「へぇ~、そんなことがあったんですか。」
日菜香は同情するような顔をしながら言った。
「私どうしたらいいかわからなくなって、誰かに話を聞いてほしくなって。」
「あきらくんにとって明日夢くんは初めてできた同世代の友達だもんね。」
「でもそれは二人を応援しない理由にはなりません。私は最低な人間です。」
「そういう感情になることは誰にだってあるんですよぉ。寂しくなるのも無理ないですよぉ。」
たちばなでは今日もいつもと同じように老夫婦などのグループがまばらに談笑している。
香須美は客にお茶や団子を出し、一区切り落ち着いたところで二人のところに来て会話に加わった。どうやら聞き耳をたてていたようだ。
「あきらは二人にどうなってほしいの?」
「うーん、二人ともに幸せになってほしいと思います。」
「明日夢くんのことをどう思ってるの?」
「どうって…。素敵な人だと思います。」
「どうしてひとみちゃんを素直に応援できないんだと思う?」
「それは私の性格が悪いから…。」
「んーん、たぶんそれは違うわよ。」
「ままままさか。も、もしかしてぇ!」
「あきらもたぶん明日夢くんに恋しかけてるのよ。」
「そ、そんなわけないですよ!」
あきらは真っ赤になって否定した。でもなぜか心は温かくなっていく気がした。
「いいあきら。恋愛は早いもん勝ちなのよ。このままじゃあんたの初恋は実らないわよ。」
「べ、別にそこはいいですよ。…そ、それに初恋じゃないですもん。」
「うっそだ~。この反応は完全に恋する乙女ですよ!」
日菜香は急にうきうきし出した。
確かに自分にとっても、明日夢は大切な存在だった。最初は冷たく接した私に、彼はコーヒーを入れてくれただけでなく、響鬼から頼まれたとはいえ、その後も授業のノートを見せてくれた。今自分が学校生活に戻れていることには確実に明日夢のお陰も大きいのだ。
猛士の一員として働いていた自分に、いつも「すごいね。」と声をかけてくれたり、必要以上に猛士の話題を出さない配慮をしてくれたり安達くんは気をつかってくれていたんだと思う。鬼の修行をやめてからも、安達くんとだけは何も変わらず関わることができた。自分のことを常に認めてくれる、大切な人だ。
ただ、それは友達としてだと思っていた。そもそも、自分が誰かに恋をするイメージなど微塵もなかった。
明日夢とひとみが付き合うことにどうして素直に応援できないのか。これが嫉妬というものなのだろうか。じゃあどうしたらこの感情が消えるのだろうか。
「いったい私はどうしたらいいんでしょう。」
答えをもとめるわけでなく、誰にも聞こえない声であきらはぼそっとつぶやいた。
いきなりたちばなの戸が開いた。
「ただいま帰りましたぁ~。」
響鬼と京介がVサインをしながら入ってきた。
「おーあきら、昨日はモッチーのことありがとうな。」
頭を下げる響鬼。
「まぁ助けたのはおれだけどね。」
いつものように威張る京介。
「お前と明日夢な。」
優しく睨む響鬼。
「二人とも、ありがとうございました。」
「どうした。学校で明日夢となんかあったのか。」
あきらの様子に何か違和感を感じたようだが、ついすぐに聞いてしまう無神経さは、響鬼さんの長所でもあり、短所でもあると思う。
「ちょっと悩んでるんです。」
「響鬼さんにはちょっと難しいかもね~。」
香須美さんに言われて響鬼さんはちょっとムキになった。
でも少しどんな答えが来るのか気になったし、別のことで話したいこともあったので、香須美に合図を送って二人にしてもらった。
「どうしたんだよ、あきら~。」
響鬼さんは少し嬉しそうだった。
いきなり安達くんと持田さんの話をするのは少し気が引けたので、別の話を切り出した。
「すごいですね、桐谷くん。もう変身するなんて。」
「あいつは根性あるからね。期待してるんだよ。」
「私なんて5年も修行をしたのに…。」
「あきらはあきらでがんばって、別の角度から鬼を目指しただけさ。それに変身が目標じゃなくて、鬼になりたかったんだろ。その点ではまだまだ京介もこれからが大変だよ。」
「安達くんも響鬼さんに褒められたって喜んでましたよ。」
「あいつはあいつで別の道でしっかり鍛えてたからね。自慢の弟子だよ。」
二人の弟子について話すときすごく嬉しそうだった。
京介は鬼に向けて、明日夢は医者に向けて、それぞれがんばっていた。運動音痴だった京介はもう変身ができるまでになったし、決して特別優秀なわけではなかった明日夢は学年でトップクラスの順位になった。
私は二人と比べて成長できているのだろうか。福祉というものに興味を持ったが、まだ明確な目標を立てているわけでもない。
「二人ともすごいです。私なんて…。」
「あきら、ちょっといいか。」
響鬼さんは少し真剣な顔で続けた。
「あきらは鬼の修行やめたことに後悔はあるか。」
「それは正直ありません。ただ、まだ本当に自分がやりたいことは見つかっていないのかもしれません。やはり魔化魍は憎いし、修行をやめてもその憎しみは消えていません。」
「そうか。でも今のあきらにとって、鬼になることの意味は少し変わったんじゃないか。」
「え…?」
「たぶんあの頃のあきらにとって、鬼は魔化魍と闘うものという意識が強かったんじゃないか。だからこそ、鬼の修行を続けられたのかもしれないけどな。」
確かにそうだ。自分は魔化魍を憎み、その憎しみを晴らすことが目的になっていたのかもしれない。そして鬼の修行をやめて、明日夢たちと学校生活を送るようになって、だいぶその感情を忘れる時間も少なくなってはきていた。しかし、夜一人になるとふつふつと込み上げてくるものがあった。
「響鬼さん、お願いがあるんですけど…。」
「ん、なんだ。」
「私のことも鍛えてくれませんか。鬼としてでなく、一人の人間として。」
次の日、学校の昼休み。。
「二人とも~、おはよう!」
もう昼なのに、持田ひとみは二人にかけよってきて朝の挨拶をした。
「おー、おはよう!」
安達くんと持田さんはハイタッチをした。たまに見る光景だ。少し羨ましい。
「無事によくなってよかったですね。」
あきらはまた作り笑いしていた。
「安達くん、桐谷くんってどうしてるのかな。…桐谷くんにもお礼が言いたくって。」
ひとみは申し訳なさそうに言った。
「あー、響鬼さんと一緒だと思うけど。後から連絡してみるよ。」
明日夢は何も気にしてなさそうに答えた。
ちょうど同じとき、ラーメン屋で。
「あきら、そんなこと言ってきたんですか。」
「そうなんだよ、返事に困っちゃってさぁ。」
麺をすする威吹鬼と響鬼。
「僕が言うのも何ですけど、よろしくお願いしますね、あきらのことも。」
威吹鬼は響鬼に体を向けて頼んだ。
「といっても、どんな風に関わってけばいいんだろうな、あきらには。明日夢とかとはまた違うからな。」
「あきらにはなんて言ったんですか。」
「できる限り見守らせてもらうって言っといたよ。」
プルルル、響鬼の携帯が鳴った。