ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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幕間【過去の残影:麟禰】

―――『闘争都市:ルミナ・クロス』

 

 遠くに響く喧騒の中、目に布を巻きつけた白き少女がいた。

 闘士に用意された待合の中で、うつつ、うつつに夢を見ていた。

 

 有り合わせの鉄板薄い布を組み合わせた、バラック作りの馬小屋の中。

 ここは"奴隷"として飼われている人間を、鎖で留め押し込めた建物である。

 男の奴隷は炎天下の井戸掘り、街道の敷設というという重労働に。

 女は身体を売って、家畜のような扱いに従事させれれているそんなもはや人間ともみなされぬのゴミ溜めだった。

 

 その埃と砂臭い暗がりの中で二人の母娘が、寄り添い合って膝に座って。

 

 母は、薄汚れた白髪にやつれた頬をしながらも、温和な雰囲気の中、とにかく強い目を持った女の人だった。

 そんな母の膝の上が幼い彼女のお気に入りだった。

 

【砂漠の銀猫】

 

 "奴隷"に与えられた不潔で狭い馬小屋の中で。

 彼女は母とともに草の根を食み、畜生の糞に汚れた藁の中で眠って暮らしている。

 

 パラパラと、髪を捲る音、ゴミ捨て場から拾い上げた汚れた汚れた絵本を捲る。

 奴隷の境遇に、基本的に所有物など認められていない。だからこれは拾い物である。

 いらないと捨てられ所々文字も見えないこれも彼女等の境遇にとっては、大事な大事な宝物だった。

 読み聞かせる何処かかすれた声、時々せき込みながらも、めくり優しい世界の事を彼女に語り聞かせてくれる。

 

 例えば"捕らわれた姫を救い出した英雄のお話"。

 例えば"幾多の冒険の果てにお宝を手に入れた冒険家の話"

 例えば"悪を挫き、弱気を助けるそんなヒーローの話"、幻想の色々をである。

 

「ねぇおかーさん」

【エクスマキナ:第二世代】【幼女】

 無造作に整えられずもせずに伸び放題に、未来に輝く美貌も手入れされない白馬の様に。

 その目元も隠したのが幼い頃の彼女である。

 母の声を聴きながら、母の足の上で痩せた白髪の少女が疑問を声に出した。

 

「なんでこのほんのなかのえいゆうさまは、おかーさんのまえにあらわれてくれないの?」

「けほ、きっと英雄さんも忙しいのね。仕方ないわ」

 母は時折咳き込みながら、苦笑して応える。

 こんなに辛いのに、彼女の狭い世界で一番優しい母を助けてくれないのにと不平を純粋に想い。

 少し口をとがらせて不満げに、声に表していた。

 

 このころの彼女にはわからないことだが、機械部品は砂漠の砂の元には劣化しにくい。

 その為旧時代の機械人形が、砂漠の遺跡から発掘される事もままある。

 母はそんな『魔導文明』の頃の遺跡から"発掘品"の一人であるらしい。

 故に起動したその時から、身寄りのない"セクサロイド"として所有物として奴隷になった。

 生存域も最低限の生活物資も限られた砂漠の世界たる『奏護』では貧しいものが生きる為に奴隷になる事など珍しくない。

 この時代に縁もない発掘品故にこの世界に縁もなかった。

 特に珍しくもないセクサロイドの量産モデル、"発掘者"の胸先一つで小金に代えられて今こうしている。

 

 母はその娘の不満に、髪を整え頭を撫でながら、語り掛ける。

「大丈夫よ"麒麟(リンネ)"頑張っていれば、きっといつか報われるときが来るから」

「……おかーさんはどうして、そういえるの」

 母の痩せた胸に頬を寄せる。

 彼女はそれで幸せだった。自身のルーツたる父親の名前など知らない。興味もない。

 その小さな小さな閉じた世界の中で、確かに母の事を愛していたのだから。

 

「ママの頭の中には、世界の記録がいっぱい詰まってるの、ちょっとすごいのよ」

【メモリデータ】【夢見な自鳴琴】【砂漠の銀猫】

 そのまま彼女の頭を撫でながら、優しげに彼女は語る。

 母とて実際に外の世界を見たことない。起動してから枷をつけられてこの場に縛られ続けている。

 それでも夢見る機械は、知識としてインプットされた知識から想像の世界を娘に聞かせる。

 

「だから知ってるの。本当はねこの世界には美しいものが一杯あるって、いつか麒麟(リンネ)と一緒に見に行きましょう」

【発掘遺産】【セクサロイド:第一世代】【乙女回路】

 その夢見がちの言葉に、同じく馬屋暮らしの周囲の奴隷から冷ややかな有体に侮蔑の目を向けられる。

 それはそうだろう。明日も知れない奴隷。

 人権のない彼等にとってそれは滑稽な夢物語であるのだから。

 

 この馬小屋の中で飼われている奴隷は、誰もが明日を未来なんて信じていなくて。

 彼女自身も、幼心の中に、優しいウソをついていることを感じながらも。

【夢見な自鳴琴】

 その語り掛けられる言葉に、幼い彼女も、母が語るその世界を美しいと感じた。

 確かに人が報われる世界であればどんなにいい事だろうか、純粋無垢に、幼い彼女はそう想ったのだ。

 

「今は辛くとも、けほっ…、きっといつか報われる日が来るから、それまでの辛抱だから」

「うん」

【エクスマキナ:低免疫】【細菌性■炎】

 そんないつも聞いた言葉にうなずいて。

 張り付く喉のヒリヒリに、膝から離れて思ったことを口にする。

 

「ねえおかーさんのど、かわいた」

「ごめんね、麒麟(リンネ)ちゃん今日の分はもうないの。明日になれば、朝霧が溜まるしちょっとだけもらえるから」

 人は水が無くては3日も生きていけない。しかし、砂漠において水は何より重い貴重品だ。

 エクスマキナ故に節約ができるが、基本的な設計が純人種を基づいて作られているのだから、なければ当然に枯れて死ぬ。

 彼女等は食料も少量だ節約して節約して、彼女等は何とか生きて日々を回している。

 じゃれて寄り添って、また眠る、それが親子のささやかすぎる幸せで。

 

 そんな慎ましく睦ましい光景をぶち壊す乱入者がいた。

「おい、奴隷22号(メスブタ)!!」

【砂漠のゴロツキ】【お山の大将】

ビクッ!

 優しい空間を震わせる酷く粗野な乱暴な声が響き渡った。

 そも声に母は怯える様に身を震わせた。

 これはこの馬小屋を、脅しかけるように奴隷を監督するチンピラ崩れの男である。

 

「いつまでガキと乳繰り合ってやがる!馬小屋暮らしの奴隷のくせにいっちょ前に親子ごっこかよ」

【奴隷使い】【腐った性根】

 吐き捨てるように言い捨てた。

 その男は良く居る様な性根が腐った人間だった。

 小間使い、うだつの上がらぬ弱者故にそれ以上の弱者を踏みにじる事に悦に浸る、そんな何処にでもいるチンピラ崩れだであり。

 

「おら、こい!客だ早くしやがれ、その痩せこけて馬の糞くせぇ身体でも買ってくれるもの好きがいるんだとよ」

「いった!……やめて……引きずらなくても、行きますから……」

 その腕をつかんで乱暴に引き摺って行く。

 幼い彼女は睨めつける、その粗野な男が言う仕事という内容を彼女は知っている。

 

「おかーさんをいじめるな、っ」

「っ!、なんだガキその生意気な目はよぉ……」

 母が言う"仕事"の事を、男の人に組み敷かれて、暴力を振るわれる仕事である。

 幼子故に"性"の事までは理解してはいないが、終わった後は母がひどく疲れて憔悴した様子になる。

―――そして知っている。

 自身が、成長すれば"性"に消費される存在に、それをやらされる為に飼われていることも……。 

 今はただ弱い彼女にはその男のその足にしがみついて、ただ睨め付ける事で精いっぱいだった。

 

「っけ、何の役にも立たねぇ、メスブタのガキがよ」

【マフィアの下っ端】

ドッ!!

 どなりつけて、なお怯まなず睨める付ける幼子に苛立って、乱暴に殴りつける。

 藁に尻もちをついて、痛みをこらえて頭を押さえた。

 

 無力な自分が悲しかった。悲しかった。悔しかった。

 

「~~~っぅ」

「―――ごめんね。ちょっと行ってくるわ。いい子で待っててね麒麟(リンネ)ちゃん」

 あえて、母は余計な反応をしない。それが粗野な男を余計に苛立たせることを経験則から知ってるゆえに。

 母は痛みにこらえる彼女をその優しい手で一撫でして、母は馬小屋の外へと連れ出されていく。

 

 彼女はそれを、見送る事しかできなかった。

 いつもの事である。それを何度も見送ってきた。これからも見送り続けるだろう。

 

 

 

●●●

 

 

 

 何度も繰り返したそんなある日。

 

 いつも気丈に振舞っていた"はは"がいつもより咳き込み酷く、突然に倒れたのである。

 彼女は知らなかった。母がいままで精神力だけで振舞っていたことを。

 

 最底辺の娼婦に対する無茶な扱い、一人分の生きる糧を二人で分け合い、積み重なるストレスの輪廻。

 水が貴重な砂漠として娼婦として、客を取るために身を清める。

 香草による"煙浴"も質の悪い。時に違法な粗悪品を用いていたのだから、当然と言えば当然の結末だろう。

 

「ごほ…っ、げほっけほ……!!」

「おかーさん、だいじょうぶ?お水、お水飲んで」

【細菌性肺炎】

 咳き込んで、藁の中で横たわる。皮膚の血の気も引いていた。

 小さな手で一生懸命に、その背中を摩る。

 それでもひゅーひゅーとあばら家を風が抜けていく様な嫌な音に、幼き彼女の心を掻き毟る。

 周りの奴隷は遠巻きに、病が移ることを恐れて遠巻きに眺めているだけだ。

 

―――そんな無力な献身は報われる事はない。

 

がんっ!

 乱暴に扉を蹴り開ける音。

 いつもより苛立った様子で、粗野な男が馬小屋に現れたのである。

 

「こないでっ」

「うぜぇな手え煩わせるな、どけクソガキ」

 母を守らんと間に立って、雑に蹴り飛ばされる。

 そして横たわる女を弱者を見下した。

 

 その冷たい目に、無力な自分に形容しがたい■■がわいて。

「っけ、あーあ。ついにガタがきたか。結構稼げる奴隷だったのによー」

 粗野な男は、心底忌々しそう吐き捨てて。

 そして男は腰に据えた脅しの刃を抜いて、頭上に掲げる。

 

「ごほっ、なんでしょうか」

「てめぇの所有者からの命令だ。客もとれねぇ汚いねえ病持ちの猫を飼っている理由もねぇとよ」

「あぁ、安心しろよ。変わりは娘が、そろそろ物好きの変態が買う年だ、調教(仕込み)がいもあるだろなぁ――――」

【腐った性根】

 性根の腐った男は最後まで悪趣味に、弱者を大事なものさえ踏みにじって悦に浸ろうとして。

 粗野な男はナイフを振り下ろす。

 弱った母の胸に振り下ろさんという光景を目にして……。

 

 見た瞬間、理性に抑えつけられた彼女の中で何かがキレた。

 

ダッ!

「いでっなに、しやがるっ!ガッ……?!」

「■ね」 

ガラ、ジャリッ!!

 たかがチンピラ崩れに対して、痩せた体を発条のように、粗野な男に飛びついた。

 その頚を、繋がれた手枷の鎖を交差させて、首を締めあげたのである。

 

「ッか……がぁ!……?」

 相手は特に鍛えてもいない下っ端根性の染みついたチンピラである。奴隷を格下に見て油断してたのもあった。

 故にその不意を突くのは容易であった。

カラン……!

 地を滑る硬質な音、構えられたナイフが地面に崩れ落ちた音である。

「ぜっ、この、嘗めがってクソガキがぁ!!」

『砕く腕禽』(アームポイント)【砂漠のゴロツキ】

 しかし体格に劣る、魔具の力もあってむりやり引き剥がされて。

 地面に転がったナイフを拾って、痩せた腕で支えてそれを腰に構えて足を突き刺したのである。

 

 崩れた男の体制に、今度は馬乗りになって。

「まっ、待―――俺はおまえの―――」

「ごめんなさい」

【嘆きの■角獣】

 命乞いの言葉など聞く耳も持たず。

 謝りながら、誰より母の事を想って謝って謝って、泣きながら相手から奪い取ったナイフを胸に突き立てて。

 こうして彼女にとっての殺人は、早くあっさりと訪れたのだった。

 

「ごめん、なさい」

 この謝罪は男に向けたものではなく、優しい母に対して約束を守れなかった悪い子の言葉である。

 その雑に伸ばされた髪は血濡れで化粧されて、自然に助けを呼ばせないために喉を狙ったのは本能のなせる業だろうか。

 ここに彼女は戦士としての才能はあったのだろう。

 

「おかーさんだいじょうぶ。もう怖い人は―――」

 血と油に汚れた手に心配に、手を伸ばして。

 なお、母は娘を気遣って最期の力を振り絞って抱き止められた。

 

「ごめんね。ごめんね。私なんかが母親で、麒麟(リンネ)

 命の絞り出すようなしわがれた声、肩に滴る暖かな温もりを感じる。

 その時の母は泣いていた。愛する娘がその手を汚すのを見て、彼女の一度も涙を見せなかった母がである。

 

『―――どんなに辛くても、人にあたっても駄目よ。いつか自分に反ってくるんだから』

 母にも自覚がある、自身が娘を騙すための優しい言葉しか呟いてこなかったことを。

 

 世間知らずの夢見がちな発掘品、記録(メモリー)の中にしか存在しない優しい世界に。

 こうしていれば、最愛の娘がいつか辿り着ける事を願って……。

 どうしようもない現実に、嘘を重ねていたのである。

 

 しかし、可愛い娘はこうして、人を手にかけた。

 それが今も消え去る命の自身の為となれば、一杯、いっぱい悲しかった。 

 

「―――行きなさい麒麟(リンネ)。ごほっ、こんな所なんて、幸せに。忘れないで、今は辛くとも、きっといつか……報われる日が来るから」

【砂漠の銀猫】【電気羊の閉じた夢】(ナーサリーライム)【無償の愛】

 稼働期間、5年、馬小屋に繋がれた彼女は、最後に残す言葉も嘘しか残す事が出来ない。

 伸ばされ放題の髪をかき上げて、愛娘の目を見つめる。

 最後の最後まで母は、ただ一人の愛娘のことを案じて、故障した鼓動を静かに停止へと、静かな死へと。

 

「おかー……さん?」

【■ー■ーゲイザー】

 そして母は、彼女は抱きしめたまま、冷たく硬くなった。

 二度と醒めない眠りに落ちた事を、彼女の微かに受け継いだ機能から察せられた。

 そう、知りたくもない事を……、いつもこの耳(センサー)はいつも彼女に教えてくれる。

 

 

 

●●●

 

 

 

―――それから、母の最期の言葉の通りに騒ぎに乗じて、彼女はその馬小屋から逃げ出した。

 子供だからと、どうせ遠くにいけはしないと嘗められて、足枷をつけられなかったのが幸いしたのだろう。

 

【麒■■脚】

 自身の居場所も知らずに、何処へ行けばいいなど答えもないまま。

 現実から逃げるように、ただ遠くに遠くにと砂漠の街の中を走り続ける。

 

 奴隷に行き先などない。

 この悪徳が理を成す『奏護』の地で弱者に手を差し伸べる者が、果たしてどれほどいるものか……。

 残酷な現実を誰よりも理解しながらも、月明りひとつない夜を彼女は駆ける。

 

 それはただ意志の力で。

 たとえ、足の裏が裂けて血が噴き出しても止まることはなかった。

 立ち止まれば連れ戻される。

 一度逃げた奴隷など鞭で打たれ、死ぬまで嬲られるだけ……そんな結末を彼女は認めないのだから。

 

 耐え忍んだ先で人は報われるのだと、最後までそう口にしていた愛すべき母を嘘つきになどさせない。

 

【エクスマキナ:第二世代】

 それからは、必死に生きた。

 第二世代のエクスマキナである彼女の耳は良く周囲の音を拾ってくれる。

 人が群れる大通りの端で、乞食をしながら、その耳に、追手この街の情報を集めて、生き残る為にただ貪欲に貪欲に。

 

 そして残飯を漁る。草の根を食み。

 生き場所などなくとも、いつか自分の願いが叶うその日まで、終われないのだと言い聞かせて。

 

 只彷徨っているうちに脅威になったのは人間もだ。乞食の同類、それとも弱者を狙う屑もあった。

 時に生きる糧を放り投げて囮に逃げて、あの時奪ったナイフで不意を突いて。

 

 愚直に生きたのである。

 そうしてついに、彼女の強い想いは、悪魔を呼び寄せる。

 

「―――ふむ、近頃街を騒がせる都市伝説、街の裏路地に幽鬼がいると聞き足を運んでみましたが、それがただの少女とは」

「……!……?」

【■ー■ーゲイザー:不発】

【影を駆け抜ける者】(シャドウランナー)【気配隠蔽】【マクスウェルの悪魔】

 

 その男は、突然に彼女の認知に現れた。

 黒き肌とジャケットの様な白装飾の対象比、白い髪をオールバックに纏めた紳士然とした見た目をしていた。

 機械仕掛け由来の、人より鋭敏な彼女の感覚に捉えられにも捉えられず、にである。

 

「なるほどなるほど。その骨格からいって、機械人形凌駕種(エクスマキナ)の第二世代ですか」

「なに、おじさん何か用?」

【人体理解】【鑑定眼(真偽)】

 じろじろとこちらを値踏みする様に見つめる様は酷く居心地の悪かった。

 油断はしない。いつでも逃走できる様に、力んでナイフを投げつける準備を整える。

 こちらを弱者を食い物にせんとする大体の屑は、友好的に笑顔で近づいてくることを、彼女は知っているのだから。

 

「えぇ、感が良い。それに臆さず目的を強く抱いた眼は素晴らしい」

 その様子に白髪の男はますます感心したように、満足げに頷いて。

 堂に入った紳士然とした所為に。

 

「これは失礼しました。初めまして、私の名は"太白"と申します。ただのしがない町医者をやっている者です」

【脳科学者:精神学】【ナイスミドル】

 白髪の男は恭しく儀礼めいて頭を下げて、自己紹介をする。

 いかにもみすぼらしい乞食モドキめいた彼女を、尊重するかの様な所為である。

 初めての経験に、幼い彼女はその所為に面を喰らって、つい足に込めた力を緩めてしまう。

 

 その礼から顔を上げて。

「貴方のお名前をお聞かせ願いますか?小さな凛々しい人(レディ)

「……麒麟(リンネ)、それだけよ」

「麒麟、良い名です。世の吉日を告げる伝説の霊獣の異名の一つでしょうか、貴方の名付け親は相当にロマン家のようです」

 慣れぬ不意打ちの様な振る舞いに、虚を突かれ、ペースを取られたことを自覚しない。

 幾ら人の世の泥にまみれようと、まだ彼女は未熟であるのだから仕方ない事である。

 

「この無慈悲で残酷な世界に対して怒っているのでしょう?世界を変えたい、耐え忍んで、それで何も変わらない。賢い貴方はよく理解しているはずです」

「……!」

 見透かすような言葉、それは誘い文句であった。

『奏護』で一般的に普及している人体改造、"サイバーウェア"、"バイオウェア"という方法論である。

 これを高品質に施せる腕の良い医者は、需要が絶えない。

 肉体を強靭にすることはできる、まったく新しい機能を追加することもできるだろう。

 

 しかしとて、肉体をいくら強靭にしたとて、人の手に届かぬ機能を付与したとて。

 人種の五体にはやはり限界がある。モンスターには叶わない。

 至高に成る為にはそれに真摯に向き合うことが必要だ。馴染ませ、磨き上げ自分の力と変える真摯さが必要だ。

 そして何より、目的の為に喪うことを恐れない意志力が必要である。

 

【高等医療技能】【機工知識LV3/5】【錬金知識Lv3/5】【薬学知識Lv4/5】

 実のところ、白髪の男が声かけた理由は、医者である悪魔にとって自身の技術を完成させる素体として。

 我欲の為に、その薄汚れた白馬の少女は魅力的に映ったそれだけである。

 

「えぇだからこそ。"世界を変える力"、それに近づく努力はできる。それに興味はありますか」

 心を震わされる、それはまるで悪魔の仕掛ける詐術だ。

 幾ら改造技術を施し人からかけ離れようと、人ひとりのたかが小娘の力で世界を動かせるものか。

 そんなことはこの世を生きているものなら、だれでも識っていることだろう。

 

 それでも意志を貫く目に、その悪魔の甘い誘惑は一抹の希望に打ちった。

 

「私は、ただあなたの強い意思を尊重しますよ」

「わた、しは」

――悪魔の問いに、彼女が迷うことはなかった。

 容易く、その幸運というべきかまだ分からない手を取った。

 その日から、彼女の名に『悪魔の偽娘』としての人生を歩むことになる。

 

 

 それから先は日常的に過酷な訓練と、改造手術。

『偽装改磁・麒麟』【サイバーウェア】 

 エキスマキナの第二世代という、機械部品への適応性を下地とするの拡張パーツを改造手術(サイバーウェア)

 肉体を根本から作り変える行為、それに伴った肉体調整と、鍛錬を重ねていった。

 その中には常人では耐えられない激痛を伴うものもあるが、彼女は悲鳴ひとつあげることなく、淡々とそれをこなしていった。

 

 実地としての実演に任務(ラン)として。

 利権の対立し、闇の住人が蠢く魔境にその足を踏み入れたことも何度もあった。

 死にかけたことも多い、折り合いの付けられない現実が彼女を襲う。

 

 あぁそれでも、その意志力だけで、暗中模索の暗闇を突き進む。

 

【シャドウランナー】【嘆きの一角獣】

 振り返れば、既にこの手は後戻りできない程に、血に染まっていた。

 

 もう無理だって言えばいいのに。

 自身の甘さ故に『奏護』で何度か、養父の手を煩わせもしただろう。

 聞き分けの悪い子供のようだ。

 未来を見るたび、ささくれ断つ輪の中に、手を血に汚して―――

 

 その宿願に至る足元も見えぬままである。

 

 いつしか後戻りはできなくなっていた。多くを殺した。多くを壊した。

 弱きを助けても、その後まで抱え込めない。それに罵倒されたことも多くあった。

 悪しきを倒しても、大概に貧しさから生まれるそれは彼女の心を掻き毟り、より深い殻へと籠らせた。

 

【鉄面妃(目隠し)】【ラリクマハーツ】

 いつしか髪を切り整えても、目隠しにその眼を覆って隠すようになっていた。

 世界の輪郭はこの感覚に捉えられる。それ十分だと言い聞かせて。

 

 それでも、それでもとただ行動に訴えかける。

 

【私は証明する】

 この世界はあまりにも無慈悲で……けれど、だからこそ救いがなくてはならない。

 耐え忍んだ先で人は報われるのだと、最後までそう口にしていた愛すべき母を嘘つきになどさせない。

 目隠しの裏で悲嘆と哀願に濡れながらも、彼女は折れずにその異名の霊獣の様な、在り得ぬ幻想を諦めない。

 




想定している麟禰ちゃんの過去についての話になります。
なお、徹底的に改造しておきながら、普通に絆されて『奏護』にいたら娘が死ぬ、少なくとも心が死ぬと『聖錬』に渡ってきた太白さん。
法の縛りゆるゆるで、自分の技能(外科手術)の需要が絶えないから、『奏護』の方が都合がいいのですが、
心機一転、そこでゼロからコネ獲得のため張り切った結果竜賢皇になってる。

糞ほどどうでもいいですが、この奴隷使いの屑は麟禰ちゃん実父です。
ばれへんやろと弱弱自制心で、母を襲い妊娠させて、上司の所有物を手だしちまったやべ-よと、どっかの客だと誤魔化して、余計そのことを言葉に出させない様に従順にせんと暴力的に当たってました(屑)。

死んだな!よし!!

母のスキルシートは作ってる途中で心折れたので、中途半端になります。
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