威吹鬼とその父親は、たちばなの地下室のような部屋で二人で腰かけていた。
「実際顔を見るのは久しぶりだな。声を聞くのはこないだの電話以来か。」
「そうですね。元気そうで何よりです。」
「どうだ、最近は。」
「鬼の仕事についてですか?」
威吹鬼は少し攻撃的な口調になっていた。
「そうだな、まずは香須美さんとの進展状況について聞こうか。」
威吹鬼の父は、飾り気のない笑顔で言った。自然と威吹鬼の顔も綻んでいた。
「やっぱり父さんには敵わないですね…。」
「今回一緒に来ると聞いたからもしやと思ってな。」
「ええ、明日二人で実家の方に挨拶に行きます。」
威吹鬼は凛々しさをふくんだ明るい表情になっていた。
「そうか、楽しみに待っているぞ。話は変わるが…。」
父親の少し気まずそうな顔を見て、威吹鬼から話を切り出した。
「あきらのことですか?僕の意見は変わりませんよ。」
先程父親が言った『こないだの電話』とはあきらのことだった。勢地朗への連絡と同じく、あきらが再び鬼の修行を再開するよう説得してほしいといった内容だった。
威吹鬼の返事は響鬼や勢地朗と同様に、「あきらの意思を尊重し、干渉をしないこと」であった。
再び攻撃的になりかけた威吹鬼に、父親がすかさず疑問をぶつけた。
「そもそもなんであきらは鬼になることをやめたんだ?」
威吹鬼は答えに困った。あきらが選んだ答えは鬼にならないことであり、それを優先しようと考えていたので、その理由は聞かないことにしていたからだ。
「師匠として、それをしっかり聞いてやって、本当にあきらがやりたいことはなんなのか、理解してやる必要があるんじゃないのか。」
「そうですね。そろそろ聞いてみてもいいのかもしれません。でもそれにしても、今さら鬼の修行を再開するよう説得するのはどうなんでしょう。」
「それには実は少し理由があってな。」
威吹鬼は父親の気まずそうな顔を見て、苛立った。
「師匠である僕にも言えないようなことなんですか?」
「今はまだ、といったところだ。もちろん納得できないと思うし、強制するものでもない。伝えられる時が来たら、お前とあきらには真っ先に伝えるつもりだ。」
「わかりました。少なくとも理由を聞くまでは、僕の意見は変わりませんから。」
厳しい目で訴える息吹鬼に、父親は申し訳なさそうに頷いた。
香須美とひとみがいる和室に声がかかった。
「持田様、準備が整いました。」
香須美は、いよいよかと緊張するひとみの手を握り微笑んで頷いた。ひとみも微笑んで頷き返した。
部屋を出ると、先ほどよりも深い色の和服に身を包んだ栞が待っていた。それはひとみをさらに落ち着かせた。
「これより浄めに向かいます。特に必要なものはありません。お手洗いなどは大丈夫ですか?」
ひとみは頷いて、栞の後をついていった。
「中へお入りください。」
案内されたのは先ほど香須美といた部屋の半分ほどの、小さな板の間の部屋だった。ドアはひとみが入った一つしかなく、窓も天窓のようなところに板の窓があるだけで、それは閉まっていた。座布団が真ん中にひとつあり、そこに座っているように指示された。
電力の小さな蛍光灯の薄暗い光の中で、一人で待っているのは心細かったが、しばらくしてノックの音が聞こえた。
「失礼します。今回浄めを担当する頼鬼(らいき)と申します。どうぞお気を楽にしてください。」
香須美より少し年上の、長身の美人な女性だった。表情は柔らかく、深い緑の和服を来ていた。
「まず今日行う浄めについて説明させていただきます。これから私が、あなたに『清めの音』をぶつけます。とは言っても魔化魍に対するような強力なものではなく、あなたの心にある魔化魍に近い汚れのようなもの、もしあればですが、それを打ち消す作用があるものです。」
ここまでは香須美の説明と同じようなものだったので、ひとみは頷いていた。
「約30分程になります。ここでひとつお願いなのですが…。」
「はい、なんですか?」
「もしよろしければですが…、裸になっていただいてもよろしいですか?」
「えぇぇぇ!?」
ひとみはいつもと違うところから声が出た気がした。人前で裸になることはもちろん初めての経験だ。
「もちろん他の人が入ってくることはありませんし、嫌なら結構です。ただ、効率的に浄めを行うにはそちらの方がいいんです。」
真剣な目で訴える頼鬼に圧されて、ひとみは頷いた。
「それでは5分後に始めます。お手洗いなどをすませて、服や下着を脱いでお待ちください。」
そういって頼鬼はひとまず部屋を出た。ひとみは生まれたままの姿になり体育座りをして待っていた。やはり裸を人に見られるのは恥ずかしかった。ひとみには待っていたのは何十分もあったように感じられたが、きっかり5分後、頼鬼はふたたび部屋に入ってきた。手には、薄目の布団と枕、そしてフルートのようなものを持っていた。
「ではこれより浄めを始めます。まず、ここに仰向けで寝てください。」
頼鬼はそう言ってひとみの座っている横に布団を敷き、枕をおいた。ひとみは頷きそこに横たえた。そのとき、改めて恥ずかしさを感じて目を瞑った。
頼鬼はそっと口元にフルートを当て、心地よい音を出した。ひとみは音が体に染み込んでいくのを感じた。心も体も、内側から暖めてくれるような音だった。