ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

70 / 128
覚悟【それぞれの黄昏】

―――次の日【ラインセドナ:中級街】

 

 天気は雨、適度な湿気の風が流れる何処かどんよりとした光景のあくる日。

 

 片付けの翌日、ラインセドナの住宅街にてぽつりと存在する喫茶店の様な小奇麗な邸宅。

 そこに、冒険者のカイトは尋ねていた。

 

 ここはラインセドナにて活動する『情報屋』の"ワイズマン"、その接触の拠点である。

―――『こん、……こん、こん』

がちゃ。

 いつも通りに、決められた符号に妖精仕掛けの戸を叩き、一人でに開いたその中に足を踏み入れた。

 

 圧倒的な在書に、紙の本特有の湿気たカビの匂いが鼻を衝くだろう。

 

 そこにはいつも通り、白髪のオールバックに老練な気配漂う"エルフ"の男が見える。

 久しぶりに顔を見せる、彼等の伝手である『情報屋』の"ワイズマン"である。

 彼は椅子に深く座り込み、白磁の陶器に紅茶を啜りながら、本を片手に読んで優雅な時間を愉しんでいる様子だった。

 

「―――ふむ、君か。まずは冒険者として昇級おめでとう、と言っておこうか。久しぶりにその顔を見るが、見違えた様だ。何処か油断ならぬ気配を纏っていると見える」

「えっと、ありがとうございます」

【魔術知識Lv3】【妖精術師】【鑑識目録】

 明け透けに言い放たれたそれに。頬を掻いた。

 開口一言である。相変わらずに耳が早い。彼にとってはその程度は既にお見通しらしい。

 

「改めてお久しぶりです、ワイズマンさん。今日は以前からの情報の件と、依頼の報告に来ました」

「その様子だと、予想外に成果があった様だな。活躍は"耳に"しているよ。直接、話に聞かせて欲しい」

 少し前から『聖錬』南部にて、語られていた局所的に起こる根無し草の失踪。

 集落及び都市の情報途絶の漠然とした噂。

 カイトは、一応にして『情報屋』であるワイズマンからその"事変"に繋がる情報を聞いて。

 今回の遠征に辺り、その全貌の調査の依頼を、彼から受けていたのである。

 

「えっと、そのちょっと待ってください。多すぎて何処から話せばいいか」

 その一つ一つ語る。

【事変の証明者】

 あの夜、潜伏していた彼等の仇である"死の恐怖"『死神』(スケィス)の存在、影に潜み闇に忍んで『聖錬』南部にて死をふるまった襲撃者のその先駆けの猛威。

 砂嵐(ノイズ)の予兆に、高山都市を襲撃した青空舞う旋律の天人魚『惑乱の蜃気楼』(イニス)のその顛末。

 そして、明らかにそれに連動するように動いた死肉漁り(グールズ)という。

 "見えざる"手の予兆の事を。

 

 単体で完結しないその"禍々しき波"が引き連れた。

 その、彼等が彼等の視点で『異変』として認識する推測できる全貌の事である。

 

「最初は平穏な物だった。同じで"異変"を負う『蒼天』の会えて、その段階では少しずつの前進を掴んでいると、思ってた」

 以前に『情報屋』のワイズマンの話に出ていた。

 『聖錬』に名だたる冒険者、次期Sランク候補と語られる『鬼人八門衆』"蒼天"との邂逅である。

 

「―――そんな時に突然に顕れた一つは死神のような人型、死の気配を塗り固めて、怨霊の凝縮した様な十字架を構えた漆黒の『死神』。これに、沢山、死にました、」

 記憶にまだ鮮やかに残る、"あの夜"を思い返して言葉にする。

【蒼天の剣】

 冷気に寄らぬ停止の権能(フリーズ)を焼き払い『蒼天』が対峙して、焼き尽くす天たる剣を響かせ。

【狂羅輪廻】

 また、"二重の滅び"の記憶に、彼たるの頭の螺子を外して、碓氷たる道を歩み抗った。

 

 しかしソレは天災の如く脅威、過去の『魔王領』との戦争に猛威を振るった侵略者と形容して表現する言葉に『魔王級』である。

 【駆動騎士】(ギアナイト)と呼ばれた精鋭たる鋼鉄の機巧繰りを翻弄し、半壊させたのである。

 

「そう、もう一つは白磁に文様を奔らせた点を泳いだ人魚(ローレライ)……、広域の高精度の幻術と魔法共通して、前々から確認されていた『黄金精霊』を作り出していました。だから確実に連動して繋がっています」

「ふむ、それが『異変』南部での集落の壊滅を引き起こしていた件の襲撃者か……、ちょっと待ちたまえ、それは一体ではなかったのかね?」

 『情報屋』たるワイズマンが息を呑んだ、静かな驚愕である。

 当たり前だが、『魔王級』と呼ばれるような存在の連続たる襲撃事例は、そう多くない。

 在ったとしても、五傑や戦姫などの"英雄"が存在する大都市以外にはその委細を伝える事無く、踏みつぶされるのが精々だろう。

 

「うん、襲撃した時期はズレてばらばらだったけど『死神』の出現時には、多分そこに潜んで存在してたのだと、思う」

【腕輪の担い手:第六感】(シックスセンス)

 流石に、カイトがそう"視え"るようになった事は『情報屋』には明かさない。

 彼は推測だけで、未だ未知が多い『腕輪』の影響と考えているが理屈は分からない。

 それに冒険者として、『情報屋』に全てを明かすほどに全面の信を置いていないのだから。

 

 『情報屋』は考え込み、そこから沈黙の時間が続いた。

 あぁ、彼の視野の範囲では、そこまでの事態に発展するとは思っていなかったのである。

 停滞する歯車を動かしてやるつもりだった。

 噛み合わされば、黒幕気取りたちに脚元を挫くことができると信じていた。

 

 "異変"と呼ばれた事象に先に観測された結果は。

 存在を隠蔽していた先兵である『死の恐怖』(スケィス)が、引き起こす単体での連続事象は、そこまで大それたものではなかったのだから。

 

 しかし、彼もその推測は甘く、あるいは間違えのようであったかもしれないと考えさせられる。

【妖精術Lv4】【知識の蛇】【鑑識目録】

 『情報屋』であり、特異な情報収集手段を持つ彼は、一般的にはまだ知られてない聖錬が守護の"四端"たる戦姫『応竜』の失踪、『永遠戦姫』(エターナル)の隠頓の噂をその網に取られていた。

 それが"異変"と連動しているかは未知数であるが、十分に可能性を考え得るのだから。

 

 長きにわたり、聖錬に在位する英雄の代名詞である筆頭戦姫、"四端"の存在は軽くない。

 それこそ民衆が、明日のより善きをを信じる象徴である。

 だからこそ、聖錬の上部は秘密裏に、秘密裏に、全てを処理してしまおうと考えているのだから。

 

 

 対峙した彼等の話を聞けば、どういう由来の技術かは知らないが、まさに無尽蔵たるを体感させられる。『―――あら、だから言ったでしょう"ワイズマン"?悪戯にこの流れを加速させるのは好ましくないとね』

 協力者である、"闇の女王"、白衣の術師の女の声が幻聴される。

 

 しかし、『情報屋』たる男は、悪趣味な演劇の様な話に、強い歩みに波紋を齎そうと信じた。 

 ……否、正確に言えば、実際はそこまで高尚な想いは抱いていない。

 自身の知識を、情報をやり取りし振る舞う事に優越感を得る『情報屋』としての側面を持つ彼は、割と俗人の類である。

 

 純粋に真摯に、世界を知りたいという欲求によって成された取引の事である。

 遺失した技術の提供によって完成した魔術儀式である【知識の蛇】、世界を観測する手段を得た。

 

【識たる幼■】【■■心】

 それを振るいたい、"神の手"の如く一石を投じて波紋を、そしてその先を観測したい。

 若干、子供染みたそれは"ワイズマン"の自我欲求(エゴ)である。

 だから、カイト等の背を押した判断した理性の裏に、無意識にそういう面もあるのだ。

 それは罪になり得てもあっても悪ではない。本能染みた欲求は誰にも心に抱えている物である。

 発生から"人でなし"の部類である闇の女王(ヘルバ)とは違うのだ。

 

(……とにかく、『蒼天』は壮健の様だ。それだけは良い知らせだろうな)

 "ワイズマン"は次期Sランク候補、『鬼人六門衆』"蒼天"とは面識がある。

 "蒼海"と同じく仕事上の微かな繋がりはあった。知る縁が壮健なのは素直に喜ばしい事だ。

 

 『情報屋』としての本能と、ワイズマン個人としての理性が、これからの事を考える。

 演幕の全体像の一部を知る"闇の女王"(ヘルバ)に、進んでしまった時計の針は、戻らない事を知らされていた。

 しかし、それでも思考を留めない、それが世界への自身の発露と同義であるがともに。

 

 見守る彼等のこれからの事を考える。

 そして、"選ばれた"と彼が知る『腕輪の担い手』に尋ねた。

「―――それで、君は、どうするつもりなのかね」

「どう、とは?」

 カイトは質問の意図が見えなくて、小さく首を傾げた。

 手入れは最低限に若芽の如き緑髪は、まだあどけなさを残している用に見えた。

 

「これからの事だよ。仇討ちだ、君が友人たる敵は取ったのだろう?目的は達せられたと言っていいんじゃないかね―――まだ、これに関わる気かね」

 客観的には情報収集の依頼の続行の是非。しかし実際その裏にそれ以上の意味が籠った、確認である。

 復讐とは突き詰めてしまえば自己満足であり、自己の気持ちの整理する為の行為である。

 区切りは確かについた。真っ当な人間ならそこで止まるべきだろう。

 生産性はない。それ以上は向き合うに己が只管に疵付き、何を生み出しもしないのだから。

 

「―――わからない」

 その疵付き、ボロボロになった両手を眺めながら。

 

「僕は、正しい道を歩けば、漠然と確信もなく"親友"(オルカ)を助けられると漠然に思って、ただ先を急いでたから。大事な人も家族も時間も忘れて、そんなわけないのに」

 時は戻らない、喪われた命は回帰しない。

 奇跡にすがるにはこの世界は残酷すぎて、死の断裂の後に偶然の糸を繋ぐのは一部の例外だけである。

 

 整理する一呼吸、言葉を時間をおいて。

 

「けど、"侵略者"を払い除けて畏れが晴れるまで……、僕はきっと、あの銀砂(ノイズ)が【侵略スル波】が見えれば、きっと我慢できない、だから―――」

【狂羅輪廻】【凍結記憶:解除】

 これは、カイト自身にも心の整理ができていない事である。

 ダビングされ、二度も心に焼き付いた蹂躙は、それに付随する様に再現された実体験として強く魂に焼き付いている。

 闘いの中に修羅の道ではなく、狂気の道にカイトを足引きするのである。

 

 突然に何もかもが崩れ落ちる、己に取り巻く時間が充実するほど、穏やかな程、それが蹂躙される、恐れは影となる。

 それが事実だという事を、カイトは身をもって体感しているのだから。

 それでも自棄に陥らないのは今の彼が歩んだ路に、色々な物を喪いたくない"重し"を持っているからである。

 

「僕は戦います。何が出来るかじゃなくて、ただ"侵略者"を許せないから」

 それ故に、また大事な物を抱える為に、この畏れは捨てられない。

 再び侵略者の影とらえれば、自身の手が届く範囲に歩みの限りに、その存在をこの剣を振るい否定するだろう。

 

「……そうか、ならば『異変』と思わしき事象への、調査は継続という事だな。なら、とりあえず一つ君の耳に入れておこうか」

 取引相手である彼は知っている、それは黒幕気取り達にとってはただの予定通りだという事を。

 そこに憐れみを感じ、行先に不安を感じ、そして"選ばれた事"への■■心も感じる。

 それを表に出すほどに、彼とて幼くない。あぁ、人間の内面は複雑である。

 

「これは、未だ不確定で情報だが……」

 少し溜めをおいて軽く口にするのは憚られる、それだけ重く大きな噂話である。

 

「―――聖錬が南部の抑止力、戦姫筆頭"四端"たる二柱、『応竜』と『永遠戦姫』それが"お隠れになったと"、そう微かに噂になっている。その裏付けにここ数か月の活動の痕跡が見当たらない」

「………!え、それは……???」

 彼はその言葉の意味するところに、呑み込めずに頭の中で疑問符を浮かべた。

 『竜具』に適応しうる血筋の価値に背だ交代を繰り返す、戦略級騎士である『戦姫』に珍しい。

 供に在位を百以上を数えて、四年ごとに繰り返す大襲撃(スタンピード)の大災害である『八罪十罰』を屠り続けた伝説たる騎士姫である。

 特に『永遠戦姫』と呼ばれる"テイルレッド"の扱いは、もはや現女神に近い。

 それが、一柱のみならず二つとも同時期にその姿を隠れるのは、稀代の異常事態と言っていいだろう。

 

 その言葉の意味がやっと頭の中で呑み込めて、反射的に溜息めいた声にでる。

「ウソ、でしょう」

「ふむ。やはりそういう反応になるな。しかし『竜具』の継承、次代に継ぐという予兆もなかった。状況証拠から言えば六割は黒だ。……果たして君が追う『異変』と関りがあるかはわからんがね」

 カイトの反応は、一般的な『聖錬南部』に住む者が、揃えて口にするだろう言葉である。

 そして何より彼は『闘争都市』にてその一柱である、テイルレッドこと『深紅の紐飾り』(リボンズ・スカーレット)の力を、その尽きぬ炎の輝きをその眼にしていた。

 

【精念人』(マナフレア)【竜戦姫】(ドラグーン)

 超越者、生物上位、既に伝説に等しき者。

 真っ当な手段では決して届き得ない、太陽の具現たる英雄(ヒーロ)であるのだから。

 

 カイトは改めて、その言葉を反芻して、考え込んだ。

 確定せず、可能性は限りなく低い事だが、『闘争都市』にて少しだけ知り合い言葉を交わした……。

 "ソーラ・ミトゥーカ"と名乗った、気紛れに天真爛漫な少女のイメージが被ったからだ。

 

 カイトは、名乗ったそのままに、彼女の存在を覚えている。

 

「………まさか、やっぱり在り得ない」

 その情報を頭を振るい、明確に言葉で否定する。

 この世界に永遠などない、それでも太陽が堕ちるのは容易くはない事である。

 具体的なイメージが重なれば、胸騒ぎに鼓動は大きく加速して、不安感に締め付けられた。

 

 あぁ、少し外に目を向ければ世界はやっぱり、何処までも掴み所のない悪夢の様だ。

 

「まぁ君が、どう受け取ろうと構わない。利用できる情報という訳でもないだろう。また新しく状況が動けば、連絡を入れる。今は身を休めて、精々備えると良い」

「うん。ありがとう、ございます」

 どちらにせよ意味する所は、一介の冒険者である彼には手の届かない、交わる事のない道である。

 確かに交わる侵略者に備えて、鍛え上げるのは変わらない。

 

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 

所変わって。

 

 

【聖錬南部:????】

 

 とある聖錬の郊外、未開拓地の一つであるそこにて。

 ふらふらと頼りなく、幽鬼の如く歩みを進める毒々しい結晶体の翅に、翡翠色の影が一人あった。

 

【人魔身:隻腕】【錬魂装甲】【心命狂化:狂愛】

 全身に度の爛れて、その左腕千切れている。

 それを突き出る様に細い体から生える緑色の装甲で貫き、愛剣を解いた糸(コイル)に脈が巡る様に繋ぎ留めている姿は酷く痛々しい。

 

【ツインテ狂いの加護】(おせっかい)

 その解かれた髪は乱に乱れて、その爛々と輝く目を覆っている。

 かつての友人のお節介に保っていた艶も、煤や埃に塗れて今はもう見る影はない。

 

 魔導時代の遺物の『魔具』であるAKまたの名をIS、今は彼女に応じて『応竜』と銘打たれたソレは。

 既に、彼女の意思にオドにて同化した機能にて、内部から自身が生成した魔石を損傷部位に宛がって、皮膚との硬度の違いに引き攣りながら引き上げて。

 冥々と輝く幾何学の紋章が喪われいく脈を、熱を生み出し巡らせている。

 

【戦闘続行:狂愛】

 それはさながら、地獄の巡礼である。

 普通ならば歩みを止める、叫び出す。そもそも内腑が割かれていれば、容易く死に至る致命傷だ。 

 しかし、あいにく彼女は"普通"ではなかった。

 喪われた肉を、自身の愛剣を解いた糸にて繋ぎ合わせて、物理と過稼働に焼き焦げた内腑を、魔具の機械的な機能に仮想投影(エミュレート)して代謝を行い、その命の熱を繋いでいる状態である。

 

【魔術知識Lv3】【属性:空星】【人情不解】【魔法の如く】

 彼女が狂気染みた愛と謳う幻想によって積み上げた、"魔法の如く"と呼ばれる体系技術は常に常に、星属性の星図を動かし続け、生命を活性化させる。

 しかし意識が断裂すれば、容易く潰える生命の灯である。

 狂い夢惨に堕ちながらも、自身の行いの責任に、現実を"注視"し続けるだろう。

 応報は当然だ。

 それだけ苛烈に愛しているのだから、その精神性から彼女は現実から目を逸らす事は決してないのだ。

 

 

 実の所、侵食を塗り潰そうとする度に罅割れ、砕けた。

 『穢戸鳴 辰祁』と呼ばれる少女の魂が存在は、既にそれを無理矢理繋ぎ合わせて歪になっている。

 "記憶が、己が何者であるかを、明確に思い出せない"。

 

「―――あ、あ゛、ここはどこ、だ」

【記憶■■】

 ただ毒々しく、見開かれた瞳は、痛みに焦点を定める事もなくただ熱に浮かされて漂っていた。

 目標など無く、足搔く、足搔く、朧気な記憶は像を結んでいない。

 引き摺る脚は果てはない。 

 ただ、己が取り返しのつかない崖に身を堕とした自覚はある。

 それでも、私が生きている、微塵に砕けていない。誠意・誠愛を尽くせていない、ならば。

 

「……まだ、まだだとも、終われない、私は」

 それを完遂せねば、彼女が強く信じる幻想の愛に光に、歩んで踏み倒した全てに恥しくて、とても生きていられないだろう。

 不器用な彼女は自身が狂っていると自覚しながらも、その愛に真摯でありたいと願い。

 そして、それを確かに履行していた。

 

 かつて伴友と繋がる空を見上げて、共に描いた空絵図は、自身で破り棄てて焼却した。

 故に、折れる事は許されない。形に成すのだ、何としても。

 

 

「進ま……ねば、人類の、『永遠無窮の幸福譚』を―――」

 些か過去に退行している。

 朧気になった魂に染み付いた言葉のみの想いを口にして、自身を鼓舞する。

 かつての彼女は、我欲にて人類の可能性という名の輝きを誰よりも信じている。

 故に人類が、その総力が異質に断裂した暗黒世界(ディストピア)"予■"を廃す事を疑いもしていない。

 

 事実、『応竜』たる彼女が期待する様な、個人にて世界をひっくり返しうる才は生まれている。

 運命より、決定的に違えた世界に人類戦役の最前線となる『七名の極光』(セブンス・ビックバン)

 若輩にて守護の要と謳われる戦姫筆頭"四端"に一柱に数えられる、聖北の『ユグドラ』。

 国を全て喰い尽くしうる剣鬼の黄昏期、"四差し"『刀神候補』。

 そして、その可能性に匹敵する最強の剣士の一角、『剣聖』に見出された『神剣』、『閃姫』。

 近い将来に『奏護』にて、襲い掛かる最悪を殴り倒し続けた至ってしまう常在戦中(職場)『死を齎す鴉』(ラストレイブン)

 

 そういう彼女が求めてやまない輝きが、己を容易く淘汰しうる偶然からなる祝福(ギフト)は。

 または将来にこの世に生まれ堕ちているだろう。

 しかしとて、その基準を全てに求め得るのが、夢惨に堕とされた彼女である。

 

【夢■輪廻】

 しかし、この世界の暗礁はそれで覆せるほど浅くはなく、来るべきめぐり逢いが無ければ届きもしない事を彼女は理解していない。

 『応竜』を堕とす為に、撃ち込まれた情報は限られているのだから。 

 破滅の崖しかない、足元を見ずそれでもと言い続ける彼女は、今は羽を捥がれた鳥でしかない。

 

 

「―――あ、―――ああ―――そうだ」

【光輝渇姫】

 元々に、その毒々しい眼に映る世界には"輝き"が満ちている。

 例えば今は弱き者も、強き者も、醜い者も、美しき者も

 今は届かない魂でも、いつか何かの形を成し遂げると、心の底から信じている。

 

 己でもできたのだ。可能性(輝き)の満ちる世界なら、応じるのも容易いと。

 そこが彼女の歪みの一つ、"四端"と謳われ『応竜』は、実の所、自身の評価は高くはない。

 己が築き上げた確固たる自信はある。しかし己は宝石の原石ではなかった。

 それはそうだろう、己はいつも、肝心なところで、肝心なところではいつも■てないのだから。

 才能はない事は自覚している。誰よりも生き急いで純人種より長い時間を歩んで、それでも―――

 

 だからこそ己が辿り着いたからこそ、諦めない。

 それ以上を誰もが、平等に成し遂げられると信じている。

 人は人ゆえに素晴らしい。

 その一つ一つに貴い輝きが宿っているのだから、とうわ言の様に呟いたのがかつての『応竜』である。

 

 身に巣食う何かに、意識に呼ばれている気がする。

「確かに、愛されて、生き残ったんだ。こんな所、で」 

【人類愛】

 接ぎ接ぎいだ、対抗してパロラマになる埋もれていた、ああ、かつて見た尊い光(輝き)の起源。

 『応竜』と呼ばれる以前から愛は有り触れた物だった。

 その愛を”今も”身に抱いて生きていると言う幻想・錯覚である。

 

『黄昏の碑文』【AIDA】【電子魔術:ハッキング】

 何かが彼女を呼んでいる、背を押している様な錯覚を覚えた。

 彼女の原初(オリジン)、限界集落であった故郷の家族は、いや皆は。

 ただ無力な子供であるという理由だけで彼女を愛おしみ……。

 ―――そして『大襲撃』(スタンピード)の中、モンスターの反乱に孤立する状況で、せめて一人でもと、幼子を生かすための少ない糧を与えて、犠牲として果てたのだ。

 

 一度、彼女はそこで壊れた。

 真っ当な価値観を焼かれたまま、その得難き輝きを希求し続けるようになった。

 

 その過去の声から、背を押されている、引き寄せられている錯覚がする。

「呼ばれて、いるのか」

 憧れは理解から最も遠い感情である。

 喪われた最も尊き光は思い出の中で何処までも美化されている。

 それは彼女を辿りつく人としての当り前の幸福から遠ざけるだろう。

 

 得体のしれない声に錯覚に惹かれて、歩みに目的が加わる。

 

 歩く。

 歩き。

 

 そして歩みの先、そこに在った物は……。

 

『―――ブォオオオオオオ』

 

【碑文八相:増殖】(メイガス)【苛烈なる萌芽(メイガスリーフ):円環の蛇】【世界樹の方程式】

 今はまだ眠る、幾多の葉に投影された苛烈なる萌芽、"禍々シキ侵略者"の端末。

 頭上の空を幾多もの(リーフ)が瞳文様を投影し、周回しながら圧力の視線を向けている。

 地上には覆い尽くすほどの、蛇をモチーフにした使い魔、端末の群れ、それに寄生された野生のモンスターの群れ。

 

 青空と地。その二つの包囲網が出迎える様に、『応竜』たる彼女を取り囲んでいた。

 

 

「そ、う、か」

 理解する。襤褸げな意識ながら、それを認識して呟いた。

 

「敵かァ」

ギイイイイイイイン!!

『ザ・スラッシャー』【錬魂装甲】【光輝渇姫:夢幻修羅】

 響き渡る空属性の破裂音、自身の冒険者時代からの獲物である。

 隻腕にて魔力に応じて編まれた、魔力噴出する為の変形魔剣を引き抜き構えた。

 一部を振り分け、解いて(コイル)にして縫合していた疵から血が噴き出すが、そんな細事は気に掛けるそぶりもない。

 

 『応竜』は確かに修羅である。故にこの世界の流儀は決して間違う事はない。

 歪んでいようとそれは精神の弱さとはイコールにならない。

 むしろ歪みの土台から、坩堝に堕ちた彼女の精神は魂の百年もの間、選抜血統の最前線『聖錬』の戦姫である。後戻りできる様な脆さは既に逝き過ぎ固まっている。

 

「あは」

【常時破顔:迎撃態勢】

 それを認識した途端に、瀕死に苦悶に歪んでいた頬が引き攣り、嗤った。

 変わらず、彼女の世界は輝きに満ちている。

 自身に襲い掛かる刺客や災害すら笑顔で持って愛し迎えるだろう。

 

【魔法剣Lv4:歓天喜地】【一騎当千】【虐殺の主】

 『ザ・スラッシャー』と呼ばれる魔剣が解けて、空間に突き刺さり、コイル状の糸が張り巡る。

 それぞれが魔法剣の付与の媒体に、空風の鋭さを纏い。

 

 その手を振り下ろす。

 

―――ヒュパ、ビイイイイン―――

 そして曲調が伝導する。

―――ザ、ザザガガ、ガガガ!!―――

【チェーンソマスタリー】

 血が肉が、その色をぶち巻け、飛び散り辺りを染め上げる。

 その指揮に応じて、容易く、取り囲む空を、幾多ものモンスター共をばらばらに解体したのだ。

 "四端"『応竜』と呼ばれた彼女の本領は、一対多の"虐殺"である。

 奏で上げる立ち回りも応じて虐殺の協奏曲は、数によるペナルティを"極限まで軽減する"。

 

 死に瀕してありながら、忘れながら亡くしながら、ただ少女は想う。

 

「かかって来るがいい。私は、まだ終われないとも!!」

【戦闘続行:狂愛】

 そして叶うことならば、受けた愛情の分だけ、誰かを愛そう。

 生きているのだから、応じて微塵に砕けるが愛する事への最低だ。その誓いはまだ果たされていない。

 

 人知れず、悪意に『侵略者』の予兆の先駆けに、極限糸が張り巡り虐殺の光景を演出するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ワイズマンさんは割と俗人として考えています。

『応竜』、記憶(GM参照ネタ)とついでに腕とびました。
瀕死だから取り込んで修理したろと誘い出したら本能染みた基地外で大暴れしてる図。
クビア枠強奪してったからしぶといぞォ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。