ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

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増殖【世界樹の侵略】

―――『脈動する大豊の森』

 

 晴れ渡る空を汚していた、天の蒼に不釣り合いなオブジェクトは砕かれ。

 地に落ちた。

 

ズゥン…!

 落ち行く石槌の欠片が勢いよく、荒れ果てた大地を突き刺さり敷きつめられる。

 それに紛れて落ちた人影が、むくりとその身体を持ち上げて。

 最低限に、木の枝を掴み減速したが、そのせいで細工籠手は木枝の摩擦に擦りぼろぼろである。

 

「………ぐっ、いったぁ」

【舞武】【狂羅輪廻】

 その未熟な専心と極集中(トランス)による乾坤一擲は、命の危機に対して受け身さえ鈍らせた。

 先に"石槌"が、大地に墜落して"響き"に大地を微塵に砕いてなければ……。

 硬いままの大地に叩きつけられ、圧し折れていてもおかしくなかっただろう。

 

「……っごほ、生きてる。骨は折れてはない、けど」

ずり。

 大地に指爪を立て掻き毟る。

 呼吸に膨らみ熱を巡らせる臓腑に、生きている実感を噛み締めながら。

 若葉の双剣士は衝撃を、腕の痛みを抱えて、地を掻いて立ちあがろうとする。

 

「おい、大丈夫か"双剣"の、ほら立て」

 立ち上がろうとするその目の前に、誰かの手が指し伸ばされる。

 修羅場明けのそこに、相手はこの場に一人しかいない。

 目線に像が結ばれる、先に流れに共闘したの色抜けた少女、未だカイトにとって正体不明(アンノウン)の彼女である。

 

「あの程度の高さ先の"魔具"でどうにかするだろうと思っていたんだが、しくったのか?」

「無理言わないで、集中しすぎて高さと浮遊感に酔ってたんです」

 色抜けた少女は本能に、それが示した結果に、昂ぶり腕に抱きしめてやろうと駆け寄った。

 それで詰まった中途半端な距離感に、バツの悪さを感じながらその無事な右腕を差し出すのだ。

 少し冷静になった今は、初対面の相手を思うがままに抱きしめようとはしない。それは恥じらいではなく配慮だ。

 『応竜』と呼ばれた過去に比べて、確かに彼女は正気である。

 

「ありがとう。正直立ち上がるのしんどいから、助かる」

 カイトはその差し出された手を取って、支えに力を入れて立ち上がる。

 掴んだ温もりの安堵の溜息に、自己暗示、また経絡に巡るオドの昂ぶりを鎮めようとする。

 いつも通りの残心の所為である。

 

 腕輪引き上げられ、その自重を預ける中、正体不明に眼が互いに合さる。

 

「む、どうかしたか」

「…え、あ別に」

 改めて見れば、色抜けたその少女は何処か人外味を感じさせながらも。

 どこか、何処にでも居るような、田舎にいた垢抜けた少女の親近感も感じるだろう。

 ただその翡翠の眼は微塵も揺らぎもなくこちらの注がれて、気圧されながらも、どこか美しさを感じるだろう。

(凄い、深い目。なんか、宝石みたいな人)

 その正体不明という神秘性も合さって、徒然にそう想った。 

 まるで深淵に浸ったか如く、それでいてその深奥に純粋さを秘めた目である。

 ただ美醜ではなく、宇宙の様な底しれなさ、その在り方は何処か引き寄せられるものがあった。

 

 その背後で。

がさがさ―――

 

「ふぇ、えええ。よかったぁ、皆さん無事で」

【野狩人Lv2】【縁拡がりの茉莉花】【博愛精神】

 辺りが静まるのを感じて奥の木々の木陰から、半泣きに茂みを掻き分けて現れる。

 髪を取り乱して彼女も土埃に服を払いながら、こちらの様子に安堵したように喉をしゃくりあげる。

 

「何だと思えばさっきの少女か、ジャスミンと言ったか潰されなくてよかったな」

「ん、なんとかしました。僕はちょっとしんどいから、治療と周囲警戒お願いできませんか」

「勿論ですー、任せてくださいな」

【森の管理人】【高等医療知識】【薬草知識Lv3/5】

 色抜けた少女はすっかり忘れてたかのように、応えて。

 茶髪のロングヘアーで、緑の羽根つき帽子を特徴に、清楚な緑色ドレスを纏った少女。

 今まで負傷と危険に森の影に身を隠していた、薬師のジャスミンである。

 

「私は別にあとでいいぞ?別にこの程度―――あ、おい待てそれではとっさに腕が動かせないではないか!」

「その怪我で何言ってるんですか!怪我人は薬師の話を!素直に聞くものなんですー」

 ジャスミンは迫る勢いでそのポーチから清潔な包袋を取り出し巻き替えて消毒を、薬液と薬草即席に調合薬を作り出して。

 特に抉られた(自分で引き裂いた)、色抜けた少女の左腕をぐるぐる巻きのガチガチに固定してしまった。

 

「むぅぅ、こうガチガチにされてしまったら困るが、好意を無得にもできないか」

 なお、色抜けた少女はそれがお気に召さないようだった。

 怪我に対して彼女がぴんぴんしているのは、脳内物質の出過ぎで麻痺してるのである。

 過去に"光の亡者"であった彼女は、すっかりジャンキーだ。

 

「ただごめんなさいカイトさん。"うーちゃん"には離れて休んでてもらってます。怪我もして一杯無理させちゃったから、他の"お友達"も離れちゃったから今すぐは呼べなくて……」

「わかりました。なら、僕がもうちょっと気を張るしかないか」

【アニマルフレンズ】【博愛精神】・【レンジャー】【蛍火】【精霊術Lv2】

 煙草を咥えて火を、自身のオドの炎に燻して木っ端な精霊を呼び寄せ、己等の匂いを環境に馴染ませる。

 『聖錬』の冒険者、カイトの名乗る役割(ロール)のレンジャーである。

 周囲も交戦の結果、環境も荒れ果てた。

 かなりしんどいが、泣き言は言っていられないと彼は息を吐く。

 

 森を踏み、近くの大樹に身を隠しながら、彼等は話す。

 

「移動せず待つにしても宛はあるのか、"双剣"の」

「ん、さっきの砲撃魔法は、僕の冒険者の仲間たちの術式です。ここから動かないで合流できればなんとか」

「ほうほう!お前の仲間かそれは楽しみだなどんな奴等なんだ、なぁ?」

「なんでそんなに嬉しそうなんですか……?普通の聖錬の冒険者だよほら僕みたいな」

「ならば期待できるということだな!」

 すれ違うその反応に、苦笑する。

 出来る事なら派手に交戦したここからは、大きく離れてしまいたい。

 だが、もう目印となる。簡易的な煙星(ノロシ)はもう打ち上げて、もう手にないのである。

 ここから大きく移動して、見失われてしまっては本末転倒なのだから。

 

 風が流れる。

 周囲にモンスターの気配は遠い、圧倒的に派手な光柱にその生存本能から遠ざかったのだろう。

 好都合な事だった。

 

 少しの小休止の間に。

 

 応急処置を終えた薬師のジャスミンが、話しかけてくる。

 

「ごめんなさい。私が軽はずみにあんなこと言うから、カイトさんもあんな得体知れないの相手に……」

「気にしないで"アレ"は、僕の目的の一つだった。遅かれ早かれの話です」

「ほう、それは撃墜したアレの正体を知っているという解釈でいいか"双剣"の?」

「まあ、うん少しだけ」

 色抜けた少女が口を挟む。

 確かに、目的とするならばそれについて知っているというのが、整合が取れるだろう。

 しかし、討滅に協力し、闇雲に追っているだけの在野に、その兆候以外を察してはいないのだが……。

 それを濁して。

 

(さっき、背中を預けておいて今更ではあるけど―――)

 この正体不明の都合いい戦士に、彼が気にかかる事を問い返す。

 

「そっちこそ、どういう経緯で、あんな所に押し込められていたんです?」

「それがな、なんと私にも全くわからないのだ。所謂、"記憶喪失"っていう奴だろうさ」

「え」

【記憶喪失】

 色抜けた少女は、何でもないかのように言った。

 前後も分からない状態で、あそこまでやりあったというのか、それはあまりに苛烈である。

 しかし、まるでその揺るがない声に瞳は、嘘が含まれているようには思えない。

 

「何か成さねばならない事は想うが、知り合いの顔どころか己の名前すら思い出せない。実に困ったものだろう?」

「いや、そんな軽く大事な事を僕に聞かれても」

 どこまで軽い調子に、こちらの方が気が抜けてしまう。

 記憶は、己を示す存在記号である。これがなくては、己がどこを歩いているかすらわからなくなってしまうだろう。

 

 それに対して微かな共感はある。

 昔の事"死神の夜"を思い返す、己は大事な記憶を凍結されただけで、あの捨て身である。

 

「はえー、それは大変ですね。私は専門外ですから、戻ったらお医者様にしっかり診てもらわないと」

「そうですね。外科の伝手はないけど」

 彼女の専門はあくまでも薬師である。

 カイトはそもそも"そんなものはない"という、最悪の可能性を考えて、気休めの声を噤んだ。

 それこそ状況が特殊過ぎる。

 この状況の為に、創り出された存在である事を否定さえしきれないのだから―――。

 

「なんにしても身に迫る脅威は撃墜したんだ、なんだかよくわからんが、とにかく前進だろうさ」

 それでも、気にもかけずに、色抜けた少女はポジティブに前だけを見続けて溌剌に謳う。

 眩いばかりの熱量である。 その事に、思い返すかつて傍にあった英雄というべき人種の匂いである。

 目の前の少女は、己の親友に、似ているとどうでもいい事を想った。

 

 しかしとして、カイトの心には懸念が残っていた。

「―――まだ、です。まだ終わってない"侵略者"にしてはあまりに弱すぎる」

「ふぅん?」

 そう、先に対峙したそれは侵略者が"魔王級"と呼ぶには、余りにか弱いのである。

 【超絶魔力】と呼ばれる。圧倒的な力と性質は感じなかった。

 法定された空間はか弱く、己がオドのみで場のマナすらも破壊する魔力を超えた魔の力の片鱗はない。

 それこそは、この色抜けた少女単独であっても打倒が可能であっただろう。

 

 彼が対峙してきた『異邦の侵略者』、あのクソッタレ共には遠く及ばない。

 

 

 

 そんな、未だにひりつく現場に、空気を読まず。

 

 

 

「あ、そうだ!皆さんお腹が空いてませんかー♪」

【どんぐり好き】【マイペース】

がさがさ

 追ってきた追跡者(ストーカー)の撃墜にすっかり安心したのか。

 薬師の娘ジャスミンは、上機嫌に、カバンに手を伸ばしてこちらにあるものを、缶に入った手渡す。

 

「ふむ、この缶の中には何が入っているんだ?薬師の」

「実はとっておきのどんぐりのお菓子があって、ちょっと砕けちゃったみたいだけどよかったらどうぞ♪」

 それを受け取って開けてみれば、缶の中に入っていたのは、かわいらしい手作りのクッキーである。

 厚意に甘えて手に取り、口に運ぶ。

 独特な触感と甘み、苦みも含んだ独特の風味を消す為、他に粉物を繋ぎにしているのだろう。

 

「ん、どんぐりですか。手をかけて調理までしてるって事は好きなんです?」

「ええ、私の大好物で、調理すれば結構いけるんですよー?」

 "どんぐり"は処理すれば食用に十分、カイトは田舎育ち故に忌避はない。

 聖錬における大襲撃(スタンピード)、四年毎に起こるこれにより、食料の備蓄は重要である。

 カイトの故郷では、野草と同じ様に食用に適するどんぐりの見分け方は子供でも知っているだろう。

 

「どう、どうです?人間のお友達って少ないから気になって」

 食べるのを見届けてすかさず、恥ずかしそうに感想を問うてきた

 このジャスミンという少女は、ミストラルと同じように自分のリズムに生きる人だった。

 

「ん、美味しいです」

 彼にとっては何でもない事、素直に感想を述べて。

 

 なのに。

「腹が減っては戦はできないと言いますし助か―――」

「あぁ、旨いな。……なんだ。何処か懐かしい味がする」

【元・田舎娘:原■(かつて)の愛】【人情不解】

 何事かとカイトが振りむけば、色抜けた少女の頬に、涙が一筋零れた。

 意味もも分からず感情が乱される。彼女とて田舎育ち、いやそれより悪い辺境の"限界集落"育ちである。

 まだ活力はある者は故郷を見捨てて。

 残ったのは今更、新天地に居場所を作れぬ弱者ばかりのまさに限界集落である。

 

 その中であって、母親に命を譲られるように産まれた彼女はまさに希望()であり、皆に愛されて育った。

 

 

―――もちろん、自然の"どんぐり"さえ貴重な食糧だった。

 

 

 貧しさ極めた村の大人と連れ立って、幼く無垢だった彼女は拾い集めて。

 ひもじさの反面に達成感に、食した後の独特のアクと苦さに笑いあった事もあっただろう。

 しかし、限界、限界を迎えていた集落であり、大襲撃の長き期間を耐え忍ぶ余力などなかった。

 

 故に、彼女の故郷は"大襲撃"の中立てこもり少ない糧を、希望である彼女に与えて、活かして。

 体力がないものから死に、最後に乳母を見とって皆が、死に果てた。

 

 それからだ決して消えない美しい輝き。彼女は美しさに魅入られた。

 耐えぬ光、眩い輝きに恋い焦がれるようになった。

 己が愛され続けている分だけ誰かを愛し返そうと、だから幼かった彼女は旅立った。

 

―――そして、彼女の故郷は誰にも助けられず覚えられずに滅んだのだ。

 

「だ、だいじょうぶ?そんなにお口に合わなかったです?!」

「いや、すまないな。美味しいんだ。けど、なんだかとても虚しいなんでだろうな」

 色抜けた少女自身も故郷の仔細など覚えていない、憶えていない。

 聖錬が四柱が一人、『応竜』と呼ばれたかつてでさえ、喪った愛の代替えに二〇〇年の輝きを希求する闘争の日々に、擦り切れ塗りつぶされて摩耗した原初たる―――

 

 多少なりとも正気に立ち直り。

 今漂白されて、彼女を満たしていた期待という本能を薄めて、やっと浮かんできた"残滓"である。

「大丈夫だとも、訳が分からないだけだ」

 あわあわと慌てるジャスミンに、もう平気だとけろりと立ち直ったように見える。

 

「………」

 それをカイトはちょっと困って眺めていた。

 どんぐりなど、とても食用には適さないのだから、口にするのは余裕のない田舎位だろう。

 ただおそらく同じ田舎育ちだろうなという推測があるばかり、気の利いた言葉など、彼には思い浮かばない。

 

 

「脱出したら探さないと、ね。貴方の故郷何より名前を、それ位なら余裕があれば手伝えるから」

 だから、ぽつりとつぶやいた

 何も知らない彼に彼女の故郷が滅んでいるか、それともまだの日常を回しているかなんてわからない。

 捕らえられた状況からいって、己の様に滅んでる可能性の方が高いのだろう。

 

 ただ、名前こそなくならないものだ。

 意味を奪われた、記号化してしまったとはいえ、生まれ故郷の喪失への共感はある。

 

「あぁもちろん、名前は大事な贈り物だからな。ちゃんと身に付けねば失礼だともさ―――」

ズゥン!!

【世界樹の方程式】

 その言葉が言い終わる前に、文字通り世界が揺れた巨大な気配が森の全体を揺るがした。

 

 風の色が変わる、隠していた幕を取り去ったように暗く暗く地面がひび割れ逆立つように。

―――ザッ、ザザザザ……ッーーー

 違和感、先と比べようもない銀砂(ノイズ)の波が湧きたった。

 

「今度は、なんなんですー!?」

【環境領域:禍々シキ波】

 森全体に、鳴りやまぬノイズ音。

 吹きあがる銀砂に、そのトレードマークの帽子を飛ばされそうになりながら。

 これで一安心と思ってた薬師の少女、ジャスミンがその異変に思わず困惑の叫び声を上げた。

 

「―――っ、やっぱり。ジャスミンさんはこの場所から動かないで、様子を見てきます!!」

 まず視野の確保だ。未知に状況を確認しなくてはと、染みついた役割(ロール)に体が動く。

 このままでは侵略者がある方向すらわからないのだから。

 

「あっちか予想通り、とはいえ嬉しくはないな……!」

【腕輪の担い手:電制感覚】【レンジャー】【超俊足】

 それに片剣を抜く、呼吸に肺に熱を灯して魔具に魔力を回す。

 少し高い樹に登り、【腕輪の担い手】たる感覚に惹かれる、遠方に感じる侵略者の気配の眼を向けて。

 急く心のまま、異変の中心を捕らえんとして。

 

 

 絶望的な光景をその眼に焼き付ける。

 

 

【世界樹の方程式】

―――ポーン―――

 聞き覚えのある破調ラ音をこの耳に拾った、数列の帯があふれ出したのを"観た"。

 そこにあったのは、幾何学文様を描かれた巨大樹である。

 彼等が探索していた頃には影も形もなかったそれは、おそらく隠されていたゆえだろう。

 

 陽属性に捻じ曲げられていた大気の生成の変化に、その巨大さを誤魔化していた光学迷彩(ベール)が剥される。

 

―――【増殖】―――

 巨大な巨大な大樹が変化する、その枝が一つ一つ折れて剥がれて浮遊していく。

 枝に深々に実った、反面生命力は感じさせない石葉が落ち。

 その石槌に追随するが如く、更に無機質に空を汚していくだろう。

 

―――【増殖】【増殖】―――

 遠目にもその正体はすぐにわかった。先に必死に撃墜した一柱と瓜二つであるのだから。

 

―――【増殖】【増殖】【増殖】―――

 

 それらは円環の侵略者『碑文八相』たる増殖の端末、その群れ。

 

―――【増殖】【増殖】【増殖】【増殖】【増殖】―――

 10や20で効かないような群れで、天を汚して編隊を成し威圧的に構えている。

 それを従える様に。

 

『―――ギィ、ギシィイイい――――』

【碑文八相:増殖(ほんたい)】【新緑の雫腕】【超絶魔力】【世界樹の喰蛇】

―――そして、その大樹に巻き付き主張する。

 巨大に張り出した両腕、堂面の如く虚ろな目を向け、そのしなやかな尾をたなびかせる巨大な蛇の如く何か。

 唯一存在する生物的なフォルムに幾何学文様の異質感を添えた巨大な"蛇"が、新しく存在していた。

 

 おそらくまだ遥か遠方、あれが拡大する異変たる森の中心部分だろう。

 

 それを中心に拡大する、圧倒的な物量である。

 

「何だ……あれは」

 呆気に取られ思わず言葉が漏れる。

 数、数、数、幾多幾多の空を汚す不気味なオブジェクトの群れである。

 無理もない。

 そこには先ほどに、撃墜した『石槌の杖』(オブジェクト)が大量に泳いでこちらを見降ろしていたのだから。

 

 あの『大樹』の枝が、育ち折れて離れるたびに、そのままあの"石槌の杖"の群れとなる。

 それを一目に理解するに、十分すぎる程の光景である。

 

 優雅に不気味に不釣り合いに群れを成す。

 

 さぁぁ

「何だも何もない。お前の言葉を信じればあれこそが"本体"なのだろう?」

【空の■い手】

 風の残り香と共にいつの間にかその背に立っていた色抜けた少女が、それを共に見据えて。

 

「察するに大地に根を張り、その力脈を吸い上げてあの端末を生産する。おおよそ『大樹』に似た何かってことだ」

【鑑定眼(■贋)】

 何でもないかという如く、断言する。

 先に己が必死に撃墜した先の"石槌"は、あれの枝葉の一つでしかなかったという事である。

 

 

 その現実にカイトの鞘に収まった双剣を握る手に力が籠る。

 何処かあれが本体ではないと予想していたとはいえ、沸き立つ復讐心すら塗りつぶされる絶望的な話だろう。

 

 それとは対照的に色抜けた少女は……。

「まったく、実にワクワクする話じゃないか」

 

【光■■姫:狂羅輪廻】

 頬を歪ませて、反対に何処か期待を喜色を滲ませながら少女は言う。

 空寒さを感じる程に、純真な底なき何かに輝く瞳を向けられ、カイトとてひどく困惑するしかない。

 

 一呼吸おいて。

「さぁどうする"双剣"の、私はお前がやりたいように付き合ってやるぞ♪」

 そして、こちらにその期待に溢れた熱量を注いで。

 言葉を畳み掛ける。

「遠慮することはない。もちろんおまえを信じているとも、お前なら何とか出来るんだろう?」

「無理言わないで、だから信じるのはお互いに免罪符じゃないんです。貴方おかしい」

 注がれる期待の眼とせかすような言葉に、背を焼かれるのを感じる。

 手札はある、己が唯一手にある特別たる『黄昏の腕輪』、それから放たれる必殺たる【紋章砲】(データドレイン)

 物量に対抗する為に、先にクールタイムを終えた腕輪を使おうと、その物量に対しては無力だ。

 

 まともに相手にしたら抵抗の余地なく死ぬだろう。

 わかり切った事だ。

 

「今は身を隠して、仲間と合流を優先して逃げます。在野の冒険者に手に追える範囲じゃない」

「何だつまらん。あれが目的なんだろう。如何にかするくらいの気概はないのか」

 その妄言を切捨てて、現実的な選択肢を口にする。

 それに一人であるならともかく、今は護衛対象がいる、仲間がこの森に侵入している事も分かっている。

 

 彼は少なくとも愚かではなかった。方針を決め。

 魔具に衝撃を吸収し、高台である木々の枝を地に降りた。

 

 それだけの事なのに。

ぶちぃ。

 肺が、息苦しい。鈍く鈍く己の身体から、何かが弾ける音が聞こえた。

 

「え……?」

【酸■中毒】

 困惑の声が漏れる、吐息さえも漂う鉄臭さ。

 頬が濡れている、切れた、己の中で何か決定的な何かがキレたのを感じる。

 

 手に触れた、瞳から紅い紅い生暖かい液体。

 

(……血?)

 

 それを把握するのにまた数舜。

 あぁ心なしか、吐き気に思考すらも鈍っている。

 

(―――!毒、か?!)

 その発想に、息を止めて、双剣を引き抜く。

 

 カイトとて考えなかった事ではない。

 植物経樹のモンスターの常套手段なのだから、森林の活性に紐づけられるだろう。

 先に接敵した"蔦の怪物"と対峙した時にも、魔術師の使役する風の精霊を大気させる様に指示を飛ばしていた。

 

 しかし、今回に限ってはその予兆がなさ過ぎた。

 先の圧倒的な現象に、天を汚す冒涜の群れに眼を奪われ過ぎたのも大きい。

 

「おいどうした"双剣"の!」

「ごほっご、ないで」

 喀血。

 来るなと声に力が入らない。

 引き抜いた双剣が震える、片膝が意志に反して地に落ちる。

 既に満たされただろう毒をどうにかできるとしたら、戦士ではなく魔術師の類がいるだろうと経験から警鐘を鳴らす。

 

 短絡的な思考である。

 今にカイトの判断力が鈍っているのだろう、二次災害とてあり得る。しかし……。

【ダンシングヒーロー】【狂羅輪廻】

 彼はそお精神性から留まる事はありえない。

 刻々と狭まる視界に焦りを、彼に限らず狂羅の輪廻に墜ちた者は本能から相手の最悪を掴もうと。

 それでも足掻こうとするだろう。

 

「りこっ」

 故に、その"言霊"を吐き出した。

 遭難中の状況故に、今まで喚ばなかった儚紅の少女の名を。

 正体不明の推定毒の在処から、その触媒となる双剣を宙へと投げ出したのはなけなしの判断力だったのだろう。

 

『絆の双刃:縁召喚』

 

 その言葉と共に、宙にて双剣が燃え上がり周囲のマナにその姿が投影される。

 顕れる紅き衣を纏った可憐な人形の如く少女が開花し、眼下を見下ろす。

 

「喚んだ?ぱぱ―――」

【円環精霊】【アサルトサージ】【幻想乙女】

 やっと頼られた召喚されたとばかりに少し上ずり、鈴の鳴るような声を響かせて。

 虚空に幾何学文様の花びらを散らした。

 

「!」

【アナライズ】【タッピングエア】

 そして、目に映る己が定めた庇護者の状態を察して、その解析機能をフル回転させる。

 手を振るい。指を躍らして周囲のマナを直接叩いて。

 そして解析は秒ですんだ、何のことはない。

「……高圧の、酸素」

 拡がったのは。

 それは有り触れたもの。無味無臭、おおよそ大気の40%という自然にあり得ぬ高濃度、高圧を除けば。

 許容量を超えれば生物という生物を焼き爛れさせる猛毒である。

 

【碑文八相】【世界樹の方程式】【環境領域:禍々シキ波】【超絶魔力】

 低地に降りたカイトにのみ影響が出たのは、その比重によるものである。

 酸素濃度自体は、"森属性"により、木々の活性化した光合成にてもたらされたもの。

 その酸素を銀砂(ノイズ)の海が、それぞれの方程式を運んで編みこんでいる。

 

―――『死の恐怖』であればそのまま"死の恐怖"を、『惑乱の蜃気楼』であれば"幻痛"を。

 それは『碑文八相』と呼ばれる存在の、その権能を反映させる基本性能(キャンパス)であるのだから。

 

 そう酸素中毒は、その濃度と分圧によって引き起こす、それ引き起こす計算式。

 発揮されたのは、本格的に森全体に溢れ出した領域作成のよるもの。

 密閉もなく環境自体に対する干渉、酸素分子の結合という干渉、"魔王級"の脅威を主張するだろう。

 

「ほう、"酸素"か。密閉空間でもなしそれは盲点だった、よく観るじゃないか小さいの」

びく。

「ッなに、誰」

【人見知り】【浮遊】

 

 なお、割と召喚された近くに距離感の方向音痴がいる。

 "儚紅の少女"は親し気に声をかける声に逃げる様に、人見知りを発動させて血を流す庇護者の元に揺れ落ちる。

 

「待って、今、調律するから」

「―――ッ―――」

 荒い息を繰り返す己の定めた庇護者に手を触れた。

 この毒は肉を持たない彼女には効かない。有機生物のみに効く毒である。

 彼は【腕輪の担い手】だ。

 一度の解析にそこに構造情報(ゲノム)が保存されている事を知っている、上書きによる応急処置は可能だ。

 

 しかし、そこにある意味当たり前の事、だが彼等にとっての予想外が起きる。

 放り投げられた剣が、引力の法則に放物線の弧を描いて地面に落ちた。

 隕鉄に鍛えられた彼のそれは今や魔剣に等しく、物理法則に従って大地に墜ちて。

 

 火花が散った。

 そう、高濃度、揮発性ガス、酸素溜まりの最中にである。

 

 ドォン!

 当然の帰結として、連鎖する様に大爆発が起きた。

 

「ッ、抗生防壁……!!」

【プロテクト】【再帰:かつての自己犠牲】

 今の状態の庇護者が、それを受ければ一溜りもないだろうと彼女は演算する。

 死の断絶など二度とごめんだと、自分本位に生きていくと定めても。

 日常に灯を灯したひび割れた心に、電脳が動く、生来の人好きたる気質に動いてしまう。

 庇うように、その小さな身体を前面に押し出してマナによる物理防壁に、迫る熱波を防ごうとして。

 

「あ」

ジュ……!

 しかし、その威力は森の一部を吹き飛ばす大爆発だった。

 その防壁は呆気なく焼けつくされた。彼女のマナに投影された脆い身体が構成をバラされて霧散する。

 本当に呆気なく、その形は世界から焼失したのである。

 

(り、こ)

 既に中毒の全身に嫌な熱が、目の前も狭くしか見えない。

 しかし、その光景はしっかり、目に焼き付いて―――

 その次の瞬間には、カイト自身も焦がされ吹き飛ばされて大地を無様に転がる。

 

(ぼくのせい、たたなきゃ、たてよこのま、ぬけッ)

 喪失感に、臓腑が熱をもって、不甲斐ない己に怒りの感情が立てと、騒ぎ立てそれでも。

 呼吸ができない。この場において、彼はすでに無力である立ち上がれる道理はない。

 心だけでは人は歩けない。

 

【世界樹の喰蛇】

 一帯の焼け野原に上昇気流が巻き上がる。

 その光景の中、新しく現れた『蛇』は無機質な能面の眼を向けるのだった。

 

 

 

 

 




増殖君、やっと出てきた長いよ。
これ、たーちゃん絶対殺すって放ったやりすぎなので完全にとばっちりです。
捕縛のオーダーは一度果たしたから、例外処理いれて自己正当化してるので割と怖がったまま。

今回の殺し間は、高濃度の酸素だけでは酸素中毒にはならないので、領域作成の延長で大気圧に干渉してます。余計に低地にしか影響がありません。
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