ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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世界樹の侵略【増殖】
遠征【後処理】


―――とある『聖錬』南部の平原地帯。

 

 

 

ガタガタガタ……。

 カイト等冒険者の一団は、馬車に連結された荷車に揺られながら、日がな道を進んでいる。

 『高山都市』"ドゥナ・ロリアック"での侵略事変それから既に一月もの時間が経とうとしていた。

 カイト等は、彼等の事情が一段落付いた為に、遠征先であるそこを離れて。

 供に、隊商の護衛を依頼受けながら、ゆっくりと馬車に揺れながらも帰郷の途についているのだった。

 

 今回、彼らが護衛に付いている隊商はかなり大きい部類だ。

 他に最後部に、最前部にそれぞれに交代で配置について警戒しているのである。

 そして、なお彼等は、今は立派な"Bランクパーティ"である。

 

(……あのノイズは、あの忌々しい砂嵐はない。"波の侵略者"の兆候はない、か)

―――【腕輪の担い手:電制感覚】【レンジャー】

 カイトは役割(ロール)による哨戒態勢に、馬車に牽引された荷車の中央、高台部分に座って待機していた。

 その中で無理に開いた電子の"第六感"(シックスセンス)に目立って反応がない事に。

 事実に心から安堵する、その感覚に誰かが共感する事はないだろう。

 異邦の侵略者その顕現に伴う兆候は今の所、『腕輪の担い手』である彼と、電脳精霊であるリコリスしか感知ができない。

 風は穏やかに流れる。属性に染まった高山都市とも違い、周囲の属性値は平均的に漂っていた。

 

「天気も属性値も安定、今の所、危険の兆候はないよ」

「りょーかい。疲れたら早く言いなさいよ、見張りを交代するからさ」

「うん、ありがと」

 一般的に『聖錬』は人類の最大の生存域であり、属性値の安定地である。

 こう商隊の護衛依頼といってもモンスターや、死肉漁り(グールズ)等に遭遇する事は滅多にない。

 仮に、外に出るたびに毎度毎度の襲撃があるとすれば、それは相当に悪運に愛された人物と言えるだろう。

 

 ゆったり流れる時間の中、待機中の荷車の中から、姦しい声が聞こえた。

「あーっ、やっとボクらの『ライン・セドナ』と帰れるんだねぇ♪珍しくて刺激的だったけど大変だったなぁ」

「そーねー。あたしも予想外だわ。精々、足跡追っかけるつもりでいたのに、あんな事になるなんてさ……、なんというか、ごめんね?」

 背を伸ばしながら気が抜けた『白耳の魔術師』ミストラルが、快活に実感がこもった声を上げる。

 ミストラルはその蒸発した理性にて純粋な好奇心、興味にてこの遠征に同行したのだった。

 つまり、割とその立場は巻き込まれに近いのである。

 

「そんなのいーよいーよ。一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなったしさ、珍しい経験もいっぱいできた。結果良ければ全て良しってね(* ̄▽ ̄)d」

【理性蒸発】

 ミストラルは、本当に何でもない事と、サムズアップと笑顔で返した。

 彼女の心はある意味誰よりも自由だった。過去にとらわれず未来を悲観せずに。

 今が良ければ良いと、少しでも自分が考える善きに準じて、本心からそれに沿って振る舞うのである。

 

「ふふ、アレックスは元気にやってるかなぁ久々に顔が見れるよ。あっちで伝手が一杯で来たし、お土産話が一杯あるんだぁ♪」

「ミストラルは相変わらずねぇ」

【商いの才】【人妻:比翼】【ハーフエルフ:冷めない愛】

 窓に両肘を付き外を眺め、蒸発した理性に羽が生えたように跳ね上がる声が。

 彼女の熱量として辺りを照らす。

 実際に彼女は収穫として『高山都市』の周辺部落の住人から、信頼を得ており、彼らが暮らす山々に生態系たる霊薬・霊草・幻石等の取引の約束を取り付けていた。

 

 文化の波濤、ポータル都市の側面を持つ『ドゥナ・ロリアック』においても、その文化の隔たり故に取引口は限られる。

 復興に金子(ゴル)が必要な事もあり、どちらにとっても確かな利益となる取引であった。

 

 そんな移ろ気な天気に浮かぶ風船の心の軛となるのは、彼女の比翼である伴侶のみだろう。

 荷車の中で、そんな会話が繰り広げられるのを聞きながら。

 

「―――……ん、ふわぁぁあ」

「ほらリコ、そんなにぼーっとしてたら流されて逸れちゃうよ」

「ン……」

【電脳精霊】【フェイト】

 小さな同居人"儚紅の少女"である、リコリスは変わらず宙に漂っていた。

 『電脳精霊』、情報を多く捉えてしまう彼女は、人とは隔絶した感覚器を持つ。

 無知である事、無為である事に安らぎを見出す。

 

【壊れた心】

 無為にただ無為に生きる時間を長らえたい、今の彼女の願いはそれだけである。

 

がしっ、ぐい。

「まったく、もう」

【電脳精霊】【偶像少女】【憑依具】

 無為に漂うその手を掴んで。

 引き寄せてその膝に座らせ、風に流れてぼさぼさになった髪を撫でつける。

 

(リコは軽いんだから、小動物みたい)

 純粋なマナ構成体、受肉していない身体は当然の如く軽い。

 周囲のマナやチリにその身体を投影させているだけで、実の所その質量はゼロに近い。

 その幼子の姿見も併せた儚さは、父性とは違うが一応長男であった彼の、庇護欲を誘った。

 

 その銀糸髪を梳く。時々流して風に遊ばせる。

 

「……ん」

 リコリスはその怪我に、硬くばってささくれ立つその手を大人しく、受け入れている。

 彼女は基本的に人好きである。無為に人肌の温かさが混じるのは安心して、好ましい。

 彼女とて、この世界にて、ただ暢気に無為を享受しようとは思ってない。

 それが自身の"庇護者"として定めると決めていた。弱者を演じる必要もない、強き人なら、尚更である。

 

むいむいむいと。

 カイトは周囲を警戒しながらも、髪に指を遊ばせ。

 儚紅の少女は、多少引っかかる力に少し頭を振り回されながら、眼を細めて凪いでいた。

 

「おーいっす、って。なんか落ち着いてるわね。見た目は全然違うけどさ、そうやってるとあんた等本当の親子みたいねー」

「精々兄妹だよ。どうしたのローズ、まだ見張り交代の時間じゃないよね」

「へへ、暇だから来ちゃった」

 荷車の天頂部分の蓋を開いてひょこりと、ローズが顔を覗かせる。

 今の彼女は、彼女の役割(ロール)象徴するその背の大剣は置いてきているようである。

 

 彼女はそのまま、外に出て歩み寄って来る。

 

「流石に、ここに三人は狭くてきついんだけど」

「いいじゃんいいじゃん、今更気にすることもないでしょ。暇だから話しましょうよ。んーっ…!」

【ムードメーカー】

 "相棒"の苦言に、何処吹く彼の風と背中合わせに座り込んだ。

 そして彼女は後ろに腕を組み、硬くなった身体を解す。

 

「にしても大変だったわねぇ。よく死ななかったもんだわ。あんたがまだ"侵略者"が来るって言い張って、マジで来やがるし、必死過ぎて仇を討ってやった実感すらないわ」

「あはは……、まぁほんとだね。何処までも理不尽で、突拍子がなくて、重たい奇跡だ」

 過去を思い出す言葉溜息に溶ける、実感に満ちた言葉である。

 

 カイトの、ローズの仇敵である『死神』の襲撃に始まり、鉄心を燃やし流星が翔け、互いに死力を尽くして討伐を果たして。

 『蜃気楼の侵略』と呼ばれる『天に舞う人魚』(ローレライ)に侵略に、手痛い出血に備えて構えた者達の連動に叩き落とした。

 あぁ、思い返すのも億劫になるほどの文字通りの、濃厚な長い遠征となった事を思い返す。

 

 ただ必死だった。【超絶魔力】と呼ばれる強大な個に【領域作成】というマナ法則による法定空間。

 【魔王級】という存在。

 それが突然にして降り注いで、凍結された記憶の解凍、狂気に頭の螺子を外して殴り返し、前進し前進し、前進して、奈落の崖に堕ちることなく踏破した。

 

 それでも、奇妙な特効性を有する『腕輪の担い手』といえど、その侵略者は魔王級という存在。

 冒険者、カイト等だけの力では到底届かなかった。

 『蒼天の剣士』、『鋼鉄の騎士』、居合わせた『吟遊詩人』の一行に妄言を流さずに準備を整えた住人達。

 それに巡り合わさった幸運に、カイトは今ここに生きている。

 

 

「少し怪しかったけどさ。『情報屋』の"ワイズマン"の言葉通りに『死神』はそこにいたわよね。もうちょっと信じてもいいのかしら…?まさかアイツ、この事態を予想してたって訳じゃないでしょうね」

「まさか、こんなの誰も予想できないよ。『高山都市』に意味を見出したのは消去法で証拠を見出したから、だよ」

―――【妖精術Lv3】【知識の蛇】

 "情報屋"のワイズマン。確かに在野に見合わない、視野と情報網を持っているようだったが。

 割り出した方法論は『黄金精霊』の出没予測という根拠による消去法であり、突飛な飛躍はない事をカイトは供に確認して知っていた。

 

 カイトは知らぬことだが、喪われた遺失技術電子魔術(テクノマンサ―)の補助を受け、一流水準の妖精術を交えた”儀式術式”はそれを可能にしていた。

 

 風が流れる。

 話している間にも、他の隊商と思われる馬車にすれ違う。

 冒険者の一団なんかを引き連れて、荷に何かしらを一杯詰め込んであるのを確認できるだろう。

 

「へー結構、もう『ドゥナ・ロリアック』向かう人の行き来あるのねぇ、あっちは結構騒がしいけど、建物とかは何にもなくなっちゃったのにさ」

高山都市(あっち)は復興中だから、需要があるからね、うん。色々と」

 現状の崩れた生存域組み立てなおすには、モノが溢れる程欲していて、そこに機会が生まれる。

 特に、行商人なんて根無し草の様なもの、危険な大陸を巡り、常に何処かで売り回らないといけない。

 そんな彼等にとって、これは機会(チャンス)をあわよくば物にし、空いた地盤を確保したいという所だろう。

 大陸を回り、回って売り続ける商人だが、いつかいつかと自分の店を構える。

 それが一般的な行商人の夢なのだと言われている。

 

「でもなんていうか現金な物よねー。肝心な時には冒険者雇って蜘蛛の子散らす様に何処か行った癖にさ、平和になったらこう、甘い餌に群がるみたいに戻って来るなんて」

「まぁ商人って、そういう所あるよね。嗅覚が鋭いというか」

 彼女の言葉に、同意して少し笑った。

 この一団の中には、危機に意の一番に逃げ出して、街の冒険者を引き抜いて去った者もいるだろう。

 彼等の私欲だったとはいえ、文字通りに身命を削って立ち向かった身からすれば、少し釈然いかないところも少なからずあるのだ。

 

「過ぎた事を言っても仕方ない。死んでも欠けても世の中はその隙間を埋めて回っていく。今回見てそう感じた、きっと、多分世の中そういうもんだよ」

「ぶー!ちょっと愚痴る位いいじゃない。時々思うけど。アンタ物分かりが良すぎる癖があるのよね、過ぎれば悪い癖よ」

「そう、かな?」

 しかし、それが本来選ぶべき賢い選択である。

 カイトは愚かしくあろうとそれを選ばなかったのだから、恨むのも筋違いだった。

 そう、自身の認識に受け止めた在り方を、あり様のままに受け入れる処世術に、少なくともカイトはそう考える。

 

 どちらにせよ、これはただの仲間内の世話、または愚痴話でしかない。

 

 変わらず、荷車が街道を進むに連れて、ガタガタガタと決まったリズムに馬車が揺れていく。

 

 未だに属性災害も襲撃の兆候はなく、その旅は平穏そのものである。

 

「なんにせよこれで一段落ッ!死ぬかと思ったけど得る物もあったわ。少なくとも暫くは働く必要もない程度のゴルも手に入ったし、何かよくわからないお土産も―――何よりあたしら、もう冒険者としては一端(ベテラン)って認められたしね!」

「そう。Bランクかぁ……、あと半年くらい必要だと思ってたな」

『冒険者:Cランク→Bランク』(ランクアップ)

 そう、今の彼等は文字通りの"Bランクパーティ"である。

 『高山都市』における"冒険者ギルド"から推薦があって、それが受理されたのだ。

 少なくとも、それだけの働きはしたのである。

 

 信頼が評価の物差しになる冒険者という稼業、ちょうど一年でのCランク(駆け出し)からBランクへの昇級は、ほぼ最短の道筋と評されるだろう。

 

 今回の、少し大きな隊商の護衛を任されたのは、Bランク4人による集団(パーティ)の信頼が大きいのだ。

 

「帰ったら後で、その事を一杯祝いましょ!祝う対象が主催ってなんか変な話だけどさ、パーっと飲んでパーッとはしゃいでー!」

「いい考え。こういうのは理由がないと方が遠慮なく楽しめないから、そういえばリコの誕生日も祝ってなかった」

「あんたねぇ、相変わらず貧乏性なんだから」

【田舎育ち:貧乏性】

 こういう提案でそういう言葉が出るのが、田舎村育ち由来の貧乏性だろう。

 当たり前だが、村の備蓄には限りがある。

 勿論天候、季節、モンスターにも左右され、少なくとも絶対に四年ごとの『大襲撃』(スタンピード)に見越して備え続けねればならない。

 

 修羅の国『王国』と違い。『聖錬』における"大襲撃"(スタンピード)は少なくとも一月は終わらないのだから、その備えはその相応に必要となる。

 だから、理由が無ければ贅沢を嫌う、故郷の皆はその感覚が染み付いてしまっているのだ。

 

「でも僕等食事する所とか、いつも使ってるヴェルニース亭(ギルド)位しかないから、おいしい所とかわからないよ」

「あー、そりゃ問題だわ。今度先輩にでも聞いてみるかしら」

 そんな感じで代替ローズの考えついた"良い事"を、カイトが考えて肉付けしていくのだ。

 そんな、"相棒"という冒険者の両輪たる彼等の何時もの光景である。

 

しかし、カイトは想う。

―――彼等が追っていた『事変』の事について。

 『腕輪の担い手』であるカイトはまだ、これで幕が降りた訳では無い事を、拓いた感覚にて察していた。

 何より、真意は尋ねていないが、"鬼人八門衆"である『蒼天』が既に動いているのが、客観的な証拠となるだろう。

 彼は既にその事を、"相棒"であるをローズに既に告げていた。

 

 しかし。

 

(多分、気を遣わせてる、かな)

 しかし、ローズはそれを気にも掛けないように、話題にも表情にも出さなかった。

 いつも考え過ぎる己の"相棒"を引っ張り上げる様に、愉しく、快活に笑って、その手を引いてくれる。

 それに甘えて、カイトはうっすらと察している事実に、目を逸らしていた。

 

 風は巡る。車輪は回る、荷車は揺れる。変わらず襲撃はない。

 

 結局の所、そのままの勢いで以来の目的地である街に到着したのだった。

 その名しか知らぬ都市を、数日の滞在に後にして。

 

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 

 

―――聖錬辺境『ライン・セドナ』

 

 そこからは自力で故ある街である、水の田舎街『ライン・セドナ』へと彼等は無事に辿り着いたのだった。

 豊富な水量から巡る堀が幾多にもあり、敷き詰められた郊外の畑を越えて……。

 その安楽地である町と、外界を隔てる門をくぐる。

 

 

「やっと、着いたなお疲れ様、無事で何よりだ。帰ってきたって感じがするのは流れ者だった私には、妙な感慨だわ」

「えへへー。確かに、そこまで時間経ってないのに滅っ茶苦茶懐かしい感じだね♪」

 建物が密集する場所に着いて、ガルデニアの感慨を伴った溜息に同意する。

 そこは変わらず特徴といった特徴はなく、水気が漂い、適度に寂れた彼ら活動拠点とするが田舎町の風貌である。

 

『冒険者宿・ヴェルニース亭』

 

「………寝てる」

【憑依具】

 何時もの通りに、リコリスが人見知りを発動させて、己の揺り籠に隠れた後。

 

「―――あら、懐かしい顔が、お久しぶりですね。しばらく遠方へ出かけていたと聞いてますが、収穫はありました?」

「ええ、ひっさしぶりー!元気にしてた?見てよ視てよあたし等Bランクに昇格したのよ、すっごいでしょー」

 『ヴェルニース亭』の受付嬢"ヒバリ・カイルン"が、しばらく見なかった顔馴染みに、声をかける。

 まずは冒険者ギルドに顔を出して、その場所を借りて、打ち上げと共に旅の状況を整理する。

 身分の証明となるギルドカードを差し出して、ローズは『ドゥナ・ロリアック』に移していた所属ギルドの更新のついでに、自慢げに語る。

 

 ローズのその自慢を聞いた受付嬢は、一瞬目を丸くして。

「それはおめでとうございます!早いですね、貴方達は真面目に依頼をこなす冒険者です。遅かれ早かれとは思っていましたが」

「ありがとう。ちょっと出先に酷い目に遭いまして、その関係で推薦をもらったんです」

 称賛の声を上げる。実の所、冒険者ランクとしての"Bランク"は大したものではない。

 まさに一般的な冒険者の称号であり、ある程度の信頼できるというだけで層としては一番数も多い。

 ただし、その道筋をほぼ最短と呼べる期間で遂げたのは、偉業はないが、十分称賛に値するだろう。

 

 結局、冒険者なんて最底辺である。故に時間と実績で判断される。

 

「ええ、依頼を信頼して回せる冒険者は貴重なギルド宿の財産です。都会に上京して、そのまま戻ってこない冒険者も多いのですから、貴方達が戻ってきて一ギルド員としても嬉しいと思います」

 手を合わせて微笑みながら、言葉を続ける。

 

「―――『ヴェルニース亭』におかえりなさい。これからも頼らせてもらいますよ冒険者」

「ええ、もちのろんよ!」

 何気ない、社交辞令の迎えの言葉。

 それでもその言葉は、多少は必要とされているという実感に繋がるのだから。

 

(……改めて、帰って来たんだね)

 『高山都市』にて活動拠点にしていた冒険者宿『クルナリアック亭』も悪い所ではなかったが。

 "蜃気楼の侵略"に際して『紋章砲』(データドレイン)を撃ち放った、その後の誰もが向ける畏怖の、羨望の視線は何処か、居心地の悪さを感じていた。

 

 軽いお酒に、軽い料理を注文して、嗜みながら後片づけを行う。

 そして打ち上げも、終了して。

「フン、これで依頼は終了だな。想定外も多かったがまぁいい、報酬は事前の通りだ。用があるならまた呼べ、対価の分は仕事してやる」

「お疲れさまー!心配してるだろうし、早くアレックスに逢いたいからまったねー、楽しかったよー☆」

【孤独者の矜持】・【理性蒸発】

 そして一行は、それぞれの都合に別れを告げた。

 それぞれの生活があり、暮らしがある。長らく空けていたのだ、その歯車を嵌めなおして馴染ませなければならない。

 

「さて私も、失礼するわ。宿を取りなおさないとね」

 冒険者ガルデニアは元々に流れ者であり、身が軽い。利用している部屋を引き払っていた。

 数か月空ける予定なのだから、維持してゴルを払い続けるのも無駄である。

「思うんだけど先輩はもういっそ、うちに住んじゃえばいいじゃん?今もう荷物とか引き上げて、うちの空き部屋に放り投げてあるしさ」

 

 実際、彼等の活動拠点とする二階建ての家屋には、まだ余裕がある。

 『レンジャー』という役割(ロール)から、補助具を多用するカイト以外には、彼等のペアは物持ちは多い方ではないのだから。

 

「それは魅力的な提案だが……、うん。まだ遠慮しておこう」

 その提案をガルデニアは、少し歯切れが悪く断った。

 それは女の直観というべきか懇意にする彼は、懐の入ってしまえば何だかんだ、そのままの関係に落ち着いてしまう、そんな予感があった。

 仮に傍から形容するなら、"年の離れた姉弟"の様なと評されるだろう。

 それは、彼女の個人の本意ではないのだから。

 

「それに、私の槍も随分無理をさせてしまった。一からオーバーホールしなおさないといけない、改造品だから職人に付き添って一日仕事だ」

 ガルデニアが担ぐ、『グランシースピア・改』という魔具は、仕込み武器の類である。

 元が、人の身にて海を泳ぐ推進力とする為の機能を、魔力撃の発破と整形に利用しているそれは、定期的に手入れしなくてはならない"機巧仕掛け"の類である。

 だから、職人による定期的なメンテナンスは欠かせない。

 

 

 

―――『郊外:彼等の邸宅』

 そこからまずは一休みをしてから。

 懐かしい我が家、しばらく間のぶりに戸を拓く、小奇麗に纏まった木造屋である。

 外見からは変化は見受けられない、とりあえず留守の間に荒らされてないようで一安心だった。

 

 湿気の匂いが漂う。

「思ったよりカビ臭っ、何さも―!数か月放っといた程度じゃないさー」

「あはは、想像以上に、かな。まずは窓を全部開け放って換気して掃除しないと、重い物を動かすのはお願い」

「あいよー、どっこらしょっと!!」

【怪力】【練気法】

 多湿の気候、水気が多いのもあって、田舎町『ラインセドナ』の家屋は比較的に痛みやすい。

 締め切った湿気と、黴・埃の匂いが鼻を擽る。家具を動かして、埃を叩いて舞い上げながら。

 まず一日目で、すっかり埃を被ってしまった彼等の家の清掃と換気、虫除けのお香を焚くことになる。

 

「……ここが、お家?」

 警戒する様に、その頭を出して赤毛の一筋を揺らし、警戒しながら見回す。

 キョロキョロとその小さい頭をしきりに揺らすその姿は、まるでそのまま小動物のようであった。

 

「……!」

「何にもないよ、ただの蟲だって」

かさかさと。

 静寂の端に響く得体のしれない不気味な音に身体を振るさせて、そのまま裾を掴んで背後に隠れた。

 

 パシーンッ。

 なお、その中で"黒光りする虫"が出ようと、ローズは気にせず普通に叩き潰したという。

 

 そして作業に入る。

「んーっと、時間経って硬い!用心とはいえ、ガチガチに締め切ると苦労する」

【レンジャー】

ギシッ、ガラガラガラ……。

 結ばれた縄を解いて、時にナイフで斬り解いて。

 締め切られた雨戸を窓を開け放てば、日の光の匂いと、風のさわらぎが舞い込んで埃が混ざり合って日光に照らされて陰気を掃っていく。

 

 その作業を二時間もすれば、建物の中は随分と匂いが薄れていた。

 陽の光に、風の匂いはやはり清潔さを感じさせるものである

 

「いよっし完了ー!次はどうするのさ」 

「折角だから、洗濯とかお願いしていい。僕は、ちょっと放置してたガルデニアさんの植生手入れしてくる」

「あー、茂っちゃってなんか凄い事になってるもんねぇあいよー」

 そう言って裏庭に眼を配る。

 庭の片隅に植えられていた、実益と趣味を兼ねる薬草の類も、留守の間に氾濫寸前になっていた。

 管理しないと無尽蔵に増える(ミントる)類もあるのだ。手入れしなおさないと後が面倒である。

 

「おーい、リコリス洗濯物干すの手伝ってよ」

「ん」

【電脳精霊】【浮遊】

 その間にローズは、ついでに一斉の洗濯を行うことになった。

 声かけにコクりと小さく頷いて、ふよふよ浮かんで流れ作業に回ってくる敷物・衣服を物干し竿に下げていく。

 その後に、食材の買い出しに向かって、保存のきく物を買い足して。

 

 程々に慌ただしい、遠征の後処理である。

 そうこうするうちに時間は流れ、その日はあっという間に日は暮れてくのであった。

 

 夕食の時間に、久々に魔石式のコンロに火を入れて料理を作って、帰ってきた事を再び実感する。

 ローズは鼻歌交じりに、晩餐の準備とお酒の準備を始めていた。

 『マンドラゴラァ!!』酒はとっくに品切れていたが、『高山都市』特産の果実酒を幾つか土産に持って帰っていた。

 

 野菜を刻む音が、一定のリズムを鳴らす。

 なぜか、興味津々でそれを眺めるリコリスという変な構図が出来上がる。

 見ていても退屈な光景だと思うが、その有り触れたリズムが、なぜか彼女の琴線に触れたらしかった。

 

「……」

「そうだ。リコは何か食べたい物はある?」

 カイトは、それにちょうど良いと聞いてみた。

 この小さな同居人の好みに、出来る限り要望に応えて一品追加してもいいかと思う。

 

「じゃあリンゴ、パイ」

「あー……、ごめんそれは無理。調理器具ないし、リンゴは手元にないしね」

 少なくともオーブンがいる、彼女の目線が拗ねた物に変わる。

 彼女は甘い物がすこぶる好きらしい。『高山都市』で食べたリンゴパイの味は、新しい想い出(メモリー)に刻み込まれている。

 

(そもそも、おいしいものが作れる自信もないし)

 そもそもカイトの料理技能は手慰めである。少し困ってその頬を掻いた。

 後で、料理が得意な主婦であるミストラルに、作り方を聞いてみようと、そう思った。

 

(とりあえず今の食材で、作れる甘いもの……っと)

 少し、思い至って食材棚から、チョコボの卵を幾つか取り出して既にバターを溶かしたフライパンに割る。

 これは産地を選んだ個人的なお気に入りである。

 

 また細かいリズムにとんトントンと、空気とかき混ぜて。

 

 卵に牛乳に砂糖を入れて、フライパンを振るい、菜箸で黄身を描きまわしていく。

 崩れた様な黄色の見た目は余りよくないソレは……。

 

「なにこれ」

「んー、"スクランブルエッグ"、卵はいいよね、簡単に色々な物作れるから」

【田舎育ち】

 追加でベーコンを焼いて、野菜と供に皿に添えた。

 もうチーズ、バター、卵の類は彼が料理する際の十八番みたいなものである。

 後は塩加減でどうにかする。故郷よりはよっぽど調味料の類は使えるが、まだ未知数な物も多い。

 

 更に、凝った手順を工夫するには知識が足りなかった。

 

「出来たよローズ、運ぶの手伝ってー」

「うっし、待ってました!!お腹ペコペコよ」

 別にこさえたシチューが煮詰まった鍋料理を運んで、皿を運んで、食卓に並べていく。

 コップにお酒を注ぐ。果実酒のアルコールの独特な匂いが香る。

 

(……ちょっと、この卵甘いんじゃない?)

(ごめん、リコに併せた感じだから)

 実際、このスクランブルエッグンの味付けはかなーり甘くした。

 甘党だった、故郷の妹が好んでたレベルの甘さである。

 

(じゃあ、仕方ないかぁ)

 その答えに納得して、ローズも新しく加わった小さな同居人に目を流す。

 

「―――むぐむぐ」

 スクランブルエッグの挟んだパンを両手に挟んで小動物の様に、齧りついた。

 その反応を見るにこの位の甘さが、彼女も結構好みらしい。

 

 儚紅の少女の、見た目相応の所為に癒されながら。

 長旅の遠征の整理の時間は、彼等に帰ってきたという実感の安息を与えて、そのままに終わりを告げるのだった。

 

 


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