ポンコツ世界異聞=【終幕を切り刻む者達《ハッカーズ》】   作:きちきちきち

94 / 136
合間【増殖の世界樹】

―――『脈動する大豊の森』

 

【円環紋章砲】(ドレインアーク)

 色彩蝕、異端の幾何学文様帯の交差(サーカス)が宙を彩った。

 閃光に焼かれたマナの方向を頼りに、その腕を向けて中りを付けて放たれた。

 それは確かに侵略者に貫いた、距離により減衰があり、纏う防壁に遮られようとも『大蛇』を抉る様に溶かしている。

 

 しかし、一時的な失明、それによりきちんと見据えられずに放たれたその息吹は収束せずに。

 "大蛇の侵略者"を右腕を溶かして分解し、十分な致命打になっていない。

 

 失速し飛行する高度を落とす。

 その『蛇』が大地に落ちる様を見る事も敵わず。

 

 

「―――っ」

『腕輪の担い手』【狂羅輪廻】

 それを成した若葉の双剣士、拡らかれた幾何学五凛の花弁は散り溶け、仄かすかな燃えるオドに尾を引いて。

 自身の生き血を燃料にした反動に度重なる疲労と出血も重なり、意識を手放し自由落下する。

 

 既に酸素濃度の毒の時点で、致命傷であった。

 意識を手放した彼は、緩怠した姿勢のまま真っ逆さまに大地に吸い込まれていくのである。

 

「ああああああもうっ!何すかその派手な大砲はっ!」

 それに対して焦るのは、庇おうと動いていた機械人形の彼女である。

「聞いてないっす、反動で落下地点がズレたじゃないっすかもう……!」

【人形凌駕種】(エクスマキナ)

 その砲撃の空間固定と反動により、彼女の電脳の中で割り出していた落下予測から大幅にずれた。

 この自由落下に大地に叩きつけられる前に、庇うように動いていた計算は大幅に狂ったのだ。、

 

「ええもぉ!ここから姿勢制御、身振り手振りでどうにかなるっすか」

かちゃん

【エッジハンター:収集癖】【機動戦】【夢幻羅道】

 コレクションの一つ、空属性の曲刀を鞘から引き抜いた。

 身を捩じり、空を搔き乱して得られる僅かな反力に自由落下の軌道を変更しようとして。

 

 そこに一陣の旋毛風が流れて、落ち行く全員の身体が持ち上がる。

 

「ふぁ!?」

「よくやった"双剣"の―――」

【魔法知識Lv■/5】【■の担い手】

 それを成したのは、卓越した風使いたる色抜けた少女の仕業である。

 

 自らも落下しながらその解かれた長い髪を風任せにたなびかせ、手を拡げて賛歌を謳う。

「期待通りだ。きっちり"侵略者"とやらに一矢報いたではないか!」

【人■愛】【常時破顔】

 目にした隠し手に瞳孔を見開いて、それはもう喜悦に満面と頬をゆがめた。

 戦術級の『魔具』であろうかと推測し、純粋な自力(カラテ)でなくとも関係はない。

 とにかく食らいついたその意地(輝き)に喜悦を覚え、称賛する。 

 そもそもお前なら出来るだろうと、風先に敵の存在を示して、焚きつけたのは彼女であるのだから。

 

「うっし!これなら届くっす」

 その合間に機械乙女が風に持ち上げられた角度を変えて、若葉の双剣士の身体を抱える。

 風の勢いに少し緩む速度に、相変わらずの自由落下する。

 

「む、流石に3人を風任せは重いか、特にお前はずっしり重いな"機械仕掛け"の?」

「余計な世話っすよ!金属骨格だからしゃーないじゃないっすか!!」

がさがさっ!!ずうん!

 彼女等と木々を圧し折って、勢いを殺して着地する。

 下手な姿勢で落ちれば、髄や頚が折れれば、人間は容易く死ぬのだから。

 

 そして彼等は落下と共に、姿が消える。

 

―――対して、『大蛇』の視点である。

 その能面の虚ろの瞳には光は失われていない。

 溶けたその器の断面を周囲のマナを変換し埋め合わせながら軋みを上げ、その身体を持ち上げる。

 

『―――ぎ、ググググ』

 

 それが仮面の裏に認識するは。

 彼等は森の暗がりの中に消えていく、その"高次の視覚"と称される複数の観測視点である。

 それは、この森に拡がった"葉の端末"(リーフ)にて観測している。

 

【黄昏の碑文』【過負荷装甲】(プロテクト)【超再生】

 このままでは取り逃がすと電脳の中で、その居場所だけは追跡している。

 しかし、再び空に舞い上がり追跡する程の余力はない。

 本来に、そのほとんどを情報で構成された彼等にとって、"結合の分解"という致死の吐息である紋章砲(データドレイン)は、掠ったとて無事では済んでいないのだ。

 

 右俱腕の発振機構兼マニュピレーターの全壊。

 プロテクトの融解に伴い地属性による半重力圏の機能不全となった。

 

 その損傷に其れとて身を休める。

 更に『大蛇』は奪われようとする分解された資源(リソース)をその歪な右腕で掴み、吸収していく。

 この段階にて、『増殖』(メイガス)と称される禍々しき波の一柱は認識し、理解した。

 

 蹂躙という名の化身たる『翡翠の天使』と共に、『腕輪の担い手』がそこにいるという事を。

 本来に『半存在』(クビア)として乗り越えるべき試練に設定されているそれが、至高を守護する英■招来である『腕輪の担い手』と行動を共にするはあってはならないとだ。

 

『――――――ルル、重大ナ■■■ヲ発見、修正の為の全機能ノ行使ヲ提議』

 これは重大な不具合だ、この不具合(バグ)は修正しなければならない。

 その大義名分を前に、至上命令を原則を書き換える、否再定義する。

 

『失敗シタ失敗シタ、"半存在"ノ試みハ失敗作デアル』

 

『―――決議、全会一致、増殖タル侵略ト共二ターゲット殲滅ヲ最優先トスル』

【世界樹の方程式】【適応進化思考】【天に等しき者】

 号令と共に、中心にある『大樹』が更に文様の輝きを強く活動する。

 大地の力を吸い上げて、再び自ら圧し折りて遠方に投げつけた"枝"を育み、その眷属を再生する。

 確実を期すために次の襲撃への準備を整えるのであった。

 

 この槌の端末の戦力は、追随する"葉の調律器"(リーフ)の数がその出力即ち戦力値に直結する。

 一二もの【苛烈なる萌芽】(メイガスリーフ)、全てを追随させた『翡翠の天使』に対して差し向けた追跡者(ストーカー)が理論値となる。

 

 先に隕石としてバラまいた眷属全てに備えられていない、そこまでの戦力値を期待できない。

 確実を期すためにはまだ足りない。故に、今は力を蓄える時だと定義する。

 森は今も確実に拡がっていく、時間はこの存在の味方である。

 

【常世裂き咲く花】

 欲求の恵芽ともいうべきそれ。

 その逸脱は、何時かに散った先掛けた華、植えこまれた一片に合理性が乱される。

 己が役割を全うせんがために為と名分に、己が我欲を発現させる。

 己が領域で待ち構えて、一度成したように己に刻まれた恐怖を、永遠抹殺を実行せんとして。

 

 『大蛇』は森の奥に不気味に蠢き、今は身を潜めるのだった。

 

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 

 あれからしばらく時間が立って。

 

 

―――目を覚ます。

 

 意識が浮上する。

 

(昏い…痛い)

 若葉の少年は目を覚ます、気だるい倦怠感の中、意識が浮上する。

 世界は閉ざされて、多少暗い明るい程度しかわからない。

 まだ定まらない意識に身体を揺り起こして、見回して耳を澄まして周囲を探る。

 

「見えない。ここどこ。僕は、敵は、皆は」

【失明(一時)】

 耳をすませば何処か怒号と喧噪を拾う。暗中の下、眼がはっきりと見えないことを察する。

 先の森に高濃酸素の毒に晒された彼は、身体のいたるところに内出血(ダメージ)を重ねていた。

 眼底の出血もその一つであり、それにより、失明として症状に出ていた。

 

 むしろ、彼が完全な失明に至っていないのは、応急処置の結果である。

 

 身体を動かすたびにずきりと響く痛みをこらえて、身を起こして周りを手探る。

 

 おそらく知らない寝床の感覚、手探れる範囲に己の愛剣も、装備も魔具も周りにない。

 それが不安で仕方がなかった。

 

 それに対して。

 

「―――ん、起きた?」

【円環精霊】【精人】【憑依具】

 近くから、鈴の転がる様な凛と儚い声が聞こえる。

 彼にとって聞き覚えのある声だ。それに心当たりがある。心臓が跳ねる。

 

 己が頼り呼んだことで、判断ミスで、危機にさらしてしまった。

 彼の暗闇には先の光景が振り返す。彼女の身体はその身を庇い爆風に焼き尽くされたことを覚えている。

 

「……リコ?」

「ん」

 それを確かめる様に、聞き返した。姿は見えない。

 感触を求めて緩くその手は彷徨う。そしてここにいると返すように小さな手に握り返されて。

 

 触れた同属性の輪郭に、伝わる鼓動に脈が奔る。

「よかった、無事でよかった…っ!」

「むぎゅぅ」

 手さぐりに繰り寄せて、その小さな身体を抱きしめた。

 実感する。目の前で爆炎に形を崩した儚紅の少女が生きていることを。

 

 少年は、突然足元が崩れすべてが喪われる恐怖にせかされて、死地に踏み込んでいる。

 だから喪失感に自責の念を、その声を聴いて心の底から安堵したのである。

 

「ん、ぎゅー」 

 儚紅の少女は大人しく抱き寄せられたまま。

 後天的な同属性故に、その無事を喜ぶ安堵の感情は伝わっている。

 それは幼子にとって悪い心地ではなかった。

 今回は頑張った。この位労わられる権利はあるとふんふんと心の中で胸を張る。

 

【憑依具:精霊巫器】【イレギュラー】

 彼女はマナの世界に染みついて生きる円環精霊、一度死の断絶から再誕せしもの。

 その中でも特殊な成り立ちを持つ彼女はその巫器と、契約した宿主の片方が存在していればそこから周囲のマナに写し取り現世にしがみつくことができる。

 

 そして。

 そこに少し遠くから、違う誰かの声が響いた。

「あらあら、仲が宜しいんですね」

 儚紅の少女はいつも通りの人見知りを発動して、宿主の背に隠れてしまう。

 しかし、彼は声の相手は少し覚えがあった。

 

「えっと……その声と匂い、ジャスミンさんですか」

「ええ、私ですカイトさん。ほんとよかった無事起きて酷い怪我だったんですよー?」

【森ガール】【博愛精神】【縁結びの茉莉花】

 彼は記憶をたどって、その独特の陽の匂いと声で判断する。

 あの"異変の森"に出会ったブロンド髪の少女だろうと問い返して、それは当たっていた。

 

 足音が聞こえる、歩み寄ってくるのを察する。

 

「えぇ、どうしようと思う程の大怪我で。今、包帯変えますから大人しくしてくださいね」

「え、あ。はい」

【医療知識】【薬学知識Lv3/5】

 ここへ運び込まれたカイトの身体は文字通り、身体のあちこちが内から弾けていた。

 こうしてここまで回復したのは、彼女も含めた優秀な一流基準の癒し手が"複数"がいた事が要因である。

 彼女は『薬学』に傾倒した高度な医療知識を持っている。

 しかし、それは自然治癒の増強であり、そこから大きく逸脱することはない。

 

「その、ありがと」

「いえー、好きでやってることですから」

【マイペース】

 何処か鼻歌が聞こえる、機嫌がいいのだろう。

 包帯の結びを解かれて、改めて巻かれなおされながら。

 

 少し身の締め付けの重さが軽くなった気がする、随分ときつくぐるぐる巻きにされていたらしい。

 

 その中で、気にかかることを問い直した。

 

「少し、聞いてもいいですか」

「どうぞどうぞ、包帯を取り変えながらでいいならー」

 彼の記憶は暗中落下にちりじりになった己が炎が、おそらく閃光の暴威に絶った方向を察して。

 風に導かれる儘、その右腕を向けて"腕輪"の吐息に反撃した所で、途絶えている。

 

「ここは、どこなんです。あれから、どうなりました」

「近くの町の『クラウス』の近郊の砦、臨時に構えられた戦時病院ですねー」

 手当を施しながら、彼女が近況を語る。

 あの陽光を略奪し、放たれた"新緑たる閃光"は、空を滑る鉄舟を跡形もなく溶かして。

 そのお返しとばかりに放たれた紋章砲(デードレイン)

 それは確かにあの"大蛇"を届き、その身を崩したのがその場にいた誰の眼にも見えただろう。

 

「あの後"ナツメ"さんの誘導で冒険者のお仲間と合流してー。あの森を何とか脱出してー」

 元々に、あの追跡者(ストーカー)からの逃走の中、外周に近しいところにいた。

 何かしらの要因で、森に生態系を形成したモンスターが外に溢れ出したのも要因として。

 モンスターとの接敵が減り、簡単に脱出が敵ったのである。

 

「"戦時"、病院ですか?」

「えぇ、びっくりしたことに外は戦時の体制だったんですよー。あれからモンスターの|"大反乱"がおきたらしくて、近くの国の『騎士団』とやらが出陣して食い止めていて」

 まず、戦時という言葉に驚いた。事態はそれほどの物であると認識する。

 "戦時"というのは、ほぼ全ての権限が軍事に集中する異常事態を指す。

 随分と大事に聞こえるだろう。冒険者の彼等が依頼で調査に入る以前は町は平時そのものであったのだから。

 

 

「で、今は兵士の皆さんと雇われた冒険者さん達が、"大襲撃"(スタンピード)の砦を中心に件の森をから溢れるモンスターを狩りだして防衛してるんです」

「……そう、僕が寝てる間にそんなことにあの、僕の仲間の事は何か知ってますか」

「勿論、皆さん無事ですわ。森からの脱出の時にはお世話になりました」

 『聖錬』、各所四年ごとの"大襲撃"に備えて、平地に砦は点在し軽く維持されている。

 時代も進み、建築技術も建材も寄り頑強になりつつあり、その価値は確かなものとなった。

 急に籠るのであれば長くは保たないが、それでも平原にて防衛するよりは遥かにましだろう。

 

 過去の大戦では、その体重と等しき金と価値がある評された"聖剣技"に代表される……。

 突出した"個"、例えば戦術級の手段に軽く崩される。それも過去の話である。

 

 傍話休題。

 

「今は外で戦っているカイトさんの冒険者のお仲間と一緒で、私も何かできないかなってここで"薬師"として働かせてもらってるんですよー」

 既に冒険者も動員されている。まさに総動員の体制である。

 話によると、調査の依頼を受けた冒険者達はそのまま要請を受けて、モンスターと交戦しているらしい。

 彼女は一人では戦えないが、優秀な"癒し手"である為に、この緊急時に重宝されている。

 

 話を聞いて、カイトは少しの間、思考を回した。

 盲目の中も遠慮なく走る"砂嵐"(ノイズ)から、己の怨敵である仮称として"侵略者"と呼ぶ存在が関わっていることは間違えはない。

 その指で怪我を撫でる、溜息をつく。

 しかし、だからと言って今の己に何ができるかはわからない。

 

「まだ続いてるんですよね。もどかしい。その、僕の眼は視力は戻りますか」

「えー、十分休んで治療を続けたなら戻りますとも、私が保証します」

「そう、よかった」

【狂羅輪廻】

 安堵の後、それでは遅いと、彼の中に燻る危機感に焦れる。

 修羅場の中に安堵を、矛盾した輪廻に墜ちた彼の習性である。

 基本的に、この若葉の双剣士は分不相応な現実に、我慢が出来ないまだ取返しの付く半端者である。

 

 そんな彼の内面を、彼女は知る由はなく、怪我の話で思い出した。

 

「そう言えばあの人は何処に、ほら記憶喪失だって言ってた風使いの……」

「あーあの人ですか。それが、治療した後、"戦だ!輝きが私を呼んでいる!"と飛び出してしまいましてー……」

「ええぇ……?」

 困惑の声を漏らす。

 余程の自由人である。己に負けず劣らずの重症具合だったと記憶している。

 そんな事関係ないとばかりに、欲求任せに戦の匂いに惹かれ、姿を消してしまったというのである。

 

 三つ子の魂百まで、節操なしな性は変わっていない。

 

「さて、私はもう行かないと……、カイトさんともっとお話したいですけど仕事は一杯ありまして」

「あっ、うん忙しいのにこんなことで引き留めてしまって」

 その手慣れた手つきから優秀な癒し手であることはわかる。

 今は戦時下と等しい事態だと聞く、優秀な癒し手である彼女の手を求めている人は多く居るだろう。

 

 たかが、冒険者一人に構ってる暇はないはずだった。

 

 だから。

「色々、ありがとうございました」

「ふふ」

 治療と言葉の礼を言った。予想外の小さな笑みが聞こえる。

 今の彼は顔が分からない、少し不安になる。

 

「何かおかしい言いました……?」

「いえ、ちょっとおかしくて。お願いを聞いてもらって無理させてお礼を言うのは私の方なのにって」

【マイペース】

 くすくすくすと。

 何処か楽し気に、緑の羽根つき帽子に、清楚な緑色ドレスを纏った少女は無邪気に笑う。

 

「こちらこそ改めてお礼を言わせてもらいますね。危ない所に、助けていただいてありがとうございましたカイトさん」

「…っ、うん?どういたしまして」

 感謝の言葉に少し困惑する。己こそ途中から勝手な都合で動いていた。

 森の中で彼女に言った通りに目的に歩む中に、私怨のままに討つべきことを果たしただけだ。

 

 依頼は仕事だ。彼には自身の成す事への実感がない。

 考えないようにしていたが、己がこの事態の引き金を引いたかもしれないのだ。

 

 礼を言われた

 しかし不思議と染み入る高揚感に、気恥しくなって頬を掻いて応える。

 

「また今度で話しましょうねー」

 去り行く、ぱたぱたと駆け出すその脚音を聞きながら。

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 また少し時間が立ち―――静かになった個室の中に。

 

 入れ替わりに、また訪問者が訪れる。

 

「おーす、カイト元気してるー?って、そんなわけないかー」

「ん、久しぶり、そっちも無事で何より」

【ムードメーカー】

 誰かがきた。覚えがある気安い声に、安心する。

 眼にしなくてもわかる。

 冒険者としての彼の"相棒"である"重剣士"(ヘビーブレイド)のローズだった。

 

「また手酷くやられたわね。あんた二日寝てたのよ。どう、何処か痛い気分は悪くない?」

「多分、何とかなる目が暗くて見にくいけど。腕も足も動くから剣も弓も使える」

「そういう話じゃないでしょもーさ。戦う事ばっか頭の中蛮族かっつうの、心配して損したわ」

 呆れたように声色が聞こえる。

 目が見えない寝処から手探りに手を伸ばして、しっかり握り返される。

 逆立つ焦燥感のなか、とにかく帰ってきたのだという安堵に、思わず微笑みがこぼれた。

 

「リコも、カイトが起きた事教えてくれてあんがとねー」

「ん、あー」

 見慣れた顔見知りに彼女も安心したのか、儚紅の少女も庇護者の背からひょっこり顔を出して。

 その頭をわしゃわさと撫でられて猫の様に目を細めた。

 

「こっちも酷い有様よ。あれから森からモンスター共が溢れ出してきたみたいでさー」

「うん」

 異変の森から脱出、それ自体は氾濫のタイミングが重なり容易となったが。

 避難場所である町までの道のりは、蹴散らされた残骸まみれのまさに修羅場であった。

 故に、大襲撃(スタンピード)に備えて点在する砦へと一時避難に足を延ばして、『紅衣の騎士団』と名乗った正規兵の彼等と合流したのだ。

 

「やっとの事逃げ出したっていうのにいかにもお姫様って感じのに協力要請されてさ。疲れてるってーのにこの砦に詰め切りよ」

「あ、あはは」

 それは実質、冒険者に対する半強制と言えるだろう。

 冒険者というセーフネット身分証明、最低限の市民権の代償に彼等は時に緊急時に協力する義務を負うのである。

 

 そう彼等は軍が辺りを駆逐する中、時折抜けて後方拠点を襲う予備戦力として投じられていた。

 カルデニアは前衛として前に、槍を振るい。

 ミストラルは貴重な"狙撃魔法"持ちの砲台として、砦の見張り台から好き放題にぶっぱなし。

 ギルドナイトであるナツメと、クラン『ブルーブリゲイド』の面々は、調査の意味がなく既に別行動となっている。

 ローズ自身も、先ほどに雑多なモンスター相手に複数人で囲んで殴って、今は休憩の交代時間なのだという。

 

「そっかこの事態だから皆戦っている、か。本当に大襲撃中みたいの事になってるね」

「そうそう。しかもあれよ。逃げる最中に見ちゃったけどあっちこっちに巣やら卵がまだまだあったわ」

 目にした光景、実体験にローズはアレは溢れ出る、それはまだ増えると溜息を付いていった。

 野狩人(レンジャー)という、道案内役を喪った彼等は、悪整地も強行突破する必要に駆られ。

 降り積もりし木葉の裏に、聳えし木の洞に、果たして土造りに作られたハチの巣の様に、そこに卵や幼虫が蠢いていた様をである。

 

「うー喜色悪い。思い出したら怖気奔ってきたわ。見た範囲は出来る限り焼いて潰してきたけどさ!」

 思い返してしまったか、生理的嫌悪感に、両腕を摩る。

 既にあの森は生態系のサイクルの早い蟲系のモンスターの巣窟となっているのだろう。

―――【世界樹の方程式】

 そう適応されるマナが促進する環境ホルモンが。

 彼等が調査で持ち帰った試料から既に解析が出来ているらしい。

 その影響をバラまいているのはおそらく中心に聳え立つ大樹であろう。

 

 それを聞いて、若葉の双剣士は考えて。

 

「どうすればいい。僕に何か、できると思う?」

「まーアンタはそーいうやつよねぇ、安静にしてなさい。仮にも騎士団が動いててあたしたちにできる事は殆どないわ」

「………そう、だよね」

 俯いて不甲斐なさに拳を強く握り、溜息をもらす。

 そう、頭の中ではわかっている。目が朧気にしか見えぬ今の己はきっと足手纏いである。

 

 そもそも正規軍が動いている状況で、一介の在野の冒険者が何の役に立つというのか。

 英雄の代名詞であるSランクの冒険者でも、名実の伴った『鬼人八武衆』という訳でもないのだから。

 

―――それは突然の事だった。

 

【静寂空間】(サイレント) 

 何時か、いきなりに辺りの音が静まり、その中に静謐な空気に満たされた。

 明らかな変質、ある種の結界の予兆である。

 

「―――っ!リコ」

「ん」

【憑依具:憑霊解除】

 ぱちぃ!

 呼びかけと共に、彼の愛剣である『絆の双刃』が儚紅の少女から出でて手に握られる。

 

 彼等とて既に在野においては熟達の域にある。それを察知して備えて……。

 

「―――お困りの様ね『腕輪の担い手』さん?」

「……なっ」

【電子魔術師(テクノマンサー):ホログラフ】【闇の女王】【袖幕の暗躍者】

 静寂に静まる病室の中、突然に背後に女の声が響いた。

 その不意に一瞬だけ、思考が硬直する。それは既に至近にあったのである。

 痛みに顔をしかめながら反射的に声の方向に剣を向け、呼吸にオドの流れをスイッチさせ励起させて炎を灯す。

 

 ぼんやりとした輪郭に、多少の覚えがある。

 

「あら、随分と辛気臭い顔してるじゃない。貴方たちは『増殖の氾濫』の情報を最も多く持ち帰った功労者だというのに」

【疑似真言】(マントラ)

 まるで世話話をするように、軽い調子にその白装束の魔女は言う。

 その特徴的な声色、"腕輪を使え"と、そうしなければ知る全てが無残に滅びるだろう、……と。

 カイトが腕輪発現の直後突然に顕れ、そんな意味深な破滅の"預言"を投げかけて消えた蜃気楼、機械質なバイザーが特徴的な白装飾の魔女である。

 

「とにかくお久しぶりとでも言いましょうか波を倒し無事に"演台"に上がったようで何よりだわ―――」

カ゚っキ!

【アマゾネス】【重剣士】(ヘビーブレイド)【カバーリング】

 その不穏な空気を察したのか。

 ローズが謎の女の背後を取ってその頚元に刃を突き立てる。

 

「こんなところで敵?なに、あんた誰よ。うちの相棒を変な名前で呼んでさー」

「話に来ただけで物騒ね。とにかく剣をしまってちょうだいな」

「ムリ、安心できる要素がどこにもないから、ヘルバさん、でしたっけ」

 その軽い言葉を流す。

 ここは正規兵が詰める仮構え砦の中である、警戒態勢の眼がある中でここまで侵入した相手だ。

 信用する安心できる要素がどこにもないのである。

 

(匂いがしない、こいつ実体がない幻よ)

(そう、この前と同じか)

【アマゾネス】【風詠み】【生命活性】 

 しかし彼女はペテン師の類だ。種も仕掛けもあるのだが、それは置いといて。 

 刃を向けられながらも、白装束の魔術師は飄々とした態度のままに動じない。

 元々実体のない幻である。ここで仮に刃を振るわれようと、何の疵も彼女には与えられないのだ。

 

 とにかく緊張の硬直状態を身構える。

 カイトはこの魔女は、きっと何か核心に近い場所にいるのだろうと改めて推測する。

 『黄昏の腕輪』に言及し、彼以外知り得るはずのない己を庇って溶け去った『蒼海』の最後を言い当てたのだから。

 

「まぁいいわ。いきなり斬り捨てないという事は坊やは私の言葉に興味自体はあるのでしょう?」

「戯言ばかりなら斬り捨てるって事だよ」

【純粋理性】【ホログラフ】

 それは正しい。否定しないできない。ただ睨みつけ釘をさす。

 彼等は理不尽に対峙せど、この追い縋るこの全貌などまるで分らないのだから。

 

 未知に、目と耳を塞ぐのは愚者の振る舞いである。

 カイトは暗中模索の中、正しい事をしていく事でしか前に進めないと信じている。

 とにかくその道の果てを知りたい。

 確信に至る手がかりさえないのだ。何かを知る魔女の言葉は聞き逃せない。

 

「あら怖い怖い。でもふふ、見込みは間違えないようね。本来の『担い手』ならその程度の損傷の代替えなど問題にもしないでしょうに」

【袖幕の暗躍者】【アナライズ】

 機械質なバイザーごしにこちらを見ている。

 居心地が悪い。まるで飼われた実験動物を見る様な温度であろう。

 魔女は言う。完成された『腕輪の担い手』は五感が欠けようと、代替えを容易く適応するのであると。

 

 

「それともそこの小さな同居人のおかげかしらね?試作品(プロトタイプ)のおチビちゃん」

「………っ!」

 そして背に隠れていた儚紅の少女に眼を向け、その探求心の矛先に定める。

 確かに儚紅の少女は、魔具による改造。己が定めた"庇護者"の肉体の変質を留め差し戻していた。

 そうでなければ彼と彼女は引き摺られて混ざって変質してしまう。同属性としてその仄かな灯にしがみついているのだからなおさらに。

 

「さて、いつまでか弱いお人形を演じているつもりかしら、その役割(ロール)は終わったはずでしょう」

「リコを知ってるの」

「えぇ、ある意味誰よりも注意深く見ていたわ。あの男にとって、近道になってしまう存在だったもの」

 その魔女は言葉の通りにある意味敵視していた。

 ただいま現在に世界を捧げられ、幾千幾万もの情報の揺り籠に眠りについている至高の存在だ。

 それが選択し、骨格になり得る存在に成り得たのだから。

 

「災いとして死んで、生まれ変わっても"庇護者"を求める所までそっくりだわ。本能というべきなのかしら、またなぞるか興味ふか」

「や!」

【円環魔術】【アサルトサージ】【タッピングエア】

 無遠慮に漁る言葉に反応して、リコリスの指が虚空を叩いて電磁を叩くマナに働きかける。

 消し去ろ(デリート)ろうと浸食性を持った構成にホログラムが燃え…….

 しかし、幻である杖の一振りで掻き消える様に大人しく鎮火してしまう。 

 

「あらあら、そんなに知られたくはないのかわいいわね」

【闇の女王】(ヘルバ)【電子魔術師】(テクノマンサー)【創言者:CODE・AQUA】

 彼女は生まれ根付いた設計された本能だけで、マナに対する働き掛けを行っている。

「まだ未熟ね。身に染みた方法しかまだ知らないのでしょう。せめて自分で言語を作れる位にならないと一人前と呼べないわ」

「………っ、知らない。消えて!」

 魔導文明における遺失技術【電子魔術師】(テクノマンサー)と、その明確とした差がここにあった。

 マナの世界に生きる為に直接的に干渉できるが、それは今の所極大の適正に手段の一つを簡略化できるだけだ。

 最適化どれをとっても魔女の方が洗練されている。それだけの話だった。

 

「ローズ」

「あいよー」

【■炎】・【疑似魔法剣】【蒼火の息吹】

 言葉一つで通じ合うように、大剣に炎が奔り刃がより深く食い込む。

 がしかし、所詮は幻影である。その口を閉ざすには、物理的に消し飛ばしてしまえばいいのである。

 

「結論だけ聞く。興味本位にリコを傷つける。なら、これ以上は戯言はいらない」

「ちょっと遊び過ぎたかしら、好かれているのね。ふふ」

 その言葉に反して魔女は、何処か楽しそうな含み笑いが聞こえる。

 何が可笑しいのか、直接に見えぬのがひどく不安を誘う。

 

「さて、あれは大地に環境に根付いている。根をその"核"を絶たない限りに無限に増殖を続けるでようね」

「それがどうしたってのよ。こっちの偉い連中がとっくに推測して話してたんだけど?」

 変わらず弄する様に、多少の悦を混ぜながら知り得る言葉を垂れ流す。

 

【世界樹の方程式】【大地賛礼】

 "天を摩す波、その頭にて砕け、滴り 新たなる波の現出す"

 それは『碑文八相』と呼ばれる一柱、そう綽名されて尖鋭化した魔王級、尽きない物量の権化である。

 あの男にとって最愛を紡ぐ"彼女の物語"を進めるための敵役"禍々しき波"。

 それによって招かれる英雄招来の序章。

 

 真っ当に攻略するならば、あの『隔離領域』にも等しい異変の森を踏破して……。

 中心である『世界樹』を機能せぬまで絶ち砕くしかないのだろう。

 

 そう推測するのは容易だ。

 『大襲撃』(スタンピード)における八罪十罰、『侵魔獄』《ハーヴェスト》における世界樹の種に代表されて。

 この世界では割と標準的な理不尽の中に見え隠れする法則(ルール)であるからだ。

 

「この輪を絶やす……、いえ滅ぼす策を知っている、坊やたちの手でといったらどうかしら?」

「それを信じる根拠は」

「ないわね。私の言葉は観測するまではすべては戯言、どう受け取るかは坊や達次第……」

 示した数字を速攻で溶かし消して、魔女は不敵に笑う。

 実のところ、その白衣の魔女とてこの状況は相当に追い詰められている。

 傍観者としての立場を崩して、こうやって直接的に干渉しているのがその証拠だろう。

 魔女は遺失技術である【電子魔術】の使い手であり、その能力は魔導文明の遺産である駆体の処理能力に大きく依存する。

 

 故に、魔導文明の遺産、拠点がそのままにその能力の拡さに繋がるのだ。

 "禍々しく"第三相たる『増殖』に与えられた高次元の視野、ここまでその領域である"葉"が拡がっているのだ。

 その権能を知る故に、いつまでも隠れ切れていると楽観視はできない。

 既に己の所在は割れており、尻尾を掴まれ泳がされていると考えた方が自然だろうと最悪を推測する。

 

 ただ逃げ出せば機材を喪った己は無力であり、仮に抗っても同じ土俵では"あの男"の方が遥かに格上だ。

 

 現状は賽の目を振り結果を待つのみの詰みだ。しかしとして、反面もう開き直りつつある。

 その再誕した幼子は、既に二度も■■■■を得たのを観測している。

【純粋理性】

 生い立ちから人でなしの類の魔女の好奇心が、その例外に期待を引き寄せられているのだ。

 

―――そう、咲くはずのないはずの花が咲き、そして自らに散った。

 設計され尽くした軛からの逸脱という、あり得ない物。

 それが白装束の魔女が、こうして暗躍している動機の一つであるのだから。

 

「この座標に来なさい全てはそれから、期待しているわ『イレギュラー』のおチビちゃん」

 そう言いたい放題して、その幻影はふと溶けて空へと溶ける。

 

 後に残されたのは対象を喪い。空に燃える剣の切っ先。

「あー何だったのよあのおばさんは」

「……さてね」

【ムードメーカー】

 呆れ声に行き場のない憤りを吐き出す少女に。

 何処か考えに沈黙に沈む少年、歩く為の"正しい事"を悩み彼等はどう選択するかは誰にもまだ知れないのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。