翌日の日曜日。あきらはたちばなを訪れた。
香須美がひとみたちと吉野へ行っているため、日菜香に加えて勢地朗も店に出ていた。
「あきらくん、いらっしゃい。」
勢地朗はいつもの落ち着いた口調ではあるものの、表情は焦っていた。接客などの仕事が単純に得意ではないのだ。
「あの、私手伝いましょうか?」
「本当かい?助かるよ。バイト代はちゃんと払うからね。」
あきらは笑顔で頷いて、奥に入った。
しばらくして少し客足が落ち着いたので、店番を日菜香に頼んで、奥で勢地朗とあきらは休むことにした。
「ひとみちゃんから何か連絡はあったかい?」
あきらは驚いた顔で首を左右に振った。
「持田さん、何かあったんですか?」
勢地朗はしまったという顔をした。
「いやー、困ったな。聞いてると思ったんだが。」
「聞かない方がいいですか?」
猛士にいると時折、自分が知るべきでない話題がある。通常の高校生などでは、気になって質問していくものだが、あきらは猛士に深く関わりながら成長してきたため、その線引きは訓練されているのだ。
「いや、本人の口から聞くのが一番だとは思うが、余計な心配をかけたくないし伝えることにするよ。実は今ひとみちゃんは、吉野へ浄めに行っているんだ。」
「浄めって鬼の人が行うあれですか?」
「そうなんだよ。あんなことがあった後だし、本人も不安そうにしていたからこちらから薦めたんだ。威吹鬼や香須美に一緒に行ってもらってる。」
「そうだったんですか。」
以前二人でたちばなを訪れたとき、ひとみが勢地朗と話した後にすれ違ったときのあの不安と恐怖が混じった表情の理由はこれだったのかと初めてわかった。しかも、ひとみの様子はいつもとなんら変わらなかった。以前と同じ明るく元気だった。だが、本当は不安で心配だったのだ。それに自分はまったく気づいていなかった。ましてや、そんな理由でこちらにいないのに、その間に安達くんに抜け駆けのように心惹かれて浮かれていた。自分は最低だ。
あきらは自己嫌悪に陥っていた。勢地朗はあきらの肩をそっと叩いた。
「ひとみちゃんを支えてあげてくれるかい?」
あきらは下を向いたまま何度も頷いた。
「ねぇ、次はあっちへ行こう。」
ひとみは栞と一緒に街を歩いていた。
香須美と威吹鬼は今日は二人で用事があると言ったので、栞が一緒にいることになったのだ。
ひとみは自分の心が昨日よりも軽くなっているのを実感していた。そんなひとみの様子に、栞も自然と笑顔になっていた。
二人は喫茶店に入った。
「栞ちゃんも猛士っていう組織の一員なの?」
「そうです。鬼を目指して修行しているんです。」
「私まだよくわからないんだけど、鬼は直接魔化魍と闘う人なんだよね?」
「そうですね。」
「いつから栞ちゃんは猛士に入ったの?」
「今から3年程前になります。」
「猛士ってどうやったら入れるの?」
「んー、どうなんでしょう。ひとみさんは入りたいんですか?」
「そういうわけじゃないんだけどね。私魔化魍とか猛士とかまったく知らなかったから、どうやってその存在を知ったのかなと思って。」
栞は答えに困っていた。部外者であるひとみにどこまで教えてよいものなのか、わからなかったからだ。
実は栞もあきらと同じように魔化魍に両親を殺されていたのだ。だがあきらと違うのは、その事実を栞は知らないことである。栞は4年前、両親を殺され施設に入った。その施設の宿泊学習で再び魔化魍と出会い、猛士によって保護され、そこから鬼を目指して修行しながら、猛士としての活動を始めたのだ。そのため、あきらが抱いていたような魔化魍に対する憎しみはなく、単純な恐怖だけを持っていた。
「私、昔魔化魍に襲われたんです。」
「えっ…。」
「ひとみさんのように拐われたとかではないんです。単純に宿泊で一人はぐれてしまって、山中を一人で歩いていたときに魔化魍と出会ってしまったんです。そこを鬼の人、今の師匠に助けてもらったんです。」
「そうだったんだ…。」
ひとみの中で拐われたときの恐怖が頭に甦ってきた。
しかし、ひとみは不思議と微笑んでいた。栞もあの恐怖を体感していたことを知り、栞に対する仲間意識のようなものを感じていたのだ。共有できる人間がいることが、今のひとみにとってはすごくありがたいことのように思えた。
「ね、今日私たち何時に戻らないといけないんだっけ?」
「えっと…、14時半です。」
「ならもうちょっとぶらぶらしよ!そうねぇ、栞ちゃんの服でも買いに行こ!」
そう言ってひとみは満面の笑顔で栞の手を引いた。
轟鬼は一人で化けガニ退治に湘南に来ていた。
ディスクアニマルを撒き、地図を広げてコーヒーをいれるためのお湯を沸かしていた。斬鬼がいた頃から、このような仕事は轟鬼が行っていたため、今は手慣れた手つきで一人で作業を行っていた。
そこに、セイジガエルのディスクアニマルが戻ってきた。
「おっ、仕事が早いな。」
ディスクアニマルを読み込む轟鬼。
「早速当たりだ。よーし、行ってくるか!」
火をとめ、音撃弦・烈雷を肩にかけて走り出した。