ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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コミュ【グラン】

―――【高山都市:ドゥナ・ロリヤック】

 既に『蜃気楼の侵略』と呼ばれた事象から、一月近く時は流れて。

 一時期、『ドゥナ・ロリヤック』に、身を寄せていた部落の庇護者は元の故郷へと戻る。

 

 それぞれに準備をして、元の生活を取り戻そうと少しずつ努力に歩み出しているらしい。

 

 向かう事が、取り越し苦労とならない事を確認して、彼等は準備を整えた。

 補修されほぼ機能を取り戻した『冒険者ギルド』での情報収集、聞き込みの結果。

 周辺状況はまだ『精霊狂信者』(ナチュラリスト)の生き残りか『黄金の精霊』が時折現れる。

 そんな不安定な様相ではあるらしい。

 

 『死神の夜』に立ち会った部落への再訪問。

 その誘いに乗った同行者は、『重剣士』ローズに、『呪文使い』ミストラル、『ディフェンダー』ガルデニアの3人だ。

 そして冒険者ではない故に役割(ロール)を持たない"精人"リコリスに、"レンジャー"のカイトが加わる五人パーティーとなる。

 立ち会った魔鎧使いの冒険者、"黒剣士"マーロー・ディアスはその誘いに乗らなかった。

 

 思い返す。

『—――け、今のお前らの実力なら俺まで必要ないだろ。勝手にしやがれ』

【孤独者の矜持】

 彼は元々騎士を目指していた彼はその矜持と比例する様に、プライドが高い。

 理不尽に連続で遭遇し、それゆえか近頃、より一層鍛錬に打ち込んでいる様だった。

 勇名に興味がある訳ではない、そもそも自身の鎧の影響でそれが悪名に転じやすいのは理解している。

 

『―――俺は忙しい。異形共は知らねぇが、連動して動いた死肉漁り(グールズ)の連中は吐き気がする程気に入らねぇ、糞溜めの底の連中から屈するのだけは癪だ』

【努力の才能:取得】

 故に、自分本位に時間の無駄だと、矜持から己を鍛え上げる事を選んだ。

 己に恥じない様に生きるその漠然とした想いは、死に方だけは贅沢をする、それだけは定めて固まったのだ。

 

 悪人ではないが、基本的にマーローは他人の為に時間は使わない。

 彼らしい、とカイトは想う。

 

 

 

 そして、予定の当日である。

 全員、それぞれに自身の『迷彩外套』を身に纏って、再建された門を出て目的地に向かう。

 天気は曇り模様、高山都市に流れる強風で、面白い様にその形を変えていく。

「ん、マナ濃度はこれ位か、風属性は標準の範囲だ。レンズを覗く限り比較的なだらかな道のりはこっち、かな」

「了解!よしー、見張りはお願いね『クラケー』ちゃん!」

【精霊術Lv3】【使役:風霊降臨(クラケー)】【理性蒸発:無縫の祈り】

『太陽の腕輪:視野拡大』『属性検知器』【レンジャーLv3】

 "レンジャー"カイトは『属性検知器』に大気のマナを計測し、『太陽の腕輪』に大気の屈折率を合わせて遠方に地図と相違を観察しながらルート決めを行う。

 同時に、"呪文使い"であるミストラルは、鳥を象った風の中精霊が空に視点を伸ばした。

 いつの間にか、彼女はこの地に居ついた精霊を手懐けた様である。

 

 歩く。

 山岳地に変わらず強い風が吹き荒れ、空気の薄い高所の不整地に歩くは疲労は溜まる。

 一行は適度に休憩を取り、周囲を警戒しながら歩を進めた。

 

 道中で目立ったモンスターの襲撃はない。

 その要因なのか、所々で侵略者の痕跡が見られた。

 ある場所は、森林に至る所に円形斬撃の鋭い幾多の斬痕を残し、虚属性由来の削り取られたような浸食痕が主張している。

 ある場所は丘が砕かれ、一帯が焼き燃した灰と化していた。特にまるで巨剣に叩き潰された溝の後が目立つだろう。

 

 以前訪問に使ったルートは使えない。所々に荒れ果て崩れている。

 生態系すら圧制するが、【魔王級】の領域。

 そこに根付いていた生息するモンスターさえ巻き込まれて引き潰された。

 一時的の事であろうが畏れ、野生的な勘に縄張り(テリトリー)を変える程である。

 

「ねぇ!あそこあそこ、ボクが狙撃してた場所も、斬り飛ばされたままだよ」

「うはー、凄いわねぇあんなにずっぱり。『死神』がやらかした痕も、あっちは『炎の巨人』が暴れた痕だっけ?シッカリ残ってるわ」

 現在、冒険者の彼等は焚火を焚きながら、持ち込んだ食事を齧る。

 現在は、風向きが穏やかになるまでの休憩中である。

 休憩の途中に、改めて山岳の高所から眺めてみれば。

 その疵跡の輪郭をしっかりと地上に刻まれ、彼等の目に追える位に残していた。

 

 この刻まれた疵を自然が癒すのはどの程度の時間が掛かるか、彼等には見当もつかない。

 

"空泳ぐ人魚"(ローレライ)と同時に顕れた"炎の巨兵"とやらのは、話だけしか聞いてないが、この有様を見るに相当な脅威だったらしいな」

「……改めて、真っ当に受けるもんじゃないよね。よく生き残れたよ」

 

 侵略者にとってあれらは、雑多な敵対者を薙ぎ払おうとした余波である。

 一挙動、一振りでも真っ当に喰らえば、純人種、五体など軽く砕け散る/燃え尽くすだろう。

 

 それを再度、目の当たりにして、ある種に実感させられる。

 【魔王級】という存在の猛威を。

 

 ある種、それに対して

 『死神』と対峙する以前の様な、雲がかった竦みと纏わりつく恐怖が絡みつく。

(―――自分が弱いって知ってるはずなのに、多分、あの時は恐怖というか想像力が麻痺していた、のかな)

 理不尽に遭遇しすぎた結果か、限界の一歩先に踏み入りすぎたとはいえ。

 こうして振り返れば理不尽に対する本能的な恐怖は変わらない。

 

 今はそんな感傷は放っておいて。

 

「そーいえばさ、あたしたちも活躍した訳じゃん?あの空泳ぐ人魚(ローレライ)の討伐報酬っていつ出るのかしら、あれから結構時間たったわよねー」

「動いた人数多いからね。功責の順序付けもあるし、ギルドとしても事前に契約が有る訳ではないから、一気に決済できる金額(ゴル)じゃない。……て、騎士の女の人が言ってた」

 なお、襲撃を受けた『高山都市』復興再建の事もあり、ゴルが足りないともいう。

 四年ごとの約束された災厄、『大襲撃』(スタンピード)、『八罪十罰』であれば国から即座に用意される事だろう。"十罰を倒さねば"必ず国が亡ぶ脅威である、それだけの正当性がある。

 討伐されたこともあって、外部には【魔王級】の襲撃と認識されてもいない。

 先兵であり稼働経験の限り暴れた中央からも密かに"ディザスターレッド"と認識されていた『死神』とは違い、あくまで一都市の問題である。

 

 しかし、報酬を出さない訳にはいかない。信頼を失う、安全を喪う。

 この厳しい世界で亡ぶと同意である。

 故に、正当に精査しなければならない。 

 

「はーっ、面倒くさいのね。別にゴルのために戦ったわけじゃないけどさ、あれだけ命張ったんだから対価はきっちりもらっても罰は当たらないわよね」

「でも、ギルドの人達見ちゃうと無理強いできないよねー。街で暴れた襲ってきた連中はただの火事場泥棒で、ほとんど何も知らないみたいだし、ほんと禄でもない話だよ」

 ギルドと通常業務、警戒や復興に伴う労働力確保の依頼の倍増、それに合わせてこれである。

 しかも、空白地帯なる『高山都市』一帯のモンスター分布図は調査を経て、再編纂しなくてはならないだろう。

 "ギルド文民"も果て見えぬ、デスマーチに目が死んでいたのが印象深かった。

 

「まあね、僕等も話が付かない限り『ラインセドナ』に戻れないしね。ゴルはあるだけあればいい」

「まぁしばらくすれば片がつくだろうさ。この『高山都市』は成り立ちから、中央が好かれてない。"冒険者ギルド"の力が強いが、だからこそ手順が必要とするらしい」

 『未開領域』に対する前哨街、文化の波濤。高山都市『ドゥナ・ロリヤック』。

 支配ではなく仲介者としての看板の為の施政の体制、交流の未開の山岳地の文化・技術のポータルとしての意味は今でも崩れていない。

 

「―――……『ラインセドナ』って、どこ、どんなとこ?」

 帰るという言葉に、話に我関せずで浮いていた、"儚紅の少女"リコリスが興味を示した。

 彼女はここで再誕した故に、彼らの活動拠点である田舎町、『ラインセドナ』を知らなかった。

 帰る場所に心当たりがない。だから、不安を感じて詳細を聞いたのである。

 

「あ、リコは知らないか。僕たちの冒険者としての活動拠点、ここから南西にある大体平和な田舎町、静かな所だし気に入ると思うよ」

「変人は割と多いけどね。皆元気にやってるかしら」

「……そう」

 彼女は人見知りを発動、"憑依具"である剣に隠れて様子を伺おうと決意した。

 余り長い付き合いではないが、彼等の言葉に嘘が混じる事は滅多にないと知っている。

 だが、不安な物は不安である。

 

「よし、ここらの属性値も落ち着いてきた、これなら"精霊に浚われる"事もないかな。行こうか」

 

 さて彼等は十分に休憩し、歩みを再出発させる。

 その後も、特にトラブルはなく一行は無事に目的の部落に辿り着くことができた。

 

 

 

 

―――『高山都市:南部集落』

 そして日の明るい内に、目的地である部落に辿り着いた。

 集落の様子は、所々凍りつけになり砕かれたり、部落抗争の影響からか弓に斧傷が至る所に見えた。

 最低限、砦が優先的に修繕されているが、中に入れば戦傷は所々に見受けられるだろう。

 集落の蓄え自体も殆どを放出しているらしい。

 

 果たして、辿り着き、正面から訪れた彼等は歓迎された。

 部落の住民にとってもカイト等冒険者は、突如襲来した『死神』の脅威を直接的に払った恩人だった。

 "蒼天"がここに訪れなかった事は残念がられたが、それはそれとしてである。

 

「おーっす!久しぶり!色々騒がしかったけど、元気にしてたぁ?!」

「ん?あ、あんた達か、こんな時に来るなんて。今はまともに歓迎もできないけど、ゆっくりしていくと言い良い」

【妖精射手】【練気法:オウルビジョン】

 ローズの叫び声に、再建された門に見張りに立っていた部落の女戦士が答える。

 互いに未だ距離があり、山彦が響いた。

 

 それぞれに、一行は空気を読まずに遊びに来たわけではない。

 恩がある彼等のその後が気がかりになり、自身等に余裕ができたからこそ尋ねたのである。

 

「とりあえず無得にされなくてよかったねー。迷惑だったかもしれないしさ」

「そーね。あたしはとりあえず、暇だから力仕事手伝ってくる」

「……私は、常在薬の備蓄を手伝うとしよう、そこまで手が回っていないようだ」

 ローズはその恵まれた肉体を力仕事に手伝いに行った。高山出身の彼女は割と空気に馴染んでいる。

 ガルデニアは『薬草知識』、『医療知識』を活かして、常備薬の備蓄の作成を申し出た。

 商人であるミストラルは持ち前の交友能力でなにやら、戦士や住民の話をしていた。

 

 そして当のカイトは。

 割と仕事がなかった。故郷である為得手の野狩人も精霊術も向こうの方が専攻している。

 戦闘特化の冒険者である。

 ローズと共に力仕事を手伝った後……。

 

 

 

 ●●●

 

 

 

―――部落郊外。

 鬱蒼と木々に囲まれた森林地帯。

 

 カイトはそこで弓を引き絞っていた。

 

ぐぐぐ……、ぎちぎち!!

 弦引き絞る、番えた矢をぶらさない様に、背を姿勢を伸ばしながら……。

 その力みを解き放った。

 

ヒュゥン!

その切っ先は、宙を引き裂き……。

 目標の的にかすり、通り過ぎていった。

 

「また外れか、風が強いしどうにも」

 矢を番えて、目標を見定めてもう一度引き絞る。

 更に今番えているのは長弓の類である。正直に慣れない、せめて短弓の類が欲しい。

 そう心に雑念を持ちながらも、愚直にまた弓を引き絞った。

 

「―――どうしてこうなったのだろう?」

【田舎育ち】【レンジャー:短弓の心得】

 カイトが弓を引くのはいつぶりだろうか、自身が双剣を握る前、故郷で扱っただけある。

 弓は良い武器である。軽い準備で数が揃えば一定の成果を出し、軽い獣程度(モンスター)ならそれだけで殺せる。

 それも、貴重な村の若い男、自警に組み込まれていた頃の話。

 一番手軽で成果が出る武器として、教練された程度の経験しかなかった。

 弓を引く"手の内"の基礎位は持っている、今なら長弓を十分に引き絞るだけの体幹も握力はある、だがそれだけ。

 

 つまり腕前は在野として並みである。

 指の皮が摩擦に捲れる。それでも身に着けてしまった愚直さ故に、ただ反復して引き絞る。

 

ヒュン!

 中れという願いとは裏腹に、また、的を外れて突き刺った。

 

「……はぁ、やればやるほど遠ざかっている気がする」

 溜息をついた。

 弓を扱えたと認められる条件は止ってる五十メートル先もの的に、百発百中である。

 それ位でないと実用の意味では話にならないとはいえ、本職でない彼にとって、偉くハードルが高い。

 

「今度は精霊術を、使って…ッ」

【精霊術Lv2:サイレント】

 弓を引き絞りながら、精霊術により空気の流れを沈めようとする。

 しかし、"手の内"がぶれる。精霊術の共鳴を補佐する愛剣とて手になく、意味を持たない。

 並列する集中力はない、半端故に今度は的にすら届かずその軌跡は落ちて突き刺さる。

 

 彼が尋ねた"精霊術"を、小規模の現象、ブーストのみではなく命令節を組み込んだ形を結ぶ試み。

 時間が足りないとはいえ、曰く、都合のいい所だけを学ぼうしたのは歓迎をされなかった。

 それは伝承技術。高山都市の部落に伝わる【呪印】(ウェーブ)という技術。

 その一面、塗料による精霊の導きと物理矢の融合【合成魔矢】、その全部持って行けと豪快に言い放った。

 その結果がこれだ。つまりは典型的な試練である。

 

 まずは弓の引き方を覚える。そうでなくては始まらない。

 得るものもあった、部落戦士の弓を番う"手の内"は彼が知り得るものより洗練されていたし、"精霊への語りかけ方"に方法論についても教えてもらった。

 それでも彼は双剣士であり、弓で穿つより剣で斬りかかった方が遥かに効率がいい。

 

 故にこれだけで終われば、無為な寄り道をと言えるだろう。

 唯一手に握る特別、『魔法剣』双剣士に尖鋭する為に、あえて捨てた可能性である。

 弓を引く、中る外すの繰り返し、進展はない。

 

 

 

「お、いたいた。何やってるのかな、おーい。そこの誰か!」

「……っな?!」

 集中力の片隅に聞き覚えの無い声が響く。

 指を緩め、半端にその矢は放たれて見当違いに突き刺さった。

 

 意思を離れて自由になった矢が、誤射とならなかった事に安堵の溜息を漏らして。

 彼は声のした方向にその眼を向ける。

 

 そこにいたのは軽装の装備を纏い、色濃いブラウン色の髪を乱雑に切り揃えた"青色の少年"である。

 歩法から、相応の心得を持つ戦士だと推測できる。

 だが、やはり、その姿に心当たりはない。

「その僕を呼びました?」

「ああ、こんな所に街の人がいるのは珍しいと思って」

【純朴少年】

 だから、声をかけたと純朴に軽い調子に言った。

 眼を配り観察すれば、おそらくは年若い純人種だろうか。

 その身体に幾つかの『魔具』を身に着けて、腰に独特の紫長剣を履いているのが見えた。

 "精霊信仰"を持ち、それに応じた伝承技術を持つ部落の戦士は基本的に『魔具』を纏わない。

 つまり、おそらく彼も外部の人間であると推測する。

 

「えっとまずは自己紹介からかな、俺の名前は『グラン』、役割(ロール)は『ノービス』は依頼を受けて部落を拠点にして、ここら周辺を調査してる冒険者だ」

 冒険者『グラン』が彼に声をかけたのは、訪問者への単純な興味が大きかった。

 こんな時世に、こんな場所に外部の冒険者が訪問した事についてである。

 そして彼はその訪問者が、『死神』を最終的に討った冒険者だと、共闘した部落の"筆頭戦士"エシオに聞いていたのである。

 

 対してカイトの反応は、とにかく目を配る。

 武具が隅々まで使い込まれている、きちんと整備されたそれに信頼に値するものを見出して。

 なら、初見の相手に武器は無粋だろうと、腰の双剣に伸ばした手を解いて。

「僕は、カイト。"冒険者"としての役割は『野狩人』(レンジャー)、ここで弓の練習してるだけだよ。"精霊術"の塗布するオド染色について、部分だけとか小さいこと言わずに丸ごと技術学んでいけって」

 お互いに役割(ロール)を名乗り合うのは、『聖錬』における冒険者の挨拶みたいなものだ。

 

 対してカイトもその名乗られた名前に聞き覚えがあった。

 その名は"空泳ぐ巨大魚"(リヴァイアサン)"闘炎の巨兵"(コロッカサス)と対峙し、その防衛・討伐を主導した冒険者として、『高山都市』では噂になっていた。

 

「あーエシオ、変な所で頑固だからな。誇りの為に半端なのは好まないから、ボクも弓使えるしちょっと見学させてもらっていいかな」

「……いいけど、こんなの見ても面白い事は何もないよ?」

 "青の少年"のお節介というべき意外な申し出に、カイトは頬を掻いた。

 もの好きなのもそうだが、正直に気恥ずかしい。

 自身の未熟でしかない弓の腕を誰かに見られるというのは、損はないがどうしても気が引ける。

 

 背後に見知らぬ視線を感じながらに弓を引く。

 ぶれない様に、指の切っ先を標準に"手の内"を整えて、集中する。

 そして、変わらず力み放たれる。

 

 その軌跡はやはり、目標の的を当たり、その次の軌跡が地面に落ちた。

 未だに50メートルからの命中率は半々あればいいようなものである。

 

「なるほど」

 それを十数と繰り返して、彼は少し得心した様に呟いた。

 

「ちょっと、カイトの弓の使い方、途中で目線がぶれているねちょっと貸して」

「ん?あ」

 青の少年が評する、体幹の正眼、弓引く"手の内"の基礎も出来ている、集中力も申し分ない。

 しかし、それが弓を引き絞るごとにぶれている。

 弓を引く途中に結果、中てようとする意識が専攻しているように見えた。

 それはカイトがにとって弓は得手ではなく、その集中力は積み上げた研鑽を元に双剣と同時並行に『精霊術』を行使する為に、外の世界にも向けられている。

 それがどれも中途半端に、邪魔になっている様にも見えたのである。

 

「最後まで視線をぶらしたらダメだ。射った瞬間に中ったかに結果に意識が取られてる、弓を引くのには"残心"それも大事だ」

『樫の長弓』【狩人の心得】【継承の御業:精神スイッチ(ジョブチェンジ)

 そう言って見た目にカイトと同じ様な所為で、青の少年は弓を引いた。

 彼は先天的な戦士としての才能に、武技ごとの意識のスイッチの切り替えを得意とする。

 弓の心得、精神統一。

 若く熱く柔軟な心はそれを容易く引き出して馴染ませる、そして…。

ズダン!

 放たれた一矢は確かに綺麗な放物線を描いて、確かに目標の的を貫いた。

 

「ほらこんな感じ、本職の人は撃つ前にもう"中る"って確信があるらしいけど、俺はそこまではわからないけどさ」

 弓を下げて、構えを解いて何でもないように言う。

 究極であるところは心を無にし、肉体を同様に【我が身は弓である】と同一であるとする領域ではないが。

 青の少年の一矢は確かに、一流水準の弓の腕を誇っているのだった。

 

「凄い。よく風の中であんな綺麗に飛ぶ……」

 それを看取って……。

(彼、何か、似てるなぁ。何に似てるんだろ?)

【継ぐ接ぎの才】

 微かに感じた疑問。それを片隅において……。

 言葉でなく感じ取った表層を真似る、弓を番いて構え目標に向ける。

 まず発展するのは呼吸と姿勢だ、心構えはそうは真似できない。

 否、真似するより"己"を研ぎ澄ませた方が形に嵌る。

 

一射。

 ぶれる。まだ結果に目が行きがちな自己を自制して。

二射。

 

三射。

 風に惑わされ気味だった矢が少しずつ風を切りに乗る様に。

 

 先のイメージを反芻して、弓を引く動作を何度も何度も愚直に繰り返す。

 少しずつ結果が伴っていく。

 

ビシッ!

「たっ…!?」

 二七射目、指が切れ出血に包帯を巻いて中断するが。

 その頃には、カイトはかなり命中率を上げる事ができている。

 休息を取り感覚さえ抜けなければ、疲労が抜けた分に『呪印』(ウェーブ)の基礎を教えてもらうを"条件"に届くかもしれない手応えである。

 

 

「うん!上出来じゃないかな」

「えっと、ありがと、結局、グラン…だっけ、結局手伝ってもらって悪いような」

 それを、"蒼の少年"が背後に眺めていた。

 彼は、剣、槍、弓、盾、魔術も使う、技能の手妻師の類だ。

 この位で手を明かしたことには全くならない。

 

「気にしなくていいよ。自分で好きでしたことだし、ああ少し、色々な場所に興味があって話しをしないか。同世代の冒険者は珍しいからさ」

「ん、わかった。少しなら話せる面白い事はあるから」

 彼等は供に齢を十五と数える。

 その年で冒険者は者は珍しくもないが、それはそれとして大概は無為に命を落とすものだ。

 交友関係は力である有意義な事かと、彼等は話始める。

 グランは数々の"冒険"の話、カイトは"足跡"に"仲間の話"をそれぞれに。

 

「―――一番の経験は、『隔離領域』の事かな環境のそこ巡ったりしてたら、凄い物だったよ。500年前の『対魔戦争』の戦場跡地に発生した『隔離領域』、今は自然豊かな所で、所々マナの値が狂って凄い光景と生態系を作りだしてた。例えば獣が居て、人魚がいて、カニがいて巨人が竜がいた凄い所」

【隔離領域(アーカルム)帰り】

 冒険者グラン、彼が冒険者のなった理由は自身が抱く"夢"である。

 父親である元Sランク冒険者、その足跡を追って、そうなりたいと願う【父への情景】。

 彼が未開領域(アーカルム)に調査を行い辺境地に引き籠っている間に、先だって旅立ってしまった妹分を追っての事である。

 

「まぁそんな感じで夢中で探索してたら、故郷の『ジータ』……ボクの妹が冒険者としていつの間にか旅に出ちゃっててさ、心配だからこうして、里帰りから、飛び出して探し回ってたらこんなことに」

【純朴青年:兄の矜持】

 一般的に頭おかしい部類のグランより、その妹分は更に才能に溢れる冒険者である。

―――【万色有才】【英才教育】【努力する天才】。

 彼女は光輝に溢れた"光の戦史"(ディシディア)である事は彼が一番よく知っている。

 だが、それと兄心とは別問題である為、蜻蛉帰りに追いに駆け出した。

 

 それがグランという冒険者の経歴であった。

 

「なるほど、妹が、……心配だね。冒険者なんて、群れなきゃやってられないのに」

「うん、本当だよ。ジータが強いのもわかるけどさぁ、故郷にいた頃は結局一回も勝てなかった位だ」

 実態は知らないが、己に重ねて考えた。カイトにも故郷に血の繋がった妹が"いた"。

 成長と共にすれ違う感性と距離感に困って、良い兄妹仲とはいえなかったかもしれない。

 彼も、何も考えずに故郷を飛び出したと聞けば、自身の出来る範囲に説得し連れ戻しに向かっただろう。

 聖錬の冒険者なんて想いだけの、田舎者一人では死ぬだろう。

 家族なのだから、当たり前の事である。既に滅びて在りはしないものだが。

 

「夢かぁ、っていってもぼくは、何か誇って言えるって事もないね。後はここの南部の"闘争都市"(ルミナクロス)の闘技場の話とか……『死神』の事とか」

 対してカイトは、"足跡"を話す、明確に誇って言える夢はない。

 彼は一般的な『聖錬』の田舎村の出身であり、その経歴に『腕輪』以外の特別な何かはないのだから。

 この厳しい世界の流儀を、触れるまで知らなかった有り触れた純人種。

 冒険者としての外で成功していた親友(オルカ)に引っ張られて、何と成しに外の世界を見てみようと誘われた。

『―――だってお前と冒険したら、きっと絶対面白いじゃん?』

 親友が愉しそうに持ち帰る"世界"の事を、少し自身も見てみたいと思っただけである。

 

 その小さな冒険、小さな一歩を踏み出そうとしたその時に、『死神』の襲撃にて。

 カイトの育った世界にとって取るに足らない原風景は滅び崩れ去り、手を引いた親友は"自身を庇い"、幾何学光帯の中に消え去った。

 

【田舎育ち】

 それから後は記憶の限り、身に合わない目的を持ちながら。

 駆け出しの冒険者として生きるのに必死だった。

 あぁ、ただ己がやらねば目の前で消えたはずの親友を、己が助ける等と虚言を追った。

 故に夢は遠く、誇れるのはただ善き人たちに巡り合えた事に。

 互いに、理解は不充ともそれぞれの距離感に互いに補い合ってここにいる。

 

 その短い足跡位しか、誇る物も話せることもないのだから。

 

 

 

―――互いに、しばらく談笑しながら。

 

 

 

「あー、そんな事が。噂には聞いてた、『聖錬南部』全体を周囲を荒らしてた神出鬼没の"ディザスターレッド"って奴だね。通りであんな大騒ぎに」

「ん、僕等が闇雲に探してた敵討ち。珍しくもない話でしょ?」

 "死の恐怖"、『死神』の事を聞いての一幕。

 大した反応はない、村が亡びるなんて当たり前の事、人が死ぬなんて当たり前の事である。

 端折ってしまえば在り来たりな復讐の話であり、相手が既に討たれたと聞けばそれ以上に踏み込む理由もない。

 

「よし決めた!」

 

「練習を見て確信してたんだ。ひたすら基礎を反復する君はいい冒険者になる。良かったら僕等と一緒に来ないか」

 そんな声と共に。"青の少年"は握手する様に手を伸ばした。

 カイトは予想外な申し出に一瞬だけ、固まって。

 

「ごめん。僕には、まだ別の目的があるから」

 特に考えずにそれを断った。

 その言葉の通りに、カイトには目的があり、渇きがある。

 『蒼天』が動いている、故にまだ"事変"が終わっていないと彼も推測したのだろう。

 恐怖は絶やさなくてはならない、その根の先から、また不意に喪う前に。

 

 同時にその誘い方に、デジャブを感じて、彼の中に合った疑問が氷解する。

 

(あぁ、そうか彼、オルカに似てるんだ)

【ヒーロー】

 カイトにとっては少し、懐かしさを覚える様な匂いである。

 『英雄』の素質の匂いとも呼ぶべきか、それだけ人を惹きつける様な魅力と、そして輝かしい才である。

 彼はそれをよく知っていた。

 若くして冒険者として成功者であった親友(オルカ)と似た様な、豪快に夢を抱き人を"牽引する者"の雰囲気である。

 

 カイト自身は知らない、人の噂に忘れ去られたかつての称えられたもの。

 『蒼海』のオルカ。元『鬼人八部衆』である。『蒼天』と供に過去の大襲撃における『十罰討伐者(スレイヤー)』の片翼と謳われていた。

 

 歳の差もあるが、何事もいつもオルカが先を往く。

 それは隔絶していて『英雄』というのは、自身とは違う人種であるという認識の根源であった。

 少なくとも彼はそう感じて、認識して呑み込んでいる。

 

「そっかぁ残念。一緒に来てくれたら頼りになりそうだったのにな」

「世話になっての誘いだけど、ごめん」

 その答えに、"青の少年"は割と残念そうに頭を搔いた。

 "青の少年"には、割と人材コレクター的な癖が有ったりするのである。

 

「―――グラン……?どこ?」 

【炎熱地獄を越えて:依存僻】

 遠くでか細い声が響いた気がした。

 

「お仲間?呼んでるみたいだね」

「あっちゃー。もうそんな時間が経ってたか。俺はいくよ、人待たせててさ。今度また会ったら、余裕があるときに手合わせでもしないか」

「ん、それくらいでいいなら。色々ありがとう。でも、気を付けてね。『聖錬南部』は勝手な想像だけどまだまだ騒がしくなる…と思う。あんなバケモノがまた、現れないとも限らないから」

 互いに別れを告げて、 

 カイトは断言はできない故に、遠回しの忠告の様な言葉をかける。

 既に次にと『蒼天』が動いている、それが『事変』は終わっていない根拠となる。

 

 ああ、次にどうするればいいか、足掛かりは現状に見えない。

 しかし、予兆を手がかりを掴めば己はまた、"我慢"できないだろう。

 

 

「……あの人、剣、"竜属性"それも相当高位の、古竜」

【アナライズ】

 それを見送って、カイト一人になったところで。

 人見知りを発動させて、巫器に隠れていた儚紅の少女、姿を投影して顕れる。

 彼女は精霊である為、竜属性は『憑依具』をも強烈な生体磁気に焼き付け上書きし、死に至る天敵である。その懸念を声に出した。

 

「あぁ、オルカが言ってた伝説の、古竜の武具か。珍しいね、見るのは闘技場以来で二度目かな」

「やだ、怖い。アレに焼かれたら死んじゃう」

「大丈夫だよ。怪しい感じはしなかった。リコの人見知りも少しずつ治していかないと」

 彼女を宥めながら暢気に言う。

 敵対する訳でもない。単純に珍しい物を見たような感想である。

 ただ、再開に約束した立ち合いに、彼女の言う通り『絆の双剣』は用いないほうがいいと考える。

 

「休憩終わりっと、とにかく良いと思える事をやっていこう」

 振り出しに戻った目的に、彼は歩き続けてきた初心を久しぶりに口にする。

 『腕輪の担い手』として、拓かれた視野の第六感。

 侵略者たる『碑文八相』が討たれ、空間に伝播した砂石のノイズが薄く晴れて。

 現在のカイトは割と正気に近しい。

 

 それに『青の少年』の、一期一会の懐かしい匂い。

 自身の目的の原初である親友を思い出させる出会いに、想起されて口に出た言葉だった。

 

「忘れてたそうしないと、前に進めないよね」

【正道の歩み】

 休めていた切り株から腰を上げる。

 樫つくりの大弓を構えて、先の看取りを身に反復させて弓を引く。

 

 森の風景はざわめき、弓の引く音が風に流されて消えていくのだった。

 




 カイトは『呪印』(ウェイブ)の初歩のとっかかりを得ます。
 弓?まだ実践で使えるレベルじゃないです。
 
 カイト君の妹は、再登場の予定なし、きっちり死亡済み。
 厄ネタにしようと思っても、黒幕から見て目論見もうずれてるし、そこまでの価値を見出して保存するのは不自然かなぁと。

 グラン君はアーカルム帰りですが、当時に仲間が余りいないので潜んでる賢者(セプター)とは接触してない想定です。
 ただ地図更新して帰って来たよ!
 いきなり32将モニモニ付いてったとは考えづらいから、フォレストレンジャーとジャスミン(故郷にいる)だけだと流石に無理。
 リーシャはいるか知らないです。
 

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