ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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※この話は前話とは直接的なつながりはありません。

ホームに戻ったころを想定してます。


傍話【綿毛の朧気】

―――小さい頃は同じものを見ていた。

 朧気に沈む意識の中、

 妙ななつかしさを覚えるセピア色の光景が広がっていく。

 

「―――……おーい」

 己の記憶の深い森の中に迷い込んだ。

 浮遊する意識の中だんだんと、音の焦点があってくる。

 

「おーい、カイトそんなところで何してるんだよ。早くこっち来いよ!」

「ま、待ってよオルカ!」

【野狩人Lv1】【幼子:未成熟な肉体】

 鬱蒼と茂る草木を掻き分けて進む、二つの小さい影があった。

 剣を背負い一人は遠めにわかるほどのしっかりとした体躯を持った偉丈夫の少年であり、

 息を切らしながら追うもう一人は背丈を二回りほど小さく見える若葉色の幼子である。

 

 対格差から先ゆく偉丈夫の少年に、息を切らしながら追いすがる子供の構図にも見えるだろう。

 

「―――もう息が上がってんのか?なっさけないなー。そん位でへばらねぇだろ普通」

「だからオルカの普通は普通じゃないんだよ。何度も言ってるけどさ」

【先祖回帰(ハーフ):巨■の因子】【頑強】

 からからと笑う偉丈夫に、不満げな文句を返す若葉色の幼子。

 齢が3ツ程離れた彼等は小さな頃からの幼馴染ともいうべき仲であり、友人関係であった。

 まぁ大体に、若葉色の少年が振り回されている。その行動力に溜息をついて髪を描いた。

 

「考える間もなくついてきちゃったけどさこんな所に来て大丈夫なの。ここらへんはモンスターも出るからアブナイって大人も言ってたよ」

「大丈夫だって、近くに巣もない出てくるにしても小型だろ、思いっきりぶん殴れば倒せる」

【ソードマスタリー】【錬気法:海の呼吸】【努力の才能】

 軽い遠出に心配する声に、軽くニカッと笑いそう言い放った。

 この友人は村の自警団という枠組みの"大人衆"と同じように、いやそれ以上にモンスターを単独で相手できる子供だった。

 まだ齢は12も越えていない。それでこれである。

 村の子供、同世代の中でも二回り抜けているだろう。

 周りの大人は身体の出来が違うと、大きな期待を寄せているのを知っていた。

 

「はぁ……、もういつものことか。ちょっとでもアブナイと思ったら帰るよ。守ってよ、怖いんだから」

「おうよ、俺に任せとけって。なんだかんだ付き合い良いよな」

【田舎育ち:斧】

 まったく応えた様子のない豪快な無邪気な声に、若葉色の少年は腰道具にマウントした斧を握りしめ、諦めて後ろについて回る。

―――未来にその手に馴染む剣など持ち歩かない。まだその身体では満足に振るえない。

 そんな彼の、せめてもの護身道具である。

 

 大人衆に教わった歩みに、周囲を警戒しながら草原帯を歩いていく。

 コツコツと足場を叩いて、歩きかたの確認をする。大人が言う属性値を地面の感覚から反証しようとする。母の手作りの靴は、この友人に無茶に付き合えばすぐにボロボロとなる。

 

 

「で、見せたいものって何なの?」

「そうそう。一気に咲いたんだよ綿毛、"パラアザミ"だっけか、一面真っ白で奇麗だからおまえにも見せなきゃと思ってさ」

「んー芽が食べれる奴だっけ、綿毛が飛び交うところなんて見てどうするのさ」

【野狩人Lv1】

 "パラアザミ"、キク科と類似する白綿な花を咲かせる植物である。

 枯れた当時に綿毛が爆発して、種が風に乗って遠くに運ばれていく生態を持つ。

 しかし、若葉色の彼にとっては時期によっては貴重な食糧、若芽が食べられる山菜の植物の一つでしかない。

 そんな大きなことでもない。少年が持ち掛ける話はそんなものだった。

 

「わかってねぇなー。こいつら種を飛ばすのは季節の一瞬だぜ一瞬、すげえ迫力なんだ。食べれるか食べれないかより重要だろ」

「ロマンでお腹は膨れないんだよオルカ」

 彼等が住む故郷は、特徴といった特徴のない田舎村である。

 歴史は浅く、領域を保証する調律機(ハーモナイザ)はもちろんない。そして住民は百と数えるほど。

 知識を伝導する"キルヒアの牧師"もまだ居ついておらず、"行商人"は滅多に立ち寄らない。

 この世界に四年ごとの大襲撃(スタンピード)以前に滅んだ村の跡地に、流れ着いた父母の代から、根付いて営んできた小さな共同体である。

 

 この世界の村々は入れ替わりが激しい。大概が三十年から四十年で入れ替わるものである。

 それでも人は麗しく生き残り、互いの文化に血が混ざり合う。

 積み立てた歴史がリセットされた、そんな何の変哲もない珍しくもない村の一つ。

 

「いいからいいから行こう!百聞は一見に如かずだ!いい言葉だよなぁ考えたやつは絶対頭いいぜ」

「あーうん、楽しみにしとく」

 豪快に笑う偉丈夫に、いつもの事だと諦めて目を細める少年、確かに友人同士でも彼等の価値観は割と大きく異なっている。

 オルカはどこまでもロマンティストであり、"未知"に期待に満ち広い広い世界を見つめており。

 カイトは保守的な考えに、"未知"には恐れをもって、小さな閉じた世界の日々に明日を生きる糧に心を一杯にしている。

 

 どちらかと言えば、若葉の光景が色の少年の方が一般的な感性である。

 食料に関心は大きい。

 少なくとも四年ごとに訪れる、モンスターの氾濫現象、大襲撃(スタンピード)に"聖錬国"におけるそれは王国の様に数日に終結などしない。それに対する備蓄は必須なのだから。

 一月二月と長く続き、それに対する備えが無ければ滅びるだけである。

 故に保存できる食糧は保存して、出来る限り温存しようとするのだ。

 モンスター肉を主食に据えるのはモンスターパニック、修羅の国、『王国』位のものだろう。

 

がさ……がさと

 彼にとっては視界に迫るほどの草原を掻き分けて、歩いて抜けて。

 

 彼等が知る周囲を見渡せる小丘に辿り着いた。

 

「よし!まだ大丈夫だな。よかったこれで全部散ってたらただの骨折り損だからな」

「ふぅ……、やっと着いた疲れた」

 眼下には一面に、所々疎らに白い綿毛の光景が広がっているのが見えるだろう。

 まだ穏やかに吹き付ける風に、綿毛が静かに静かに揺らいでいる中、座り込んで眼下を見渡す。

 

 まだ散るには早いだろう。育ちから自然になじんだ彼等はそう察せる。

 その間……。

 

「あっちになんか小さく見えるだろ。あれがここらで一番大きい街『ヴァーミリオン』らしいぜ。こっからでも少し見えるのはすげえよなでっかい街だぜ」

「そうだね。どれだけ人がいるんだろう。英雄さんに"戦姫"様が一人常駐してる街だったけ」

「そうそう会えるなら一度会ってみてーよなぁ」

 小さく片隅に見える街を見ながら、流れてきた噂話。

 時々訪れる吟遊詩人(バード)の運ぶ詩を思い返して彼等は時間を待った。

 

「大人たちの中にも『ヴァーミリオン』に行った人たちは何人いるかねー。元冒険者っていうのは珍しくないけどよ」

「そりゃ結構いると思うよ。でもそこに居ついてないってことは居場所が作れなかったてこと」

 『ヴァーミリオン』は南部においてはモノの流れの中心地の一つであり、都会ともいえる街である。

 "選抜血統"、"S級魔具"(伝説武具)を持つ戦姫は、聖錬国における民草の話題だ。

 故に、彼等にとっては共通する興味の対象だった。

 その運ばれていく(誇張された)噂と逸話は、まさに宝石のような輝きを夢想させるだろう。

 

 なお、"英雄"とは暗闇を照らす篝火、安心して眠れるの夜への担保ともいえるのだから厳しいこの世界で代えがたい価値がある。

 居場所を掴み取れる人間ならば、そこに居ついた方がよほど良い。

 人が作り出した楽園、街というのはそうして大きくなっていくだろう。

 

―――ぴく。

【田舎育ち】【■火】

 予兆がある。未だまだ自覚しない若葉色の少年の感覚に、騒ぎ立てる小精霊の感覚が伝わってくる。

 

「……多分、そろそろ大きな風が来るね」

「おっそうか!せっかくここまで来たんだ見逃すなよ!」

 一気に跳ね上がる友人の声に、苦笑しながら白綿に化粧した草原を見渡す。

―――ぶわぁ

 その言葉通りに風は吹いた。爆発的に一気に吹き付けるように空に色彩が広がっていく。

 

 圧巻とひらりひらりと降り注ぐ、積もる綿毛に彩られた青空に、白さが疎らに塗られていく。

 時間が経つほどに広がって流されて流されて絵画となる様に。

 体感する時が長く引き伸ばされて、魅入らせた。

 

「……あ、うん。こりゃ凄い。まるで雲、弾けていく風船みたいな」

「だろー!」

 その一部が彼等のいる丘上にも落ちて、草の影に隠れていく。

 カイトは指先に触れる、掴もうと指に絡めようとすれば微風に逃れていくのを見ていた。

 

「なぁカイトあの綿毛さ、飛んで行った先でどうなると思う?」

「さぁ?あれだけ飛んでるんだから、結構たくさん育つんじゃない。春になれば芽と葉を塩に漬ければ、おかずが増えるよ」

 オルカに問われて、あの綿毛の"もしも"の先の話を考えて応えた。

 考えるのはやっぱり明日の糧だが、この圧巻の光景も併せて、そんなこと考えた事もなかったなと新鮮な気持ちである。

 

「もっとワクワクすること考えようぜ。でっけぇでけぇ立派な"パラアザミ"になるかもしれない、こん中から変異して紅い真っ赤な綿毛を付ける奴があるかもしれないんだぜ」

「大きくなるのはともかく、食べれるかわからなくなるのは嫌だな」

【開拓者の資質】

 その答えは不満だったか想像の話を膨らませた。

 その中の一つが、大きなアザミになるならばそれはまた迫力の光景になるだろうし、紅いアザミになりそれが一面に広がれば、また違った奇麗のなものとなるだろう。

 

 そういう"もしも"(IF)の話が、三度の飯より大好きなのがオルカという少年である。

 

 彼等はそのまま穏やかにしばらく意味のない事を話しながらも。

 時間が経つのを、空模様に流れていた。

 

 そして。

 

「―――俺さ、もうすぐこの村から出て冒険者になるわ」

「そう」

 一言に流した。若葉の幼子にとってはすでに察して知っていた事である。

【努力の才能】【白鳥の如く】

 彼にとってはいつ言い出すかの話であって、友人がその為に、掘り出した木剣を握って何処までも努力していたことも知っている。

 

「おとうさんとかは説得できたの?」

「いやぁ、全然。親父とお袋は反対してる。そんなことしたら絶交だとまで言われたぜ」

「ああうん。まぁ、働き手が出ていくとなったらねえ、仕方ないよね」

 有望な働き手なのはもちろんだが、特に偉丈夫の彼は有望視されている戦闘要員の一人である。

 現状でもこの友人は中型のモンスターに危なげなく勝利する、それが勝手にとび出ていくのは大きな痛手だろうなと、のほほんと考える。

 

 まぁ彼等にとっては、おおよそ関係のない"大人の都合"である。

 知ったことではない。

 

「だから、次の季節の始まりによ、黙って出ていく事に決めたんだ。誰にも言うんじゃないぞ」

 実にあっけらかんと言う。

 友と呼ぶカイトにこうして告げるは信頼の証なのだろう。

 

「冒険者なんて、社会の底辺だって大人は言うよ。オルカは本当にいいの?」

「おうよ、わかってる。それでもやっぱり憧れが止められねぇんだ。なんというか、どうしても退屈なんだよなーこの村は狭くて窮屈すぎる」

 しかし、その程度でそんなもので友人は縛られない。

 その心は海の如く、果てのない世界に向けられているのだから。

 日々の貧しさに静観しているカイトにはよくわからない感覚だ。そこは友人を理解できない。

 

「―――知らないワクワクするものを一杯見たいし、うまい物も喰いたいし、色々な奴に会ってみたい」

【開拓者の気質】

 オルカの言葉は続く。

 聖錬国に冒険者が目指すのは、大概に国への士官目的、あわよくば騎士への登用である。

 それですら一般的には夢物語であるのだから、ただロマンに生きようとするそれは一般的には無謀にしか映らないだろう。

 

「あぁ、そうだ。『パリス同盟』にも行きてえ、吟遊詩人の定番ネタ生ける伝説"永遠戦姫"(エターナル)にも会ってみたいしそれに継ぐ『応竜』にも会ってみてぇ、とにかくやりたいことが多すぎる!」

【白鳥の如く】

 更に思いついたように、次々と言葉はオアシスの如くに湧き出てくる。夢見る田舎者の欲は尽きない。

 それに心を燃やしてただ愚直に剣を振るう。

 この世界の上澄みの流儀に自然に適応できうる才能を持っていた。

 要するに気持ちのいい馬鹿になる才能であった。

 

「相変わらず、だね。まったくさ、あんまり欲張ると痛い目見るかもよ」

「そん時はそん時だ、笑ってごまかすさ。知らないもの踏み入れるってそういうもんだろ」

 膝を組み空に仰ぎながら呆れも入った溜息、若葉の彼はずっと聞いてきた。

 真似できない。いつも彼はただ眩しいと思った。

 そしてこの厳しい厳しい世界でも、この友人ならできるかもしれないと無根拠に思わされる。

 

 白綿に光景が晴れゆくを眺めながら。

 一呼吸、おいて。

 

「本当なら、お前も一緒に来てくれると心強いんだけどなー!」

「冗談、僕じゃ足手纏いになるだけだよ。"英雄"様には会ってみたいけど、そこまで外に興味ないしさ」

「ちぇー、絶対楽しいと思うんだがなぁ今は仕方ないか」

 再三の誘いの言葉に、にべもなく断った。

 若葉の彼は知っている。いつも偉丈夫の友人が外に誘うときは己に歩幅を併せて遅らせていることを。

 カイトとて最低限に体を鍛えている。

 田舎村暮らしだ。若い男子は将来的に自警団の枠組みに組み込まれるだろう。

 自衛せずに、国が助けてくれるほどにこの世界は甘くない。そう大人から教え込まれて、棒振りと弓手の真似事をさせられていた。

 

 それでも生物的な格が違うが如く。

 

 元々に身体の出来が違う事を、そういうものだと受け入れている。

 対して、彼の現実は明日の貧しさに一杯一杯である。無理に今の生活を家族を捨て去ってついていく理由もない。

 

 何より、この友人は己がいなければきっとその足は、もっと強く先を行く事が出来るはずなのだから。

 

「とにかくここで応援してる。もしオルカが負けて帰ってきても笑い飛ばしてやるからね」

「ぜってぇそんな事にはならねぇよ。一度決めたら俺は絶対曲げないからな」

 カイトは冗談交じりにからかって、オルカは強く自分の意思を断言する。 

 

「そろそろ帰ろう、戻ったら薪割りの仕事があるから」

「おうよ。俺もお袋に怒られるだろうなー。"また言いつけ破って遊びに行ったのか―!"ってよ」

「あー、簡単に想像できるね。実際遊びだから仕方ないじゃん」

 ここへの移動時間も含めて一刻とそこらだろうか、戻ってやらなければいけないことも多い。

 小さな田舎の共同体である。人手はいつだって足りていないのだから。

 

 二人は来た道を歩く、歩く、帰路に着く。

 モンスターの遭遇や、怪我などの想定外に見舞われる事もなく、無事に村へと到着して別れる。

 

 日々は巡る、穏やかに単調に流れる時間の中。

 

 

 

―――季節は移り替わる。

 時間は、朝日すら顔を出していない夜の暗闇がまだ降りかかる頃。

 村の端にてひそかに、話をする二つの影があった。

 

「ふぁ……眠い。んー、本当にこんな時間に出ていくの?」

「大人たちも朝早いからな。こういう時間に出ていかないとよ大人にバレるし、危険だかんな」

 カイトは旅立つ友人の見送りに朝早起きして、その小さな背を伸ばしてあくびをしながら惑う。

 時刻は4つ時、この時間なら大人は誰も起きて居ない、日の出も適度に近い。

 明け告げ鳥もまだ深く寝入っている様なそんな時間である。

 

「最初はどうするつもりなのさ、何処に向かうつもり?」

「とりあえず『ヴァーミリオン』を目指そうと考えてる。途中で町を経由しながら冒険者やって、金を稼いでよ。準備は心許ないが仕方ねえよな」

 予定を聞く、何も気負う事が無いように、いつも通りの快活な表情を浮かべた友人の声を聴きながら。

 その様子にどこかカイトに安堵する。

 いつも通りに、この友人ならこの先も大丈夫だと感じさせるからだ。

 

 そして、もう一度念を押した。

「辛かったら帰ってきても、誰も気にするやつはいないよ。同じように村から出て行って戻ってきたそういう大人もいるしさ、酒の席での笑い話になるだけ」

「わかってるってーの、まったくカイトは心配性だな」

 つまらない意地を張って、死んでしまう。そんな良くある話が一番どうしようもないのだから。

 それでは"無謀な愚か者"(ドン・キホーテ)しか残らない。この世は結果が全てである。

 

 そんなのは悲しすぎるのだから。

 

 あいもしている間に日が少し頭を覘かした、頃合いだろう。

「おう、またな"親友"。きっと次会うときは一端に冒険者として名を挙げてやるさ」

「気恥しいからその呼び方やめて」

 なんか悪戯にグレードアップした呼び名。

 悪戯が成功したように笑いながら快活に偉丈夫に照れて、その頬を掻いた。

 

「うん、またね。オルカ」

 短く切り取って返す、カイトとてこれが重たいものだとは考えていない。

 そのくらいに、友人の無法天の強さを信じている。

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

―――その後の事。

 

 時は半年は経ったか。

 カイトは相変わらずに、穏やかに流れる貧した生活を必死に回していた。

 朝起きて家畜の世話をして、昼に畑を耕して、余った時間を時折食料を探して複数人で山を駆け巡り、自警団の大人衆による稽古を受ける。

 

 時折訪れる"行商人"や、"吟遊詩人"を、外から運ばれる新しい風を楽しみにして。

 貧しく忙しくせせこましく、穏やかな時間が流れていた。

 

「―――おーっすカイト久しぶりだなぁ!」

「!………?!」

 干した枯草から籠を結っている頃に、久しぶりに聞く快活な声に目を丸くした。

 突然に本当に何食わぬ顔で、両親と絶縁までして遠方で活動してるはずの友人が帰ってきて顔を見せた、当然である。

 

【ソードマスタリー】【魔法剣Lv2】【呪印術】

 その姿はやはり村にいたころからは見違えている。

 特に装備は揃えたかその巨体に見合う巨大な剣に、基本的な魔具を身に纏っているのが見えた。

 更に何かを学んだか、呪魔を扱う塗布を武器に施しているらしい。

 

 そんなことを、村の"呪い師"の話を思い返しながら、観察して。

 

「……はぁそういえば、小さいこと気にするやつでもなかったか。うん久しぶり、オルカ」

 元々に人の目を気にする性格でもない。良く知る友人らしい破天荒さに久しぶりの溜息をついた。

 黙って出て行った負い目も、成功するまで帰ってこないという意地も特にないらしい。

 

「軽く帰ってくるからびっくりしちゃった。変わったね」

「そういうお前は良くも悪くも変わんないな。つまんねえ顔しやがって」

 何気なく、そんないつも通りの距離感の会話を続ける。

―――友人は持ち帰ってきた外の世界の土産話を、楽しそうに語り続けた。

 あぁ友人は変わらずの好奇心で、無茶なことを進んでしているらしく。外の世界の変わった規律(ルール)、文化、生き物、植物、そしてモンスターの脅威そんな話を切り取って話した。

 冒険者として信頼できる仲間も出来たという。 

 

【開拓者の資質→冒険禄の綴り手】

 良い話ばかりでない、理不尽なことも醜い事も多くあった。

 それでも間違えなく、友人が歩いてきた、狭い世界の枷から解き放たれた道筋である。

 

 カイトはそれを聞いて。

 

「うまくやってるようで何よりだけど、なおさらこんな村なんて忘れてしまえばいいのに、帰ってくるのも手間でしょう」

【田舎育ち】

 カイトは純粋に思った。それは疑問であり、それは勿体ないという貧乏性である。

 時間は有限なのだから、そんなに目を輝かせる様子を見れば、こんな何もない田舎村に帰ってくる意味を見出せない。

 

「寂しいこと言うなよ。だって、俺別にこの故郷が嫌いなわけじゃないんだぜ」

「そういうもの?」

「ああ親父を見返してやりたいし、お袋を安心させてやりたいし、お前もいるしなぁ」

 それこそを彼は笑い飛ばす。その疑問は彼にとってつまらない話である。

 あぁ、価値観の天秤が外の世界に傾いただけで、変わらずこの村も大事な故郷であるのだから。

 オルカという少年は基本的に欲張りである、捨てることはできない。

 

「ああ、そうこいつは土産だから」

『素人の双剣』

 思い出したようにその背から取り出して、手渡した。

 両手に握る、ずしりと重たい。

 それは鈍い輝きを放つ、切れ味の悪い特に変哲のない鉄の塊の如く無骨な二振りの剣である。

 

「『素人の双剣』っていうらしいぜ。【魔法剣】の修得に有用な武器らしい、話は聞いたことあるだろう」

「ふーん、いいのもらっちゃって?高い物だったら困る」

「いやー、青空市場で買った安もんだぜ気にすんな気にすんな」

【魔法剣Lv0/5】【■火】

 その手のままに振るってみる。

 本当にぬるま湯の様な微々たるものであるのだが、気合を入れて強く握ってみれば少し熱を持つ。

 自覚しない、微かな才。オドの性質を表面に出しやすい程度の才である。

 

「おー実際できるじゃん、案外いい買い物だったかもな!簡単な"術式"とか教えとくから反復しておけよ。身につけておいて絶対損はないんだからよ」

「ん、ありがと、話に聞いてただけのものを、端でも触れれるってのは、なんかわくわくする」

 なお、この『素人の双剣』はオドの逆流にて腑を焼かないようにする補助輪でしかない。

 維持自体は容易いが、補助輪付きでは攻撃性を鋭くするに邪魔にしかならないのだ。

 将来的には枷になる、そんな事は知る由もなく―――。

 

 会話の中に思いついて。

「妹も会いたがってたし、ちょっと、うちに寄っていく?」

「いいわ。先にちょっとお袋達にも会っときたいからなー。親父には殴られるかもしれないけどさ」

「そっか」

 若葉の少年の妹は、憧れに近い好意をオルカに抱いていた。

 同世代とも大人達とも違う雰囲気を持つ"規範に縛られぬ相手"(アウトロー)に、思春期に抱く麻疹のようなものである。

 

 それが男女の機敏であったか、兄であっても異性のカイトには分らない。

 

 分かれる。

 そしてオルカは、一日二日に滞在でまた旅立っていった。

 

 それからも、この豪快な友人はたびたびに、故郷に帰ってくるのだが。

 

「ところでよ、考えは変わらないのか、お前と旅できたら絶対楽しいんだけどなー」

「まだ言ってる……。いいよ。僕の居場所はここでいい」

 そのたびに友人であるカイトを知らない外の世界に誘うのだった。

 なお、そのたびに妹の機嫌は悪くなる。

 

 

 四年ごとの"大襲撃"(スタンピード)において、国滅ぼしの化け物8つの人類災害。

―――『八罪十罰』―――

 そしてその一体を討伐に大きく貢献したという冒険者のペアの話を、日々の糧に見ながら"吟遊詩人"(バード)が運んだ詩で知った。

 少し時間が経ち。

 その話題性により聖錬国におけるA級冒険者の筆頭として民草に噂される。

 そう"鬼人八武衆"の一人として、『蒼海』と異名に語られると詩にて知った。

 

 そのことには彼は何もない田舎村の誇りとなっていて。

 それは誇らしく、遠い世界の事。

 同時に■■■■、その時浮かんだ感情は心に沈めて、忘れてしまっている。

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 意識を引き戻される。

 

 

 

 小さい頃は、指から逃げて、空を舞う綿毛が好きだった。

 その根となる思い出である。

 

―――腕を指を伸ばして……。

 

「ン……ぁ」

 夢から覚める。その腕は"白い綿毛"ではなく空を掴んでいた。

 いつもの寝床、いつもの天井、いつもの空気―――そしていつもの視界にも混ざる砂の雑音(ノイズ)

 形あるものは壊れて、形なきものほど真っ直ぐに心に刻み込まれている。

 拭い去るほどに染みついてる。忘れずにありたい思い出である。

 

「懐かしい、夢……か」

【凍結記憶:解除】

 この全てを、近く仇である"死神"と交戦するまで完全に忘却して疑問にすら思わずいたのである。

 その事実は重い。

 

 不機嫌に身を起こす、乱れた髪を雑に掻いた。

 まず最初に枕元においた己の愛刃に手が伸びる様とする、不安の表れだろうか。

 

「……あいつが、生き残るべきだったんだろうな」

【異変の証明者】

 心のシミが零れ落ちる。

 カイトが知る"親友"ならば未知など得意分野で、豪快に笑って踏み倒せるのだから。

 『魔王級』である"死神"(スケィス)と遭遇した。

 その理不尽の前にいて未だに、なぜ己だけが生き残ったか、その理由(わけ)すらわからない。

 自力でない事だけは間違えない。奇跡が起ころうと不可能であることぐらいわかる。

 

【狂羅輪廻】

 誰かの関与がある。その未知が恐ろしくて仕方なかった。

 仮にカイトが一人であったら、そのまま恐れの薄氷の淵に立ち続けて、それでも前に進み続けて。

 その身を、魂を細く削ぎ落していただろう。

 

「―――どうしたのさ、剣なんか取ろうとして悪い夢でも見た?」

「!」

 隣からささやくような声がする。

 少し視線をずらせば、眠そうに目を擦った"相棒"であるローズがいる。

 

 まだぼやけた頭に、昨日の夜のことを思い出して。

 

 己に確認するように。

「あー、そうだ。いたっけ」

「何さ、嫌な言い方。あたしがいちゃ悪いってーの」

「いやごめん、起こしちゃったかと思って」

 彼女は不満気に口をとがらせて、若葉の少年の腕を軽く抓った。

 ちゃんと痛い。割と痛い。その現実感に何となしに安心して。

 

 しかしもう一眠りするには、嫌な気分に感情が粗ぶっている。

 

「……ちょっと、いい」

「ん、何よ。急に甘えてさ」

 身を横たえながら、人恋しさにもぞもぞと頬を身を寄せた。

 暖かい。アマゾネスという種族の代謝の影響だろうか、割と彼女の体温は高かった。

 

 凝り固まった神経をさざめく心を溶かすのに、肌の触れ合いは有効である。

 

「ムラムラしたなら、もう一回する?」

「しない。もうすぐ朝だよ」

 ローズはからかうように、冗談めいて彼女はちょっかいをかけて、離される。

 それに対して若葉色の少年の髪を食む、そんな悪戯である。

 

 彼等の関係はまだ曖昧なままだ。互いに、割とわざと曖昧にしてる節がある。

 言葉にしてしまえば、何かが変わる。

 いや、変わるかもしれないというのを、互いに整理できておらず現状にその必要性を感じて居ない。

 

 奇妙なものである。

 

「お休みカイト」

「ん、また明日……」

 そして言葉とともに、二度寝するのだった。

 

 

 

 




純心だった頃の田舎村在の過去カイト君。
大体カイト君の外の知識は友人からの吸収です。

 オルカの基本設定は、流石に14歳で鬼人八門衆というかA級冒険者になるのは、ちょっと年齢計算が合わないので3歳くらいの年の差を設定。
十罰に『ザ・ワンシン』が出てそれを合同討伐した想定、巨人種への先祖帰りを軽く起こしてたりしますのでフィジカルモンスター、夢幻羅道コース。
適正高くて自然に錬気やってたりもする(海の呼吸:岩の呼吸派生+アイアンボディ+ジャイアントアーム)。
 現在は死亡して時間が経っているので、名前をほぼ忘れられている。
 次から次へ冒険者は現れるから、無常である。
 キャラシートはちょっと別の想定で使うので、出せないというかべつものになってる。


 カイト君はこの時のオルカに真っ当に着いていった場合はたぶん、早々に諦めて剣の道はほどほどに、バッカ―の勉強に集中してレンジャー特化に道に行くと思う。
 
 前衛過多で割り込んでも邪魔にしかならないので。
 主武装を剣才を捨ててあまり適正ないけど弓に。
 その代わり、努力の才能が生えます。現在は努力の方向性が分散しすぎて修得不可。


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