ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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仕事が辛くて、投稿が遅れました。情けないメンタルですまない。




苦悩【増殖の世界樹】

―――とあるキャンプ地。

 

「ほら、ホタル君、気を詰めないで。サンドイッチ置いとくわよ」

「え、ありがとう。"ハルナ"さん」

 少し重苦しく不安げな雰囲気。

 小さくまとまった調査の為の簡易拠点に。

 少人数の冒険者が、残ってテントが張られた中心、未だ氾濫中の森の方向を見つめていた。

 

 そこには幼い賢者の卵に、重鎧使い(ヘビーアーマー)や、、フェンサーの女冒険者がいる。

 重鎧ゆえに、幼子故に、単純に強行に付いていけない為に残った。

 そして、万一にこの簡易キャンプの備えとして、その守りとして残った冒険者である。

 

「……皆さん、ダイジョウブ、でしょうカ。」

 幼子はぽつりとつぶやいた。

 あの"蔦の化生"(FOE)を退けた後。

 彼等の徒党(パーティ)は出来る限り逸れた冒険者の救助を並行しながら、撤退を行い成功した。

 結果的に、逃げだした冒険者の中に、生存者はいない。

 確認した死体は例外なく、真っ二つに両断されており、その下手人に彼等は心当たりがある。

 

『―――オソラク、襲撃したモンスター種名は"キリキザン"。その交雑種(ハーフ)、逃げたアノ人達を斬り刻みながらに、誘われたんだと思いマス』

【異邦人】【セージ:魔物知識判定】【顕学を継ぐ者】

 その夜に、賢者の卵である、幼子が落ち着いてから、乱入してきた要因をそう推測して話していた。

 仮に中衛に構えていた若葉の双剣士が対応しなければ、その不意打ちに後衛を喰われて壊滅していてもおかしくはなかっただろう。

 

 逃げ出した彼等は、確かにモンスターと戦える冒険者だった。

 しかし街道に、平野に紛れ出たモンスター数で囲んで殴り倒す事を繰り返してきた。

 ただ、普通の冒険者である。

 

 

―――【王に等しき者】

 弩級の怪物に逆に囲まれた際の重圧に耐えられなかった為に、逃げ出したのである。

 結果論として"蔦化生"は退けられた。

 故にそこで畏れたのが、彼らの運の尽きであったのだろう。

 

 しかし、仕方ない事でもある。

 本来戦闘特化の冒険者といえど、単独でモンスターを相手できる方が、例外の域にあるのだから。

 (比較的)平和な『聖錬』であればなおさらだろう。

 ただし、モンスターパニックの『王国』は除くこととする。

 

 この森で、群れから逸れた小獣は狩られる他ない。

 このように冒険者の連携崩壊で、混乱を呼び込み被害をかける事も珍しくないのである。

 故に冒険者にとって信用という換えぬ物。

 他にいろいろなものも相まって、在野の冒険者は己の徒党(パーティ)を大事にするのである。

 

 

 彼等が徒党は、撤退途中に確認した死者は3名。

 そして未だに行方不明者が1人である。

 そう。途中で襲撃した『キリキザン』に、遠方にその羽搏きの慣性のまま身体を持っていかれた双剣士の安否が不明だ。

 現在、夜に話し合って全体としての調査よりも捜索を一日のみ編成することになった。

 

 フェンサーの女が軽く励ます。

「きっと大丈夫よ。あのミストラルって魔術師が言ってたでしょう。ちゃんとメッセージがあったて」

【姉御肌】

 流れるままに、特徴的に漂ってきたメッセージを載せた小精霊を拾って、生存自体は確認している。

 しかしとはいえ、役割(ロール)に『レンジャー』と野外活動の専門家を名乗ろうとも、未開拓地で純人種が夜を越えるられるかは怪しいだろう。

 

 重鎧の男が口を開く。

「実際望みが二割程度か、うちのリーダーは見切りをつけられる人だ。無理を押して被害が拡がる事はないだろう」

 事前にある程度、見込みを説明されていたとはいえ。

 あの絶賛氾濫中の森の中で、まだ変わらずに野生のモンスターに守られて、生活を続けている天然少女がいるとは思わない。

 

 その硬い言葉に。

 

「あのねぇ"マックス"、不安がっている時は気休めでも大丈夫っていうもんよ」

「む、そうか。すまない慣れなくてな」

【ヘビーアーマー】【堅物】【鉛の如く】

 フェンサーの女が、色々な意味で堅物の男に窘めた。

 実際は誰もが望み薄だと判断するような状況なのだが、それはそれとしての話である。

 

「そろそろ、見張り交代の時間ね」

 淡々と、ある程度の臨戦態勢を維持しつつ。

 彼等はキャンプ地にこの小高い丘の上で、彼等に事の推移を見守る。

 

 その傍で、我関せずと。

 白髪に儚い紅衣を纏った幻想的な少女が、まるで流れる花が無気力に漂っているようだった。

 そこに疑問を感じて、またその漂う不思議な雰囲気に惹かれて、声をかけた。

 

「あの、そこの貴方、お仲間の事、心配じゃナイんですか」

「―――ン」

【偶像少女】

 初めて彼女はこちらを認識したかのように。その眼の焦点が合さった。

 その少女は『精人』である、依頼を受ける徒党(パーティ)同志の顔合わせの時には、紹介のみあったが。

 その時にも人見知りに『絆の双刃』に、引き籠って顔さえ見せなかった。

 

【アナライズ】

 今、こうして姿を現して漂っているのも、己の依り代である庇護者と『精霊巫器』がここにはない為である。

 だからこうして、漂いながらも。人見知りに一定の距離を置いているのだ。

 

「だいじょうぶ」

『絆の双刃』【憑依具】【電脳精霊】

 大して少女には何処か根拠があった。

 この世界の"精霊術師"の常套手段だろう。"縁"による遠隔召喚(とうえい)というのがある。

 彼女のその縁である『精霊巫器:絆の双刃』は、確かに己の庇護者その手にある。

 故に、本職でなくともその意志で召喚は可能なはずだった。

 

「きっと"ぱぱ"が危険な状況なら、私が召喚()ばれる。さっき役に立ったもの」

ふんすと。

 少し誇らしげに、小さな華は胸に手を充てて想う事実を呟いた。

 先に己が出来る事、力は見せた。そう危機に頼られるなら、己が召喚されるはずなのだ。

 

 儚紅の少女は変わらず、その主体性を喪失している。

 しかし、伴に過ごした時間に、自身の我儘な振る舞いを優しく触れてくれる、許してくれる人達に。

 いつからか。何処か頼られたい、と思い始めていた。

 ひび割れた心に、再び芽吹いた”承認欲求”というべきだろう。

 

繋がり(パス)はある。だから平気」

「ソウ、なんですカ。ヨカッタ」

【セージ】【生物知識】【顕学を継ぐ者】

 溜息をつく。

 ある種、超然としてる神秘的な少女の言葉に、何処か安心感を得て息を付いた。

 精霊と使役者が言う繋がり(パス)という言葉の意味を、その重さを知識として識っている。

 

 

 安堵、脱力。

 彼は、無理を言って今己に出来る事として、真っ二つに引き裂かれた冒険者の死体を簡易的に検分した。

 強がっても、幼子の心に何処か何処か昏い雲を残していたのだから。

 

 ホタルが本当に安心したように、溜息をついたのを見て。

 ふと彷徨っていた儚紅の少女が、焦点が合さり代わって疑問を投げかける。

「―――ん、なんでそんなに、気にするの?」

【壊れた心】【フェイト】

 "儚紅の少女"にとっては珍しい興味の動きだった。

 彼等の旅団(クラン)との関係は最近会ったばかりの相手だ、それも袖違う仲の冒険者である。

 縁も関わりも薄い相手を、そこまで心配する必要はないと単純に想う。

 

「ただの一時の仕事仲間、冒険者が死ぬなんてよくある事。遠くで何を想おうと、なるようにしかならない」

 その紅の袖を揺らして、ふらりふらりと覗き込むように近づいてくる。

 一呼吸おいて、興味のままに言葉を重ねた。

 

「そう縁がある人たちが如何にかすればいい。それだけの事のはず」

 この世界は厳しい。見渡せばどこまでも悲劇に濡れて溢れている。

 そんな中で何処とも知らぬ誰かの痛みを想う事は。

 

―――【想起:(メモリー)嘆■の■角獣】

 かつてその隣に歩いた優しい幻獣の如く思い出の欠片からそれがひどく辛く疲れて不毛で。

 何より己を疵付ける"呪縛"であることを少女はよく知っている。

 

 故に傍から聞けば、一見薄情に聞こえるそれも、彼女なりの善意である。

 死に断絶する以前の、過去の彼女は少し怒っていた。

 この世の理不尽を誰よりも理解しながらも、それでもと抱えきれぬまでに誰かに手を伸ばす。

 そんな人が、報われず、笑いもせず、ただ優しい貴方が身を削っているこの現実に、である。

 

「……???、うまく言えないけど」

 意図がわからない。少し、困惑しながら。

 ただ目の前の彼女が、真剣に聞いている事だけはわかる。

 だから、たどたどしい言葉に、何処かずれた問いに答えを表現しようとする。

 

「だって誰かがいなくなるのは、とても悲しい事だと思うカラ」

【異邦人】【顕学を継ぐ者】

 ホタルと名乗る冒険者は齢にして9歳である。

 そんな特に幼い彼が冒険者なんて底辺をやっているのは理由がある。

 

「僕はパパとママの顔もあやふや、死んデしまったから」

「それで?」

 儚紅の少女はつめたく、さらりと流した。

 孤児、一言にいえばそれで。これも世界では有り触れた事である。

 血の繋がりに都合のよさを見出して、己の庇護者を"父"と呼んでいるが、それだけの理解しかない。

 

 彼女自身、誰に祝福されて生まれてきたものではないのだから。

 "人でなし"な部分があるのは仕方ない事だろう。

 

「それで、ウーン」

 ズレたにべのない言葉に、少し困りたじろぎながら、話を続ける。

 今も幼い彼は物心つく前に、『奏護』にて両親を失っており、その顔さえ明瞭には覚えていない。

 

 両親には共通した夢があった。だから、旅に出て、何処かに行ってしまう。

 お土産としていろいろな本を持ち帰って、少しの間だけ一緒に過ごして、また自分を置いてどこかに旅に出るそんな夢追い人だった。

 

【セージ】【顕学を継ぐ者:読書家】

 朧気に後から思い返せば、割と裕福な家だったのだろう。

 幼い彼は、両親がいない広い家の中で家政婦と一緒に、暇を持て余して。

 両親が持ち帰ったやたら難しい本を、なんとなく読みながら眺めていたのを覚えている。

 

 それが、しばらく帰宅に間が空いてしまって。

 不意にきっと死んだのかもしれない。お金(ゴル)が入ってこないと家政婦の不穏な会話を傍に聞いた。

 幼心に呑み込めるはずもない。

 実感のない喪失感に、耳を塞いで聞かなかったことにして、己の部屋に引き籠った。

 充実した本棚の中から漁り、その世界に逃避した。

 

 長く流れた時間に、その推測が現実身を帯びていく中。

 両親という稼ぎ手の欠けたホタルの生家は、明確に没落したのである。

 

 幼子を世話していた唯一の家政婦も、生きていかねばならない。

 しかし、幸いの事に心を閉ざした幼子をただ見捨てる程に情に薄くもなかった。

 どうにか、何処か良い養子の伝手でも探すかとそんな話が進む中で、

 ある時に、なぜか"砂嵐三十郎"と名乗る冒険者が訪ねて来たのである。

 

 曰く、元護衛だと名乗ったその男は。

 他でもないホタルの両親に頼まれて迎えに来たのだと。

 

『秘■:環■改■論文』

 

 その証拠として渡された遺産ともいうべき、両親が大事にまとめていた研究ノートを手に渡された。

 家だ遺産だの、その後処理と、その後に何だか面倒なやりとりの後に。

 その手を取って、今まで幼子は冒険者として、社会の最底辺としてその知識を武器にして生きて来たのである。

 

「ソレデ旅の中で三十郎さんに、パパとママが学者サンだったって、望んでいた事、願われてたことを教えてもらいましタ」

 彼に付いてきてよかったと思っている。後悔はしていない。

 大変な厳しい事がことはいっぱいあったが、それ以上に本の世界にはない未知への喜びがあった。

 小さな事でも自身の知識が役に立った達成感がそこにはあった。

 三十郎にそんな反応が親子似てるなぁと感慨深く、優しく頭を撫でられながら、両親が抱いていた夢を語ってくれた。

 

 それが暖かくて。

 

旅団(クラン)の仲間は皆、僕に良くしてくれる。ケド」

 でも、時々とても恋しくなる。

 供に過ごした時間は時間は短くとも、その腕の中の温もりは覚えている。

 微睡む中で聞かされた知らない場所、色々な人の話を語り掛けてくれたのを朧気に覚えている。

 疎外感、ぽっかり穴が開いたように、寝床で身を震わせて隠れて泣いたこともあった。

 

「だから思うんンです。不意に誰かがいなくなるのは、全部とても悲しい事なんだっテ」

【処在明りの蛍】

 小さな胸に手をあててだから彼は朧気に。

 不幸に誰かがいなくなる。そんな事なんてなければいいと思うのだ。

 だから、見ず知らずの冒険者の死だろうと悲しい。

 そういう齢のわりに少しだけ大人びた幼子が彼である。

 

 その話に、リコリスはふわりと降りて、座り込んでいる彼の眼をのぞき込む。

 少し赤みのさした瞳は、心配で眠れなかったのかもしれない。

 もしかしたら死んでしまったよくも知らない誰かの為に、少し泣いたのかもしれない。

 良くある事、当たり前の事と、流してしまった少女とは対照的に、である。

 

「―――そう、優しいね」

「え、エット。ソ、そんな事は」

 言葉に見つめる黄金の瞳に、ホタルは照れて言葉を詰まらす。

 儚紅の少女ことリコリスにも少し想うところがある。

 仮に、普段触れ合う誰かが、例えば理不尽な理由でいなくなってしまう想像をだ。

 

(―――その時に泣けるの、彼の様に泣けるの。確かにその機能は備わってるハズなのに)

【電脳精霊】

 その時、自分は悲しめるだろうか泣けるのだろうか、わからない。

 考えない様に、無為に漂って流してしまう気もする。

 己の生まれは人でなしだ。定めた庇護者を喪えど、また無感動にただ代わりを探すのかもしれない。

 

 思い返す。

 きっと。災害になり果てたとはいえ、己を斬り捨てた。

 短い間とはいえ一緒に過ごした、"アノ人"は心残りを残しただろう。そういう優しい人だった。

(もやもや、する)

【イレギュラー】

 幼く彼が縁をなくして、悲しみながらも、なお想う事はやめない。

 そんな彼を見て、己を顧みて表しがたい、あるいはどこか後ろめたさに襲われる。

 対して儚紅の少女は、過去の傷つけてしまった大事の人を"死の断絶"に、あえて考えないようにしているというのに、である。

 

「ありがと」

「……あ、え。イエ」

【浮遊】

 ふわっと。

 そういう風な優しさに悲しめる彼を何処か"羨ましく"、距離を取る。

 

(私は"ひとでなし"、だから)

【電脳精霊】【壊れた心】

 また無為に漂って呟いた。

 このままでいいのか、また今の居場所を失っても、考えないようするかもしれない。

 そんな私に生きる価値があるのか、そんな疑問に襲われながら……。

 

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 

 儚紅の少女がひそかに苦悩する。

―――その裏で。

 

 布針のキャンプの奥。

 手薄である。誰にも気が付かれないように忍び込んで。

 とある場所で、そこに保管されているものに手を伸ばす影があった。

 

こそこそと。

「………」

【ハイドアクション】【観察■】

 魔が差したともいうには、計画的すぎるその動き。

 目的のそれは鍵などかけてもいない。怒涛の事態に、後回しされ資料として雑に保管されていた。

 

 罠師の男は鈍く銀色に輝く双籠手、十字を象った『上級魔具』を手に取った。

『バウンサーグローブ』

 それは、初日の調査の際に回収した魔具である

 氾濫地の真っただ中の"宝箱"という、不自然すぎるそれを発見経緯として持つ上級魔具だった。

 しかし、その入手の不自然さも、視野の狭い彼にとってはまるで幼い事に聞いた"吟遊詩人"(バード)の語る物語の中での特別な事の様に、彼には想えた。

 

「……」

【Cランク冒険者】

 罠師の男は現実に腐って、酒に逃れて、今まで小さな仕事をこなして日々生きていた。

 大げさに背伸びした冒険者が、何でもない事で死んで、無謀な事をして死んで、それを愚かな事だと酒のつまみに同類と笑い合って。

 時々現れる、賭け登っていく最底辺(冒険者)を、何も知らないまま恵まれた奴だと羨んでまたまた日の終わりの酒に逃げた。

 

 自嘲する。努力の力なんて、彼は信じていない。

「……らしくねぇ。どうしちまったんだよコーラス」

【罅瑠璃の心臓】【灰の口癖】

 それこそ冒険者(テイヘン)から成功した奴は特別(チャンス)に恵まれたからだと想っている。

 それは血筋であり、才能であり、先を行く先達(師匠)であり、はたまた強い魔具なのだろう。

 ただ、ただ生きているだけで何もしなかったやつが、確かに目の前にいた凄い奴等を越える事なんて夢物語だと暴れまわる自尊心の裏の理性で察している。

 

「―――"特別"がいる」

 言い聞かせるように欲望を呟いた。

 

「なんもない奴が手を伸ばせるような、"特別"(チャンス)が」

 ただ何にもない己が、憧れた奴に言われた"目が良い"という褒め言葉に。

 ただ燻っていたその性根に微かながらに、熱を吹き込んだのである。

 

 彼とて、かつては格■良くありたいと願った男の子なのだから。

 

(簡単な言葉に乗せられて単純なこったな。くそッ)

 しかし、『蔦化生』と対峙した時、現実はほとんど何もできなかった。苛立ちに手を握る。

 アノ双剣士、それは言った本人にとっては、素直に感じたこと言葉にしただけの事である。

 そんな事どこかでそれを察していたとしても。

 

 欲望が渦巻く。

 

 この罠師の男は、何か劇的な悲劇があったわけでもなく。

 ただ緩やかな居場所のなさ(ネグレクト)に育って、何処か自己承認に飢えていた。

 

 それで、()わりたいのだろう。手を付けるのが窃盗であるとは我ながらに情けない。

 罪悪感はある。

 だからこうして、こそこそと忍び込んでいるのだ。

 

 あの手に入れた銀細工の十字型に見える籠手をその手に取って。

 冒険者としての前提である、信頼の裏切り、それを侵す事のなお煮え切らない自問自答を繰り返す。

 

「知ってるだろこんなチャンスなんて生きてて一度くらいだ。このまま最底辺としてだらだら生きて埋もれて死ぬか、なぁそうだろうコーラス?」 

 振り払うように躊躇を言い聞かせるように。

 がちゃり。

 説明書などない、あぁ、その魔具を手に取って、その十字籠手をその腕に嵌めた。

 リスクは承知だ。おそらく起動のスイッチだと思わしき場所に力を込めて。

 

 

 

 

ガチャ。

 

 

 静寂が空白が、訪れる。

 

「……何も、代わった気がしねぇな」

 果たしてそれは、彼に劇的な変化をもたらさない。

 普段、低級魔具を使うときの様に、魔力を込めてみてもさっぱりである。

 

「っち、壊れてやがるか」

 こんな経緯で手に入れたものだ。確かに壊れていた方が納得がいくだろう。

 覚悟の台無しに、舌打ちとため息を、苛立ちと安堵の複雑な感情に揺れながら……。

 

きゅるん♪

【AIDA】

―――頭の中に声が響いた。

 突如、周囲を黒き泡があふれ出す。

 

「がっつっ?!」

 いきなり、回路に火が奔る。

 そしてそれに宿っていた何かの産声を聴いた。

 

 その腕から腕を千匹の蟲に虫食いされる如く、えぐられる痛みにのた打ち回った。

 脳内を黒い斑点が浮かんでは消えていく。

 それは無学な彼にとっても、予想がつく劇的な痛みを伴った実体験。

 

 "肉体を作り換えられている"

 世界が奈落に落ちるが如く、そんな確かな実感である。

 

「ががああああ、ッ………!!」

【罅瑠璃の心臓】

ギュ!!

 罠師の男は首を絞め、とっさに必死に声を抑えた。

 蹲って只管に耐える。

 忍び込んでいる。バレてしまっては敵わない、男は男なりの覚悟を決めてこうしているのだから。

 

『キュルン?』

 頭の中のそれは、そんな男の反応をおもしろそうにはねて、愉しんでいるように感じる。

 拒絶ではない。ただ触れたそれに。

 ただ期待も伴って、拒絶を伴いながらの矛盾、痛みを耐える姿に、その"人でなし"は面白がっている。

 

―――その黒い水泡は、その機能の通りに、その侵入者は魔具に併せて肉体の最適化する。

 無遠慮にヒューマンのデザインの統計に則て、である。

 

 頭に血が上る、それでも必死に耐えようとする。

 

(人の頭の中で、うるせえんだよ糞ジャリがああああああ!!)

 確かに感じる、この不法侵入者に悪態を付いてのた打ち回る激痛、誤魔化した。

 わからない事だらけであるが、これが"特別"を得る為ならば、噂による上級魔具の適応に伴う肉体改造であるのならば、耐えねば話にならない。

 

「かはっ……っごほ!!」

『バウンサーグローブ:滅■師』【AIDA感染者:属性精錬】【覚醒補助】

 荒い息に背を揺らして、胃の内容物をぶちまける。

 それが続いたのは、果たして一刻か、それとも半刻か。

 余りの激痛に引き伸ばされて、あるいはもしかして一分も経ってないのかもしれない。

 

 しかし。

 痛みが引く頃には、今まで経験のないほどのまるで麻薬でもキめた様な全能感が男に溢れていた。

 "呪霊付き"、"人狼付き"が如く、間違いなくナニカにとりつかれている。

 

 魔具を展開して、銀の弦が機械的に展開される。

 その周囲に魔力に揺れる弓が展開された。

 未知の技能、使い方が未知のそれが理解できた。

 あるいは頭の中の"不法侵入者"が教えてくれる。その不自然さを疑う事もなく。

 

 黒い泡が脳内を沈み、また浮かんでくる。

 

「はは」

 笑う、笑う。あふれ出す。

「アハハハハハハハ!!こんなうまい話があるかよ、なんてこった今までが嘘みたいだ!!」

 幸運な事に多少心得のある、弓に関する魔具だったらしい。

 その幸運も併せて、確信をもって自身が"特別"になったという実感に狂い笑う。

 

 あぁこれは、『聖錬』にて時折噂に流れる。

『カオティックPK』

 きっかけ一つで、暴走する出土不明の上級魔具を携えた冒険者、そのままの事例である。

 

「これならッ、俺も、俺にだって―――」

 この全貌の分からない。

 "誰か"ではない、明確な確固たる特別な"己"に容易に成れる気さえした。

 

「ん?なんか物音がしたわね。何かしら」

―――がさっ

「……ッ」

【ハイドアクション】【罅瑠璃の心臓】【灰の口癖】

 物音に身を竦ませる。

 互いに幸運だったのは彼が元来に、分を弁えた小心者であった点だろう。

 質悪く酔っぱらっていても、染みついた性根はなかなかに変えられないのだから。

 

 熱狂のはそのままに盗みを働いたうしろめたさから、とっさに身を隠した。

 そして居心地悪いそこから、逃げる様に足を翻して丘を飛び降りる様に下っていった。

 

 ごろごろごろ。

 丘から五体投地に転がる。土煙が上がり、立ち上がって解放感に駆け出した。

 

 果たして騒ぎになっているだろうか、背後はもう見ない。

 都合のよすぎる不法侵入者(AIDA)の事も頭から吹き飛んだ。

 野狩人の技能から、周囲を警戒しながら事態が進むであろう森に足を進めていく。

(見てろ、これならモンスターだろうがッ!―――アイツだろうが)

【AIDA感染者】【欲望開放】

 物語の主人公になったようなその全能感、それに駆られて。

 その欲望にまみれて、まだ誰でもない男はいく。

 

『きゅるん』

【無謀の知識欲】

 それを不法侵入者はどうにもしない、欲望に酔わせるだけで何もしやしない。

 ただ隣にあって、知的欲求の本能で動いている原始的な生命体であり、明確な害意があるわけではない。

 

 興味をすする、知識欲の塊、それがこの寄生虫染みたこれの本能である。

 

 『事変』の中に、被との想いは回る。

 それぞれの苦悩の中に、事態は隠れて回るのだった。

 

 

 

 




ホタル君の両親は割とヤバいのでしたが、
『奏護』で空気を読まずにぶっころされて吊るされて見せしめになりました。

多分、経歴と英才教育とか持ってないのに、この年でセージの真似事できるホタル君も割とやべー奴だと思う。

罠師君は、GM参照のカオティックPKの発生の例でしたが、動かしても割と勝手にまともなムーブしかしないので。
どういう結末になるんだろう??(ガバぁ)
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