ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】 作:きちきちきち
ルミナクロスの破棄した奴を掘り起こしてきたので、整合性が怪しいのは仕様です
申し訳ありません。
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随分と懐かしい夢を見ていたような気がする。
目を覚ます。といっても彼女の世界は暗闇のままに、世界の線を輪郭のままに映して。
『麒麟の角』【ポンコツノ】【鉄面妃】
眠気に眼をこすりながら、自身の属性由来にすぐ逆立ってしまう白髪の抑えつけて立ち上がった。
晴れ舞台に養父からの贈り物である、幻獣細工の角の角度を整えて。
シャン。
その両手に、二振りの属性結晶剣を構えながら。
―――『闘争都市:ルミナクロス』
ここは聖錬南部、パリス同盟を構成する都市連合の一つ興行を主体とする"歓楽都市"である。
絢爛な化粧の下で闘争に人が血を流し、賭け事にあぶく銭が飛び、熱狂は時に破滅を呼ぶ。
人の欲と本能に根付いて栄える、くっきりと光と闇に分かれたそんな場所である。
『―――わぁああああああ……!!』
外から歓声が聞こえる。先の試合の決着のついたらしい。
これは、今季に成績を残した闘士によるエキシビション試合である。
「ならそろそろ出番、ね」
美しい白馬の如く尾髪を撫でおろして、歩みを進める。
鍛え抜かれた白馬の如く美しさを持つ少女が姿を見せれば、その歓声はさらに大きくなる。
会場に響き渡る解説者のマイクパフォーマンスが耳に届く。
『―――さぁ、次に現れるのは次代の
一歩、試合会場へと続く外に出れば、埃の匂いが払われ陽の光が差し込んで目には届かずとも暖かい。
歩む中でその拡張パーツを展開して、四肢を引き締める装甲具足、雷鳴色に輝くのスカートブレード、短期間の揚力を得る電磁翼、その全てが霹靂をイメージさせる様な芸術品として目を引くだろう。
『偽装改磁・麒麟:第一形態』
なお、その己の具足に誇りと愛着を持っている為、そのことを気にしていないが。
その露出は義父が黙って目を覆う位である。
幾多の邪な視線のその鋭敏な感覚に拾い、それを渚に流して。
そしてその正面の入り口から、対戦相手が現れた。
それは灰色髪の青年だった。
軽戦士然とした装備、腰には三対六振りのナイフを履き、利発そうな目を細めてこちらを見据えている。
『―――それに対峙するのは、数々の難敵を本領を発揮させずに屠った変幻自在の糸使い、切断・拘束・場を構築する手妻師、"メイトヒース"ぅううう!!』
こちらも負けず劣らずに大きな歓声が沸き上がる。
賭け事である為に、リンネは負ける事を多くに望まれている。その方がオッズが高いゆえにである。
「これはこれは珍しい。現最強たる『竜賢皇』の義娘という噂の姫君じゃないか、余り顔出ししないと聞くが、お会いできて光栄だ」
「やめてむず痒い。とにかくお手柔らかにお願いする」
互いに軽く挨拶を交わして定位置に付いた。
その距離は二〇〇ほど、それだけ距離を取らねば尋常な勝負にはならない。
交わされたそれにほとんど意味がない会話……、という訳でもない。
(ん、興味本位か、闘争に欲を置いている判断の天秤が柔軟なタイプね)
【悪魔の義娘:精神学】
自身の感じた感触というのは、案外馬鹿にできないものだと彼女は知っている。
それは傾向である、統計である。彼女の義父である『竜賢皇』から継承したノウハウである。
お互いに、名乗りを上げた。
「『竜賢宮』ランキング7位、
「同じく『竜賢宮』、ランキング15位
試合カウントが刻々と進む。
『―――さぁ、今期を勝ち残ったランキング戦になりますでしょう、第3試合……開始っぃぃいいい!」
試合開始の合図と、重なる歓声が響き渡る。
「「いざっ」」
声が重なった。
"鉄面妃"は刀を腰に居合いの如く身体を捻り構える。
"吊られた男"はその右手に短刀を構えて、左腕の内を隠すように角度を調整する。
「―――先嘴れ」
ギュウウウウン!!
『偽装改磁・麒麟:第一形態』【雷鳴剣士】【魔法剣Lv3:コルデーロ・ラケミス】
開幕から一閃。
オドの隆起を呼び水に自身の内燃機関とも呼べるそれにエンジンをかける。
同時に抜刀、起電力ともいうべきそれを成型して放たれるのは己の属性を誘導に割り切り芯を伴った雷撃、形を成した雷光の剣である。
闘技場の床を捲る、その刃と化した雷撃、直撃すればひとたまりもないだろうそれを……。
「早い、が。この距離ならこちらの手も間に合うというものッ」
左手の手の甲に描かれた紋細工の籠手を併せて、事前に仕込んでいた素材に"練成"する。
両指から煌めく織り糸が繰り出される。
幾多もの金属細木糸が闘技場の柱や"被害防止"の結界に突き刺さって―――
バリィ!!
【魔術知識Lv2】【錬金術師】【糸結界:
白馬の少女に巡る機械の律動に制御され雷の魔法剣と化したそれは。
それは空間に巡らされた折り重ねられた糸に削られて、減衰させられて十分な威力に届かない。
風が吹き、雷にめくられた砂煙が晴れる。
闘士は既に互いに移動して、次の動作の所為を取っている。
「やっぱり対策されてるか」
「あたりまえだよな。強いやつにそのままぶち当たるのは間抜けのすることだろう?」
雷は確かに強力な殺傷力を持つ生物特攻の属性である。
しかし、その弱点として非常に外部要因で干渉されやすいというのがあげられる。
これは専用に属性金属などを用いて雷を抵抗値を低く地面に流して誘導したのだ。露国な練成
【曲芸師】【縦断五式糸】【クイックネス】
チャ、ザッ!
続いて。
白馬の少女の会話の呼吸のはじめを狙って飛来する殺傷の糸を切り払い。
さらに有機デバイスの鼓動を同期させて。
(よく織り込まれている魔術知識持ち。属性金属の粉塵"練成武具"か、事前準備ができるなら厄介なものね)
(……十のうち八に感触が無い。それでも大半が焼ききれるか、出力というより収束性がずば抜けている)
【悪魔の義娘】
【鑑定眼(偽)】
互いに互いの手を分析しながら、局面は転輪する。
白馬の少女は、今度は最低限の誘導に放漫に雷撃を暴れさせて、まるで床面を伝い跳ねて走り回る蛇のように全方位から襲い掛からせる。
【糸結界】【繰者の体技】【アクロバット】
その糸を手繰る指は十指のみそれで限界である、地面を包囲する様に雷を全て拡散させるのは無理だった。
故に、跳んだ。
【曲芸師】
中央に立ち並ぶ柱を軸に突き刺し、糸を宙に空に足場を形成してその上に立つ。
同時に四軸の避雷糸を形成して、その空中という緩衝地帯にてその猛威を避けたのである。
―――『『『わぁああああああああああああ!!』』』
傍目には全方位に及ぶ雷撃が分解して制したようにさえ見えるだろう。
その派手な光景に観衆は沸き上がり大きな歓声が上がる。
その熱狂とは裏腹に、現場は冷めていた。
「噂通りの真面目な太刀と立ち回りだ。
「………」
【元・王国兵:熟達する経験】【修羅の国の民】
糸使いの男は、暗にここまでの立ち合いを所詮、"魅せ太刀"だと見抜いた故に挑発する。
男は『闘技場』の流儀とは、暗黙の
このように闘争都市における、初手はこうして"魅せ合い"になることが時々ある。
それはなぜか?
ここ『闘争都市』特に『竜賢宮』においては、"初見殺し"の価値が大きく下がっているからである。
突発的な大会ではなく興行を行う、闘士の最高位、有名となれば互いにその手の内は殆どが割れている。
この試合のように対策を取っていることが多い。
既に知られた初見殺しの価値など半減もいい所なのだから。
なお、多角面の観衆の目の中にも、まるでコマ送りのようにしか見えないカラテを極めた変態もいる事にいるだろうが、それは例外中の例外である。
そしてそもそもルールの縛りにより手が限られる。
ただの殺意ならともかくあまりに悪意が認められれば失格、併せて悪質であると判断されれば処分が下されるのだから。
故に、組み立てるように派手な牽制で、興行を両立して勝利までの道筋を演出していくのもある。
しかし、それはあくまで"規範"の範疇であり、確かに勝利の価値には敵わない。
圧倒的に強さも価値があるが、圧倒的に"魅せる"選手にも価値が生れるのがこの都市の特徴であるのだから。
【雷の鳴らし手】【阿修羅姫】
白馬の少女の"雷"はとても派手だ。誰もが畏怖の象徴たる落雷に等しきもの。
傍目にそれが形成して暴君が如く放漫に暴力的に振るわれるは観衆にとって、非常に映えるのを自覚して立ち回りである。
「郷に入れば郷に従えというでしょう。名前を背負ってるのここでは無様は晒せないわ」
「そうかよ。性根までくそ真面目なこった」
【ポンコツノ】
その中でも白馬の少女は、"規範"であろうと生真面目なほど気にする。
精一杯に背伸びする少女だった。
それには、彼女は自身が恵まれているという負い目もあるのだが、それも後に置いといて。
「あぁ、そうやってけば勝敗にかかわらず大してお互い価値を落とさないだろうよ。悪いとは言わねぇぞ"竜賢の姫君"よ」
「引っかかる言い方をするわね、まぁいいわ」
暗黙の了解故に、お互いに把握している。
先は十分に"魅せた"。相手の出方も見た、故にここからが本番であることを知っている。
「もう大体癖は見えただろう。こいよ、そもそも勝ちに来ない闘士など何も価値はない」
「む、勝つ気がないなんて思われていいたのは心外。ならこれから、証明して見せる」
相変わらずに挑発的な糸使いに、白馬の少女は少し不満に口をとがらせながら。
先とは違い形を最低限に磁場を形成して砂ぼこりを巻き上げて、目晦ましの中で駆け抜ける。
その伝説の駿馬の如く具足が大地を蹴りあげる。
ガ、ひゅん!
【雷鳴剣士】【魔法剣Lv3】【超俊足】
【曲芸師】【繰者の体術】【クイックネス】
電磁に巻きあがる砂煙を突き破り白馬の具足が駆け抜け、一瞬で距離を詰んとして。
対する糸使いの男は全力でその場から後退する。
始まったのは地味に互いに有利な
「―――シィ!!」
糸が奔る、空間に煌めく、ジグザグに折り返して重ね反響するかのように白馬の少女を折り畳もうとする。
この糸は魔具の補助も用いて錬金術で練成された金属糸である。
高周波にて振動するそれは、触れれば人体を容易く斬り裂くだろう。
空間に起点を作るのはそれぞれの糸の終端、そこから派生して更に軌道を繰り返す金糸の結界である。
その糸織って作られた切断結界を。
【三分の見切り】【コンバットセンス】
鋭敏な感覚に、最低限それを潜り抜け薄肌一枚の感覚に、時に断ち切り時に躱して彼女は進撃する
空気さえ切断する高周波が脅威を示して、それを芸術的なまでの舞繰で避ける姿は一種の美しささえあった。
ただ速度は殺された、相対速度の詰まりは緩くなる。
【雷の鳴らし手】【魔法剣Lv3:
【糸結界:
白馬の少女は、派手な魔法剣を既に使わない戦い方が先ほど変わっている。
出力を最低限に、肉体の制動に集中を裂き。その身体に巡る機械の律動を雷の波として周囲に波及させ、レーダーとして制空権として扱う。
糸使いの男はその意図も仕組みもわからないが。
単純に悪い予感に空間に巡らされた避雷糸に削りとって、とりあえずに減衰する。
「間合いとった」
【ツインソード】【麒麟舞い】【狂■輪廻】
それを何度も繰り返して、糸の結界を切刻みやっと肉迫が敵う。
交錯するレンジに、雷刀の煌めきが光る。
体重移動、両手に対となる武器を携え、その重みと整合性に揺らぎなく等しい精度を兼ねた剣技が振り下ろされ……。
「っは、距離を詰められて死に体になる奴が!ここにいるものかよ!!」
「えぇでしょうねっ」
【ダガーマスタリー】【ナイフパリィ】【元王国兵】
霹靂の様な刹那一打を、"糸使い"は姿勢を低く、上段からの斜め振り降しを左回りに避け手首のスナップに斬り返して、凌ぐ。
力負けに弾き飛ばされたダガーを、再度代わりに腰のダガーを引き抜き構えて。
引き続く連撃、互いに金属音を鳴り響かせて斬り合う。
ガン、ギンッ!
互いに勢いのままに獲物をぶつけあうのである。
【アンビデクスタリティ】
ヒュパッ
糸使いの男の足を取り、崩さんとする絡め手を、
最低限の四肢の捩じりから発生するブレードスカートから断ち切る。
(くそ真面目な太刀筋だが、あぁ強いな!!四肢の一体化、どれだけ繰り返してきたのか)
このように、近接戦闘は圧倒的に白馬の少女が有利を取るだろう。
しかし、"吊られた男"も魔具から練成される金属糸を闘技場と、宙空に張り巡らせてうまく攻めきれない。
この少女は強い。それこそ男の故郷である修羅の国でも余りみないほどに。
(しかしじり貧だ―――仕掛けるかァ!!)
【元・王国兵:修羅の国の民】
糸使いの男は修羅の国の民として、血の滾りに緩む頬を引き締めて。
曲芸師と呼ばれた彼の基礎、例え小手先であろうと、ただ只管鍛え上げたそれは裏切らないと鼓舞して。
「っ」
【穿弾五式糸】【曲芸師】【クイックネス】
隠した手の内から今度は張り巡らせるのではなく、水打ちが如く対象に向けて狙撃するように打ち放った。
直線、たかが弾丸のような速度、白馬の少女ならば十分に反応できる。
しかし、それは今の今まで割断の如く糸でしか、感知していなかった彼女の不意を付くのは十分で。
最低限、小首を傾け躱した後の緩んだ下段からの振り上げを蹴り込んで、推進力に変えて。
【アクロバット】
反動により再び宙に、糸を伝い宙へ宙へと逃れる。
闘技場を覆う結界に突き刺した糸を足場にジャンプし眼下を見下ろした。
「―――そうッ、そういうことね」
白馬の少女は何か仕掛ける事を察したのだろう。
背の電磁翼を拡げて、余波を拡げる、形成される磁場から砂塵が立ち昇るのである。
飛翔し刃を届かせるつもりなのだろうか、だが遅い、あと二手で完成する。
「”租は火に換えるもの。連綿たる破裂の双子”解けろ、そして爆ぜよ」
糸使いの男の元々液体金属からの錬製品であり、その組成を誰よりも一番知っているのは彼だ。
練成が解けて、粉塵として辺りに充満し、更に芯に仕込んでいた起爆剤も点火を促す。
戦闘の最中に仕掛けたダガーの二本起爆術剤に、金糸の結界が覆っていた範囲に爆発的な燃焼を引き起こしたのである。
【錬金術:ダストメルトダウン】
―――ドォオオオオオンン!!
これは糸使いの誰にも見せたことのない隠し手である。
必勝をそれだけの価値がある相手と見込んで、たたき込んだこれは秘匿していた初見殺し。
この闘技場において初見殺しの価値は大きく下がる。が、勝つ為に秘匿していないとは誰も言わないのである。
【修羅の国の民】
"初見殺し"それは、闘技場にとっては秘匿される者、または自負誇りに代わるもの。
糸使いの男はただ勝ちたかった。要は切り所にも闘士の価値が現れていくのだろう。
しゅううううう……。
『おおすっげぇ、派手だねぇ!!これは決まったか』
『おいおいおい、流石にやりすぎなんじゃねぇの』
観客の動揺とヤジがとともに拡がる。
消費された酸素が吹き込むその風の息吹が、その威力を如実に表していた。
これは危害防止の結界が張られた、半密閉状態の闘技場だからこそ真の威力を発揮する。
大気中の水蒸気でも
「さて、タフな相手でもなし。さしもの姫もただでは済まないだろう」
【元・王国兵】【熟達する経験】
砂煙の中で、その場で留まる煌めく雷光が見える。
事前情報で白馬の少女が、鋭敏な感覚を武器とする事前に知っていた。
この衝撃の中心だ。少なくともしばらく身動きは取れないだろうと算段して。
それでもなお、油断はすまいとその片手の練成籠手とナイフを構えて、砂塵を見つめる。
時間が立ち、緩く吹き付ける風に砂煙が少しづつ晴れていかんとして。
やっと違和感に気が付く。
「おい、待て。俺が調整した粉塵爆発だぞ、なぜまだ粉塵が舞ってやがる。一瞬に消えるはずだ」
本来は一瞬で晴れるように調律してはずだった。未だ塵が立ち込めているなんておかしいのである。
きわめて狙い通りにいった成功体験に。
実戦では想定通りにいくものではないという心の中での妥協が、その隙を生んだのだろう。
頭上から声のかかる。
「えぇ、万全の構えでした」
【アンビデクスタリティ】【五駆制御】【麒麟健脚】
そこには糸使いの彼が形成した糸による空中の足場に―――
「金糸を解いた時点で大体何をするかわかる。科学知識なら、とことん叩き込まれた」
冷や汗が出る。相手の手は割れている短時間なら空に浮かぶと知っていた。
そう警戒はしていた。正面からはである。
しかし、見上げれば片方の剣のみを構え、何食わぬ顔で白馬の少女が立って見下ろしていた。
それで察する。
「そうか、あそこに見える雷光はフェイクか。轟音ある所にアンタがいる、思い込んでいたな」
白馬の少女が、先ほどにその電磁翼を拡げたのは飛翔の為ではない。
先ほどから電撃を
故にその磁界の展開のみで、視界は塵煙に覆われた。
砂塵にまみれて起爆の勢いも背に受けながら、自慢の健脚をもって闘技場の柱を蹴りあがって。
糸使いの男の頭上を取ったのである。
ほぼ詰みだ、チェックメイトだ。糸使いの男に空を踏み込める力などない。
空で霹靂から逃れる術などあるものか。
しかも相手は己が用意した足場を、己と同等以上にうまく乗りこなしている、何の冗談だろうか。
「はー、降参だ。あんた強いわ。こっちは大損だぞどうしてくれる」
「知らない。私も危うく死にかけたもの。強かった貴方も」
糸使いの男は、軽口を叩きながら、その笑みは穏やかであった。
尋常な勝負でのしかも切り札をきって負けである。
己の力量に確固たる自信を持ち、愚直なまでに真面目に鍛え気ただろう双剣を、食らいつきそして上を目指せるのだから。
そして。
『あーっと、これはどうしたものか!爆発に巻き込まれたと思われていた彼女が空に。一転、刃を下したァ!勝者!
そして勝利宣言のアナウンスが流れて、次の試合に備えて彼女はこの場を後にするのだった。
●●●
―――そして試合が終了して。
白馬の少女は、闘技場を後にして選手の控室にて、彼女は休憩を挟んでいた。
溜息に淀む。
相手は強かった。己が感覚に追えていたのに、いまいち踏み込むことができなかった。
その自省にメモリから戦闘を思い返しながら、ちびちびと水を口に含んで舌に転がして遊ぶ。
砂漠生まれの奴隷の感覚からか、未だに澄んだ水を贅沢に思ってしまうのである。
そんな彼女の背後に、駆け寄る小さな影がある。
「よー!リンネ、試合見てたぞ、いい勝負だったな」
「ごふっ」
いきなり元気な声に、その背を強く叩かれ、水を少し噴き出す。
彼女はその声の主に覚えがある。
「もう"揺光"、いきなり声をかけて、びっくりするからやめてっていったでしょう」
「あー、悪い悪い。なんか勝ったのに辛気臭い雰囲気してるからさ、励まさなきゃって思って」
【紅魔皇】【舞刀姫】【揺れる手毬胸】
服の袖で拭って、振り向いて友人をジト目に見つめる。
燃え上がる様な赤髪、跳ね回る胸に、その触角のアホ毛が特徴的な深紅の少女である。
闘争都市、ルミナクロスにて最強が
「これは私のおごりだ。疲れただろう戦った後は腹が減るからな」
「……、ありがとう」
ちょっとその快活さに押されながら、お礼を言いながら受け取った。
少し、先輩風を吹かせて苦労をねぎらって、手渡されるのは闘争都市の屋台で売っているクレープだった。
ホイップとイチゴを包んだオーソドックスなものである。
ただ……。
「おいしそう」
「だろー、美味しい店を見つけてさ。値段は
【ポンコツノ】
角がピコピコ動く、そう、甘いものである。大好きである。
しかも友人のお勧めである。そう言われば否応なしに期待に胸が高まる。
もぐっと。
好意と無駄にするのもと、齧りついて噛み締める拡がる甘みと酸味を味わいながら。
「まったくさー稼いでいるんだから、もっと自分の為に使えばいいのにさ。息抜きも大事なんだぞ」
「むぐ、ちょっと苦手で、手が震える」
「なんだそれ、変わってるなリンネは、また聖錬に旅にも出るんだろ?」
心底不思議そうな顔して、隣に座る友人。
単純に自分の趣味にゴルを使おうとすると手が震える。罪悪感との闘いがはじまってしまうのだ。
そんなんだから、自分のファイトマネーを全額寄付しようとしたら、養父に凄い怒られた。
故に、"旅"に使う以外のゴルは溜まるばかりである。
「ほんっとお前は旅に出るの好きだよなー。なんだよ、好き合ってる男でも会いに行ってるのか」
「ごっふ」
また咳き込んだ。
慌てて、水を煽って飲み干す。
「げほげほ、そ、そんなんじゃないわ」
「あっはは、冗談だよ冗談」
鉄面妃である白馬の少女の表情に少し赤みも差していた。
ただそれは素敵なものだと母に教えられて。
"性"は只管に上下関係を躾けるものだと環境に刷り込まれている。
恋とか愛とかわからない。ただ、照れて言葉を否定する。
「もうっ、……もう行くわ
「またなー、次は会うのは来期になるかな。待ってるぞリンネが入れ替わりの決戦を挑んでくるのをさ」
【負けず嫌い】
紅魔の宮皇は、目の前の白馬の少女が少なくとも、実力としても自身の同格であることを知っている。
今期の最優秀の宮皇へと挑む、『闘士』に与えられる挑戦権の事である。
負けず嫌いの彼女はいつか白黒つけたいと思っていた。
「あっ、そうだ。その口のクリームをぬぐった方がいいぞ」
「……!」
【ポンコツノ】
慌てて、服のすそで拭う。
●●●
怪しげな光の漏れるその扉を開けた。
中に足を踏み入れれば、見慣れた機械類が見えてくる。
改造ツール、調整培養ポッド、錬金術に使われるフラスコ等を揃えた研究室である。
すべて身に覚えがある、少し懐かしい様なその配列。
「ただいま戻りました。失礼します。
「
【竜賢皇】【脳科学者】【ナイスミドル】
ここは彼女の養父、竜賢皇たる"太白"が拠点とする研究施設である。
その異様さから、【マクスウェルの悪魔】の拠点と敬遠されている様な、そんな事も知ることもなく。
「当然の結果ではありますが、まぁとにかく座りなさい。紅茶でも入れましょう」
「はい」
少し緊張しながら席に着いた。
実のところ白馬の少女は、いまだにこの養父との距離感を測りかねていた。
『奏護』にいた頃、【シャドウランナー】をやっていた頃には、何度も迷惑をかけただろう。
恩人な事は間違えない。この力だって彼の尽力無くては成り立たないものである。
それに、最近はめっきり身体を改造する事も少なくなっていた。
けど、役に立てているか、そんな実感もないのに良くしてもらっている。
"乞食"時代の習慣だ、無償の手はいつだって怖い。それがどこか居心地の悪さを感じてしまう。
「最近の調子はどうですかリンネ、違和感はありますか」
「特には、問題ないです」
この質問は、養父と会うときには必ずなされてきた確認である。
最初に有機デバイスである阿頼耶識の手術を施した時には、頭痛にずっとうめいていた。
後天的に機械との融合、その感覚の差異は泣き叫びたくなるほどの情報を、頭に叩きつけてきたのだから。
機械仕掛けの彼女が切開して、調整して、動いて慣らしていたのが今の彼女が成り立っているのである。
それはそれとして、白馬の少女は本題を切り出す。
「今期の
「またそれですか困った子ですね……、まだ
困ったように養父は髭を撫でながら聞き返す。
「いえ、不満はないです。私は恵まれています。ええ砂漠でみてきた誰よりも」
【嘆きの一角獣:狂羅輪廻】
白馬の少女は、鉄面妃の裏で言葉を紡ぐ。
単純にここは落ち着かないのだ。己が恵まれているという事をひしひしと実感させられる。
だからこそ、心の風穴がこのままではいけない、何かしなければならないと隙間風に叫びをあげる。
(そしてなにより、ここには私に優しい人が多すぎる、から)
ただ多くの悲劇を悲しみを見た。
その形は様々であろうと善人でも母のような報われぬ死は、有り触れたものだというを知っている。
「苦しいです。何もしないのが、微かな足掻きだとしてもだからこそ、なにかしないと、それが母に報いる唯一の―――」
【私は証明する】
白馬の少女は取りつかれている。自身が積み上げた血濡れの手に。
その綽名の様なあり得ぬ幻想の様な宿願にである。
確かに人が救われる世界であって欲しい。純粋無垢に、幼い彼女はそう願った。
犠牲を積み上げて、もはや戻れぬ修羅の道。それでも最愛の母を嘘つきなんかにするものかと。
それを聞いて、養父は手を額に当てて天を仰ぐ。
「"サバイバーズギルト"の一種とでもいうべきでしょうかね。相変わらず回復の見込みはなし、貴方はとても頑固ですから、自分で折り合いをつけるしかないのでしょう」
【脳科学者:精神学】
紅茶に口をつけて、少し考えこんで。
「ええあなたの人生です。許可しましょう。ただし期間は三か月必ず無事に戻ってくること」
「ありがとうございます
心からの礼を述べて、この部屋を後にする。
廊下の空気を切り、先を急ぐ。
きっといつか、いつかはとひたむきに願う彼女は知らない。
己が拾い上げた無垢なる幼子、世界に興味を示してそれは災害の種に成長していまう事を。
ただ生きたかった、それだけのあの子を。
それを自身でケジメをつけるという事をである。
更に彼女の心に深い傷を残して。まだまだ世界は残酷に回り続けるのである。
何故か勝手に先輩風ふかし始めた友人の揺光、たぶんテイルレッドの影響受けてると思われます(勝手に動いた)。
良き人に囲まれて幸せになぁれ!ってやりたいけど、糞頑固だぞリンネちゃん。
どうしようなぁ。