ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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凶刃の如く【世界樹の侵略】

 戦場は切り替わる。

 

 その赤羽の兜は不釣り合いな翅を羽搏かせる。

 油が跳ねるようなその予兆に、全身の刃むき出しに駆け出して迫るのである。

 カイトは経験したその加速を予測して。 

 

【交雑種:蟷螂の羽】【凶刃の如く】【鐵鋼赤化】

【二刀流】【精霊術Lv2:アプドゥ】【狂羅輪廻】

 そしてそのままに再び、ぶつかり合う。

 弾丸の様な直線と、硬質な音を響かせて、曲線を描く演場の独楽が火華を散らすのが見える。

 

 依然と見違えて艶やかな曲線を描くようになったその双剣の輝き。

『絆の双刃Lv2/3』

 "闘炎の巨人"の残骸に、鍛えなおされた彼の愛剣はその熱量を増しているのはもちろん。

 一種の生体金属(ソウルメタル)に近しき性質は、その愛剣は呼吸し、循環する。

 未だ十全に使いこなせてはいないが、より魔法剣の容量を拡張する事に成功していたのである。

 

【シザークロス】

 続いて"赤刃の兜"がその両腕で挟み込むように、腕の刃に斬り裂かんと振るい。

 若葉色の双剣士がステップを踏みながら、魔法剣の流儀に迎撃する。

 

【ソードマスタリー】【二刀流】【魔法剣Lv2】【俊足】

 姿勢を低く、双刃を体の中心に構えた急所を庇う、いつもの迎撃の構えである。

 接触とともに、その張力を纏った剣が遠心力に弾けて迫撃せんとするその勢いを殺して。

【舞武】【ダンシングヒーロー】

 衝突の反動に魔法剣が剥がれるそのたびに、繋がれた小精霊が弾けてそれが反力を生む。

 それも利用し、動作としてステップを踏んでに軸を切り替えながら後退する。

 

『―――ギー!シャン!!』

(翅を動かす、突撃の動作、だいたいそこが起点…ッ!)

【地獄突き】【蟷螂の翅】【歴戦個体】

 対峙するモンスターの習性、修羅場慣れの勘に見出した予兆に反応して何とかしのいだ。

 ぶれる様に視野に映る赤兜、翅が掻き動くたびにその、秒も経たずに肉薄せんとするだろう。

 斬り合いながらも呼吸に備えて、心の鼓動を内力と外界のリズムに奏でて……。

 

【斬り裂く】

 "赤刃兜"は突きの動作から、発展して横なぎに引き裂く様に斬る。

 

 ジャリっ!

 

「距離を取って、翅さえ見えて居れば……っ!」

【ソードマスタリー】【二刀流】【魔法剣Lv1:雷刃の舞】

 認識する余裕もなく、形纏う魔法剣の流儀に、その斬線を反らしつつ応戦するのである。

 頬が斬り裂かれて血が舞った。熱がこもる。

 その両腕のサイドブレードじみた構造には安定した強度を備えるが、柔軟的な自由度はない。

 そのくらいの特性は、ある程度の修羅場を重ねた冒険者ならすぐに察するものだろう。

 

 先の空白に観察したが、そのモンスターは全身刃によって形作られた骨格をしている。

 両腕の反る様に主張する二刀、肋骨の四刃、そしてその兜に象徴的される刃、その全身を利用する様に迫撃戦を仕掛けてくる。

 それは例えて、多刀流を相手にしているような感覚である。

【野生の練気:剣の舞】【ブレードランナー】

 容易に躱して腕刃を弾かねば、回転運動を挟んで肋骨刃に斬り裂かんとするのを見た。

 そもそも後退に合わせてステップと同時に、軸をずらさなければ突進の様に兜刃が迫るのである。

 

 カイトが直感した。

 もう一度、再び迫撃を許せば"死ぬ"というのはそういう事である。

 手数の差に圧殺される。故に、剣を打ち鳴らしながら必死に距離を維持する後退の一手。

 突撃の様な斬撃に弾き飛ばされるたびに、重心を傾けて慣性にとらわれぬよう何とか地に足をつけてリズムを鳴らして、だ。

 

 彼とて既にこの世界の流儀に染まり、逸脱への一系樹へと歩み始めた戦闘特化の冒険者だ。

 刃と刃に先ほどとは違い。

 フィジカルに勝るモンスター相手にも、ある程度の攻防が競り合いが成立している。 

 

がガっ、

【凶刃の如く:メタルクロー】

 赤刃の兜が掴み折らんとする爪に、スナップを聞かせて双刃を撃ち込む。

キン!

 

 応急措置に包帯を巻いた腕に血が滲む。

 その痛みをこらえて、なお腕を動かす。精霊細工の足場に踏みしめそれを解いて。

 一瞬、その一瞬速く、双剣を撃ち込みの重さを載せ―――

 

「づぁッ!!」

―――ダァンッ!!

【舞武:重心操作】【狂羅輪廻】

 そこから発展する蹴り胸部を蹴りだして、その距離を開けたのである。

 こういう時に山野を走り抜け、走り込みを積み重ねてきた足腰の強さが活きるだろう。

 

『―――ググギ、―――シャン』

(こいつやっぱり軽い、見た目より全然)

【交雑種:(ハーフ)軽量化適応進化】【つめとぎ】

 刃を研ぎ合わせて、唸るそれを見つめながら思う。

 その機動力を得た影響か、それは軽かった。おそらく鳥類が如く骨格が空洞になっているのだろうと推測する。

 突然変異にて翅を得た変異種、珍しいがそういうのがいない訳ではない。

 そういった存在は、"亜種個体"と呼ばれて別枠に冒険者ギルドにて情報を集積される。

 

【―――シャァン!!」

「根負けしたか、好都合」

【鋼鋏双躯】(キリキザン)【凶刃の如く:辻斬り】【鐵鋼赤化】

 一向に粘る獲物に業を煮やしたか、距離を取って速度を載せた刃に切り替える。

 簡単に言ってしまえば、一撃離脱の戦法であろうと推測する。

 

 彼にとって好都合だった。これでより考え呼吸を整える時間ができるのだから。

 

 木々の暗がりに隠れて、油の跳ねるような翅音を残して紅き襲撃者は木々の影を駆け抜ける。

 

(多分コマタナ種、成熟体のキリキザン、その突然変異か、な)

【Bランク冒険者:聖錬】【レンジャー】

 徒党(パーティ)の斥候役を兼任してる彼が、冒険者ギルドにて無料にて公開されている集積情報。

 モンスターの分布、特性を記録した目録から思い返す。

 その翅が、特徴と大きく異なっていた為、なかなか合致が遅れてしまっていた。

 

(でも、おかしい一般的な『キリキザン』は、群れでの狩りを得意にするはず……)

 最悪の想像としては先の迫撃を含めて、巣に追い込まれてる可能性もある。

 その想像に冷や汗をかく、地の利と数の利は絶対でありこれ以上戦闘を引き延ばすのは都合が悪い。

 

【はぐれ】

 しかし、その推測は外れていた。この個体は群れを持たない孤高(ソロ)だった。

 この『キリキザン』、ストライク種との交雑に生まれ、その特徴を混じりけにした雑種(ハーフ)である。

 

 一冒険者であるカイトは知りえないことだが、森林領域の拡大現象だけではない。

 今現在この森ではそういう事例が増加している。

【世界樹の方程式】【円環の蛇:ヒューマンデザイン】

 大繁殖とともに、環境ホルモンによる他モンスター交雑の増加が、現在進行形で広がっているのだ。

 しかもただの雑種ではない。これは設計(デザイン)されている。

 この世界で一番多種多様な種族・雑種が確認されているのは他ならぬ、"人類種"であることは間違いないだろう。

 その蓄積された統計データを成功例を、感染させて……。

 

 しかし、いくら強靭な個体が現れようと。

 ただ、それで一変してしまう程自然の理は柔軟なものではなく、曖昧な掟ではない。

 ただ強靭な生物であれば、縄張りを侵された原生生物にリンチにされ殺される。

 優性の雑種(ハーフ)であっても、あまりの差異は異物でしかなく、排除されることもあるだろう。

 それが社会性を備えた生物であればなおさらである。 

 

 故に、試行数を繰り返した。

 現在の幾多の雑種が生れ、そして弱肉強食の理のまま食いつぶされ、生き残るは確率の寵児である。

―――【異常進化個体】(ナイトメア)

 先に徒党(パーティ)本体を相手に暴れていた『豪蔦の怪物』等も、魔力汚染によって生態系の頂点に立つまで進化した。

 元は、"モンジャラ"と呼ばれるようなモンスターであった。 

 

 そして、キリキザンは社交性の高いモンスターに当てはまる。成長とともに特異性が露になるとともに。

 群れの中で疎まれた。そして排除されようとしてなおここにいるのは……。

【はぐれ】【凶刃の如く】【歴戦個体】

 そう、この襲撃者は、同族を捨てた完全一個体。

 異物だと別種だと排除しようとする群れをその刃に殺し尽くした。

 闘争の果てに同族殺しの虐殺者、それゆえの『歴戦個体』である。

 

 再び羽搏きに、油の跳ねる音に樹の影から駆けだす紅き兜を迎撃する。

 問題なのは亜種となればこれが完全に初見であり、その習性も弱点も不明という事である。

 事前情報は大きな力だ。前提とも言っていい。

 モンスターと戦うそれがないというのは基本的に弱く脆い純人種の冒険者にとって、恐ろしい事だろう。

 

(間違えれば死ぬなんていつもの事)

 しかし、すでに彼にとっては関係ない。

 カイトが憎む"侵略者"はいつだって突然で、未知で、許しがたい強大なクソッタレなのだから。

 

 仕掛けのタイミング、変わらず"赤の刃兜"が迫る。

【凶刃の如く:辻斬り】【ジャイロボール】【鐵鋼赤化】

 死角の木の陰に隠れて速度を載せて。

 パターンを変えたか今度は中空に、音で悟られると察したか翅を使わずに脚力のみで上を取る。

 カイトは、その攻撃を刃に映る光の反射にて悟り……。

「癖は大体わかった」

『絆の双刃:Lv2/3』【■■調息】

 刃をより強く循環させる、牽制に"空"に傾けていた属性を呼吸によって引き戻した。

 魔法剣に振りまいた自身の炎の灯を、感応させ感覚的に連結する。

 "剣技"を旋律に組み、内力への練り上げ、"精霊術"という外界に働きかける補助を同期させ並列に動かす。

 

 それと同時に後退にて躱す。

 着撃、回転して振り下ろされる刃は地を打ち、切裂いた。

(今迄から言ってすぐに追撃、来るか……っ、蹈―――)

【ソードマスタリー】【■炎】【ダンシングヒーロー】=【夢幻操舞】

 その想像の通り"赤羽の兜"は、翅を動かし間伯入れずこちらに迫ろうとする。

 大して、迫撃に自然に前に歩を進める。観察にて敵のリズムまでかみ合わせたその歩みは―――。

 

『ギ―――?』

 "赤刃の兜"困惑の声が漏れる。

 それはそうだろう。その視点から顔を上げ一瞬捉えた若葉色の少年は、消えたように見えたのだから。

 背後より走る熱、焼かれる痛み、翅が斬られたことを理解するのに数舜掛かった事だろう。

 

 敵対者の攻め気を透かしてすれ違った。

 言葉にしてしまえばそれだけだ。基本的にして基本の歩みながら斬る(マルチウェイ)

 彼がしたのはただ踏みしめた"小精霊"の足場を解いて、空属性由来の電磁細工に加速して刃同士が噛み合わされる拍子を外して、否傾けた重心の反発に加速した。

 

 更にその踏み込んだ先にも後退前に細工を、小精霊()の足場を空転させて、慣性を無理やり反転させてすれ違いに斬撃を入れた。

 怨敵が目の前におらずとも。変わらず、彼は狂気によって薄氷を踊る者である。

 敵対者の拍をずらしてどちらかが、氷を踏み抜いて墜ちるまで踊り続けるそれだけの―――

 

『―――ギ、ギギ』

「脆い翅も落とせないか、どいつもこいつも頑丈で嫌になる」

【せいしんりょく】【歴戦個体】【超頑強】

 それはそれとして、これも歴戦個体だ。困惑による停止は一瞬に過ぎない。

 背後に敵がいることを理解すれば、勢いに前進し片腕をひっかけ、翅を羽搏かせて姿勢制御に方向転換に向き直って爪を向ける。

 しかし、明らかに遅い。

 翅は全力で動かせない。

 裂傷が刻まれている、薄い皮膜が火の燻りにまだ焼けている。

 

ゴオオオ!!

【精霊術:アプドゥ(ヘイスト)】【俊足】

―――そして、睨み透けた先にはすでに弧を描く炎刃が間近に迫っていた。

 

「じゃあ踊ろうか、死ぬまで」

『ギ―――シャアアアア!!』

【凶刃の如く】【歴戦個体】

【夢幻操舞】【狂羅輪廻】

 仕切り直しなどさせない。流れをつかんだ。このまま押し切らんと距離を詰める。

 カイトは不測の事態を避けんがため、勝負を急ぐ。

 その後は"魔法剣"を主軸に、加速度的に互いの身体を斬り裂いたのである。

 

 先の剣技を実現するには、"譜面"(ルーティーン)を踏もうと剣技、活性、術理。

 その三つを並列して動かすほどの所謂極集中(ゾーン)状態を維持するのは未熟な彼にとっては限られた一瞬のみである。

―――【機巧の呼吸:全集中】

 当たり前に見えて一流の戦士にとっても長く持続するは至難。

 流星と燃え尽きた"隊長"と呼ばれた機巧繰り(ギアドライバー)は、反復と修練にて身に着けてこれを長らく持続させていたのを識っている。 

 肉体駆動と戦闘に意識と集中力を回して、十分以上持続させる王国の"剣の落伍者"は、そのまま化け物染みたと評されるほどの絶技である。

 彼はまだその入り口。

 『肉体操作』の技法それによる五体の全掌握、他に"カラテ"に、"血法"に他にも実現しようとするアプローチは様々にある。

 

 元々に刃の如く、闘争心を宿す"赤羽の兜"に後退のネジはない。。

 とにかく、懐に飛び込む。

 迫撃の如く怒涛が己の肉体を活かす方法だというのをしっている。

 まだ少ない対人経験を急速に充足させていくだろう。

 赤刃の兜はその生物的本能に精神力を燃やして、危機の中にこそなお刃を研ぎ澄まさんと齧りつくのである。

 

 若葉色の少年は精霊細工の足場に拍子を外し、時に同属性の炎の幻影(ブリンク)をかませて斬り雑じる。

 "精霊巫器"から編まれる霞の炎の足場に踏みしめ、剣を振るう。時にそれを解いて空属性由来の反発力に滑る。

 先に奇襲された時とは違う。

 つま先を軸に地を蹴りだして、呼吸に精霊術に空気抵抗を手繰りその剣は重さを増すのだ。

 

 互いに碓氷の上を踊る。

 肩が咲かれようと、足を裂かれてなお。

 熱に歪もうと、翅の亀裂が広がろうと、視界が焼きつぶされようと。

 斬り切り舞う。

 

 状況は、双剣士に傾きつつあった。

 しかしそれでも紅刃の兜は、不利な状況においてもその眼の光を失わない。

 生態、本能。遺伝子に焼き付いたそれはどこまでも、真摯なある種の純心である。

【魔剣器】(まけんき)【王へと至る獣】【野生の練気:剣の舞】=【奥義:ハサミギロ―――】

 全身を駆動する。大地を蹴り筋を曲げて、一瞬に収束させるその身体捌き。

 その闘志を漏らして赤刃にとって生涯、渾身の両断(エッジ)へと至らんとして……。

「一手おそい」

【使役精霊:剣霊】【舞武】【三爪炎痕(トライエッジ)

 なお、届かない。全てを覆す都合の良い覚醒などこの世界にはない。

 双剣士が一手早く "繋がり燃え続ける炎"に刻んだ傷跡を、自身の属性に製錬された炎刃に刻み込んだのである。

 殺せるだけの業に単体の意味はない。

 いかに必殺を誇る技であろうと、兆候を見破られてしまえば対処のしようもあるのだから。

 

『ギッ―――』

「歪、め!」

 咲き乱れ炸裂する。

 その言葉の号令とともに三叉に交わり咲き、特殊な磁性を持つ炎の収束性質により深く刻まれる。 

 

 人の世で言えば"奥義"と呼ばれるほどに、附随して駆動していた体幹は張りつめて躍動していた。

 それさえも、外部から歪められた故に骨格には大きな負荷となる。

 

『―――ガッ』

 更に交雑種(ハーフ)であるこのキリキザンの骨格は、鳥の様に空洞である。

 羽搏く為に、軽量化したそれは硬質な装甲の護られているが、それが衝撃を漏らさぬ脆さにも繋がっていた。 

 赤刃の兜は砕け膝を折り、なお尽きぬ闘志に敵対者を睨め付ける。

 

 それはカイトが唯一所持するオリジナルの"魔法剣"の可能性。

 術理ではなく体質と体技にて実現する"異能使い"の未完成の魔剣である。

「さよなら」

【魔法剣Lv2:爆竜双刃】

ガッン!!

 無慈悲にそのまま、雁首を魔法剣にて斬撃にて止めを刺そうとして…。

ガンッ!!ダっ!

 なお、硬く弾かれたので疵に突き刺して、柄を蹴りいれてそれで何とか圧し折った。

 

 所詮、小型の人型モドキ。

 それでも歴戦のモンスターを単独で屠るのは戦闘特化の冒険者としての逸脱しつつあるを示すだろう。

「死ぬかと、思った」

 その自覚は、若葉色の少年にはまだない。

 

 

―――とある木の洞の中。

 

ぎゅっ

 斬り裂かれた頬を、肩を、腕を、足を、薬品と包帯に応急処置をして布を巻き付けて止血、応急措置して。

 

『迷彩外套』

「はぁ……しんどかった」

 あえて気を抜けた溜息をついて、その後の深呼吸。

 自己暗示に自身のオドに切り替えて、呼吸を緩やかに心音の、経絡のオドの静まらせる。

 狂羅の輪廻(あの夜)に落ちた頃から、特に行き過ぎて身体に負荷をかけてしまっているのを自覚している。

 魔術知識に乏しい、彼の己が昂ぶった炎をこれ以上己を焼かぬ様に、緊張を解く為のいつもの所為である

 

 

 既に場所は変わり、カイトは交戦後、すぐさまあの場を去っている。

 決着まで、時間にして十も数えていないだろうが。

 あんな人のオドと血の匂いをバラまいた場所にとどまっていてはモンスターに襲われてしまうのである。

 

「これからどうしよう」

 とにかく派手にやり合いすぎた。

 徒党(パーティ)の元に戻らんとしても、勢いのまま離脱させられ既にお互い位置がわからない。

 あちらの状況はわからない。あの"豪蔦の化物"は辺りを制圧していた脅威度段違いのそれである。

 果たして撃退できたか、犠牲が出ていないか気にかかる。

 

「じっとしてても仕方ないか、陽は刻々と暮れる」

【レンジャー】【田舎育ち】

 辺りで一番背の高い樹にロープをひっかけ、軽い身のこなしに樹に登る。

 眼下を観れば、目ぼしいほかに戦闘跡は見えない。

「もう終わってるか、流石。リコも頑張ったみたい」

 既に終わっているのか、勝利と仮定して。

 全滅という最悪の可能性は考えないことにして、足元が崩れる不安を追い出す。

 

(ん、川が見える。大体のこれで位置は割り出せる)

『太陽の腕輪』【野狩人】

 懐から地図を取り出す、この森の中で唯一変わっていない地形が、この森を縦断する様に流れる川である。

 愛剣の柄にロープを巻き付けて垂れ、その陰に太陽の位置と時刻を割り出しながら。

 その観測を基軸に、氾濫前の過去の地図から、現在の居場所を算出するに思う。

 

「これもう戻れないかな。少なくても今日中は、この時間に狼星(のろし)なんて上げたら最悪二次遭難だ」

 どうやらかなり奥まで運ばれてしまったようだ。割と洒落にならない事態に帽子越しに頭を掻いた。

 測量しながらを考量すれば戻る途中に陽が落ちるだろう。

 一度居場所を出してしまえば、絶対助けに来るという確信があるだけに頼もしく頭が痛い。

 

 そうなれば夜になる。この不整地で道しるべも何もない暗闇へと。

 夜の森は人の領域ではない。

 そんな中不用意に移動すれば間違えなく死ぬ、それは確実と言ってもいいほどにである。

 まだこの木の洞で、自身の幸運を信じて縮こまって夜が明けるのを待つ方が、まだ生き残る可能性が高い。

 

 

「さて、ならこうかな。川辿っていけば―――」

【精霊術Lv2:使役精霊】【蛍火】

 そこら辺に漂っていた小精霊を灯に手懐けて、メッセージを託して風に流す。

 "ブジ・モドレ"と。容量故に、短く単純な文章を載せて。

 自身より熟達した精霊術師のミストラルなら、容易に読み取れるだろうと。

 

 

『迷彩外套』

 樹を降りて。

 歩く、歩く。気配を薄く、周囲の警戒を伸ばして、刃を強く握りしめて。

 

 勿論、ただの自己犠牲だけならこんな選択肢は取らない。

 しかし、カイトには宛があった。

 野狩人として地図を把握し事前前にも想定していた、身を休めるに最適だろう中継地点の心当たりが、である。

 

「いっつつ、この防具も買い替えかな。そんなに長く使ってないのにさ」

 立ち眩み、痛む身体を引きづって、そんな冗談にを呟いて緊張を和らげる。

 斬りつけられた傷口から、耐えがたき熱がに滲み出す、動かせば動かすほどにそれは増していく。

 幸いにして毒はない様だった。それだけで今は十分なのだから。

 

 

 

 そして、彼の心当たりへとたどり着いた。

―――それは、川沿いに立つ一軒の簡素な建物であった。

 水の流れに水車がぐるぐると回る。

 

 木々に取り込まれてこの有様であるが、以前は平原だった場所。

 森の大反乱以前に、ここら一体の土地の管理をしていた管理人の住処があったとされる場所である。

 

「よかった。運がいい。想像より全然形がある」

 最悪、全壊していてもよかった。

 ハーモナイザもない場所に居を構えるのだ。

 それぞれの技術に伴った"結界"などを施される可能性が高い。

 少なくとも大襲撃(スタンピード)に備えて、地下室は必ずあるはずなのだから。

 食料や、医療品などの備蓄にも期待できる。

 

 この事態だ。所有者であるの管理人は既に、この場を捨てて退避しているだろう。

 火事場泥棒ではない、緊急避難だと呟いて、その建物に歩みだそうとして。

 

『―――ブゥオオオオオん!!』

「?!」

【二刀流】【舞武】

 うめき声を聴いた、蹄で地を蹴るのような音に、剣を握る。

 背を低くバネを活かし迎撃態勢を取り、迫る影に迷彩外套を翻して連動する様に剣を振るう。

 

【狂■の幼鹿:とっしん】【鈴芽鹿】【超俊足】

 

ガァン!!

ざざっ

 はたしてそれはその突進を二刀に迎撃して、反動に距離を取る。

 

『ぶるるるるるる』

【FOE】【威嚇】【フォレストフレンズ】

 蹄で土を捲る。それは鹿の如く見た目をした巨躯のモンスターである。

 その立派な角を唸りながらその視線を鋭く、敵意むき出しでこちらを睨めるつけている。 

 

「―――モンスターか。縄張りに、住処にしてる?当てが外れた、ね」

 既に修羅離れした冒険者としての直感が警鐘を鳴らす。

 気配としての圧は先の"赤刃の兜"よりましだが、決して油断してよい相手ではないのは間違いがない。

 

(獣タイプだ、足では絶対に負ける。一手喰らわせて反応を見るか、手負いでどこまで抗えるか)

 対して、先の戦闘で割とこっちは満身創痍である。

 身体の経絡に巡るオドはその脈を確実に減らしており、三割も振るえれば良い方か。

 力んだ腕、先に施した止血包帯から血が滲みだすのを感じる。

 

【狂羅輪廻】

こぉぉ

 再び呼吸を深める。

 再燃する熱が生命の鼓動、危機の実感をひしひしと、獣の歩みを呼び起こして―――

 

「こーらー!だめでしょー知らないひとを襲っちゃ!」

「?!」

 それを静止するハスキーな声が響いた。

 その方向に目を向ければ。

 小屋の中から、ブロンドの髪と青色のカーディガンをはためかせて新緑色の少女が駆け寄ってくる。

 

(え、人?こんな状況にこんな所に人??)

 困惑で呼吸が乱れる。思考が止まる。

 異変の最中であるこの森は、"隔離領域"一歩手前の危険地帯である。

 例え土地の管理人であっても、とっくに安全圏に退避していたと思っていたのだ。

 

『ウ゛ー』

【FOE】【フォレストフレンズ】

 しかも、屈強なモンスターを叱りつけて、それに獣も素直に項垂れているのであるからなおさらだ。

 それは独特な存在感を放つ明らかに生態系の上位であろう存在だ。

 

 モンスターは基本的に人類に対する敵対種だ。故に、光景に困惑するしかない。

 

「うちの子が失礼しました。この子、私の事護ろうとしてくれたらしくて……!」

「いや、まぁ危なくなければいいんだけど、もしかして、貴方は使役闘争士(トレーナー)なのかな」

「いいえー。ただ、私この森にはお友達がいるんですよ」

【土地管理人】【縁拡がりの茉莉花】【超絶美形】

 頬に手を当てて、ほにゃほにゃと緩く朗らかにそれを応えた。

 "使役闘争士"(トレーナー)とは、魔物や亜人、自身と絆を結んだ使役獣を使役する者の職業である。

 しかし、そのモンスターは野生の気配を残しながら、純粋に友愛をもって彼女を見つめている。

 

 敵意は危険は感じない。しかし。

(……なんだろ、ちょっと変な陽の匂いがする人)

 そのちょっとした違和感に、疑問に思いながら会話を続ける。 

 その違和感は■に対する生命■雑じりの体臭(フェロモン)、■■体質である。

 

「それにしても、久しぶりに人とお会いしました。私の名は"薬草士"のジャスミンといいます、冒険者さんのお名前は何かしら」

「ん、僕はカイト、この森の調査に来たBランクの戦闘特化の冒険者の一人だよ」

【アニマルマスター】【マイペース】

 カイトはその微かな違和感を無視して自己紹介を返す。

 傍らの鹿のモンスターはすっかり落ち着いたように見えて、こちらをその眼で牽制し続けている。

 割と気が休まらない。この距離で突撃かまされたら確実に死ぬのだから。

 

 とにかく、聞かなくてはいけないことがたくさんある。

 そう、彼女は貴重な異変の証人である。生き残るため、一晩の宿も借りなくてはならない。

 それに独特にほわほわと畏れた様子もなく、この状況を把握してるかも怪しい。

 その場合は説得して、一緒に脱出する必要になるだろう。

 

「ジャスミンさんはこの状況でなぜこんなとこに、今この一帯は―――」

「まぁ大変!よく見たら酷い怪我してらっしゃいますね!」

 言葉をさえぎって少女が己が包帯巻きの手を取って、強引に引っ張り込んでくる。

「え、ちょ」

「さぁ遠慮しないで、治療してあげます。とにかく中へ!」

【医療知識】【薬草知識Lv3】【マイペース】

 その腕をむんずとつかまれて、

 そんな感じに天然な少女に振り回される形であるが、想定通りに若葉の少年は一端の安息を得るのだった。

 

 

 


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