ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】 作:きちきちきち
『タ■■ロス』
場所は変わり、廃墟のようなみっちりとごみと、廃棄物を詰めたような暗夜の中である。
その中で佇む怪しい女がいた。
大きなバイザーが特徴的な白装束の魔術師。
突然介入した謎の女"ヘルバ"と名乗った女が、波乱の『高山都市』の様子を遠方から眺めている。
「ふむ……」
【闇の女王】【魔術師Lv■】【袖幕の暗躍者】
カタカタカタ…っ。
呟いて、廃棄物で組み上げた歪な機械に、指を走らせ術式を組み立てていく。
機械的なバイザーに隠された、その抱いた感情、表情は読み取れない。
「観測データは断続的だけど、領域作成、過負荷のノイズは晴れている。『碑文八相』が第二相…、"惑乱の蜃気楼・イニス"も討たれたみたいね」
廃棄物から組み立て、自身で設計した"精霊"に指示を送って、状況を分析する。
【ホログラフ:不発】
【機巧知識】【電子魔術】【妖精術?】
だから、直接的な手段で自身で操作した"精虫"で観測を行っていた。
彼等が遺跡調査で遭遇した"クラゲもどき"と似た、魔道具を核とした組成を持つ使い魔である。
それを用いて、鈍い感覚ながら状況を解析する。
「『死の恐怖』"スケィス"が討たれて一月程度、早いわね…。やはり稼働経験が足りない。『碑文八相』が己たる
【アナライズ】【袖幕の暗躍者】
せめて、最後に"自己顕著欲"と呼べる物を得た様だが、それでは存在の変性に十分ではなかった。
女の目論見、つながった系統樹の並列化を断ち、
その為に、廃棄された
最終たる『再誕』の稼働。
―――【電■の愛娘】【理想の■神】、『ア■■ーラ』の誕生を不全に足りない。
その誕生は、彼女にとってはどうしても認めることができない。
「ええ、全く思い通りにいかないものね。【死の恐怖】"スケィス"の時とは違って、"還元機能"は生きたままだわ」
白装束の魔術師、"ヘルバ"は手先を顎に添えて考え込み、物憂げに呟やいた。
今の彼女は並列して、自身の思惑を進めているのである。
当初の通りに、高次の感覚を収集する『碑文八相』の
演幕の未熟な"腕輪の担い手"を頼みに、真っ当に演目を進めて、その途中で全てを崩す思惑。
その二つの思索を。
そもそも、その毒花は『碑文八相』設計に、すでに親和性の高い遺物として組み込み、止められないともいう。
【電子魔術】【隠者の英知】
今回用いられた領域作成、【禍々しき波】に対する
それとなく、設計してギルド職員の一人を操り手渡したのは、この白衣の魔術師である。
それが"白髪の男"に勘づかれない程度のギリギリの助力だった。
「賽は投げられた。もう成る様に成れ。我は我故に考える、目的に対する連続する思索こそ我が証明、ええ、楽しい時間だわ」
【闇の女王】【探求家】【純粋理性】
繊細な指をあて、ククと笑う。
なお、白衣の魔術師は予想外の事ばかりが起きると、この状況を少し愉しくなっている。
骨子に持つ探求心、純粋理性と呼ばれる、由来を異なる特殊な人格形成経歴。
彼女は成り立ちから、行動までも割と"人でなし"の類である。
杖を振るい、探知精霊の写す範囲を精査して……。
「『再誕』の稼働まで、5つの欠片、そして試練。猶予はまだある…、さてどう手を打った者かし……ら?」
【アナライズ】
そして、それを見つけてしまう。
深紅の衣、白髪に赤毛のメッシュが特徴的な華奢な儚き幼な子。
【儚紅の少女】、【円環精霊】リコリスである。
「なん、で。再構築?"あの男"と私以外に現存する、これを理解できる程の
ヘルバ自身が収集した廃棄物の一つ、良く知る物である。
それがこうして形を保って存在するのが在り得ない事であるのは、彼女が一番理解している。
方法論として絵空図として"、己"が廃棄しようと試み触れた。初めての予想外たる子の物語だった。
―――本来、咲くはずのなかった蕾が、自己の色に花咲いた。
今よりずっと機械的でありながら、それを初めて知覚した時の感動は覚えている。
【憑依具:絆の双刃】【Fate.cyl】【イレギュラー】
彼女は"イレギュラー"、誰にも予定されなき者である。
あの男は至高であらんが為に、その為の方法論は廃棄した。
そのちりじりに残った欠片を拾ったとて、こうして形を取り戻すは、いかなる奇跡が働いたというのだろうか。
覗き見た"ヘルバ"と名乗る女は、しばらく絶句して動けない。
ああ、自身の動機にそれは関わるものである。
暗闇に紛れて廃棄物の山たる時間は止まり、また暗闇に暮れていくのである。
視点が、場所は変わり。
【高山都市:ドゥナ・ロリヤック】
再び、街の象徴である"精霊風車"が厳かに、緩やかに回り始める。
その被害は、魔法の旋律を乗せて焼き払う魔法と共に。
拡散され続けた様々な異形の波長に、精神を疾患を受けた者が多くあった。
【惑乱の蜃気楼:放心・崩壊】
戦う者も、戦わぬ者も関係がなく、無差別にばら撒かれてその淵の崖に堕ちた者は、精神を踏みにじられた。
"都市堕とし"としての無差別な蹂躙は、確かに軍勢を相手にしても通用する物である。
むしろ、四年ごとに巻き起こる『大襲撃』に聖錬中を蹂躙する『十罰』の性能に近しいものである。
"恐慌"は伝播する、"集団"に感染する。
"音"は馴染む、"旋律"は反復して刻まれる。
それが連鎖すれば、高山都市を襲撃した
放心した対象に、信仰対象として魅了して、軍団を形成する事も供に可能であった。
意志を固めた、因縁を持つ者達が殴りかかったのも、この存在にとっては不幸だっただろう。
【蒼天の翼】【迎撃態勢:怨敵覚悟】・
機動力の初期迎撃が、対応が早く、大空という演題で派手にやり合いすぎたのである。
誰もが抗う者の姿を見た。
不意や未知が恐怖を彩る、一番のスパイスだというのにである。
恐怖を伝線する
先に、この『高山都市』を襲撃し猛威を振るった『死神』の存在を存分に恨むといいだろう。
『碑文八相』・『惑乱の蜃気楼イニス』、辺りを制圧し波に周囲を打ち鳴らした侵略者。
幾何学粒子の奔流に貫通し分解され、呆気なく溶け消えていき、街に静寂と正常な風が戻って来る。
互いに持つその吐息の前には、欠片も躯すらも残らない、一時の幻・悪夢の様に消え去った。
「―――は、え、死んだ……終わった、のか?」
誰かが呟く。
その【魔王級】と呼ばれた存在の終幕は、誰かがそう呟く程に、本当に呆気ないものであった。
魔具とは言え、むしろ魔具だからこそ。
美しさを纏った幾何学の交光線は、弩級の兵器として、ある種の視線を引き寄せていた。
理不尽を塗りつぶす理不尽は、また違った畏怖を引き寄せているものだ。
その傍目に、気にかける余裕もなく。
「……ぜぇがっ、ふぅ」
対峙した戦士の一人、双剣士のカイトは気が抜けて、膝をついた。
普段は常に欠かさぬ、呼吸法、練気による自身をほぐす残心の余裕もない。
(あの粗雑な形に、似合わない、なんて結合の強さ……、気持ち悪い)
その程に強大な情報を分解し、また吸収したのだと、"腕輪の担い手"たる感覚にて理解する。
『黄昏の腕輪:侵食』
彼の損傷は自身で焼き潰した全身火傷、矛盾した幻実乗って螺子れ、なお稼働した内腑の痙攣損壊。
凍えた喉の捻じれ焦れ、血に染まっている。
特性上、広範囲に拡散していたとはいえ、"四章級"魔法を斬り破った腕に指は、しばらく使い物にならない程度には壊れている。
そして何より、真面に最悪を想起する旋律を受けた
"あの夜"…、『死神』との交戦に比べて、ましではあるが総じて病院送りの損傷だろう。
しかし自身の仇、連なる系統樹『碑文八相』は屠った。この近くに"侵略者"の気配はどこにもない。
『黄昏の腕輪:
カイトの目は
"目"に映る様に走る、電子世界に対する第六感、その文字列はもうない。
滅びの記憶を木霊させて、喚きたてる様に、騙り掛ける様に周囲に溢れていた電磁の言葉とノイズが弱くなっていた。
「あは、……ははははは、ゲホ、ざまあみろ」
【狂羅輪廻】
霞み、荒れ果てた声色で嗤う。
"死神"と対峙した時と同じく、大きく感情は動かない清々するのみだ。
これで不意にすべてが喪われることはない。誰かが災害の理不尽に滅び絶える事はない。
憎々しく、存在自体を許容できない仇敵はいない。
畏れに寄り殺意により突き動かされる彼にとっては、何よりも気が晴れる事である。
更にふらついて、その瞳が虚ろに。
眩む眩む、揺さぶられ続けた魂が急に解放された落差に、肉体の悲鳴に狂い酔って。
手放さない、双手の愛剣の重量にふらふらと揺れる。そして。
……バタン。
そのまま静かに、糸の切れた人形の様に地面に倒れ込んだ。
意識が白黒に、音が遠くなっていく、生命の反応自体が微弱になっていく。
彼一人の自力では、このまま目覚めない事すらあり得るだろう。
衰弱と共に、支えとした、狂気の輪廻に植え付いた目的を"一時とはいえ"喪っているのだから。
―――それに浮かび上がる"儚紅の少女"が、手を添えて。
「お疲れ様、ぱぱ」
『黄昏の腕輪』【憑依具:蛍火】
華奢な手で心の像を叩いて。
ほぼ半身と呼ぶべき、自身の憑依先のオドを揺さぶり、弱らぬ様に動かしながら。
「
【電脳精霊】【フェイト】
その小さな掌に一輪の花、自身を形どって撫でる。
彼女の散逸した一欠けら、おそらく自身の本物の構成ではない。写し取られた
精霊の中でも特殊な情報生命体『電脳精霊』、自身は一度、確かに死んでいるのだから。
計算だけで計り知れない世界の中で、それだけは確かな真実である。
【常世裂き咲く花:二片】
それでも、彼女を構成する情報強度の質は目に見えて上がった。
形採ったマナに意味が強く宿ると言えばよいか、編み込まれた密度が濃い。
これが彼女にとっての、断章を回収する意味である。
【化身:■ライア】
このまま彼女が完成に近づけば、意味宿る情報生命体として。
極めて強度の高いマナへの強制力を獲得するだろう。
それこそ、現在の己を繋ぎとめる揺り籠、憑依先を必要としない程にである。
まるで意図があるかの如く、この【魔王級】というド級の侵略者に自身の欠片が縫い込まれている事に。
彼女にとって、疑問が無い訳ではない。
(推定。おそらく、単語だけは覚えがある、『碑文八相』、襲ってくるそれらは自身に連なる類似存在……〕
不要と廃棄されたはずの己が、何故という疑問があるが。
「……きっと、見てる。私を識っている誰かが」
【タッピングエア】【アナライズ:不作動】
それだけは断言で来た、"儚紅の少女"をあえてそれを探らない。
それはもしかしたら、顔しか知らぬ、自身の
だからこそ目を逸らす、彼女はただ生きたいだけである。
自身を縛る運命に向き合う、その意志も覚悟も彼女にはまだないのだから。
【憑依具】
あぁ、きっと誰かが見ている。居心地が悪い。
"儚紅の少女"は、憑依先の肉体の殻に、その身を同化させて形だけでも隠れた。
「―――私は、ただ生きたい、だけ」
その運命に耳を塞ぎ、目を塞ぐ。"被創造物"にとって、"創造主"というのは大きな存在である。
その陰に束縛されて、何になりたいか、何処に行きたいか。定める事は儚紅の少女にはまだできない。
ただ狭い狭い、自身の猫の額の如く居場所の陽だまりに今はただ惑う。
―――"儚紅の少女"が思いめぐらすその傍で。
女戦士が前方から駆け寄り、息を切らせながら、大剣を突き立てる。
【竜装帰:解除】
練気による竜装を解除した彼女も、皮膚の火傷が目立ち。
最悪を想起させる"旋律"にオドが暴れたか、一部に歪んで接合して鱗が刺さった如く傷跡に残っていた。
おそらく内腑にも損傷があるだろう。
「ちょっと、カイト大丈夫…な、訳ないから、すぐ病院叩き込まないと何処か"癒し手"えぇえええ!!」
「落ち着け、騒いだところで状況は変わらねえ、"槍使いの女"はどこにいるんだ。それが一番手早いだろうよ」
がくがくがくと。
倒れた、双剣士の少年に"相棒"である女戦士が掴み身体を揺らして、呼びかける。
黒鎧の男が腕汲みしながら、それを諫めた。
しかし、この"高山都市"は混乱と荒廃の最中である。基本的にその声に答える余裕も、余地もない。
とにかく、自身等でどうにかしないといけないだろう。
「あぁ、全く無理をするものだ。私が見る、どいてくれ」
「ふーっよかった、よーやく終わったんだねー。本当に連続してあんなのは勘弁してほしいよーもう!」
【理性蒸発】・【九十九巫女】
"白衣の術師"と"槍使いの女"、崩れかけた構造物の中より、肩を貸されて歩いて来る。
大事な物を全て投げ出して、己の仇に猛進するまでに、彼の理性は侵食されていない。
青空舞う初期迎撃の最中、カイトは合流した仲間に、重症を負った彼女を託して前線に出張っていた。
(不甲斐ない……。術に祈ることがこんなに辛いか、勝ったとはいえ全く君は無理ばかりを)
【九十九巫女】【陰陽術Lv2】【オファリンク:疑似憑霊術】
ガルデニアは歯噛んだ。その胸を締め付けられる。
己の因縁に巻き込み、怪我を負い肝心な時に、術に祈りを乗せる事しかできなかった。
この【オファリンク】という施術は、元九十九巫女の"秘術"を基礎として。
生体反応をノイズとして引き出してしまう彼女の体質故に、術式の維持が不得手を。
それを『高山都市』の遺伝文化・技術である学んだ。オド放出・定着の練り込む基礎の"呪印術"を組み込んで。
やっと実用に至った"術理"だ。
つまり、積み上げて磨き上げた自身の"武威"と違い、確固たる信頼を託したものではないのである。
それでもある種、ガルデニアはローズと違い、カイトの"強さ"を信じている。
この双剣士は既に彼女の隣を舞うに十分な剣技を持っていた、だから、根を張る術に背中を押したのだ。
成長を供に歩いて、それが好いた理由の一つであるのだから。
しかし、実際にこうして倒れた姿を見れば、こうも心が乱されると。
「
【固有術・森】【医療知識】
その金絹の髪を捲り上げ、変わらず負った負傷を庇いながら、倒れ込んだカイトに歩み寄り手を当てた。
生体反応を引き出すオド特性に、生体磁気を反響させながら状態を探っていく。
解れを溶かす、淀みを正す。生脈を命脈のまま強く反響させ、治癒力を活性させていった。
その結果は……。
「………ん。呼吸は少し薄弱だが、身体に遺物もない、少なくとも命に別状はないさ」
「よかったわ。とりあえずは問題ないのね。もーっ全く心配ばかりさせてさ!」
カイトの損傷の割合は肉体よりも精神が、乱されたオドに直結する魂の比重が大きい。
それも早期に"調律"にてオドを揺らしたおかげで、そのソウルは再起は十分に可能である。
変わらず、件の彼は眠っている。
若葉の様な緑の髪、顔を覗き込んで、安堵の溜息をついた。
「次は君の番だ、少し大人しくしてくれ」
「いいけどさ、行使て近づくと、なんか先輩?カイトの匂いが少ししな―――」
【練気法:風詠み】
そんな"女戦士"ローズのそんな何気ない疑問に割り込む様に。
―――キィ!!シュウウウン…。
彼等の元に風を、土埃巻き上げながら空から"機巧"が、ゆっくり逆噴射をしながら墜落する。
電源が落ち各部五肢が、糸切れた人形の様に崩れ落ちる。
火器の使用・機動戦供に過稼働である。各関節に焦げ臭い火薬のオイルの匂いが辺りに主張していた。
【機巧知識LV2】【継承・緊急機動】
その
既に焼き付いたそれを、辛うじて軟着陸させるのは彼女の操縦技法である。
「ハァ……全く、各部異常、アラートが鳴りやみませんか。よく、頑張ってくれたというべきですね」
そして放熱したその搭乗した胸部のコクピットから、汗に蒼髪を張りつかせた女が這い出てきた。
『リオン・改』【コンバットセンス】【柔らかな肢体】
マニュピレータがなく、量産性と引き換えの単純な構造故に、この機巧は極端に屈む事はできない。
そのままの勢いで、数メートルの高さより、女は猫の様な着地で降り立つのだった。
「おーっす、
「……ええ、そうですね。冒険者、私も死ぬのはまだ早かったようです」
ローズが、気軽な様子に以前に知った顔である"騎士の女"に声をかける。
「ふむ、先に交戦していた双剣士は……?随分と衰弱してる様ですが」
「とにかく命には別条ないってさ、本当に無茶ばかりするんだから」
【クーデレ】
"騎士の女"はバツの悪そうに、多少目を背け、在野の冒険者の快活な声に応える。
元々、気質が異なる上に、先に勝利の為に万一に、供に吹き飛ばすと覚悟した相手である。
その罪悪感はある、元が自身に厳しい実直な気質である。
そんな、騎士の女の機敏など知る由はなく。
「そういえばさっきは助かったわ。もっぱつ思いっきり闘牙ぶち込めたか怪しいしね、あんがと、ほらそんなぶすっとした顔しないで手を出して!」
「へ?ええ」
勢いと笑顔に押されて、流されるに手の平を出して…。
「勝ったんだからさ、少しは嬉しそうな顔しなさいよ。ほら、勝利のハイタッチ!!」
―――パーン!
困惑の表情に互いの手の平を叩いて、手拍の音を響かせる。
騎士の女はその予想外のアクションに、その目を白黒させて少し呆然として。
【ムードメーカー】
そのこわばった表情を少し緩ませた。
ローズが持つ生来の気質である、場を牽引する様な快活な魅力である。
「知り合いなの?
「えっと、その、あの」
【レアハンター】【理性蒸発】
帽子の耳をぶんぶんと振り回して。
瞳を輝かせる屈指の珍しいもの好き、"白耳の術師"ミストラルが更に強烈な熱量で絡んだ。
その太陽の如き熱量の"騎士の女"は好奇心と反応に、 少し頬を染めながら、とにかく困惑する。
大概にして、"双剣士"カイトの冒険者の仲間も強烈な個性を、熱量を持っているのである。
「……はぁ、冒険者は皆こんな前向きなのですかね。今の状況です。嘆く時間ももったいありません、か」
そう"騎士の女"は小声で総括する。
彼女にとっての内心の蟠りが、冒険者の僻意と共に錆びが少し拭われていく。
生真面目というべき、自身の厳しく律する彼女は感情表現が苦手で、貯め込みがちである為。
こういった誰かの熱は確かに、心の螺子を緩めるに有効なものだった。
「こほん…、話を戻しましょう。二度目にしましたが、凄まじい物です。報告では魔具由来の【紋章砲】という名称でしたか」
『黄昏の腕輪』、実用性を問わずに、その砲撃だけを評価しても戦術級である。
"聖錬"にて謳われる、戦略級騎士『戦姫』。その実、『竜具』と担い手を含めた評価である。
この時代に、北方南方、聖錬領域の守護の要と謳われる『四端』と呼ばれる存在が、その体現だろう。
その手にある『竜具』と呼ばれる武具、それに匹敵する魔具であり、脅威であるかもしれない。
「信頼できる高度な"癒し手"の手配はしましょう。恩があります。それと同時に調べさせて欲しいのです」
それは取引の提案であるだけ穏当なものである。
実態を知らなければ【魔王級】を一撃で屠り去った、それの殺傷力は、余りに危険に映るのだ。
魔具は魔具、力は力だ。由来不明の道は、使い手への信頼だけでは測れない。
「そりゃ、この状況で確かな"癒し手"の紹介は助かるけどさぁ、変なこと考えてないでしょうね。例えば『青の札』のクソッタレみたいに"実験動物"とかさ」
ローズが言う『青の札』とは、手段を選ばず、魔を扱う術を探求する七色の札の一つ。
液体や血、流れるものを操る技術、仙術などの類も融合して、発展させている"液体術"の体系の大家だ。
希少な"伝説に残る"竜人の末裔、蛮族"ローラント"。
マナスポットに育まれた頑強な特殊体質を持つ山育ちには、度々と不穏な手を出された怨敵である。
「勿論、彼は、信頼に足りる結果を残しました。責任をもって、その示してくれた信頼に足りることを約束します」
その勘くぐりを、騎士の女は否定した。
彼女の個人的にも、『高山都市』全体からも、その選択肢は在り得ない事である。
そもそも、不埒な事を考える様な恥知らずな輩は、この"異変"にて真っ先に逃げ出しているのだから。
(ええ、……私にとっては、恩人と言えますし、ね)
【クーデレ】
その内心の気恥ずかしさが、回りくどく騎士の女の言葉を硬く縛っているのだが。
彼等は知る由もない。
「……おい、冒険者にとっての自衛は義務だがよ。旨い話には特にな。だが、そいつはとにかくウソは言ってないみたいだぞ」
「まぁ、あれだけ派手に撃ち込んだんだ。目を付けられてる可能性は考慮すべきだと理解して欲しい。その上でよろしく頼むみたい」
【孤独者の矜持】
ベテランである腕汲み静観を決め込んでいたマーロー・ディアスが口を挟み、ガルデニアが話をまとめて。
冒険者の一団と"騎士の女"と、そう話は纏まった。
―――その背後の近い建造物で。
純白の翼を背に織った男が、背を預けて様子を伺っていた。
【蒼天の翼】
侵略する蜃気楼に対峙し抗った冒険者の一人、『蒼天』が冠する美麗の剣士バルムンクである。
そして、一人。物憂げな表情でぽつりと呟く。
「……あの推定上級魔具、『黄昏の腕輪』とやらを再び使ったのか、いや使わざるを得なかったというべきだな。全く不甲斐ない物だ]
現状、この街で最も由来不明の"上級魔具"『黄昏の腕輪』を危険視していたのが、このバルムンクである。
遺失技術、理外の法による同系樹の能力だ。
それ災害と目された侵略者が行使した、関連を疑わざる得ない。
(死力を尽くして示した結果に、今更、"担い手"をその人格を疑うわけではないが)
先に消息を絶った"蒼天"が相棒であった"蒼海のオルカ"、その実力は誰よりもよく知っている。
その最後を語る友人と名乗る冒険者、カイト。その継ぎ接ぎの状況証言。
彼が未帰還者となる状況で、何の力もない素人が生き残る、やはり不自然な話であった。
「ああ、黒幕か何かしらんが作為はあるだろう。間違いなく」
【迎撃態勢:怨敵覚悟】【修羅道】
探りを入れるに"担い手"はそれを勘づいて、それでいて迫る現実に迫られ、狂気に踏み倒していた。
そうでなくては死んでいただろう、理解はできるが。
その"負債"が、更に大きな災いに転じないとは限らないのだ。
「一度使うなと突き放してこれだ。何が次期Sランクな物か、未熟な。『鬼人八門衆』が聞いて呆れる」
【精神焦燥】
忠告はした。
しかし現実が許さない。バルムンクは自嘲し拳を握りしめて、その無力感を噛み締めた。
彼とて、『碑文八相』の一柱に抗い、確かな手ごたえを斬り込んだ。
それでも、それでも。仕組まれている不確定がなければ、滅ぼす事は敵わなかっただろう。
バルムンク、カイトはこの"禍々しき波"の侵略者への、怒り、憎悪の想いは共通する。
この推測が正しければ、これで自体は終わらない。聖錬南部を騒がせる"事変"は続くだろう。
だが、この懸念がある限り"蒼天"がバルムンクは、その歩調を彼等と合わせることはできない。
剣を握る、白亜の翼を翻してこの場を立ち去ろうとする。
「―――力が、同志がいる。聖錬に報告して、この悪趣味な悪だくみを撃ち砕き、怨敵を屠り去る為に」
"蒼天"バルムンクは、『聖錬』本国より"事変"の調査の依頼を受けた冒険者である。
社会的信頼と伝手ならある。そう定めて、この場を静かに立ち去る。
彼とて、一度は墜落し劇薬を打ち込んで、無理に立ち返った反動がある。その疵を癒す時間がいるのもある。
「今は精々傷を治せ、出来る事ならばその"力"を、市居に腐らせてくれる事を祈るぞ……"蒼海"、オルカの友人よ」
そう一人語って。
今すぐに彼等をどうこうするつもりはない。
この世界の人類は脅威に比例して精強である。
意思をもって立ち向かえば、定められた運命など、"演題装置"がなくとも折る事は不可能ではないと。
そう、"蒼天"は自身の進む道を定めて、彼等の道はまだ本流には交わらない。
後に歴史の片隅に【蜃気楼の反乱】として刻まれる、この動乱は一先ず収束した。
正常な、澄んだ風を取り戻し。
騒がしく、騒々しく。壊れた街に日は暮れていくのだった。