ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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再調査【増殖の世界樹】

―――『キャンプ地:樹上高台』

 

 そこに若い二人の男と一人の幼女がいる。

 眼下を警戒しながら、気まぐれの様に問われたことの意味に応えた。

 

「―――えっと、なんでって、そうした方が安心できるから?」

【狂羅輪廻】

 しかしその答えは当たり前の様に、矛盾した輪廻が噴き出してくる。

 恐怖を恐怖のままに、慣れでも否定するわけでもなくただ安堵の為に修羅場に身を置き続ける。

 目の前の彼はそう言った。

 

 思い返す。

 "罠師"の男が見た光景は、重心を揺らしてその双刃をはためかせていた。

 四肢を羽根(バネ)の如く、翻すその刃は鋭く、その白刃を舞い煌めかせていたのである。

【二刀流】【舞武】【ダンシングヒーロー】

 結果、所為は流れるように致死の剛腕に揺らして傾き、猛撃に潜るが如くに斬ったのを見た。

 その眼に映るさながら、それは"舞の如く"。

 魔具使いの様に、圧倒的な攻撃性で殺すされる前に殺すならわかる、身体能力(フィジカル)に競り合うのも理解できる。

 しかしそれは自然という如く、特別な所為もない。己に重ねられる程の何でもない行為である。

 だからこそ、未だ何物にも成れない"罠師"(トラッパー)の男を惹きつけたのだ。

 もしかしてもしかしたら、手が届くかもしれないという、そんな錯覚である。

 

 それは取り巻く世界に無力感に腐る男のその一歩は、気まぐれだったかもしれない。

 しかし、興味がわく衝動に流される儘に、聞いた答えは。

「……は?安心、だって」

「うん少なくても僕にとってはそう」

 納得から、共感からは全く遠いものであった。

 過去にカイトが、掴みようのない大望を抱いた暗中模索の中、"苦痛"を前進の"錯覚"としていたように。

 淵を踏み外した今をもって"危機"に迫る中に、あえて飛び込み剣を振るうのを前進の手応えの"錯覚"としている。

 それは自壊と同意、この世界の人類への脅威など満ち満ちている。

 だから、焼き付いた奈落の崖へと続く不安は尽きない。畏れが足元を焼き続けるだろう。

 

 故に、永遠と続く。

 敵対者の最悪を選び、閉じた輪廻の様に修羅場に進み続けるのが彼なのだから。

 

「………ふぁぁぁ」

【壊れた心】

 なお、儚紅の少女は我関せずと、更に丸くなって夜風に涼んでいた。

 我関せず、彼女にとっては自身の猫の額ほどの居場所以外はどうでもいい事で、まさにどこ吹く風である。

 

「おい、言ってることがおかしいぞ。まともな理屈じゃねぇ、それは理由にならねぇ矛盾している」

「そう、かな」

【調査者Lv1】【観■眼】

 本気で言っている。"罠師"の男は人を見る目に多少優れた観察癖からそう直感した。

 何処かずれている。その困惑で聞き返すのだ。

 

「でも"侵略者"はまだどこかにいる。正しい道を進まないと、また滅ぶしかないんだから」

「一体何の話だよ。近頃は大きな戦争もないってのに、"侵略者"なんて大げさな」

「んあ、こっちの話、気にしないで」

 全体を察し得ない彼が、"異変"を総称して表現する"侵略者"という言葉(レッテル)、それを最も畏れている。

 それに比べて、ましては、モンスターなど目の前に刻みつぶせるその場限りの脅威である。

 ならば死の天秤がこちらの傾く前に、瞬く躊躇も無視して斬り崩してしまえばいい。

 その方が安心できる。恐怖を矛盾させる、今やカイトはそういう"狂人"の類である。

 

 それ自体は罠師の男は理解できない。

 気を取り直す、男にとってまだ聞きたいことはある。

 

「ならよその剣技はどこで手に入れたんだ。誰に教わったんだ」

「んー、僕の剣はほとんど我流だよ。魔法剣の初歩は友人に教わったけど、何も特別なことはないと思う」

【正道の歩み】

 若葉の少年は何を聞きたいかもわからず、手札をそれ以上言う必要もなく、適当に流した。

 事実それだけであり、後は実践と鍛錬に組み上げてきたのだ。

 戦闘特化の冒険者として安定を得たのも最近の話である。

 

「緊張をほぐす所為とか、魔法剣を維持するリズムとか、オドで身体を焼かない呼吸とか、熱巡らせて身体無理やり動かす所為とかはあるけど」

 明確に役に立つといえば、未熟な魔法剣に己を焼かないようにする方法論(リフレッシュ)だろう。

 これは正直に慣れだった。

 複合した所為を持つ、体系化したわけではないので、単体では役に立たない。

 独自と言えるのは経験則と自身の肉体に流れる音から割り出した、経絡を巡らせて腑に経絡に活を入れる方法論である。

 

 しかし"罠師"の男はまだ、納得できないのか食い下がる。

「……"特別"なことはないだと、ならあんたはどうやってモンスター相手に、こうも踏み込めるんだ。絶対に凌げる確信があるから踏み込めるんだろう?」

「ん、んー?どうしてって言われても踏み出さなきゃ剣が届かない、後ろで動いてたのはわかる。なら動くしかない前提だよね」

 その問いに対しても、カイトは条件反射で思ったことを流した。

 そもそも踏み出さなければ刃を届かない。ただ届かせる、その為に鍛え上げている。

 むしろ、後詰めの信頼できるカバーのある状況で理由がないのだから、なら役割として歩みを併せるのが当然のことだと。

 

 少なくとも"罠師"の男から見たの双剣士の身体能力(フィジカル)はそこまで突出してない。

 その後に交戦したモンスター相手にも、一撃ではなくただ継続して舞い続けてやっと削り倒す。

 伴に動いた、重剣士の女の方がわかりやすく強く感じる位だった。

 

「恐ろしくないのか、あの"満月熊"(リングマ)の爪は掠れば、少し間違えでもすれば死ぬんだぞ」

 "罠師"の男はそのこちらが可笑しいと言わんばかりの、その返しにまた困惑する。

 親しくなくとも傍目に聞こえてわかる矛盾の輪廻である。

 経験を砂漠の如く吸い込み、鉄火場に成れ、湧き出るオアシスの如くに血肉にした修羅ともまた違う。

 

 人というのは畏れる抱くからこそ、だからこそ、それを避けるものだろう。

 それが生物的な本能であり、しょうがないと言い訳雑じりに酒の盃に繰り返した文句である。

 危機には近づかなければいい。それが安泰なのだからと信じて縮こまって、そうやって生きてきた。

 

 しかし、目の前の若葉色の少年は言う。

「そりゃ怖いけど、目の前にあるなら全部手遅れ、この世界って少し目を配れば掴みようのない奈落の暗闇だらけだよ」

「………」

 "罠師"の男は思う。理解できない。見ているものが違う。

 単純にそう思った。

 何か強さの特別(理由)があればわかりやすいのに、手が届きそうだと思ったそれが、一気に遠くなる。

 

 男は脱力する。ため息をついた。

 

「……そうか、戦士様のいう事は真似できねぇな」

「んー、それでいいと思う。そもそもあなたの役割は後衛の弓使い、元々立ち回りが違う」

 皮肉に気にした様子もなく、若葉色の少年は軽く言う。

 そういう話ではないのだ。冒険者の"役割"(ロール)としての話ではないのだ。

 単純な話だ、目に飛び込んだものが格好がいいと思った。

 しかし、手が届かないと、知っただけのことだった。

 

(そうだ、怖くて何が悪い。それが普通なんだ)

 罠師の男は怯えている。安定地である『聖錬』においても、在野の冒険者など頻繁に入れ替わる。

 そして冒険者宿で燻る彼等は、いなくなったそれを悪しく語るのだ。無謀だった身の程知らずの愚か者だったと。

 それでも怯えなくてもいいなら、その方がいいに決まってる。

 

『―――その方が格好がいいに決まっている』

 

「そりゃ無理だ。そう出来ちまう奴にはわからねぇだろうけどよ。俺らからすれば信頼できる保証が"特別"を狙わなきゃ踏み出せもしねえのよ」

 やはり、自嘲する。

 きっと凡人には、環境に恵まれなかった者には"特別"がいるのだろう。

 例えば、今回出来すぎに手に入れた魔具、それが仮に『元式魔装具』(アーリーモデル)であるならば―――

 もしあれが、500年前の対魔戦争にて"始まりの魔術師"と謳われ、純人種の反撃の鏑矢となったといわれる魔具の始祖『エジソン』が残した源流の『元式魔装具』(オリジナル)であれば―――

 

 きっかけさえあれば、きっかけさえあれば。

 

(やっぱり、あれが欲しい)

【魔具幻想】

 物事の天秤が傾きかける、他の連中を出し抜いてもである。

 一般的には、その手にすれば素人であっても"単独で街を壊滅させる"といわれる強さを、手に入れる事が可能であるといわれるのだから。

 偶然にも、偶然にもだ。手に入れればそれこそ人生が変わる。

 改めて強く惹かれる、永く根付いた"魔具幻想"というやつである。

 

 気になることにピクリと反応した。

 結局、今までカイトはほぼ条件反射であり、真面目に答えてはいなかった。

 

「……ん?前提がおかしいけど、貴方が出来ないってことはないと思う」

 ネガティブな反応に首を傾げて、若葉色の少年は 違和感のままに口にした。

 少し真面目に、今日一日を思い返して整理して―――。

 

「うん、僕がモンスターと対峙してるとき、その弓を構えて番えて撃たなかった。貴方はよく"見てた"」

「それがどうしたってんだよ」

 慰めともとれる、当たり前のことを言い返す若葉の少年に、不貞腐れた声色を返す。

 見る事なんて当たり前でしかない。

 でなければ自身に迫る危機に、どう備えるというのだ。

 

「そりゃ動きを追えて、判断ができる。それが一番大事なことだし、仮に自身に焦り成果を急くなら、その指を弦を離してしまえばよかったのに」

【田舎育ち:弓の心得】

 あの2メートルに近い巨体が前衛に拘束されている状況だ。

 少しの弓の心得があれば(アタ)りはするだろう。指先一つで容易い事だろう。

 しかし、考えなしでは前衛のタイミングが崩れる。最悪、その割り込む一矢が仇となり得るである。

 実際に初見で組んだパーティが、そう言った連携不足で壊滅に陥る例は多くあると聞いている。

 今回の例ではないが、それが火力のある魔術師であれば猶更だろう。

 

「僕等で十分だと、邪魔になると判断したんでしょう」

 少なくとも、カイトはそう解釈して受け入れている。

 

「見る事、そして走る事それが"基礎"、おかげでカバーがある状況で存分にローズと一緒に立ち回れた」

 そう、これは"技"では無く基礎の話である。

 事実として、カイトは初戦闘である円月熊(リングマ)と対峙しながらも、背後の動きに集中力を割いて動いていた。

 不意に矢が飛んでくることを前提として、それを活かせるように耳を澄ませて、踏み込みを甘く円周を描くように舞ったのだ。

 

 互いに役割(ロール)初見で明かしたとはいえ、即席の一団(パーティ)に対する冒険者として当然の警戒である。

 ここら辺の対応力は雑草たる冒険者の強みだろう。

 一般的に言われる。聖錬国における"騎士"と呼ばれる人種は連携が図抜けているが、そも連携は信頼を前提とする、それが対応力に繋がるとは限らない。

 

「でも、モンスターを"撃たなかった"、それも一つの判断だと思う」

 しかし、その懸念した一矢は飛んでこなかった。

 実際、あの状況ではそれで十分であり、牽制としてカバーとして己が崩れた時の保険に成り得た。

 弓の切っ先だけを目標に向けて、状況に目を配っていた様子が傍目に見えたのである。

 魅入られたのも混じっていた事なんて知らない。"必要な事をする"その判断力。

 初見の他人に望むには贅沢すぎる事である。

 その前提をもって次の戦闘力から、カイトは集中力を前方に割り振ることができたのだから。

 

「貴方は"いい目"を持ってる。なら後は反復だけだよ。弓手としての判断の幅が広がる、それぞれ重視してるものは違うけど、僕が知ってる強い人はほとんどそうしてるもの」

「………っ」

 意外な憧れからの肯定の言葉である。"罠師"の男は言葉を失う。

 人の場にも、戦いの中にも緊張の糸というのがある。踏み越えてしまえば痛い目を見る一線が。

【罅瑠璃の心臓】

 男はその一線を目に追っていた、常に怯えてた。

 そんなことは考えた事はなかった。分相応という言葉に甘えて、踏み越えないようにしていた警戒していただけの"境界"である。

 

「うん、例えば……」

 戦いの所為に関連した連想、思いついた例に少し口が軽くなる。

 純人種の意識の容量には限りがある。それぞれに得意に選ぶことにに違いがある、と。

 複合するのは前提だが"重剣士"、"呪文師"は感じることを傾倒し、"槍舞師"は見ることを傾倒して磨き上げている

 手の内を明かす事のない範囲の大雑把な言葉、しかし仲間の事を語るとき何処か楽しそうに若葉の彼は話した。

 

 話すうちにどんどん時間は過ぎゆく、そうこうするうちに月は傾いていく。

 樹の下から凛と転がる様な声が届いた。

「―――おーい。聞こえるかカイト、そろそろ交代の時間だ」

「あ、うん。もうそんな時間か、わかりました今降りますカルデニアさん」

 そんな会話をするうちにに交代までの時間が経っていたらしい。

 ぎしぎしと不安な音を立てながら、梯に足をかけ降りる。所詮急ごしらえの見張り台である。

 装備も含めれば耐えられる重量には限界がある。

 彼等が降りなければ、重量の問題で次の見張りがつけないのだ。

 

 "罠師"の男は物思いに更けながら、高台を降り、簡易キャンプの中を行く。

 言われたことを飲み込めない。

 結局、若葉の少年にとって先ほどの会話は反応のようなもので、眠気もあって真面目に取り合ってなかったのは男にもわかっている。

 誰だって知らない相手に、そこまで親身に離れないだろう。

 

 

「いい目を持っている、か。当たり前のことだろう。本当か本気に言っているのか……?」

 信じられない。それでもその言葉は、確かに現実にさび付いた心を揺るがすものだった。

 手放しで褒められたのなどいつぶりだろうか。幼少期からとんと覚えがない。

 普段の彼は、郊外での採取依頼をメインに活動しており、時折街でちんけなトラブルに探偵の真似事をして、日銭を稼いでいる。

 モンスターとは戦わない。想像しかしていなかった。

 故に逃げの一手、単独で対峙すれば手が震えが抑えられない。

 そうやって生きてきた社会の歯車から零れた不適合者、社会の底辺だった。

 それでも幼い頃、英雄禄に憧れた残滓がくすぶるのだ。

 

 月夜に空を見上げる。

 彼の心情など取るに足らないといわんがばかり、空には悠然と月が輝いていた。

 

 

―――ところ変わって。

 件の話の担い手、カイトは敷いたテントに辿り着いた。

 毛布を捲って、目を擦って疲れた体を眠気に微睡いながら横になろうとする。

 

 その中で何でもないことを、呟いた。

「……なんだったんだろ、さっきのリコはどう思う?」

 若葉の少年の困惑の声色、彼にとっても突然のことだった疑問符は消えていない。

 己の話など参考にならないだろうに、しつこく身の内を聞かれた罠師の男を想う。

 

 壁意はあったが、悪意的な視線は感じないそれが余計に困惑を助長させた。

 

「……現状に不満がある典型的な冒険者(サイテイヘン)、でも変わりたいと思っている。ただそれだけ」

「そなんだ」

【電脳精霊】【アナライズ】

 リコリスがそれに対して、観測と推測を話した。

 変わらず興味などない。己が庇護者と定める人間から聞かれたから答えただけである。

 他の冒険者を参考にしようと思ったのだろうか、その心はやはり察しえない。

 

「僕なんて気にしても仕方ないのに、次何か聞かれたらもうちょっと真面目に答えるかなぁ」

 欠伸とともに、眠気雑じりの適当だったことを振り返る。

 強さを求める、憧れるというなら共感する、彼と手畏れを払う為にそれを求め続けているのだから。

 しかし、この世界においては事実として、カイトの"剣腕"は何ら突出したものではない。

 言ってしまえば、この世界にて襲い掛かる脅威に修羅の道を行く者たち、在野においてその別口に踏み入れた程度である。

 

 

 彼は知らぬことであるが、例えて、ただの体術においてのみに限られた"異邦者"。

 『正規魔王』という超越者さえを屠りえた"武神"と、マナに頼らずとも人類の限界はまだ見えていないのだから。

 彼を上回る"技量"(カラテ)というならば、それこそこの世界に五万と溢れかえっているだろう。

 ただ只管に、理不尽に修羅場に揉まれようと、それで身に着くのは精々勝負勘に限られる。

 それでは大成しえない。それは彼自身が一番理解している。 

 

 所詮に、袖すれ違う在野の冒険者でしかない。

 

 中に入り、欠伸をしながら毛布に包まり、その身体を横たえた。

 まだ調査依頼は始まったばかりだ。明日に備えて身を休ませるのも立派な仕事である。

 

 そちらに意識を向ければ、やはり先ほどの会話の事は二の次になってしまう。

 

「お休み、リコ」

「ん」

【精霊術Lv2】

 最低限の警戒態勢―――鳴子に連鎖に反応する様に周波数を設定した小精霊を浮かべて。

 眠りにつく、今日は十分に動いた。疲れに割と容易に意識が眠りに落ちていく。

 目覚めが平穏にであるように足元が崩れて居ないように、願いながら祈りながら、浅く揺蕩って。

 

 その日は終わりを続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

『脈動する大豊の森』

 

―――翌日、早朝の事。

 空の色は晴れ模様、風は穏当、属性値は平均的に正常の範疇。

 何も問題のない、典型的な陽気である。

 

「おーはーよー!さーていい天気だねー♪それじゃあ今日も張り切っていこうか!」

「ふぁぁぁ……、おはよ。朝早くても相変わらず元気ねぇ」

【ハーフエルフ】【理性蒸発】

 小丘に響き渡る跳ねる風船の声。

 先に起きていたミストラルは森の活気に充てられ、快活な声にその太陽の表情を輝かせる。

 ローズがその後を、呆れた声で続いて目を擦って寝床から這い起きてくきた。

 

 ふんふんと彼女の鼻が反応する。

「……何かいい匂いがするな」

「えへへ、みんな疲れてるだろうしじゃーん♪せっかくだから料理作ってみちゃった」

「おー、気が利くじゃねぇか、何処だろうとあったかい飯は大歓迎だぜ」

【バッカ―Lv2】【人妻:手料理】

 指さした方向にどこから持ち込んだか、ぐつぐつ煮えた鍋がある。

 中にある料理は簡単な汁物だった。持ち込んだ乾燥保存食の肉と根菜を塩で味付けしたのである。

 

 これはミストラルの蒸発した理性が、これが善いと突っ走った結果がこれだった。

 元々に、彼女は本職を別に持つ副業冒険者だ。

 バッカー資格者が持つ"拡大カバン"に、食材と鍋なんか突っ込んできた時点で何処かピクニック気分が混じっているのかもしれない。

 

「ありゃ、なんだカイトもう起きてたの?」

「ん、ちょっとね。ミストラルに一人じゃ厳しいからってさ」

【田舎育ち】

 なお折角ならサプライズにしたいからと、寝てた所を叩き起こされたのがカイトである。

 この調査隊は小規模なキャンプである、人数からこの思い付きは一人では厳しいだろう。

 道具なしに料理ができるほどの炎を起こすのも、維持するのも割と手間がいる事である。

 この中で料理ができる知り合いの選択肢となればこうなった。

 

「……その、いいんデす?僕たちがいただいてテも」

「もちろん、ミストラルはそのつもり満々で量作ってた。だいたい保存食を水に戻して料理にしたものだからあんまり期待しないでね」

 サムライ被れの男と、手を引かれた幼子が端に座った。

「いや、かたじけない。この朝露の刺すような寒さだろう。こう暖かいものがあるだけな」

「よかった」

 若葉色の少年は陽の光の眩しさか目を細めて、少し眠そうに欠伸に惑う。

 

 この程度なら大して悪影響はない。もう少し日が昇れば、頭が切り替わるはずだった。

 仮に一日眠らずとも大して鈍らず動ける様に、既にそう言う呼吸を身に着けている。

 

 汁物を鍋からよそって、更に並べてそれを腐りずらい渇パンにつけて齧った。

「あ、結構おいしい」

「えへへ、よかったー」

 滲む肉の味、根菜と玉ねぎの甘さが合さった旨味である。

 興味に並々ならぬ情熱を注ぐミストラルも勿論だが、田舎者であるカイトは扱える調味料が少ないため、それでなおどうにかする、塩加減の扱いがうまい。

 貧しさから育まれた、取り留めのない彼の特技である。

 

 その様子を、邪剣士の男がスープに湿った乾パンに干肉を齧りながら言った。

「はー、変わってるなおめぇら。なんつーか冒険者なんてもっとがさつなもんだろうよ」

「ん、ミストラルは兼業で冒険者やってる変わり者だから、良いと思ったことには妥協しないからね」

 カイトは多分、鍋の後片付けとか、考えてもいないだろうと、静観のままに苦笑した。

 結局、その予測が当たっていたのか、汲んできた水に漬けて放置といった形になる。

 これからが大事な朝の時間である、きちんとした後片付けする余裕はない。

 

 そんなこんなで一団の彼等は腹ごしらえを済ませた。

 薪を崩して、焚き木の炎をかき消して。

 それぞれ顔を洗い、装備を身に着け準備を整えて、大体に雑多に集まって打ち合わせとなる。

 

「さて確認しとこう。今日は件の森に中心の調査を目指して強行していくんだよな」

「そうっすねー。時間がない突破力がいるっす、バックアタックを防ぐ後列を含めて二班に分かれて、一方角からの二重の槍陣形、戦闘特化は隊列を入れ替えて進んでいく感じでー」

「とすれば、慣れたメンバーで組むのがいいだろう」

【ギル■ナイト】・【クランリーダー】

 昨日の打ち合わせの復唱、何処か緩く、締める。無用というリスク戦闘を避けるのは重要だろう。

 しかし、人の足にとって一日というのは十分なほど長くはない。

 それで迂回の選択肢ばかりをとっていれば、あっという間に陽が落ちてしまうのだから。

 故に戦力の集中、目指す先は森林地帯という悪整地である。ただ人数が集まっても仇となることもあるだろう。

 これは折衷案である。

 負担の分散、モンスターとの交戦をある程度許容してでも、中心に向かって直接距離を進んでいくためのものである。

 

「どこから進んでいくかは、"野狩人"(レンジャー)の二人に任せるとしよう、頼んだぞ」

「うん、任されました。

【レンジャー】【野狩人Lv2(3)】

 掛けられた声に反応して、持ち込んだこの"異変"以前の古い地図を広げて。

「昨日の調査で地形は判明してる北西から侵入して、川沿いをできるだけ経由して進もうと思ってる。相違はない?」

「……ああ」

 昨日の調査結果と照らし合わせながら、想定するルートを引いていく。

 ただ濃い方へより濃い方へと辿って、属性値の濃淡がそのままに、彼等が目的とする中心地への推測の材料となるのだから。

 

 こうして、方針も定まった。

「さて準備ができました?じゃあ今日もはりきっていくっすよー」

「あいよーっと」

【自己変革】

 気楽な表情に、未だ牙を隠したままの、猫目の双剣士が出発の音頭を取った。

 

 ギ■ドナイトという役割を隠し持つ彼女は、今回の依頼に対する体制側からの彼女は元々に監視役兼、監督役である。

 元々捨て駒的な役割もある彼等に、方向性を与え制御し未知に対して"有用に消費する"のが期待された役割だった。

 

(まぁ、兵器の私はともかく、そんなことは知った事じゃないっすけどねー)

【エクスマキナ】【夢幻羅道】

 国の武力を担う騎士は育てるのにお金(ゴル)が掛かる。未知にいきなり投入するには重い重いコストだ。 

 そういう"政治的"な取得選択、それで解決する小事であるならそれでいい。

 そうでなければ冒険者を消費して必要な情報を得る、そう言う判断である。

 

 この指令(オーダー)に忠実なのは『エクスマキナ』(造られ者)である自分だけで十分だろう。

 彼女を縛るのは創造物としての基本原則のみだ。

 割と、この調査依頼に前向きで面子が多いから、空気を読んで同調しているだけである。

 周りを破滅させる気もない。むしろ斬り抜けて生き残る気満々である。

 

 冒険者の一団が丘を降りる。

 目前に広がるのは変わらずに広大な森、陽の光に負けずに輪郭を主張する圧巻のそれ。

 

「うん、明らかに昨日と比べて森の境界面が拡がってるねー、測量の基準にしていた川まで、もうあそこまで迫っているね。さて、お願い"風霊"(クラケー)ちゃん♪」

「……えぇ、観測されている光量も増しているように見えマす、陽属性の活性化……?何がきっかけデ……?」

【セージ】【魔術知識Lv2】【碩学を継ぐもの】・【精霊術Lv3:使役精霊】

 "術師組"が目の前の現象を観測して、精霊を飛ばして下準備を行う。

 

 そして。

『――――――………ザ、ザザ、ざざざ………――――――』

【禍々シキ波】

 注視したカイトは空間に走る異音を"視た"。

「………っ、ローズ、"雑音"(ノイズ)が気配がある」

「ふーん、なーんだ。結局隠れてたって事かねー。無遠慮なくせにずいぶんと臆病な事」

【腕輪の担い手:電制感覚】

 その電子を観測する感覚に捉えた違和感を呟いた。

 意識を向けてみればそこに微かに、昨日にはなかった雑音(ノイズ)の侵略者の予兆があった。

 まだ、集中しなければ見出せない程に、まだ微細な反応ではある。

 何がきっかけで、スイッチであるかなど、カイトにわかるはずはない。

【アマゾネス】【ムードメーカー】【阿修羅姫】

 それを相棒のローズは、軽く言い飛ばした。

 深刻に受け止めてもいい事はない。蹴とばすだけだと気を引き締める。

 

 しかし、それは【禍々シキ波】を伴う侵略者と接触し交戦した者達にしか、意味が取れない会話である。

―――『腕輪の担い手』という特異性。

 滑稽無形故に、話して意味が通じるわけもなく。

 

「おい、つまりどういう事なんだよ」

「簡単に言ってしまえばおそらく件の元凶の様子が活性化してるって事だ。精々油断せずに行くとしよう」

『グラン・シースピア』【凛として■の如く:迎撃態勢】【阿修羅姫】

 信憑性のないそれを誤魔化した。"槍舞師"のガルデニアは、その変形槍を構えなおした。

 即席の術式を展開する為に、その軽鎧に中着にしこんだ術符の保持具(ホルダー)の位置を動きを阻害しないか具合を確認する。

 元々に『聖錬国』におけるB級冒険者最精鋭、彼女も成長もする工夫もする元々に実直な性格である。

 『"役割"(ロール)ディフェンダー』基本的に中央に陣取る彼女が、初撃を防げるかが今後に大きく関わるだろう。

 

「随分と不穏な感じだな。なぜそんな事がわかるかあえて問わん。杞憂で済むことを願う」

「おうよ、とにかく斬りゃいいんだろうよ」

【スピリットオブサムライ】・【■侠】

 そして、彼等は二度目の森へと踏み入れる。

 その中心地を目指して。"増殖"の息吹が蠢く森の中へと…。

 

 

 




※ここから下は読む必要がありません。

『個人的なポンコツ世界におけるスキル解釈の整理、ダンシングヒーローについて』
 カイト君が結構便利に使ってるスキル『ダンシングヒーロー』ですが。
 元ネタはアリアンロッドのスキルですが、この世界で運命点(フェイト)なんて
 概念的なものはないので。
 意志力の変換、その分だけ歩みを強く進められる程度に解釈してます。

 だから、アデュ―君が持ってる『死中闊歩』が上位スキルかもしれない。
 不死者(これがヤバい)の夢幻修羅かつ英傑殺しが、自分の命も考慮掛けずに特攻かけてくると『霊亀』さんの防御性能でも怯むと、意志力の判定で勝利したと解釈してました。
 ある程度損傷が修復する前提だと、英傑殺し捨て身アタックはガチでどうしようもない(真顔)。
 仮に霊亀さんが修羅だったらあそこで多分、余計な反応して致命傷くらってた。
 
 輪廻狂羅ルート入ってると、自身の最良より相手の最悪を選んで、どちらかが薄氷を踏み外すまでタップダンス踊り始めるので、基本的に戦闘スタイルが漆黒の殺意寄りになることを意識してます。

 カイト君は発展して『死中闊歩』を修得する予定はありません。

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