ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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コミュ【ガルデニア】

―――【ラインセドナ郊外の平原】

 何時も通りの晴れた陽気、日が昇ったばかりの地が暖まりきっていない時間帯にて。

 それぞれに自身の頼りにする得物を構え、対峙する三人の男女がいた。

 

「どうした。来ないならこちらから行くぞ」

【阿修羅姫】

 対峙するだけでその凛とした佇まいに威圧感、美しさを感じる如く武の華たる領域。

 独特の槍を斜めに左足前の構えに付きだし、牽制の構えを取るガルデニア。

 それに対峙するのは前方に出てメインで動く事を任された、大剣を構えじりじりと機会を伺うローズに。

 その後方で追随(サポート)する様に、三足で辿りつける距離を維持するカイト。

 

「そういってさっきから手を出した途端に、弾き飛ばされてるんですけどー!」

 彼等は何時の日か約束していた。実戦形式の模擬戦を空いた時間を利用して行っていた。

 ルールは大体以前と同じであるが、軽度だが回復術の使い手がいる事で突きの解禁。

 状況設定とペース配分に、ガルデニアから伝聞した九十九式のアプローチが取り入れられている。

 

「あぁもう!小突いてばっかじゃ埒が明かないわ。大きく仕掛けるわよ」

「任せた。合わせる」

【剛剣技】【錬気法:怪力】

 先駆ける。ローズが体を隠し様に大剣を斜めに構え接近し、怪力を持って無理矢理押し込もうとする。

 大剣を盾に利用したほぼ体当たり、フィジカルに富んだ者としては一般的な戦術だろう。

 

「ふむ、仕掛けとしては悪くないが」

 それに対しガルデニアは、脚を歩法を刻み、リズムよく二歩三歩と下がり…。

「大得物で身体の護ると言うのは、自身の視界も制限するという事だ」

「んな、ッグ!?」

【洟風月】【魔力撃】

 鋭角に槍を引き上げ、魔力撃で腹を当てられ”捲られる”。

 元より間合いは槍の方が有利だ。更に腕を脇を引き締め、槍を引き戻し歪んだ勢いを突き倒そうと刺突を繰り出そうと構え…。

 

「―――ッ!」

「タイミングはいいが、踏み込みが足りん」

【魔法剣:雷】【ファストアクション】

 と見せかけて、払いに繋げ。

 ローズと大剣の影に隠れ、最短距離で詰めに行ったカイトを同時に迎撃する。

 ガルデニアの槍は基本護りの槍だ。波の様に相手の攻勢を絡め取り攫う。

 だが、彼の方もローズとの鍛錬を重ねて、長柄に力負けしたその後の流れに慣れている。

 反動をいなし、前に向けてへと重心操作。

 

(引いたら負けるのはいつもの事…!)

 身体を傾け、一歩先へと踏込みをかける。

 魔法剣により魔力圧には辛うじて滑る様に対抗できていたが、まだ鈍い感覚は残った。

 彼の両手にある双の剣は基本は合わせて振るわれるが、こういった対人の場合には例外だ。

「まだ、届く!」

【二刀流:舞武】

 重心を傾け弾かれた衝撃も利用するかのように、両足軸を用いた剣撃と成す。

 両手を別の意思で動かす事に熟達していない。適性(センス)があるとはいえ二刀は高度な技能だ。

 故に意識して利き手に剣を逆手に持つ事で、両手の動きを区別し認識して動きを把握する。

 それで重心移動の回転剣舞を作る。その為の素振りも重ねていた。

 

「シャァラア!!」

【剛剣技】【頑強】

 更に合わせてローズが、叩き伏せられた大剣で斬り上げる。

 彼女の剣は武理というより、感性で作られる。相棒が仕掛けるなら合わせる。

 そう強く想えばそのままに剣を動かす、蛮族(アマゾネス)であるが為それだけのムリが効く肉体を持つのが彼女だ。

 

 それが結果的に、出鼻が挫かれた後も簡易的に連携を成すことができていた。

「フム、ぎこちないが悪くない連携だ」

 ザン。

【洟風月】【魔力撃】

 彼女は呼吸を二つ。それだけで練り上げた魔力撃を用い弾き飛ばした隙間に、身体を潜り込ませた。

 ほぼ同時に襲い掛かる双剣と大剣を、何でもないかの如く避け流して、立ち位置を入れ替えたのだ。

 

「今のがダメって、何なのも―!パンパン炸裂するの痺れるし厄介過ぎない?」

「魔法剣も滑らされてる。まともに芯で当たらない」

 そしてまた膠着状態…。いやこれは訓練である為、彼女が待ちの態勢に入っただけだ。

 仕掛ける優先権は、未熟たる彼等に委ねられている。

 

 彼女は槍の変形機構は、鍛練に当たって封印していた。

 つまりこの槍技は純粋な武威によるものでしかない。

 彼女の”森属性”の魔力撃は生体と反発するかのように、相手を痺れさせ行動を制限する。

 瞬間的に生体電気を誤認させノイズとし、時にそのまま切る事による変態業だ。

 本来ならば、変形させた槍に纏た魔力刃で【削ぎ落とし】と、多彩な変形による、魔力撃の波が入るのだ。

 一つ一つの所為の”重さ”の違い、改めて強いとは何かをを実感させられる。

 

 

「むー、カイト。なんか一撃でも入れるいい案はない?」

「もう力押しするしかないんじゃないかな。僕等の手じゃ無理だ」

 この暫く前に小細工は散々弄して、その全てを弾き返されていた。

 先程用いた、ローズと息も歩幅を併せ影に隠れる事での正面奇襲もその一つだった。

 鍛練で消耗品を投入するわけないので、細工の幅にも限りがある。どうしようもない。

 

 だがこれは鍛練、自身の持ち得ちうる技能を引き出して、後で評価できればいい。

 

 

「だから言ったらだろう全力で来いと。人は刃を殺す気で向けるのに戸惑うのはまともな感性だが、私の槍はその程度では揺るがんぞ」

「……みたいだね。散々弾かれて、殺す気でやっても防ぐって確信できたし、とにかく試したい事をやります」

「へーい、まぁあたしは大剣(これ)しかないんだけどさ」

 再度構える。

 呼吸を整え、脳内で道筋を整理、吐き出した息の感覚で想像と現実を重ね。

 ローズもいまだ理解できていない。自身の内側を燃やし整え波を吐き出す準備を整える。

 【魔法剣:炎】・【■■剣】

 それぞれに彼等が思い描く可能性、その微かな発露。

 まだ実戦で扱う状況は悪い。鍛練位は形とし、扱えなければ話にならないのだから。

 

 彼は【相鉄の双剣】にオドを臨界まで高め付与を維持した。

 得物の伝導率・許容量をオーバーしたそれは、長時間維持できるものではない。

 だが、魔法剣を長く振るい続けた事で理解した事の一つ。オドとマナの境界の表面張力の理解。

 

「行きます」

「よし、来い!」

 今度はカイトが仕掛ける。双剣を眼前に構え、挟み込む様に正面から剣を重ねる。

 それをガルデニアは魔力撃を伴ったを槍の一振りで迎撃した。

 

―――ガギャギ!!

「む…!?」

「よし、斬れた次!」

 それを斬り裂き。彼女の懐に肉薄し、火撃で捻じれる間を実体剣で追撃を掛けた。

 ガルデニアは魔力撃の瞬間放出を瞬きの一瞬に、それを体技として連動させているのが基本だ。

 多少の天賦に恵まれた彼と彼女の魔力量に差はない。だが今の今まで、十の力を十の間に活かす彼の魔法剣では、十の力を一の瞬間に費やす彼女の槍技は斬り裂けなかった。

 

【魔法剣;爆双竜刃】

 オドが弾ける境界に、双剣は手首をの靭力と多少の魔力噴出で振るう事による遠心力で指向性を持たせる。

 それが彼の疑似・魔力撃。

 炸裂する如く活性したオドを収束し、そのままに斬り裂く魔法剣。

 

「ふむ、火というのが厄介だ。私の森属性(オド)では干渉しにくいなこれは」

 彼女は追撃を槍を短く持ち巻いて流した、流石に槍も柄の間合いまで寄られたら多少は不利だ。

【二刀流:舞武】【ダンシングヒーロー】

 更に後を考えず回転剣舞で連ねる、呼吸の一拍も取れない。

 響く剣戦。

 普段の彼女なら変形で対処するだろうが、がむしゃらに喰らいつくだけを考えた剣に追い縋られた。

 

「よっしゃ、初めての隙ありぃ!畳みかけるわ」

「な、足場崩しだと」

【闘■剣:スマッシュブロウ】

 その正面の隙間を取って、大剣の彼女が襲いかかった。

 勿論、ガルデニアは彼女の攻撃にも意識を裂いて、ある程度余裕ある立ち回りをしていた。

 だが、それは搦め手だった。生命力の奔流が大地を剥がし足場を割る。

 ローズがそんな手を使うと思ってなかった、ガルデニアの不意が突かれたのだ。

 

 ローズもそれを鍛練で始めて意識的に扱った為に、その特性が多少見えてくる。

 彼女の剣の表に顕れていた闘気…、生命力による魔力の伝達強化放出。

 それは錬気法を専攻する彼女の特性と感覚的な扱いにより、呼吸に合わせ波のような特性を持っていた。

 まだぐっと身体の中で力を貯め、解放するそんな曖昧な所為でなされる。

 まだ未熟の闘牙の剣。

 

 ただ一撃入れる。その刹那に賭けて二つの影が奔った。

 

「―――仕方ないか、少し大人げなく行こう」

【俊敏鋭靴・改】【ガゼルフッド】=【円転滑脱】

 それに対して、彼女は腰を浮かし衝撃に備えた。

 次の瞬間にはカイトの刃が届くだろう、正面から双方を迎撃した場合には負担がかかる。

 故に刃少しだけ掛け…。

 

「は、消えた!?」

「馬鹿!カイト後ろ!」

―――”滑る”

「んな!―――ガッは!?」

 それは彼女の切り札の一つ。魔力圧と魔具、それを互いに反発させ利用した機動移動の手順。

 彼の攻め気を利用したとはいえ、ほぼ理想的に立ち位置を入れ替え、流れる様に槍の柄にて峰打ちを決めた。

「く、このお!」

「これで終わりだ」

 そのまま背後に回り、腕を地に付き中心に強引な方向転換を試み足掻くローズを斬り飛ばす。

 

―――これによって彼等の模擬戦は、順当にガルデニアの勝利によって終了したのだった。

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

「痛たたぁ…、手も足も出なかったな。ほんとに強い」

「普段やらない事もやったんだけどね。もっと出しきれると思ったんだけど全然だわ」

 いつも通りのリラックス、昂ったオドを鎮めながらの反省時間を行う。

 気合とコンディションは十二分、状況は二対一。

 それでこれというのは根本的に足りてないと言うのが分るだけで、具体的にどうとはすぐに出てこないものだ。

 例えばカイトで言えば、動きと合同した魔法剣が今回の実戦に近い環境で試した事だった。

 

「気にする事はない。なに、私もすぐに追いつかれては立つ瀬がないという事だ」

「っていってもさー。あたしらの新技試して、一発も攻撃はいらなかった訳でしょう?」

「ん、壁は高い方がいいって言うけど、高すぎて。どう手を付けていいか」

 彼の頭に、まずは掴んだ発展性の魔法剣【爆双竜刃】に付いて頭が回った。

 基礎鍛練より相変わらず冒険者らしく、派手な技能に目が奪われがちになるのを責めるのは酷だろう。

 目的の為に五年、十年と長期的に構えるつもりは毛頭ないのだから、近道の一つもしたくもなる。

 

「いや、とにかく君等は走り込みや素振りで基礎を作りなさい。応用性は後からついてくる」

「やってるんですけどね。それだけじゃ前に進めない気がして」

「では、まだ足りないと言う事だ」

 彼等の目的の成就はどうでもよく、彼等の生存の方が重要なガルデニアが指摘する。

 そこの所の意識の相違というのは、お互い話題には出さず距離を保っていた。

 彼女はお節介ではあるが。人にどうしても譲れないものはあると言うのは理解していた。

 

「それに役割(ディフェンダー)というのは私の自負だ。伊達ではない。私も本当なら魔具を解放するつもりはなかったんだ。使わせただけ君等も成長してるさ」

 彼女の扱う魔具は専用(チューン)された品だ。彼等のそれとは違い、相応にゴルもかかっている。

 槍は最後まで封印していたとはいえ、自身より低位で年下の冒険者にそれを使うのは、”大人げない”事だと彼女は思っていた。

 

 

「っく、先輩の余裕ねー。よっし、次は一発と言わず一本取ってやるわ!……二人がかりで!」

「ちょ、まぁ情けないけど妥当だね」

「ふふっ」

 ガルデニアとの鍛錬は、頻繁にある物でない。

 彼女も忙しい上に、彼等もまだ日々の日銭に追われている駆け出しの為に、次が鍛練があるとしても長く間が開くだろう。

 だからその間に鍛え、次こそ一本取ると意気込む彼女。

 彼にとって難しい事を考えず、前だけ向いて進むその強さは羨ましいものがあった。

 実際は難しく考える事は、カイトに丸投げしてるだけなのだが。

 隣の芝は青い。

 

「とにかく私から見ての改善点は、特にあげられないな。魔力撃が苦手というのがどうにも私の知ってる筋道に反する。炎と空の二属性持ちという事だがオド特性を活かせたりしないのか」

 ぱっと感じた印象のままに、軽く所見を述べた。

 確かに、現状オド性質の攻撃性で焼き、時に飛ばす事に終始する彼の魔法剣は半端もいいところだ。

 卓越した使い手の噂として、要所で空気を縮退・希釈して風自体を手繰り、時に存在を隠蔽し、剣に乗せ鋭さを増す【風の担い手】や。

 炎という生命特攻を研ぎ澄まし、火の衣を纏い、時に爆炎に乗り駆ける【炎の担い手】等がある。

 カイトも以前の”素人の双剣”を振るってた頃ならば、オドの攻撃性を発露させるだけで精一杯だったが。

 まともな出力を持つ現在ならば、そう言う道も目指せただろう。

 だが…。

 

「ん、無理ですね。そういう効率化の”術式”を知らないですし、専門教育も受けてないです」

 少し笑う。ここで出身の平凡さによるの限界が、顔をのぞかせる。

 魔術式は設計図だ。知識の依、古い時代の人類では魔法剣を扱える者が殆どいなかったという。

 それを巧く扱うノウハウも優れた者。選抜血統や、学び舎に通える上流層にこそ伝えられるだろう。

 仮に、自身で見合った物を作り出すとしても相応の専門知識が要求される。

 固有魔法や、感覚的に全てを熟す変態もいるらしいが、そこまでのセンスは彼にはない。

 だだ、単純なオド伝達と出力を持つだけの術式で、彼は今までの魔法剣をやりくりしていた。

 

「そうか…。すまんな私も巫術を専攻していたから、そちらの方面は疎い」

「先輩、先輩!あたしは?」

「君ははまず剣筋を磨く事だな。悪くはないが、そのフィジカルならもっと鋭く、先々にまで重さを乗せることができるだろう」

「地味に難しい事言うわね…。んー、フン!……こうやって精一杯振るってるんだけど」

「まずは柔軟を重ねた方がいい。手首の可動域だけでも随分と剣のノリが変わってくるものだ」

 ローズに対するアドバイスは非常に単純だった。

 彼女はやれることが幅が少ない分、努力の方向性を間違える事はない。

 既に偏執に挑めば【努力の才能】にすら至るだろう。

 

 

 そして暫く時間が経ち。

 

 そして駄弁る為の休憩も終わりになった。

 武器を拾い、ホルダーに仕舞い込む。そして街へと戻る為の道を彼等は歩き始める。

「そういえば、最後の僕の視界から消えたのは、どうやったんですか?」

 歩きながら、特に疑問に思った事を口にする。

 ガルデニアの技法は、彼の主観的にはまるで魔法の如く消失のように映ったのだ。

「競った感触の残ったままで、後ろに回られてびっくりしたんだけど」

「ああ、アレか理屈は単純だが、真似するには厳しいぞ」

 特に秘伝という訳でもないので、彼女は概要は軽く話した。

「改良した専用魔具と森属性の反発力を利用して、剣圧も利用して”滑った”(フロート)しただけだ。所謂初見殺しの技だな」

「へー、横から見るとするっと前に出て、擦れ違った様に見えたけど、そんなことしてたの」

 説明されれば、何も難しくない様に見えるソレだが、ただそれ故にタイミングや視線の誘導、足音の隠し方等の複数の要因が絡まった技能だと推測できた。

 

 止められても魅せられた身からすると、気になるモノは気になる物で。

 歩きながら勝手に頭が回る。

(でも無理だよなぁ、僕は一つさえうまくできてない)

 真面目に動きを反芻して頭を回して、そんな当たり前の結論だけが後に残った。

 

 結局、安易な近道など早々ないのだ。

(せめて早く、魔法剣だけでも形にしないと)

 カイトが使用する【爆双竜刃】はまだ未完成の魔法剣である。

 剣撃と纏って併用する事と、特に活性状態のオドの瞬発性の利点はあるが。

 まだ成功の確率もまだ高くなく、刃形をと言えるほど収束してないので射程も劣る。

 そもそも実戦で必ずと言う程の精度が、まだない。

 

 対してローズの剣はフィジカルとあいまった生体電気を用いての、波剣撃と呼べる。

 幅が少なく、本人が感性に寄る為にか、身体の温まり次第で必ず繰り出せるというと聞いていた。

 実践に持ちいれる、その時点で彼女の方が、意味完成していると言えるだろう。

 

(ローズに後れを、置いてかれる訳にはいかない。絶対に)

 気を張る。足手纏いになる訳にはいかないのも勿論だけど。

 僕等は相棒だ。置いてかれるのは寂しい。

 どちらも一人ぼっちで歩くだけの、生きていく強さは、持ち合わせてなんていないのだから。

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

【ラインセドナ】

 街に戻ってきた所、ローズの予定があると言う事で別れて行動する事になった。

 聞けば故郷の【奏護】にいる母親に、一応と、生存報告の手紙を贈るそうだった。

 

「そういえば、ローズは家族に黙ってこっちに出て来てたんだっけ」

「そーそー、これであたしまで連絡絶えたら流石にあの糞ババァも堪えるかなってさ」

 故郷への哀愁も感じさせず、そうからからと笑った彼女。

 連絡を取る手段は普通に文通だ。そう言う”運び手”や”配送屋”の職業が文化に存在している。

 それに頼んで手紙を運んでもらおうという事だ。

 ただ【奏護】は国外でゴルは高くつく。だから時間の代わりに安くする為に、一括運送に便乗する。

 その流通路の乗った町まで足を運ぶとの事だった。

 

「まぁゴルがかかるから一回きりだけどね、出てく時ぶん殴ったのもちょっと悪いかなって思ってるし」

「なにやってるのだ君は」

「あはは、遠く行くなら僕も付いてこうか」

「いいわよ。一人で、ちょっと出て戻ってこれる距離だし」

 ガルデニアが呆れた声を出す、親に反発して飛び出し冒険者になるという話は有り触れた事ではある。

 だが、暴力沙汰となれば穏やかではない。

 彼は経緯を知っているが、彼女の場合はかなり直情的で正しい情動による激発だった。

 

「じゃあ行ってくるわー」

「いってらっしゃい」

 手を振って別れるローズを見送りながら。

【凍結記憶】

 己の家族はどうしてるか、そんな自然な連想に至る事がなかった思考を疑問に思う事もない。

 彼女が家族とうまく仲直りできればいいなと、のほほんと不自然を巡らせた。

 

「さてカイト、君は今日はどうするんだ?」

「へ?」

 それを見送った後、何故か先輩、ガルデニアが予定を聞いてくる。

 意図はまるでわからない。とりあえずどう答えるか、少し逡巡して考え。

 

「いや、特にないですけど。今からギルドで依頼受けるには遅いし、また鍛練するには疲れすぎて」

 結局なにも警戒する事もなく、正直に答えた。

 相棒も遠出なので飯も軽くして、後は”バッカ-資格”の資料に目を通して眠るつもりだった。

 彼の役割(ロール)レンジャーの為の【野狩人】や【探索者】の基礎知識の復習にもなる。

 

「そうか、なら私に付きあえ遊ぶ事を憶えろ。適度な余暇はポテンシャルを活かす為に必要な事だぞ」

「はぁ、うん。構わないですけど、何処に行くのかな」

 断る理由もないので頷き、了承する。

 好意の配慮されてばっかで悪いなぁと片隅に考えてはいるのだが、ここで断る方がもっと失礼だろう。

 

「それだな。例えば―――」

 だが次の言葉は詰る。深刻そうな表情で、顎に手を当て凄い勢いで悩み始めた。

 その様子はまるで彼女がモンスターとの戦闘に挑む時より、ある種深刻で真剣に見えるだろう。

 彼も焦る、予想外だ。

 

「あの、そんな別に無理して誘ってくれなくても」

「待て、待つんだ。そんなまさか私が鍛練と酒以外趣味の無い、渇いた女の訳ないだろう。そうきっと何か、何かあるはずなんだ」

 としてかなり頭を悩まさせ、両腕組んでうんうんと唸り始める。

 自身で深く考えた事はなかったが、冒険者ガルデニアの趣味は良い酒集めに自己鍛錬。

 他にあえていうならば猫が好きだが、その生き方に羨望を抱いているという何とも言い難いもの。

 他人に誇れる趣味などなく、ストーカーに悩まされプライベートを誰かと愉しんだと言う経験もない。

 考えれば考える程に、私は実は残念な女なんではないかという疑念に囚われていた。

 

 その様子を、困った顔で見つめるカイト、彼に彼女の苦悩(喪女る)など察せる訳はない。

 

「えっと、そのよかったら」

 こちらも困惑であり、返答に困るがとりあえず言葉を選んで絞り出した。

 女の人を誘う言葉の経験なんてない。なお、相棒のローズは別カウントだ。

 

「なら、もしよかったら、何処かに釣りにでもに行きませんか」

 彼も田舎の頃ならともかく、今の彼にも特段趣味と呼べそうなものはない。困った。

 とりあえず、世間一般的に無難であろう誘いを掛けたのだった。

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

【再度、ラインセドナの近くの川】

 場所も、モンスターもなく、属性値も安定した河。その下流に少し離れた場所。

 この場所はもしもの時(町滅亡)の避難経路の一つ、その為に赤字ながら最低限整備されている運送水路である。

 こういう場所で時を過ごせるのは、モンスターが疎らで属性値の安定した聖錬位のもので。

 

 近くに、同目的の人間であるか、竿に釣り糸を垂らし川を見つめる人も 疎らに見えた。

「ふむ釣り…か。聞いた事はあるが、具体的には何をすればいいのだ」

「えーと、ちょっと待ってください。いま竿を作ってるので、よしできた」

 王国ではモンスターに、桜皇・魔王領であれば属性災害に、奏護であれば無法者に怯えながら。

 つまり釣りなんてものは国柄による、ある意味で贅沢な趣味であると言えた。

 

【野狩人:釣り】

 針に糸、重りの小石、カラの実を浮きに、途中で採ってきた竹を火のオドで軽く加工。

 落ち葉をひっくり返して取った虫を加工した。

 簡易的な釣竿を彼女に渡して。

(久しぶりだからきちんとできるかな)

 村で暮らしていたころならともかく、現在の冒険者生活では時間効率が最悪なので。

 余りに依頼を受けられなかった駆け出しも駆け出し(Dランク)に、相棒のローズと糊口を凌ぐ為にやって以来だ。

 そんなものを趣味と呼べるかという疑問は、今は都合が悪いので放り投げて。

 

「やり方は影の多い場所に糸の先の小石投げ入れて、浮きが沈むのを待つだけですね。本格的な道具じゃなくてすみませんが」

「いや、構わない。何事も経験だろう」

 きちんとした物を揃えれば、自分達の稼ぎの二カ月分は軽く吹っ飛ぶだろう。そんなのは無理だ。

 そう言って、言われた通りにボロイなんてもんじゃない釣り竿を投げ入れ、川面を見つめるガルデニア。

 彼女も自身の無趣味・乾燥ぶりを自覚したのもあり、積極的にそれを見つめていた。

 

「さてと」

 彼もそれに倣って釣り糸を放りながら、水面を見つめる。

 久しぶりの事ではあったが、なんとなく魚の居る位置はわかった。なんとなくキラッと光るのだ。

 

 そして暫く、風が凪ぎ心な和ぐような時間が流れる。

 何も考えなくていい時間は何時ぶりだろうか。

 少し竿を泳がしてやれば引っかかる。割と警戒心の低い魚達だ。

 

 竿を引き、魚を釣り上げる。中型の魚だ。即〆る。

「よし一匹目」

「……巧いものだな。ふむ、趣味というのはこういう物か」

「特別な事もないですけどね、故郷はとても田舎だったから。釣り上げればおかずができるなーって」

 基本的に田舎暮らしは余裕などない。

 閉鎖的な共同社会であり、役割を重複して背負ってる事も多い。

 彼の家族は小さな畑を拓いていたが、貴重な村の若い健康男子として警邏の一員として数えられていた。

 ただそれだけじゃ、十分に食えなかったのを憶えている。

 

「田舎じゃ、貴重なんてもんじゃないタンパク源ですし。山で野草とかむかごとかが取れなかった時には、ちょっと自作の竿で釣りとかしてました」

 何より安全にタンパク質を取れるのが良い。水棲のモンスターは陸上では大概動きが遅いモノだ。

 だから先に気が付けばほぼ確実に逃げられる。ドデカい奴など普通は出会うものでもない。

 思い出して懐かしむ。あの頃はあの頃で、色々な物に喘いでいた気がする。

 村に、行商人が時々訪れ持ってくる珍しい物を、羨ましく眺めていたものだ。

 

「以外だな、積極的にモンスターを狩って肉にするとかはしないのか、戦闘特化の冒険者を志望してるんだろう?」

「故郷に居た頃は、危ないから大人が言い出さない限りはそういう事はあまり」

「解せないな。君はますます冒険者に向いてない」

 確かにと苦笑する。確かにそうだった。元々冒険者としての初歩は兼業冒険者でもいいからと。

 ワクワクする物を見せてやると”親友”誘われたのが、始まりだったはずだ。

 今じゃ目的ありきで、冒険者として成功するのは手段である。

 賢い手段ではないが、それしか手はないから仕方ない。

 

 そんな感じで、ポツポツと会話しながら時は過ぎていく。

 彼女の視線は、釣りの水面というより周囲の風景に流れており、そちらに興味が向いてるようだった。

「む…?」

 ガルデニアの竿の浮きが沈み、糸が引っ張られる。

 

「かかったか、フン…!」

「あぁ、頑丈じゃないから余り引っ張らないで、少し泳がしておく方が」

「そうか」

 彼女の持つ竹竿がしなり糸がピンと張る。

 アドバイス、きちんとした釣竿ではないので、勿論無理をすればすぐに壊れる。

 暫くの引き合いの末…。

 

―――バシャ!

「……ふむ、力の割に、随分小さいのだな」

 小さいサイズだが、銀光りする魚が釣りあがり、彼が受け取ってナイフで簡単に差かなを〆る。

 このボロ釣竿で、初めてでも魚を釣るというのはきっと、彼女の器用さの賜物だろう。

 以前、ローズと行った際は見事に釣糸を難度もプツリと切る彼女に笑ったものだ。

 その、後ハッ倒されたが。

 

「うん魚も必死だからね。どうです、釣りは」

「そうだな」

 彼女はその白い花弁の様な指に当て、沈黙する。

 相変わらず凛とした真面目な表情で、その感情を窺い知るのは難しかった。

 

「いや、悪くはない。実に落ち着いた時間だ。元々騒がしいのは苦手だからな」

 彼女の口に出た言葉は肯定。

 彼女は実直な性格である事は、まだ短い付き合いでも察せられるものだ。

 不快な想いはさせて無い様で、ひとまず安心した。

 

「ただ周囲の風と草花の流れを感じて、水面を見て写る花を視るのは楽しい時間だが、これは果たして釣りの楽しみ方としてあってるのだろうか」

「ん、良いと思う。風流って奴で…多分?」

 真面目故に、趣味という物の愉しみ方の正しさまでに考えを巡らせる彼女。

 だが、彼にとって釣りとは食欲一辺倒のモノである。そんな高尚な表現は理解できない。

 ただそういう物かー、と感心するだけだ。

 

「でもガルデニアさん、趣味になる物あるじゃないですか」

「む、何かあったか」

「ほら植物、特に花です。花」

 割と無責任に言葉を放る。上品さは理解できないから、割と仕方ない事だった。

 彼が先から見ていて、彼女の視線を追った先は、大体そこに行き付いた。

 思考の横でそこの花の種類は、お浸しにすれば食べれるなとか、考えてた事はおくびにも出さない。

 

 

「花?花が趣味だと…。確かに自然に目が向くが、そんなものが」

「気になるって事は大体好きって事です。”親友”の受け売りだけど、趣味なんていいんじゃないかな」

―――なぜ、ガルデニアがそれが思いつかなかったか。

 その理由は彼女の出身である九十九機関が関係している。

 彼女が持つ割と珍しい”森属性”を活かす為に、植物を利用する様に巫術の教育を模索されていた。

 結局、彼女に巫術を扱う巫女の素質を開花させられなかった為に、”奉納巫女”として認められなかった事もあって、心の奥底で劣等感としても認識していた。無為識に心から遠ざけていたのだ。

 

「―――そうか、なるほど。確かに花は好きだな。ふふ、気が付けた事を感謝する」

「はぁ、礼言われる事でもないんじゃ」

「いや、そんな事はない。私には価値のある事だった」

 釈然としないカイト。実際に教養のない奴が適当に放った言葉である。

 彼は人を動かす価値のある言葉は、価値ある人から放たれる言葉であると何となく考えていた。

 そんな価値を自分に感じない。特別なんて何も持ってない。

 

 だが、彼の言葉で。

 ガルデニアは次の冒険からきちんと好きを見て、感じたままに、それを受け取るだろう。

 精神が、劣等感が緩和され、彼女の固有術の強化につながるのだったが。

 それに彼は実感はない。

 

「それにしても、少し気になるのは君の親友という奴だ。彼女(ローズ)のことではないのだろう。君等の無茶を止めはしなかったのか」

「あー、うん。多分止めただろうね、アイツはボクと正反対な人で」

 ”憶えてない”から断言できないが、【親友】ならきっとやめとけやめとけと言っただろう。

 どこまでもロマンチストだが、物事の線引きはきちんとしていた彼だ。

 話を出して良いかを少し悩んだが、目的を離してしまった彼女には何でもない事だろうと、漏らす。

 

「まぁだからこそ僕が助けたい人です」

「そうか」

【凍結記憶】

 すらっと出る言葉は彼にとっては違和感はない。だが彼女にとっては曖昧な違和感を感じた。

 親しさと客観視が同居しているようなその語り方。

 名前すら出ないのにと、その疑問は彼女の口から出ない。これ以上踏み込んでいいか判断できない。

 

 そろそろ日が落ちてきた。

「さて、釣り上げた魚はどうしましょう。食べます?」

「うん?あぁ頼む」

 その返答で焚き木の準備する。カイトの火属性で少ない薪でも燃やすのも簡単だ。

 彼女が一匹釣る間に釣り上げた魚は三匹、最低限の数。村でも共通していたマナーだった。

 

 

 

―――芳ばしい香りが辺りに漂う。

「……ふむ、おいしそうだな」

「割と魚に寄りますけどね、こいつ等は食べれる類です。岩塩だけど塩もあるよ」

 初めて釣った魚という感慨はあったかわからないが、黙々と彼女は口に運び。

 

 今日の日は過ぎゆくのだった。

 

  

 




即席道具で魚釣り上げるヤベー田舎もん。
双剣を最初に選択する程度の器用さはあるんです器用さは。

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