ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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鍛錬【高山都市】

―――『高山都市』 

 

【魔法剣:裂破轟雷刃】(ボルテクスアタック)

【闘牙剣:オーバードライブ(クライムハザード)

 街の片隅にて、閃光が奔る。

 雷霆の如くミキサーの刃と、生命力に増幅された風と闘気の鋼光。

 

 在野の冒険者においては十分に奥義と呼べる技、窮状を打破しうる剣技がぶつかり合ってマナを蹴散らし合った。

 彼等のそれは文字通り乾坤一擲であり、全力で振りぬいた一瞬の煌めきである。

 

 時間が過ぎ去るとともに、逆巻く嵐に塵埃が晴れ行き、その決着が覗かせる。

 

「んー互角、かな。異論はある?」

「みたいね、残念だけどさー」

 その先には互いに獲物を突き付けて、影が二つあった。

 あの一瞬に、戦車の如く重戦士が荒巻く雷霆を食い破った勢いに踏み込んで。

 対して意図的に刃を打ち出した反動に、後退した双剣士が重心移動のみで、突き出した刃を相手に立てたのである。

 

「僕の魔法剣は食い破られた。けど、距離を詰めるローズに反応が間に合って」

「あたしは大技勝負で競り勝ったけど、その後の詰めが甘かったわねぇ。反動に後退してるってのを追い切れなかったわ。視界が塞がるとどうもね」

【ダンシングヒーロー】【狂羅輪廻】

【ウォークライ】【竜装帰:ドラゴンクロウ】

 投擲刃の延長である、カイトが放つミキサーの刃には、ある程度だが射程が存在する。

 対して、ローズが放つ風と闘牙噴出の剣には局所に重ね加重する技法故に、射程を持たない。

 

 互いに性質と条件の違う鬼札を優劣、その技が有効であるかに他ならないだろう。

 

【舞武:反動制御】【狂羅輪廻】

【ウォークライ】【竜装帰:ドラゴンクロウ】

 故にカイトはそのまま雷霆の刃に、彼女を打倒するのが勝利条件であり。

 マナ除けの性質を持つ竜甲手と闘牙の刃に斬り裂き。返す刀に大剣を付きつける、それがローズの勝利条件であった。

 

 この状況では双方有効打になっていない。それでは鬼札勝負の勝利条件としては不足である。

 

ずざっ。

 

「あーまったく、練習してるけどなかなかうちのクソばばぁの様には行かないわ。出ていく間際に殴り掛かって業盗めばよかった」

「なんか物騒なこと言ってる……、そんなに凄かったの?」

「んーあー、剣技っていう意味なら今なら勝ち目有るけどさ、こっちの流儀なら山肌削り飛ばす位はやってのけたわね」

かちゃ、シャキン。

 お互いに刃を引き、鞘に納刀して呼吸法にオドの活性、興奮状態を沈める。

 竜の鱗が大気にマナとして還元されて、褐色の肌に溶け込んでいくのが視覚的に見えた。

 精霊術師である彼は、それが小精霊も還元している事を理解しているが。

 物々しい"竜装"を解いた彼女の肉体に、名残は見えずに変わらず不思議なものだと首を傾げる。

 

「相変わらずどうなってるのさ、それ。本物の鱗みたいに変性してるよね」

「知らないけどさぁ。うちのローラント城(故郷)の周辺だともっとヤバい姿に変わる奴もいたわよ。たらふく肉を食らえばできるもんじゃない」

「普通はできないってば、かっこいいけどさ」

 彼等は余韻をそのままに、投擲した『相鉄の双剣』を回収しながら会話を続ける。

 彼女は山岳の高濃度のマナに触れて育ち、そのままに狩り殺した獣を取り込んだ蛮族の出身である。

 

 彼女が、【闘気の才】を持ちながら、未だに『五大流儀』(ソードアート)が一つ。

 聖剣技の流儀の初歩に至らないのは割と武器が悪かった。

 生命力を放出しすぎれば衰弱し、半端に絞りだせば身を焼かれる危険な業である為に。

 武器に伝わるだろうオド・生命力のノリ、伝導率は、この爆発的な技能を扱うには大事な要素である。

 

 彼女が故郷から持ち出したこの『竜麟大剣』は一流のものではない。

 本命の製法を真似ただけの"亜竜素材"たる"贋造品"である。

 この世界で、【聖剣技】の使い手と呼ばれる様な妙手は、大概にして一級品、超一級品の武器の担い手であることが多い。

 伝説に残る『王国』の六勇者が一人たる『聖剣技の始祖』(アルトリア・オークス)が振るったと聖剣の同素材・同製法の物を振るう"王国の剣の後継者"。

 聖錬南部にて、オリハルコンの剣を振るう二人で一つの竜の騎士。

 聖錬における伝説の証明たる認定魔具、古龍素材によって作られし『竜具』に聖剣の流儀を振るう"戦姫"がそれに当てはまる。

 

―――なお装備の力は2割程度に、体系技術から一級品たる魔石を無尽蔵に自力生成し。

 生命力に効率よく全燃焼させ、愛を謳いながら"聖杭"を撃ち込みに突撃するキチガイもいない事もない。

 

 

 

「にしてもカイトはさ、そのぼるてくす、だっけ。出が遅いの何とかならないの?鍛錬じゃなきゃ割とどうとでも準備に斬り込めたわよ」

「手順が多いから。何かを省略すれば身を焼くか、ただの炎になるだけだよ」

 呼吸を整え、精霊を自己に染色し、破裂の術式を疑似刃を形成し、それを二属性の対流特性と体技の慣性により撃つ放つ。

 術式に効率化すれば、固有魔法に代替えしてる手順を、方程式に当て嵌めて撃ち放てるだろう。

 効率化を行った状態を、"儚紅の少女"(リコリス)の術式支援により、身をもって実感した。

 そしてそれが尋常な努力で届かない事もである。

 

「めんどくさいわねぇあたしみたいに気合と力籠めて、タイミング併せてドーンとぶん殴るでなんとかならないの?」

「無理。まぁ、元々ボクは瞬間的な魔力放出が苦手だから」

 カイトは"相棒"の擬音を伴った直感的な表現に思わず少し笑う。

 しかし、それは敵わない。『炎・空属性』に張力を持ち繋がり燃え続ける固有魔法。

 それが疑似刃の形成に役に立っていると同時に、【魔力撃】などの技能の習得を妨害している。

 彼の魔法剣の一つ、【爆竜双刃】は張力の臨界による炸裂斬は、あくまで代替え手段でしかない。

 

 そもそも形を象ってしまうカイトに、即席で嵐の剣を作る適性は本来ない。

 

 

 そして

 

―――がさっ。

 誰かが近づいてくる気配がする。

 鋭い目に日光に緑色の戦衣装を金糸の髪を変形槍を肩に構えながら歩く女に、その陰に隠れる様に裾摘まんで儚い紅の少女が、彼等に歩み寄ってきた。

 

「魔力の励起を感じたと思えば……、何をやっているのかしら、今日は随分派手な事ね」

「あ、おーすっ、先輩!どったの?今日はいろいろとリコリス連れて必要な買い物に付き合うって話だったけど、終わったの」

「この子がへそを曲げてしまってね。強引すぎたのね、着せ替え人形にされるのはお気に召さないらしいわ」

「あー、まぁ、ミストラルか。あの元気についてくのはねー」

 ガルデニアはふぅと目を瞑って思い返す。

【理性蒸発】

 太陽の如き快活さを持つミストラルと供に、少し遠慮せずに騒ぎ立ててしまったらしいと。

 背後に隠れる小さな頭に撫でながら、彼女は語る。

 

 なお、当のミストラル自身は気落ちしているが、次の日にはやはりケロッと熱量を取り戻して構い倒す模様である。

 

そして、件の彼女は。

「………(ぷい」

【壊れた心】【フェイト】

 私は悪くないと、彼女はそっぽ向いて。

 己の庇護者と定めた少年の影に小走りに小動物の様に、隠れた。

 彼女は人好きであるが、同時に心を壊していた。その心は感受性を崩して、騒がしさを雑音と捉えての事だった。

 まだ、自発的な自己表現にはリハビリが必要である。

 

「あ、あはは。こんにちわガルデニアさん」

 冒険者の"先輩"であるガルデニアを一目にして心臓が動悸する。カイトは少し気まずい。

 目にすれば、彼の頭には己の輪郭の淵に触れた手に、重さに、接吻の熱の触れ合いが頭をよぎる。

 

 彼は少し襟元開いて、暑そうに手で仰ぐ。

 少し、紅潮する頬を、鍛錬後の熱に誤魔化そうとする行為である。

 

(そういう、秘術だって、理解はしてるけどッ)

 血をオドの契りに他者を活性化させる、九十九の御業【オファリンク】である。

 先輩は後押しをしてくれただけ、そういう迫られ方をしたのだと認識して呑み込そうとする。

 それに対して、礼を言うには恥ずかしくて、謝るのは違う気がした。

 

(何か声かけないと、ガルデニアさんも、きっと―――)

 カイトはそう思いながらも、中々に声をかけられない。

 重傷を負い、血の繋がらない妹を殺し別れを告げた、表面上の彼女に変化はないように見えた。

 彼女にも現実は襲い掛かった。黴は翳りはあるだろう。最後の別れを目にしている。

 単純に心配である。

 己は背中を押されて未だ生きている。なら、少しでも恩は返さなければならない、と思う。

 

 対して彼女も、こちらに気まずそうにチラリとカイトに目を合わせて、逸らしてしまう。

 それもあってものすごく、声がかけずらい。

 

「あの、ガルデニアさん体の方はもう大丈夫ですか」

 だから、こんな無難な身体を気遣うので精一杯だった。

 反応して彼女の翡翠の目が向いた。

 

 それに対して。

「……えぇ、問題ないわ。疵は残ってしまったが、早々に取り繕ったもの、少なくとも君よりは酷くないさ」

 いつも通りのその声に、奇妙な距離感が少し和らいだ。

 変わらない凛とした花の様な立ち姿に、安堵を感じる。

 

 一応、その顛末を襲撃者を知らないローズもいる。

 少し後の言葉をぼかして…。

 

「妹さんの事無理しないで。相手が襲ってきたとはいえ、その、重たい事ですから」 

「あぁ、お互いにしてしまった事はしてしまったことだ。槍は鈍っていない。割り切りはできてるわ」

彼はぼかして声にした。

 ガルデニアにとって、九十九時代の妹である『カルミア』に自ら手を下し、別れとて、看取った。

 『カルミア』のした事を、善きも悪きも、"忘れない"事と軛としている。

 この世界の死相観が乾いているのもあるが、彼女は妹の評した通りに強い人間である。

 

 ガルデニアにとっても、戦闘の興奮状態と、危機に頼られない欲求不満に。

 一歩先に踏み越えてしまった自覚はある。伝えたいことだって纏まっていないのに。

 術理の正当性があるとはいえ、その行為に対する不安である。

 冒険者の"先輩"として彼に好かれている事は自覚しているが、異性として見られてるか自信がなかった。

 

 その初心な反応は、彼女にとって―――

 

(少なくとも私はあれで嫌われてない、うん。この反応なら一歩押せばいけるかもしれない)

 測るに十分な反応である。

 

「―――ふーん……」

【束縛願望】

 互いに"相棒"と呼び合うローズは、その様子を何か察した様に眺めていた。

 彼女は元々、相手を束縛する事に幸せを感じる性癖を持っている。

 少し、彼女は面白くなさそうである。

 

(まぁ"先輩"なら仲良くするのに、別にいいけどね)

 ローズにとっても、"先輩"は敬愛と親愛の対象である。

 それはそれとして、己が"相棒"の楔とするには重さが足りないのだから。

 

 

 

 相手が変わらない、お互いに距離感を確かめあって、お互い居直る。

 

 

 代わりに、先の鍛錬に話は巻き戻った。

 

「ところでさー、カイトから見て今回の鍛錬の反省点がある」

「えっと、やっぱり見え見えの真っ当な魔法剣じゃなくて、所謂初見殺し、隙付入る刃が必要かな……」

 ふと漏らす、カイトは以前からそう考えていた。

 思い返すは、死肉漁り(グールズ)の"魔銃使い"の男を仕留めきれなかった事だ。

 あれは単純な基礎(カラテ)であれば、彼が上回っていた敵対者である、魔具も覆せぬ差ではない。

 それを悪党なりの立ち回りに経験に、見切りを付けられ、逃走させる隙を残して殺し損ねた。

 

 それは自身の未熟である。背を刺されなかったのは運が良かったのだろう。

 

 しかし彼に、それを修羅の様に純粋な体技や剣技によって、それを成そうとする発想はない。

 この世界には魔に頼らずとも、無双を成す者が多数いる。

 意識の空白に滑り込む術理である【虚空瞬撃】、空の層を流れに逆らわずに抜き剣速すら置き去りに音の壁を貫く【飛燕剣】、筋力ではなく重心そのものを重ねるように重みを乗せた技法【重音】 等、この世界に様々に在る方法論には辿り付かない。

 

 

「んー、初見殺しかぁ、力押しの方が楽ちんだけどね」

「ボクはローズみたいに頑丈じゃないから、受ける前に殺りたい。元の使い手(オルカ)みたいに、せめて次に繋げる様に放てるようになれば……、無理か時間が足りない」

 

 カイトが最も知る本来の使い手の事を想い返す。

 属性によって彼のそれとは別物である、親友が放つ潮流螺旋の剣(ボルテクス)は真っ当に発生が早く。

 そして俗に言うそこから派生する、"二ノ太刀"まで備えていた。

「妥当ね。純人種が安易に出力勝負などやるものではないわ。噂に聞く『聖剣の担い手』ならともかく」

 それがない彼にとっては、露骨な理不尽に突き刺す、切り札であって十八番になり得ない。

 

「前言ってたけど。もう一つの【三爪炎痕】(トライエッジ)だっけ、そっちはどうなのよ」

「ん?それを目指して組んだけど、あれはまだまだ未完成だよ。少なくとも対人戦に用いるものじゃない」

【魔法剣Lv2:三叉炎痕(トライエッジ)

 これは現状のカイトの唯一のオリジナルとなる魔法剣の流儀。

 "その武器種別専用の魔法剣用の魔術"を開発、保有してるのを指し示す。

 『刃凱魔郷』(ソードアート)魔法剣の一流(Lv3)へと至る可能性である。

 それを目指し、カイトが組んだ魔法剣が、この【三叉炎痕】(トライエッジ)である。

 

「でも形になっただけ上等じゃない。せっかく、先輩もいるしさちょっと見せてみなさいよ」

「いいけど、地味だよ本当に、あんま期待しないでね」

 確かにいい機会かと、応じてカイトは『絆の双刃』を手に構える。

 術式は相変わらず知り合いの白耳の魔術師(ミストラル)の教えのみで、自己で方程式を組み上げるだけの基礎教養は彼にない。だからこれは邪道だ。

 

 呼吸を整えて、オド性質の先鋭化に意識を向ける。

 『空泳ぐ人魚』(ローレライ)に刻んだように、指と愛剣に増幅した旋律と共に精霊を片割れ一つ残った『相鉄の双剣』を吹き込んで。

 

【ソードマスタリー】【精霊術Lv2:使役精霊】【俊足】

 独自の歩法にて踏み込む。

 燃え上がる刃を投擲して、それに同調して駆け出し、重ね合わせる様に炎の傷跡残す刃を刻む。

 

 同時に形成される三叉の斬撃痕。

―――グォオン!!

『絆の双刃』【蛍火】

 そして性質を炸裂させる。

 "繋がり燃え続ける"。炎と空属性の二属性にて成される、それを仮想刃に形成し、互いの刃に繋がろうと引き寄せ刻み両断する魔法剣である。

―――ずぅうん……!!

 直撃、果たして交わろうとする一瞬に、大きな斥力が掛かる。

 傷跡の接点どうしに、収束しようとする三叉の交差する刃、確かに目標になった樹木を刻み倒した。

 

「―――ふぅ、とりあえずこんな感じだね」

「んー、言う通り確かに地味ねぇ。この位の樹を斬り倒す程度なら、アンタの全力の魔法剣でも、できるでしょう?」

 ローズの言う通り、この魔法剣に威力に見張る所はない。

 更に同時の三叉斬撃など、それ以上の手数を実現する類が五万といるだろう。

 例えて、かの『王国』には、『幾千幾万の刃』との風の刃を成す魔法剣の使い手がいるという。

 

「手厳しいね。これ相手の防御を前提に考えてる魔法剣だから……」

 頬を掻く、本質は"敵対者の対処の選択肢を制限する"のみである。

 何かしらに防御すれば斥力に無理押し貫き、投擲刃を弾いても投擲刃を二筋の傷跡が引き戻し背後より裂くだろう。

 更に、それに"破裂"を齎す方程式を噛ませて、暫定の完成と見定める魔法剣である。

 

 

「ふむ。斬痕が中心に収縮して疵が荒くなっている、か。大体わかった。君の『固有魔法』の干渉を利用した物か」

「うん当たりです。練習では、うまくいくんだけど……実戦だとどうにも」

 持続力はなく射程は短い。更にマナに対する強制力の違いがある、

 傷跡を刻む相手に生物由来の魔力耐性(レジスト)を考慮していなかった故に、未だその刃を有効に使えない。

 それぞれに対応した傷跡(サイン)を模索するまでの研鑽には時間が足りない。

 『空泳ぐ人魚』(ローレライ)に斬り放った時は、血を馴染ませてどうにか継続的に馴染ませたが、意識が殺意に先鋭化していた事による奇跡に近い事を、後の試行にて確かめている。

 

 実際、考え得る最大限の状況でも、その刃は途中で力尽き逸れて、十全な有効打にならなかったのだ。

 故にこれは未完成である。

 異能使いらしい方法論に則ったそれは、発想から不足がある。

 

「何、難しく考える事もない。反復して扱える状況を幅を増やしていけばいい。厚みも増していくものだ」

「先輩にとってはそうだろうけど、魔術も扱えて手が拡いからさー」

【阿修羅姫】

 基礎(カラテ)を積み上げる様に先行する彼女は、修羅の如く方法論を並べる。

 自然な所為D調べの呼吸を槍に込めて、引き抜いた。

 

「私は手数など薄い物よ、半端に両立できないものだ。それでも、きっかけは直感的な実践で掴んできた」

『グランシー・スピア』【槍技・洟風月:ダンサエスパレス】【阿修羅姫】

 冒険者ガルデニアの戦闘技術は、体技も術も九十九育ちを骨子にした叩き上げである。

 同時に愛槍を引き抜いてガシンと、変形と共に魔力の噴出を局所に集中させて遠心力に舞う様に振るう。

 その洗練された所為で、魔力衝撃を物理を伴って倍加させる流儀、それに特化していた。

 

「さて、私にもリハビリが必要だ。見出すまで、付き合ってあげる。打ち込んで来くるといい」

「あの、さっきので割と疲れてるんですけど…???」

「その調子なら大丈夫だ。君ならいけるさ、何なら二人が掛かりでもいい」

チィン!!

 一閃、突然の叩き拓く槍も、彼の距離は開いた。

 それに既にカイトは反応する。背後に跳び、姿勢を低く重心を低く構えをとっていた。

 吐き戻す、呼吸を心の音を再同期させる、魔法剣を起動する。

 

 

「なんか強引ですね…っ、人に試す機会は貴重だ、胸をお借りします!」

「んー、あたしも参加する?」

「大丈夫そう、腑から魔力を絞り出すのは、慣れてきた」

【魔法剣】【舞武】【狂羅輪廻】

 魔法剣の再点灯、再び先ほどの手順を踏んで、駆け出す。

 距離を軸を合わせて三爪の斬撃の手順を取った。

 そして重心を崩す動作に投擲の動作をを同一化させて、自身は左方に回り込んで剣戟に迫る。

 

 それをガルデニアは悠々と待ち構える。

 冒険者としての彼女は、カイトの強さを、自身が好いた少年の歩みの強きを信じている。

 

 その自覚した故に、その方針はスパルタに成りがちになっていた。

 冒険者歴の長い彼女は、より広い世界を知っていた。

 それでもこの事態の全貌は全く測れない、どれ程の理不尽が待ち構えるか予想はつかない。

【菩提樹の献身】

 迫りくる炎の斬撃に構えて。

 彼は無理するだろう。それが在り方ならそれでいい、それを私は―――

 

(嫌わないでくれ、私は、君を足引きされない道へと引き上げる)

【槍技:洟風月】

 槍を逆巻く、魔力撃を整形して散らし流す構えである。

 三爪の基点は視覚的に理解できる。交わる点に瞬撃を振るい当てて。

 

 

【三爪炎痕】(トライエッジ)

【ダンサエスパレス】

 自身の周囲の空気を感じる、固有魔法由来の生体磁気の導きに感じながら。

 まるで斥力に、螺子巻きトルクの様に締まり行く仮想刃の状態を勘で察する。

―――シュン(ガシャ!)

 

 不揃いにかかる斥力をかかるがままの槍の回転に受け流し。

 炎の残滓は、変形槍の魔力撃をもって事前の予定通りに散らし払った。

 

 

「さぁ、次!」

「完全にぶち破っといて割と容赦ないわね…先輩」

 そしてこの調子である。

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 そうして、何度も何度もその三爪を繰り出し、そして振り払われる。

 幸いなことに、【三爪炎痕】を吹き込む魔力(オド)の嵩はそう多くはない。

 術式を噛ませない限りに、エンチャント、魔法剣の初歩の延長である。

 幾度その刃を弾かれただろうか、何度かその試行の後に、呟いた。

 

 

「うん、色々問題はあるけど、投擲の動作が一番融通が利かない」

「そう、それが斬り込みに遅れてしまうし、どう誤魔化しても投擲の軌跡がその次に繋がる手筋を推測させてしまうわ」

 投擲の一手順がどうやっても邪魔である。そういう当たり前の結論に至る。

 現状に、カイトは工夫(アレンジ)する。

 全身の重心移動に連動して刃を投擲し、仮想刃の形成角度に、疵跡の構成を引き絞るその手癖を様々に斬りかかった。

 

 しかし、その全ては目前の槍の波濤を破るに至らなかった。

 試行を繰り返しても体技の範囲では、欠点はまったく克服の道が見えなかったのである。

 

「バケモノ相手には火力不足、対人相手には安定性がない。中途半端ねーこりゃ未完成だわ」

「これでも、螺旋刃よりは早いんだけどね」

 ローズが、儚紅の少女を膝に、斬り倒された切り株に脚をぶらぶらさせながら、

 傍目に単純ながらその様を評する。

 

 小休止、槍をしまい、ガルデニアが少し考えこむ動作を取る。

「一応君は精霊術師だ。自律とはいかないまでも、君は"使役精霊"に単独行動させる事はできないのか」

「無理ですね。そういうのは事前に育てる【妖精術】の領域だから…、血の触媒があっても極端な集中力がないと厳しいんです。ミストラルなら、できのだろうけど」

 形は様々であるが、意思の有無に関わらず精霊との対話が『精霊術』の初歩である。

 そこから従える事ができれば、もう一端の精霊術者であり、そこから自然現象の再現か、自己の術理の補助を行うかは使い手によって様々であるが。

 妖精術が精霊術と本質的に同じものとはいえ、マナ環境によって利用するものであり、極めて都合のいい動きを期待するものではないだろう。

 少なくとも未熟な精霊術師である彼にとってはそうであった。

 

「だけど…、事前にオドに馴染ませておいたなら、単純な命令節なら……仕込めるかも?」

 しかし、その提案にカイトの一つ頭に可能性が浮かぶ。

 "死神の夜"にこの目にした、部落の戦士達が精霊の導きを宿した矢を用いた【シュートアロー】と呼ばれる技術だ。

 特殊な塗料に、風の精霊を馴染ませて威力と同時に命中精度を確保している。

 

 それを応用して、投擲に用いる刃を誘導できないかという発想である。

 現状でも細かく奏でた音に、簡単な一方通行を行っているが、それを介する媒体は『絆の双刃』だけでは不足である。

 

 ただし、秘伝かもしれない技術が教えてもらえるかは、未知数だ

 

「ふむ、オドを馴染ませる塗布かなるほど、古来由来の発想だ。今では術符や魔道具や魔具が発達したから、ほぼ廃れつつある伝統ね」

「悪くないんじゃない。お互い貸しも借りもあるしねー、頼めば教えてもらえるかも?あっちがどういう状況なのかも気になるしねー」

 リコリスの髪を撫でながら、暇にしていたローズがそれに賛成する。

 彼女にとっては、死神の夜に送り出してもらった借りもある。故郷の空気に似た部落は結構お気に入りの場所である。

 

「きっとうちの仲間にも、現状がどうなっているかは気になっているじゃない?誘って息抜きついでに行きましょ!!」

「息抜きって、軽いなぁ……、向こうも大変だと思うけど」

【ムードメーカー】

 なんだか弾けた声に、溜息をついた。

 確かに最近、侵略者や闘いにばかりを考えていた。

 生きる為に自然行為である呼吸さえ、意識して意味を込める所為が半分染み付いている位に。

 息を吐く、彼一人では、肩の力の抜き方を忘れてしまいそうなのだから。

 

(どうせ、悩んで行き詰っているのだから、その位の気持ちの方が案外成功するかもね)

 カイトの"相棒"であるローズは基本的に楽観主義である。

 しかし、それ故に善きを考える力は彼女の方が強く、考えながらもそれに引っ張られて、時にいい結果になる事もあれば失敗することもあった。

 そんな、冒険者としての彼等のいつものペースである。

 

 

 そんなこんだで、再びの遠征が決められたのだった。

 

 

 

 ●●●

 

 

 

―――膝に乗ったままの少女、リコリスは風に吹かれぽーとしていた。

 いい陽気である。風が巡る。自身を脅かす『碑文八相』(推定同類)の姿はなく。

 何か意味を含む、視線すら今は感じない。

 

 余りに己を猫可愛がり、あちらこちらと興味は方向へと振り回す"白耳の魔術師"もいない。

 その熱は嫌いではないが、ある程度加減があると彼女は想う。

 

 自分だけの時間を無為に消費していく。

【円環精霊】【アナライズ】

 マナに満たされた金魚鉢、世界を別視点から識る者。

 伸ばそうと思えば、幾らでも感覚器を伸ばす事ができるだろう。

 無知たる幸福、そんな彼女の余興である。

 

(使役、精霊)

 その中で少しだけ考える。

 精霊巫器『絆の双刃』に育ちつつあった中精霊【雷霊降臨】(ランセオルー)。その可能性は彼女が奪ったと言っていい。

 糧にした、場所を開けた。そしてその日溜りに転がり込んだ。

 

 その結果、手に入れた心地のいい居場所である。少しばかりの罪悪感が胸を指す。

 

(彼は、"精霊術師"として私を、使わない。都合はいいけど)

 ゆっくりと、己が庇護者であると定めた冒険者に視線を向ける。

 彼は、一応精霊の分類である彼女に対して、その"使役者"としては振る舞わない。

 精々が頼むくらいで居候である彼女に対して、適度な距離感で構う。

 

 ……それが、とにかく気楽だった。

 媚びるのは疲れる、弱者を演じる必要もなく目的の方向性の一致だけで、リコリスという少女を印象のままに解釈して受け入れている。

 

(このままで、いいの?会わせる顔なんて、ないけど)

 しかし、そのせいか考えなくていい事も想ってしまう。

 死の断絶の前に自身が歩いてきた過去、私の電脳にある良い人達を想う。

 写真の様に認識されるパロラマは、完成という約束された終着点にて塗りつぶされている。 

 

 夢や希望という花弁は幻になって堕ちていった。

 死にたくはない。目立ちたくもない。

 マナに直接干渉しうる『円環精霊』、『電脳精人』という、自身の希少性を理解している。

 

 しかし。

【■の紋章】

 彼女は、既に終わった自身に仕組まれた意味を理解していない。

 自身の断片(フラグメント)を集めて、確立し独り立ちする事が出来ようと、あの無機質にすべてを亡ぼし尽くす、『■神』の再現に堕ちないとは限らない。

 

(―――頼まれなければ、やらない。死にたくないもの) 

【常世裂き咲く花】

 儚紅の少女、リコリスは確かに、文字通り再誕した。

 純粋な光属性であったかつてとは、形どった構成が違う、自身を保管する憑依先(バックアップ)もある。

 再びに善き人たちの陰にあるのは幸運としか言いようがない。

 

 その幸運に対して、どう向き合うかも彼女は定めない。

 あえて目の前の事しか想わない。死の淵を認識したくない故に静観と手を繋いでいる。

 

(本当に、それでいいの?)

 再び木霊するそんな焼き付く言葉を無視しながら…。

 

 

 

 

 


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