ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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地揺らす猛威【増殖の世界樹】

―――『タ■■ロガ』

 廃墟のようなみっちりとごみと、廃棄物を詰めたような暗夜の中。

 ここは旧時代の廃棄物の集合体、使い潰され要らぬと捨てられた者たちをかき集めた。

 

 そんなガラクタ細工の摩天楼である。

 

 暗闇に引き立つ白装飾を纏った女が、ただ一人がぽつんと佇んでいた。

「―――まずいわね。細工が"あの男"に気が付かれたかもしれない」

【闇の女王】【電子魔術】【袖幕の暗躍者】

 開口一言。巨大なバイザーが特徴的な白装束の魔術師は焦りの言葉を発した。

 表情は冷たく変わらず無表情であり、その内実は読み取れない。

 

「南東方向、森林帯に領域が拡大している。大体の位置を既に割り出しての決め打ちとみて間違えなさそうね」

カタカタカタ…。

 しかし、空中に投影された電子ボードをせわしなく叩く様に、確かな焦りが見受けられるだろう。

 早すぎる、未だ八相は半分も欠けてはいない。

 彼女にとっては不都合なことである。

 

「きっと領域制圧と探索端末(サーチャー)も用いた単純な虱潰かしら、この時代で電子魔術師(同類)が拠点を容易く放棄できないと踏んでの事ね」

 己が誇る技術は、電子の繰り手、しかしとして"駆体"(ハード)が無ければ本領を発揮できない。

 故に彼女は拠点を構えて動けない。その例に漏れず"駆体"(ハード)の性能に比例するのだから。

 『■■タロガ』と名付けた。己が掻き集めた『魔導文明』由来の遺物で築き上げたこのガラクタの城は、『碑文八相』が半数も欠けていない今は、容易くは放棄できない。

 

 掻き集めた年月からも、既に時を経た"遺物"の希少さからもこれ以上のそれは望めないのだ。

「―――天を摩す波、その頭にて砕け、滴り 新たなる波の現出す―――」

 白装束の魔術師は、確認する様に自身が知る災厄の形、決まりきった物語のそれを復唱する。

 彼女が知るのは"増殖"の名を冠する物量、自己・他者複製の化身である。

 

 それがまだ種の頃、環境を制圧する前に、その技能に手を伸ばして、その女は観測した。

【碑文八相:増殖】【苛烈なる萌芽(メイガスリーフ)】【世界樹の方程式】

 世界に手を伸ばして、その中心となる蛇の如く生態系の主を。

 その存在の放った葉の如く端末が大地に落ち根を張って、寄生を行いその環境を制御下におく様をである。

 "高次の視座"を持つ、それに呑み込まれればもう誤魔化しようがない。

 

「規模は大きいけれど特徴からいって、"碑文八相”が一柱『増殖』(メイガス)であることは間違えはないかしら。幸いというべきか"物語"の流れは守っているわ。おそらくこれは"物語"の過程で目障りなものを排除する、ついでのようなものかしらね」

【純粋理性】

 前提から解析し、推測を語り、勝手に自己整理する。

 現状の情報から、とにかく本腰を入れて、追跡をされているわけではないと推測した。

 仮に本気であるならば、周囲の町々の存在する調律器(ハーモナイザ)を一時に全て制御を奪い取って『黄金の精霊』に埋め尽くす、あの男はそんな事も可能であるのだから。

 

『タ■■ロガ:自己防衛モード』

 故に逃げに一手、既にこの摩天楼のすべての機能を停止した、そうでなくてはとっくに発見されているだろう。

 生命維持に必要な機能でさえ制限して隠蔽しているのである。

 現状、彼女の手札に武力はない。

 『魔王級』という圧倒的な攻勢存在、【碑文八相】の一柱でも正面から投入されれば、己の手足は全て容易くもがれるだろう。

 白装束の魔術師はその一柱にすら、論理の構築、マナに対する強制力で敵いはしないのだから。

 

 その"増殖"にその機能に、実質的な上限はない。

 無尽蔵相手にいくら息を潜めて隠蔽を施そうと、そうなれば詰みである。

 

「精々、ここまで環境汚染が届くタイムリミットは一月もないかしら、さてどうするとしましょうか」

 彼女は計算を終え、空間に投影したディスプレイを取り下げる。

 己が生き残るだけであればどうとでもなる。

 このガラクタの摩天楼を放棄して、人類社会に潜伏してしまえ見つけられる事はないだろう。

 しかし、それでは目的は叶わない。自己証明から、それは認められないのだから。

 

「いっそ踏み込んでしまおうかしら、まだこの『タ■■ロガ』は必要だわ。あの『腕輪の担い手』招いて」

「えぇ、"観測"される事を、確定させて、切り逃れてしまいましょう」

 白衣の魔術師は所詮、姿を隠した暗躍者である。頼る伝手も元よりない。

 戦力という意味では、多くの助力があったとはいえ既に『碑文八相』を二柱を屠ったと観測される『腕輪の担い手』は十分に心当たりにあたるものだ。

 前提として、碑文八相たる『増殖』は堕とす、その結果に生まれる空白の瞬間を思案する。

 

 そして、その選択には彼女には珍しい少し感傷じみた思惑もがある。

「……それにあの子の姿も一目確認しておきたいわ」

 つい零れ出たように、彼女が知る"イレギュラー”についてぼそりと呟いた。

 過去に廃棄された先立つ基礎、確かに散華したはずの儚き花。

 決まりきった破滅に、自らその小さな手で断つ選んだ一つの可能性を想う。

―――本来、咲くはずのなかった蕾が、自己の色に花咲いた。

 なぜ、再びにその情報再結合し形を成したか。

 それは己の干渉も一助としてあるのだろうが興味が惹かれる。

 

 明確に終わってしまった後の事。確かに繋がったあるわかりやすい奇跡の形である。

 

 方針は決まった。

 再度、空間に抽象化した意味図形を構成して、電子キーボードを展開し切り離し、完結させるプログラムを構築して、組み上げていく。

 後は来るべき時に備えて、準備するだけである。

 

「さて、すでに時間は戻らない。どうなるかしらね。楽しい楽しい時間だわ」

【純粋理性】

 そう呟いて再び、彼女は闇の中へと紛れていく。

 "袖幕の暗躍者"、たしかな目的を身に抱いて、盤面に置かれた駒に思いを巡らすのであった。

 

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 

 

『脈動する大豊の森』

 

 

 行けども行けども晴れぬ森の中。

 徒党は南東方向から侵入し、川沿いをそって進んでいく。

 

 精霊に空気を掻き混ぜた変わらずの気配迷彩を周囲に誤魔化して、木々が立ち並んだ悪性地を行く冒険者の一団があった。

 

【セージ】

 風は何処か淀んで、歩けばどこかしらに道が現れるやはり何処か不自然な迷宮意匠を観察しながら。

 彼等は、 変わらずの人数が、この氾濫した森林迷宮を進んでいく。

 

 予兆として捉えれた状況とは裏腹に、この森の内部は昨日の調査よりそう変わった様子はない。

 時折遭遇する進行方向にどうしても邪魔となるモンスターの群れを、闇討ちしながら奥へ奥へとその足を進んでいくのである。

 

 

―――キーッ!

【風霊降臨】(クラケー・クー)

 明るき空から鳥の鳴き声がする、白耳の魔術師が"名前"を与えて手懐けた。

 透き通った翡翠の鳥を形どった"風の中精霊"が空を周回して、その高い視野から鳴き声に合図を送っているのである。

 その声を受けて、術者であるミストラルが、その方角を優れた視覚から直接に目視にて観測する。

 

「―――ん、確認だよー、小型の昆虫型が五匹、かなー」

「属性値が濃い方向は北東方向……重なりますね、進路的には避けて通れそうにない。排除していきましょう」

【ハーフエルフ】【森眼】・【レンジャー:野狩人】

 ぼそりと呟いた声。

 確認させたのは蜂の如くモンスター、翅の音による意思疎通。

 統一行動されたを特徴にする為に、"軍隊ハチ"と名付けられた敵性生物(モンスター)である。

 先制奇襲、踏み込みの音、それが開戦の合図だった。

 

 

―――ガシャ、……グウウウウォン!!

 いくつも奔る弾丸の様な黒い影があり、それと、大気と質量物が互いにこすれる高周波の音が響き渡った。

 剣腕と遠心力のままに、牙のかみ合わせが解かれ蛇腹剣の暴威が振るわれる。

 

『ブゥ―――ン!!』

【軍隊バチ】【四翅のはばたき:高速飛翔】

 "軍隊ハチ"は反応する。反射的に巨大な四翅を羽搏かせた、丸い流線体躯を持ったモンスターである。

 そして、認識した対象に飛び込む弾丸の如く、墨色の翼拡げて目標の人間に対して一直線に跳びこんでくる。

 これは蟲畜生だ。大した知能はなくとも、鉄塊に真っ直ぐ突っ込むような選択肢はとらない。

 翅の羽搏きの速度を上げて、迫りくる鞭撃を高度を上げてそれを躱そうとして……。

 

【魔法剣Lv(1)3:炸裂の方程式】【変幻の太刀】

―――砕けた。

 牙刃が巻かれる。次の瞬間には、掠った質量にバラバラに引き裂かれた。

 節々に付与された付与術式(エンチャント)に、剣腕を引き巻くようにその軌道を跳ね上げ引き戻したのだ。

 その速度に相応して、空を飛ぶ機能により特化した構造は、空洞の如く軽くできている。

 故にこうして掠るだけでも蝉の抜け殻を潰すが如く、容易く砕けるのである。

 

【とっしん】【貫徹針】【連携行動】

 それでも、蟲畜生たち行動に躊躇はない。

 バラバラに砕けた仲間の破片を繰りぬけて、生き残りの二匹がその残骸の隙間を針を向けて鋭く飛翔する。

 同種がバラバラに引き裂かれようと関係はない。全ては人類種に対する敵対的な本能のままに、

 ただ神経の集まりたる節の脳に従って、反射の如く、本能のみに従って行動するのである。

 

 単純な速度任せに距離が詰まる、伸びきった蛇腹剣に対処するには時間が足りない。

 だが、その合間に割り込む人影があった。

 

『とどかぬ異邦剣』【カバームーブ】【ストライクバック】

 サムライ風の男、続いて、刀の煌めきとともに風切り音が響いた。

 溜めの動作、抜刀流儀、その刀は砂礫を纏い引き伸ばされて、刀の射程を一時的に引き延ばし―――

斬ッ!

 邪剣士の間合いの内側にカバーする様に、一振りで突撃する弾丸蜂を斬り捨てたのである。

 

 その決着、交戦の時間は一分にも満たない。

 黒炭色の残骸が、刀の峰に映り……はらはらと散り落ちたのを残心に切り替わる。

 

「ははっいい調子だ三十郎!まどろしくなくてよ。見たやつはぶち殺がせが辛抱がなくて面白れぇや!!」

「あまり調子に乗るなよケネス、先はまだまだ長いんだからな」

【邪剣士】(カオスソード)【変幻の太刀】【■侠:戦闘狂】

【リーダーシップ】【偽・神鳴流:太刀風(ソニックブーム)】【スピリットオブサムライ】

 初撃の乾坤一擲の集中力を解して、言葉を発した。

 相変わらず手が早いのは邪剣士の男が、その鉄尾にて蟲を斬り捨てて、遠心力にその血を払い。

 サムライ風の男が、立ち回りにてその間合いの内側に刀を振るいカバーするのだ。

 

 これまでの交戦で、基本として【西風旅団】のメンバーはそんな立ち回りに回っていた。

 

「いつも通りの事だろうよ。モンスターなんぞに駆け引きも糞もない。こーゆーときは半端に躊躇する方が危険だっつうの」

「時と場合による。遠心力に任せたお前さんのスタイルは崩れる時は崩れる。まぁお前の腕で味方斬り捨てるってことはないだろうが……」

 そのまま邪剣士の男はその性格を反映したかの如く、攻撃性に特化した立振る舞いをしている。

 間合いに近寄らせなければいいとばかりに、その剛腕にて遠心の斬撃を制動して、それを連続で切り出す踏み込みの妙手。

 

 しかし、間違えなくその集団の中で中心となっているのは、侍風の男であろう。

【ウォーリーダー】

 小隊規模を把握する指揮能力、刀を握っていない手による意味ある身振り(サイン)の様子、現在の戦闘を回しているのは彼である。

 闘技場で対峙した時の如く先駆けの看板であると同時に、この邪剣士の男が振るう攻撃性を活かさんとするために、全体の動きを指示していた。

 今回は行っていないが、一振りの太刀に伴う風に土煙を巻き上げてその軌跡を隠してた細工などの小手先も使う。

 

「……ふん、盾役(タンク)の仕事が回ってこないのは楽、だが」

「ケネスがそうやるともれなくスプラッターだもの、少しは気をつけなさいよね」

「なんだよこの俺にお上品に戦えってか、やめろよ柄じゃねぇ結果が出りゃ同じだっつーの」

【Bランク冒険者】【重鎧使い】【カバーリング】・【Cランク冒険者】【軽剣士】(フェンサ―)【魔法剣】

 その掛け合いに追加で軽口が聞こえた。

 昨日の調査では別行動となっていた、クラン『青風旅団』(ブルーブリゲイド)のメンバーだという冒険者だ。

 闘技場で見かけた『重鎧使い』(ヘビーアーマー)の男やら、軽剣士(フェンサー)の女やらが、現在中衛に出張っているのである。

 

 闘技場でも顔を見せていなかった新顔の女は、戦闘特化のCランク冒険者と名乗っていた。

 

『―――あぁ、腕は確かだったぞ、モンスターに相手にある程度立ち回れる水準だ』

 昨日の調査に、別動隊の術師として同行して続いていたガルデニアの評した言葉である。

 主に聖錬南部にて活動する『蒼風旅団』(ブルーブリゲイド)は、よそから流れ者が冒険者が所属しているという、互助クランと聞いている。

 所属人数は時折に上下するがおおよそ八人程の流れ者の互助を掲げる。

 クランとは名ばかりの小規模徒党(パーティ)の延長である。 

 

 そして一段落ついて、最低限の素材をサンプルとして言い訳に剥ぎ取り、徒党は奥へ奥へとまた歩みを進める。

 既にこうやってモンスターの群れを蹴散らしたのは、十に迫るだろう。

 空を見上げれば、流れる雲のに映る陽はまだそう傾いていない。

 

風霊(クラケー)ちゃんから報告!南東のすぐ近くにモンスターの繁殖地(コロニー)があるねー」

「ちょっと待ってください。太陽の位置から言って、地図でいうとここですかね。……うんここなら迂回してもロスにならない、避けていこうか」

「あいよー、えいっ!」

『オウムガイの杖』【魔術師】【精霊術Lv3:気配迷彩】(スニーク)・【精霊術:使役精霊】【蛍火】

 杖を振るって、縁しの香りに術式を流して。

 "白耳の魔術師"、ミストラルが展開する精霊による環境干渉を、精霊寄せの炎で補助しながら。

 環境の匂いに馴染ませた風の停滞術式、その数メートル後に続いていた。

 

「さて軽く十数程度は斬り捨てたけどまだそちらに余裕はあるかしら、厳しいなら交代するが」

「おう、そろそろ頃合いか、かたじけない」

 カルデニアが提案する。今までは不意の事態を防ぐ、サブとして動いているたのである。

 今の所、『西風旅団』の面子だけでも現在のところはそれで、十分に遭遇するモンスターに対処出来ていた。

 実際、遭遇するモンスターの数は事前の想定よりそう多くなかったのである。

 

「おいおい、俺はまだまだやれるぞ三十郎よっ」

「結構な事じゃねぇか。先は長いんだ、余力を残しておくに越したことはないだろが」

 不満げな戦闘狂の声の声を無視して。

 槍舞師、ガルデニアの声に応じてメインを張っていた前衛を交代する。

 今までは、カイト等は分散して、調査の為の二重構造の槍陣形の後方に続いていた。

 

 一度に相手取る数、これまでのモンスターの生息分布は一極化していないようだ。

 事前の使い魔を用いた調査で氾濫現象に伴って、普段よりはるか多い個体が認められているが、それは拡大した森の広い範囲に散らばっているのかもしれない。

 

―――【一騎当千】【虐殺の主】

 彼等はその前に虐殺の如く大立ち回りした、墜ちた翡翠の姫など知る由はないのだから。

 

 他愛もない事を話しながら。

 草木を掻き分け、根をしっかり踏みながら目的に向かって先へと進んでいく。

「えっとおかしい。昨日より、遭遇する種別が偏っテル……、植物系の一部に何かに昆虫系のモンスターが多いデス」

【セージ:魔物知識判定】

 今は幼き賢者の卵、ホタルが感じた違和感を口にした。

 観測された生態系統の偏り、それは昨日までの調査ではなかった特徴であった。

 

「確かにおかしな話ね。生態系というのはバランスに成り立ってる。それが一日で崩れるというのはもっと劇的な変化があってしかるべきだ」

「じゃあ、単純に増えたって事じゃない、蟲系のモンスターの特徴と言えばその繁殖速度でしょー?」

 重剣士の女、ローズが思いついたことを口にする。

 食物連鎖のピラミッド、これだけ食料となる草木があふれているのだから、それを食する類も増えるだろうという単純な思考である。

 

 しかし、事はそう単純には考えられない。

 

「それが事実ダとすれば問題。捕食者と被捕食の偏って閉じた環境、慣用句にある蟲毒、それと合さって昆虫系のモンスターの特徴、その繁殖力と生活リズムに併せた変態特性ダカラ―――」

『環■改■論文』【専攻生物知識】【顕学を継ぐ者】

 "遺された論文"から学んだ知識の中から、幼き賢者の卵は思考を発展して言葉をつないだ。

 駆除しなければバランスなど知った事かと食いつくさんがばかり、無尽蔵に増える。

 それは全てのモンスターに共通する生態だと思考停止するのは容易いが、確かに人類と同じく喰い繁殖し眠る生物でもある。

 その中でも法則性はあるのだと、形而上の体系に大枠から内実を推測してのけるのが"賢者"と呼ばれる人種であるのだろう。

 

「世代交代が早ければそれだけ"突然変異"が起こりやすイ、環境への適応性も併せて、この”氾濫現象”に適応した個体が出てくる可能性ガ……」

「つまり今までの知識が通用しないヤバいのが出やすいって事っすねー。撤退の判断の線引きはしっかりしていきましょうかー」

 双剣士の女がそう単純に締めた。

 その次の瞬間に。

 

―――ズゥウウン!!

 

【FOE】

 刹那、大きく大地が揺れた。

 それは比喩ではなく文字通りに意味である。

 

「っ!なんだ……?」

「わっ、わからない。"クラケー"ちゃんからも今まで何の予兆もなかったよ!」

【風詠:不発】・【多目的ハイパーセンサー:不発】

 徒党全体に困惑の声が漏れる。

 常に属性値に常に気を配っていた斥候役(レンジャー)の二人も反応できなかった。

 それは元からそこにいた。マナの変動はそこまで大きくはない。

 

「敵、か!」

「あーもう、確かにちょっと順調すぎるとは思ったけどさぁ!」

【重鎧使い】【カバーリング】・【ウォーリーダー】【侍魂】・【重剣士】【カバームーブ】

 役割(ロール)で前衛を自負する冒険者が動く、連携も最低限に自身の出来る事の自負に体を動かす。

 事実として、己の来た道の索敵は十分だったと判断した。

 故に、ただ堅実に前へと躍り出て、前衛の壁としてのラインを築こうとして……。

 

 

―――ブォオン!!

【経巡る大怪■】【げんしのちから】【無限の植生:パワーウィップ】

 背後から、振るわれる影、風切る音にそのままに不意を突かれる事になる。

 

 木々をなぎ倒しながら曲線を描くその豪腕の質量と速度、そしてその射程距離は複数の純人種を砕くには余りあるだろう。

 

「―――ッ……!」

『ダッシュブーツ改』【ディフェンダー】【凛として■■の如く:迎撃態勢】

 改造品である魔具に馴染んだ歩法に滑る様に踏み込んで、息を吐き重心を腰を落として槍を構える。

 他にも反応できた戦士はいる。

 姿勢を低くしゃがんだ"邪剣士"の男に、片剣を構えて打ち込みの体制を取る"双剣士"の女がそれだろう。

 しかし、なおかつ他者を庇いながら対処できるのは、陰陽術師としての役割も併せて一歩引いた位置に構えていた。

 役割(ロール)【ディフェンダー】前線の槍の波濤たる彼女一人だけだった。

 

シュン。

 そして逆巻くように魔力撃を伴った変形槍を振るう。

 この質量差と速度、その勢いを真っ当に受ければ少なくとも腕が砕けるだろう。

 前衛に立ち続けた経験に理解した槍の花が、大地を踏み砕け、その刃を気迫に研ぎ澄まして。

 

ガオンッ!!

 えぐるような音、そして斬撃と呼ぶには鈍い音が響き渡った。

【洟槍月:ハルバードマスタリー】【魔力撃】【阿修羅姫】

 質量差を覆す、体術や武芸に魔力を乗せて破裂させる魔力操作の技法。

 それを魔具の展開、固着、対流、噴出を自在に手繰る事で、衝撃を倍加させて、上段から槌の如く踏み降しらのである。

 

 そして振り下ろされた虚空に両断する。

 その剛鞭は伸びきっていなかった。故に衝撃にたわんでその勢いを逃し、切り離された触腕がビチビチビチと大地をはねる。

 

「備えろ次が来る!」

【頑強繊維】【じこさいせい】【ねをはる】

 その正体不明の剛蔓の繊維はいくつも束ねられて頑強であり、更に再生力を持ち合わせる。

 本来なら、容易に断ち切る事はできない。それを覆すのが瞬間的に倍加させる流儀の御業である。

 槍を振り払い衝撃に両腕を痺れさせながら、質量に伴う舞の所為に慣性を打ち消そうと流す所為に。

 

 その空白の前に駆ける。

「ええ、植物系の化物っか。前に出ます。変な事される前に掻き回します!!」 

【高速機動】【エッジハンター:夢幻羅道】

 双剣士の女が躊躇なく、目標を見出してオイルの血潮に出力に変えて、姿勢を低く前方に踏み出した。

 人工皮膚の内側に駆動音が響く。

 エクスマキナである彼女のセンサーは周囲の環境を物理的に、敵対存在の根元の小さな影をとらえていた。

 確信を持てない様な微かな兆候、それを経験から導き出して反射に動くのが、彼女等修羅の領域である。

 

 未だ相手は正体不明、形而上の植物系という可能性を、稼働経験から見出して。

 

【経巡る大怪■】【無限の植生:蔦津波】【げんしのちから】

 それが正解であると証明するかのように、その進路を塞ぐ如く蔦の群が怒涛の壁を作りだす。

自己変革(ペルソナ):解除】【パルクール】【多目的ハイパーセンサー】

 平行移動、時に踏み躱し、剣に刃に流して反動に身体を飛び越え踏み抜ける。

 その見出した兆候、初撃とともに少し蠢いた植物塊に。

斬ッ!!

【ソードマスタリー】【機人闘舞:スプレンダークラッシュ】【相剣の極意】

 "エクスマキナ"という種族特有の五体関節の自由度から、繰り出される機先と音纏った剛剣の類が奔る。

 地を蹴り風を切りとして、その植物塊を切裂いたのである。

 途端に反応があった。痛みか何かに、巨体を揺るがしてのた打ち回るかの如く大地が揺れる。

 

『―――ブシャオオオオオン』

 土が盛り上がり崩れた。初めてその姿を捕らえる。不気味な両目がこちらを見据えた。

 そこに現れたのは。

 形容するに蔓むくじゃら、蔓まみれの図体に中心に目玉が目立つ正体不明のモンスターだった。

 植物系のモンスターとおおよそ分類されるだろう。しかし、その規模は桁違いに大きい。

 

【経巡る大怪樹】【異常進化個体】

 そう、ただ只管に質量が規模が大きいという単純な猛威の化身である。

 

「うへぇ想像以上に大きいっすね。私が保ってる間にどうにかしてくださいねー!!」

【無限の植生】【つるのむち・たたきつける】【げんしのちから】

【前衛機士】【機人闘舞:連牙宙刃衝(レンガチュウジンショウ)】【夢幻羅道】

ガッ

 偽装を解いた双剣士の女はそのままの勢いで、本体と思わしきそれに押し寄せる木々を足場に、蔦の群を斬り雑じり出来る限りの拘束を行う。

 自身は器用なことはできない。

 魔導文明の遺跡から発掘された後の己を兵器として定義して、そのままに刃の道しか歩んでこなかった。

 

 故に単純な武威でどうにかならない類は、丸投げの脳筋スタイルである。

 しかし、その連撃は確かに痛打を与えた勢いに、奇襲にのまれかけた場の流れを引き寄せたのだった。

 

【無限の植生:全ての技をフィールド範囲に強化】【パワーウィップ】【■に等しき者】

 再度大地を揺らす。というより轟音とともに文字通り割れる。

 そこか包囲するが如く新たに、剛腕の蔦が空に手を伸ばすように複数現れた。

―――柱の如く宙へと延びて蠢く、その剛蔦の植生群。

【グラスフィールド】

 自在にくねり周囲を薙ぎ払わんとする。この敵性存在は既に周囲の環境を制圧しているらしい。

 いつの間にか、四方八方を群生に囲まれたと同意になったと理解する。

 

「っは、なんだこんなデカブツが潜んでやがったか!誰も気づきやがりやしねぇとかだらしねぇなおいィィ!」

「おい、先ほどみたいに別方向からくる可能性もある!花とか蕾とか怪しい兆候があったら射って潰せ!!離れるな、突出しすぎるんじゃねぇぞ!!」

【ウォーリーダー】

 邪剣士の男が口元を歪めながら踏み込み、剣を振るい。

 侍風の男が声を単極な指示に張り上げて、全体を見合そうと前引く流れを組み直そうとする。

 現在前衛が集中してる。自負する役割(ロール)に定められたとはいえ、普段行動する以上の大人数だ。

 

 連携が偏る、奇襲にそれぞれに対処するほかない。

 戦闘は続く、木々が軋み続ける音が響き場を支配する。

【じこさいせい】

 前衛それぞれには己が信じる剣技に斬り抜ける。

 先程から、その末端の蔦を切刻んでいるが再生力も高い。瞬く間に変わりが襲い掛かってくる状況である。

うぞぞぞぞぞっぞぞぞぞぞ

 蠢く形容しがたいその様相。

 掛け声に状況が目まぐるしく動く、そんな重圧の中で耐え切れずに―――

 

「―――うわああああああああああああ!!」

「き、聞いてねぇぞこんな、こんな……!!」

 情けなく叫び声を上げて、目前の脅威から逃げ出す同行の冒険者もいた。

 

「ッッチぃ!!」

「へ、間抜け共が!」

【阿修羅姫】・【■侠】

 それを認識した刹那、この場にいる修羅場慣れした冒険者全員が、その逃走を"あえて無視した"。

 見捨てたと言っていい。

 彼等も緊急事態に全員が速やかに動けない、そもそも最適解など判断がつかない。

 これが勝敗を傾ける様な難敵、敵味方同士の二手損の局面だと、経験に理解しているのだから。

 

 局面は転化していく。

 

「え、えっと。どうすれば……!」

【無限の植生】【蔦津波】【げんしのちから】

 しかし、それでもこうしてとっさに動けるのは、大概に戦闘特化と呼ばれる冒険者のみであった。

 白耳の魔術師、ミストラルは囲まれた状況を理解して、だからこそ動けない。

 

 そうこうするうちに。

【パワーウィップ】

 そして一振りの大鞭が、魔術師の彼女の身にも迫る。

 

「ひゃ!?お、お願い!!」

【精霊術:使役精霊】

 迫る蔓鞭に身構える。

 彼女は詠唱破棄などを習得していない、一般的な聖錬式の魔術師である。

 不安に集中が保てない、杖に身構えてせめてもの抵抗に脆い脆い使役した精霊の影にちじこまって。

 

―――グァあン!

【闘牙剣:オーラファング】【生命活性】【打ち返し】

 鈍い音が響き、後衛に迫る鞭撃を大剣の一撃にて、弾性を直感的に理解して弾き飛ばしたのを見た。

 

「ほら、ミストラル!ぼーっとしてないでさっさとあたしを盾に動きなさい!死じゃうってば!!」

「……え、あ、ありがとー!助かった!」

 そのまま、大剣の壁に呆気にとられる後衛を庇うように立ちふさがった。

 特に今回は幼子がいる。この質量で薙ぎ払われたのでは風船の如く一溜りもないだろう。

 

(蕾、花、感知方法がわからないけど"毒の粉"、"痺れ粉"、この規模だったらなんだっていい。変な事ってそういう事だろうな)

ガキャン!!

【舞武】【ダンシングヒーロー】【俊足】

 頼れる仲間の声を拾い、その状況を観察して、とにかく走る、走る、走る。

 槍舞師の位置を壁に意識しながら、振るわれる蔦鞭を撹乱する。

 時に双剣を振るって、反動に腰を浮かせて後退し何とか打ち凌いだ。

 双剣士のカイトは、この徒党(パーティ)の中では中衛的な立ち位置を持つ。

 

 故に一歩引いた位置に前衛が大立ち回りしてる間に、敵対者(エネミー)の様相を観察して。

 

「ミストラル、風の準備を、もし毒の類を使われると一気に全滅しかねない」

「うん、うん!わかったお願いクラケーちゃん!」

【理性蒸発】

 頼れる仲間の声に、蒸発した白耳の魔術師は理性がころっと熱を取り戻し己が使役する風精霊を手元に呼び戻した。

 

 思考を回す、魔術師が機能してなければ、状況の危険度が桁違いに上がる。

【腕輪の担い手:紋章砲(データドレイン)

 カイトが持つ腕輪の力はまだ使えない。相手の全容が見えていない故に必殺を保証できない。

 質量の暴力である相手ならなおさらだ。

 そして実質囲まれている状況で、3秒のタイムラグを許容する程悠長に成れない。

 

「ボクとミストラルが燃やします、後退を―――」

「反撃は派手にいくよー。ほらホタル君も!こっちにおいで!!」

「ハ、ハイ!」

『オウム貝の杖』『星の血晶』(エーテライト)【魔術知識Lv2:旋律詠唱】・【バッカ―Lv1】【精霊術Lv2】【蛍火】

 ミストラルの右腕から、切り札である縫いついた銀糸が解かれて宙に紋を描き。

 カイトが双剣を独自の呼吸法に呼応させて、その固有魔法である炎を伝播させる。

 加速器の形成、精霊反応の坩堝それを映し出す。

【四章級魔法:火炎地獄(オラバクローム)

 これは固定の徒党である彼等に、事前に想定された"連携魔術"だ。

 カイトの固有属性である空と炎から成す"繋がり燃え続ける炎"の反応加速器、『属性』『性質』『範囲』『媒体』を定めた風巻く中で増幅させる"四章級魔法"である。

 

「―――風よ風の御子よ、集い纏いて、鳴り響け、炎輪無尽の理の歯車に―――」

 魔術師が自己暗示、意味のある韻を踏む詩が紡ぐ。

 派手に燃やして、後は持ち込んだ油の類で拡げるつもりだった。

 生草は燃えにくい、それでもあの無尽蔵の再生能力に対抗手段とするには火は有効な手段だろう。

 あんなものただ刃で狩り尽くすは現実的と言えない。

 それによって生じる諸問題を今は放り投げて。

 

 しかし、そこで予想外が起きる。

 その派手なマナの動きに、まるで反応するかのように動き出した影が一つあった。

『ジジジジジジっ―――!』

【はぐれ】【斬刻甲虫】(キリキザン)【辻斬り】

 野生ではあり得ぬ、意図された伏兵である。

 その迫る速度は疾風の如く、油の跳ねる様な音をかき鳴らす小翅を動かして一直線に獲物に向かう。

 

「な―――南東から新手だ。気をつけろ!!」

「……ッ!!」

ガキャン!!

【野狩人】【観察眼】・【二刀流】【舞武】【狂羅輪廻】

 気が付いた罠師の男の声に、カイトは声と迫る別の影に反応してその手順が中断する。

 とにかく後衛に徹せない。

 想定される最悪を想い。悩む時間はない、一手順、ただ壁にと踏み込む。

 魔法剣の流儀も纏えぬまま、双剣を構えたままの体当たりの様な動作に、ただ致命を避けようと前を見据えて。

 

 そして衝突。

「ッ!!」

 一瞬だけカイト視界に端に映る。それは甲虫の類、形容するに装甲を纏い巨大化した人型装甲蟲である。

キッ、ガン!

 火花を散らす、連撃に繰り出される互いの刃の競り合い。

 肩を斬り裂こうとするその腕刃の根元を双剣に、力づくで挟み込んで留めて。

 

 その隙に。

「この糞忙しい時に!!」

【剛剣技】【阿修羅姫】

グォォン!!

 背後から、襲撃者の一歩遅れて重剣士のカウンターウェイトに増幅した兜割りが襲い掛かる。

 大概の生物にとっての弱点である頭部への痛打である。

 

【交雑種・斬刻甲虫】(キリキザン)【誇りの刃兜】【超頑強】

 しかし、それをもろともしない。モンスターの生態は千差万別に分岐する。

 斬刻甲虫(キリキザン)にとって、頭部は個体の位階を示す様な鋭く頑強な部位である。

 故に、多少姿勢を崩すのみで痛打となっていない。

 

【まけんき/せいしんりょく】

 その種族特性から、刻むのが存在意義、初撃にて刻めなかった敵対者に意地を張る故に。

 紅き襲撃者は目の前だけを見つめる。

 

土煙があがる、反動に滑る。

「邪魔、してんじゃないわよぉぉぉ!!」 

【旋風撃】【錬気法:ドラゴンテイル】【打ち返し(リバウンド)

 反動を軸に、重剣士はまだ動く。旋撃のぶつけられる竜尾に姿勢を崩し吹き飛びながらも衝撃に揺れる……。

 その隙に。

 

―――片や呼吸を整え、、魔法剣(ソードアート)の流儀に纏い。

―――片や羽を広げて加速、構わず肉弾戦に。

 

『ブゥウウウウウンン!!』

【凶刃の如く】【交雑種:蟷螂の翅】【歴戦個体】

 力を籠めその両腕と双剣との鍔競り合いに速度を維持したままに、目の前の獲物を斬り裂かんとそのままにギアを上げ突っ込んだ。

 翅を広げて赤弾する凶刃、剣の鍔に競り合う。

 双剣士はそのまま力負けして押し出された。その足が地を離れる。

 手を緩めて鍔競り合いを崩せば死ぬだろう。そのまま身体が勢いにもっていかれていくのである。

 

 手が足らない。

 確かにこれは手強いが、この場を占める驚異の比率としてはあの蔦お化けが優先だろう。

 このままでは魔法が未完成のまま、戦場を離脱するしかない。

 だから。

 

「リコッ!!」

「―――ん、わかった」

【円環精霊】【憑依具】【アサルトサージ:蛍火】

 同属性由来の伝心に、"儚紅の幼子"の名を叫ぶ。

 その声に呼応して華が開く、その姿を大気のマナに投影してその華奢な姿を映して。

 

【円環魔術】【常世裂き咲く花】

 その身を燃やす、その白く華奢な指が空間を叩いた。

 取り戻した欠片、それも稼働させて、彼女の本来に近づいた容量を稼働させて。

 

 彼女は自発的には動けない。心御燃やす術を壊してしまっている。

 

「展開、する」

 でも頼られた。だから、彼岸の花は咲く―――

 

 

 

 


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