「ちょうどよかった。一人ずつ話をしたいんだけど、いいかな?」
あきらとひとみは同時に頷いた。
「じゃあひとみちゃんから話そうか。響鬼くんも呼んで一緒に来てくれるかい?あきらくんは少し上でお茶でも飲んで待っててちょうだい。」
そういって3人は地下へ降りていった。
「まずひとみちゃん、無事でよかったよ。」
「ご心配おかけしました。」
「いえいえ、こちらこそ巻き込んでしまって申し訳ないよ。」
ひとみは勢地朗の正面に座り、響鬼は座らずに部屋の入り口のところに待っていた。
「すいません。私まだよくわからなくて。結局昨日どうして私は連れてかれたんですか?」
「それは私たちもまだよくわからなくてね。そもそもひとみちゃんであったことに理由があったのかどうかかもわからないんだ。」
響鬼はずっとだまって聞いていた。
「私は本当になんともないんですか。」
昨日薄れゆく意識の中で感じた男女の気配は、なんとなく人間のそれとは異なる気がした。猛士の人たちにもわからないことが、通常の病院で診断されるものだとは思えなかった。
「そこについてなんだが、君の体について、僕たちもすごく心配しているんだ。なにせほとんど事例のない状況だったからね。」
他人事だと思って、呑気なことを言っているなとひとみは内心怒った。
「そこで、もし君がよければなんだが…、吉野に行って浄めてもらうのはどうだろうか。」
「え、吉野って奈良のですよね?」
「そうだよ。よく知ってるね。吉野は猛士の総本部でね。
実は鬼は魔化魍と闘う中でその体と心にどんどん邪悪な気みたいなものが溜まっていくんだよ。そのため鬼は定期的に吉野へ行って浄めてもらうんだけど。ひとみちゃんもそこで浄めてもらったらいいと思ってね。」
「でも私、そんなところ一人で行くなんて。」
「うん、不安だろうから香須美と威吹鬼くんと一緒に行ってもらおうと思ってる。もともとその二人は行く予定だったからね。」
「モッチー、おれも行ってきたらいいと思うよ。やっぱり行ってしっかり浄めてもらうまでは不安だろうからさ。」
ここで初めて響鬼が会話に入った。その一言はひとみが断る理由をなくすには、十分な一言であった。
「わかりました。行くことにします。」
「うん、もちろん旅費はこっちで用意するから。安心して行っておいで。」
ひとみと入れ替わってあきらが入った。あきらはすれ違いざまにひとみの微笑む表情の裏に不安と恐怖があることを読みとった。
「あきらくん、最近の学校生活はどうだい?」
「ええ、まあまあ充実していると思います。」
「そうかい。それはよかった。」
勢地朗の態度はいつもよりよそよそしいように思えた。
「ちょっと君に確認しておきたいことがあるんだ。」
「はい、なんでしょう。」
「君は鬼になることはもう考えてないという認識でいていいんだよね?」
「…。」
響鬼が驚いた顔で会話に入る。
「おいおい、昨日は後悔はないって言ってたじゃないか。」
「後悔はないです。それはほんとです。でも昨日響鬼さんに言われたように、鬼になるということの意味は一年前とまったくかわりました。今は自分のためではなく、人のために鬼になりたいと思うときもあります。もちろん魔化魍は憎いけど、だからこそ自分のような人間をこれ以上生まれてほしくないと思うし、それを自分の手で止めたいとも思います。」
「それは鬼の修行を再び始めたいということなのかい。」
「今病院でパネルシアターのボランティアをしていて、介護の道を考え始めたところでもあります。まだ自分の道を決められていないのかもしれません。でも、急いで結論を出す気もありません。しっかり自分を見つめ直して、どちらか決めたいと思っています。」
「別にどっちも目指していいんじゃないのかい。」
少し間をとって、勢地朗はあきらをしっかり見て話を続けた。
「実は…、吉野から君に鬼の修行を再開するよう指示があった。僕としては、あきらの意思に任せて無理にやらせたくはないと思ってるし、意思に反する形にならないように、君を全力で守るつもりだ。」
「どうしてそんなこと、急に…。」
「それはおれたちもわからない。でもあきら、あきらが言ったようにこれは急いで結論を出すことじゃない。あきらが自分を見つめ直す時間はおれたちが作る。あきらは焦らずに自分を鍛えていこうな。」
「はい。そうします。」
「昨日あきらは自分が鍛えられているのか、不安そうに言ってたけど、やっぱりあきらもちゃんと成長してるよ。一年前には考えられなかったことがいっぱい考えられてるじゃないか。明日夢や京介と比較する必要なんてない、あきらにはあきらの鍛え方があるんだぞ。」
なるほど、安達くんは響鬼さんのこういうところに惹かれたんだなと実感した。響鬼には人に自信を持たせる力がある。それは誰よりも自分を鍛え、苦難を乗り越えてきた響鬼だからこそ持てる力なのかもしれない。
「ありがとうございます。私もう少し考えてみます。」
あきらは立ち上がって深々と頭を下げた。
数日後、週末。病院のパネルシアターにて。
「今日は持田さん、来ないんですね。」
「うん、なんか家の都合で京都行ってるんだってさ。」
ひとみは吉野に行くことも、ましてやその理由も明日夢とあきらには秘密にしていた。二人とも猛士について知っており、ある程度の理解はあるとわかっていながらも、どんな反応をするのか不安だったからだ。
「天美さん、今日この後空いてる?」
またまた急な誘いに驚いて、顔を赤くするあきら。
「えぇぇっ、な、何もないですけど、どうしました?」
「天美さんがよかったらだけど、一緒に図書館で勉強しない?ちょっと最近一人だとなかなか集中できなくってさ。」
「私はいいですけど、逆に私でいいんですか?何も安達くんに教えられませんよ?」
「大丈夫だよ。じゃあその時は一緒に考えてくれる?」
『一緒に』という言葉に少し興奮した。あきらはさらに顔を赤くして、少し勇気を出した。
「じゃあもしわからないとこあったら私がわかるまで、つきっきりで教えてくださいね。」
ここで初めて目が合い、明日夢も少し顔を赤らめた。
「わ、わかった。がんばるよ。」
あきらは真っ赤になった顔を隠すのに必死だった。