。

 音を乗せる魔法は広範囲であり、局所的な出力はそこまでではない。

 真っ当には対峙できないその雷撃を、身体の発条性を伴った魔法剣に局所的に斬り裂いた。

 

【炎舞の刃】

 双剣ゆえの二重閃撃刃も併せて、その性質の先鋭化を利用して虫食いに払うに留まる。

 先から、身を焼かれながらもこれにてマナを意味付け、自身の身を辛うじて保ち、宙に舞っていたのだ。

 切り拓く確信、故に迷いなく振りぬき…。

 

 その旋律は容易く伝播した。

「………!?い、っぐァた?!」

【円環魔術】【蜃気楼ノ反撃】【偏光偏音板】=【惑乱ノ波長:絶対冷気(サイン)

 傷跡が切開される。

 元々先から発揮されている、"惑乱の蜃気楼"たるイニスがもつ高次の音を司る権能である。

 まるでセロテープを張り巡らせた偏向ガラスの様に、周囲の音を吸着分岐させて。

 一極端に分割、無音空間から、ある一定の音域にまで空間を満たし限定する。

 

 その波長に乗っていたのは、精神の情報の一部を司るマナ…。

 魂または、桜皇にて"ソウル"と言われる物を揺さぶる旋律である。

 更に敵対者の精神を焼いたのは、それを利用した複合音・合成言語である。

 騙り掛ける旋律"合成言語"の旋律の質が、機能を局所化し異なり洗練されている。

 

 

 過去の傷跡(サイン)を抉り立て"最悪の想像"を引き出す悪悦な波に乗る言葉。

 

「これは……、死、神の?!」

 錯覚にて凍る、周囲が停止し身体が動かなくなっていく。

 冒険者カイトが想起する傷跡(サイン)は、『死神』が誇った固有権能『凍結の櫃』である。

 力がなかったあの頃。一度、あの夜にまた一度その身に受けた疵跡。

 無力にて、滅びの現実をまざまざと見せつけられた記憶。

 冷気を伴わぬ虚属性による停止現象、その経験を錯覚にて想起させられる。

 

 勿論、対峙した『碑文八相』の設計された機能の原理など知る由もない。

 『碑文八相』の機能を理解しているのは、『黄昏の腕輪』であって、その担い手にはないのだから。

 三度目にしたそれの表面的な現象を、そのままに再現し芯をもって体感するのだ。

 

「くっ、そ……!」

『黄昏の腕輪:電制装甲(プロテクト)

 畏れに手反射で反応する、『死神』はこの現象を単独で用いた事はなかった、と。

 布石に見せ札にして、別の手段をもって確実に殺しに来るだろう。

 腕輪の機能、砲台のなりそこない。マナに投影した物理プロテクトを展開して、身構える。

 

 だが…。

「ちょっと、いきなり何やってんの、カイト!」

「……っ」 

 急に動きを止めて、閉じ込もった彼をローズは叱咤する。

 それは所詮錯覚である。傷跡を共有しない他人の目には無意味な行動としか映らない。

 

【蜃気楼ノ反撃】【惑乱ノ波長:鬼火乱舞】

【闘牙剣】【練気法:怪力・ドラゴンテイル】【カバームーブ】

 それをカバーする様に、ローズの歩みを止め、前に構えて動けない。

 追撃に薙がれる鬼火を大剣を振るい。

 そのフィジカルを活かして石畳を叩き割り、土煙を起こしながら防いだ。

 

 その衝撃と"相棒"の強い言葉に、多少現実に立ち返らされる。

「くそっ……!」

【菩提樹の加護:生命活性】【ダンシングヒーロー】

 

 戦場に立ち止まれば死ぬ。

 精神に刻まれたその言葉に理のままに肉体を活性化させ、軋む身体を動かそうとした。

 だが、空間固定まで交えた【プロテクト】の展開は取り回しが悪く、肉体は未だ錯覚に凍り付いたままだ。

 

 普段は呼吸を伴って、併せて制御しているオドの先鋭化が、制御を離れて暴走しかける。

 腑を暴れ焼く痛みを伴って…、それを奥歯に噛み動かして何とか稼働させた。

 

解析結果(アナライズ)…、周囲の属性値は"幻と空"に傾倒。"旋律"の法則性は不明、ただ触れれば響く。気を付けて」

「ああ。幻術の延長だっ、もっと具体的に精神を抉ってくる!!」

【アナライズ】

 地に剣を突き刺して、カイトは辺りを見回して、周囲の状況を把握しようとする。

【蜃気楼の反撃:傷跡想起(SIGN)

 蜃気楼に揺らぐ紋に斬りかかった者達は、その反撃の魔法を受けてそれぞれに、魔に身を焼かれまたは、それぞれの傷を暴かれ場に立ち竦んでいた。

 

 凍えていないのに肺は凍えて、呼吸として嫌な癪利上げを起こし、悲鳴を上げる。

 

「なるほど、ね。くっ、少し私も見えたわ…っ、私もジーク()の幻影がチラリと、受け流すだけでダメなんて。人の心を無遠慮にさ…っ!」

 ローズは歯を噛み締めて、震える手を誤魔化し、荒ぶるその蜃気楼を睨み付ける。

 彼らの"精神力"(MND)は割と高い…、それは意思による自身のソウル(オド)の統制能力である。

 ある種の人類超越者にとっては、またの名を"気合"とも呼ぶだろう。

 その制御は知識がなかった故に独学であり、彼、彼女等は基礎をただひたすら繰り返した。

 

 また斬り裂き、触れる。

 まるで肉体が硬く、突き刺さる殻に覆われていく様だ。

 

 故に、このソウルを揺さぶる、この波とは雑草の如くに相性は最悪という事はない。

 人が生きていくのにはこの世界は厳しすぎる。誰もが何かしらが、傷跡を抱えているだろう。

 それは暴き、抉り心に響く旋律を奏で上げるこれは、ある種、知性体にとって特効ともいうべき権能である。

 

【菩提樹の献身】

 呼吸を深く身体を熱に焼く、中心を意識して根を張る様に巡る"森"の独楽を回す。

「この程度で、―――止まるか!跳ぶ手を貸して!!」

【魔法剣】【精霊術:自己燃焼】【狂羅輪廻】

 燃え上がる。

 "凍結の枷"を、自身を焼き払いこれならば動けるだろうと、常識を元に自身を騙して納得させる。

 自身の愛剣を二刀の感触も頼りに、無理やりに肉体を稼働させた。

 

 カイトにとっては、一度は明確に打倒した"死の恐怖"である。死力を尽くせば届くと言い聞かせた。

【惑乱の蜃気楼】【浮遊】

 "本体の"石板は時折、姿を紛れさせまた現れる。

 まるで、こちらを挑発するが如くに時折、その姿を投影させて表しているが、それこそも幻影だ。

 射撃が透過する。この存在が姿を隠蔽する時間に、理論上の限界はない。

 

「無茶すんじゃないわよ!くっそ、殴れない相手は腹立つ!」

【闘牙剣】【打ち返し】【怪力】

跳躍っ。

 ローズはその意図を察して、大剣を掬う様に振るいたてて、"相棒"の歩みを上に巻き上げた。

 先から、こちらに放たれる魔法の類は頭上にとれば、勢いが鈍る事は観察していた。

 

(その性質は変わりない、か)

【魔法剣Lv2:虎輪刃】【精霊術:アプドゥ】

 青空を舞う慣性に身を任せて、飛ぶ魔法剣を投擲しながら反応を探る。

 

「リコ!敵の"本体"!あの石板の位置は、ここから探れない?!」

「ダメ、属性値の分布は均一、それに感覚器が鈍い。情報を得る為の触覚が足りないの」

【タッピングエア】【アナライズ】

 共生対象、内側に閉じこもる特異な術師である"儚紅の少女"に問いかけた。

 同時に高い視野から、広範囲を観察して。"本体"の位置を探れないかの試みでもである。

 しかし目視に手掛かりはなし、少女からも良い答えはない。

 

 それに焦れながら、着地に自身に迫る現と幻の攻撃に備えて、自身の身を燃やした。

 

【惑乱の蜃気楼】【円環魔術】【蜃気楼ノ反撃:絶対冷気(sign)

【二刀流】【蛍火】【精霊術:旋律感応】

指からの電磁の音をを鳴らし、宙に半円を斬撃を描く。

 "鬼火"と"轟雷"の混合たる雷波を轟かさせるそれを、一太刀目で収束せずに全力で切り払い。

 弐振りにて、精霊を纏う要領にて収束して余波を傘に、斬り裂き燻す。

 二・三と防げば、防ぎ方は少しは見える。意識をオドを統制する、幻・実を常識と痛みで上書きする。

 

「くそっ……」

『跳躍落花』(ジャンピングクラウド)【舞武】【精霊術:アプドゥ】

 しかしそれでも、焼かれ凍ろうと軋みあげる肉体を抱えて、魔具を頼りに地に着地する。

 指は焼けた。

 呼吸は不自然にしゃくりあげ、オドの暴走に腑が痛み、有効打はまだ見えない。

 

 それを惑乱の蜃気楼"本体"は、宙に迷彩技巧を凝らし微睡ながら漂っていた。

 マナ現象を投影してどんどん広がっていく、これから始まるは盛大な"悪夢"の開幕である。

 『モルナガ八相』が一柱、第二相である『惑乱の蜃気楼・イニス』。群衆の行き先を惑わし、誘導し、破滅の断崖たる崖に導く悪悦な"蜃気楼"として設計されている。

 制作者にとって、これを早くに撃破されることは考慮されていない。

 

 【惑乱の波長】を持って、民衆の放心させ【高揚の詩】を持ち、人の心を惑わす機能を持っている存在。

 都市を乗っ取り大きくなる、多くを破滅の崖へと導き大きくなる"波の拡げ手"であった。

 

 設計者の本来の想定通りに群れに群れて大きくなれば、これには多くの英雄が対峙するだろう。

 その"価値ある者達"(英雄)の一番大きな疵(トラウマ)を暴き立てて、蒐集するのが最終試練である。

 英雄の悲鳴は、それでも抗う旋律は製作者のとって■■に至る為の価値がある。

 故にその轟雷に鬼火は、物理的な破壊力と共に、人が生きる上の誰もが抱える最悪を奏でる音似て、刺激し切開する。

 

 しかしながらにして、それは追い詰められている。

 偶然、聖錬における英雄の代表とされる"戦姫"が、または"五傑"が遭遇した訳ではない。

 一度の手痛い出血に、ふざけんなと備えた者達の抗いに叩き落された。

 

『—――――――――』

【適応進化思考】【常世裂き咲く花】

 そのことに対して、エラーが溜まる。不条理だと八つ当たりめいた詩をかき鳴らす。

 死神と違い、この存在の稼働経験はまだ短い。

 故に演題の役割を逸脱する事はないが、それ故に解決できなければノイズを貯めるのだ。

 

 撤退の選択肢をとる事はない。

 

 微睡ながら歪む偽りの光景に、紛れている限りはそれは周囲を認識できない。

 それ程にまでに同化している為の隠密性、抗う者への自動的な反撃を行っているだけである。

 この存在は、音によるソナーなどの機能を持っていた。

 しかしとて、それを機能させては完全な隠蔽にならない為、封じている。

 

 仮に、広域全体を高度章級の大魔法、または別の手段にて吹き飛ばす者がいても。

【共振装甲】(プロテクト)

 石板である"本体"は感知し、高度な魔に対する耐性を発揮するだろう。

 その蜃気楼は勇気ある者こそを引きずり込む、心傷のアリジゴクの如くである。

 

 その合間に、剥離風の槍が空間を切り裂く。

「っぐ、ここまで追い詰めて足止めする事しかできんとはな…っ!」

【魔法剣Lv3】【ソードマスタリー】【風の担い手】【修羅道】

ばっさぁ。

 "蒼天"は少しずつ移動する偽りの光景を、その反撃が引き起こす現象を空から見ていた。

 そして、その反撃の接触から引き起こされる現象も観察していたのだ。

 

 "聖剣技"は放てない。元よりこれは生命力を、直結して命を削る技能だ。

 "海獄"にて空から墜落し、立ち返る為に劇薬にて無理やり肉体を矛盾に軋ませた為に、思う様に動けない。

 それに研ぎ澄まされ、日に何度も聖剣技を連発する様な人類は、それこそ国の武貴たる選抜血統が精々である。

 

 しかし、"蒼天"にとって聖剣のみが道を切り開くものではない。

 今は人為的に巡る風を乗せて。

「風よ…集い邪悪を穿て、"デリウランス"!!」

 これは総力戦である。破戒の旋律が途切れれば、一気にその現象は拡がるだろう。

 だから、彼はその懐に飛び込む接近ではなく己が剣の"魔法剣"による足止め、牽制に徹していた。

【風水術】【滅却師】【ピタゴラスイッチ】

 人力調律による"破戒"の法則は、主に風を媒体に乗ってその効果を連鎖させている。

 故に、一流水準の"風の魔法剣"をもって、その旋律を乗せて打ち込んで割り込ませているのだ。

 

 その行動はこの場で一番効率的な足止めを行えていると言えた。

(早くにしろよ…ッ!"騎士の女")

 更に彼には、希望につなぐ役目もある。 

 

 

 

 

 その割り込まれた蜃気楼の領域にて、届かぬ空を見上げていた男が一人。

「埒が明かねえなぁ、おい。またバケモンかよ」

『黒蜘蛛の鎧』【疑似魔法剣:溝を掘る(アンゾット)】【孤独者の矜持】

 黒鎧の男…、マーロー・ディアスが、剥離し領域を掘りぬいて吹き荒れる風に割り込む様に介入する。

 

【破損した経験:風の担い手】

 過去の破損した経験にて、風との歩み方を彼は知っていた。

 重鎧を纏いながら吹き荒れる様な風に、最低限身を押されながら踏み込んだのだ。

 

「おい、てめぇら!好き勝手盛り上がってるんじゃねえぞ!」

【ソードマスタリー】【暗黒剣】

 暗黒の剣が領域を切り裂き吸着し、蜃気楼を割り立つ。

 彼は現実的な人間だ。理不尽に不条理に、自分なりに決着し割り切れてしまう人間である。

 故にこの【魔王級】のバケモノなぞに、再び挑みかかる理由などない。

 

 貸し借りは己なりに清算した。そんな、ここに彼が踏み入れた理由は……。

「マ……ーロー、さん?!」

「退きやがれ、"機巧繰りの女"から伝言があった。ありったけの火薬ぶち込んで吹き飛ばすってな!!」

 彼が挑むのは、あくまで自身の為である。

 己と組める信頼に値する冒険者は喪うには惜しく、何より一人で生き残るのは恥以外の何物でもないのだから。

 

 何より街は亡ぶだろう脅威に、勝機は確かにあると試算している。

 

【暗黒剣:残依】【魔法剣】【孤独者の矜持】

 黒鎧の男はその一言だけ告げて、自身の特性故を集団行動に離れ単独で剣を振るう。

 闇と水の混合属性。暗黒の瘴気を身に纏って遊撃とするのだ。

 魔力を吸着する性質を持ったその霧に、鉄の剣にて纏いあげて、魔法剣の溝を掘り上げて跡を残す。

 消えにくいそれは、確かにこの空間での目印となるのだ。

 

「退くったてどこにさ!何処もかしこも幻だらけ、ちぃ!ほんとに鬱陶しいわね」

「ギルドが目印だとよ。足搔けよ死にたくなけりゃな!!」

 状況は混乱している、抗っていた者達もそれぞれに後退し始めていた。

 しかし、傷跡を抉られ心を乱された人間の中には動けない者達もいた。これでは全て逃げる事は無理である。

 

「それじゃダメだ。一瞬この辺りを焼き尽くしても、それだけじゃ…」

【魔法剣】・【闘牙剣】

 "相棒"と剣を重ね合わせて払う。この、"蜃気楼"の及ぶ範囲は広範囲である。

 闇雲に火薬に吹き飛ばした所で、"本体"を巻き込まれる保証もない。

 しかもこれは"超再生"を誇るような、理不尽である。掻き消してその一瞬で仕留められる余力も怪しい。

 仮に、継続的に環境を制圧しようとも、この場所に都合よく多量の油などないのだから。

 

 幻音が響く。癪りあげ、不自然に痙攣する喉から、無理に呼吸し吐血する。

【ダンシングヒーロー】

 それでも彼は歩みを止めない。

 

「明確に捉えて、叩き込むしかない」

 黒鎧の彼の参戦で、カイトは決断した。

「お願い。手を貸してリコ、"感覚器"が足りないって言った。なら……」

【狂羅輪廻】

 その絶望的な推測をもって、カイトは賭けに出る。

 本来なら、毒沼に自ら進んで突き進むような無謀な選択肢である。

 狂気による戦いの淵に降り立った者、敵対者にとって最悪の選択を選び続けるのだ。

 

「―――僕が受け皿を作る。探知、お願い」

『黄昏の腕輪:電子装甲(プロテクト)

ブォン、ジャキジャキジャキ……!!

 その言葉と共に、空間に電磁が編みかけられマナの障壁が連続的に展開される。

 それは砲台のなりそこない。

 "禍々しき波"を利用して永続的に続き、仮想の巨大な花弁の如く防壁帯を作り出すのである。

 

 これは"設計者"が本来想定した『黄昏の腕輪』の……、普段は仮初の足場として利用している。

 誰かに仕組まれた元々想定された"禍々しき波"に対する、"無限装甲"としての機能である。

 ただこれは、装甲としての機能などではなく、面積広く"振動、旋律"を拾う為のアンテナでしかない。

 魔具の機能。高度な電子設計により、疑似物質化したそれは確かに花弁を音を受け取り震わした。

 

「―――ッ――――――ガぁ」―――

 嗚咽が痙攣し、その胚が空気を全て吐きだしてなお萎む。声にならない叫びを上げた。

 全力で肉体を燃やしても、自身を騙し納得させられない程に、疵跡から膿を抉られるのだ。

 

 自身の延長の、震わせる体積を増やすという事は。

 単純に『惑乱の蜃気楼』たる影響さえ比例して、大きく受けるのが自明の理である。

 伝播する。身体に伝わっている、疵跡(SIGN)を響き抉る悪意の旋律が。

 

 響き渡る。

 

【惑乱の蜃気楼】【惑乱の波動】【SIGN:絶対冷気】

 回帰する。自身の足掻きの根源である傷跡にて、自身が最も無力であった"滅びの夜"の悪夢に堕ちんとする。

 そう、これの影響を深く受けた者は眠りに落ちて。

 魂を砕かれ、衰弱して二度と目を覚まさないのが、これが導く最後の奈落の崖だ。

 現在のこの"高山都市"には長くの襲撃により、他にも、これに侵されている人間は多々いるのである。

 

【状態異常:崩壊】

 悪夢だ、そのままではなく心に刻まれた傷跡は、人種が持ちうる武器である最悪を考える想像力のまま。

 更に残酷な幻実として、強固な精神力を持つ彼とて容易く壊すだろう。

 

ぴとっ…。

「―――大丈夫、何も、貴方の最悪はここにはない。私が支えるから」

【電脳精霊】【タッピングエア:電子魔術】

 先まで、カイトに憑依していたこの儚紅の少女がいなければ、だが。

 彼女の存在は未だ脆い。

 魂を護る為の肉(フィルター)を持たない精人であると同時に、元が幽霊の位階の世界にしがみ付くシミである。

 

 辺りを覆い尽くす波に、直接悪影響を受ける。

 故に、彼女はサポートに徹し、憑依先のカイトの肉体の内に引き籠っていたのだ。

 

「気を強く保って」

【憑依具:調律】【常世裂き咲く花】

 頼まれた、願われた。久しぶりそれに高揚する。うれしい事だ。

 皆が足搔いた。生きる為に自身の保身、生の天秤を乗せて、無茶をするべきだと傾いた。

 自分の事だけを考えれば、憑依先の精神が壊れようと、むしろ傀儡として、都合のいい事かもしれない。

 

 そんな事を片隅で考えて、なお唾棄する。

(私の居場所、私の温もり。"また"撫でてもらいたい)

【円環精霊:過演算(マルチタスク)】【アナライズ】

 少女は、浮かび上がりながら、艶やかに空に手を走らせて、電子の命令文が奔る。

 自身の演算能力を過稼働させて同時並行して、憑依肉体の"調律"と共に周囲空間の"解析"を行う。

 繰り返した死に打算的に生きたいと願っても、どうしても彼女は"人好き"をやめられないのだから。

 

 果たしてそれは、カイトの思惑通りにアンテナの機能を活かして、波を振動自体の斑を写し取る。

 その周波の濃い発信源を、音である限り逃れられない、その中心を辿り辿り辿り……。

 

「い、た…そこ」

 存在の受肉が、情報強度がノイズに薄くなる。

 それでも確かに、突き留めて指をさした先の色が微かに色づく。

 

『―――ルルルル』

『黄昏の碑文』【惑乱の蜃気楼】【適応進化思考】

 それはこの第二相『イニス』は感知する、元より"儚紅の少女"の性能の方が、圧倒的に性能不足だ。

 プロトタイプとはいえ、これらに比類するまでに存在を保管するには、断片(フラグメント)が足りない。

 隠蔽を据えてて、強固に多重に電子障壁を展開した。

 

 しかしそれを目印に、竜装を纏いし女戦士が奔る。

『俊敏鋭爪(ダッシュブーツ)』【闘牙剣:オーバードライブ】【竜装帰:ドラゴンテイル】

「無茶ばかり、あとは任せなさい!姿さえ見えれば、どっ死ねえええええええ!!」

 竜の尾に跳ね上がり闘牙の剣の過稼働、聖剣技の基礎と呼ばれる一つの技『クライムハザード』。

 闘牙の噴出による荒々しい破砕の技巧であり、【乱命割殺打】に至る基礎。

 発展すれば"蒼天"が誇る【不動無明剣】とは、また違った()なる剣を体現するだろう。

 

【共振装甲:破砕】

 闘牙の噴出が、重力を纏って落下しフィールドごと不格好の石板たる"本体"を斬り裂いた。

【円環魔術:超再生】

 しかし、それは【魔王級】まだ尽きない。

 あの夜の"死神"と同じく、その芯に折らぬ限り、周囲の環境を利用する限りに無限に再生するだろう。

 

【円環魔術】【蜃気楼ノ反撃】【偏光偏音板】

 女戦士は、共振装甲の破損し、解放された波長に吹き飛ばされる。

 距離はない。無詠唱、音に拡散してさせる為に収束を甘くしていた四章級魔法の煌めきが光る。

 それを拡散する余地ない、至近に撃ち放つだろう。

 

「ええそう!それ位で死なないでしょうねぇ!!」

【剛剣技】【打ち返し:リバウンド】

 それとて、承知の内だった。ここで後退すれば、これは再び紛れかねない。

 そんな事は許さない。人の心に踏み入って、更に今も自身の大事な者達を傷つけている。

【生命活性:憤怒】 

 離された距離を大剣の構えを流れる様に踏み込む。

 ただ彼女は憤怒のままに切り替えしの構えを、身を焼かれようと、打ち上げて砕こうと……。

 

 その横合いを、電磁の弾丸が撃ち込まれ、浚った。

「―――ええ、よくやってくれました冒険者達。呼吸を吹き込み想定は柔軟に」

『レールガン』【援護射撃】【射撃姫】

 突撃。自身が信奉する"教え"を反芻して、その機先の横槍を制する。

 機巧(ギア)に呼吸を吹き入れる意味はまだ分からずとも。

 記憶に焼き付いた軌道を再現しようと、操縦桿に細かく握り込んだ。

 

「ただ、撃ち抜くときは、ただ直線にですっ!」

【継承・緊急起動】【コンバットセンス】【鋼の信仰者】

 フィールドに"機巧"を叩きつけ、小人を巻き込まぬ様に衝撃に押し出し。

ガッシャン!!

 一度帰投し装填補充したありったけの火薬こと、

 満載したミサイルを装甲版にて展開し、撃ち放った。

 

 花火があがる、文明の火だ。

 石板を震わせて能力を発揮するそれの影響が、暴力の火の振動にて一時的に相殺する。

【浮遊】【禍々シキ波:忘却轟雷】【禍々シキ波】

 変わらず、その存在から放たれる粒子の波は、機巧の駆動を阻害し邪魔にかける。

 単純な曲線に脚パーツに仕込まれたスラスターを小刻みに吹かし、タップに駆動に舞い動く。

【タップウォーク】

 至近、拡散しない魔法。

 幾度も巻き込まれて、モノにした機動。ローリング、距離移動に背後に回った。

 

(全て、供に吹き飛ばす覚悟を決めなければ…っ、そう思っていましたが)

 慣性に軋みあげながら、"騎士の女"は回想する。

 彼女が思い描いた道は、カイトが推測した結論の一歩先に合った。

 機巧(ギア)の搭載された【ハイパーセンサー】によって、この幻術の源が旋律、音にある事は把握している。

 多量の火薬の炸裂によって、瞬間的でも奏でられる音を相殺、いや上書きして。

 

 燻りだした敵対象に、かつての"鋼の流星"を模倣するが如く、肉薄し最大火力を叩き込む為に。

 それが"騎士の女"が貫き、描こうとした道筋である。

 それは命を賭した最後の飛翔になろうとも、喪った"鋼の信仰者"である彼女にとっては何の躊躇もない。

 

 ともに離脱した"蒼天"とは話を通しており、同じく機動力を誇る彼に後詰を頼み、死力をもって砕く。

 彼の剥離の風の槍による牽制は、時間稼ぎ。準備を整える為でもあったのだ。

 

 しかし警告はしても、逃れられない者は大勢いることは想定していた。

 それでも供に焼き潰す、己の責任と役割に背負い握る。

 この敵対者を打ち砕く為に、犠牲を許容した。

 人類種は脆い、その選択により死ぬだろう。周囲の戦場ごと焼き払うを決めて…。

 

 しかし、それは現実とならなかった。

 

「……ええ、感謝しなければ、なりませんね」

 言葉を伝えて、なお離脱しない顔見知りに、ヤキモキしたものだが、

 "騎士の女”が役割として、"鋼の信仰"の名のもとに"無辜殺し"の重い十字架を背負う事はない。

 人間性を削ぎ落して、熱を枯らした汚れたオイル濡れの『鋼の信仰者』の成り果ての可能性はもうない。

 

 それは彼ら彼女らが、確かに掴んだ、幸運な結末だろう。

 

『黄昏の碑文』【適応進化思考】【円環魔術:超再生】

 砕かれたステンドグラスの一部を、高度な演算能力に再生しながら、指向を重ねる。

 それは設計された存在。意味を、意義を与えられたもの。

 この"高山都市"の精霊信仰という更に歪められた。祈りの情報の海を骨子にする存在である。

 

『—――我が、我が、われ、が―――』

 崇められる事は当然であるし、純粋に人の事を下等とし、役割を意義を至高とするロジックに根付く。

 自身の能力に翻弄される人類を、人の触覚に例えれば嘲り、嗤っていたかもしれない。

 美しき人魚(ローレライ)を纏っていた時に放っていた、人の言葉を模倣した意味のない音群は、着飾る装飾である。

 

石板は、弾丸に身を削られながら。

 その衣が形を崩された時には、人に例えて屈辱であった。

 蜃気楼に紛れ、疵跡を抉りだして、あぁ人に例えて満足していただろう。

 

『レールガン・マシンキャノン』【精神戦術:集中】【射撃姫】

 だが現在は、己の存在は追い詰められて身は砕かれ窮地にある。

 意味である意義である与えられた役割と力は、己と雑多な地を這う生き物を区別する物であるはずだった。

 "惑乱の蜃気楼"、"波の拡げ手"ある種、純粋な存在。その全く果たせてはいない己に……。

 

『―――我が、我である為に―――』

【蜃気楼の反撃】【共振装甲】【超絶魔力】=【最終コード:共振自壊】

 幻影の幕は全て切り離された。

 【魔王級】と呼ばれる程の、マナによる法則を純粋マナによりを破壊する超絶量の魔力。

 それを溜め込み自壊を選び、自身に振動係数に共鳴させる。

 膨らみすぎて破裂する風船の如く、諸共滅びんと周囲に破壊に巻き散らそうするのだ。

 

【常世裂き咲く花:自己証明(レゾンデトール)

 その『第二相・イニス』たるの唯一の選択、誰かに埋め込まれたエゴの断章。

 先駆けたる儚き少女が、歩いた道筋の残り香である。

 

「あ、ぁ、やっと、手が届く」

【菩提樹の献身】【狂羅輪廻】

 しかし、そのある種超越の化け物とて、生まれたばかりの"承認欲求"の発露を許すほどに。

 誰にとっても、この世界は甘くない。

 

【紋章砲】(データドレイン)

 途切れた旋律に、儚紅の少女の支え、常に巡り続ける槍使いの女の施術の加護。

 己の最悪の悪夢を抉り開いた"侵略者"に対する殺意に立ち返った『腕輪の担い手』がその手を向ける。

「喚き散らして、させるもんか。無念に、死ね」

 美しく咲き誇る幾何学的な六輪の花からなる砲台。

 クールタイムに巡り、再装填は既に終えたその吐息にて散らす時である。

 

 『碑文八相』が一柱、『第二相・惑乱の蜃気楼』たるは"石板"それを認識して……。

 

『―――るるる―――』

 何を籠めたかもわからない、吐息を漏らした。

 閃光。

 粒子の奔流に消えていく。

 

「やった…の?」

 実感の伴わぬ疑問の声。

 やっと、やっとの事で"高山都市"に静寂が戻る。

 


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